羨望

その子はいつだって、私の欲しいものを持っていた。綺麗に流れる黒髪も、長い睫も、凛としたたたずまい、そして世渡り上手なところも。何もかも、私が欲しいけど、なかなか手に入れられないものだった。ある意味その子がとっても憎かったけれど、どうしても離れる気にはなれなくて、でもおこぼれをもらうほど落ちぶれてなんかいないという、ささやかな矜持のもとに十年間、そばにいた。中学生から大学生になるにつれて、私はたくさんの黒歴史とともにたくさんの敵を作って、一方でその子は常に一定の速度を保って、たくさんの憧れとともにたくさんの友達を作っていた気がする。ただ、私といるときのその子はとても冷たく、さえざえと文句をいい、いつも嘘つきで、女の子なのにロッカーの上に胡坐をかいて「面倒くさい」が口癖のような子でもあって、そのことがよりいっそう、私に渋い顔をさせた。なんだってこんなやつがうまくいくんだろう。おそらく中学高校で大嫌いな数学より、最大の疑問だったように思う。とにかく私たちは親友というより、なにかもっと別の――難しい間柄で、それは私に劣等感と嬉しさを一緒に連れてくるようなものであった。

「大学に入って、一気に年を取った気がする」瓶ビールをグラスに傾けながら私はしみじみとそう吐いた。
甘酸っぱいとは言い難い女だらけの高校生活を卒業したのち、結局大学も女だらけで、やはり彼女と学科も一緒になってしまった。彼女は大学でも注目の的で、上からも下からも名前を知らない人はほとんどおらず、留学もあっさり決まって旅立っていった。「留学とか興味ないって言ってたのに」とかいう文句はあっさりアルコールの泡にのまれた気がした。
「そう思うんならもうばばあだね」相変わらず辛辣なことを言いながらグラスを干す喉を眺めた。ちっとも変わっていない。私は大学生になって、大人になって何か変わったのだろうか。二十歳を過ぎてお酒の味を覚えても、上手い世渡りの仕方は全くわからないし、愛想笑いはアルバイトで手に入れても本当に嘘をつくのはいまだにあまり得意ではなかった。何より目の前の彼女に私の嘘が通じたためしはいまだかつてないから、多分私はあまりよくない方向で変わってはいない。
「ばばあ…ばばあねえ。あんたがばばあになるところなんて誰も想像しないでしょうね」化粧っ気のない、端正な顔をとっくりと眺めながらそう言うと、彼女はしばし瞬いたのち大きく顔をゆがめた。
「…あんたまでそんなこと言うの」
「は?まあ…私は想像つくけど、ほかの人はどうかなって話よ」
「留学行った理由、そこなんだけどなあ」今度はぶつぶつとぼやき始めた。おかしい。彼女も私と同じでザルなのは間違いないのに。しかし「理由」の二文字に好奇心がわいて、彼女に視線だけで続きを促した。
「まあ、私って人よりなんでも出来る印象があるじゃない」
「自分で言うんだ」高校時代ならイラついていた一言もそこまでなんとも思わなくなっていた。私も成長したのかもしれないとふと、驚きが萌す。
「印象よ、印象。何をやっても先生や周りの子は『まああなただからね』とか『美人だし優しいしなんでも出来てすごい』とかさ。でも問題は」そこでふと、言葉を切る。また一口ビールを吸い込んで、言葉を吐いた。
「私が全く、自分のことをそう思ってないってことよ」
私からしてみれば、彼女がそう思っていたのは意外であった。自分の本来の性格と周りの評価との間に出来ている深い溝に対する苛立ちが、私にとっては大いに衝撃的な話だったのだ。
「私の今までを全く知らないところに行けば、また一からやり直せるかなって」
「私はあんたが羨ましかったけどな」口にして、素直になることに後悔は少しあったけど、それを差し置いてでも吐き出してしまいたかった。十年間を一言で。
「まああんたは…何をやらせてもやれるように見えてしまうし、実際世渡り上手で、敵も作らないし、めったに余所行きの顔を崩すこともないしほかの人が騙されるのも無理ないよ」
「騙してるつもりはないんだけど」余所行きが崩れた、少し苛立った顔を見れるのも自分の特権であると気づいたのはここ最近の話。
「敵を作らない能力があるのは羨ましかったな。私は」不器用で、思ったことはすぐ言ってしまって、よく泣いて。「…私の周りは敵だらけだったからね。友達もあんたほどいないし」
「私には一年のあいだ、留学中、あんた以外にメール送ってくれる相手なんかいなかったよ」彼女は私をまっすぐ見てそういった。憎たらしいほど黒々とした目には間抜けに口を開けた私が映っている。
「本当に?」
「こんな悲しいことに嘘つくわけないでしょ。あんたはどうよ、たった三週間フランスに行っていただけでいろんな人から心配のメールとか、お土産よろしくとか、たくさん来てるし、しょっちゅう後輩からは遊びに誘われてるし、学科でいろんな子とおいしいもの食べて。あんたの方がよっぽど友達がいるわよ」むすっとしながらも笑い飛ばした友人によくわからない感情がこみ上げた。きっとこの十年間、私が彼女に憧れるのと同じように、彼女もまた、自分にないものを求めていたのだ。もしかしたら同じように嫉妬して、もがいたのかもしれない。もっとも、隠す能力は彼女の方が断然上ではあるけれど。十年間、私の目の前にいたのは、年齢不詳の何でも屋ではなく、年相応の女の子だったらしい。
「確かにあんたみたいに不器用じゃないけど、上手くやりすぎても結局手元に残るのは『顔見知り』だけなのよ」追加の瓶を頼みながら、彼女が呟いた。
「そうかもしれないね」思わず得意げな顔をしてしまった私の額を軽く弾いたのを合図に、お互い笑い出す。一年ぶりの邂逅を軸に、夜はゆっくりと軋みながら回っていった。

羨望

友人との実話をもとに。

羨望

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-24

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