SS41 朝焼け -北風と太陽、三度(たび)-
北風が口を尖らせたのは二人を崖に近付けない為だった。
北風が口を尖らせたのは小さな二人を崖っぷちに近付けない為だった。
「こっちに寄ったら落ちちまうぞ」そう教える為に敢えて寒風を吹き付けた。
鬱蒼と茂った木々の葉を揺り動かして、見えないお化けも見せてやる。
びくびくと前後左右に視線を投げて、女の子は今にも泣き出しそうだ。
「どうしよう、優君。このままじゃ真っ暗になっちゃうよ」
「分かってるけど、もうどっちに行ったらいいか分からないし……」男の子は彼女の風上に回りん込んで冷たい風を遮ぎりながら、どうしようかと思案する。
「ねぇ、アキちゃん。夜動いたら危ないし、そこの窪みで明るくなるのを待とうよ」
「うん」素直に頷いたアキちゃんはきりりと凛々しい相棒のシャツを掴んで離さなかった。
「寒くない?」
「大丈夫」
木陰で膝を抱えた幼い二人はリュックのお菓子を分け合いながら、そっと身体を寄せ合った。
***
うつらうつらしていた二人が目覚めた時には、辺りは明るくなっていた。
眠気を払うように目を擦り、大きな欠伸をしていると、眩しくて目を開けていられないほどの光線が二人の顔に射し込んだ。
腕を翳すと、地平線から顔を出す眩いばかりの半円が見て取れる。
「すごぉい」高台から眺める初夏の日の出はこれまで目にしたどれよりも雄大だった。
「綺麗だねぇ」
「大っきいねぇ」
二人はふふふと顔を見合わせてから、強くなった北風に背を押されるようにして歩き出す。
アキちゃんも元気を取り戻したらしく、しっかり握られた二つの手と手は前後に元気に振られていた。
「チェッ」誰が見守ってたと思ってるんだ。
しかも目覚めた途端に、「わぁ、キレイ」 寄りによって太陽なんかに心打たれるのが気に食わない。
感謝しろとは言わないが、せめてアイツの話題は出すなと言いたい。
しかも、ほら……。案の定、背後から嫌味なアイツが現れた。
「ひと晩中子守りとは君らしくもないな」
「ほっとけよ、バーカ。余計な世話だっつぅの」
「照れるな照れるな、お手柄じゃないか。君が誘導してやれば、じきに捜索隊にも出会えるだろう」
「んなこたぁ、言われなくても分かってるって」
つっけんどんな応対にも関わらず、太陽の口調はいつもにも増して穏やかだ。
「でも家に帰ってしまうその前に、もう少し山の奇跡を見せてやらないか?」
「奇跡?」
「山の頂上付近にはまだまだ雪が残ってるだろう? 君の力で少しばかり舞い上げてほしいんだ」
「降り積もった残雪が風に乗って麓まで下りてくる。それがお前の光で輝いて……って、そういうことか」
「山を嫌いにならないように、怖い思いを打ち消すように、ちょっとしたおまじないってところかな。悪くないアイデアだろう?」
「ふん、お前みたいな嫌味な奴にもメルヘンてもんが分かるんだ。
いいだろう。ちょいと楽しませてやろうじゃないか」
北風は口をへの字に結びながらも、ぐいと山頂へ駆け上がる。
「何これっ! 空気がキラキラしてるよ!」
森に木霊する二つの大きな歓声は、早朝から山に分け入る捜索隊にも十分捉えられるものだった。
SS41 朝焼け -北風と太陽、三度(たび)-