リセット

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昨日の午後。
ある交差点で交通事故が起こった、それに巻き込まれた友達は大好きなギターを弾けなくなってしまった。



「おーい、裕太。お見舞い来てやったぞ」
「おう、さんきゅーな」
「そいえばさ、お前左手もう動かねえの」
俺はこいつがすげぇ心配だった。大好きなギターをもう一生弾けないんだから。

「もう、動かねえらしい」
動かねえの、とか分かっていたはずなのに聞いてしまった。その時の裕太の表情は辛く苦しく泣きそうな顔をしていた。
「そっか。俺が代わってやれたら良かったのにな」
「んなこと言うなよ、大丈夫だからよ!」

少し肩を落とし眉を下げて、俺は言った。俺は何もしていないし、裕太みたいにギターなんてしていない。ただ勉強が少しできるくらいだった。何もしてやれねぇな、そう思いながら必死に動かない左手を動かそうとする裕太を見てふと思い出した、
噂のリセットボタンがある場所を。本当かどうかは分かんねえけどやってみる価値はあるかもしれない。こうなるなら事前に俺がなんとかしなければならない。しかし、リセットボタンをするには条件があるらしい。それが出来なければおわりだ。そんなことを考えてると裕太が口を開いた。

「なぁ、奏斗」
「ん?どした?」
「俺…ずっとギター弾いてたかった」
悲しそうに呟く裕太に俺は何も言えなくなった。こいつは勉強もスポーツも疎かにしてまでギターを練習していた。毎日のように持ち歩き、すごく大切にしていたのに。この時に俺は決心した、リセットボタンを押しに行くことを。しばらく裕太と話をすると俺は席を立った。

「もう帰るのか?」
「あぁ、行くとこがあってな」
そう言うと、つまんねーの、と口を尖らせ拗ねていた。
「じゃあまた明日な」
「おーう」
裕太の病室を後にすると俺は急いでリセットボタンのある山へ向かった。そのボタンは俺達の街から少し離れた山の奥にあるそうだ。自転車で一時間くらいだろうか、俺は必死に漕ぎそこまで早く行った。


「はぁっ…ここか」
急いで漕いだ所為か息切れが激しく、肩で息をしていた。山の奥へずんずんと進んでいく、どれくらい歩いたのかわからず、辺りはすっかり暗くなっていた。暗くて足元も前も何も見えない。手探りで前へ前へと進み、少し明かりのある屋敷のような神社のような物があった。そこの前に立ち手を合わせる。

「どうか、友達が怪我しないように、あの時間まで戻ることは、リセットすることは出来ないのでしょうか」
強く目を瞑り、お願いをする。すると一つの声が聞こえてきた、誰だかわからない男の声。
「代わりにお前がどうなるか分からないが、それでもいいのか」
いきなり来たそんな声に俺は驚くしかなかった。だが、それでも構わない、俺は裕太のギターが大好きだからそれを聞けれさえすれば、そう思い、はい。と俺は答えた。その瞬間、俺は気を失った。



「……」
ゆさゆさと身体を揺らされる。薬品やらの匂いがする。うっすり目を開けると、喜ぶ裕太の姿が映る。だが何も聞こえない。音がないんだ。

「…」
裕太がなんて言ってるのか分からない。俺は頭にはてなを浮かべ裕太を見つめると医者が来た。そしてノートとペンを取り出し何やら文字を書いていった。それが書き終わると医者は俺にそれを見せた。

「「貴方は交通事故で打ち所が悪く、耳が聞こえなくなりました」」

それだけ書いた紙が俺に渡された。俺は泣きそうになった。リセットをしたことははっきりと覚えている。裕太の左手を壊さないでほしくて、もう一度彼のギターを聞きたくてした事なのに、俺は耳を失った。音楽も大好きだったのに。裕太の怪我した時の気持ちがよくわかった。こんなに辛いものなのだと、ふと、裕太の顔を見てみると、裕太が怪我した時の俺みたいな顔をしていた。

一瞬、冷や汗をかいた、裕太もリセットをしてしまうんじゃないかって頼むからリセットする事はやめてくれ、耳が聞こえなくても俺は裕太のギターをいろんな人に聞いてもらいたいと思っている。だからやめてくれ、その声も出せずに、裕太の叫ぶ声もなく声も聞こえない、
俺は音のない世界へと連れて行かれた。



もう、何も聞けない。
彼のギターも好きな音楽も自分の声も



だが俺は後悔をしてない。
俺が選んでしたこと、裕太が助かるならそれで充分なのだ。

リセット

リセット

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-26

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