birthmark

【食卓・痣・赤ん坊】

 同い年の弟が出来た。親戚の子供で、血は繋がっていないらしい。詳しいことはわからないが、複雑な事情がありそうなことはわかった。わかったから、知りたくなかった。
 俺は俺で自分の高校生活が楽しかったし、年下の彼女が可愛かったし、何よりも自分が可愛かった。
 弟はものすごく荒れていた。
 家族そろっての食卓に顔を出さない、日付が変わるまで帰って来ない、帰って来たかと思えば顔中痣だらけ。せっかく俺が愛想よく話しかけても、汚い言葉を叩きつけてくるばかり。
 俺の両親は、どう言うつもりで弟を引き取ったのか。
 わからないし、知りたくもない。
 どうせろくな話じゃないんだろう。
 他人の暗い生い立ちを聞いたって、俺のセイシュンが明るくなるわけではない。
 弟の部屋の前を通るとき、俺は自然と息を殺すようになった。扉の向こうからは物音一つしない時もあったし、獣の唸り声みたいなのが聞こえることもあった。それから、時折、今日みたいに苦しそうな嗚咽混じりの泣き声も。
 俺は幸せなんだろう。そして同時に、そんなことを考えている自分に後ろめたさを感じる。
 他人と比べなければ、それも、自分よりもずっと不幸な誰かと比べなければ、俺は幸せを実感できないのか。
 弟の部屋の前で立ち止まり、静かに扉を開けた。明かりもつけない暗い部屋の隅っこで、痣だらけの顔で、涙にぬれた瞳で、弟が俺を見た。
 汚い言葉。
 すべてを拒絶するような言葉。
 ガラスの破片みたいにバラバラで鋭く尖った言葉。
 それなのに弟の目は、放たれる言葉とは裏腹にただひとつだけを叫んでいた。
 助けて、助けて、助けて。
 助けて、助けて、助けて。
 助けてよ。
 俺に何かできるのか。
 幸せボケした平凡な高校生の俺に。何かが救えるっていうのか。
 鋭く尖った言葉を浴びながら、俺は弟の部屋に踏み込んだ。言葉なんて、耳を塞いでしまえばどこにも刺さらない。
 どこで覚えた言葉なのかと考えて。誰かに言われた言葉なのかもしれないと思い至る。
 痛いのは、本当に痛いのは、お前の心の方だろう。
 弟の硬い身体に体当たりするように、全身で抱きしめた。細っちょろい骨ばった体。こんな体で一体どれだけの物を抱えてきたのか。
 弟は何も言わずに俺の腕の中で大人しくされるがままになっていた。どうしていいのかわからずに戸惑っているようにも見えた。俺が腕に力を込めると、弟は身体の奥から溢れだしたみたいに「うえぇん」と言った。そう言って、赤ん坊みたいに泣きだした。
 きっと今まで誰からもこんな風に抱きしめられたことがなかったのだろう。そう考えると、心臓が軋むみたいに痛かった。俺は弟が泣き疲れて静かな寝息を立て始めるまで、強く抱きしめ続けた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-18

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