花と君
花と君
私の目の前には、花畑の中で花輪を作っている一人の男性が映っていた。
その人のことは思い出せないけど、とても、とても大切な人だったことは覚えている。
彼は私に気付くと、少し驚いた顔をして歩み寄ってきて、色とりどりの花で作られた花輪をぼうっとしている私の頭にかけ、悲しそうに笑いながら言った。
「やっぱり、来ちゃったんだね。来ちゃダメって言ったのに」
どういうことだろう。ここには何か危険があるのだろうか。とてもそうには見えないのに。
私が不思議そうな顔をしていると、彼はゆっくりと花畑の方に歩んでいき、一本の花を手折った。
「君はここに来てはいけない」
その花はとても美しく、小さい真っ白な花だった。
彼はまるで大切なものを慈しむように言った。
「この花はね、エリゲロンっていうんだ」
エリゲロンとは面白い名前だなと思っていたら、彼の声が聞こえた。
「この花を持ってあっちの方向に真っ直ぐ行くんだ。間違えてもこっちには戻ってきてはいけないよ」
さっきより少し低く、真剣な声をしてそんなことを言うものだから、思わず体が震えてしまう。
彼はそんな私の様子を察してか、優しくこう言った。
「大丈夫」
私の体を後ろに向かせ、背中をやさしく押す。
「さあ、行って。もう時間がないから、なるべく急いでね」
そして私のことを抱きしめると、
「さようなら」
と言った。
振り向くとまた「行って」と言われたので、私は小走りで彼から離れていった。
そこで意識が途切れた。
目が覚めると、白い天井が見えた。ここは病院だろうか。顔を傾けると、慌ただしく動く看護婦たちが視界の端に見える。
自分の腕は点滴だらけで、見ていて痛々しかった。
ベッドから体を起こそうと体を動かすと、頭や足に鋭い痛みが走る。
目だけで下を見てみると、右足が包帯でぐるぐる巻きにされているのが見える。
「よかった、意識が戻ったんですね!すぐ家族との連絡を―」
中年くらいの看護婦が周りの看護婦たちに指示をだし、周りは一層慌ただしくなった。
そんな周りの様子を見ながら頭の片隅でぼんやり考えていた。
そうだ、たしか私は、赤信号を無視した自動車にはねられて―
よく助かったなあと他人事のように思った。
しばらくすると、母や父が来て「よかった、よかった」と泣いていた。泣く家族への対応が忙しく、さっきの彼のことを徐々に忘れていった。
何とか動けるようになった頃、一束のエリゲロンの花束と、花輪が送られてきた。
手に取ってみると、一枚の紙がベッドの上に落ちた。拾い上げてみると、表には「宛先・春野葵 様」と書かれていた。
春野葵とは私のことだ。裏をめくってみると、男の字でこう書かれていた。
―葵へ。
これを読んでるということは、無事に目覚められたんだね。葵が僕のところに来なくて本当に良かった。
僕はきっと死んでいるだろうけど、君は当分来ちゃいけないよ。
さようなら、大切な人。
愛していたよ。
春樹―
思い出した。そして涙が溢れてきた。
彼は私が死なないように私をこの世に送り返したのだ。あそこで彼の言うことに従っていなかったら死んでいた。彼は私を助けてくれたのだ。
涙が止まらなかった。
ありがとう、ありがとうと言いながら、いつまでも泣いていた。
エリゲロンの花言葉:遠くから見守ります
花と君