短篇ファンタジー
気付けばそこにいて、気付けばそこから消えている。それが、あいつとの関係だった。
あいつと出会ってもう12年になる。
最初はあいつも手のひらサイズの白い毛玉で、小さくて丸くてよく飛び跳ねるウサギだと思ってた。
それがちがうと気付いたのは結構最近のことで、ずっと一緒にはいるがやけに寿命の長い変わったウサギだなとしか今までは思っていなかった。
最も、今でも正体なんて知らないけど、最近、あいつの歩いた足跡がどうやらウサギのものとは違うらしいと、俺は気付いた。
何も語らない。が、草むらで寝転ぶ俺にぴたりとくっついて来る。
ウサギの実は、寂しがりやなんて可愛いものじゃなく、真逆。静かで、単独行動を好む一匹狼的存在らしい。比喩でも狼、なんて似合いやしないが友人が、昔そう言っていた。
今日もまた、あいつがやって来る。
モフモフと体全身に生えた真っ白な毛を揺らしながら。あいつは一生懸命でないつもりでもこちらから見たら何をしても一生懸命に物事をこなしている様にしか見えない。そんなモフモフの塊が、今日もぴたりとくっついた。
「今日も来たのか。チビ」
チビ、とは言うがすでに25センチは超えている。中々の大きさになった。
「なあ、お前はなんで俺のところに来るんだ?」
問うても、帰って来るはずのない答えに期待して鼻を撫でた。
ひくひく動く鼻が可愛いものだ。
「お前は、何者?」
チビの大きな瞳が揺れた。
と、同時にひどく強い風が草むらの草を揺らし、枯れた葉を舞い上げる。
「…」
その風に目を開けられないでいると、声が、聞こえた。
「はじめまして」
透き通るような物腰柔らかな声だ。
その声に惹きつけられ、耳を澄ました。
「私は、黎明」
黎明。とは、何だろう。
俺は身体を起こした。
「君は?」
「その子を、愛おしく感じ、慈しんでくれた貴方に礼を言いたいのです」
「子?」
チビの事だ。即座に分かった。本能が教えてくれる。
チビは起き上がった俺の背中に周り、ぴたりとくっついている。
「その子は何者にもなれません」
声が寂しさを帯びている。泣いているのかと思う位に。
目を開けようとするが、風に舞った砂がそれを許さなかった。
「その子は誰にも愛されない」
「君は、愛していないのか?」
「私は何も愛せないのです」
風が、止んだ。
恐ろしいくらいの静けさにしばらく目を開けられないで居た。
「その子は人の想いと、動物の想いから出来ています」
「想いから…?」
そっと目を開けた。
目の前にはあの草むらではなく、碧い、湖が広がって居た。
先程までの都会の中の中途半端な清らかさとは違い、身体の芯まで感じる程、空気が清い。
目を開けても、黎明の姿は相変わらず見ることが叶わない様だ。
「…ここは?」
自分で思うより、冷静だった。
何より、ここは心地が良い。
「ここは、清い想いから出来た。湖」
清い想いから出来た湖。
近付いては、ならない気がした。
「その子を、還したければ、この湖につけると良いでしょう」
「つけると、どうなる?」
「…消えます」
思っても見なかった返事だった。
「何故」
「その子は負の感情が動かす人曰く魔物」
「負の感情?」
「貴方はその子を抱えたことがありますか?」
「…いいえ」
野生の動物には、極力触れないでいた。病気がうつるとか、そんなんじゃなく、野生の動物に、人の臭いをつけたく無かった。
ウサギでないと気付いてからは、少しずつ鼻とか耳とか触る様になったが、抱えた事など無い。
「抱けば分かるでしょう」
最低の口説き文句の様な言葉に少し笑えた。
こんな異様な中にもまだ余裕があるらしい。
「…チビ、いい子」
背中にくっついていたチビをゆっくりとそっと持ち上げた。
モフモフの毛ざわりが最高に気持ち良い。
「…」
黎明はどうやら黙ってこちらを見ている様だ。
「チビ…お前、気持ち良いな…」
頭に、何か流れ込んで来た。
「な、何?」
ーいたいー
ー寂しいー
ーなんで?ー
ー苦しいよー
人の感情なのか、動物の感情なのか、俺には分からなかった。
だけど流れ込む何にも包まれない素直な言葉が何故だか胸を締め付ける。
「…その子は、負の感情を、想いを巻き取り、大きくなります」
「この子は、幸せになれないのか?」
「貴方が、愛しみ、慈しんだ時間だけは、幸せだったことでしょう」
それを、言葉にしたことは無い。愛おしみ、慈しんだ自覚すら、無い。
だけど、チビはそこに居た。気付けば、いつでも隣に居て。
「この子を大きくしたのはあなた自身です。この子は生まれて以来あなた以外に誰一人として会ってはいないのです」
そう。苦しいとき、辛いときは必ず草むらに転がって。眠るうちに全て忘れた。
そうか、さっきの感情は全て俺の感情から来たものなのか。そのことが、ひどく悲しい。
「だから、頼めるのは貴方だけ」
「俺は…愛しんでなんか…慈しんでなんか…いない」
俺は、チビに救われていたのだ。気付かない内に。
「それならば、還すといいでしょう。貴方の想いも、この子を生んだ誰かの、何者かの想いも総て」
「それで、チビは救われるのか?」
「少なくとも、負の感情を吸い込むことはもう無いでしょう」
ゆっくりと足を前に進めた。
近付くと、湖の透明度に目を奪われる。
美しい。
「チビ…もう…辛い想いをしなくて良いから」
チビを湖の水につけようとすると、一言だけ、頭に言葉が流れ込んで来た。
腕が、止まった。
「…なあ、黎明さん。この子を、預かることは出来ないのか?」
「構いません。しかし、貴方にはメリットがあってもその子は辛く、苦しい想いをし続けるのですよ」
チビにとって、辛いことなのかもしれない。だけど。
「俺が、愛おしみ、慈しんだ時間だけは幸せだった。あんたがそう言ったんだ」
「…真実を知ってなお、その子を慈しんでいけるのですね?」
「…勿論だ」
寧ろ、真実を知った今だからこそ感じるものがある。
「それならば、せめて人の世に紛れやすいように、動物の形を完全に真似させましょう」
黎明はそう言うと、俺の手の中で光に似た何かを発してチビが浮いた。
「その子を、還したくなったら、またここに来てください」
「…そ…」
問う暇もなく、さあっと風が吹いた。瞼を閉じ、大人しく風が止むのを待った。
目を開けると、そこはいつもの草むらだった。
「…」
まだ、チビから感じるのは負の感情で、どうやら見た目は完全なウサギになっても魔物に違いは無いらしい。
だけど。
「俺も、お前と一緒に居たいよ」
言葉は、返らない。
だけど俺の心は確かに、感じたんだ。
気のせい、なのだろうか。
それでも、これが自己満足にならぬよう、お前を愛そう。
今までお前が俺を救ってくれたように今度は俺が救えるように。
短篇ファンタジー
最後までありがとうございます。
不思議な物語が書きたくて書いたもので、どうも不慣れなものはダメですね。
精進いたしますよって今後もよろしくお願いします。
感想等いただけましたら今後の参考にいたしますのでどうぞよろしくお願いします。