キノコ狩り(1)

 一 キノコ人間

 俺は森林公園の池の周囲をジョギングしていた。林を抜け、広場に走り出ると、芝生一面にキノコが生えていた。赤や黄色など、色とりどりのキノコ。もちろん、毒キノコだ。俺は食べるつもりはなかったが、あまりの色鮮やかさに、つい一本を引き抜き、ランニングパンツのポケットに押し込んだ。
 その夜、持って帰ったキノコをグラスに入れ、枕元に置いて眠った。しばらくすると、腕がかゆくなった。俺は枕元の電気を点けた。驚いた。二の腕からキノコが生えているではないか。俺はベッドから飛び起き鏡の前に立った。キノコが生えているのは腕だけじゃない。頭、顔、足などにも生えている。それだけじゃない。シャツやズボンも膨れ上がっている。俺は、下着を脱いだ。予想どおり、胸にも腹にも、局部にも、キノコが生えていた。全身キノコだらけだ。特に、頭のてっぺんに生えているキノコは、恐怖と言うよりもお笑いだ。ヘアースタイルが、キノコちょんまげとは。
 俺は必死になって、体中のキノコをもぎ取った。痛みはない。どちらかと言えば、かゆみだ。全身がかゆい。折角、キノコをもぎ取ったにも関わらず、その跡から、再び、キノコが生えてくる。見る見るうちに、生えてくる。まるで、映像を早送りしているようだ。そんな、馬鹿な。俺は、恐怖のあまり大声を上げた。そして、現実の世界で目覚めた。体中が汗でびっしょりだ。
 俺は、ベッドから起きあがると、冷蔵庫から麦茶を取り出し、一気に飲み干した。異常に喉が渇いていた。体中の水分が全て吸い取られた気分だ。悪い夢を洗い流すため、洗面台に向かう。鏡の前に立った。鏡の中の俺の右頬にキノコが生えていた。冗談だろう?驚いて、そのまま引きちぎり、凝視する。確かに、キノコだ。俺はそのキノコを手に持ったまま、ベッドに向かった。ベッドの傍らに置いたグラスの中にキノコがある。二つを比べる。同じキノコだ。
「クソッ。こんなものを置いておくからだ」
 俺は二つのキノコを燃やせるゴミ袋の中に叩き込んだ。明日は、燃やせるゴミの日だ。朝一番に、さっさと生ごみと一緒に捨ててしまおう。もう一度、鏡を見た。キノコが除けた跡は、血ではなく、白い粉が吹いていた。まさか、胞子か。俺は、特にキノコが生えていた所を中心に、神経質なくらい、丁寧に何回も何回も顔を洗った。
 その日は、会社を休んだ。もし、顔からキノコが生えてきたらどうしようかと、心配だったからだ。キノコが生えていた右頬には、どうなる訳でもないけれど、絆創膏を貼った。外に出る勇気がなかったので、その日は一日中、家の中に閉じこもっていた。気分転換とトレー二ングを兼ねて、街中をジョギングでもすればいいのだが、とてもそんな気分にはならなかった。ひょっと、道路にキノコが生えているのを見つけたら、それこそショックだ。
 夜になった。ゆっくりと顔の絆創膏をはがす。大丈夫だ。何も生えていない。夢だ。悪い夢だったんだ。当り前だ。体からキノコが生えるわけがない。俺は、キノコの原木じゃない。俺は、全身をシャワーで洗い流して、キノコのことなんか忘れるために、ビールを飲んだ、何かもも洗い流すために。安心したのか、いつもよりも缶ビールの本数が増えた。眠い。俺は、早々にベッドについた。
 その日の晩だ。俺は寝がえりを打った。その時、体に違和感があった。ふとんを跳ね除け、蛍光灯を点け、鏡の前に立った。鏡の中の俺は、体中にキノコが生えていた。もちろん、鏡の中の俺だけではない。本物の俺に、キノコが生えているのだ。それも、昨日のように右頬だけじゃない。頭、顔、足にも生えている。おまけに、シャツやズボンも膨れ上がっている。俺は、下着を脱いだ。予想どおり、胸にも腹にも、局部にも、キノコが生えていた。全身キノコだらけだ。特に、頭のてっぺんに生えているキノコは、恐怖と言うよりもお笑いだ。ヘアースタイルが、キノコちょんまげとは。
 この有様は、昨晩、夢で見たのと同じだ。俺が夢の中で感じた光景だ。いや、夢と思い込んだ風景だ。正夢だったのだ。事実だったのだ。未来予想図が見事当たった。俺は、等身大の鏡の前に立つ。体全体にキノコが生えていることを、俺がキノコ人間であることをようやく認識した。

キノコ狩り(1)

キノコ狩り(1)

一 キノコ人間

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-22

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