うちとひなこさん

うちとひなこさん

「ひなこさんひなこさん、聞きたいことがあるん。」
家に帰ってくるなり、娘が私を捕まえた。
珍しい、娘は生粋のばあちゃん子で何かあるとばあちゃんに電話するけ、電話かしてと言ってくるのに私に質問だなんて。
「いいよ、なんね?」
私はかばんを肩から下ろし、食卓机に座る。
娘は私の隣の椅子に座る。
「ふつうってなん?」
いきなり突拍子もない質問だった。
「今日なんかあった?」
突然こんなこと聞くのだからきっと圜でなにかあったに違いない、娘の話を聞く。
「今日な、今日な、時計の授業があったん、先生がな、大きい動かん時計だしてな、手で針を動かすん。そんでな、これ何時ですかー?っちきいて、こたえよったん。うち、あてられてな、ふたまるまるですって答えたん。そしたらな、ふつうはそういう読み方しないです、ふつうは2時って言いますっち言われて、ふつうってなんなんやろーって思ったん!」
娘が一気に話す。娘はばあちゃんと話すことが多いせいか、方言がひどい。
懐かしい気持ちになる。
「ひなこさんも、そうやって読むやん!」
そうなのだ、私のせいだ、この時計の読み方。
どう答えたものか、普段母親らしいことを出来ないので、ぜひとも母親らしい解答をしたいがどうしようか。
私が思い悩んでいると
「ばあちゃんに電話したん!したらな、ばあちゃんもその読み方しらんちいうけん、うちが教えてあげたん!そしたらな、散歩の時間やけえってふつうの意味教えてくれんかったん!ひなこさん聞きなさいち言われたんよ!教えて!」
だからか、すごく切羽詰まった様子で私に詰め寄ったのはそういうことか。
さて、どう答えるか。
「ふつうっていうのはね、多くの人がそうであるってことなの。」
そう答えて思った、きっとこの子は苦労する。
私に似て、素直で、きっとその素直さが仇となり、自分を傷つける。
「でも、多くの人がそうであるからってそれが正しい訳じゃないの、先生が言ったのは、貴女の時計の読み方は間違ってないけど、みんなはそうは読まないってことなの。」
きょとんのした顔で私を見る。
やはり私は母親に向いていないのだ。
「んーやったらあ、うちはどうしたらいいん?」
「普通も、貴女の読み方も両方持っていたらいいのよ、まだ難しいかもしれないけど、分かる人とわからない人を見極めて言葉を選びなさい。」
そんなことを言いながら、自分が、この子を、子どもと思って話していないことが自分でわかる。
私は思う、この子は子どもであるだな、それ以前に一人の人間なのだ。
私と別の人格をもつ、他人なのだ。
だから、この子は私を名前で呼ぶ。
そういうことなのだ。
「ひなこさんのいうこと、ようわからんわ。」
ばっさり言い切って、ふつうということに飽きたのか椅子から降り布団の部屋にかけていった。
「寝るの?」
私は後ろ姿に尋ねる。
「うん、おやすみなさい、ひなこさん。」
「おやすみなさい。」
そういうと、私は手帳から1枚の写真を取り出す。
貴方のようになりたい、と。

うちとひなこさん

うちとひなこさん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-20

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