未来の世界の……

祖父のために執筆した作品のうちの一つです。今回の四作品の中では、一番出来がいいと思える作品です。

未来の世界の……

 エフ氏は警察官だった。
 しかし、今の時代だと、警察官ほどつまらない仕事はない、と言われる。どの国でも完全な政府、そして法律が整えられ、道徳もいきわたった。人々の相互理解も深まった。このおかげで、犯罪率は限りなくゼロに等しくなったのだ。今では月一回ほどだった犯罪発生率が、そろそろ半年に一度、というほどまでになっている。
 必然的に警察官の需要は低くなり、仕事の内容も無味乾燥なものとなった。エフ氏も、この署で勤務しているが、最近では書くべき書類もほとんどない。ただ用があってやってくる人の応対をすればいいだけだ。その上、その署と呼ばれている建物の大きさも、昔でいう交番ほどのものだった。
 警察官は、社会に出たばかりの青年がちょっと書いた履歴書を送るだけで、なれる職業となってしまった。警察庁やら警視庁とかいう紛らわしくて、大仰な建物も昔はあったそうだが、今ではこの署のように縮小された上に、そこで働く人も二桁に上るかどうかすら怪しいものだ。ある意味では国家の、世界の理想といえる状態なのかもしれないが、勿論、エフ氏はこうした現状に退屈を感じざるを得なかった。
「平和なものだな。何か、あっと言わせるような大事件が起こらないかな。昔みたいに、銀行強盗だとか、人質たてこもりとか……」
 万引きの一つすら起こりにくい世の中でそんな凶悪犯罪を望むのは無謀だった。あまりに退屈なのでエフ氏自身がやってやろうかと考えたことすらあったが、やはり、警察官として、解決に向かう役柄でないと興奮しないし、満たされない。それに、殺傷用ピストル一丁すら製造されているのかも分からないのだ。軍隊が全ての国で解体されてから既に久しい。
 それに、仮にピストルを持った銀行強盗が現れたとして、エフ氏に何が出来るだろうか。彼にも銃があるにはあるのだが、麻酔弾を用いた、比較的安全な銃だった。撃ち合いになれば、圧倒的に不利になる。
 こうなってしまったのも、エフ氏が社会に出ようとしていたとき、安易に楽で安定した仕事に就きたいと考えていたことが全ての元凶だった。元々エフ氏は勤勉な人間でなく、そういったきらいは小さい頃からあった。エフ氏が就職先を決定した際には、勿論彼の両親も引きとめようとした。だが、そこは持ち前の根拠のない自信で、無理矢理丸め込んでしまった。当時は一度就いてからはさぼってしまえばいいと意気込んでいた。しかし、例え仕事がなくとも街の安全を見守らなければならないのが警察官である。時折パトロールに出かけなければならないし、超小型監視装置から見張られているせいで、当然さぼって遊ぶことも出来ない。彼もこの実態を知ってからというもの、嫌気がさして何とか辞めようと努力した。ただ残念なことに、最近の警察官の人気のなさか、新人がやってくるまではこのまま勤めなければならないと社会コンピュータに言われ、断られてしまうのだった。
 もう少しやりがいのある仕事に就けばよかった、とエフ氏は常に後悔していた。これでは生地獄ではないか。ただ机に座りながら、無為に時が過ぎるのを待ち続ける……。流石に彼も仕事が終わったら遊ぼうとはしているものの、無駄に疲れがたまってしまっているせいでろくに遊べない。給料も安定はしているが決して高くなく、貯蓄も乏しい。
 彼が昼寝の一つでもしてやろうと思っても、眠気を妨げる超音波が絶えず署内に響いている。何とか眠ろうとしても、やっぱりだめ。
 気の利く女性が一人いてもいいものだが、そこは不人気のあおりを受けているせいで、それもだめ。一昔前なら暇つぶしに老人が一人や二人訪れてきたそうだが、今では老人用の娯楽施設も整っている。わざわざ署まで足を運ぼうとすらしなくなってしまったのだ。
 エフ氏には本部に対して、訴訟でもしてやろうかと思うことが時々ある。ただ現在の裁判は機械の手によって行われている。感情にとらわれないで、公平な判決を出すためだ。ロボットならどんな事件でも客観的に見ることが出来るし、何より裁判自体が早めに済む。弁護士、検事が一秒もかからずに、とんでもない量の情報を理解し、それぞれの立場から論理的な議論を繰り出すのだ。その議論も数分あれば決着がつくほど。
 そして結局はエフ氏が訴訟を起こす気になることはなかった。勝てるかどうか怪しいものだったし、結局今でも裁判はお金がかかるからだ。エフ氏にお金の話をするのは厳しいものがある。
 また、麻酔銃も自分に向けては撃てない。銃には特別のセンサーが取り付けられており、犯人である人物に向けた状態でないと、引き金が引けないのだ。
 エフ氏はただひたすらこのような毎日を送った。確かに、これでは生地獄である。

「どうだ、エフ氏の容体は」
 白衣を着た男が、看護師に声をかける。
「はい、安定しています」
 その返事を聞いて男は安心した。男の視線の先にはいくつものチューブにつながれたエフ氏の姿があった。彼には現実と見まがうほどの生々しさを持った夢を見せているのだ。
 残念ながら、永い時を越えた現代でも、犯罪はなくなっていない。法律も完璧ではない。だが、テクノロジーだけは発展していた。この夢を見せる機械によって、受刑者にはある完璧な世界の警察官になってもらう。仕事は常にやってこないし、逃れることもできない。法律は破れないもの、破ろうと努力しても無駄であるものと思い知らせる。とにかく人と会わせないことで人との交流を体の芯から求めさせ、この刑から解放されたときには、人懐こく、人を信じやすい心持に変えさせる。そして、ただ縛り付けられるだけの世界を体験させた上で、この現代という気づけばチャンスだらけの世界に放り込む。凶悪な犯罪者も、世のため人のために自ら動くようになる。自分で金を稼ぎ、人のために生きてくれるという、社会が求める人材になってくれるのだ。
 犯罪も恐らく昔と比べれば高度化しているはずだ、途方もないほどに。だが、その刑罰も、恐らく途方もないほどに進化しているに違いない。
 穏やかな表情をたたえて眠るエフ氏を男は眺めた。
「まあ、警察官にだけはなろうとしないだろうな」
 男は苦笑しながらそう呟いた。

未来の世界の……

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未来の世界の……

未来の世界の、警察官。彼はその世界の中で、何を思うのか……。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-23

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