ヒトとキ―The Eternal Fantasy

終末への設計図

ヒトとキ―The Eternal Fantasy(仮題)

   1.終末への設計図

「藍野愛莉の処分が、正式に決定したらしいですね、大臣」
 冷たい部屋。謎の液体が入れられたポッドが数体置かれている。一人の科学者が書類をうちわ代わりにし、大臣と呼ばれた男が一つのポッドを愛おしげに眺めている。
「そうか」
「どうします? この子はあなたのお気に入りで歩さんの愛娘ですよ」
 大臣が大きなため息を吐いた。科学者はひょうひょうとした態度で会話を続ける。
「それに個人的にもこの子を失うのは非常に惜しい」
 科学者が資料で仰ぐのをやめて大臣の隣に立つ。そして大臣と同じようにポッドの中に入れられた一人の少女を眺めている。少女は美しい黒髪をしており、穏やかな表情で眠りについている。
「一つの不良品に、科学者が何故そこまで執着するのだ」
「わかってるくせによく言いますね」
 科学者は笑う。
「いいか? 愛莉を逃がしてやるんだ」
「世間に流すんですか?」
「それしかあるまい」
「わかりました。じゃあ、歩さんのお古でも着せましょうか」
 科学者は笑いながら、ポッドから少女を出す。そして傍らに置いてある服を少女に着せる。少女は依然として眠ったままだが、ポッドの中にいるよりも肌の色が明るくなったように見える。
「頼んだぞ、鉄二」
 そう言って大臣は部屋から出た。大臣が出たのをきっかけに、鉄二と呼ばれた科学者は胸ポケットからタバコを取り出す。椅子に少女を座らせて、タバコに火をつけた。そこで気がついた。
「あ、この部屋……禁煙だった」

◆◇◆

「鉄哉! 早くしないと友だちとの約束に遅れるわよ」
「わかってるって」
 鉄哉は家の階段を駆け下りてリビングへ。食卓の上に置かれた食パンを頬張りながら、テレビを見る。遅刻しそうになりながらも、朝ごはんはきちんと食べるのだ。テレビでは朝のニュース番組がやっていた。なんだ、ニュースかと残念に思いながら、惰性でテレビを見る。
「昨晩、天才科学者である時城歩が再び秋葉原に現れたとして、世間の注目を集めています」
「時城歩って、教科書に載ってる人じゃん」
「時城歩と思われる女性は、何者かに追われており、なにかトラブルがあったのではと言われてますよね」
「でもこの女性、時城歩に似ていますが、実は別人なのではないかという見方もあるんですよ」
 コメンテーターのやりとりと共に、時城歩と思しき女性として報道されている女性……というよりは少女の写真が映し出されている。鉄哉は一瞬その姿に目を奪われてしまった。綺麗な女の子だなあとうっとりすると同時に、教科書で見た姿との違いを頭の中で思い浮かべた。時城歩は、教科書にも載っているような科学者だ。それにしてはこの少女は幼すぎる。数年前にココロイドを発明した天才科学者にしては、鉄哉と変わらない高校生に見えるのだ。
「この人、絶対時城さんじゃないよ」
「ほらテレビなんか見てないでさっさと行きなさい、海くん待たせてるんでしょ!」
「へーい」
 鉄哉は追い出されるように家を出て、近くの公園へと走った。
 公園につくと、なんだか少しイライラしている友人の姿があった。
「悪い海、遅くなった」
「俺はお前の用事に付き合ってやってる側なんだからな」
 海はイライラしながらも、笑っている。鉄哉が遅れてくるのはいつものことだ。ため息を吐きながらも、海は歩き出した。
「それで、ココロイドを探してどうするつもりなんだ」
「いつもそれだな」
 鉄哉はうんざりしながら、怪しい人物がいないかどうか目で追っている。周りの風景がゆっくりと流れて行き、人々は忙しそうに目的地へと向かっている。いつもと何も変わらない。変わった人も見つかりそうにない。
 海の顔はいつになく真剣だった。今までは何も聞かずに協力してくれていたが、今日はどうしたことか、鉄哉に理由を聞いている。なんだか少しだけ怖い顔だなと思いながら、鉄哉は海の目を見て語りだす。
「友だちになりたい」
「それだけか? ココロイドという危険に近づく理由がそれだけか?」
「悪い?」
「いや」
 海の顔には、信念があった。それは、きっと、鉱物のように曲げにくいものなのだろう。
 鉄哉の顔にも、同じものが見える。
「ココロイドってさ、どうやって作られたんだろうな」
「……」
「さあな。でも、少なくとも、人道的、とは言えないのかもしれない」
「仕組みについてはだいたいわかってる。問題は経緯だよ」
 鉄哉は、自分がいつも見ているニュースサイトを開いて海に見せた。
「冬模様か」
 そこには、ココロボットのつくり方というページが載っている。ココロボットというのは、自我を持ったホビーロボットのことを言うらしい。それを見た海の顔は固かった。鉄哉はイキイキとして語り続ける。
「VRに行くためのヘッドギアで自分の人格データを読み取らせて、そのデータをこのソフトでデジタルデータに変換し、ロボットに組み込む。そうすると、自我を持ったロボットができる。この技術を使って、心緯度は作られてるんじゃないかなって思うんだ」
 空がだんだんオレンジを帯びてきた。雲の流れはとてもゆっくりだ。
「ココロボットか。ネーミング他になかったのか?」
「それはわかる」
「まあ、あれだ鉄哉。あまり面倒なことに首を突っ込みすぎないようにな」
「なんだよ、それ」
「そのままの意味だ。深すぎる探究心は、身を滅ぼすぞ」
 海は、それだけ言って走り去っていった。
「おい、いきなり帰るのかよ!」
「用事だ! またあした、学校でな!」
 海の姿が見えなくなるまで鉄哉は見送り、街中で一人取り残されてため息をつく。仕方がないなと踵を返し、普段とは違う道を通って帰ろうとした。何故普段と同じ道を通らなかったのか、そう聞かれると鉄哉はこう返すだろう。「探究心だ」と。
 普段使わない裏通りを通っていると、そこは表の秋葉原とはまるで別世界だった。こういった裏の通りを通るというのも楽しいなと思いながら歩いていると、心惹かれる路地が見えた。
 その、心が惹かれるけれどもなんだかよくわからない路地に入り、あたりを見回し続ける。帰りながらも、ココロイドの捜索は続ける。空はもうすぐ暗くなるだろう。路地はなんだかじめじめしていて気持ちが悪い。灰色の世界。黒に染まりつつあるオレンジの空は、ここからではよく見えない。
「なんか気味悪いな」
 ホラー映画に出てきそうな場所に、鉄哉はゾッとした。いや、正確に言うと、秋葉原にこんな場所があることにゾッとしたのだ。華やかで賑やかな表舞台とは真逆で、暗くてじめじめとした裏舞台がある。そのギャップが、なんだか気味悪かった。
 路地はどこへと続いているのだろうと気になり、前方だけに意識を向ける。すると、暗くてよく見えなかったが、確かに人影が見えた。でもその人影はすぐに右折し、消える。鉄哉は本能でその人影をおっていた。
 しかし、その人影を完全に見失ってしまった。なんだったんだろうと思いながら空を見上げると、ビルが見える。不透明で外からは何も見えないようになっているガラスが一面に貼られた奇妙なビル。一面にガラスを貼るメリットなんて無い。しかも、外からは見えないガラスなんて……これは何かがあると鉄哉は確信した。
「ココロイドなら、こういうところとか好みそうだよな」
 そんなことを考えながらも、ビルに入る。中は普通のビルだ。しかし、郵便受けもなければエレベーターもない。あるのは封鎖された階段だけ。一階には何か部屋があるわけでもなく、ただただ複雑に入り組んだ通路があるだけだ。
「なんもないか」
 がっかりして肩を落とす。視線を下げると何か光るものを見つけた。何かの会員証のようなカードだ。時城歩と書かれている。
 時城歩……? 何故ここに? 今日のニュースは本当だったのか?
 もっとよくカードを見てみようと明るいところに出る。表通りに出て、街灯の下でカードを読むと、JEC研究者証明証と書かれている。JECの研究メンバーだということを示してくれるカードらしい。ココロイド研究チームのリーダーという肩書きらしい。そして、そこにある写真は、紛れもなく、今朝ニュースで見た姿……というより少しだけ老けていた。
「一体どういうことだ」
 鉄哉はそのカードをそっとポケットにいれておくことにした。このビルのことは、しばらくは放っておこう。そうも思った。
 なんとなく後ろ髪を引かれる想いがあったが、鉄哉は家に帰った。

◆◇◆
 何もない簡素な空間。灰色の壁に重苦しい天井。外の光から全く無縁のこの場所に、彼女はいた。長い黒髪の白衣をきた女性。白衣には時城歩という刺繍が施されている。歩はカバンの中から、一つの写真立てを取り出し、部屋の机にわざとらしく置いた。
 そして、なんだか懐かしげにその部屋を見回し、思い出に浸るようにソファに腰掛けた。ソファは女趣味の赤いものがひとつと、男趣味の青いものが一つ置かれている。歩は赤いほうに腰掛けて、青い方をうっとりとした眼と、悲しそうな眼で見ている。その眼はまるで、変わってしまった我が子を見るかのように愛と悲哀に満ちていた。
「そこで見てないで、なんか言ってよ」
 歩はパソコンの画面に話しかける。すると、パソコンの画面は青白い光を放ちはじめる。画面には、明らかに人間ではない見た目をした少年が映っている。少年は青白い顔に薄い微笑みを浮かべる。
「クロノス、覗き趣味はダメ」
 クロノスと呼ばれた少年は、画面の中からくすくすと笑っている。
「ごめん歩、なんだかおかしくって」
「何が?」
「時間はこうも残酷に過ぎゆくんだなってね」
「どういう意味?」
「老けたって意味」
 クロノスは意地の悪い顔をして、あっかんべーをしている。
「何年経っても子供のままね、あなた」
「神にとって十数年は短いのさ」
「人間の十七年は、ものすごく長いのよ」
 歩は、どこかわからない遠くを見つめている。クロノスはそんな歩を見て頬を緩ませる。
「それでも君は変わらないけどね。あの時のままだよ」
「そんなことない。変わってしまった。娘も、夫も、もう死んだのだから」
「でも君は生き返らせた。その執念、その独善的なところ、昔から変わらないよね」
「うるさい」
「京は最後まで言ってたよね、僕を封印しろって。なのに君は僕をまた作った。そしてその技術を応用して、死者を蘇らせた。独善的と言わずしてなんと言うんだろう」
 クロノスがそう言うと、歩の顔に、影がさした。
 しばらくの沈黙。古いパソコンの稼動音だけが、室内に虚しく響く。クロノスは薄い笑顔を浮かべたまま、歩を一点に見つめている。世界中が称えるほどの静寂、世界中が憎むほどの喝采。
「それは……私の後悔でもあるわ」
「後悔なら、いつでもなかったことにできるじゃないか」
「それは今じゃない」
「これから世界を混沌に陥れようとしている人たちの思想の元凶、悪魔の化学者時城歩がよく言うよ」
 また訪れようとしていた静寂……を切り裂くかのように、突然轟音が鳴り響く。天井の一部が割れ、天井からは階段が伸びる。外の光が室内に入り込み、その眩しさに歩の目は一旦機能を停止する。天井が閉まり、再び暗闇が訪れた。
「よお歩、久しぶりだな」
「誰かと思ったら空人か。驚かさないでよ」
「悪い悪い」
 空人と呼ばれたサングラスをかけた大柄な男は、白い頭をボリボリとかいている。
「そういえば歩、計画の目処はたったのか?」
「誰に役目を負わせるかってこと?」
「物語の主役を決めたかってことだ」
 歩は、一瞬だけ考えて、A―phoneを取り出した。画面を空人に見せる。空人はなんだか納得したように頷いて、サングラスを外した。
「まだ子供だろ?」
「でも、彼が一番適任よ。冬模様の固定客だもの」
「それはそうなんだが……で、誘導役は俺なわけだが、同時に保護役も任せられるのか?」
 歩は首を横に振った。
「あなたは影で見守っていてあげて。直接的な保護役は、息子にお願いするわ」
 クロノスは、蚊帳の外になってしまって頬を膨らませている。空人は地面に座り、サングラスを拭いている。歩は、ソファに座ったまま、その様子を眺める。なんだか懐かしい光景……でも、二人足りない。そんなことを考えてしまう。
「海も子供だろ?」
「大丈夫よ、あなたにいろいろ仕込まれてるし。それに、私の息子よ?」
「京の息子でもあるしね」
 我慢できずに口を出すクロノス。
「問題ないか。にしても、世界は俺たちを休ませてはくれないんだな」
「十七年休めば結構いいんじゃない?」
「僕はもっと休みたい」
 ふくれっ面のクロノス。物憂げな表情の歩。
「この世界糸は、私たちがやっと掴み取った世界なのに」
「こんなことになるなんてな……運命ってのは、わからんもんだ」
「きっと、物語っていうのは永遠に続くのよ」
「退屈しないな、まったく」
 空人は声高らかに笑う。歩も、ここにきてようやくクスリと笑い、立ち上がった。
「さてと、戦いが始まるわ」

ヒトとキ―The Eternal Fantasy

ヒトとキ―The Eternal Fantasy

愛が壊れたその日から(旧題:運命のバタフライ)の戦いから十七年後。天才科学者時城歩の手によって、自我を持ったロボットであるココロイドが発明され、普及した。歩がココロイドを発明したことによって、世界は再び大きく揺れ動き始める。 藍野愛莉という一人のココロイドに恋をした一人の少年と、歩たちTSAOラボのメンバー、そしてココロイドの製造販売をしている大企業JEC……三つの立場で描かれるSFミステリー小説。運命シリーズの第二弾! あなたにも、ココロがありますか?

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-18

Copyrighted
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