花を吐く病。
一日中吐き気がする、胃がもたれているような感じがする、と言っていたその日の夜、彼は花を吐いた。
胃液混じりに萎れた花が、次々と彼の体内からまるで湧き出ているかのように、便器の中を埋め尽くしていった。
花は、日によって別種だった。最初は訳も分からず見たこともない花が多かったのだが、図鑑で調べているうちに確実とあることが判明した。
花言葉だ。嘘を多くついた日は鬼灯が、実家に帰った日はカーネーションが、私達が別れ話をしてみればエンドウが。
花言葉と一日にあった出来事が強く結びついて、彼の体内から吐き出されてくる。
「う、おえ……あ、ああ、あ」
日が変わる十分前には嗚咽が始まる。私も彼もそれを知っているので、便器の前でそれを待つ。
「見る……な」
「どうして」
「あっちに、行って、くれ」
嗚咽がより一層酷くなる。彼にこんな風に花を吐くところを見られたくないと拒まれたのは初めてだった。
「お、ええ、え……」
見たことがない花だった。いや、二種類のうち一種類は知っている。よく実家の庭に咲いていた花だったが彼が吐くのは初めてだった。もう一種類は見たことがない、青く先が尖ったような花だった。
私はそれを見て見ぬふりして、その場を立ち去り、図鑑を開く。彼が花吐きを終える頃に、その花は見つかった。
「ニゲラ」
急いで花言葉辞典を開く。
アジサイ、浮気。ニゲラ、密かな喜び。
あ、と思ったときにはもう遅かった。嗚咽が襲い、あろうことか私の体内からまでもが花が吐き出される。
「ドクニンジン、スノードロップ」
足元に広がる、二種類の白い花。
私はトイレに向かって、ゆっくりと歩を進めた。そこにはいつも通り、吐き終わって苦しみに横たえる彼がいた。
ドクニンジン、あなたは私の命取り。スノードロップ、あなたの死を望みます。
花を吐く病。