道に流れ

2012/01/15(2012/01/31内容削除)

 煉瓦の壁に立てかけられた棚には、ずらりと本が並んでいる。丁寧に整えられた棚からは古い本の香りが漂っていた。カビ臭いとか古臭いとか、色々という人もいるようだが、インクの香りは嫌いではない。いくつか用いた本を所定の位置に戻すと、ゆっくりと周りを見渡した。
 本が好きだ。言葉も好きだ。だから、古い本の匂いも好きだ。
 いくつか気になる本を手に取り、冒頭部分を流し読む。家で食事を待つ人がいなければ、今にでも読みはじめてしまいたい本を見繕った。時間はいくらでもあるのだから、今度来たときにでも読むとしよう。楽しみを作っておくのは、幸せなことだと思う。
 大きく開け放たれた扉からは晴天の青空が見えて、心地よいそよ風が吹く。雲ひとつない青空だというのに、窓もない重厚な煉瓦の建物の中にいるのは、勿体なかっただろうか。口を開けた扉の内側には、腰の高さの受付台があり、出入りする人と本の管理を行っている。その受付に声をかけて図書塔を出る。町の歴史を思わせる厚い木の扉は、本来の色よりも黒くて重く、動く時には軋む音が鳴ってしまうが、これからも塔を守ってゆく砦となるのだろう。
 敷居を跨ぐと、大きな道が真っ直ぐ伸びている。道の土は堅い。渇いて白くなった土は堅くなり、雨の日でも足跡が付かない。漆喰という建材である。あまりに堅い板の上を歩くと足が悪くなるといって、この村では薄く土を敷いている。その様相は風物詩として国中に語られているから、療養の村と言われてしまうのだ。
 数歩と歩かないうちに、白い土が日射しを浴びて反射しはじめた。流れるような乱反射は凝視すると眩しいくらいだった。
 水が見える。白い道には、川が重なって見えたのだ。美しい大河の青が向こうに流れてゆく。この道は川となって人々を乗せ、流れてゆくのだ。水面が輝く道を、人々が行き交う。賑わいは細波となって通り過ぎた。

 川が見えたことは黙っておこう。誰かに言ってしまえば、きっとこの道を天路として整備しなければならない日が来る。神官の受け取る託宣は、従うものではなく、成ってゆくものだというのに。放っておけば成ってゆくものを急ぐ必要はないのだ。それは勿体のないものなのだから。しかし伝えたとしても、村の人々は喜んで受け取るだろう。急ぎ人々が道を作る姿が思い浮かんで、その喧噪が可笑しかった。
 この美しい風景をひとりで受け止めるのは、とても残念だ。この満たされるような美しさを、この心に閉じ込めておけるだろうか。家に帰れば我慢できず彼に伝えてしまう様子が目に見えて、困ってしまう。
 遠くには海が見えるようだった。

道に流れ

続きません。

いつか物語になればと思います。

道に流れ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-02-01

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