溺れる
彼と会うのは、いつも夜だ。
いつもの場所で待ち合わせて、軽く食事をとり、ホテルへ行く。これはデートではない。そんな甘ったるいものではない。
身も世もなく恋をした。
胸に宿った熱は大きくなるばかりで、わたしは彼が欲しくてたまらなくなった。
「好きなんです」
そう伝えたとき、彼は嬉しそうに笑って「かわいい」とわたしの頭を撫でた。
彼のためなら何でもした。
長い髪が好きだと言われたら、髪の毛を伸ばした。かわいらしい恰好が好きだと言われたら、服装を変えた。抱きたいと言われたら体を差し出した。
何でもした。ただ彼が欲しかった。
彼には婚約者がいる。背の小さい、かわいい人。もうすぐ彼女と結婚する。
知っていた。
ずっと前から、知っていた。
好きだ、と言ってくれた。君が一番だ、と言ってくれた。
でも、本当は、わたしのことなどどうでもいいのだろう。恋をしているのは、わたしだけだ。
きっと、これからも「会いたい」と言われるだろう。わたしは「はい」と答えるのだ。犬のように従順に。
彼は、わたしのものにはならない。
でも、わたしが彼のものになれたら、それでいい。
それでいい。
わたしは、ばかだ。
溺れる
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