機織りの娘(Claudine de Lyon)その2

Marie-Christine Helgerson 作

ローロンはこの家の長男で、いつも弟が服を着るのを手伝っている。食事のテーブルをセットするのも彼の役目だ。そのあとは急ぐことなく弟のジャン=ピエールを連れて散歩に行くのである。
二人の子供は一日を通りで過ごす。彼らは道沿いに流れる小さな水の流れに木で出来た小舟を浮かべて楽しんだ、ビー玉遊びをしたり。時にローロンにとって幼くまだ何も知らないジャン=ピエールにホラを吹くのも簡単である。時に壁に空いた穴に小石を投げてみたり、街の子供達と駒回しを競い合ったりしていた。
仕事場には、特にこの二人の少年ができるようなことはない。彼らの父が動き回りながらわめきたてているのみである。

ボワションは子供を、とりわけクロディーヌを学校にやろうとはしなかった。娘の仕事は正確で速い。彼女の働きは家族にとって好都合であった。ローロンは?彼が仕事をしていないのは、まだ七歳にも届かないということもあるが、ボワションが二年ほどニジエ・ヴェロンの工場に修行に出そうと目論んでいることからであった。
ニジエ・ヴェロンとは5つほどの自動機織り機を持つ大きな仕事場の持ち主のことである。たくさんの同じ年齢の子供たちが学校に通う中、彼は糸巻きをこなすための働き手を必要としていた。ボワションとはもう古くからの付き合いで、対抗意識を燃やさないくらいのいい友人であった。そういうわけでローロンは彼の仕事場で見習いになる予定である。
ボワションは自分の長男にのちのち仕事を継がせるつもりでいる。そのために、息子は様々な面から研鑽を積む必要があると考えているのだ。
クロディーヌは怒りを覚えていた。「じゃあ私はどうなるの?トニーとローロンは職人になれるでしょうね。でも私は?なんで私には絹工場のお給料よりもずっと価値があることをする権利がないの?」

時刻は9時。ボワションはトニーとスープを飲むために手を止めた。クロディーヌは腹も空かず、何より食べる気になれなかった。
「いいから来るんだ」トニーが強く言った。「食べなかったらまた咳きこむだろうし、咳きこむようじゃあ君の持ち場はいつまでたっても終わらないよ。君はまだ小さいんだし」
「ほっとけ」父親が言い放った。「そいつがぶすったれたいんならほっといたほうが他のやつのためだ」
クロディーヌは何も言わなかった。
そして一日中、休みなく、いつもよりずっと速く手を動かし続け、怒りを別の何かでやり過ごそうとしていた。

夕食の時間、クロディーヌはのろのろと食べ物を口に運んでいた。
「金は今日入ったのか?」ボワションが妻に尋ねた。
「ええ。気分は上がりませんけど。新たにまた製糸工場ができるそうですよ。しかも黒い絹の織物工場が二つも」
「あいつらは織物職人を殺しにかかってる、あいつらの工場でな!」
「もう石炭とか鉄鉱石掘りの仕事についたらどう?今よりもっと稼げると思うけど」
「俺は職人だ、このくそまぬけが!熟練だぞ!この土地が俺の工場を腐らせておくとでも思っているのか?そんなことをすれば織物はすぐ生産されなくなるだろうな。ぞうきんごときじゃモンテシーは形無しだ!お前は俺にやめてほしいのか、それとも何だ?そんなはした金をふやすために、お前は俺に地下で働くモグラになれと?何をそんなあいつらに対抗するんだ?たかだか工場が建つのを知ったことくらいで」
「じゃあなに?あなたこそ何をそんなにその工場に楯突くの?あなたがそんな風に不自由ない生活が出来るのだって、私がその工場で稼いだお金があるからよ!」
「あの工場どもはお前や絹を雑巾にしか思っちゃいないさ。俺は職人だ、ど阿呆!俺の親父も職人だ。おれのこのしている素晴らしいことが目に入らないのか?そうだ、このモンテシーが俺に職人をさせているんだ。わかったら石炭の歴史や鉄石掘りの話で俺に指図するんじゃねえ!たくさんだ!ちくしょうめ!このくそまぬけ!」

テーブルでは全員が鼻先を皿に向けたままであった。誰もボワションの堪忍袋の緒は切らせたくなかった。彼がひとたび激怒すれば、子供はぶたれ、夫人は涙を流し、トニーは散歩に出かけなければいけないからである。
クロディーヌはかつてないほどここを出て行きたい気持ちに駆られた。でもいったいどこへ行こうというのだろうか?
クロディーヌはまた咳こみ、咳の痛みが胸を襲った。テーブルから退いて、布団に横になり毛布に包まった。音が聞こえてくる…仕事の拍子に合わせて刻まれる音…よく耳にする歌の声「ああ!いける、いける、きっといける…」…階段の猫の鳴き声、お隣さんの笑い声、そして、一番近い、両親の声。
「クロディーヌは」父の声だ。「もしここが危なくなれば工場に行かせる」
「あの子は病気よ。咳が続いているわ。気がついてないとでも?何ヶ月かは続くと思うわ」
「もしあいつが病気だって言うんなら、サン・エリザベスの修道院に見習いに行かせろ。そこなら金もかからん。しかも給料も出る」
「あなたもよく知ってるでしょう、あそこは雀の涙ほどのお金しか出ないわ。業者はシスターに仕事を依頼しているのよ。行ったところでそこまで仕事ももらえず病気が悪化するだけだわ」
「あそこには出稼ぎの女以外おらんだろう」
「なら、その女が働いたとして、本当に女が給料をもらえる保証なんてどこにもないでしょう?」
「あいつは女としての仕事を果たすのみだ。給料は出る。それで十分だろう」

「お母さんの言うとおりだ」クロディーヌは心の中で思った。「なんで男の人と同じだけ女の人はお給料をもらう権利がないんだろう?工場だって同じことじゃないか。低いお給料で女の人を雇う。私よりずっと小さいときからお母さんはもう仕事を始めてた。その結果がこれじゃないか!疲れ果てて、不幸そうで。もうお母さんには時間も、愛するだけの気力もない」

「でもそろそろクロディーヌを学校にやらないと」夫人が言った。
「で、だれがその間仕事をするんだ?トニーと俺は山ほど仕事を抱えてるんだぞ。この古い仕事は無地が似合う。無地にはクロディーヌが必要だ。」

クロディーヌはもう聞きたくなかった。頭を父の声がぐるぐるとめぐっていた。むなしい怒りで頭がいっぱいで、自分の人生を勝手に決めた仕事場のことを考えないように必死になっていた。

クロディーヌは壁に背を向け、毛布に頭を埋める。指を血が出るまで噛んで、眠りにつくのを待っていた。

クロディーヌは目を覚ました。
彼女は自分がクロワルースの石畳を下っているのを眺めていた。あたりは仄暗い。背の高い家々は陽を隠している。金糸で大きな葵の葉をちりばめたベロアの長いマントを着ていた。道端に、グレーと黒のブラウスを着た女たちがひそひそと話している。
「あの子は何を探しにきたのかしら?ほらあそこの、ほら!」
「何も見えないわよ?」
「あらあれはボワションの娘じゃないの!」
「クロディーヌって知ってます?あのがりがりの、四六時中機織に向かっている子ですよ」
「変わったわねえ」
「言ったでしょう!背中にモンテシーのベロア生地を抱えてるんですよ!」
若い娘は螺旋階段を昇る。手探りで、暗い壁伝いに出口を探す。階段に終わりなどなかった。
「私はお父さんとお母さんを探しに来た。赤と青の絹の縞模様がある二つの肘掛け椅子に二人を見つけた。あの人たちはあの人たちの人生を織っている。二人とも早く休まなきゃ。私も。私も二人と一緒に休んでしまいたい。」
通りから声のかけらがばらばらと娘に降りかかる。
「休みたい機織りだって?」
「なんてこったい!」
「怠け者だな」
娘は狂ったように再び階段を駆け下り、狭い通りを急いだ。彼女はソーヌ川のほとりまで走る。
一台の馬車が止まっていた。彼女は飛び乗り、ぴしゃっとドアを閉める。軽やかな足取りで馬が車を牽く。娘は屈んでクロワルースの町並み、そして柵の張り巡らされた家々を見た。
「何で窓に柵があるの?」
「泥棒から家をまもるためさ」
「何でみんな悲しそうなの?」
「みんな一日15時間働いてはすごいものを作っているのさ。お月様とお日様の絹で出来た、大きな葵の花の巻物を」
「ああ、どうして、どうして?」

クロディーヌはうなされていた。
「どうして?なんで?」
母親は起き上がって石油ランプに火を灯した。クロディーヌの汗ばんだ額に手を乗せる。シナノキの汁を煎じたものをとってくるとそこにハッカを数滴垂らした。
「辛いのね。飲みなさい。きっとよくなるわ」
娘は一口嚥下したあと、母親の手を握りしめて再び毛布に頭をうずめた。
「クロディーヌ大丈夫?」目を覚ましたローロンが訊いた。
「そいつを早く黙らせろ」ボワションが言った。「ちっとも寝れやしねえ」
母は思った…「私だって、私は、できることなら次の日も、その次の日もそのまた次の日もずっと眠っていたいのに」

薄暗さと静寂の中、クロディーヌは二日床についていた。
今日は日曜日である。
夫人は台所で家事をしていた。トニーは既に家を出ている。休みの日は他の若い見習いたちとバーブ島のカフェで過ごすのだ。ボワションは仕事で積もった糸くずを掃除していた。それが終わると、ニジエ・ヴェロンに会いにクロワパケット広場のカフェへと繰り出していった。
ローロンはというと、台所の瓶をそっと手にするとこう言った。「ジャン=ピエール連れて行くね。ベルクールで遊んでくる」
「あんまり遅くなったらだめよ」夫人が注意した。夫人はクロディーヌのもとに近寄る。
「起きられる?もしそうなら一緒に公園に行かない?」
クロディーヌは答えない。
「意地悪な気分なの?それともまだ具合悪い?」
「……」
「わかったわ。行ってくるね」

クロディーヌはひとりで仕事場へと戻った。彼女は起き上がって機織りを再開するよう努めなければならないのか、自分自身へと問いかける。でもそれが何になるのだろう?何センチかの青い絹の筒のため?父親は今までの努力さえ見てくれないのに!
彼女は座った。咳が背中の激痛を伴って彼女を襲う。
「私は死ぬんだろうか?このまま私の人生はたった数センチの絹で測られてしまうものなのだろうか?カフェで飲むような旦那と生きる?日曜日の昼下がりに枯葉を集める子供と散歩?」
クロディーヌは不意に怖くなった。
「いやだ、死にたくない。学校に行きたい、仕事を持ちたい」
咳をこらえようと彼女はハンカチを口に押し当てた。ふと離して見れば、血が染みているのに気づく。
「私は病気なのよ。ここにはもう戻らない。絶対に」

「ココナッツ持ってきたよ。いる?」
ジャン=ピエールと戻ってきたローロンだった。二人はクロディーヌの好きな飲み物を探しにベルクールまで行っていたのだ。ローロンはひっくり返すことのないように瓶の飲み口を手で覆いつつ一時間以上かけて帰ってきたらしい。
「優しいのね」クロディーヌは褒めた。「でも喉は乾いていないの、ココナッツでも無理」
ローロンは仕方なく甘いにおいを放つ飲み物を彼の弟と分ける。
「ココナッツもいらないくらい具合が悪いのか。遊んだりとかもしない?」
「ううん、今そんな気分じゃない」
そう言われて二人の少年は通りへと下っていった。
そう、クロディーヌは病気なのだ。彼女は時々咳を繰り返しつつ、布団の中でじっと横たわっている。母親は娘に仕事をさせないよう父親に約束を取り付けた。父親はとうに娘が今までと同じように仕事ができないのを悟っていた。クロディーヌはただ健気だった。3日も起きず、織らず、何かがもう狂っていた。

医者が訪れた。ボワションは自分を呼ぶ声にしぶしぶ手を止めた。
「きれいな空気が必要です」医者は言った。「この子は絹くずを大量に吸ってしまっています。もしこの子が私の娘なら、何ヶ月も仕事なんかさせやしませんがね」
「ここの主は俺だ」ボワションが言い返した。「あと3週間で青の布地は着いてなきゃいけねえんだよ。モンテシーはそれ以上待ってくれはしない」
「私がなんとかします」夫人が言った。「工場にお休みをお願いするわ」
「仕事をやめたところで誰が、何がお前を食わせるって言うんだ」
「少しでも何か食べさせるようにして、医者に定期的に診てもらってください。命を救いたければ面倒を看てください。田舎に誰か知っている方はいらっしゃいますか?ここから離れたほうが娘さんのためですよ。ああ、心配はいりません。お金はいつでも結構ですから」
「おい、俺の仕事はどうなるんだ」
「あなたの織物職人の仕事は待ってくれます。工場の方も。でもあなたの娘さんは違います」

医者が去った後、台所ではボワションと夫人が顔を突き合わせて座っていた。最初に不安を覗かせたのはボワションであった。
「医者が言ったのを聞いたか?命がどうとかいってたぞ」
「なんの命だと思う?」夫人が続いた。「働き口?一日10フランぽっちの私の仕事の話だと思う?」
その時床の間からぽつりとか細い、クロディーヌの声がそれに言い返した。
「私の命よ」
「イエッテのところにこの子をやるのはどうかしら?」夫人が提案した。そこなら娘は休むことができる。
「どれくらいだよ?いまのここがどういう状況かわかっているだろう。仕事が減るんだぞ。こいつがいなくなって仕事が減ったら俺たちは終わりだ」
ボワションはしばしためらったのち、こう言い放った。
「このくそまぬけをせいぜい治しゃいいさ。ただし病気が治り次第すぐに働かせてやるからな」

機織りの娘(Claudine de Lyon)その2

多分誤訳は多いかもしれない。のちのち修正していきます。

機織りの娘(Claudine de Lyon)その2

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-28

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