虚偽
嘘で成り立つ世界なんて、滅んでしまえばいい。
「会長。今日はご馳走になり、ありがとうございました」
「いや、こっちも急に呼び立てて悪かった。帰国したらお前とメシが食いたくなったんでな」
「そんな。光栄に思っています」
「うまかったか?」
「はい。料理は眼でも食べるものだと思いました」
「ここの料亭はな、俺が若い時分から世話になっている。ここの個室をあてがわれた時には俺も一人前と認められた気がして舞い上がったものだ」
「素晴らしい意匠の空間です」
「この部屋は俺だけの為にある俺だけのものだ。意味、わかるな?」
「はい」
「ここはこの国のどこよりも安全だ。まあ、足を崩して楽にしろ」
「お気遣い感謝します」
「さて、お前に聞きたい事がある」
「はい」
「お前いつまであの女の後ろにくっついて行くつもりだ?」
「会長。そのお話しは以前も」
「したな。わかっているよ。でもな、俺は断られて、はいそうですか、とシッポ巻いて諦める男じゃないんだよ」
「存じてます」
「それが大きな損失に繋がるとなりゃなおさらだ」
「会長」
「お前はこんなところでくすぶっている男じゃないんだよ。何やっている」
「申し訳ありません」
「そんなにいい女なのか」
「私はそう思っています」
「良縁ってのは互いを補い合うものだと俺は思うがね。俺にはお前が補ってばかりいるように見える」
「放ってはおけない魅力が備わっているんです」
「ふん。ものは言い様だな」
「恐れ入ります」
「どんなにすぐれた名刀でも研がなきゃ錆びていく。お前、わかってんのか?」
「はい」
「じゃあそれを見ているしかない男の気持ちは?どうにかしたいって思うだろうが、普通」
「見に余るお言葉です」
「そんな顔するな。別にお前を困らそうとしているわけじゃない。俺は生来のお節介だし、俺なりにお前を心配しているんだ」
「それは重々」
「まあいい。良く考えておけ。そして良く先を見るんだ。わかったな?」
「はい」
「さて、そろそろ行くか。年をとると夜が早くなってかなわん」
「私が出会った頃とまったくお変わりありませんが」
「そんなお世辞は聞き飽きた。ところでな」
「はい」
「このところ何かと騒がしいようだな」
「騒がしい?」
「ジュエリーショップが立て続けに強盗にあったそうだな」
「そのようですね」
「ジュエリーショップにはデザインリングを扱うところが多い」
「ええ」
「昨日襲われたジュエリーショップに俺の友人が注文した指輪があってな、それも一緒に盗まれたそうだ」
「それは災難でしたね」
「ああ、災難だったよ。友人はカンカンだ。おかげで俺にもとばっちりが来た」
「血気盛んなご友人のようですね」
「子供じみているがね。俺とそのツイてない友人は古い付き合いで、適切で良好な関係を続けてきた大切な人物だ。わかるな?」
「はい」
「だから俺としても無下にはできない。友人の大切なものは俺にとっても大切だ」
「はい」
「今なら指輪さえ戻ってくれば事はおさまる。でないと多少強引にって事になる」
「会長のお立場であれば、そうでしょう」
「俺は早く指輪が戻ってきて欲しい、そう思っているんだ」
「わかります」
「わかってくれればいい。外にタクシーを待たせてある。使ってくれ。これでお開きにしよう」
「ご厚意、感謝します。今日は堪能させていただきました。ありがとうございました」
「俺も久しぶりにうまい酒が飲めた。また会おう」
「是非」
「橋本。いるな?」
「はい、こちらに」
「どうだった?彼は」
「見た目は普通のどこにでもいる青年ですがそれに惑わされてはいけない、そう思いました」
「何故そう思った?」
「彼はずっと私の存在を認識していました」
「ほう」
「何と言うか、『気』で私を牽制していました。うまく言えませんが」
「なるほど」
「それに」
「何だ?」
「会長が別れ際おっしゃった警告を顔色ひとつ変えずに受け止めていました。会長にお仕えしてから私はそんな事ができる人物を知りません」
「ふむ。お前の言う通り、彼はそういう男だ。最も安全と言う事は最も危険にもなりうる。それをよくわかっているんだ、彼は。まあ、今日のところはお前に彼を知っておいて欲しかった。それだけだ。さて、帰るか」
「はい。お宅までお送りする車中で明日のスケジュールをお伝えしますが」
「頼む」
「ハ、ハ、ハ、ハニー。た、た、た、大変だ」
「何よ、上がり込んでくるなりハチ見たいな事言って」
「ハチ?忠犬の?」
「違うわよ。確かにあんたは私の忠犬みたいなもんだけど。じゃなくて銭形平次の八五郎よ」
「銭形?ルパン三世の?」
「違うって。時代劇の方よ。北大路欣也主演でやってたじゃない」
「えっ。あの頭取が?」
「それは半沢でしょ。あ~話しが噛み合わない」
「ジェネレーションギャップだね」
「何よ。そんなに年違わないじゃない」
「結構違うと思うけど」
「私、切り捨てたら三十よ。そんなに違わない」
「何言ってんの。四捨五入したら四十じゃん」
「うるさい。で、何が大変なのよ?」
「あ、そうだ。ハニー、昨日のブツどこ?」
「銀行の貸金庫よ」
「か、貸金庫?」
「そうよ。私クラスになるとね、保管は貸金庫を利用するものなの」
「そんな見栄はって。何のドラマに影響されたのさ。どうせタンスの上から三番目の下着入れのところにしまってあるんでしょ?いつもみたいに」
「こらっ。勝手に触るな」
「あ、鍵かけてある。何で下着入れに鍵なんてかけるのさ」
「私クラスの美人になるとね・・・」
「こんな鍵なんてチョチョイのチョイっと」
「わっ。勝手に開けるな。て言うか私の話しを最後まで聞けっ」
「ほら、あった。う~ん。ハニーこれで全部?」
「当たり前でしょ。私がちょろまかすような女に見えるの?」
「怒んないでよ。そんな風に思っているわけないだろ。そうだよなぁ。やっぱりないよなぁ」
「何言ってんの?」
「いや、ハニー。実はね」
「ふ~ん。なるほどね。その影のフィクサー的なおっかない会長のオンナのデザインリングが昨日の店から盗まれたってわけね。で、今なら返せば丸くおさめてやる、と」
「オンナかどうかは知らないけど」
「オンナに決まっているじゃない、バカね」
「だから大変なんだよ」
「そうよね。ないものは返せないわよね」
「どういう事だろ?」
「知らないわよ。私はそう言った類いのものは手をつけないんだから」
「『私達』ね。その辺調べるのは俺だから」
「そこ訂正するの?器が小さい男ね、まったく」
「ハニー、どうしよう」
「そんなのさっき会ってた友達に言えば良かったじゃない。盗まれていないって」
「事はそんなに簡単じゃないんだよ、ハニー」
「難しく考えてるだけでしょ。これだから男はダメね」
「ハニーはその場にいなかったからそんなお気楽な事が言えるんだよ。会長の迫力たるや、すごいんだから」
「会ってたの、友達でしょ?その友達からこの事聞いてきたんでしょ?」
「そ、そうだけど。話しだけでも迫力が伝わってくるものなんだよ」
「まあ要するに会長のオンナがリングパクられたイラつきが私に向かっている、と」
「本当に要点だけだけど」
「でもそれって誤解じゃん」
「そうだよ」
「それなら話しは簡単だよ」
「え?」
「まあ私に任せておきな。あんたは次の仕事の段取りでもしてればいいから」
「ハニー、ゴメンで済んだら警察いらないんだよ?」
「わかっているわよ」
「ハニー、何考えてるの?」
「いい事よ」
「ハニー、鼻の穴が膨らんでいる。何か悪巧みを思いついたんでしょ」
「いいから、いいから」
「不安だなぁ」
「会長着きました」
「うむ」
「今夜の会食には県議が同席されますので」
「ふん。あのタヌキか。今度は何をねだるつもりだ」
「邪魔するよ」
「な、何だ君は。勝手にひとの車に乗り込んできて」
「ふ~ん。会長さんともなるといい車に乗っているんだね」
「君。痛い思いをする前に車から降りたまえ」
「まあ待て、橋本」
「半人前の坊やが何をえらそうに」
「何だと?」
「うるせえ黙れ三下。お前の出る幕じゃねえんだ。ひっこんでろ」
「なっ」
「これは元気のいいお嬢さんだ。それで俺に何の用だ?」
「あなたのご友人の事についてちょっと、ね」
「俺の友人。誰の事かな?」
「あなたのご友人の探しているものよ」
「橋本。この辺を少し車で流せ」
「ですが会長」
「奴らは待たせるくらいでちょうどいい。いいから出せ」
「わかりました」
「へえ。やっぱり迫力あるね」
「何の話しだ?」
「独り言よ」
「で?お嬢さん。俺の友人がどうしたって?」
「ハニーよ」
「ハニー?」
「私の名前よ。お嬢さんなんて呼ばれて喜ぶ女はいないわ」
「これは失礼。ハニー、俺の質問に答えてくれないか?探しているものって何だ?」
「指輪よ」
「ほう」
「私、困っている人を放っておけないの」
「それで、ハニー。指輪の何を知っているんだい?」
「あー。まどろっこしい。ざっくばらんにいかない?会長」
「残念だな。俺としては君みたいな美しい女性との会話を楽しみたいところなんだが」
「男はみんな私にそう言うの」
「フッ。まあいい。俺はこう見えて結構忙しい。こそ泥相手に時間を割く余裕はない」
「言ってくれるわね。こそ泥か」
「ハニー。君が盗んだんだろ?君の友人から忠告を受けて俺に返しに来たんだろ?さあ、早く出すんだ。素直に出せばこのまま帰してやってもいい」
「なんだ、知ってたの」
「俺は目も耳も達者なんだ」
「ふん。だけどそりゃ無理ってもんね」
「ハニー。下らん意地は身の破滅を招くぞ」
「無理よ。だって元々ないんだもの」
「何だと?」
「会長。そんなものは存在していないの」
「嘘つきは泥棒の始まりとはよく言ったものだな」
「会長。私にお任せください。口を割らせてみせます」
「あんたはひっこんでろって言っただろ?黙って前見て運転しろよ」
「どういう事だ?ハニー」
「そのままよ。店はデザインリングの注文を受けていないの。だからないの」
「そんなバカな」
「やれやれ。会長、あなた何もわかっていない」
「何?」
「おおかたそのオンナ、じゃなかったご友人に指輪をねだられたんでしょ?で、忙しいから部下か何かに指輪を注文しておけって命令した。例えばそこの運転手君とか。ところが何でか知らないけどそれはしなかった。だって店にはそんな受注は受けていないんだから」
「それを真に受けるお人好しに俺が見えるか?」
「だって本当だもの。何なら店に問い合わせてみたら?」
「橋本。電話をよこせ」
「会長がなさるまでもありません。私が確認しておきます」
「と言う事は橋本。確認はしていないんだな?」
「あら。本当に君がそうだったのね」
「うるさい、こそ泥」
「やれやれ。身なりは立派なのに中身は幼稚園児並みね」
「何?」
「だってそうじゃない。自分の失敗をひとのせいにしようとしたんだから。自分の尻を自分で拭けないようじゃ幼稚園の年少さんよ」
「橋本。お前何をやっているんだ」
「会長さん。あなたも脇が甘かったのよ。て言うかそんなに大切なご友人なら一緒に店に行けば良かったじゃない。それが普通でしょ」
「俺は多忙なんだ」
「男はいつも仕事を言い訳にするのね」
「ハニー。立場をわきまえた方がいいぞ」
「ドスをきかせるのはそこの坊やにするのね」
「何?」
「会長さん。ちゃんと注文しなかったそこの坊やが悪い。でもそこを確認しなかったあなたも悪いわ。それに言い訳に利用された私もね。たぶんそこの坊やが情報流したんでしょ。それに乗っかった私にも落ち度がある。と言う事で私達がそのご友人に頭を下げましょう。これでこの件はおしまいになる」
「何で俺が頭を下げる必要がある」
「デタラメ言うな。会長。コイツは指輪欲しさにこんな事を」
「じゃあ今すぐ電話しろよ、坊や」
「盗人が何をえらそうに」
「あのねえ。ひとつ教えてやるよ。モノにも金にも名前と居場所があるのよ。持ち主が決まっているの。私はそれがないかわいそうなコ達に名前をつけて居場所を与えてやっているの」
「屁理屈言いやがって」
「ハン。私を誰だと思ってんだ。私だよ?他人さんの米びつに手を突っ込むようなゲスじゃねえんだ」
「意気がりやがって」
「橋本、もういい」
「会長」
「金に名前がある、か。ハハッ。難しい生き方を選んだものだな、ハニー」
「そうでもないよ。難しい事は私、任せているし」
「ハニー、それは男性だろ?」
「そうよ」
「少しとぼけたところのある若者で」
「そうよ。少しじゃないけどね。知り合い?」
「まあ、そんなところだ」
「ふーん」
「ハニー。どうしてその男と組んでいるんだ?」
「何でそんな事聞くの?」
「知りたいからだ」
「好きだからよ。好きだから一緒にいたい。私に必要で大事な人だから。いけない?」
「フッ。なるほど」
「何がおかしいのよ」
「ハニー。君は指輪なんてどうでもいいんだ。その男が困っていたから君は危険を犯してここに来た。君が頭を下げようとするのも男のためだ。そうなんだろ?」
「家を守るのも女の努めだからね」
「ハハッ。なるほど。これは良縁かもしれないな」
「良縁?」
「独り言だ」
「大きい独り言ね」
「ところでハニー。どうして私が料亭に来るとわかったんだ?」
「私も目と耳が達者なの。ついでに男のウソの見抜き方もね」
「よくわかった、ハニー。友人に指輪は諦めてもらおう」
「会長、こんなこそ泥の言う事を信用しなくても」
「橋本。お前の言い訳は後で聞く」
「お~こわ」
「ハニー。俺の考えを言う。友人には別の指輪を与えるが、今回は君に盗まれた事にする」
「は?三人で謝るんじゃないの?」
「世の中はそんな単純じゃない」
「誰かさんもそんな事言ったわね」
「ハニー。君の言う事は正論だ。だが正論で世の中がうまくいくとは限らない。俺や橋本が友人に頭を下げる事は力関係の逆転が起きて各方面に混乱が生じる。これは大袈裟じゃなくきっと君と君の相棒にも影響が出る。だから今回の事は君の仕業で友人と話しをつける」
「何でやってもないのに私のせいにするのよ。ふざけないで」
「高度な政治的決着だ」
「私、政治の話しをしに来たんじゃないの」
「俺にはそうなんだよ、ハニー。簡単に言えば君の仕業にする。君達じゃない。これが妥当な線だ」
「上から目線で気分悪い」
「ハニー。俺達は石器時代に生きているわけじゃない。現代文明社会だ。競走社会なんだ。ここは何かを犠牲にしないと成り立たない世界なんだ」
「だから私が犠牲になれって事?冗談じゃない」
「そうだ。君の相棒の為に君が犠牲になれ」
「ズルい言い方」
「君が盗んだ事にするがそれで君に何かトラブルが起きるわけじゃない。約束する。不運な出来事だったと諦めて欲しい。だからそう言う事でこの話しはおさめよう。真実は歓迎されないものなんだ」
「ホント、ふざけているわね」
「お帰り、ハニー。どこ行ってたの?うわっ。スゴい疲れた顔してる」
「ハア。そう?」
「うん。ほうれい線が浮き出てる」
「ゲッ。泥棒界の松田聖子の私が?」
「良かった。調子が戻ったね」
「うるさいよ。でも何か疲れちゃった」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
「そうだ、リングの件はどうなったの?」
「ああ、もうあれはいいの」
「え?」
「話しはつけたから」
「スゴい。さすがハニー」
「うん」
「ハニー。本当にどうしたの?生理?」
「ちょっと」
「冗談。冗談だよ」
「ねえ。あんた、やってもない事やったって言う?」
「何それ」
「いいから。どうなの?」
「言うわけないじゃん。やってないんだもん」
「それで私が助かっても?」
「何でそうなるの?」
「例えばよ。あんたが嘘をついたら私が助かる。本当の事言ったら私が困る。それでもあんた本当の事言う?」
「言うよ」
「何でさ」
「嘘をついて助かってもハニー、それ本当に助かったって言わないんじゃない?」
「真実は歓迎されないのよ」
「そんな事ないよ」
「喜ばれるとは限らないじゃない」
「でもその人のためになるじゃん」
「それ、石器時代の考えだよ」
「石器時代も今も嘘をついちゃいけないんじゃない?」
「泥棒なのに?」
「何言ってんの。俺達、人を騙した事なんて一度もないじゃん」
「プッ。アハハ。やっぱそうだよね。そうだ、そうだ。私は歓迎されない泥棒だもんね」
「ハニー、何言ってんの?」
「ねえ、ちょっと付き合ってよ」
「どこ行くの?」
「歓迎されない事よ。石器時代に戻してやるの」
おわり
つづく
かも?
虚偽
読んでくださりありがとうございました。
今回もハニーのお話です。
だいぶレベルが低いですが今回のハニーのような出来事が自分に起きたのでこんな物語を思いつきました。
物語くらい勧善懲悪がいいですよね。
ではまた作品とともに会いましょう。
ご意見ご感想お待ちしております。