闘いの幕開け

男には戦わねばならん時があるのだ


「父さんは今日から体育会系になる」
「は?」
「何それ?」
「急に改まって話しがあるって言うから何かと思えば」
「そうよ。しかも仏間で」
「しかもこんな朝早く」
「母さんにも聞いてもらわなきゃならんからな」
「それで何?その体育会系って」
「そうだよ。意味わかんねえ」
「貴司」
「な、何だよ」
「貴美子」
「何よ、怖い顔して」
「体育会系は体育会系だ。父さんは体を鍛える事に決めたんだ」
「市の健康診断で何か言われたの?適度な運動を心掛けましょうとか」
「そんなの朝っぱらから家族集めて仏間で言う事?」
「いいじゃないか。父さんの決意は家族に伝えないと」
「それほど重要な事じゃねえだろ」
「お父さん」
「何だ?貴美子」
「お父さん、いつも言ってたでしょ?身の丈に合った生き方をしろって」
「言ってた」
「ズボンの丈は切らないと転ぶ、だろ?変な例えだよ」
「分かりやすいじゃないか」
「足が短いからだろ」
「背が低いんだ、父さんは。百六十センチだから」
「百五十八だろ。サバ読むなよ」
「もうよしなさいって。その身の丈って事で言ったら体育会系なんてお父さんにまったく合っていないんだけど。体壊すのがオチよ」
「そうだよ。母さんならともかく」
「うん。母さんはスポーツ万能だったな。美人で頭が良くて器量良しで。おまけに身長は百七十センチで。だからキスの時は父さんが背伸びしてたんだ」
「のろけんなよ。恥ずかしい」
「何が恥ずかしいもんか。事実だろ。貴司だって幼稚園の時は自慢してたじゃないか」
「そんな昔の話し持ち出すなよ」
「父さんにとっては昨日のような出来事だ」
「それでどの程度の運動なの?ウォーキングとか?」
「それは体育会系になるくらいだから本格的なヤツだ」
「よした方がいいよ」
「何で?」
「だってお父さん、スポーツからきしダメじゃん」
「そうだよ。小学校の運動会の親子リレーの時右手と右足同時に出して走ってたじゃん。転びながら。俺、スゲー恥ずかしかったもの」
「でもみんな惜しみなく拍手をしてたじゃないか」
「哀れだからだろ」
「お父さん、部活何やってたって言ったっけ?」
「中高一貫して将棋部だ。あぶさんに憧れてな」
「羽生さん、だろ。あぶさんは水島新司の野球マンガじゃん。何で憧れの人の名前間違えるんだよ」
「だからお父さんはスポーツをする体ができてないのよ。やめたら?」
「体を作ればいいじゃないか」
「お父さん、逆上がりできる?」
「できない」
「腕立て伏せ、できる?」
「腕で体を支えられない」
「腹筋は?」
「ゼロだ」
「自転車乗れる?」
「乗れない」
「そんなんでよく生きてこれたな」
「父さんは出会いに恵まれたんだ」
「お父さん、本当に無理だよ。やめて」
「心配するな、貴美子。父さんはまだ四十三だ。若いんだ」
「そう言う事じゃなくて」
「そもそも何で今なのさ」
「そうよ」
「うん?まあ父さんの後厄が終わったし、母さんが亡くなって十年だし、お前達も無事成人して社会人になった事だし」
「何かよくわかんない」
「ホントだよ」
「さすがに双子だな。通じ合っている」
「双子じゃなくてもそうだって」
「お前達が生まれた時には父さん、本当に嬉しかったな。子供は息子と娘が欲しいと思っていたからな。まさに一粒で二度おいしいと言うか何と言うか」
「なんだそりゃ」
「お父さん、話しが思いきり脱線してる」
「ああ、すまん。とにかく父さんはお前達が何と言おうと体育会系になる。だからな」
「何?」
「何?」
「さすが双子。声が揃ったな」
「それはいいから。で、何?」
「お前達、今日中にうちを出てってくれ」


「は?」
「は?」
「おっ。さすが双子」
「それはもういい」
「お父さん、どういう事?」
「どうもこうもない。荷物をまとめて出ていけ、と言ったんだ」
「何でまた」
「口答えするな。言っただろ、父さんは体育会系になる、と」
「はあ?」
「先輩の命令は絶対。それが体育会系だ」
「お父さん、どうしちゃったの?」
「だいたい先輩じゃねえじゃん」
「人生の先輩だ」
「そんなもんきけるか」
「貴司」
「今日中なんて無理に決まっているじゃん」
「そんな事はない。玄関を出てばいいんだ」
「荷物があるだろ」
「それほどない」
「あるよ。足の踏み場もない俺の部屋知っているだろ?」
「その中でお前の稼ぎで買ったものがいくつある?」
「は?」
「ないだろ?そんなに。ほとんど家から出したお金だ」
「そんな事ねえよ。自分の小遣いで買ってたじゃん」
「自分の稼ぎじゃない」
「ふざけんなよ」
「父さんは本気だ。今から部屋に行って荷物をまとめるんだ。貴美子、お前もだ。自分の稼ぎで買ったもの以外は置いていくんだぞ。スーツケースひとつで充分だろ。そのスーツケースとケータイは武士の情けで勘弁してやる。さあ、行くんだ」
「お父さん、これが言いたいから体育会系なんて言い出したの?そうしないと出てけって言えないから」
「違う。父さんは本気で体を鍛える為に体育会系になるんだ」
「そんな回りくどい事しなくてもちゃんと正直に言えばいいじゃん」
「父さんは正直に言っているよ」
「好きなヒトができたんでしょ?」
「え?オンナ?」
「再婚するんでしょ?だから私達を追い出すんでしょ?何でこんな事するの?相手のヒトに言われたの?邪魔なら邪魔ってはっきり言ってよ」
「貴美子」
「何よ」
「父さんの奥さんは母さんだけだ。今までもこれからも変わらない。何でそう思うんだ?」
「だって若いとか厄年とか言ってたじゃない。それにカッコつけたいから体を鍛えるんでしょ?」
「それはお前の勘違いだ」
「ウソよ」
「ウソなもんか。こんなチビのおじさんを誰が好きになるんだ」
「お母さんが好きになったじゃない」
「母さんはもういない」
「でも」
「でももだってもない。とにかくお前達は家を出ろ。行けったら行け」
「それじゃだだっ子じゃん」



「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「ん?」
「ホントに出てくの?」
「まあ、今日はな。その内父さんも普通に戻るだろ」
「だといいんだけど」
「そんな心配するなよ」
「するよ。だってお父さん、普通じゃなかったもん」
「父さんのする事は普通じゃない事が多いだろ」
「そうだけど」
「母さんが病気になって入院したら会社、突然辞めちゃっただろ」
「うん。看病するって言って」
「葬式の時は泣き崩れて部屋に閉じこもっちゃったし。三日出て来なかったじゃん」
「荼毘の時は暴れて大変だったしね」
「そんで主夫になっちゃうし」
「最初凄かったね。レタスとキャベツの違いがわかんない人、私初めて見たもん。それが自分の父親だなんて」
「作ってくれた弁当も凄かったじゃないか。刺し身弁当なんて俺、初めて見たよ」
「しかも夏にね。ぶっ飛んでたね」
「でもお金、どうしてたんだろ?父さん、まったく働いていなかったろ?そんなに蓄えがあったのかな?」
「私、知ってる。お父さん、お母さんの実家に行ったの」
「松田の家に?あんなにいがみ合ってたのに。よく援助してくれたな」
「違うの。お母さん名義の株券と役員報酬と相続分の資産と私達のもらってないお年玉をよこせって松田のおじいちゃんに言ったらしいの」
「げえ。すげえな、それ。よく生きて帰って来れたな。じいさん、床の間から真剣抜いただろ」
「うん。凄かったって。でもお父さん、もうこれで松田とは縁を切るからって。金輪際関わらないって。お母さんの遺骨も松田の墓に入れていいって。だからお父さん、離婚届にその場で血判押して置いて来たって」
「血判??マジで?」
「うん。切りすぎて四針縫ったって」
「それ、誰から聞いた?」
「松田のおばあちゃん」
「父さんにしたら母さんと二度別れたわけか」
「うん」
「すげえな」
「うん」
「それってやっぱ、俺らの為だよな」
「うん。きっとそう」
「じゃあやっぱりオンナの線はないだろ」
「そうかなあ」
「そうだよ。父さんを好きになれるのは母さんだけだって」
「母さんもすごいね」
「俺は一応出て行くけどお前どうするんだ?」
「私も行くしかないよ。お父さん、運動神経ないくせに怒ると得体の知れない怖さが出るからいやなの」
「どこ行くんだよ」
「お兄ちゃんは?」
「俺?俺はまあ適当に。連れか会社の先輩に頼んでみる。お前は?」
「私、松田の家に行ってみる」
「ええ?」
「おじいちゃん、だいぶ弱くなっているらしくて」
「あのじいさんが?殺しても死にそうにないあのじいさんが?」
「うん。体調崩してゴハンのおかわり四杯から三杯になったって」
「それ、弱ってるって言わねえぞ。普通」
「でも覇気がないのは確からしいの。ほとんど家から出ないし、写真ばかり見てるって」
「写真?何の」
「私達の」
「俺達の?」
「うん。やっぱり孫が気になるんじゃない?お母さん、一人娘だったし」
「勝手なもんだ。散々ひどい事言ってきて」
「そうだけど」
「けどお前、何でこんなに詳しいんだよ」
「私、おばあちゃんとLINEしてるから」
「LINE?ばあちゃんが?」
「うん。スマホ使いこなしてるよ。覚えもいいしそれに活発。この間なんてオーロラ見に行ったの」
「あの年で?」
「うん。その内宇宙に行きそう」
「パワフルだな」
「うん。生き生きしてる」
「だけどお前、ホントに行くのか?ばあちゃんはともかくじいさんがいるんだぞ?あの土佐犬みたいなじいさんが」
「う~ん。私も松田の家に行く事はないとずっと思ってたんだけど。行きたいとも思わなかったし。でもお父さんが急にあんな事言い出してどうしようって思った時に真っ先に浮かんだのはおばあちゃんの顔だったの」
「そうか」
「うん。しょっちゅう遊びにおいでって誘われていた事もあるんだけど。それにやっぱりおじいちゃんの具合も気になるし。だからさ」
「なんだよ」
「お兄ちゃんも一緒に行こうよ」
「ええっ?何で俺が?」
「だっておばあちゃんが来る時は二人の方がいいって言うし。それに私も一人じゃ心細いし。ね、行こうよ」
「俺はイヤだよ。お前一人で行けばいいじゃん」
「ええ?何で?」
「何でって」
「おばあちゃん、部屋がいくつも余ってるからもったいないって言ってるよ」
「部屋どころか家が余ってるからな、あそこは」
「おばあちゃん、貴司に会いたいって言ってるよ」
「お前と俺はおんなじ顔なんだからお前が行けば充分だろ」
「おばあちゃん、お兄ちゃんの好きなカレー作ってくれるって」
「カレーはみんな好きだろ」
「ねえってば」
「行かないって。何で俺を誘うんだよ。ずっと住むわけじゃないのに」
「だって」
「まただってって言う」
「だって財産目当てって言われちゃうもん」
「誰に?」
「おじいちゃんの弟の息子」
「何で松田の家に行くとソイツにイヤミ言われるんだよ。松田の家にいねえじゃん」
「いるんだって」
「はあ?」
「おじいちゃんが体調崩した途端に毎日来てるんだって。おばあちゃんが言ってた」
「ソイツが財産目当てじゃん。何言ってんだよ」
「そうなんだけど。でも向こうもお金持ちだし、私達とは違うって言うか」
「そんなの俺が行ったって財産目当てって言われるよ」
「男のお兄ちゃんにはそうならないよ」
「そんな事ねえよ」
「ううん。だってお兄ちゃんが行けば松田の跡取りの可能性があるんだもん。むしろ歓迎されるかも」
「はあああ?何言ってんの?お前」
「おばあちゃんが猛烈にプッシュしてるの。きっとおじいちゃんもそう思ってる」
「バカバカしい。そんなわけないじゃん」
「松田の一族は松田本家の存続が総意らしいの」
「俺、松田じゃねえじゃん」
「私だって」
「それにさ、俺が松田の家に入ったとして、うまくやっていけると思う?」
「正直思わない」
「だろ?あの父さんの血が半分入ってんだぞ」
「私だって」
「ばあちゃんの思い込みだよ。何て言うの?隣の芝は青く見えるってヤツ?」
「そうかな」
「そうだよ」
「じゃあお兄ちゃん、行かないの?」
「行かねえよ。何か面倒くせえし。色んな思惑が飛び交ってて空気淀んでそうだし」
「それは私もそう思う」
「松田の家とはこのくらいの距離感がいいんじゃねえの?お前も行くのやめておけよ。しばらく泊めてくれる友達、いるだろ?」
「いるけど。でもどのくらい?お父さん、出てけって言ったよ?帰って来るなって感じで」
「そこなんだよなぁ。何で急に出てけって言ったんだろ?」
「体育会系なんて言ってね」
「本当に鍛えると思うか?」
「微妙。本当にやりそうな気もするし」
「なあ。父さん、松田の家の事情知っているかな?」
「事情って?」
「じいさんの体の事」
「どうだろう。とりあえず義理の父だったからね。おばあちゃんがお父さんに言った可能性もない事はないけど」
「それかな」
「それって?」
「父さん、俺達を松田の家にやる為にこんな事言い出したのかな?」
「まさか」
「ばあちゃんが頼んだかもしれないじゃん」
「言いそうだけど」
「断るに断れなくなったとか」
「何それ」
「大人の事情で」
「子供を捨てる事情って何よ」
「怒るなよ。捨てるわけじゃないだろ」
「同じ事よ」
「あ」
「何?」
「俺、ちょっとわかったかも」
「何を?」
「父さんが体を鍛える理由」
「何?」
「強くなりたいんじゃないかな」
「え?四十過ぎて?」
「男は年齢関係なくそう思うものなんだよ」
「何でかな?」
「やっぱり松田が関係してると思う。きっとばあちゃんが俺達を松田に入れたがっているんだ。それを父さんはのんだ。だから、一人でも生きていける強さを手にいれようとしているんだ」
「それ、体だけ鍛えてもどうにもならなくない?」
「でも父さんっぽいだろ」
「うん。あ、でも逆かもよ」
「逆?」
「私達を松田にやりたくなくて、それで体を鍛えるのかも」
「闘う為に?」
「そう。アクション映画さながらに。家族を守るヒーローみたいに颯爽と、カッコよく」
「父さんがそう思ってもおかしくない」
「でしょ?お父さん一途だし」
「未だに自分がサンタクロースって認めないからな」
「それどころかサンタクロースがいるって本気で信じてるもん」
「あ、でもそれだと俺達を家から出す事ないんじゃない?」
「ああ、それもそうか」
「何かよくわかんねえ人だなぁ」
「ホント」
「何か出てくの、バカらしくなってきた」
「ホントね」
「ここで二人で話ししてても埒あかないから父さんに直接訊いてみるか」
「答えてくれるかな?」
「最初は駄々こねるけど結局おれて教えてくれるよ。俺達母さんに瓜二つだし」
「それに私達の事、大好きだしね」
「恥ずかしくなるくらいにな」
「あ、それじゃあみんなでどっか食べに行こうよ。朝ゴハンまだだし」
「そうだな。出てくの、今日中って言ってたし」
「何にする?」
「父さんはラーメンがいい」
「わあっ」
「お、お父さん。い、いたの?」
「自分のうちだぞ。いて当然だ」
「て言うか何その格好」
「まるでブルースリー」
「黄色が鮮やか過ぎて目に刺さる」
「ふん。男には愛する者の為に戦わねばならん時があるのだ。女子供は離れていろ」
「すっかりその気ね」
「何と闘うのさ?」
「年老いた土佐犬だ」
「プッ」
「まあいいや。父さん、ラーメン食べに行こう。ハラ減ってきた」
「そうだな。ハラが減ってはなんとやら、と言うしな」


おわり

闘いの幕開け

読んでくださりありがとうございました。
今回は冒頭のセリフがパッと思い浮かび、物語の粗筋をまったく考えぬまま、書き進めました。設定が後付けなので不備がありますね。
オチをどうするか、ちょっと迷いましたが結局こんななし崩し的な感じになってしまいました。
でも、自分的には好きな感じです。
こんな自己満足な作品ですが、できたらご意見ご感想お待ちしております。
皆様のご多幸を祈りつつ。

闘いの幕開け

ある朝、父親の決意を聞かされた双子の兄妹。 突拍子もないその発言に唖然とする二人。 さて、どうなる?

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-12

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