『 うっかりと神の領域 』
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タンスと王将が僕らの周囲を跳ね回り、胸ポケットでクマさんがはしゃいでいた。
肩の上で踊るレーテリアを見て、僕とパパは思わず笑ってしまった。
大変な毎日だけど、僕はこんな毎日が大好きなんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
作業中のパパはとってもカッコイイ。
真剣に木材を見つめ、彫刻刀をまるで自分の手のように巧みに扱う。
「……」
一彫り一彫りに魂を込めていく。
全力で素材と向き合う事で、自然と素晴らしい作品が出来るんだって、パパはいつも言っていて。
「……」
集中して作業すること一時間弱。
それはそれは見事な、木彫りレーテリアが出来上がった。
狩りをしている時の躍動感溢れるポーズ。
獲物を見据える険しい表情。
やっぱりパパは、世界一の職人さんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ」
躍動感溢れる小さな木彫り像が、小刻みに震え始めた。
「ああ」
結局、やっぱり、いつものパターン。
まばたきをして伸びをして、レーテリアは大きな欠伸を一つ。
「あああ」
忘れもしない八年前の誕生日。
僕に贈るプレゼント用に、パパは全力でクマさんを彫ってくれたんだ。
全力過ぎて、気持ちを込め過ぎて、木彫りのクマさんに命が宿ってしまって。
「これじゃ、また売り物にならないな」
あの日からパパの作品は、生物はもちろん、タンスやナベぶたまで魂を持つようになってしまった。
将棋の駒ですら自由に動き回る始末。
「せめて愛想を振りまいたり、他人に懐いてくれれば良いんだけどね」
肩によじ登ってくるレーテリアに苦笑い。
彼らは僕らにしか懐かないし、面白がって買ってくれた人に襲いかかった事もあった。
「……すまん」
一彫り一彫りに魂を込め過ぎた結果、世界一の木彫り職人だった僕のパパは、貧乏な想像主になってしまったんだ。
『 うっかりと神の領域 』