見えないけど

1・強引ぐ・マイ・ウェイ

  「天高く・・・何が超える秋だったっけ?何を超えるんだ?今までの自分か?」

 「何バカな事言ってんの、店開けるよ」

 オレ、荒川仁之助。通称アラジン。ついこの間結婚しました!そして今オレをバカ呼ばわりしたのがかみさんのまき
ひらがなでまき解りやすいだろう。その背中ですやすや寝てるのが半年前に生まれて来たオレの息子。新太郎。えっつ?計算が合わないって?いいじゃね~かんなことはオレは昔から算数は苦手なんだから。
店って言うのがここ「食堂」という名の食堂。これまたわかりやすいだろう。
来る夢来る人でlimelightなんてつけたがったじーちゃん(夜遊び好き)の意見に全く耳を貸さなかったばーちゃんが付けたんだ。
そしてこれがオレのばーちゃん。自称80歳でもずっと80なんだよなぁ~。オレの両親はオレをばーちゃんに預けたまま今でも音信不通。オレが預けられたのが小3だったかな?それからだからずいぶん長い。
さっき話に出たじーちゃんは夜遊びがたたって肝臓悪くしてそれもずいぶん前にあの世行き
だからまきが来るまではばーちゃんとオレ2人っきりの家族だったわけ
家は木造二階建て15坪。カウンターだけの小さな食堂だけど毎日常連さんが来てくれるからちび入れて家族4人つつましやかに
食っていけてる。感謝感謝だ
メニューってもんはなく、毎日日替わりの定食を朝昼夜と作っている。オレらが食うもんと一緒なんだ
だから客と家族は大きい釜の飯を食う間柄だってわけ
だからここら辺一帯はみんな仲が良い。世間じゃ隣の奴がどんな人間かも知らないようだけどうちらは違う知らないものは誰一人として居ない。生まれた赤ん坊だって嫁のまきだって1日でみんなに知れ渡ったし入れ替わり立ち代わりみんな見に来た。好奇心旺盛な猿だな。食事しないやつもとりあえず見に来たし、ってそれは毎日でもあるんだが。とりあえず顔出してくんだ金も落として行かないのに
でもまぁ~みんな良い奴なんだよ

今朝も店開けると同時に飛び込むようには行って来たこいつがオレのともだちの大川栄一。あだ名はえいちゃん。漢字で書くと永ちゃんだと言い張る。。。いや栄ちゃんだろうよ
矢沢永吉ファンのこいつの親父が永吉と名付けたかったんだけどそれは恐れ多いと言う事で永一になり
いやいや永の字を勝手にいただいたらいけねーっていう事で栄一になったわけ。どんだけ神化してるんだか。
で後々考えたら大川栄作の方が近いじゃねーかってな。
どっちにしろ矢沢のえいちゃんも大川のえいちゃんもこいつの存在自体知らないんだからどうでもいいけどさ。

栄一。えいちゃんは今朝もトレードマークと言うか、いつもの白いTシャツにジーパンに雪駄でやっぱりクビにタオルをひっかけてオレの目の前まで来てよっと片手で合掌をしてきたそしてその手でそのままオレにチョップしてくる。毎朝なのでこちらも簡単に両手で挟み受けた。小学校の時からのオレタチノ挨拶だ。

「おはよー」
とまきと背中の新太郎に向かって言うといつもの席に腰を下ろした。

「やっぱり無理っすかねー」
オレから茶碗を受け取りながらカウンターの奥に居るばーちゃんに言う
ばーちゃんはちらっともこっちを見ないのでオレが代わりに返事をしてやる
「だから、何度も言ってるけど無理なもんは無理。おにぎり三百食なんて絶対無理。ばーちゃんは頑固に店を閉めないって言うし、いったい誰が三百食握るのさ」
「もちろんオレも手伝いますよ」
えいちゃんはやっぱり奥のばーちゃんに視線を合わせて言う
ばーちゃんはそれでも返事もせず小さくよっこらしょと言うと座り込んで流しの下のぬかどこに手をくっこんだまま顔を上げない
こうなったらばーちゃんは強い。オレが16の時バイクの免許を取りたいって言った時と全く同じだ。
「四年に一度ですから、みな頑張ってるですよねー」
四年に一度って言うのは、秋の大祭の事だ。青年部の今年部長となったえいちゃんが何かと走り回ってるのだ。
「うちは無理だ」
ばーちゃんのかすれた声が店内に響いた。そしてぬかどこから出したきゅうりをとんとんとんと切る音しかしなくなった。
「ここしかないんだよー4年前も8年前も12年前も請け負ってくれた弁当屋ほら駅前の」
駅前ったって日に何本しか電車が来ない無人駅の弁当屋しかない駅前だ
「つぶれちゃっただろう」
えいちゃんはばーちゃんからきゅうりのぬかづけを受け取りながら小さい声でつぶやいた。
オレだって青年部の一員だ。えいちゃんだけに任せておくのは悪いと思ってるそうさ思ってるさ。力になりたいよ。いやならせてほしいよ。でも実際問題ばーちゃんが店を閉めない以上今だって手一杯なのに祭りで観光客でも来たらもっと忙しくなるわけだし
おみすびを握ってる時間無いだろう。だったら店閉めてくれよーてな押し問答が続いて結局話は平行線のまま日にちだけが過ぎてった。
ばーちゃんが店を閉めない理由は解ってる。かーちゃんだろう。ばーちゃんはかーちゃんを自分の娘を待ってるんだ。この店で
店閉まってたら入りにくいって思ってるんだよなきっと。ばーちゃんは言葉にして言わないけどさ。
きっとそう思ってるんだ。
諦めが悪いって言うか、頑固って言うか。息子のオレなんてとっくのとーちゃんに諦めてるのに。諦めって言うのとは違うな。オレにはばーちゃんがいるから別にかーちゃんを待ってた訳じゃないからな。
結局えいちゃんは首を縦にしないばーちゃんに御馳走様を言うと店を出て行った。

「店閉めようよばーちゃん」
と言うオレの言葉に対してもやっぱり返事は無かった。



そんなばーちゃんが急に店は閉めずに、お結びを作ると言い出したのはオレが新太郎を風呂に入れている時だから夕方のちょっと前3時ごろだったと思う。思わずへっつ?と言うすっとんきょうな声とともに赤くゆであがった新太郎を湯船の底に落とすところだった。
 「店閉めねーの無理だよ」
と言うオレの意見など耳など貸す訳もなく、ばーちゃんはそれだけ言うと店に下りて行った。食堂という名の店は。いやめんどくせーからこれからは店とだけ言うな。その店は一階にあり、その奥の三畳間がばーちゃんの部屋。ちっちゃいタンスの上にじーちゃんの
仏壇があり、ちっちゃなちゃぶだいがあるただそれだけ。寝る時はちゃぶ台をかたずけて横にのかしてある布団をバーッと敷いて寝るのだ。いつもはその畳んだ布団のよっかかって店のテレビを見てるか。ほとんど店に立ってる。俺よりも足腰は強いと思う。
そこを通って小さい階段を上がると俺ら三人若夫婦&赤ん坊の部屋だちっこい風呂もついてる。この風呂は俺らだけ
ばーちゃんは近くの銭湯に行っている。友達に会うのが楽しみなんだそうだ。ばーちゃんにしてもここは故郷地元だからな。友人もたくさんいる。だた最近は毎年一人減り二人減りしているらしい。息子夫婦が東京に出てて一緒に暮らす人や老人ホームに入った人や
残念なことに天国へ召された方やそれぞれ事情はあるらしい。無口なばーちゃんの事だからおしゃべりをすると言うよりも聞き役なんだと思う。絶対嫁の悪口は言ってないと俺らはそう思っている。たぶんたくさん人んちの嫁の話は聞いて来てはいるだろうけどな。
下からはトントントンと何かを切る音がしてきた。夜の仕込みだ。夜は常連さんが毎日飲みに来る。ご飯少な目でおかずで一杯やるのだ。ばーちゃんの作った塩辛はごはんもすすむが酒も進むと評判だ。
はてさて店をあけたままと言うが、一度言い出したら聞かないばーちゃん強引んぐマイ・ウエイだから俺らにもどうしようもないんだ


祭りの当日、俺らは世も明けきらないうちからおむすびの具をたんまりこしらえていた。きゃらぶきを煮たのと鮭を焼いてひたすらほぐして骨を丁寧に取り除く。梅干しは自家製で大きな壺から出しては種を取り除いて軽くすりつぶす。その間店は開けたいたから、鮭と味噌汁お漬物と海苔で朝の定食は乗り越えた。昼は鶏のから揚げを俺が揚げて味噌汁とお漬物ご飯はごぼうとシイタケの炊き込みご飯
その間ばーちゃんはひたすらおむすびを握ってた。あつあつの湯気の立ったご飯を掌に乗せ、具を置きにぎる。強くもなく弱くもなく
ほっつほっつとリズミカルに握っていく。おむすびを握るコツはリズムだ。それには膝が重要だ。まるでけん玉をしているようにばーちゃんが次つから次へと握っていく。ある程度握ったら塩を掌になじませ今度は握らず転がすようにまんべんなく塩を付けていく。
ほっつほっつほっつほっつ。海苔をくるっと巻いて最後に一回だけ軽く握り出来上がる。

そして昼、から揚げ定食が完売になったとほぼ同時にばーちゃんは一人でおみすびを300人分計900個握り終えた。パックに詰めて段ボールに入れ、俺はそれを祭りの本部。栄一のいる所まで軽トラで届けに行った。
神輿は前の日の夜に宮から出され、栄一を含む青年団らでお祓いをし、町内の有志達によって朝から繰り出されていた。
二日酔いきみなのかぼっーとしている栄一に声をかけた
「おう、始まったな。すまんな昨晩顔出さないで」
栄一はオレの方に軽く手をあげてちょっと疲れた顔を向けてきた
「いやいやオレの方こそ悪かったな無理させて。ばーちゃんにも後で必ずお礼に行くからって伝えてくれ」
「さっ300人分だ。早めに配ってくれな。秋と言ってもまだ暑いからよ悪くなっちゃいけないしな」
解った解ったと栄一は言うと本部のテントの下に段ボールを置いた。




                        きんちゃん


私金子真理子通称きんちゃん。今日からここ千葉の海岸線をずーーーっと南下した小さい町に引っ越してきた。電車を降りて駅に立ってふんふんまぁ~こんな感じだとは思ってたがねと独り言を言う。結構大きな声で言った。でも誰も振り向かない。なぜなら、振り向く人が居ないからだ。天を仰ぎみるとちょうど頭の上をとんびが輪を書いて飛んでいた。真っ青な空に小さな点がくるっと。そっか○なんだね。これで〇なんだ・・一人納得して歩き出した。閉店したのかやけにシャッターが閉まっているアーケイドを抜け(といっても30歩もないけど)とりあえず海に出ようと潮の香りのする方に足を向けた。
夏も終わりまだ暑いけど秋である。海水浴でもないだろうが、とりあえず千葉に来たなら海を見なくては。どんどん歩くとメガネを鼻にずり下げたおやじの看板とやけに頭のでかい女の人がカレー持ってる看板が見えた。何屋さんなんだろう?店は閉まっていたが、家族計画の自販機とゲーム機やiPadが当たる‼かもしれない自販機が置いてありその角を曲がるとその先にはぽっかりと海が広がっていた。
やっぱ海よね。私はそう言うと足を速めた。

海から反対方向またさっきの駅を通り過ぎ20分ぐらい歩いたところにそのアパートはあった。
「しずか荘」
うん・・・良い名だ。東京はうるさかった。

見えないけど

見えないけど

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
更新日
登録日
2014-11-20

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