48回3分の1を投げ防御率0.00――その男の名は最終奇跡(ふぁいなる・きせき)

0.プロローグ

 最終奇跡(ふぁいなる・きせき)、22歳。
 プロ野球球団、ファイヤー・エレクトリックスに所属する中継ぎ投手で、プロ4年目。
 彼は今シーズン、48回と3分の1を投げ防御率0.00という前人未到の成績を収めた。
 しかし、彼はどうしてそこまで失点を防ぐことが出来たのか?
 それは、彼のひどく現実離れした魔球が原因だった。
 ルーキーシーズン、彼は2軍で清々しいまでにボコボコに打たれ、防御率99.99で1年目を終えた。
 田舎でちょっとは知られた存在だったが、非情な現実を突きつけられ、絶望のどん底まで打ちのめされた彼は思った。
 これは、自分の平凡なストレート・カーブでは勝負にならない。
 何か、魔球を思いつかなければ。決して打たれる事のない、魔球を……!!。
 彼は危険を承知で、1年目の年俸を全て握りしめ、国内・海外・宇宙に武者修行に出た――。

1.魔球・網膜幻覚

 『俺は本当に見たんだ。ツーストライク・ワンボールからの四球目、ジャングルの動物達が、群れをなして俺に向かってくるのを――(あるバッターの証言)』

 この魔球は、腕を絶妙なタイミングで振り下ろすことで、相手バッターの網膜を通じて脳に幻覚作用を働かせ、ジャングルの動物達がまるで本当にバッターに向かってくるかのように思わせることが出来るというものだ(ちなみに、放たれるストレートの速度は130キロ程度)。
 これによりバッターは体勢を崩し、やすやすと三振を喫してしまうのである。
 さらに、「ア、アイツは今ライオンを」と審判に抗議してみても、幻覚を見ていない審判は怪訝な顔をするだけで、バッターは、ほぞを噛む事になってしまうのだ。

2.魔球・X(エックス)トン

 『恐らく球団始まって以来の出来事ではないでしょうか。キャッチしたボールの衝撃で、キャッチャーと審判がドームを突き抜けて、外の公園まで行ってしまったというのは――(球団職員の言葉)』

 その名の通り、X(エックス)トンの衝撃を持つストレート(何トンになるかはその日により異なる)を投げるのである。バッターのバットは、ボールに当たれば必ず折れ、決してボールがフェアゾーンに行く事はない。キャッチャーと審判は衝撃で後方に吹っ飛ぶ(しかしなぜか大概、軽い打撲程度で済んでしまう)。
 この魔球は、使用するとキャッチャー・審判に謝罪する必要が生じる為、ここぞという時にしか使えない。
 今の所、優勝がかかった試合、またはAクラス決定試合等、数試合の使用に留まる。

3.魔球・芝変化

 『そりゃあびっくりしたさ。球場の弁当に舌鼓を打ちながらグラウンドをふと見たら、芝が全面ラベンダー色に染まってたんだからな――(三塁側指定席のファンの言葉)』

 ワンアウト1塁の時に、最終奇跡がスライダーを投げると、緑色の芝生がラベンダー色に染まる。
 そして、ボールがキャッチャーミットに収まると、再び芝生はグリーン色に戻る。
 この不可解な現象は当然話題を呼び、テレビカメラ、またはスマートフォンでくり返し撮影された。
 しかし、映像上、或いは画像上で確認してみると、芝生は緑色のまま変化していないのである。
 球場で肉眼で見た時だけ、ワンアウト1塁の時(なぜ?)、やはり芝生はラベンダー色に変化した。
 やがて、最終奇跡は一部のファンの間で「現実世界にバグを起こす男」と噂されるに至った。

 ちなみにこの魔球は、芝生の色が変わるだけで、打ちにくくなるというような事は一切ない。

4.魔球・並行世界

 『ボールが消えちまったように見えたけど……あれは、投げるフリをしただけなんだ。そうだよな? ……そう、だよ、な?(ボークにより2塁に進むも、何か釈然としないランナーの言葉)』

 最終奇跡は、自らを血に染めあげた秋季キャンプで、ついにボールを並行世界に到達させる事に成功した。
 具体的に言うと、まず現実世界に深刻な影響を及ぼす特殊なスピンをかけたボールを投げる。するとボールがバッターのバットに当たる直前、並行世界――銀河系地球とは時間軸が異なる、別世界――に、一瞬送り込まれるのである。もちろんボールは一時的に消滅しているので、バッターは空振りする。その直後、並行世界に送り込まれたボールは銀河系地球に還ってきてキャッチャーミットに収まる為、上手く決まれば100%空振りを取れるボールだ。
 ただ、この魔球は、時々、何らかの原因でボールが並行世界に行ったまま『還ってこない』ことがある。すると、最終軌跡はボールを投げなかったということで、ボークを取られてしまうのである。その為、ランナーが3塁に居ると使えない制約のあるボールである。

5.そして最終奇跡(ふぁいなる・きせき)は球団事務所に呼ばれた

 『俺は、クビになるかもしれないとも思った……。だってそうだろ? 自分で言うのもなんだけど、あんな無茶苦茶な魔球を投げて果たして人類に許されると思う?(重い足取りで球団事務所に向かう最終奇跡の言葉)』

 最終奇跡が球団事務所で監督に言われた事。
「あー。今度からお前が投げる時、テレビ中継にテロップ入れるらしーわ。『※目の前で予測できない事が起こるかもしれませんが、ご理解下さい。また、くれぐれも真似はしないで下さい』って」
 監督は苦笑した。
「えっ、それだけですか?」
「ああ。以上! あ、あとこれ来季の契約書な」
 俺は、どうやら来年も野球が出来るようだ。
 最終奇跡は、喜びを胸に、新たな魔球開発を求め、秘境を巡る準備を始めた。

48回3分の1を投げ防御率0.00――その男の名は最終奇跡(ふぁいなる・きせき)

48回3分の1を投げ防御率0.00――その男の名は最終奇跡(ふぁいなる・きせき)

最終奇跡(ふぁいなる・きせき)、22歳。プロ野球球団、ファイヤー・エレクトリックスに所属する中継ぎ投手である。プロ4年目。田舎でちょっとは知られた存在だったが、ルーキーシーズンに防御率99.99という非情な現実を突きつけられ、絶望のどん底まで打ちのめされた彼は思った。これは、自分の平凡なストレート・カーブでは勝負にならない。何か、魔球を思いつかなければ。決して打たれる事のない、魔球を……!! 彼は危険を承知で、1年目の年俸を全て握りしめ、国内・海外・宇宙に武者修行に出た――。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-09

Copyrighted
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  1. 0.プロローグ
  2. 1.魔球・網膜幻覚
  3. 2.魔球・X(エックス)トン
  4. 3.魔球・芝変化
  5. 4.魔球・並行世界
  6. 5.そして最終奇跡(ふぁいなる・きせき)は球団事務所に呼ばれた