わをん その弐
愛してるだなんて言わないで
むしろ嫌って下さい
気安くテリトリーに入ってこないで下さい
ここは私だけのものなのです
他人は入れません
排他的主義です
知ってます
私は頭が悪いのです
18日目 僕の家
別に何を期待していた訳でもないけれど、むーちゃんの反応には少し肩透かしを食らったような感じがした。別に何も期待してないけど。別に何も期待してないけどっ。
「うぁ……はい」
ひどいなこの反応。
こいつ、本当に分かってんのかよ。僕が、この僕が。
こくは…………してしまったこと。
うわっはずかしい。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしくて死にそうだ。大丈夫なのか僕。このままで僕は平気なのか?…………いや、これは相当やばい。そしてこの状況、とてもとても気まずい。辛い。せめてここが僕の家じゃなく、僕の部屋でもなく、例えば川原だったら、例えば教室だったら、幾分か気分だけでも楽になるなのに。くそ。口が滑った。滑りすぎた。いやていうかこれは、さっきのは実は本心じゃないんじゃないか?うん。これは気の迷いで、嘘で、騙しで、その場しのぎで。本心ではない。…………はんっ、そうだ。そうに決まってる。むしろそうじゃなきゃ困る。よしよし、いいぞ、いつもの僕が、平常運転に戻ってきたぞ。いいぞ、その調子だ。このまま僕の心を落ち着かせることだけに全力を尽くそう。この際、微妙な表情をしているむーちゃんは一切無視だ。何か言いたそうな顔は無視だ。気にしない方針で行こう。うん。いいか、思い出せ僕の今までのキャラはどんなだった?無関心、無感動だろっ。忘れるなっ、だって――――
「ぅえっと……」
…………。
僕の顔を見ながらむーちゃんが口を開いた。相変わらず微妙な表情をして、口をポカンと開けながら。考えているような感じがする。
僕はしっかりと目を見ながら待つ。待っているつもりだ。
待つのは嫌いだ。けれどむーちゃんなら待ってもいい。この心情に今は変わりはない。
「…………………………………………………………………………あ」
「――――長ぇよ」
「…………うん」
――――失敗したっ、くそ、変なところで言っちまったぜ。
「えっと」
むーちゃんは僕と目線を合わせずに一生懸命に言葉を紡いでくれる。けれど僕には、そこに何だか酷くむーちゃんが遠いところに居るような気がして、何だか寂しい気持ちに襲われた。
僕は待つ。
「あ、あーくんはわ、私に告白をしたの?」
…………は?
まさか、こいつ。
「分かっていない?」
うおっとまた口が滑った。やばい、今日は特にやばい。最近からやばかったけれど、今日は酷い。まるでこれから死ぬから今までのこと全てを暴露しにかかってるみたいだ。…………まさかな。うん。僕は死なない。僕、は。
「えっと、あのそれって、冗談だよね?悪い冗談」
「あ?」
「いや、その………ドッキリみたいな、あとから嘘でしたとバラす、みたいな」
ドッキリだったらどんなに良かったか。まったく。そんな訳「ねぇだろ」
「…………何が?」
やばいやばいやばいやばい。心の声がだだ漏れだ。落ち着け、落ち着け僕。そうだ思い出せ、僕は別にこいつは好きじゃない。うん。さっきのはただの気の迷い。間違い。口が滑った――――は違う。そっちじゃなくて。うん。あれは冗談、話を繋ぐための、むーちゃんの会話を逸らすための代話。違う。あれは、そう。だから。
「冗談だよ」
僕は言った。
言ってしまった。
むーちゃんは笑った。
力無く、安心したように。
安心と安堵は違って、安心は、落胆の先と似ている。
かすかな違いはただ、絶望的かそうでないかだ。
僕は笑わない。
彼女は笑い続ける。
爽やかな笑顔。
それは僕の心をかすかにえぐった。
18日目 僕の家
「そう、だよね。冗談だよね。うん、安心した」
僕は誤りがちゃんと伝わったようで残念だった。
けれどどこかで僕もむーちゃんと同様に安心したのである。本心かはもうわからないのだけれど、けれどどちらにしても心の中の言葉を出すのは難しい。怖い。例え綺麗な言葉を言おうとして、逆に、ふとした瞬間瞬間に反対のドロドロとした黒いものが出てしまったらどうしよう、とか。もっと綺麗な、心の奥底に貯めていた大事な文字を紡ぎだしてしまったら、とか。
僕には僕自身のコントロールが難しい。
自覚している。
自覚しているけれど、理解はしているけれど、抑えきれることは少ない。ほぼ無い。
「わ、私。前にもそういうのあったの。いつかは忘れてしまったけれど、前にもこ、告白みたいのされて、すぐ、冗談だ、と言われたの」
僕はなるべく反応しないようにむーちゃんを見続ける。自然に。変化を出さずに。
むーちゃんは僕とは目をあわせない。
「だ、だからあーくんもそうなのかな、と思って」
僕を、僕をそんなやつと一緒にするな。
そう言わずに僕は耐えられた。自分で自分を褒めたいぐらいだ。
「前、本当に信じて、でも冗談だと言われたから、凄くショックを受けたの。泣いたの。何だか裏切られた感じがして。だから、だから私は」
自分の周りの人が敵に見えたの。
彼女はそう言った。
なら、なら僕は。告白を冗談だと言ってしまった僕は。
僕は、一体、なんてことを。
あぁ、でも。
と彼女は続ける。力無い何だか僕の母親と少しだけダブるそんな目。僕は無理矢理にでも彼女を見続ける。むーちゃんがこちらを向いた。目をあわせてきた。あぁ、まだ綺麗だ。決して苔のような腐ったものではない。
「あーくんは別にいいの。最初から――――期待していない、の」
「友くんと同じように諦めているの」
僕は喋らない。喋れない。
彼女は喋った。
僕は笑わない。
彼女は爽やかに笑った。
僕は久し振りに心をえぐられるような感覚がした。よみがえった。母親に認識されていないような、あの頃の感じ。
なら。
彼女は今、どのような感じなのだろう。
僕は申し訳無く思った。
初めて。
これは正義感からではなく、偽善感によるものだろう。この世界には本物は無いあるのはただの偽者だけ。
僕は今日から変わった。
気がする。
わをん その弐
わをんその参へ
らりるれろは書き忘れてしまったため、ありません