僕ら探検隊
2012/01/31(2012/02/01加筆)
「宜しいですか、兄上。僕らの任務は彼女の素性を調べることです」
顎に手を当ててそれらしく言葉を切り、横目を光らせる。なんとも面倒なことを言う奴だと思うとため息が出た。取り敢えず、この首根を掴んでいる手を離して欲しいところだ。このまま首が絞まって死んでしまったら化けて出てやろうかと企ててみるが、化けたところであまり怯えてもらえそうもない相手だから、安らかに眠ることに決めた。あの世に行ってまでこうして振り回されたくはない。
そのまま階段を引きずられるように降りるが、牛歩戦術が細やかな抵抗である。
漆喰に石材が織り込まれた階段は見た目よりも柔らかく、派手に転んだときには骨折程度だったはずだ。この手を振り払って逃げたところで骨折程度だろう。殺しても死ななそうな弟だから、いっそ突き落としてしまおうかとも思ったが、共倒れとなって首を絞められるのはこちらであるので、心を入れ替えて潔く引きずられることに決めた。
埃のせいかところどころ灰色になってしまい、宮の者たちには珍獣を見るような目で見られているが、今更取り繕う気にもなれない。犬猫さながら引きずり回されて使用人から笑われるとは、なんと不幸な役回りだろう。しかし実際たいした不幸とも思っていないところが、現状に不満などないということだろうか。
興味がないだけかもしれない。
それでも嫌々ながらこの弟について行くと、書物のような知恵がどこからか沸いてくるから、為になることもある。これの場合は興味といった類ではなく、知識欲に近い。三人寄ればなんとやらというが、二人でも十分になんとやらだ。会話とはどれ程までに思索を上回るものかと試してみたい気持ちもある。お陰様で二人並んで居ると勉学が進まないと、引き離されるようになってしまった。同じ母から生まれた皇子だというのに、まるで仲が悪いようではないか。
中庭を横断して壁沿いに建物の間を伝い、使用人に宛てがわれた部屋から開けられた窓の下に座り込む。そうすると侍女たちの高い声は耳を塞いでも聞こえるようだった。実際に塞いでみると聞こえなかったので、両手をそっと耳から離す。弟は珍妙な顔でこちらを見ていたが、女たちの声が煩かったのだと勘違いしてくれた。優秀な者にこの気持ちを理解してもらおうなんて一滴たりとも思ってはいない。
取り留めのない女たちの会話に飽きた頃には、虫を捕まえる作業が順調に進んでいた。服の中に虫を入れてしまうという嫌がらせを発見したらしく、ちょっとした大惨事になった。虫からしてみてもなんとも迷惑な話だが、痒くて仕方がないので必死になってしまう。途中からは虫だろうが草だろうが関係なくなっていた。
「両殿下。僭越ながら申し上げますが」
その声だけで総毛立ち、全身が凝り固まってしまうが、首だけ動かして様子を窺う。頭の上から、千切れた雑草の先端が落ちていった。
「ご自身のお立場を弁えていない行動とお見受け致しますが」
弟の胸ぐらを掴んで動けないまま、今日の説教は長そうだと独りごちた。
僕ら探検隊
続きません。
いつか物語になればと思います。