花に侵される病。
「ねえ、これ枯れたりしないのかな」
もう言葉を発することさえ出来ない彼は、目線だけこちらに向けて、そのまま俯いた。
伸びてきた蔓は今にもその大きな瞳の中に入ってしまいそうだったので、専用のハサミでそれを丁寧にカットする。
最近また、別種の花が咲いた。
もうすぐその端正な顔を埋め尽くしてしまうだろう。彼の体は花に侵され、今や食事すら取ることができない。
日に日にやせ細っていく本人とは裏腹に、花はどんどんと勝利の体に咲いた。
それを見守り続けて、三年は経った。
初めは胸に咲いた一輪の花から始まった。何だろうね、こんな不思議なことってあるのかな、なんてのんきな事を言っているうちに花は体を食い尽くし、今や首から上だけしか残っていない。
口元すら侵食が始まり、もう言葉を発せず食事もとれないというわけだ。
首に点滴をさすと、勝利を陽の当たらない影へ移動させた。
そんな事をしても無駄だとこの三年で分かってはいても、陽に当てて元気に花が咲くのが怖かった。
痛みはないらしく、花や蔓を整えるのも髪を切られている感覚と同じらしい。
新しい別種の花は蔓を永遠と伸ばすので、私もそろそろ辟易している。
胸の中で抱きしめると、かすかな息遣いを感じることができる。
首から上だけになってしまった彼ですら愛しい私は、多少頭がおかしいのかもしれない。
それでも、私は見守り続けるのだ。
彼が花に食い尽くされるのを、ただただ見守り続ける。
いつだか私の名前を呼び、恥ずかしそうにキスをしてくれた唇に、キスを落とす。
彼はまだ、生きている。
「ずっと、側にいるからね」
そう呼びかけると、彼の長い睫毛は涙で濡れた。
花に侵される病。