ウラシマさんとオトヒメさん
誰か夢だと言ってください。
本来、俺は二度目の学校サボりを実行するはずだったのだが、学校に来てしまっている。
そして、何事もなく授業を受けている。
変わったことと言えば、横に座っている自分のことを“オトヒメ”と名乗る謎の金髪美少女と亀の甲羅を背負った変態亀紳士によって、俺の高校生活は大きく変わってしまったことぐらいだ。
*
どうしてそうなったかというと、俺が高校に進学して三日目に学校をサボったのが一番の原因だろう。
理由は進学して僅か三日目であだ名が“関取”の女子に告白され、それを断ったからである。その後、関取がスピーカーの出力を最大限に上げたときの不快音以上に泣き叫び、それによって、たった二日で退学になりかけたからだ。
周りの痛々しいものを見る目線と、普段はバカみたいに話しかけてくる両親が一切喋らなかったことは一生忘れることはできないと思う。
それを言い訳にはしたくないのだが、俺は人生初の学校サボりを決行した。
そして、海で一人、硬くて冷たいコンクリートの上に座り、人肌くらいの缶コーヒーを口に流し込みながら物思いにふけっている。
春の風は心地よく、何もかもが新しいことで満ちていて、太陽という希望が照らしているーーそう言っても過言じゃないと思う。
現に、俺はこれから始まる高校生活に希望を抱いていたのは事実であって、不良に囲まれている可愛い女の子の手を引っ張って助け出す、そんな定番すぎる恋愛ドラマのようなことだってしたかった。
でも、現実というのは非道なもので、目の前で不良に絡まれているのは亀の甲羅を背負った白髪で長身、長髪の男であった。
ーー本当、人生終わった。
せめて、俺の唯一の夢であった「可愛い女の子を助ける」という目標を達成したかったのに、目の前のイベントは変なコスプレをした男を不良から助け出すという、誰得?! としか言いたくないゲリライベントが起こっている。
その絶望を更に悪化されるように、白髪の男はこちらの方を見て、
「あぁ、あなたがウラシマくんでしたか。私です。それとも、私のことを忘れたんですか? 亀です。随分前に助けて貰った亀です」
ーーお前を助けた覚えはねーー!!!!
なんで、こんなに俺は絶望しなければならないんだ。学校に行くのが嫌でサボったというのに、知らない白髪の男に助けを求められる。
日本の景気が回復しないのは寿司ネタに醤油を付けるか、それともご飯に付けるかで人類が割れているからだ。とコメンテーターが討論しているくらい的がズレている。
第一、俺の名前は向島(むこうじま)だ。ウラシマなどという漁師でもなく、タイムトラベラーでもない。
それに、俺に助けを求めること自体が間違っている。俺に特別な力は無いし、誰かを助けることが出来るくらいなら、自分が置かれている現状を打破している。
ーー俺には無理だ。
そう確信した俺は、自分の保身の為に白髪の男を見捨てようとした。
たが、白髪の男に呼ばれてしまったせいで不良グループはいかにも喧嘩上等と言いたげな歩き方をして、こちらに近づいて来る。
不良グループの中に数人可愛い子がいるが、自分の生きている世界とは違う次元に生きているのかと思うと、世の中に“平等”なんて言葉は無いと確信した。
ーー逃げたい。
頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。けれど、ビビりで何も出来ない俺は動けず、その場に止まってしまった。
自分の目の前にいるのは金髪で短髪ーー顔の血管の浮き上がりから察するに相当にお冠なんだろう。あの白髪の男が何かしたに違いない。
「お前、あいつの知り合いかなんかかぁ? あの亀野郎が俺の彼女に手出して来たんだよ」
やっぱりか。と自分の考察が当たったことに喜びを覚えたが、現状はそんなことを喜んでいられる状態では全くない。
俺は額に汗を浮かべ、斜め右上に逸らしながらも「違いますよ…、あはは……」と、身の潔白を証明し、この場を逃れようとした。
「そうか、疑って悪かったな」
「私はその人にやれって脅されたんです!!」
ーーこいつ、人を売りやがった。
不良は顔を怖べ、顔の血管が更に浮き上がり、今すぐにでも殴りかかって来そうだ。
やられるーーそう思った瞬間には時既に遅く、弁解する前に不良の右アッパーが左顎に直撃してその場で気を失ってしまった。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。気がつくと、俺は砂浜に大の字に寝ていた。そして、横に顔を向けると白髪の男がニッコリと腹立たしい笑顔を浮かべながらこちらの顔色を伺っている。
白髪の男の口角は更に上がり、俺の苛立たしさも更に増していく。
「どうも、助けて頂いてありがとうございます。ウラシマさんは私の命の恩人に他なりません」
人を売ったくせに都合の良いことを言いやがってと心の中では思いーーいっそ、こいつの甲羅をぶち壊してやろうと思ったが、起き上がるのがやっとでそれどころでなかった。
「あなたはとても勇敢なお方だ。私があの女性方を盗撮していた罪を被るだなんて、普通の人間にはできない勇敢さ。感服致す所存です」
「俺は被った覚えは一つもねーよ!! 第一、俺が捕まっちまうじゃねーかよ」
こいつの罪を俺が被った? 盗撮の罪なんか被ってしまったら、四日目にして警察に連行されるのか俺は……。
高校生活に完全に自信をなくした俺は燃え切った灰のように、力なく倒れた。
燃え尽きた俺を見かねてか、白髪の男は耳打ちをしてきた。
「それなら心配要りません。この“玉手箱”によって記憶を忘却させましたので、あなたが警察と呼ばれているお方に攫われることも、もう無いのです」
こいつは何を言っているんだろうか。玉手箱は開けた瞬間に老いという地獄の冥府に突き落とされる圧倒的に理不尽な代物。記憶を消せるなんて、魔術などでしか説明できない力を行使したのかというのか。
いや、前提が間違っている。「浦島太郎」という昔話が実際にあるかどうかがそもそもの問題だ。ましてや、亀が甲羅を背負っただけの変態となると、乙姫はどうなるーー竜宮城はどんなものなのだろうか。
「あのー、あなたがウラシマさんなんですか? 亀を助けて頂いたお礼がしたいのですが」
「俺はウラシマではなく、向島ですよ。それに亀を助けた訳ではなく、亀に売られた人間です。」
口ではそう言うがどんな人物が気になる俺は後ろを振り向くことにした。振り向いた先には包丁を持ちながら笑顔を振りまく少女が目の前にいた。
ーーお願いです。誰か夢だと言ってください。
ウラシマさんとオトヒメさん