星下の恋
Twitter診断で出たお題を元に書きました。【犬戒トーマスへのお題は『じりじりと焼け焦げる・淋しくても死なないうさぎ・いつか君と一緒に』です。 】→ http://shindanmaker.com/a/67048
※この作品は小説家になろう様にも投稿されています。
恋した彼女は、星のように手が届かないと思った。
大学生になって数日。ひと目見て、恋に落ちたのが理解った。
我ながら月並な表現だと思いながら、ユウタは彼女を視線で追った。
友達だろう女性と談笑する彼女は暖かに感じ、口元に手を当て微笑む姿には気品すら覚える。育ちがいいのだろう、大口を開けて笑うこともない。
視線に追われる彼女は日毎に増えていった。じりじりと焼け焦げるような眼差しを向けるユウタだが、依然彼女は気づかないようで、こちらを振り向くこともない。
彼女とは話すことも叶わないまま、ユウタの大学生活は葉桜の季節となった。
ユウタは天文サークルに入った。幼い頃から夜空を見上げるのが唯一の趣味だった彼にとって、天文サークルはとても魅力的に見えた。
数日後、彼の目に焼き付いていた彼女が天文サークルに入った。驚きと嬉しさのあまり、紅潮する顔を悟られまいと必死に顔を背けてしまったことを後に悔いた。
天文サークルの活動はほとんどが土曜日の夜だった。平日は講義後に軽い打ち合わせをして、どこそこへ行って写真を撮ろう、彗星を見ようと予定を立てるものだった。そのどれもが、彼の頭に入ってはこなかった。
ユウタはサークルの先輩によくいじられるようになった。と言っても激しく叱咤されたりというものではない。不健全な本を片手にどの娘が好みか、おすすめはどうだ、とからかわれる程度のものである。そういったものに免疫を持っていなかったユウタの初心な反応は、サークル内で格好の話のネタになった。
サークルに入ってふた月程経った頃、ユウタもそれなりに言うようになった。「いい加減そういうネタでからかうのは止してください」と抗議した。サークルで借りている一室での事であり、先輩達の他、件の彼女もいた。
「いやあ。なんかユウタ君ってウサギみたいでさ。ほら、淋しいと死んじゃいそうなところとか」
先輩の言葉にそんなわけあるか、と怒鳴りたくなったが、視界の隅で彼女が吹き出しているのを見て気が削がれた。
「淋しくても死なないうさぎだって居ます」
そう言い返すのがやっとだった。
大学の長い夏休みを使い、深夜に流星群を見ようという話が出た。夏の流星群といえば、ペルセウス座である。今年は早いようで、7月の終わり頃には見えるという。
先輩の車に同伴させてもらい、観測場所であるやや小高い丘に向かった。後ろにはもっと大きな山が|聳(そび)えているが、流星群を観測する前面には遮られるものが何もない。絶好のポジションだった。
ユウタ達が望遠鏡や風よけのタープなどを用意していると、もう一台の車がきた。女性メンバーを乗せた車である。挨拶しながら近づいてくる彼女達を見て、胸が高鳴るのを感じた。
流れ星が見え始めた頃から、メンバーは各々の好きなように散らばった。よくからかってくる先輩達は高そうなカメラをレリーズで操作しながら撮影している。後日聞いたところ、バルブ撮影というものらしい。カメラに疎いユウタにはチンプンカンプンだった。
自前の望遠鏡を覗いていると近づいてくる足音が聞こえた。誰だろうか、また先輩がからかいにきたのか、と思っていると、声をかけられた。
「良い望遠鏡だね。自前?」
思わず肩が震えた。望遠鏡から目を離して振り向くと、やってきたのはユウタが恋い焦がれていた彼女だった。
言葉が喉に詰まり返事も出来ないでいると、彼女はユウタの望遠鏡を覗きこんだ。必然、彼との距離は極端に小さくなった。
「すごい、こんなにハッキリ見えるんだねえ。備品のとは全然違うや」
「手入れとか、結構マメにしてたから。ほこりとか、そういうのがつくと、見辛くなるし」
破裂しそうな心臓を無理やり押さえつけて、なんとか言葉を紡ぐ。過呼吸になりそうな程に荒い息を誤魔化しながら、彼女との距離を意識した。
望遠鏡からあげられた彼女の顔は、変わらずの微笑みだった。
「私、流星群って見たの初めてなんだよねえ。|美星(みほ)なんて、星がついた名前してるのに」
聞く機会を失い、聞けず仕舞いだった彼女の名前を聞いて心臓が暴れた。
彼女の横顔は星灯りに晒され、白いはずの頬は熟れたいちじくのようだった。
「いつか」ユウタの口が動いた。「いつか君と一緒に、もっと大きな星空が見たい」
心臓が一際大きく跳ねた。同時に、言ってしまった! という後悔と羞恥心が入り混じったような、混濁とした感情が渦巻く。終いには、ユウタは顔を明後日の方向へ向けた。
しかし彼女は驚くでもなく。
「期待しないで待ってるよ」
いつか見たように、口元に手を当て一層深く微笑んだ。
星下の恋
読了ありがとうございました。