風と共に去るも悔いなし
<全10章>
1 たとえ凶であっても
スカーレット
この10年
文字どおり
死にもの狂いで
君に惚れた
それが
相手の君にとって
吉であったか
凶であったか
残念ながら
俺自身には
判定してやる
能力はない
かと言って
よしんば
凶であったところで
俺は決して
謝らんがね
俺が君に
惚れてたという
そのことじたいが
万一
君の人生の
醜い汚点に
なったとしても
我が精根の
あらん限りを
傾けて
1人の女に
挑んだことを
誇りこそすれ
謝る気なんか
さらさらない
だから君も
今さら俺に
詫びたりするな
頼むから
君の涙は
見るだに哀しい
それに
そもそも
君に涙は
似合わんよ
2 10年を賭した博打
自分に向かって
愛をささやく
男など
ひ弱で間抜けな
生き物と
見くびりきって
疑いもしない
勝気な小娘
それが
16の君だった
彼らの
切なる恋心に
鈍感を
決め込むことなど
朝飯前
それどころか
自分に惚れた
相手の弱みに
つけ込む才気は
まさに天性
彼らをじらし
もて遊び
飽きたが最後
放り捨てて
良心の
呵責もない
にもかかわらず
その残酷な
君の仕打ちに
音を上げて
遠のいて行く
男の数より
堂に入った
君の媚態に
しびれる新たな
男の数が
常に多いと
来た日にゃ
君だけ責める
わけにもいくまい
世の中
実に傑作だ
あれは
トゥウェルヴ・オークス屋敷の
パーティー
俺は
35か6だった
庭のジャスミンが
むせかえる初夏
にやけた顔で
言い寄ってくる
揃いも揃った
腰抜けどもを
やすやすと君は
手玉に取って
周りの淑女の
冷たい視線も
どこ吹く風
面識もない
16の少女の君に
目が止まり
そして
惚れこんだあの日
君の
一挙手一投足を
興味津々
見物しながら
俺は心に
とくと刻んだ
君を
曲がりなりにも
手に入れたいと
思ったら
「この男
私にぞっこん
参ってる」など
ゆめ
自惚れさせる
ことなかれ
「この男だって
今に私の
思うまま」など
断じて
侮らせるなかれ
これこそが
君みたいな
一筋縄で
いかない女と
対峙しようとする者が
何をおいても
肝に銘じるべき教訓
だから
君との10年は
俺にとって
のるか反るか
一世一代の
博打だった
惚れてる限り
惚れてるなんて
口が裂けても
言えない博打
それどころか
惚れてるなんて
露ほども
気取られちゃ
ならない博打
今になって
自嘲交じりに
昔話に紛らせるのが
やっとなほどの
死にもの狂いの
大博打だった
いや
自慢している
わけじゃない
まるまる10年
費やして
挙げ句の果てが
このザマだ
アシュレ君への
君の頑固な妄執を
断ち切ることも
叶わないまま
刀折れ
矢は尽き果てた
男として
完膚なきまでの
大敗北
だれが見たって
明々白々
空しい10年と
笑うだろう
3 うわべの殻など
奔放な
小娘ひとりに
世間はめっぽう
手を焼いた
あの我が儘な
じゃじゃ馬の
いったい全体
どこがいいと
君をからかう
俺を笑って
揶揄した輩は
両手両足でも足りん
ところがどっこい
俺に言わせりゃ
目に余る
傲慢も
勇み足も
君なればこその
華があった
持ちあがる
騒動の非が
ことごとく常に
君にあっても
どれほど周りを
泡吹かせ
歯ぎしりさせ
きりきり舞い
させようとも
今回だけは
目をつぶって
かばってやろうと
思いたくなる
無邪気さが
君にはあった
理屈も道理も
すっ飛ばして
尻拭いして
やりたくなる
愛らしさが
君にはあった
そして何より
遠からず君は
大人になる
今しばらくは
手に負えない
その傲慢も
危なっかしい
勇み足も
やがては必ず
脱いで捨てる
幼さゆえの
一時の殻
だが
俺が惚れたのは
断じてそんな
子どもの
うわべの殻じゃない
殻なんか
脱ごうが脱ぐまいが
死ぬまで変わらず
その奥底に
脈々と
息づいてる
痛快なる
君の心根に
俺は惚れずに
いられなかった
何としても
君の心と
交わりたかった
果たして
我が身に
利となるか
害となるのか
瞬時に見て取る
その嗅覚
獲物と
見定めたら最後
手に入れるまで
食いついて
離そうとしない
その執念
慣習だの
しきたりだの
世間が
珍重したがる遺物を
ことごとく
無視して歩く
剛胆ぶり
見ていて
痛快きわまりなかった
もしも俺が
女だったら
まさにこう言い
こう生きたはずと
疑わないほど
君に
俺自身の
分身を見た
俺たち2人は
似た者同士
だったから
君がどこで
何を言い
何をしようと
君の心は
俺にはいつも
一から十まで
手に取れた
どれだけ時間が
かかろうと
必ずや君の心を
手にしたかった
手にしてみせると
誓ってた
欲望を
追うと決めたら
躊躇を知らない
君という
世間に言わせりゃ
無粋な女の
突拍子もない
その精神を
あるがままに
理解してなお
忌み嫌わない男など
俺しかいないと
思ってた
君ほどの
類まれなる
じゃじゃ馬を
乗りこなすなり
手なずけるなり
する男など
自慢じゃないが
この世の中で
俺しかいないと
自負してた
少なくとも
君が操を
捧げつづけた
我らが
アシュレ君になど
生まれ変わっても
そんな芸当は
不可能だと
信じてた
いや
今の今だって
それだけは
固く信じて
疑わない
4 夢見たもの
なだめてみたり
すかしたり
おだててみたり
皮肉ったり
持ち上げてみては
嘲弄したり
君を相手に
ありとあらゆる
手練手管を
駆使した10年
おかげで
退屈しなかった
いやいつも
違った手段で
まみえたからこそ
気取られるような
失態もなく
心ゆくまで
求愛できたという方が
むしろ当たって
いるかもしれん
必要とあらば
金に糸目は
つけなかった
世間は常に
俺の財産の
出所や多寡を
やり玉に挙げ
うさん臭いと
眉ひそめたが
俺にとっては
金儲けなど
相手や手段の善悪を
云々する気は
毛頭なかった
君に費やす
金に不足が
なければそれで
構わなかった
年月を要することも
まったく苦には
ならなかった
焦りもなかった
金や時間の
持てる限りを
費やしてでも
俺が喉から
手が出るほどに
欲しかったもの
それは
後にも先にも
ただ一つ
君の心
君の精神
何より
君の魂に
俺を選んで
ほしかった
同情や
成り行きや
止むにやまれぬ
事情がゆえの
しぶしぶながらの
選択でなく
人生を
とことん謳歌するための
相棒として
俺を選んでほしかった
聡明な君の
弾けんばかりの魂が
自ら望んで
俺に寄り添って
くれる日を
俺は心底
夢見てた
だからあの
麗しのアシュレ君に
見とれて
はしゃいで
のぼせ上がって
俺の顔など
見ようものなら
いつだって
抜け殻でしか
なかった君の
そんな君の
体だけを
手に入れたいなど
これっぽっちも
思わなかった
5 案山子よろしく
その代わり
俺はいつでも
君の背中の
後ろに立った
立ち続けたよ
男など
鼻であしらい
蹴飛ばして歩く
雄々しい君が
そんじょそこらの
男など
逆立ちしたって
かなわない
豪快な君が
そのくせ
夜見た夢に
怯えて泣き出す
あどけない
怖がりの君が
万が一
世の荒波に
足すくわれて
にっちもさっちも
行かなくなって
どうにも
進退きわまったら
いや
願わくば
俺という同類への
愛着と
魂の安息地への
恋しさに
いつの日か
君が目覚めたら
そのときは
振り向いて
一目散に
我が懐に
飛び込んで
来られるように
君の
すぐ真うしろで
綿花畑の
案山子よろしく
両腕を
力の限り
常に広げて
その日が
今日か明日かと
その一心で
立ち尽くしてた
君を必ず
手に入れると
心に誓った
あの日から
つい最近に
至るまで
ずっと
笑えるだろう?
徹頭徹尾
アシュレ君しか
眼中に
なかった君は
こんな案山子の
仕儀なんか
知る由も
なかったろうが
6 月を欲して
君は
アシュレ・ウィルクス
という月を
欲しがって泣く
子どもだった
空の月は
はるか彼方に
眺めればこそ
清く貴く
麗しいのだ
だが
後先も
欲する理由も
ついぞ
自分に問うことなく
君は月を
取ってくれと
せがんで泣いた
飽きもせず10年
取ってくれと
泣きつづけた
よしんば
手に入れたところで
君はその月を
どうしたろう?
間近で
眺めてみようにも
月はあまりに
大きすぎ
それより何より
どうやって
君はその
か細い腕に
月を抱こうと
考えたろう?
俺は
詰問したかった
いや事実
君が興ずる
月採り遊びが
いかに無謀で
馬鹿らしいかを
俺は
手を変え
品を変え
事あるごとに
説いたはず
恨むらくは君が
もう少し
大人だったら
君が
もうほんの少しでも
目の前の男の
涙ぐましい心の内を
察するに
敏かったら
そんなときの
俺の口調が
嫉妬に
狂わんばかりだったと
一目瞭然だったはず
だがしかし
月採り遊びに
夢中の君は
幸か不幸か
そんなことには一向に
頓着しようと
しなかった
7 最後の手段
俺の腕に
君が
飛び込んでさえ
きてくれたら
俺という
たぶんこの世に
2人といない
物好きな
君の同類に
1度でいい
死んだつもりで
君が心を
預けてくれたら
俺は
どんなものからでも
君を守って
やりたかった
守ってやれる
自信があった
日々の飢餓や
アトランタの荒廃や
その他ありとあらゆる
戦争の
置き土産からも
ご両親すら
今はない
空虚なタラの
寂寥からも
そして何より
君とはそもそも
異なる世界の住人で
君なんかには
理解も許容も
逆立ちしたって
不可能な
あのアシュレ君の
幻影からも
守ってやれる
自信があった
だが現実は
猶予なかった
君は
かなわぬ恋の
さや当てに
1度と言わず
2度までも
愛してもない
哀れな男と
結婚し
何の因果か
2度が2度とも
その夫たちと
死別した
ところが君は
放っておいたら
3度目のさや当てだって
辞さないだろう
女ときてる
ためらう理由も
手持ちの時間も
俺にはもう
さほど残っちゃ
いなかったから
君が未だに
他の男を
慕っているのは
重々承知で
結婚という
一か八かの
手段に賭けた
3度目の君の
結婚相手を
買って出た
もちろん
それまで
試したことなど
1度もなかった
手段であり
君を
籠絡できるかどうか
神のみぞ知る
最後の最後の
大博打だった
君と
今日まで
暮らした中で
体だけの
嫌々ながらの
交わりだと
君にはさんざん
罵られたが
それなら
どうして
ああまで俺に
身を任せるかと
ああまで互いに
狂おしいほど
求め合うかと
問い詰めてみたい
夜もあった
覚えがないとは
言わせない
言葉が過ぎた
他意はない
最後と思って
聞き流してくれ
だが
何にせよ
皮肉だった
俺たちは
時おかず
ボニーという
宝を授ったはものの
ボニーという
宝のおかげで
俺たち2人の
互いの距離は
遠ざかることも
なかった代わりに
他ならぬ
その宝のゆえに
いびつな夫婦の
互いの距離は
父親と母親という
存在以上に
縮まることも
ありえなかった
あまりにも
愛らしく
残酷な
“かすがい”だった
そして
やんぬるかな
俺たちは
その“かすがい”を
あっけなく失った
8 一陣の風
スカーレット
守ってやりたい
愛しいものを
守ってやれる
機会さえ
自分にはないと
悟ったら
人間
何を思うと思う?
己の全てを
投げ出してでも
守ってやりたい
愛しい女が
自分を求めて
くれることなど
未来永劫
ありえないと
観念せざるを
得なくなったら
当の男は
自分の心に
どう折り合いを
つけると思う?
他の男は
いざ知らず
俺に関して
白状するなら
恨みつらみは
一切言わずに
去ろうと決めた
信じてくれと
言ったって
おいそれとは
無理かもしれんが
ボニーを
神に託した
あの日
あの
葬式の日
俺の中に
一陣の風が
吹いたんだ
予期せぬ
しかし
確かな風だった
ボニーが俺に
最後の別れを
言って
通ったのかもしれん
余りに早く
召されたあの子が
天国へ行く
道すがら
もうそろそろ
潮時だと
哀れな父を
慰めてくれたのかもしれん
だが何にせよ
風に吹かれて
あのとき不思議と
肩からひとつ
荷を下ろした気に
なれたんだ
やるだけのことは
やった
だからこそ
君に負けたと
自分で自分に
言って聞かせて
悔いはなかった
以て
瞑すべしだ
それなのに
アフロディーテの
女神ときたら
きまぐれにも
程がある
俺が白旗
掲げたのと
ほとんど時を
同じくして
まさか君の
10年越しの
化け物みたいな
憑き物が
こうもたやすく
剥れ落ちて
しまおうなんて
誰が想像しただろう
10年という歳月が
長いか
あるいは短いか
さしあたっては
措くとしてもだ
1人の男が
10年かけて
人として
およそ取り得る
ありとあらゆる
手段を以て
してもなお
太刀打ちなど
かなわなかった
君の頑固な
憑き物が
アシュレ君への
君の
渾身の執着が
よもや
今さら
こうもあえなく
消え失せて
しまおうとは
いったい
何があったんだ?
月と見えた
はずのものが
あに図らんや
月じゃなかった?
それとも月は
仰ぎ見てこそ麗しと
今ごろ
得心がいったのか?
あるいは
よそう
俺にはもう
どっちにしたって
大差ないこと
俺もまた
君という
求めるべくもない月を
欲しがったんだ
お互いさまだ
それより
一言言わせてほしい
今の君は
断じて
いつもの
君らしくない
敗者だと
自認している
俺から見たって
今の君は
とてもじゃないが
勝者には見えん
おろおろと泣き
取り乱し
ましてや俺に
男に向かって
赦しを乞うなど
君という女にして
何たる体たらく
土壇場で
息の根を
止められかかって
なお昂然と
上を向く
いつもの君は
いったいどこに
隠れちまった?
いや
君を責めてる
わけじゃない
君も俺も
見方によっちゃあ
痛み分けなのかもしれんと
言いたいんだ
であればこそ
敗者が敗者を
責めるなど
なおさら道理も
通るまい
恨みつらみなんか
君に言えた
義理じゃあないよ
9 両腕を下ろして
しかし
それとこれとは
話が別だ
判ってる
不滅と信じた
アシュレ・ウィルクスなる
幻影から
なぜか知らんが
ある日突然
それも
本人ですら
思いもよらず
君は
解放されたんだろう
放り出されてしまったと
言った方が
当たっているかな?
返す刀で
視界が晴れて
疫病神も
同然だった
はずの男が
ある日突然
目に入り
思い返せば
短くもない
その男との
腐れ縁に
なぜかは知らんが
今初めて
心惹かれて
くれたんだろう
そして即
その足で
提案に来て
くれたと見える
もう生傷を
えぐり合うのは
止めにしよう
互いに
休戦すべき時だ--と
遅まきながら
目覚めた愛を
今こそ全部
差し出すから
過去を赦して
受け取ってくれ--と
俄かには
信じがたい
オファーまでも
耳にした
世辞のひとつも
甘え言葉も
魂胆もなく
口にはしない
勝気な君だ
だからこそ
その必死な形相で
噛みつきそうな勢いで
まばたきもせず
力説されたら
それが
嘘ではないことぐらい
俺には判る
だがしかし
自分で自分に
下した負けの
宣告を
君のオファーで
これ幸いと
撤回するほど
俺も図々しくはない
それ以前に
この10年の
愛憎劇を
「なかったことに」と
一瞬で
笑い飛ばして
心機一転
臆面もなく
再び
愛を乞えるほど
君に惚れ込む
傍らで
気力を残す
余裕はなかった
嘘じゃない
それほど俺は
死に物狂いで
惚れてたんだよ
スカーレット
君に頼る
肉親たちを
女独りの
肩に背負って
数多の男が
屈してくじけた
戦後の廃墟の
地獄から
貪欲に
がむしゃらに
立ち上がった君
直情径行
猪突猛進
女だてらに
商才に長け
しかし
ときに突然
顔のぞかせる
母親譲りの良心に
驚き
慌てて
まごついた
うぶで
奥手な
幼い少女
賭けたっていい
君みたいな
稀有な女が
この先10年
いや50年
この国に
現れるとは思えない
そんな
剛毅で愉快な女を
あらん限りの
力を以て
愛したことを
自慢にもならん
我が人生の
唯一に近い
誇りとしながら
この10年
広げつづけた
両腕を
しびれきって
下ろし方すら
半ば忘れた
この両腕を
今は静かに
下ろしたい
そして
ひとまず
退散したい
10 今は君の信条を
風が
吹き渡って
みたいんだとさ
大いなる風が
「吹く」と言うのに
ちっぽけな
人間の俺たちが
どうやって
抗える?
風に共に
塵と消え果てようなんて
湿っぽいことを
言う気はない
風自身が今
「吹く」と
言うんだ
そんなら
笑って
吹かれてやろうや
荒れ狂おうが
止んで凪ごうが
逆らわず
しばらくは
この身を任せて
みようじゃないか
悪いが
俺は
神様じゃない
覆水を
たちまち盆に
返すすべなど
不幸にして
俺は知らない
今しばらくは
この風に
我が身を任せて
そして
君の信条を
見習うさ
一度くらい
俺に向かって
言ってくれても
大して
罰は当たるまい
さあ
スカーレット
涙なんかふいて
はな向け代わりに
君の十八番を
聞かせてくれ
「明日は明日の
陽が昇る」って
<完>
風と共に去るも悔いなし
最後までお付き合いいただき
有難うございました。
12月1日(月)から
『それが家門なら』(全23章)をアップする予定です。
またお読み頂ければ、嬉しい限りです。 懐拳