変わらないでいられたら

1:いつもの

「うわっきたなっ!そんなん擦り付けんなよ!」
「うちだってこんなんずっと手についてんの嫌だもん!」
そう言って僕の彼女の狭山 七海は僕の逃げ場をなくすようにじわじわと擦り寄ってくる。
今日はたまたまうちに両親がいないから、七海を呼んで二人でお菓子を食べながらゲームをして遊んでいた。そしたら僕が操作をミスして、キャラに妙ちきりんな死なせ方をしてしまったのを見て、七海はコーラを吹き出したわけだ。ぎりぎり七海がてでおさえたから被害は少なかったけど、おかげでこいつの手がびちびちになってしまって今に至る。
「そんなん吹いたお前が悪いだろ!」
「いや、あんたの操作が下手すぎるのが悪い」
「んなことあるか!とにかくこの畳の線からこっちに来るな」
しっしっとやって七海から距離を取る。
「それで逃げたつもりかー!」
そうさけんで飛びついてきた七海から逃げられず 、結局僕の服はコーラまみれにされてしまう。そして、拭き終えて満足した七海は、またコントローラーを握って次の大戦で使うキャラを選び始めた。
そんな感じで二人、ポテチを摘みコーラを飲んで、何度も何度もゲームをしていると
「ねえ、祐也ってさ…」
と、七海が話しかけきた。
「ん?どうした?」
「結局あのあと、紗奈ちゃんとどうなの?」
「どうって…」
「仲直り…できた?」
去年の夏、僕と七海は付き合い始めた。そして、それを聞いた倉橋 紗奈は僕のことを好きだったらしく、一年の頃から仲良くしていた僕達は何となくお互い気まずくなり、いつの間にかずっと話していない。そのことを七海はずっと気にしていて、度々聞いてくることがあった。
「まだ、なんて言って話したらいいかわからないんだ」
「そっか」
そこでいつも会話が途切れる。お決まりの流れだ。
しかし、今日はちがった。
七海が「もうあと一年もないよ」と言ったのだ。
たったそれだけだけど、それだけに奇妙な焦りを感じずにはいられないでいた。

2:動き出す

例の焦りを感じた日から一週間、僕自身倉橋さんが気になっていた。
幸いクラスが一緒だから何度か話しかけようとしてみたけれどなかなか勇気が出ずにいた。
一年の時から一緒につるんでて、倉橋さんとも割と仲のいい豊崎 達也にも相談相手になってもらっているわけだが、なかなか話せない。
その事を今日は喫茶店で七海と話していた。
「まあ、まだ一週間だからさ、紗奈ちゃんの友達に話聞いてるけどこっちも難しいよ」
七海も別働隊として動いてくれていたみたいだ。
「どんな話するの?」
「んとね、紗奈ちゃんって好きな人いるのかなーとかー、祐也に振られたあとどーだったのかなーとか」
どきりっ
「すごい突っ込んだとこまで聞いたんだね」
ちょっと驚きすぎて声が震えてしまう。
「うん、そのせいでちょっと怒られちゃったよ。感じ悪いってさ」
「あ、なんか、ごめんなさい」
「ほんとだよ」
さっきから七海の声色は全然変わらない。辛いはずなのに、まるで気にさせないようにしてるみたいにさらさらと会話を進めていく。おかげで話をぶり返すこともできない。
「でもなー」
「どうしたの?」
「僕はどうして今頃倉橋さんと仲直りしようとしてるんだっけ、と思ってさ」
「そーゆーのはいいの!お前は紗奈ちゃんと仲直りするの!」
「わかったわかった」
どうどうというふうに両手のひらを前に七海を制する。
七海はいつも僕を引っ張ってくれる。そして僕はこういう七海にこそ惹かれたんだな、と度々思うのだ。
それから四十分くらい話してから七海が塾だというので喫茶店を出てそのまま別れた。
そしてそのまた一週間後、僕は再び倉橋さんと話しをすることになる。

3:狭山 七海

うちは自分の気持ちが良く分からない。
うちの彼氏の中島 祐也は、うちと付き合い出したことでずっと仲良くしていた紗奈ちゃんと疎遠になってしまった。
そのことについて、うちはずっと払拭できずにモヤモヤ悩んだままでいた。
祐也のためにも多分あいつと紗奈ちゃんは仲直りした方がいいんだと思う。だからうちはずっといい続けてきた
「仲直りした?いつ仲直りすんの?」
って。
でもそんなの祐也だってきっと鬱陶しいと思っていたはず。そんなのは分かってるけど、それが祐也のためなんだと思うと言えずにはいられなかった。

喫茶店で祐也と話した日の二日後、トイレの中で紗奈ちゃんとうちだけになった。話すチャンスだ!と、思ったけどなかなか勇気が出ない。祐也の気持ちもなんとなくわかる。なんだか良く分からない壁のような重圧が、話そうと意識した途端にかかってくるのだ。
「あ…あっ…」
あんまりプレッシャーが強いんで声が小さくなってしまった。
「あの…」
それでもやっと出した声はまだ小さい。紗奈ちゃんに聞こえたかどうかも怪しい。けど
「なに?」
と返ってきた。聞こえていたようだ。
しまった。重要なことを忘れていた。何を話そう。
話すってことで頭がいっぱいで話題のことを全然考えていなかった。おかげで
「今日、いい天気だね」
と、訳のわからないことを言ってしまう始末。ちなみに今日は雨だ。ザーザー聞こえるほど強い雨。やってしまった感が溢れてくる。
しかし紗奈ちゃんは不思議な顔一つせずに笑って言った。
「今日雨だよ」
そんなひとコマで、うちの心はだいぶ救われた。
は?とか言われてたらポッキリいってたと思う。
さて、そこからは早く復帰できて、一瞬で平常心になれたので、日常会話でもしながら親睦を深め、それから祐也のことについて話そう。
「祐也が仲直りしたいって言ってるんだけど」
あれ!?なんでうちこんなこと言った!!?
「中島君が?変なの、別に喧嘩したわけじゃないのにね」
ところが紗奈ちゃんはケロッとそう言うと手を洗ってトイレを出ていってしまった。
案外あっさり伝えちゃったことに、うちは驚きを隠せずいて、しばらくぽけーっとほうけていた。

4:倉橋 紗奈

どうして私はあの時あんなにあっさり返事できたのかな。
どうにもそのことが引っかかってしょうがない。
中島君から話をしたいと言われて嫌じゃなかった。むしろ嬉しかったくらいだし。
でもそっか、ここ一年話してなかったんだよね。不思議だな、本当に喧嘩したわけじゃないのにね。
確かにちょっと気まずくなって避けちゃったのかもしれないけど。
よし、今度話しかけてみるか、と思っていると噂の彼が角からぬっと現れる。びっくりして思わずすごい勢いで飛び退いてしまった。
しまったーと思いつつゆっくりと目を向けて彼の顔を見てみる。
そこには同じく驚いたのか目を大きく見開いて固まった中島君。
あれ?なんだっけ、何しようとしてたっけ?
完全に脳みそがフリーズしてなんにも考えられなくなる。
多分実際には十秒もなかったんだろうけど私には一分…いや、もうちょっと長く感じたかも…。
まあ、とにかく中島君が立ち去るまで私は針のむしろにいた。
あぁ、話しかけるつもりだったのに。
絶好のチャンスを逃してしまった。もうこんなことないかも。
もどかしいな、なんでこんなことになってるんだろ。

そんなもどかしさを感じつつ五日間。
なかなか苦しめられていた私にまたチャンスが巡ってきた!なんと廊下でばったりあってしまったのだ!
これはきっと単なる偶然じゃない!神様が早く払拭しなさいと言ってるんだ!
ドキドキする。前にはあんなに普通に話せてたのに。
どういう事だろう。不思議だな。でも、このドキドキはなんだか心地がいい。
そんなことを考えていたらするっと言葉が出ていて。
その休み時間の間は中島君とずっと話していた。

5:中島 祐也

まさかこんな時にばったり正面から出会ってしまうとは。
正直驚いた。倉橋さんのことを最近ずっと意識してしまっていたから。多分意識の外にいたら、僕は何も感じずに彼女の横を通り過ぎることができただろう。しかし今は、完全に固まってしまってしまった。
どうするべきだろう。ここからまた何事もなかったかのように歩き出すのはどうにも不自然な様に思う。かと言って話す言葉も出てこない。要するに緊張している。テンパっているのだ。
倉橋さんとは何度も話したことはある。簡単だ。あの時みたくなんでもない話を振ればいいんだ。
「きっ…今日はいい天気だね」
残念ながら今日は雨だ。
ザーザーと言う音をBGMに僕はサーっと冷たい汗をながした。
しかし、突如彼女がわらいだす。
こんな間違いがそこまで面白いはずもない。何がおかしかったんだろう。
あははははっと倉橋さんはひとしきり笑った後で、おかしなことを言ってきた。
「七海ちゃんとおんなじこと言うんだね。ばっかみたい」
なんだか良く分からないけどすごく楽しそうだ。
けれどおかげで、僕の方も緊張がほぐれて、たった十分の休み時間の間にいろいろなことを話し込んでしまった。
おかげでトイレに行くことを忘れてて、僕は激しい尿意に耐えながら四時間目をやり過ごしたのだった。

6:七海の変化

今日はなんだかとても充実した気分で心地よかった。
かなり浮かれてしまっているが、なんだか後ろめたくもあるので七海には黙っていようかと思った。
ウキウキ気分で七海とラインをしていると下から
「ご飯はこんでー」
と言う声が聞こえた。親が作り終えた印だ。
これからご飯を食べるわけだが、どうにもラインの切りどきがわからない。
要するに苦手なんだ。
『あの話面白かったよね!まさかあの頭領が部下をかばうなんて、うちてっきり部下のこと、ゴミかなんかだと思ってるのかと思ってたよ』
と、七海から返信が来てどう返すべきか悩んでいるわけだ。どうすればご飯に行けるかな?
わからないのでとりあえず続けることにした。いつか切りどきがわかるかもしれないしね。
『ほんとだよね、あの話はちょっと泣いたなー』
『うん、うちもう頭領褒めてあげたいよ』
『上からだな!』
『まあねー』
と、七海がもう一つメッセージを送ってくる。
『それじゃご飯行ってくる』
どうやら切るのはあっちの方がうまいみたいだ。
『こっちもだ』
そう送って下に降りていく。するとよく焼けたステーキが置いてあった。胡椒の香りが芳ばしい。
そして、既にご飯は運ばれていてちょっとだけ得をした気分だった。
テーブルの前に座り、箸をとってステーキにかぶりついた。
「いただきますは?」
と言われたが無視無視。
美味しかった。
ちょっとしたスパイシーさがまたいい。
今日はいいことが続くなと思って夕食を終え、風呂に入りラインを見てみるとご飯前に
『いってらー』
と送られていた。
『戻ったよー』
返信して携帯を脇に置いてとりあえず数学のワークを開いた。これでも一応受験生なのだ。
一時間くらい携帯は黙り込んでいたので、割とできた気がする。
Twitterでも呟こうかな、と、僕は携帯を開こうとするも、あれ?
ホームボタンを何度押しても起動しない。
電池切れだった。そりゃ静かなはずだよ。
仕方なく充電器にさして電源を入れて電波がつながるのを待つと七海からラインが来てた。
『今日夜電話しよ』
たまに言ってくるのだがこういう時は朝までつきあわされる。けどまあ、僕もしたいし、たまにだからいいんだけど。
さて、完全に集中を切って暇になってしまった僕は何をしよう。
ちなみに、こういう時は相手が寝る支度を終えるまでまたなければならない。
女ってのはなんで寝るのにも時間がかかるんだろうね。
結局向こうの準備が終わって始めたのが深夜0時。もうちょっと早く始めたいというのは僕の不満のうちの一つだったりする。
「どうしたの?今日は」
いつもなんともないんだが念の為毎回聞いてる。
しかし、今日は珍しく切り込んできた。
「紗奈ちゃんと話したの?」
「え?うん。話したよ」
急にどうしたんだろう。と思いつつも話していると何か言いたいことでもあるんじゃないだろうかと思えてきた。
「紗奈ちゃんってほんとかわいいよね」
わからない。何が言いたいんだ。どうゆうことだ。
「何が言いたいの?」
僕はつい口走ってしまった。
しかも、割と強めに。
「うん、あのね、やっぱり仲直りするの…やめない?」
地雷を踏んでいたようだ。
なにかまずいことでもあったのかな。と、思ったし、ふざけてる。とも思った。
「なんで?」
「紗奈ちゃんが可愛いからだよ。おもしろいし。」
確かにそれは認めることだがやっぱり良く分からない。
「どういうこと?大丈夫?とりあえず落ち着こ?」
「落ち着いてる。」
お、おう…そうか。となって言葉が出ない。
何度も仲直りしろ。と言われたのに今更どういうことなんだ。
とにかく僕は訳がわからない。
「どうしたの?なにかあったの?」
と、聞いても
「何もない」
と答える。意味不明だ。
それからいろいろ話して、結局僕はこれから何度か倉橋さんと話すかもしれないと、僕が言って、急に聞き分けよくなりわかった。と言われてから、なんとなく僕たちの間の空気が悪くなっているように感じた。

7:月

いつまでギスギスかんが続くのかなと思っていたらつぎの日の朝には七海の方から
「昨日はごめん」
と言ってきたからちょっと安心した。
これで大丈夫。そう思った。
倉橋さんいわく、七海の方もいろいろ動いてくれてたみたいだし、多分誰かに何か言われたりとか嫌なことでもあったんだろう。
その程度に考えていた。
僕はたまたま朝電車で一緒になった豊崎にその話をしてみた。
すると
「なんで朝からノロケ聞かされなきゃなんねーんだよ」
と言われてしまった。
「いや、ノロケじゃないよ。ほんと、わかんないから聞いてんだって」
「んなん俺に聞かれてもな…ただ焼いてるだけかもよ?」
「仲直りしろって言ったのはあいつだよ?」
「それでもだよ」
訳がわからない。
一体どういうことを言ってるんだろう。自分から振っといてヤキモチも何もないだろう。的外れだ。
「だいたい贅沢なんだよお前」
「なんでだよ」
なぜか責められた。
「だってお前、彼女いんのにほかの女絡みでうろうろしてよ。もうちょっと狭山さん見てやったら?」
「見てるよちゃんと」
「そーか?おれにはお前が、あっちこっち目移りしてるように見えるけどな」
なんでこんなこと言われなきゃいけないんだ?僕はちゃんと七海だけを見ているだろ。
だからあんまり気乗りしないけど、あいつの提案だから仲直りしようと頑張ってたんじゃないか。
一体どういうことなんだ。
「まあいいや、お前にもいろいろあんだろ、躍起になって、二人とも取りこぼすようなことすんなよ」
「どーいうことなんだよ」
「まあまあ」
こいつと話してるといつもあやされてるみたいだ。
けど、こいつだからこういう話がしやすいのは、なんでなんだろうな。

電車を降りて、歩いて十分。学校につくと廊下に倉橋さんがいた。
「おはよ」
「おはよ」
声をかけると返してくれる。久々の感触が嬉しかった。
「なにしてたの?」か
「ちょっとプラプラ散歩してた。」
「校内を?」
「いいでしょ、校内散歩」
ムキになって返してきたのがおかしくて、つい笑ってしまう。
「そっか。これからどこに?」
「んーあんまり考えてない」
そう言って笑う倉橋さんはとても楽しそうだ。
「そーなんだ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
二人、別れて歩き出す。まあ、すぐまた会うわけだけど。
そんな短いやりとりで、今日は頑張れるような気がしたから不思議だ。
七海と仲直りできたから余計そう感じた。

8:

黒い波動を溜めていると後ろからものすごいスピードで転がってくる球体。
別の相手に気を取られていて全くそっちを警戒してなかった。
回避もできずにモロにぶつかってしまい盛大に吹っ飛ばされた。
帰還不可能、コントロールの効かない状態で背景の中に小さく消えていく。
キラっと光ると命が一本減り、UFOに乗って再び現れる。
僕はかなり久々に七海とス○ブラをしていた。
「うわーっ見てなかったー」
見事にイッキ減らされてしまった。
そして、僕のキャラが戻ってきたときは僕だけ狙う準備が整えられている。コンピューターとも戦え。
何戦かしているうちにだんだんと飽きが見え始める。
七海は僕にヘッドロックをかけて遊び始めた。
「どーだ!まいったか!」
「うっ…わかったわかった。わかったよ」
七海の腕をポンポン叩いてギブアップだと伝える。が、なぜか緩まない。元々あんまりしまってなかったんだけど。
「ねえ…」
七海の声色が急に重く、沈む。
「紗奈ちゃんのこと、どう思ってる?」
どう言う意味だろう。
「別に…普通だけど」
「そう…なんだ…」
おいおい何だこの空気、なんでまたこうなっちゃったんだ。
居心地があまり良くない。ス○ブラをやろうとコントローラーを手にとって誘ってみる、が、
「ごめん、もう暗いし帰るね」
と言うので電源を切った。
二人で玄関まで行って送ろうか?と提案したけど一人で帰りたいというのでそこで別れた。
「またね」
と言ってみたが無視された。なんだか二人の間の溝がはっきりと見えるみたいで怖かった。

9:

今日は学校に行きたくない気分だった。
朝からなんか体がだるい。心のだるさからくるだるさってやつかな?
とにかく行く気が全然起きなかった。
じゃあ行かなくてもいいんだよ。義務教育じゃないんだし。
って言う奴いるけどそう言うことじゃないじゃん。
行きたくなくても行かなきゃならない場所。
あまりに憂鬱なので冷水機で水を飲む。よくわかないけど乾いてしょうがないんだ。
水を飲んだ。たらふく飲んだ。
飲んで教室に戻ろうとして、また廊下を歩く。どうにも足が上がらない。
僕、相当まいってるな。
と思っているとおはよ。っと、声をかけられる。顔を上げると倉橋さんが前にたっていた。
一体どういうタイミングで現れてるんだ。
「どうしたの?なんかだるそうだけど」
「いや、大丈夫だよ。いつもどうり何ともない」
「嘘!絶対嘘だね!なんかあったよ!」
「えっ、倉橋さんがきめるの!?」
「当たり前じゃんっ」
物凄いドヤ顔だ。
「中島君に何かあったことは明白です!正直に話しなさい」
なんでわかるんだろ。
「いや!ないよ!気のせい気のせい」
僕は両手をブンブン振って否定する。
なにかあったって…あったけど話せないよ。
「ほんとに〜?」
「ほ、ほんとほんと」
多分今の僕はものすごい胡散臭いだろうな。と、喋ってて思った。
けど、倉橋さんは
「そっか、よろしい」
と言って僕を通りすぎていった。
ところで、僕は単純な人間なのかもしれない。
さっきまでの憂鬱な気分が倉橋さんと二、三言話しただけでふきとんでいる。
今の僕には、彼女がとても暖かかった。

10:

「で、話って何?」
「あのさ、豊崎…すごく言いにくいんだけど…」
「いいから言ってみろ。ほれ、聞いててやるから」
「ああ、それじゃあ言うぞ?」
「来いよ」
僕は豊崎に、これまでの経緯と、七海との現状と、倉橋さんの存在について話した。
僕が話している間、豊崎は僕が話しやすいよう適度に相槌を入れながら聞いてくれた。
「んでよ、お前は狭山さんが好きじゃなくなったのか?」
「いや、それは無い…」
後ろに小さく、と思う…。と付け足す。
「じゃあ倉橋さんが好きになったのか?」
「え?」
「え?じゃねーよ、好きかどうか」
「いや、だって七海が…」
「今狭山さんは関係ねー。お前がどうかだよ」
僕は正直返答に困ってしまった。
一体何を聞かれているのかわからない。というふうに、頭がごちゃごちゃしてくる。
だって僕は七海が好きで、だから他の人は好きにならないだろ?
それでおしまいじゃないのか?倉橋さんの質問どう言う意味なんだ?
ずっと黙ったままの僕を見て呆れたと言う感じで、はぁ。と溜め息をつく。
そしてまた、言葉を被せてきた。
「あのな、好きな人が二人いてもいいんだよ。それが不誠実だっつー奴もいるけどそんなん気にする必要ねーの。どーせ俺らの間にしかこの会話はないんだから二人いたってたじろぐ事はないんだぜ」
あぁ、そう言う事…。
どうなんだろう、そういう考え方はした事がなかった。
そうなると…一体僕は倉橋さんのことをどう思ってるんだろう。
「わからない」
それが、今の僕が出せる精一杯の答えだった。
「そーじゃー仕方ねーな」
そう言って豊崎はニカッと笑う。
この笑顔には本当に救われる。シリアスな話に不似合いなこの笑顔があるから。だから僕はこいつを頼ってしまう。
事あるごとに話して、楽になりたいと思うんだ。
「まあ、狭山さんのことも倉橋さんのことも、よく考えることだな。たまたま狭山さんと仲の悪い時にたまたま現れた倉橋さんが物珍しくみえてるだけかもしれねーしな」
「うん、そうかもしれない。二人のこと、よく考えてみるよ」
「それじゃあ」
と言って豊崎と駅で別れた。
僕も、改札を抜けて駅を出る。
なんだか足取りが軽かった。こんな日には何かいいことがあるかもしれない。七海ともよく向き合ってみよう。

11:

その晩、いつもなら返信のある時間帯に返信が来ない。
もう少し待って二時間…三時間。
どうもおかしい。
まだ九時だ。高校生ならだいたいみんなまだ起きてる。それに、七海は基本日付が変わってから寝てるからまだ寝てるとは思えない。
というか今日は七海からずっと返信が来ないのだ。
薄々感ずいてはいた。
けれど待った。
待ったけど来なかった。
いくら待っても来ないので、モヤモヤしながら起きているより寝たほうが良いと思って寝る準備をし、布団に入った。
眠れない。
どうしても、七海と倉橋さんのことを考えてしまう。
七海の悪い所を探して、倉橋さんなら。と考えてしまう。
そんなことを考えても、なんにもならないのに。
嫌だ、こんなの嫌だ。まるで倉橋さんの方がいいみたいじゃないか!そんなの嫌だ!
七海を裏切っているみたいで…嫌だ…。
それでも、体は的確に、倉橋さんだけに反応していく。
それ、が居心地がわるくて、後ろめたい。
自分の中にすら居場所がないみたいに。
その気持ち悪さから逃げるように、膨れ上がった息子を、一瞬皮と擦れない隙すらも、痒みによって与えられないくらいに速く、激しく擦った。
暗い部屋の中に僕の吐息だけがやけに大きく聞こえる。
背中にじんわりと汗をかき始め、管の真ん中辺りが重くなる。
そして、一気に飛び散って腹の上に垂れたので、さっとティッシュで拭いて、無為な行為を後悔して眠った。
つぎの日には七海からの返信があって
『ごめん、寝てた』
と書かれていた。
そっか、寝てたのか。
無視されてんのかと思って悩んで、その上逃げた自分を、今度は激しく責めたてた。

12:

なんでだろう。
今日もまた、倉橋さんと会話した。
昨日も、一昨日も。
でもここ数日全然面白くない。
七海と話しててもそうだ。いや、僕達にはまだ溝があるし、今はこんなものか。
けど、倉橋さんとは違う。溝がどうとかいうほどの関係じゃない。
じゃあ何が行けないんだろう。
なんで、こんなにおもしろくないんだろう。
「それでさー…」
僕の前で倉橋さんは笑っていた。
なんでだっけ?
おぼえてない。そもそもあんまり聞き取れていなかった。聞き取る気持ちもなかった。
なんで僕は、今こんなにもつまらなさをかんじてるんだろう。
倉橋さんと話してて、相槌はうつし、愛想笑いもする。でも、相槌や愛想笑いしかできない。
それ以上のことをする気持ちが全く起こらないんだ。
「うーん、なんだよその相談。お前最近ほんと贅沢だよな」
「贅沢じゃないよ、こうして疲れてんだし」
「いや、そんなことで悩んでる時点でお前は贅沢なんだよ」
グウの音もでない。
「それはさ、倉橋さん、お前が逃げたい時そこにいたから。だから楽しく感じられなんじゃねーの?」
「逃げたいなんて…」
「思ってたんだよ。きっと」
「…」
「自分で意識できなくても、深層心理ではそう思ってた。だから倉橋さんを愛しく思えた。違うか?」
「……わからない」
「だろーな。そんなん自分でわかってないんだから他の奴がわかるわけねー」
え?じゃあ今の質問なんだったの?
全く意味がわからず、驚いてつい豊崎に振り向く。
そこにはいつもの爽やかな笑顔ではなく、慈愛に満ちた笑顔の豊崎がいた。
「なんでって顔したな」
それも一瞬のことだった。
もう豊崎の顔はいたずらしたあとのようになっている。こいつにはこっちの方がよく似合う。
そして続ける。
「もちろんそれが全てってわけじゃない。パターンの一つだとおもっておけ。ついでに言うと、たとえこのパターンだったとしても、お前が倉橋さんを好きじゃないってことにはならないから安心しろ」
「わかった。もっと良く考えてみるよ。そんで、どういう結果になっても豊崎には報告する」
今悩んでるのは僕が二人の間で揺れてしまっているからだ。だから、僕は二人のうちのどちらかを選ばなければいけない。
「おう、まってるぜ」
その後は、なんか適当な話をして休み時間を終えた。
そして、その後は一人で考えてた。その中で、自分の考えに期限を設けることにした。いつまでもだらだら考えててもしょうがない。そう思ったんだ。
それに、もう一つ決めた。
選んだ結果七海になっても倉橋さんになっても、もう片方とは卒業するまで話をしない。

13:

だめだ。
だめだだめだ。
どう考えても一人によってしまう。けど、理由がない。決定的なものが何か欲しい。
今目の前で倉橋さんが喋ってる。けどやっぱり、全然頭に入ってこない。なにか言わなきゃいけないのはわかる。わかるけど、どうすればいいんだ。
さっきから僕は倉橋さんの前で、倉橋さんと話をしながら、頭ではまったく別のことしか考えていない。
最低だ。
「でさ、どう思う?」
「え!?あ、えーと、うん。いいと思うよ」
「ん?」
「え?何?」
冷や汗だらだら。悪さをした子供みたいな気分だ。
「話聞いてたの?」
すみません!全然聞いてませんでした!
「う、うんまあ、半分くらいはね。」
なんで嘘ついちゃったかなー。
馬鹿!アホ!と、自分を激しく罵る。
「ふーん、まあいいや。教室戻ろ、チャイムなるし」
「ああ、そうだね」
危なかった。このまま続けられていたら本当に。

『ってわけでさ、チャイムに救われたよ』
『ふーん、何考えてたの?』
『いや、まあいろいろ』
昼間にあった話をいる。今日の結構大きな事件だ。七海にも聞かせたいと思った。
まあ、何を考えてたかは言える筈がないんだけど。
『まさか!』
え、なんだ!
僕は一瞬ドキリとする。七海が感を働かせたのかと。
七海の感はかなり鋭いから困りものだ。
けどその後は全く違うことだった。
『沙奈ちゃんの前で沙奈ちゃんをオカズにした時のこと思い出してたの!?』
『違うわ!』
驚いた。なんで七海はオカズにしたこと知ってんだよ。
『んー?じゃあなんだろ、うちのことでも考えてた?』
『なんでだよ』
さらっと当ててきた。
『あ、ご飯呼ばれた』
七海はそう言ってログアウトした。
七海。倉橋さん。七海。倉橋さん。
もう自分の中で答えは出ている。けど、ギリギリまで抗いたい気持ちがあって、結局まだ答えは出していない。
七海がご飯から帰って来て
『久々に電話しない?』
と送ってきた。
『いいよ』
送り返すとすぐにかかってきた。
なんだなんだ!今日はやけに早いな。と思いながら急いでイヤホンを刺して電話に出る。
「もしもし?」
聞いてみると
「もしもし」
と言ってきた。ちゃんと聞こえてるようだ。
「今日はやけに早いね、いつも日にち変わってからなのに」
「だね、まだ十時だよ。早すぎ」
と言って笑っている。
「どうかしたの?」
「いや、んー。まあどうかしたわけじゃないんだけど」
「ん?」
なぜだかやけに喋りにくそうだ。
けど、今日は機嫌がいい。多分何かいいことでもあったんだろうな。
「あのさ…」
「なに?」
「うちら、別れよっか」

14:太陽

実感がない。本当に昨日。僕達は別れたのか?
七海は、凄い泣いていた。
半分くらい何言ってるかわからなかったけど、自然と理解できた。けど、状況は全然飲み込めなかった。
こんなことってあるんだね。
今日一日、僕は何も考えていなかった。
何も考えられなかった。
なんで…ああ、そうか。
七海がいなくなったショックが思った以上に大きいんだ。
僕は正直七海を選ぶつもりでいた。それだけに、酷くショックだったんだ。
なんで昨日、断らなかったんだろう。
あの時嫌だって言っていれば…
考えると涙が出てくる。
今日が土曜日で…学校がなくてよかった。
すぐに服を全部脱いで、風呂場に駆け込む。シャワーからお湯を出して、手に貯めて、顔をつけて、泣いた。
なんで僕はもっと早く気づけなかったんだ。
七海がいたから倉橋さんとの会話が楽しかったんだって。
七海が楽しませてくれるから。だから倉橋さんにもその楽しさを分けてあげられたんだ。
僕は馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ!大馬鹿だ!
七海が眩しすぎて、見えなくなっていたことに気がつかなかったなんて。
七海がいたからこそ、倉橋さんに気付けたことに気がつかなかったなんて。
嫌だ、なくしたくない。七海を手放したくない。
気がつくと僕は裸のまま、濡れたままで自分の部屋でケータイを握っていた。
しかも、七海とのトークを開いて、すでに
『やり直そう』
と送っていた。
返信はすぐにあり
『無理だよ』
と、綴られている。
もう止まらない。自制がきかない。理性が働かない。
イヤホンをケータイに刺し、七海に電話をかけた。
「何?」
と電話の向こうで聞こえる。
「あの、七海」
「だめだよ」
「…」
「やり直すのは、だめ」
「でも…」
「でもはなし」
「どうして?」
「なにが?」
「どうして急にそんなことになったんだ?」
だって。と、漏らした七海の声は震えていた。
「だって祐也、沙奈ちゃんのこと好きなんじゃないの?」
「違う」
「いつも楽しそうに話してるじゃん」
「違う」
「違うの?ほんとに?」
七海は今にも泣き出しそうになって、いや、泣いていた。
「うち、何度も見かけちゃって…それで…辛かった」
「…」
「胸が刺されたみたいになって…痛かった」
「…」
「なんでうちなの?なんで沙奈ちゃんじゃないの?」
胸がいたい。締め付けられるように。
僕はこんなにも、七海を傷つけてしまっていたなんて…
「七海が好きだからだよ」
「…」
「七海がいないと、七海と話してないと、倉橋さんとはうまく話せないんだ。」
「…意味わかんない」
「僕も…わからない。けど、そうなんだ。僕は七海が好きなんだ」
「…」
「七海じゃなきゃ嫌なんだ」
「…」
「…」
長い沈黙。
二人の泣きじゃくる声だけが、僕のみみには届いてなかった。
そして
「わかった。やりなおそ」
と、七海はいった。
嬉しかった。死ぬほど嬉しかった。
そう感じてまた涙が出てくる。でも、これはさっきの苦しい涙じゃない。幸せの涙だ。
そして、僕の耳にはしばらくの間、二人の笑い声だけが入ってきていた。

変わらないでいられたら

変わらないでいられたら

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1:いつもの
  2. 2:動き出す
  3. 3:狭山 七海
  4. 4:倉橋 紗奈
  5. 5:中島 祐也
  6. 6:七海の変化
  7. 7:月
  8. 8:
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