秋の風
ナイフ一本で、人生が変わる。
秋来ぬと
あの子、カンニングしたんだって。
そんな噂が流れたのは、冬季課外が始まる少し前のことだったか。
カンニング犯は、少女の親友だった。
彼女が学校に来なくなってもう1ヶ月がたとうとしていた。
何の相談にものってあげられなくて。
ひとりぼっちにして。
あの子を、苦しめた。
少女は、バス停の薄汚れたベンチのはしの方に座って、空を眺めた。
バスに乗るつもりはなかった。
横に長いベンチは、少女がひとりで使うには不恰好で、誰かのために空けられたようなスペースが虚しい。
となり、いいですか。
しばらくして、鞄を抱えた少年がやって来て言った。
もちろん、
少女は答えると、また空を見上げた。
横に長いベンチが少しだけ短くなる。
空、綺麗ですね。
分厚い雲が覆う空を眺めながら、少年はそう言った。
ええ。とても。
少女は笑った。
少年は続ける。
僕ね、バスジャックしたんです。昨日、このあたりで。
重たく流れていく雲をぼうっとみつめる。
少女はすこし目を見開いて、小さくそうなんですか、と返した。
たったナイフ一本で、数十人の命を、この手に握れるなんて。不思議な世の中ですよね。それでも自暴自棄になったつもりでいたんですけどね、途中で逃げてきました。
乗客をナイフで一人ひとり殺していくなんて、出来るわけないんです。僕は普通の人間ですから。
一粒、つ、と少年の頬を伝っていった。
少年が抱えている鞄には、ナイフが入っているのだろうか、と少女はぼんやり考える。
自首しに行くんです。これから。
目線を雲に留めたま少年が呟く。
そうなんですか。
少女はぼんやり答えた。
目の前にバスが停まる。
じゃあ。
少年がそう言い残して、静かにバスに乗り込んだ。
少し迷って、少女はバスの階段に足を掛けた。
あの子の、家まで。
風が冷たい。
バスが行ってしまったバス停には、薄汚れた古いベンチがぽつんと置かれているだけだった。
空には一筋、光が射していた。
秋の風
夏が終わってずいぶんたった、ある日のこと。