探偵日記 『 18年目のごめんなさい 』

探偵日記 『 18年目のごめんなさい 』

実は、私は探偵小説が嫌いだ。
ホームズ、金田一、コナン …etc そんなに都合良く、謎解きの鍵が見つかるもんか。
警察署の警部辺りから事件捜査の協力や依頼など、そんな警察のメンツを潰すような設定、誰が最初に考えたのだろう?
・・そう、私は本物の探偵だった。 今でも時々、プライベートな時間に、『 非日常生活 』をしている。
密室殺人とかアリバイ崩し・・・ 実際には、そんな謎解きなどは無い。 もっと、人間の深層心理や対象者の人生の機微に迫り、
自身の岐路に、事情を重ね考える事が多い。
この作品は、私が担当した案件の中から、特に記憶に残っているものを選出し、まとめてみた。

登場人物・団体名は架空ですが、ストーリーと結末はノンフィクション。 事実のみを優先しています。
登場する探偵『 葉山 』は、私です。

1、手紙

『 実は、随分前に家出した息子を探して欲しいのですが・・・ 』
 人には、様々な思考・行動があり、希望がある。 成り行きにより、自分では想像もしていなかった事態に遭遇し、その後の生活が翻弄される場合もあるだろう。 自らが望む道と、そうでない人生・・・ 今回の対象者である人物もまた然り、だ。 家出に至る理由は、どんな経緯があったのか・・・
 年配の女性と思われる声は、どことなく遠慮がちだった。 おそらく、長年に亘って心の気掛かりだった事に対し、意を決して電話して来たのだろう。
『 あの・・ 行き先などに、つながりそうな手掛りは、全くないのですが・・・ 』
 葉山は、受話器の向こうから聞こえる、蚊の鳴くような弱々しい声に答えた。
「 構いませんよ。 まずは、家出に至る経緯などについて、詳しくお話しを窺いましょう。 失踪先のヒントは、よくその辺りに隠れていますから 」
『 有難うございます。 ・・では、私共の自宅まで、おいで頂けますでしょうか? 私、なにぶんに、足が悪うございまして・・・ 』
 面談の場として、自宅を選ぶ依頼者はあまりいない。 ほとんどの場合、最寄の喫茶店である。 自宅を探偵に教える依頼者は、まず『 安全 』と見て良いだろう。 真剣に悩んでいる依頼者であり、契約にまで至る可能性が非常に高い。
 葉山は、夫人から住所を聞き、来訪する予定時間を告げると電話を切った。
「 行方調査か・・・ 」
 近年、増加傾向にある案件である。 不況と共に、行方調査は増えて行く。 それは金銭がらみの失踪が増える事を示唆しており、『 逃亡 』とも言える。 いわゆる『 夜逃げ 』だ。 会社絡みの場合、負債額は高額になるのが常だ。 対象者が国外に逃亡している場合もあり、調査は困難を極める。 調査費用も膨大に掛かる為、調査が打ち切りになる事もしばしばだ。 もしくは、自殺している場合も・・・
 今回の案件は、金銭関係のもつれではないようだ。
( 崩れた人間関係の末路は、もう見たくないな )
 だが、依頼される調査案件のほとんどは、そんな因果にまみれている・・・
 葉山は、小さなため息をつくと、事務所にしているワンルームマンションを出た。

 市内の閑静な住宅街に、依頼人の自宅はあった。
「 粗茶でございますが・・・ 」
 茶托に乗って出されて来た湯飲みは、市販されているものとは趣が違い、明らかに来客用のそれと分かるものだった。 茶は、薄く緑色に濁っており、抹茶仕立てのようだ。 通された部屋は六畳間の和室。 客間として使っているらしく、生活感がなかった。
( 上流・・ とまではいかないにしろ、それなりの生活水準か・・・ )
 調査には金が掛かる。 特に行方調査は、地道な聞き込みを必要とし、調査期間も長くなる場合が多い。 当然、費用も増える。 依頼人の足元を見るようで嫌だが、葉山は、依頼人に、それなりの調査費用が捻出できる家庭か否か、を前もって推察していた。 最低限の金額が用意出来なければ、満足な調査は出来ないからである。
 和室机に、葉山と対面で座った夫人。 その横に、40代と思われる女性が座っていた。
「 初めまして、葉山です。 今回はアクセス頂き、有難うございました 」
 葉山が夫人に挨拶をすると、その女性が言った。
「 探偵さんが来るって聞いたんで、どんな人が来るのかなと思ってたんですけど、ナンで作業着なんですか・・・? 」
 葉山は、薄いベージュの作業着を着ていた。
 湯飲みを持ちながら、葉山が答える。
「 この方が、ご近所に怪しまれないでしょう? スーツでも良かったんですが、銀行員と思われると、ご都合が悪い依頼人の方もみえますので 」
 女性は、葉山の胸辺りに付いている名札を覗き込みながら言った。
「 葉山住器サービス 営業一課・・・ それ・・ ホンモノ? 」
「 まさか 」
 住宅リフォーム業者を装うのが、一番良い。 葉山は、依頼人の自宅へ赴く時、たいていは作業着を着て出掛けていた。
 夫人が、女性をたしなめた。
「 沙織、お喋りが過ぎるわよ? 葉山さん、お忙しいんだから 」
 葉山は、笑いながら言った。
「 あ、お構いなく。 娘さん・・ ですか? 」
「 ええ。 嫁いで隣に住んでいるんですが、昼間は、この実家に入り浸りで・・・ 」
 女性は正座を正すと、頭を下げて挨拶をした。
「 姉の沙織です。 この度は、弟の一樹を探して頂けるそうで。 宜しくお願いします 」
 ハキハキした口調。 仕草からも、上品さがうかがえる。
( 姉弟間でのトラブルは、無かったようだな・・・ )
 葉山は早速、夫人から聞き取りを開始した。

 対象者の氏名は『 中島 一樹 』。 失踪したのは、今から18年前。 当時、22歳。 高校を卒業後、定職に就かず、フリーターをしていたらしい。 父親は、対象者が中学の時、ガンで亡くなっていた。 夫人が、女手一つで育てた訳だが、フリーターである一樹氏とは、事あるごとに口論をしていたとの事である。 失踪の要因は、この辺りだろう。
 夫人が言った。
「 あの日も、バイトから帰って来た一樹と口論しまして・・ 家を飛び出して行ったまま、それっきりなんです・・・ 」
 手帳にメモを取りながら、葉山は尋ねた。
「 それまで、家出をされた事は? 」
「 ありません。 元々、大人しい子でして・・・ でも、反抗期って言うんでしょうか。 高校に入った頃から、口答えするようになりまして・・・ 」
 姉が言った。
「 お母さん、カズ君に厳し過ぎよ。 男の子なんだから、もっと自由にさせてあげればよかったのに 」
「 そんな事言っても、おまえ・・・ 」
 葉山が尋ねる。
「 友人の連絡先のリストなど、ありませんでしょうか? 」
 夫人が、姉に言った。
「 居間にあるアルバムに、書き出した紙が挟んであるから、持って来てくれる? 」
「 分かった。 ハガキも? 」
「 そうね。 お願い 」
 葉山に向き直ると、夫人は続けた。
「 実は・・ 時々、ハガキが届くんです 」
「 一樹さんから? 」
「 ええ 」
 ・・・これは意外だった。 対象者は、自分の健在を知らせている。
 姉が、友人の連絡先リストと共に、15~6枚のハガキを持って来た。 消印は、浜松・横須賀・鎌倉・東京都内と、まちまちである。 各地を転々としているのだろうか・・・? ハガキに書いてある文面は、元気にしているとか、夫人の体調を気遣う簡単な内容のものだった。
 葉山は言った。
「 調査期間は1週間としましょうか。 まずは、3日ほどの初動調査をしてみて、結果をご報告致します。 それで結果を導き出す為の方向性が出れば幸いですが、行方調査は、映画やドラマのように簡単には参りませんので・・・ 」
 いきなり、1週間分の調査見積りを提示する探偵社もあるが、葉山は3日分の初動調査費用を提示した。 ある程度の足取りが掴めれば、依頼者も、後の本調査発注への踏ん切りもつく。
 夫人が答えた。
「 お手数をお掛けしますが、宜しくお願い致します。 ・・ずっと気掛かりだったんです。 時折、ハガキが届くので、いつか帰って来るだろうと思っておりましたが・・・ もう、かれこれ20年になろうとしておりまして・・・ そのうち、ハガキすら来なくなったら、と思うと・・・ 」
 じっと、机の上のハガキを眺めながら、寂しそうな表情の夫人。 終始、伏し目がちである。
 葉山は言った。
「 鋭意、努力し、案件に望む所存です。 何か、お気付きの事がありましたら、どんな些細な事でも構いませんのでご連絡下さい 」
 葉山は、夫人宅を後にし、車に乗り込んだ。

 家を飛び出し、18年間も失踪している対象者・・・ 葉山は、対象者である中島 一樹氏の心境を探ってみた。
本人の思考は、当然、分からない。 常識的、かつ一般的に推察してみるだけなのだが、意外と冷静に推測出来るものである。
( 失踪した本人には当初、それなりの自負があったはずだ。 おめおめとは帰れない・・・ 失踪期間が長くなれば、尚更だろう。 今は、帰るに帰れない・・・ そんな感じかな )
 一樹氏にしてみれば、今更、どんな顔して帰れば良いのか分からない、と言ったところだろうか。
 不定期に届く、ハガキ・・・ 電話し、声を聞けば帰りたくなる。 ハガキは、そんな彼の心情を具現化していると言えよう。 もしかしたら、帰れない事情があるのかもしれない。
( 次に、どうやって糧を得ているのか、だな )
 若いのだから、どんな仕事だってあるだろう。 ましてや、バイトに明け暮れていたフリーターである。 ただ、18年も経っている。 今は、日雇い、もしくは日給月給・・ あるいは正社員になっている、と見るのが一般的だ。 個人事業主になっている可能性もあろう。 今や、ネット環境さえあれば、商売が成り立つご時勢だ。
( まずは、当時のバイト先から洗っていくか・・・ )
 車のキーを廻し、エンジンを掛ける。 ふと、手を止め、葉山は思った。
「 浜松・横須賀・鎌倉だと・・・? 」
 夫人から預かったハガキをブリーフケースから出し、消印を確認する。 他には、三島・平塚・川崎の消印があった。 浜松市内の消印が押されたものは5通である。
 葉山は、ピンと来た。
( 東海道だな・・・! 一樹氏は、長距離の運転手をしている・・・! )
 夫人から渡された友人の連絡先リストを出し、確認する。 職業を書き込んである者の連絡先があったのだ。 会社員・建築業・美容師・・・ はたして、運送会社を経営している中学の先輩、と言う者の名前があった。 会社の所在地は、浜松市内。
「 コイツだ・・・! 」
 葉山は、車を走らせた。

2、偶然の導き

 運送業を営んでいると言う、中学の先輩・・・ 友人リストに記載されているという事は、高校に入学した後も、その先輩との交流は続いていた事を示唆する。 当然、失踪後、会いに行った可能性は高いだろう。
( 先輩・後輩の付き合いで、事情は内緒にしておいてもらっていたか・・・ )
 仔細は、あくまで想像の域である。 だが、運転手をしているという葉山のカンと、運送業の先輩・・・ 条件は、合う。 確信は無いが、調査の『 点 』が、『 線 』でつながっているところに、葉山は現時点での、調査の方向性を見定めていた。

 『 宮田運送 』と書かれた小さな看板が見える。
 連絡先から住所を割り出したその会社の規模は、そんなに大きくはなかった。 市街地から少し離れた住宅地の一角。 4~5台の大型・中型トラックを持っていそうな、小規模の運送会社である。 貸し倉庫と思われる物件の脇に、事務所らしきコンテナハウスがあり、作業着を着た2~3人の姿が確認出来た。
 会社が見渡せる位置に車を停め、夫人から預かった一樹氏の顔写真を見入る葉山。 高校入学時期の生徒手帳にでも貼ってあったのだろう。 詰襟の学生服姿である。
( 20年以上前の顔だからな・・・ ま、とりあえず下見して来るか )
 中型のトラックが倉庫前の駐車場に入って来た。 アルミのウイング車で、ボディには『 東京直行 楽々便 』とある。 どうやら、この会社は、東京までの定期便を運行させているらしい。
 葉山は、ブリーフケースを持つと車を降り、会社の方へと歩いて行った。
( スーツに着替えて、訪問セールスを装った方がいいかな? )
 とりあえず、会社前を横切り、倉庫内を見る。 薄暗い倉庫内には、うず高く積まれた樹脂製のパレットが見えた。 整然と積まれた段ボール箱・・・
 先程、駐車場に入って来た中型トラックから運転手が降りて来た。 何となく、一樹氏に顔立ちは似ている。 もっとよく確認したかったが、運転手はそのまま倉庫内へと入って行ってしまった。
( よく似ていた気がしたんだがな・・・ )
 葉山は、ふと、その中型トラックの後尾に掲示してあった運転手の名札プレートを見た。
『 中島 一樹 』
( げええっ・・! まんまじゃないか! )
 あまりの展開に、葉山は、思わず声を出してしまいそうになった。 予感的中とは、この事である。 初動調査で結果が出てしまう事は、まず無い。 しかも行方調査で、だ。 初動調査どころか、下見の段階である。 出来過ぎだ。
 葉山は、逸る心を落ち着かせ、車に戻った。
「 さて・・ 同姓同名ってコトはあるまい。 一樹氏に間違いない 」
 タバコに火をつけ、煙をくゆらせながら思案する。
( 次に判明すべき事項は、居住確認だ。 多分、この辺りに住んでいるんだろう。 もしかしたら、社宅かも )
 腕時計で、時間を見る葉山。 午後6時を、少し回っている。 一樹氏は、倉庫内に入って行ったままだ。
( 時間的に見て、今日の仕事は終了だろう。 この後、当然、自宅に戻るはずだ。 このまま、ここで張り込みをするか )
 見たところ、会社の出入り口はここだけだ。 勤務を終えた社員は、皆、葉山の車の前を横切るはずである。
( 一樹氏を、ビデオに収めておくか・・・ )
 葉山は、鞄の中からハンディタイプのビデオを取り出し、小さなスタンドを取り付けた。 それをダッシュボードの上に置き、レンズを会社の方に向けてセット。 タオルを出し、レンズを塞がないように、カメラ本体に掛けた。
 シートを少し倒し、呟いた。
「 あとは、出て来るのを待つだけだな・・・ 」

 辺りが薄暗くなって来た頃、対象者が倉庫から出て来た。 小1時間前に、倉庫内へ入って行った時と同じく、作業着のままだ。
 ビデオの録画スイッチをオンにした葉山は、気が付いた。
( 手荷物を、何も持ってないぞ・・? まさか、このまま次の勤務に入るんじゃないだろうな・・・! )
 冗談じゃない。 このまま、東京まで連れて行かれてたまるか。 では、どうする・・・? ここで、彼が帰って来るのをを待つのか? 長距離の勤務となると、帰りは明日以降になるだろう。 このまま、ここで張り込んだとしても、近所の住民に対しての整合性( 状況が怪しくない事 )が無い。 ヘタをすれば、警察に通報される。 次回、丁度帰宅する一樹氏を捕捉するのは、帰社時間が推測出来ないだけに、至難のワザだろう。 ここは、トラックを尾行した方が良さそうだが、ずっと尾行するのも問題がある・・・
 葉山の脳裏に、以前の記憶が甦った。
 あれは、2年前だったろうか・・ 別の案件で、同じような事があったのだ。
 対象者が車に乗り、名古屋から高速に入った。 どこかへ、愛人とドライブでも行くんだろうと、軽い気持ちで車尾行をしたが、何と、東京まで行きやがったのだ。 しかも、浦安まで足を伸ばし、ディズニーランド遊行である。 3日間、引っぱり回され、帰って来た時の葉山の所持金は、156円だった・・・
 思わず、サイフの中身を確認する葉山。
( 諭吉君が1人と、野口君が・・ 2人かよ・・・! 東京だったら、帰って来れないじゃないか )
 焦り始めた葉山の心境とは裏腹に、カメラのビュー・ファインダーに映し出された一樹氏は、トラックの横を通り過ぎ、隣の敷地にある駐車場の方へと歩いていく。 どうやら、退社するらしい。 葉山が、ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、並んでいる社員の車の陰から、何と、自転車に乗って一樹氏が出て来た。
( 何いィ~っ!? そう来るんかよっ・・! )
 まあ、良くある事だ。 自家用車で通勤していると思い込み、それ以外の通勤方法を予期していなかった葉山が悪い。
 カメラを助手席に放り投げ、エンジンを掛ける。 ついて行ける所まで行き、あとは車を捨てて、ダッシュだ。
 気付かれないように、距離を置いて尾行する。 先程、放り投げたカメラを手にすると、自転車に乗っている一樹氏の後ろ姿を撮影した。
 やがて小さな交差点を右折した一樹氏の自転車が、細い路地へと入って行く。 素早く、車を路肩に止め( 少し斜めに駐車。 乗り捨てたと表現した方が適切 )、カメラをショルダーバッグに詰め込むと、葉山は車を降り、路地へと走った。 暗い路地を、左に回る自転車を確認。 その角まで、ダッシュ! 民家の塀から、そっと行き先をうかがう。 一樹氏の自転車は、更に次の路地を右折。 再び、ダーッシュ! どこかで、犬が吠え始めた。 そのまま自転車は、小さな用水沿いに直進。
( 見失ってたまるか! くそうっ・・! 待てえっ )
 はい、そうですか、と待ってくれるワケが無い。 ドラマなどで刑事がよく口にする、間抜けなセリフ。 走りながら葉山は、マジにそう願っている自分の姿に苦笑いをした。
 体力に自信はないが、持久的なスタミナには、自信はある。 100メートルほど前を走る自転車を、葉山は、ひたすら追い掛けた。
 やがて、軒を同じくする数件の居酒屋の前で、自転車を止めている一樹氏を確認。
( メシでも、食うつもりかな・・? よし、入れ・・! 一息、つけられる )
 やがて、葉山の希望通り、一樹氏は焼き鳥屋の暖簾をくぐると、店内に入って行った。 物陰から、その様子をカメラに撮影していた葉山は、録画を止めると、小さく息をついた。
( ・・よし。 しかし、自転車とはな・・・! となると、住んでる所は、この近所か・・・ いや、待て・・ この後、戻って夜勤かもしれない )
 ふと、目をやると、電柱脇に自転車があった。 鍵は付いておらず、どうやら放置自転車らしい。 幾分、タイヤの空気が抜けているが、使えそうである。
( 拝借するか・・・ )
 似たような経緯で所有している自転車が、葉山の事務所に数台あるが、どうやらそのコレクションに、これも加えられる事になりそうである。( 違法行為です )
 手ぶらで歩いている者は、男女の区別なく、どことなく怪しい。 手荷物が無いのであれば、自転車を押しているだけで、『 ご近所さん 』のイメージが湧く。 手ぶらで歩く行為は、探偵としては失格である。
 入手した自転車を押しながら、その焼き鳥屋に歩み寄る、葉山。 自転車を店先に置くと、しばらく思案した後、意を決して、その暖簾をくぐった。

3、暖簾

「 らっしゃいッ! 」
 L字のカウンターがあるだけの、小さな店である。 数人の客が入っている。 対象者の一樹氏は、店内の、やや奥の方に座っていた。
 メニューを見ながら奥へと進み、一樹氏のすぐ隣に座った葉山。 狭いカウンターの中では、ハゲ頭に手拭いを巻いた少々太り気味の男が、忙しそうに1人で調理をしている。
 葉山は言った。
「 大将、とりあえず、ビールね 」
「 あいよッ! とりあえずビール、1丁~っ 」
 男は陽気に答え、業務用冷蔵庫の中から瓶ビールを出すと栓を抜き、コップと共に葉山の前に置いた。 カウンターの上に掲示してあるメニューを見ながら、追加する葉山。
「 奴と、板わさ・・ あと、皮、もらおうか 」
「 あいよ! 」
 葉山は、タバコに火をつけると、隣に座っている一樹氏を、それとなく観察した。
 ・・当然、渡されていた写真にある学生っぽい雰囲気は無い。 髪は短めにカットされており、少々くたびれた作業着が、どことなく哀愁を感じさせている。
「 はいよ、カズちゃん! ネギマと砂ね、お待ちっ! 」
 ハゲ頭の大将が、一樹氏の前に注文を置きながら言った。 ファーストネームの愛称で呼んでいるところから、一樹氏は頻繁に、ここへ来ているらしい。
「 ・・ああ、有難う 」
 読んでいた新聞を膝に置くと、一樹氏は、それを食べ始めた。
「 はい、お待っとさんっ! すんげ~うまい奴と、板わさね! 」
 大将が、葉山の注文をカウンターに出す。
 葉山も、箸を付けた。
「 ・・へええ~、ホントにうまいじゃん、この奴 」
 葉山が、大将に言うと、銀歯をむき出しにして、大将は答えた。
「 あったりまえだよ! 自然水で作ってんだからよ。 はい、お待ち、皮ねっ! 」
「 へえ~、自然水ね 」
「 お客さん、ウチ、初めてだね? 」
 大将が、葉山に尋ねる。
「 うん、先週、引っ越して来たばかりでさ。 いい店じゃん、ここ。 ・・お宅、常連なのかい? 」
 葉山は、隣にいた一樹氏に話し掛けた。
「 ・・え? あ、ああ・・ まあね・・ 」
 突然、話しを振られた一樹氏が、少し、うろたえながら答える。
「 カズちゃんは、超常連だねっ! 週、3日は来てくれるんだもんなァ~ 」
 大将の言葉に、笑いを見せる一樹氏。 すかさず、葉山は話を続けた。
「 へえ~、そうなんだ。 僕、この辺、引っ越して来て日が浅いから、全然、判らなくてね。単身赴任なんだけど、お宅も? 」
「 ・・あ、いえ 」
 少々、戸惑いながら答える一樹氏。 家庭の事には、触れたくないのだろう・・・ 逆に、葉山に聞いて来た。
「 遠くからなんですか? 」
「 東京です。 ま、1杯・・ 」
 ビールを勧める、葉山。
「 ・・あ、どうも 」
 葉山は挨拶をした。
「 僕、鈴木って言います。 その用水路の向こうにあるアパートで、しばらく1人暮らしです 」
「 中島です。 僕は、運転手してるんですが、鈴木さんは、何を? 」
「 営業ですよ。 建築機材のリースをしてます 」
 一樹氏のコップに、ビールを注ぎながら、葉山は答えた。
「 あ、すんません。 ・・今、不況で大変でしょう? 」
「 まあ、どんな業界も大変でしょうが、特にウチみたいな土木建築は、さっぱりですわ 」
 タバコに火をつけながら、もっともらしく、葉山は言った。
「 運送業界も、そうですよ? 走ってナンボですからねえ。 荷が無くちゃ、どうしようもありませんよ 」
「 大型ですか? 」
「 いえ、4tです 」
「 そりゃ、大変だ。 助手もいないし、長距離なんかだと、ヤんなっちゃうんじゃないの? 」
「 はは・・ もう慣れましたよ。 最近は、労働基準監督所も厳しいですからね。 配車も、運行には気を使ってます 」
「 お子さんは? 」
「 娘が2人。 小2と、幼稚園年長です 」
 葉山は、食べていた串を落としそうになった。 ・・何と、一樹氏には、娘がいる。 しかも、2人・・・! 誘導会話が、思わぬ事実を導き出したようだ。
 動揺を気付かれないよう、平静を装って葉山は答えた。
「 ・・ふ~ん。 可愛い盛りだね。 奥さん、幾つ? 」
 ビールを飲みながら、一樹氏は答えた。
「 ・・今年で・・ 37ですね。 社内結婚でしてね・・ 」
 酔いが回ったのか、一樹氏の会話から警戒心が消えている。
 しばらく間を置いて、コップに残ったビールを見つめながら、一樹氏は言った。
「 ・・実は・・・ 出来ちゃった結婚なんですよ・・ 」
 新たな事実。 しかし、最近に多い話である。 別段、驚きもせず、葉山は答えた。
「 ふ~ん・・ 最近、多いからね。 僕の友人にも、かなりいるよ? 」
 コップのビールを一飲みし、一樹氏は幾分、声を落としながら言った。
「 結婚の経緯については・・ もう、いいんです。 今、不自由なく暮らしてますし、向こうの親にも、謝罪と了解は得てますから。 ただ・・・ 」
 言葉に詰まる、一樹氏。 葉山には、一樹氏が言おうとしている事の想像がついた。 あの事だ・・・
「 ・・こんな個人的な事、初対面の鈴木さんにお話しするのは、失礼だとは思うんですが、僕には相談する相手もいなくて・・・ 」
 空になった一樹氏のコップに、ビールを注ぎながら、葉山は言った。
「 構いませんよ。 気軽に行きましょうよ。 せっかく、知り合った仲じゃないですか 」
 一樹氏は、注がれたビールをじっと眺めながら、葉山に言った。
「 ・・逆に、知り合ったばかりの鈴木さんだから、助言をお願い出来るのかもしれませね・・・ 実は僕、家出してるんです 」
 周りの客や、大将に聞かれないよう、小さな声で一樹氏は言った。 全てを知っている葉山ではあるが、ここは一つ、トボケなければならない。
「 は? 家出? 中島さんが? 」
 一樹氏は、無言で頷いた。 彼の耳元に顔を近付け、葉山は低い声で聞いた。
「 ・・家出して・・ そのまま結婚しちゃったってコト? 」
 更に頷く、一樹氏。 葉山は驚いた表情を演出し、言った。
「 こりゃまた・・ はあぁ~・・ スゴイ人生、送ってるね、お宅 」
 一樹氏は顔を上げ、真顔を葉山に向けると尋ねた。
「 ・・どうしたら・・ どうするべきなんでしょう、僕・・・! 家出して・・ もう18年も経ってるんです。 今更・・ どんなツラ下げて帰りゃいいんですか・・・? 」
 やはり、一樹氏は帰りたいのだ。
 おそらく、結婚相手の両親には、事実を伝えてあるのだろう。 それを理解して結婚生活を許したとするならば、相手の両親の寛大さには、頭が下がる。 普通は、許してくれないものだ。 多分、奥さんとなった相手の女性からの説得もあったとは思われるが、並大抵の事では無かったと推察される。
 一樹氏は続けた。
「 女房の親とは、近々親の元へ戻り、結婚した事を告げる約束をしていました。 でも、いつかは・・ いつかは・・ という思いのまま、年月だけが過ぎていってしまいまして・・・ 」
 葉山は、しばらく考えてから、諭すように言った。
「 中島さん・・・ そりゃ、帰った方がいいよ。 いや・・ 帰らずとも、今、ここで元気に暮らしているという事を、知らせるだけでもいい。 親御さんは心配していると思うよ? 」
 うなだれると、一樹氏は答えた。
「 ・・・やっぱ、そうですよね。 娘達にも、おじいちゃん・おばあちゃんに、会わせてやりたいんですよ・・・! 」
「 それが、いいね・・! 人間の感情なんてね、時が解決してくれるモンだよ? そりゃ、少しは怒られるだろうが・・ 可愛い孫が出来るんだ。 そうそう後には、尾を引かないと思うケドな 」
 葉山に注がれたビールを、一気にあおる一樹氏。 空になったコップを見つめながら言った。
「 今度の休みに・・ 思い切って、電話してみようかな・・・ このままじゃ、イヤなんです・・! 」
 不安気ながらも、決意の表情を表し、一樹氏は葉山を見た。
 答える葉山。
「 それがいいと思うな。 お互い、大人同士だろ? 親子なんだからさあ・・! 」
「 ・・怒ってるでしょうね 」
 しばらく考えてから、葉山は答えた。
「 近況が判らない、苛立ちの方が強いと思うな・・・ 立場を逆にして考えてごらんよ。 あんただったら、どう思う? どうして欲しい? 」
「 ・・・・・ 」
「 電話1本で、済む事じゃないか。 連絡してあげなよ 」
 大きく息を吐き、一樹氏は答えた。
「 分かりました・・・! 女房とも、話し合ってみます。 最近、女房もそんな事、言ってたし・・・ 」

 その後、2人は、しこたま飲んだ。
 足元がおぼつかなくなった一樹氏を、葉山は、彼の案内で自宅まで送って行く事になった。 尾行をしなくても済む。 居住確認も出来るし、一石二鳥だ。
 焼き鳥屋から、数百メートル。 こじんまりとしたコーポに、彼は住んでいた。 軒先には、おもちゃの車が置いてある。 幼児用の自転車も確認出来た。
「 まあ、あなた・・・! 今日は、随分と飲んだのねえ 」
 玄関先に出て来たのは、一樹氏の奥さんと思われる女性だった。 身長は、そんなに高くない。 ショートカットの髪型からは、活発そうな雰囲気が感じられた。
「 初めまして、鈴木です。 そこの焼き鳥屋で意気投合しちゃって・・・ つい、飲みすぎちゃいました。 すみません 」
 葉山が挨拶をすると、彼女は苦笑いをしながら言った。
「 明日、非番なもんで、つい飲み過ぎちゃったのね。 わざわざ、すみません 」
 玄関のドアにもたれながら、一樹氏は言った。
「 鈴木さん、ありがと・・! 今日は、良い夜だったよ 」
 軽く手を上げ、葉山は答える。
「 良い結果を信じてるよ・・! ・・じゃ 」
 お辞儀をする奥さんにも、軽く会釈をし、葉山は、一樹氏の自宅を後にした。
( これで、居住確認も終了だ。 きっと彼は、電話をしてくれる・・・! )
 先程、手に入れた自転車にまたがり、葉山は車へと戻った。


「 住所は、ここに・・・ 電話番号は、これです。 でも、一樹さんは、近いうちに必ず連絡をくれるはずです。 しばらく待っていてあげて下さい。 ご自分の方から、この18年を清算しようと思っていらっしゃいますから・・・ 」
 後のデータ調査から判明させた一樹氏の現住所と電話番号が記載されている報告書を夫人に提出し、説明する葉山。 勤務先の会社さえ判明すれば、従業員の居住先をデータ調査で明らかにする事は、簡単な作業である。 少々、日数は掛かるが・・・
 葉山は、実際に一樹氏と接触し、その本人の口から聞いた内容を、依頼人である夫人に告げた。 夫人は、理解してくれたようである。
 葉山は言った。
「 焼き鳥屋で会った男が私だった事は、一樹さんには、秘密にしておいて下さいね 」
「 分かりました・・・ あの子から連絡があるのを、しばらく待ってみます 」
 夫人は、葉山が撮影したビデオを、涙ぐみながら見ていた。
 元気に働いている、我が子・・・ 夫人の目には、どんな風に映ったのだろうか。
 もし、何も連絡が無ければ、それこそ婦人の方から尋ねて行く事になる。 一樹氏から連絡があれば、全てがうまく終了するのだ。 出来れば、あと味悪くして欲しくないものだ・・・・

 数日後。
 嫁と、可愛い2人の孫が、いきなり同時に出来た夫人から電話があった。
「 一樹から連絡がありました。 色々、お世話になりました。 報告書は、もう捨てました。 必要なくなりましたから・・・ 」
 家族とは、人間の最小単位なり。

 葉山の仕事は、終った。
                                   
                            〔 18年目のごめんなさい ・ 完 〕

探偵日記 『 18年目のごめんなさい 』

最後までお読み頂き、ありがとうございました☆
この案件は、初動調査で結果が出てしまい、出来過ぎた案件としてよく覚えています。 いつも、こうとは限りません。 うまくいかない事の方が多かったですね・・・

他の案件の話を、『 探偵日記 2 』として次週、新連載を開始する予定です。
宜しければ、またお相手下さいね。
                                 夏川 俊

探偵日記 『 18年目のごめんなさい 』

探偵事務所を経営している『 葉山 』は、私立探偵。 ある日、事務所の電話が鳴った。 『 随分前に家出した息子を探して欲しい 』 初老と思われる声の主は、年配の婦人だった。 葉山は、早速、調査に取り掛かった・・・

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-11

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  1. 1、手紙
  2. 2、偶然の導き
  3. 3、暖簾