無敵最強絶対不敗伝説

初めて投稿することになる。私の小説はこれが始まりである。
小話ほどであれば趣味で書いていたが、これだけの規模は初めてである。
厳しい感想もあればうれしい感想もあると思う。
この世界は強いだけが唯一のルール。できるだけ退屈ではないように、
エッセンスも加えたつもりである。
それでは、本作をお楽しみください。

 とある世界のとある時代。戦乱の世の中で1人の天才剣士が産声を上げた。名前はリナ。戦争で殺伐とした時代の中である夫婦が手にした、穏やかな希望の光であった。
リナの父は幸い兵役から戻っており、家庭は円満としていた。リナが3歳のときである。
世の中は戦国時代で、リナが生まれたのは、オーシャンという国である。東にはマウント国、中央にはスカイヤ帝国、南にはチボーンとヤヘイの共和国がある。
 スカイヤは4国に囲まれているが、常に他の四国のうちのどこかと同盟を結ぶことで袋叩きを防いでいる。オーシャンは比較的スカイヤ以外の国を相手に仲良くしているため、各国の自慢の技術もいくらか流れてくる。
オーシャンは食べ物がうまいことで有名である。さて、そのオーシャンは現在そのスカイヤと交戦状態にある。
突然、リナの住まう国、オーシャンに攻め入られたという情報とともに、父は兵役に向かっていった。
 町がきな臭い空気に包まれ、避難命令こそ出ないものの、母親の手を握って泣くのをこらえるのが精一杯である。家の扉が乱暴に開けられ、いよいよかと思えば、オーシャンの兵士である。
「スカイヤの猛攻がこの町にも及んでいます。避難所にお逃げください。」
リナの母はリナを抱きかかえて駆け足で避難所に向かう。避難所には、多くの住民が避難しており、
食料の確保や、安全の確保のためにオーシャン軍の兵士がいる。父はその中にはいなかった。
ひっそりと避難所でうずくまる母子のところに敵国、スカイヤの兵士が乗り込んだ。
殺気立つ兵士の残酷な雄たけびを聞いた母は兵士に立ち向かった。
子供にだけは手を出させない、悲壮な覚悟であった。
「なぁ、今のって冷静に考えたら素人だよな?」
1人の兵士が言う。
「確かにそうだが、万が一がある。我々とて命のやりとりをしている。」
もう1人の兵士が返す。目の前で親を殺されたリナはなす術が無い。3歳児である。
「せめてこの赤ん坊だけは生かしておいてやろう。とはいえ、このままでは・・・」
先の兵士が抱えあげた。リナは幼いながらも、どうしようもない事実を目前に覚悟を決めていた。

 リナは8歳になった。あの兵士のもとで育てられたのだ。兵士の名前はイゾ・オカダ。
オカダは娘のようなリナに憎まれる覚悟で真実を話した。


「おまえの、本当の両親を死なせてしまったのは、この俺だ。軍で調べたら、おまえの父親も戦死していることがわかった。」
リナには状況が読めていないような雰囲気だった。オカダは言葉を続ける。
「せめて子供のおまえくらいは、助けようと、俺が今日まで育ててきた。おまえが嫌じゃなければこれからも。」
リナは無垢な笑顔を作った。
「ボクのパパは今はパパだけ。いっぱいご飯くれる。勉強も教えてくれる。」
実際オカダはリナを非常にかわいがっていた。同じく、病気で早死にした妻と子宝に恵まれていたならば、きっとこんな子が生まれたのかと毎日を感じていたのだ。
「パパ、僕に剣を教えてよ。ずっと前にね、変な夢を見たんだ。怖くて何もできなくなる夢。おかあさん、目の前で殺されちゃうのに、ボクが何もできないっていう夢・・・。強くなりたいんだ。」
オカダはそんな恐怖を与えたのが自分であることを知り、この子の中でハッキリ自分であるということを忘れてくれたのだとうれしくなった反面、罪悪感もあった。せめて自分が満足する強さが自分で持つことができるなら、それもまたこの子のためなのかもしれない。
「では、説明の前にチャンバラしてみようか。この棒を使って、相手をぶったたけば、キミの勝ちだ。逆にぶったたかれたら、負けだから、時にはこの棒をぶつけてぶったたかれないようにしなくちゃいけないよ。さぁ、きなさい。」
オカダもまたスカイヤのエリート剣士である。幼いリナの剣術指導など他愛も無いことだとこのときは感じていた。
よたよたと歩いてきて、竹刀を振り下ろす。オカダはサッとかわして、ポンとリナの肩に竹刀をのせた。
「これでおまえの負けになってしまう。こうならないように気をつけるんだよ。」
リナはハイと元気よく返事をして、またオカダに切りかかる。

今度はオカダのカウンターを読みきって突きを放った。オカダがさっと後ろに引くが、隙は無い。
今度はちょいとオカダの剣先をつついてみた。オカダが力が抜けている隙を見出し、スッと竹刀を上に構えようとするところで、リナは助走をつけずに、足だけ踏み出して突いた。
一切のためがない突きなので、オカダの腹部を触るだけにとどまるが、確かにオカダの竹刀より早くにオカダを捕まえた。オカダはひっかけられたのだ。
オカダはこのとき、リナの可能性を見て、期待を膨らませた。きっと強くなれる。


 リナが剣術を初めて2年。もう10歳になる。ただの子供からなんとなく、女性らしさがにじんでくるころである。実際家事の手際もよく、時折離れ業のようなものも見せるようになった。釣りの道具も持たずに魚を捕まえてきたり、普通ならば時間を要する薪割りを信じられないスピードで実現してみせるなど。そんな能力の裏づけを求めて、オカダは真剣をリナに持たせることにした。
「これは剣。本物の剣だ。いつもと同じようにするけど、これでぶったたいたら、相手は最悪死ぬだろう。剣とは、人を殺すための道具だ。剣術の訓練は、この剣の使い方を学ぶもの。今日はこれを使って練習する。俺はいつもどおり、竹刀をつかうよ。さぁきなさい。」
リナは魚採りをする際に使う得意技、衝撃波を剣先から繰り出した。オカダの竹刀を真っ二つに切り裂いてしまった。オカダは気配だけで竹刀を手放して逃げたため、怪我はなかった。
「竹刀だと、よれよれしちゃうけど、包丁とかだとうまくいくんだ。剣っていうのでもできるんだね。パパ、怪我は無い?」
オカダは、剣士の中でも一握りの人間にしかできぬ技を目の前の10歳の娘に見せ付けられ、ある種の恐怖を感じた。わずか10歳で使いこなせる技ではないためである。

この技を使う以上、スカイヤ軍の中でもトップクラスの剣士と渡り合う。スカイヤだけではなく、世界中の剣豪の中でもかなり強い部類に入る。
オカダは自らの師匠にあたる、ゲンライにリナを預けることにした。剣聖と呼ばれるゲンライであれば、今のリナを十分に指導できると考えたのだ。
「この子が衝撃波を使うというのか?どれ、私にも見せてくれ。」


オカダは剣をリナに手渡し、先日リナが見せた技を披露するように言った。リナは何となく魚採りの時に使う技を披露した。手の先に暖かい力が流れ込む。剣に託してそれを投げつければ・・・。
剣を振った先の大木が裂けた。ゲンライはそれを見て、恐怖するとともに、将来の有望さを見た。
「オカダ、この子は大きくなる。我々以上にな。」
滅多に人を褒めないゲンライの言葉にオカダも納得と賞賛と驚きを隠せずにいた。
ゲンライは1人の秘蔵っ子、グレンを呼び出した。
「なんですか?師匠。」
澄んだ声の好青年。グレンは16歳の青年である。日々ゲンライのもとで修行をしている。
「今日からおまえの妹分になる、リナだ。仲良くしなさい。」

グレンが視線を落とした先にあどけない顔の少女がちょこんといる。
(・・・この子が後輩?ゲンライ先生に習っているボクについてくるというのか・・・)
「リナ、さっそくこの兄弟子のグレンと手合わせしてみなさい。これを使うんだ」
手渡されたのは、軽いが形が真剣によく似た木刀である。これなら、先ほどの衝撃も繰り出せる。
リナとグレンは距離を取り剣を向け合った。
よたよたの構え方だが目だけはしっかりグレンの目を見据えている。剣先を小刻みに動かしてもごまかせる相手ではない。それを見切ったグレンはリナを初心者として見てはいけないことを悟った。
 リナはつんのめるように片足を踏み込んだ。グレンがとっさに防御の姿勢に移る。だが、リナはその場で剣を振り下ろした。
地面をものすごい速さで衝撃波が襲ってくる。グレンはとっさに身をひるがえし、軌道からずれた。よけた先にはリナがいた。剣を使いこなせていないがゆえに、グレンはとっさの受けが間に合った。
ガキィとぶつかると、とても重い。グレンは押し返せずに弾くことにした。
剣道を知らないリナは、この戦いにおいて、蹴りを放った。膝を曲げて足の裏で押し付けるように蹴るが、一瞬の溜めから一気に放出するような蹴りである。
グレンの体には届かない蹴りだったが、グレンは弾き飛ばされた。
足から、切ることはできないながらも衝撃波を繰り出したのである。もはや手加減のできぬグレンは、目を閉じ、一瞬だけ、気合を込めた。その瞳は黄色く輝いており、見るものを圧倒する。
「ほう、黄色眼(きいろがん)を使うか。グレンに黄色眼を使わせるとはな。」


ゲンライも驚いたが、それ以上に驚いたのはオカダである。黄色眼とは、千人に1人が持つという特殊能力である。数段上の相手をも圧倒して勝利を呼び寄せる力である。これが出たということは、グレンがシラフでは、リナに敵わないと悟った証拠である。
「衝撃波の使い方を教えてやる。」
グレンはそう言い放つと、剣と足を使って目に見えるほどに鋭い衝撃波を打ち出した。
リナはそれらを懸命にかわし、同じ技で打ち消すという離れ業まで見せた。しかし一夕の長は埋められない。
リナは受け止めた剣の衝撃に吹き飛ばされ、体勢を立て直す前にグレンにつめよられた。
「気絶させるはずが、一本ですんでしまうとはな・・・」
グレンが半ば驚いて言う。ゲンライもオカダも驚きを隠せない。千人に1人の天才を相手にど素人のリナがそれなりに渡り合ったのだ。黄色眼とはそれほどの威力を秘めている。
オカダは幼いリナを住まわせることはできないので、ゲンライの道場に通わせることにした。

リナが15歳になった。5年間ですでにグレンを越えるほどになっており、黄色眼を使うグレンと打ち合いをするほどに成長していた。ゲンライがリナに宿らせた技には無限突きという技もある。
目に見えぬほどの速さで猛烈な突きを叩き込む技だ。二刀流で両方の手でこなせる人間は滅多にいない。
覚えた方も覚えた方だが、リナはさらにグレンの繰り出す無限突きを見切り、剣で弾いてしまう。リナの能力はゲンライも想像し得ないものであった。
「先生、ボクのお稽古を手伝ってくれませんか?グレン兄ちゃんと先生の二人分の攻撃をさばくやつ。」

ゲンライ自身もこの訓練に何度もつき合わされている。グレンともども、さばくどころか勢いあまってのカウンターがかわしきれず、木刀での訓練なのに二人して刺し傷がたくさんできているのである。
「リナの稽古で黄色眼禁止は甘すぎます。師匠、今回は黄色眼をお許しください。」
絆創膏だらけのグレンがなかばやけくそで言う。
「そうだな。リナの成長ぶりならばそれで十分かもしれないな。」
ゲンライとグレンが構えてリナを囲む。リナは両手に木刀を握って、構えた。
ゲンライとグレンの二人がかりの無限突きがリナを襲う。リナは両手を鞭のごとく振り回して全てを受け流していく。3秒間続いた。ゲンライもグレンも息が上がっている。
リナには余裕があった。黄色眼と、スカイヤ最高峰の師範。二人の攻撃をさばいても息一つ乱れないのだ。
ゲンライもグレンもこの強さにはもう頭が上がらなくなっており、リナの成長に必要なことといえば学問ぐらいなものだ。グレンは照れを隠しながらゲンライに話す。
「こんなに強くても毎晩人の布団にもぐりこんでくる子供です。これからは学問を鍛えてあげるべきでしょう。」
グレンはなんだかんだでおにいちゃんと呼ばれることにも、ベッドに入り込んでくることにも強力な照れくささを感じていた。
「今日も伝説の赤目になっておるぞ。リナにはまだ早い教育をしてはおらぬだろうな?」
グレンはこれには何も言い返せない。リナの忍び込みは無垢でかわいらしいものの、年齢的にも異性を意識する年頃である。グレンは実を言えば教育するまでもなく、逆に教育を施されていた。
「先生。ボクたちは将来結婚するんだから、早くもなんともないよ。」

リナが堂々と言い放つ。コロコロとした声であどけない顔で言ってるにもかかわらず、すでにオトナの顔つきだ。
ゲンライは複雑な表情でせめてもの抵抗という具合に声を絞り出す。
「まったく、色恋沙汰をしながら極められるほど剣は甘くないのだ。若いからといって・・・」
ゲンライは剣術の師匠としては、色恋沙汰を止めるべきだが、二人を幼少から育ててきた身としては、睦まじい二人の結婚式すらも視野に入れており、二人の間に子供ができれば自分が祖父になったつもりでやはり剣術を教えるつもりでいるほどであった。
「今日は昼までの訓練じゃ。町の腕試しは荒らすでないぞ」
このセリフも二人にとっては、気をつけてデートしてこいという意味である。町では、旅の腕自慢が、自分を倒せば大金を献上すると、無類の強さで荒くれと腕試しをしている。
リナとグレンは二手に分かれて町を一周する。一緒にいると同じ商売人を2度倒せないためである。こうして稼いだ金は、ゲンライともども生活費とデート代に消えていく。
 いつもの落ち合う公園で、本日の稼ぎを数えていると、町の一角から火の手があがった。
リナの故郷、オーシャンがスカイヤに攻め入ったのだ。国境のスカイヤ駐在軍が敗走し、本国に攻め入ってきたのだ。グレンは真剣を引き抜いてリナをかばうように、身構える。
「リナ、これは戦争だ。稽古ではない。はやくゲンライ師匠のところに行くんだ。俺は大丈夫。早く!」
そういう間にも大量の兵士が向かってくる。銃撃部隊もきており、剣士二人とは実に厳しい状況であった。銃撃が襲ってくるが、黄色眼のグレンは的確に危ない玉を弾く。だが、かすり傷のような小当たりはまぬがれない。逆にリナは、グレンの防ぎきれないところまで防ぐという離れ業を見せている。
グレンは薄れ行く意識の中、一瞬、リナが世界を震撼させるであろう未来を見た。
倒れて動かないグレン。リナはそれが目に焼きついた。怒り、焦り、そんな思いがリナを支配する。
体が勝手に銃撃を交わす。気配だけで弾き返していた銃撃がなぜか目に見える。
世界の動きがスローに見える中、自分はそのまま動ける。目が合った敵兵は銃を手放してしまう。
そんなことは構わず、火の海となった公園一体のオーシャン軍を斬って回った。
オーシャン軍の少尉が見たのは、信じられない速さで味方を切り殺していく物体の影である。
影が自分に迫ってくる。全身に殺気がなめるようにまとわりつく。どこから攻撃がくるか判断できないうちに、世界が真っ二つに割れていく・・。

リナの目は涙に濡れながら黄色く輝いていた。黄色眼、それは千人に一人の割合で存在する天性の才能。開眼の切欠は、大切な人を失うこと。涙で黒い瞳が洗い流されて色が剥げてしまったかのように悲痛な色だった・・。
結局、リナが暮らしていた街はオーシャンの手に落ちた。途中、ライと名乗る少年が逃げる手助けをしてくれた。ゲンライを連れて隣の町に来たリナはグレンの遺体を埋葬した。ゲンライも涙をにじませ、震える声を吐き出す。
「このバカ弟子め!師匠より・・・親より先に逝く親不幸があるか!バカモノ・・・」

ゲンライの悲痛な罵声はリナももらい泣きする。真っ赤に腫らせた目ではなく、黄色く光る目でゲンライに諭す。
「おにいちゃんは立派に戦ったんだよ。バカ弟子なんかじゃないよ。」

ゲンライはリナの目を見てさらに驚いた。千人に一人の黄色眼をグレンだけではなく、リナまで習得していることである。ゲンライはこれにも運命を感じ、口走った。
「リナよ。おまえには全ての動きがゆっくりに見えるであろう。グレンの力がおまえにも宿っているのだ。グレンが命と引き換えにおまえに授けた力だ。」
リナを撫でながら、ゲンライは話す。リナはまだわかっていないようだ。
「リナよ。鏡を見るがいい。」
そういわれてリナは初めて気がついた。愛しい兄弟子と同じ目で自分が自分を見ている。
銃撃が、弱った蚊のように見えたのはこの目の力なのだ。

黄色眼に目覚めたリナは今しばらく修行を重ねる。あれから3年。身をよじって繰り出す回転竜巻を習得していた。

剣を一回転して竜巻を起こすという離れ業は、まさに千人に一人の力である。ゲンライは理論だけしか教えなかった。
もとい、年齢的に手本を示せないのだ。それでも身についたリナは、旅に出ることにした。
「これから、おまえは一人で旅をする。おまえのことだから心配はしていないが、怪我だけはしてくれるな。」
師匠の言葉は18歳のリナにはとても重く響く。
「先生、ボクをここまで育ててくれてありがとう。パパにも挨拶があるので、ボクはもう行きます。」
心なしかしっとりと、それでも相変わらずのコロコロした声で別れを告げた。

 オカダの家に赴くが、オカダは見つからない。おそらく例の軍事会議とやらに出ているのであろう。

 3年前のオーシャン襲撃以来、4国に囲まれているスカイヤは、いつ付け入られるかはわからないのだ。リナは仕方なく、きびすを返すと、そこにオカダがいた。
「おまえの後姿が見れるとはね。俺もまだまだいけるかな。」
何のことはない、オカダができるせいぜいの親の威厳だ。リナを驚かそうと隠れていた。リナはいたずらっぽい顔で黄色眼を作った。
「パパ、心配しすぎ。」
リナの黄色眼はオカダの心を見抜いていた。
「その目は便利だなぁ・・・。おまえの才能なら伝説が本当になるかもしれないな。」
この伝説とは黄色眼の上位である赤目である。赤目とはかつて、世界中の剣豪を制したという伝説の人物が赤い目をしていたことにちなんでいる。
「どれ、久々に手合わせしようか。」


オカダが手にしているのはかつてリナが使ったおもちゃのように小さな木刀だった。リナが初めて衝撃波を繰り出して見せた木刀である。
リナは素手で構えた。ヒュッと腕を出しただけで小さな衝撃がオカダの胸元に届く。
オカダがハッとするとすでにリナが抱きついていた。スカイヤのエリートが子ども扱いという信じられない成長ぶりだ。
「パパ、行ってきます。」
リナの声はやっぱりコロコロとしていた。ちょっと遊びに行ってくるといわんばかりの口調が返ってオカダの親心をくすぐる。
「風邪をひくんじゃないよ。」
オカダがなんとか言う。リナは旅に出た。

 スカイヤ領のとある村にさしかかり、食事を取るが財布を忘れていた。取りに戻ろうとも考えるがまた稼げばよいと、アルバイトを探した。
"メイドさん募集。日払い、即日、オーケー"
リナはこの張り紙に従った。
窮屈なメイド服だった。なにげにいやらしい視線も感じるがリナにはお構いなしである。
 料理や洗濯、掃除などを手伝った。昼休みには体がなまるので剣術の稽古をするが、メイドに剣術はいらぬと言われてしまい、リナはこの日を最後にメイドを辞めたのであった。メイドのバイトで食べるには困らぬが、服がボロボロになりつつあった。毎日宿で全裸で洗濯をしていたが、それでは不便だと今更気づいた。
服を持ち歩くにはカバンなども必要だ。それらを求めてリナは仕事を求める。

"山賊を退治せしものに金壱拾万を進呈する。スカイヤ治安局"


今度はこの張り紙に従った。荒くれたちがよくやる腕試しのように数万のやりとりだと踏んだのだ。日当8240円しかなかったメイドよりは大きい。万という文字がそれは保証してくれる。リナの初めての実戦である。
山賊のアジトにはハッキリと新島組と書いてあった。中からいかにも強奪を働いているような声も聞こえる。しかし闇雲に暴れれば証拠が示せない。リナは考えた。
一、火をつける。
二、丁寧に組長に会う。
三、脅してまわる。
しばらく悩むと構成員に声をかけられてしまった。
「嬢ちゃんよぉ、なーにやってんだ?あぶねぇぜぇ?ここはよぉ」
顔も見ないうちにリナの拳がめり込む。顔が文字通り陥没している。こうならないように加減しないと三番は無理だ。別の構成員が駆けつける。
「ガキが生意気ですたい!」
今度はうまく剣を喉元に押し当てられた。物騒な姿でコロコロとあどけない声が一言。
「組長さんに会いたい。」
野蛮な視線が珍しい少女剣士を舐めまわす。リナは見くびられまいとして黄色眼を使った。目が合う構成員が冷や汗と共に視線を落として行く。道案内の構成員もやっとの思いで機嫌をとる。
「せからしか連中はおとなしゅうさせますたい。」
リナにはよく意味がわからない。
くみちょーさんの部屋にたどり着いた。先ほどのせからしか人が案内するのを待たずに部屋をぶち抜いた。剣をつきつけて声高にキリッと言い放つ。

「金、なんとかステ万円のために来てもらうっ!」

組員が一瞬だけ唖然としてから、当然のようにたかるが、組長に剣を押し付けたまますべてあしらってしまう。
剣だけが微動だにせず、リナの体は軽やかに組員を倒していく。黄色眼を開ければだれも手が出せない。
組長はあっさりリナに囚われた。リナは組長の新島をスカイヤ治安局に連行した。

 18歳のあどけない少女が、スカイヤを荒らす新島組の組長を縛り上げてその場にいることが、職員には信じがたい話だったが、新島をにらみつける黄色い瞳が不可能を可能にすることを物語っていた。
「お譲ちゃんが黄色眼を使うなんてね。スカイヤの英雄グレンさんを思い出すよ。」
兄のようであり、将来の夫であったグレンの話は今のリナでも少し心に痛かった。かくして10万円を手に入れたリナは、服を買い揃え、武器も新調して新たな旅路についた。
 スカイヤを出て、生まれ故郷のオーシャンにたどり着いた。隣国のマウントとの緊張が激しく、いつ戦争が起きても不思議ではなかった。今ではすっかり名うての賞金稼ぎとなっていたリナは現在20歳。オーシャンの軍隊もリナを知っている。早速声をかけられた。
「私は、オーシャン軍、総長である!現在、賞金稼ぎとして名を売っているリナとお見受けする。わが軍は、貴殿を傭兵として雇いたい。貴殿の腕を鑑みれば、言い値で雇わせてもらおう!」
どうやら、給料は自分で好きに請求できるらしい。今までで一番高い金額を言うことにした。
「ナントカステ万円!」
この娘、2年たっても読み方を覚えないツワモノであった。なお、意味を理解できなかった総長さんに、字で書いたら、" じゅうまんえん" と読むということを教えてくれた。

 リナは傭兵ではあるが新島組を召集した。新島組以外にも傘下にしていたがそのほとんどが新島組系の組織だった。
スカイヤの組織だがオーシャンには新島の兄弟分の小島がいるという。リナは小島に協力を求めるため、小島の事務所に向かった。
小島商事と極太の字で書かれた看板を目にする。おそらくここであろう。
新島の紹介状を渡せばそれで済むが案の定声をかけられてしまった。
「お嬢ちゃんよぉ…アベシ」
リナもだいたいの会社の仕組みがわかる。大きな会社の末端はこんなものである。下半身は静かに確かにテンポ良く事務所の中へ進んでいく。上半身はまこと軽やかに組員を倒していく。あっという間に組長の部屋に着いた。「これは新島さんの紹介状。力を貸して。」
リナはそういいながら紹介状を手渡した。
紹介状にはリナが現れたら降伏以外に道が無いことが記されていた。
現に小島一家もほぼ壊滅している。小島は観念してしまった。
「どないせいっちゅーねん?」
小島が言う。リナは答える。
「オーシャンとマウントの戦争を止めて。」
リナの言葉に小島はそんなことのために組を破壊されたのかと嘆かざるを得なかった。結果としてオーシャン側につくしかできないと話す小島だが、リナはそれでも構わないとして事務所を後にした。オーシャン国対マウント国まで残りわずかだった。

 一方マウントでは一人のヒーローが国を盛り上げていた。ヒーローというよりヒロインと言うべきだろうか。17歳の少女であった。名前はルナ。2本の剣で3キロ離れた巨大戦車を叩き割るという離れ業を見せる天才剣士である。ルナは兵士達の前で演説を始めた。演説の前に目を閉じて気合いをこめてから目を開けると黄色く光る目が現れた。
「私たちの今までの修行は必ずや勝利をもたらします。私たちは負けません。この千人に一人の力にかけてみんなを守ります。」
黄色眼、ひとたび敵対されればにらまれただけでひるんでしまう。だが激励の眼差しであれば不思議と安心感と自信に変わる。
ルナは景気よく巨大衝撃波を後ろの絶壁に叩き込む。強力な爆弾を打ち込んだかのように、絶壁はえぐれ、坂道になった。かなり深々と切り込まれており、緩やかな坂に舗装しなおせば、回り道をしなくても上れるようになるだろう。恐るべきはその破壊力である。たくましき仲間に、マウントは意気揚々とオーシャンに向けて行進する。
この戦いは後に語り継がれる4人の中の二人が世界に名を刻む戦いとなる。

 オーシャンの国境は一足早くオーシャン軍が固めていた。勢力は5000人ほど。

この中に5人は黄色眼がいてもおかしくないようだが、実際はそうでもない。才能が千人に一人というだけで、開眼に至るまでの過程はなかなか成し遂げられない。オーシャン軍の先頭に立つリナはマウント勢はまだかと待ち構えていた。
目的は大軍を相手に自分の開発したある技がどのようになるのかを知りたいがためである。
数百人の山賊相手には、あっさりと力を発揮してあまるほどの強さだったが、大軍を相手にどう作用するかは未知数である。
リナは誰もいない地平の向こうをめがけて一閃の衝撃波を放った。遠くから衝撃波が帰ってきた。そんなに強く無いが、オーシャン軍を打撃する。直線上の兵士が倒れていく。どうやら敵にもかなりの実力者がいるようだ。そう、リナはすでに敵の気配を察知していた。マウントが遠くから攻め入ってくる。縦に長い長蛇の陣を展開している。対するこちらは、左右から囲みつける鶴翼であった。
戦闘が開始した。リナは二本の剣を持ち出し猛烈に振り回した。大量の衝撃波が大地を引き裂いていく。
リナが今までに見せたことの無い大技だ。全力で繰り出したこともない。何千発もの衝撃波がマウント軍12000に襲い掛かる。一箇所だけガードが固い。そこには一人の少女が自分と同じ黄色眼で自らそれらを防いでいる。遠くなのに目が合った。直線距離2キロでも障害物がなければ黄色眼同士で目が合うのだ。
その少女は二本の剣を平行に構えて振り下ろした。巨大な衝撃波が自分に迫ってきた。誰だ。1000人に一人の力で、自分と同じ力で、自分とは違うタイプの攻撃で・・・リナは驚くばかりだ。

ルナは自らと同じ目の少女が大量の衝撃波を繰り出し、自軍を次々と破壊していくのに驚いた。
大きな力は集めて巨大にして使うべきだと見せ付けるべく、その少女に大きい衝撃波を見舞ったが、遠くに見える少女は、流れるほどの大量の小さな衝撃波をどんどんぶつけて、自らの放った巨大な衝撃波を打ち消してしまう。まさかオーシャンにこれほどの者がいるとは思ってもいなかった。
巨大な衝撃波はマウント軍広しと言えども防げるものはいないが、確かに止められた。さらに追い討ちが来れば、マウントの生きる伝説といえども、危険だ。
だが、幸いに相手の少女も止めるのが精一杯のようだ。追撃は来る気配がない。

技の応酬をしているとすでに両軍とも戦える状態ではなくなっていた。戦場はリナ、ルナの独壇場であり、今は二人が一騎打ちを展開している。断続的な金属音は早いどころか、別の世界のような感覚さえ覚える打ち合いになっている。
オーシャン軍、生き残り200人、マウント軍生き残り150人はこの二人の戦いをただ見入るだけである。激しい打ち合いは止まらない。生き残ったのは強い兵士達だが、それでも彼女らの動きを見切れない。
「リナの力があれほどとは・・・そしてマウントも恐ろしいやつを連れてきた。この二人の行く末が国の行く末となる・・・っ!」
オーシャンを引きいる大佐が一言つぶやいてじっと戦いを見つめる。マウントのほうでもそれは同じだ。
「わが軍の生きる伝説、ルナとこれだけやりあうとは、オーシャンは何をやったのだ?」
マウントを率いる准将はなんとか、リナ達の動きはわかるが、剣筋を見切るのは困難である。なにより両者とも、兵士の数が影響しない戦いなど未知の体験であった。
リナの剣が折れる、ルナの剣もまた折れる。二人はいつの間にか徒手空拳による戦いになっていた。
放たれる拳の先端から突き出る衝撃が、マウントの兵士をなぎ倒していく。
鋭い蹴りの軌道にそってかみそりのような衝撃が、オーシャンの兵士を切り裂いていく。剣では手数重視のリナは格闘では重い一撃を放つタイプになる。
逆にルナは徒手空拳において、手数になる。お互い、剣が通じない相手を倒すためにあえて選んだスタイルだった。

気がつけば、両軍とも総大将を残し全員倒れていた。戦争はたった二人の手によって引き分けられてしまったのだ。距離をとってルナが口を開いた。
「もう、私たちが戦う理由は無いんじゃなくて?」
リナにもそれはわかるがしかし、
「君は勝負には興味ない?」
リナは戦いを楽しんでいる様子だった。ルナは続ける。
「あなたとの勝負は楽しいわ。でも、ここはリングでも道場でもない。戦場よ。これ以上お互いに疲れるだけの戦いはするべきじゃないわ。」 
ルナは冷静に戦争の結果を見つめる。
「両軍全滅なんて、変な話だけど、私が一人で片付けるはずの戦いをあなたが邪魔して、あなたもあなたで一人で片付けてしまったわ。お互いにもう戦う理由はないの。」
ルナがきびすを返した。最後に
「あなたとはヤヘイ闘技場あたりで決着をつけたいわ。」 
ヤヘイ闘技場それは世界最高峰の格闘協会であり、ヤヘイの格闘兵団が世界最強と言われるのはこの闘技場の存在が大きい。
「ボクはいつか、君とちゃんと戦う。今度は剣なんか折れないよ。ボクが君を倒しちゃうからね。」
リナは黄色眼を閉じてそう声をかけた。ルナは顔だけ振り向いて静かに笑顔を作った。
戦争が終わり、各軍の大将役はそれぞれの国で報告をした。
「両軍全滅?どういうことかね?説明したまえ、大佐。」
皇帝の前でしぶしぶ報告する大佐はオーシャン国軍の責任者として責任を追及されていた。
「我が方は傭兵として、スカイヤの治安局から懸賞金を稼ぐ少女、リナを起用して戦ったところ、リナは予想をはるかに超える働きで、マウントを叩き伏せていきました。しかし、マウントにいた少女に我が方は全滅させられたのです。戦争は結果的にたった二人の少女に荒らされたようなものです。」
大佐も納得しきれない・・・信じきれない気持ちで報告した。
「黄色眼を使うような人間ならば、1万人前後などたやすく蹴散らせますが、両者痛みわけでは、君を無罪放免というわけにはいかない。我が方も5000人の同胞を君に預けたのだから。陛下、とはいえ黄色眼がぶつかればこのような結果も十分にあること。寛大な処置をお願いいたします。」 
皇帝に頼んだのは慈悲深い大将である。この世界ではどこの国でも大将という役職が最高位となっている。軍の総大将と大将は役職が微妙に違っている。さて、これに対し皇帝は
「くるしゅうない。そなたも災難であったのぉ。傷を癒すがよい。」
裏返った声で、威厳のかけらもなく、言い放った。それでも皇帝の言葉は絶対なので、今回大佐は無罪放免という結果に落ち着いた。

マウントでは、准将の報告の後、対策会議が開かれた。マウントではルナの苦戦は国の苦戦である。責任以前にルナと肩を並べる敵がいることに対する対策が講じられており、准将もまた責任は追及されなかった。なにより、両軍とも、リナ、ルナに命を奪われたものは一人もいなかったのである。

衝撃波で気を失ったものがほとんどであり、せいぜい、変な倒れ方をした者が打撲をした程度である。
さて、リナは言い値どおりに10万円を受け取って旅を再開した。目指すはチボーン共和国である。
マウント国にはルナがいるが、ヤヘイ闘技場で会う約束をしたので、チボーン側から、ヤヘイに向かう予定だった。
しかし、オーシャンの首都を出ると、何故かルナがいた。ルナは言う
「あなたの強さを目の前で見たいから軍隊辞めてきちゃったわ。あなたと一緒に旅をさせてもらうことにしたの。」
軍隊を一人でつぶすような少女が二人手を組んだ。これでは世界のバランスが崩れるほどの大戦力ともいえるが、あいにく、二人に世界を滅ぼそうというつもりはなく、決闘の決着もしばらく先延ばしということで、旅に出ることにした。
オーシャンの南側のとある街でも山賊の噂が絶えない。被害も出ているのでもはや噂ではない。
新島か小島の手のものかもしれないので、その山賊の本拠に足を進めた。看板には稲田会と書いてある。
「あんだぁ?おじょうちゃんたt・・・ヒデブッ!」いまどきこの二人に堂々と絡んでくるあたり筋金入りのチンピラである。海のリナ、山のルナは世界の常識となっている。稲田会とて、無能では無いので、少しわかるものが出れば態度も変わる。
「海のリナと山のルナだ!!俺達ここで死ぬんだぁ!!!俺は賞金首じゃねぇけど皆殺しだぁ!!!」
喚く組員を捕まえてリナが訊いた。
「稲田さんって新島さんとか小島さんとつながりあるの?」
コロコロした声で無垢な声でリナが聞くが、組員には死神の宣告にしか聞こえない。
「あなた達のお仲間に新島とか小島って人はいるの?」
高いけどこちらは柔らかい声だ。組員にとっては大差も無いが、幾分増しなようだ。
「お、オラたつぁなんもかんでねぇづら。見逃してけろ。おかんにたらふくくわせんだベ。」
失神寸前の組員は覚えた公用語が話せないままに命乞いをする。必死に逃げているつもりだが、その場でじたばたしている状態である。リナはとっくにつかんだ腰元を放していたが、本人が勝手に暴れているのでほっといた。
稲田の部屋にたどり着くまでに二人に恐れをなしてその場で"おひかえなすって!"をする人や、
土下座する人、逃げ出す人などがあったが何とか稲田の部屋にたどりついた。稲田は観念したとばかりに開き直って二人を出迎えた。
「私の首な ど一文にもならないが、なんの用かね?」
ルナが言い返す。
「あなた達が付近の街で盗賊やってるっていうから、ぶっ潰しにきたのよ。」
稲田はぶっ潰すという言葉に一瞬恐怖したが、それならばまだ言い分がある。
「それは寺島のことではないか?我々は山中の施設を取り扱っている。なに、缶ジュースを一本500円で売っているだけさ。山の中の自動販売機だから我々も仕事がやりやすい。中身は水で薄めてあるから原価もずいぶん安くなっていてだなぁ・・・あ?どこへいく?」

たんなるぼったくりなので襲う必要は無いが、リナとルナは二人で壁に、あるガラを剣で掘り込んだ。ミシンが暴走でもしているのかというほどの手さばきで、これが軍隊を消滅する力である。二本の剣がクロスしているガラで、リナとルナの友情の証だそうだ。付近住民と仲良くやるようにと言い残して稲田会を後にした。ヤヘイの寺島がオーシャンの村を襲っているという。
チボーンもいいが、スカイヤも経由していくプランで、新島と小島にもよることにした。スカイヤの新島の元にたどり着くと、いつも以上に熱烈歓迎をされた。
「兄の横暴から組を救ってくれた姉さん、戦争でも大活躍だったそうで。ごくろうさんっす。」
新島の弟である、新島がリナをねぎらう。新島組は完全にリナの言いなりになっていた。リナとルナは新島組の代紋の上にガラを掘り込んだ。リナは世界中の山賊や盗賊を傘下に納めていくというプランをこねていた。
「ところでそちらの姉さんは・・・山のルナ姉さんで?」
新島が恐る恐るたずねるとリナは満面の笑みで答える。
「うん。友達でライバルのルナ。」
組の事務所の一室に戦争を破壊する二人の少女が同時に存在する。新島は恐怖と畏怖の冷や汗を拭いながら、挨拶をした。
「小島さんのところにも同じように伝えておいて。ボクの友達だから。」
小島が一人の少女に壊滅させられたのは聞いていたが、やはりリナだったようだ。新島はもともとの親分に申し訳ないと思いつつも絶縁を許してもらうよう、手紙を書いた。

 スカイヤでは、道行く人がリナを知っている。もともと天才剣士少女として名を馳せていたところへ、戦争のニュースでますます有名になったのだ。リナの性分をよく知るスカイヤの市民達はリナ達を暖かく迎え入れた。
「リナちゃん!キムチスパゲティ食ってくか?最近食ってねぇだろ?遠慮すんなって!」
コック帽のシェフが声をかければ、
「うちの温泉にお入りよ。もうリナちゃんはどうどうと芋焼酎が飲めるんだからサービスするよ!」


ゲンライの飲んでいる芋焼酎を盗み飲んだのを知る女将はリナが芋焼酎を好むこともよく知っている。
「じゃあ、キムチスパゲティの後に温泉もらいます!」
リナは大きな声でそう宣言すると、近くの店からも差し入れがたくさん届いた。
「あなたはあなたでずいぶん活躍してたのね。」
ルナが関心していう。
「みんな親切なだけ。ボクが小さいころからお使いとかで仲良くなってたから・・・。ルナもキムチにする?」
キムチにスパゲティは確かに斬新だが、ルナも年頃の乙女ならば、にんにくを意識する。
「わ、わたしはこのアサリのスパゲティにするわ。」
なんとか注文すると、卓の上で会話が始まった。


「私は10歳で軍隊の施設に入って訓練を始めたわ。黄色眼もこのときに覚えたの。あなたは10歳のときなにしてたの?」
ルナの問いにリナは
「パパに剣術を教わったよ。その後は先生に教えてもらったの。」
リナが答えるとルナは続けた。
「あなたって子供っぽいけどデートとかしたことあるの?」
聞き慣れない言葉にリナはデートとはなにかをたずねるが、ルナは呆れながら
「男の子と遊んだりするの。ソッとだかれたりキスしたり…憧れるなぁ」
と勝手に盛り上がった。だがリナの言葉で正気に返る。
「なんだ。死んじゃったけどグレン兄ちゃんといっぱいいっぱいいろんなことしたよ!」
簡単にキッパリ言うだけにルナは勝手に(リナはこれでいてやっぱり私より年上ね…)と解釈した。
リナが言うのは剣術を高めあったり、街の荒くれの腕試しを牛耳ることなのだが、ルナは勝手に妄想を繰り広げる。


リナが首を傾げていると、にんにくくさいキムチスパゲティとあさりのスパゲティが運ばれた。リナが割り箸を折って景気よくズルズルっと食べる。ルナはそれを見て、(やっぱり私のほうがお姉さんね。この子よりは上だわ。)ルナはフォークを選んだ。クルクル巻くのはあっているが、巨大になってしまい、思い切り口を開いて食べた。本当に戦争を消滅させた二人なのかと誰もが穏やかに微笑んだ。
温泉では堂々と酒を酌み交わして二人して霰もない姿でのぼせたが、貸し切り状態なので誰も見ていない。ルナはリナのそれを見て密かに(寝転がればよくわかるわ。リナはつぶれアンパンね。私の勝ちだわ)しかし、
「ボクはつぶれアンパンじゃないよ。」
リナが言う。ルナはビクリとするが、どうやら聞こえてしまったようだ。
「ボクは邪魔になるから引っ込めてるだけ」
おもむろにそれを手でこねくり回した。すると華奢な体に相応しくないボヨンボヨンが現れた。
「勝負あったね。ルナ。」
これではまるで卵だ。白身の部分もシッカリしている立派な卵である。つつけばプルプルするあたり、ルナは悔しがった。
宿でも豪勢な料理が出たのでさすがにまずいと、スパゲティの分を含めて部屋に20万円を置いて行った。スカイヤの南東には寺島の拠点がある。

寺島の事務所につくと、早速
「おまんら、戦争でちっくと名を上げて図に乗ってるがじゃ!わしらはそんなんでひるまんぜよ!!」
オーシャンやマウントほど派手に売り出されてはいないので、ニュースの内容も小さかったのだろう。無謀な構成員が、二人に詰め寄る。二人は、山賊たちの暗号のような話方には慣れている。
「あなたたちのボスに会わせて。お・ね・が・い。」
ウィンクまでプレゼントして、構成員に言う。だが、構成員になめるなと凄みを利かせる余裕は無い。リナが剣を目の前に突きつけているからだ。
「あ、あわしちゃる。おまんらこんな真似してどうなっても知らんぜよ。わしはこれでも幹部をやっとるき。」
恐怖におののく声で言っても凄みは無い。
「案内してくれる?」
リナはいう。この状況で妙に凄みを帯びて聞こえる。構成員はしぶしぶと寺島会長のところに案内した。

「戦争を台無しにしたんは、おまんらじゃ。よっぽど強うてわしらはよう戦わん。ここに来たのはなんぜ?」
会長も暗号で会話するものなので、疎ましく思ったルナは右手をスッとあげた。
部屋に飾ってある甲冑が衝撃で粉々に崩れ去る。
「私達にわかる言葉を使ってくれないかしら?」
淡々としたルナの声も、見えない衝撃で鎧を粉々にするというパフォーマンスがついては、寺島もかなわない。ゆっくりと言葉を選びつつ、
「勘弁してつかぁさい。わしらに御用とはなんですろ?」
丁寧語に変わっただけで、ルナにはやっぱり理解できないが、仕方がないので用件を話すことにした。
「あなたたちがオーシャンで略奪してるって聞いたの。私たちといい仕事しない?」
ルナの提案は次の通りだ。
世界各国の山賊や盗賊をまとめて一大組織を作り、事業を興せば大金になるというものである。暗に賊を減らすのが目的だ。
しかし、その交渉は到底カタギとはいえない。リナも一緒になって、部屋中を破壊していく。山賊や盗賊の命ともいえる代紋をはずして踏みつける。当然構成員達が取り囲み、攻撃するが、二人は踊るようにかいくぐり次々とねじ伏せていく。寺島会もまたリナ、ルナによって支配されてしまったのである。

寺島会を後にした二人は海沿いを旅していた。道行く人は海を見て怯えている。何事かと海のほうを見ると派手な船がこちらに向かってくる。付近住民にあの船は何かと尋ねると、
「海賊だよ。最近この辺まで荒らしているんだ。スカイヤを中心に世界を結ぶ海であいつらは好き放題やっているのさ。」
結局付近の住民を脅かしていることに変わりは無い。
今までつぶしてきた新島や寺島と大して変わらない。二人はうなずきあうと、船に向かって衝撃波を打ちはなった。
みるみるボロボロになっていく船、ルナの巨大衝撃波で粉々にならないあたりかなり巨大なのであろう。大砲も飛んできたが、リナが蹴り返し、ルナが投げ返し、結局船に戻って船を壊した。
リナが海に向かって飛び跳ねて、後ろからルナが衝撃波を放つ。足の裏で受け止めたリナはそのまま海賊船に向かっていく。
沈没寸前の海賊船に降り立つと、今までと同じように襲い掛かってくるが、今回は黄色眼でにらみつけて全員を黙らせた。船長のむなぐらをつかんで黄色眼でにらみつけてリナは言う。
「今日からボクがこの船の主だよ。」
誰も異論を唱えることはできなかった。藤田興業と書いてある旗を"LINA"に書き換えた。

海賊旗を二本の剣が交錯する文様に変え、船を制圧した。岸辺まで船をつけ、船大工に300万を払って船を改造した。
水色の白い影絵をちりばめてある。それは懐かしきスカイヤの国を思い出させるものであった。自分たちで破壊した部分も修理し、リフォームした船で、リナ、ルナは500人の海賊を率いて、ヤヘイに向かった。

ヤヘイにつくと、町行く人は全員すらっとしていたり、筋肉質だったりする。それでいて、武器を持つひとは余り少ない。宿に行くと即座に
「おや、どこから来たんだい?立派な剣を見ればわかるよ。」
このヤヘイでは、格闘術が至上とされており、武器といえば、せいぜいトンファーやヌンチャクといったものになる。
「この国って学校でも武器を教えてたりして・・・」
ルナの冗談めいた言葉に宿主は
「まぁ、他の国と変わらないさ。体育系の授業が多いけどね。あと、空手の授業と、武具の授業は体育とは別枠だよ。この国では格闘技が常識なんだ。」
とんだ野蛮の王国・・・いや共和国である。この国の当主はボディビル選手権に優勝したことがあるらしい。一ついえるのは、この国はそんなに頭のいいヤツはいないのだろう・・・。

闘技場に行くと、夏のヤヘイ園なる学校別対抗の団体戦をやっていたので、観戦することにした。
胴衣を着た学生が、素手で戦っている。
徒手空拳の戦いはリナもルナも得意だが、なるほど脳みそまで筋肉な国だけあって、学生でもレベルの高い戦いをする。リナとルナは、イタズラを思いついた。

「ボクは右の体格のいいほうで、ルナはもう片方。黄色眼をぶつけたらどうなるかな」
リナはワクワクしながら言う。
「黄色眼はひるむ・・・だからそんなに面白くないわね。せめて赤目が使えれば面白いんだろうけど。」
この二人のせいでうっかり世界が滅んでしまうかもしれない。だが、二人は、とうとうイタズラを始めてしまった。二人で思い思いに目標に黄色眼を向けた。だが、二人の学生は動きが鈍ることなくスッと距離を開けて、こちらを睨み返してきた。
「そこの黄色眼!邪魔だ!」
堂々と言い返してくるのだから、リナ達は驚く。彼らのカリキュラムには黄色眼対策でもあるのか。
毎日教官の黄色眼に耐える修行からスタートする学生達に対して黄色眼はそんなに意味はないらしい。

学生達はお返しとばかりに、トレーニングで身につく能力の覇気と殺気を二人にぶつけた。
応援する学生達も一緒になって、やるから、二人は黄色眼でもそれなりにビリビリする。

ヤヘイの格闘集団が世界最強と言われるのは、学生でもすでに黄色眼に臆さないところにあるようだ。
リナとルナはこのままでは、腰を抜かしてしまうので、海のリナ、山のルナとして威厳を見せるために、覇気と殺気とを送り返した。さすがに学生達も同じ能力に黄色眼を上乗せされてはおとなしくせざるを得ない。勇気ある一人の学生が二人のところに来て言う。
「僕らの大事な試合です。邪魔はしないでください。いくら、オーシャンとマウントの勇者でも僕達全員を相手にすればただではすみませんよ。」
ヤヘイはなかなかどうして侮れない国である。

ポップコーンを片手に二人は午後の部も見物することにした。
今度は武器を使った試合をやるらしい。ゴングが鳴り響く。
棍と三節棍の試合だ。棍の使い手は棍の長さに関係なく、腹のあたりから端のほうまで使って奔放に戦う。対する三節棍は、そのしなりを利用してスピーディーに打撃を加えていく。
リナやルナの剣の速度とは程遠いながらも激しい打ち合いをしている。
時折見せる、体術にもキレがある。おもしろそうなので、
二人は自由参加の会場に足を運び、出場してみることにした。
ヤヘイ闘技場はいくつかのフロアに別れていて、それぞれで毎日、常になんらかの試合が行われている。注目なのは、夜間に高いレートで予想まで行う、ノンレフェリーマッチ。

つまり反則がなく、どちらかが、相手を倒したと判断するまで戦う危険な試合だ。
ノンレフェリーと言っても、リングの袖にはちゃんと審判がいて、危険を判断すればすぐに止めに入る。
このヤヘイでは、審判までボディビルのような体格をしている。
リナ達が出るのは当然、この一番危険なノンレフェリーマッチ。武器屋で棍を買って剣のように使うことにした。 
タッグマッチの第一試合。鎖鎌と、先端が鋭く尖っている棍のコンビである。どちらもその気になれば命を奪うほど危険な武器であるが、二人は動じない。ゴングが鳴ると、二人して襲ってくる。
襲い掛かる二人が見たのは、いたずらっぽく笑う、生意気な黄色眼の少女がパッと消えてしまうところだった。もう一人の少女は、呆れたように構えることすらしない。だが、後ろから
「ボクをしっかり見ないとだめだよ。」
という声が聞こえて目の前が真っ暗になった。あきれている少女にお互いの武器を繰り出すことすらかなわなかった。
一回戦勝利のお祝いが5万円なので、5万円を受け取る。2回戦出場には、5万円払う必要がある。
勝てば収入で負ければ0円が、この大会のルールである。リナ、ルナは5万円を出して二回戦に行くことにした。
「さぁ、今夜はかわいらしいガールコンビの快進撃!一回戦から優勝候補の、雲海、南啓のウンナンコンビを撃破!2回戦は、去年の王者コンビ、龍栄とトラカゲだぁ!」
野蛮なアナウンスで会場はお祭り気分だ。
「おまえ達か。戦争をだめにしたというのは。」
龍栄が言う。ヤヘイでは、二人の少女が戦争を鎮めたということしか伝わっていないので、具体的な恐ろしさが伝わっていない。ゴングが鳴った。
両手にヌンチャクを構えた龍栄が目にも止まらぬ速さで、猛攻撃をルナにけしかけた。
なるほど、そのへんの山賊達よりは幾分マシではあるが、ルナにはそれも止まって見える。
スッと右手を伸ばして、ヌンチャクを捕まえて、その柄で、もう片方のヌンチャクを弾く。
3発のすばやい蹴りで、龍栄はあっさり倒れてしまった。
そのころ、トンファーのトラカゲは、全身青あざにして、リナの足元に転がっていた。
2回戦目もみもふたも無い勝負であった。
2回戦の賞金は15万円である。だが、なまりを解消した二人はこれで打ち止めにした。

結局黄色眼すら使えない中での戦いは退屈であった。酒場で餃子をひたすら食べるリナの耳に話が聞こえた。
「今度のヤヘイの戦争はスカイヤを取りに行くってな。スカイヤが取れれば、他の3国なんてちょろいもんだぜ。」
また、戦争がおきるらしい。スカイヤにはオカダやゲンライがいる。リナはルナと旅をしている手前、スカイヤを手伝いたいが・・・。
「スカイヤのお父さんが心配なんでしょ?行きましょう。私も手伝うから。」
ルナの申し出はリナにはありがたいものであった。急いで船に戻ってスカイヤへと向かった。

 一方スカイヤでは。
「ヤヘイの筋肉だるまどもが、わが国に押し入ろうという!我らは見くびられているのだ。力だけしかないゴリラ種族など、人間たる我らには程遠い下等な存在であるっ!必ずや目にものを見せん!!」
スカイヤの中将が演説する。この中将とは、オカダである。オカダはリナを送り出して間もなく、強大なリナの育ての親としての功績で勝手に中将にされてしまったのだ。

演説が終わり、軍隊が国境に詰め掛けた。いくら士気を高めるとはいえ、ヤヘイは演説で言うほど簡単に倒せる相手ではない。兵士一人一人が諸国の将校並みに力がある。
こんなときこそリナあたりにいて欲しいが、リナは今もどこかで修行に明け暮れている。せめてグレンが生きていてくれればこの戦いも少しは楽になるだろう。
「中将殿、お喜びください。オーシャンとマウントの伝説の勇者が志願兵として応募してきました。」
オカダは耳を疑った。一人は間違いなくリナだ。もう一人はそのリナと互角にやりあうが、マウントの勇者である。自分たちに味方するとはどういうことか。だが、強力な戦力に変わりないので、オカダは二人を呼んだ。
「オカダ中将殿、リナはただ今戻りました。戦友としてマウント国が英雄ルナ、を同伴いたします。わたしたち二人を存分にお使いください。」
リナはいつの間にか、公共の場では家族同然の間柄でも敬称を使う場合があることを覚えていたようだ。
だが、この後にらみ合いが二年間続くことになる。

この二年のうちに、リナ、ルナの両者は、新島、小島、稲田、藤田、寺島を招集した。これだけでリナ達は50万人もの大軍を擁している。そして、総兵力500万とも言われる中島一家をも掌中に収めていた。
中島は事務所やダミーの本拠を多数構えており、なかなか中島本人にたどり着けなかったが、中島の拠点数千箇所のうち100箇所を蒸発させたところで、中島の方から何でも言うことを聞くからやめてくれという降服要請が入ったため、リナルナは合計550万の兵力を保有し、全員に堅気をするように命じた。
二人が創始者の組織、仁義商会連合がここに発足していた。
オカダはそのあいだも、一切気を抜かない。国境の向こうに常に偵察をおき、のろしを上げてはそののろしをみた中継の偵察がまたのろしを上げるというシステムで見張っていた。オカダ自身は古典の兵法を学んだのはいいが、いまいち現代人になりきれていない節があった。なので、トナリの部屋にいるリナを呼ぶ際は、携帯電話を使ったりする。
携帯電話を耳に当てながら部屋に入ってきたリナはついに言い放った。
「となりのボクたちに携帯電話するくらいなら、偵察の人たちに持たせたらいいのに!」
オカダはこれはしたりという面持ちで、前線の偵察に携帯電話を使わせることに・・・もとい、自分の番号を届けるように命じた。

スカイヤ軍は3万、ヤヘイは当初5000人の兵力だったが、リナが戦力強化をしている間、ヤヘイも大幅に兵力を増していた。

ヤヘイの小学校さえも学徒動員して総力は2万に膨らんだ。闘技場に所属するエリート達をさらに加えてそのファンもついてくるので5万を越えた。ヤヘイは学徒動員までしているが、あくまでも学生には社会見学という方式で一切強要はしていない。物好きな学生達が志願しているだけである。

スカイヤは徴兵制度で3万、ヤヘイは単なる物好きだけで5万。質が高いヤヘイのほうが数で上回っていてもスカイヤになかなか踏み込めないのはやはりリナが集めてきた550万人である。百人力を誇るヤヘイにしてみれば、スカイヤは当初一人が6人以上倒せば勝てる戦いが2年もにらみ合って、一人のノルマが100人という形になった。しかし、黄色眼にびびらない中学生が当たり前のヤヘイからしてみれば、まだまだ互角の領域である。


スカイヤ側はというと、学徒動員を真剣に考えていた。実際どこの学校でも一部の生徒が決起している。
「敵国ヤヘイの学生はぁっ!僕たちのように安穏と教科書を見てはいません!僕たちのように!教室で夢を語ることもありません!!生れ落ちるとともに強いこぶしを育て上げ、小学生ですら、軍隊を編成して戦っています!!僕たち栄誉あるスカイヤは彼らに劣るでしょうか!?否っ!!!僕たちは拳の力を対等に学問において彼らに圧倒しています!僕たちが立ち上がること、それはスカイヤの1000年の覇権を保障することです!!諸君らにこれがわからない凡人はいないはずだ!!」
丸坊主の青年がボロボロになったメモを片手に、時折視線を落としながら、熱狂してるのかヤケクソなのかいまいちわからない演説を行っている。なぜか、教師達は涙ながらに拍手を喝采している。スカイヤは現在、ある意味病んでいる国である。
これらに触発されたのか、スカイヤは学生志願兵が1万人を越えた。これならば戦力になるであろう。
これにてスカイヤは554万である。ヤヘイは相変わらずアルバイトの募集でもしているかのような考えだが、国民に向かってちょっときついから時給をはずむようなことをテレビで宣伝、現行の兵士にも、日当を800円引き上げるなどした結果いきなり10万の大群が出来上がった。ヤヘイで志願しない人たちの言い分はこうだ。
「軍隊は訓練の時間が短く、戦場では情けない人種を相手にする。どこまでも退屈な仕事」
軍隊である以上、兵士の士気と体調管理はぬかることはできない。そのため既定はある。
それでも8時間以上を訓練か任務にあてている。しかしヤヘイの住民はそんなものではない。


なんの変哲も無い老人が町中を走り回って一日がスタートする。朝の5時には町中がジョギング大会になっている。7時ごろには、各コンビニが無料でプロテインを配る。
8時には全員が学校なり職場なりに行くが、どこの職場でも、鉛を仕込んだペンやリュックなどを使っているし、デスクワークの人たちはOLまでもが、1時間ごとにベンチプレス500回というとんでもない国である。
なるほど、そんじょそこらの軍隊でもありえないような生活を住民達が勝手にやっているのだ。
ヤヘイはさらに招集をかけた。自給にして1500円にまで引き上げた。すると志願兵が殺到した。
面接では誰もが自主トレーニングの許可を要求する。現在ヤヘイの兵力は30万に膨らんだ。


今回の戦争は情報と兵力の戦いである。どちらもあまり頭がよくないため、力と力、数と数の戦いである。
だが、ことごとく空気を読まない二人の少女がいる。いや、もう少女ではないが、相変わらずカレーで目を輝かせたり、スパゲティを食べるときうっかり巻き付けすぎて大口を開けるといった幼い戦士である。
そう、リナとルナだ。単純に仁義商会連合、略称仁商連を作る野望のために各国を漫遊しているだけにすぎない。唯一チボーンにだけは一度も足を踏み入れていない。チボーンは科学都市なので傘下にできるような組織が無い。山賊がいたところで何を盗めばいいかわからない。なので、平和なのだ。

さて、リナとルナはいつもどおりにスカイヤ会議を抜け出して出かけた。目指すは、ヤヘイである。

ヤヘイの兵士達が一糸乱れぬ動きで腕立て伏せをしているところに二人は突っ込んだ。
ヤヘイ最強は伊達ではない。リナやルナの剣を白刃取りしたり、拳で峰を弾くなど確かに戦闘力が高い。
リナとルナは黄色眼に殺気と闘気を上乗せして暴れた。
黄色眼の能力で、剣筋が見えない。リナやルナが一回突きを放ったと見えると、20箇所以上がすでに刺されている。ヤヘイの実力者達も歯が立たない。

そして戦争を消滅させる二人ならではの得意技、衝撃波の乱射である。リナはルナと打ち合いをしたときより5倍多く、より強い衝撃波を繰り出せる。ルナは負けじと、当時より数段巨大な衝撃波数発程度だが、連続で繰り出せる。おそらく今打ち合いをしてもやはり決着はつかないだろう。

だが、あいにく打ち合いではなく共通の敵に向けられている。
残酷に4つの黄色眼で強力な一大勢力を次々とねじ伏せていく。午前9時の襲撃から、12時までにヤヘイは7万人まで兵力を失っている。
勢いが衰えない二人は、エアホッケーのパックのようなスピードで駆け抜けている。ここまで全て峰打ちである。ヤヘイ軍の指令のところまで丁寧に敵を倒しながら迫る。とうとうヤヘイの司令官のいる拠点まで差し迫った。
「ボクたちの力は見てのとおりです。降伏してください。」
襲撃からわずか6時間。30万の兵力は6時間で全員負傷という悲惨な結果に終わった。
誰もが動けないわけでは無いが、間違いなく本来の実力が発揮できないレベルで痛めつけられている。


リナの言う"ボクたちの力"とはこの絶妙な手加減を加える余裕を持った上での圧勝を言う。
ヤヘイは退却を余儀なくされた。終戦は実にあっという間であった。

スカイヤでは、偵察から携帯電話による連絡があり、オカダのもとにも連絡は来ていた。
「リナ、ルナの両名がヤヘイを撃退しました。朝の会議をいつものように抜け出してヤヘイに行った模様」
オカダはひたすら驚くばかりである。スカイヤのエリートオカダでもヤヘイが相手では、片時も気が抜けないし、ヤヘイの兵士が三人もいれば、無傷でいられる保証は無い。いくら、オカダを子ども扱いできる強さとはいえ、ヤヘイ30万を撃退とは行き過ぎている。
だが、ヤヘイから降伏の文書が届くあたりウソではないらしい。オカダは黄色眼二人という組み合わせがいかに恐ろしいかを認識するばかりであった。
終戦後、無傷のスカイヤ軍554万の壮大な宴会が催され、リナもルナも大いに飲んだ。無理をして、泡盛を飲むが、二人はあっさり眠ってしまう。
二人はあんまり酒豪ではないようだ。オカダは、酒で赤みを帯びたリナの顔を見てつくずく、大きくなったと喜び、隣でリナの手を握って寝るルナを見て、いい友達ができたものだと喜んだ。

リナは藤田の船を使って海賊をすることにした。何のことは無い。山賊と盗賊を狩りつくしてしまっただけである。山賊と盗賊はルナが面倒を見ることになった。
ルナは中島の事務所の上座に構えて、全構成員に通知した。今後の事業の方針はガーデニングショップであると。
また、リナはこののち、海賊として各国の動きで不穏があれば襲撃するという腹づもりである。
もっぱら、世界に散乱する海賊の鎮圧を目的とした。リナは仁商連については、花屋の経営を指示していた。
果たして仁商連は本当に花屋とガーデニングショップを経営するが、これはまた、後に語られる。

さて、現段階で語られていないチボーンについての話に入る。科学都市チボーンには一見頭でっかちがひしめいているイメージだが、軍隊もある。こちらの軍隊は悲惨なことに、訓練中に逃げ出す兵士をいかに減らすかが課題となっており、もっぱら化学兵器を使った戦いが主体である。白兵戦にはお世辞にも強いとはいえない。
だが、科学の研究とともに、魔術の研究も盛んに行われている。魔術を実戦に取り入れる動きによって、ヤヘイから格闘術の講師を招いて、格闘と魔術を組み合わせた新格闘技が現在目下の流行になっている。
 訓練所には赤い目をした男がいる。その男の周りに次々と人が降ってきては気絶している。
男の名はチャッピー。何のことはない。今しがた訓練の総当たり戦で対戦相手をまとめて吹き飛ばしただけである。攻撃をまだ喰らっていない残りの訓練生が近寄れずにいる。
「サービスタイムだ。術を抜きにしてやる。・・・なんだよ。そう怖がるなって。じゃぁおまけで目とじといてやっから。」
チャッピーが言う目を閉じるはすこし意味合いが違う。このセリフを言い終わるとチャッピーは普通の人の目に戻っていた。この男、黄色眼の上位である赤目を使うのである。
赤目を解けば訓練生も我に返る。赤目の力は黄色眼以上の身体能力増大に加えて、ひるませるのではなく、くじけさせる。リナ達でも、相対効果でくじけずにすむかもしれないが、確実にひるむ。

ヤヘイのエリートも黄色眼対策をしているので、くじけるまではいかないだろう。常人でもスキルで黄色眼を跳ね返せる。全て兼ね備えれば、死神の力にも対抗できるという。
死神の力は、眼球が漆黒で瞳が赤という異様な様相で、伝説の剣聖が数秒だけ開眼したというものだ。

さて、チャッピーはゲームのような感覚で、次々と相手を倒していく。魔術師らしい杖を巧みに使うことで、才能に恵まれているほどではない体術をうまく生かしている。
チャッピーはチボーンにおいては現在歴史上最強の戦士として名を馳せている。
さて、そのチボーンにスカイヤ周辺の海を経由してマウントが攻め入ってきた。マウントはスカイヤに領土の分割譲渡を約束して、戦争中はスカイヤを自分たちの領土のように行き来して使うことができる条約を結んで攻め入ってきたのだ。
ヤヘイは先の戦いで学徒動員までしておきながら全滅。スカイヤはマウントと手を組んでいる。オーシャンは結界で行き来できない。援軍は頼めない。
不幸中の幸いは、マウントの勢力の中に生きる伝説ルナがいないところだ。
チャッピーはこの知らせを受けて、チボーン魔術部隊の本部に向かった。
チャッピーはリナより3歳年下で現在19歳。だが発言力は大将と同等である。
「マウントのバカどもは、スカイヤに頭下げて海から攻め入ってきた。ご苦労なこったが、俺達は、水流を操る魔法でたかってくる船を掃除する。荒れたヤヘイを通ってこないマウントの間抜けっぷりに感謝するこったな。ヘヘヘ。」
チャッピーはその名前、格闘スタイルにとことん似合わない話し方をする。根は愛国心が強く、仲間思いの悪いやつではない・・・。遠く海のほうに赤目を向けた。
「ああん?海上なのに八卦の陣やってるぜ。俺たちが海賊張りに船こいで、野郎ドモォとか言いながらかかってくるとか思ってんのか?バーカ」
赤目のチャッピーがこうやって悪態をついているうちは、誰もが笑っていられる。チャッピーは危険になると、無言になるのだ。

さて、オーシャン戦ではとんでもない目にあったマウントだが、チボーンならば、まさかリナのような化け物はいないだろう。
ルナもいないが、マウントは武器、武装の一流国家である。その辺の右半身と左半身の日焼け具合がくっきり違うサラリーマンでも、この国の戦闘服を始め装備を施せば、それなりのソルジャーになれる。
特に今話題なのは自動ガードシステムでバイオセンサーと、共通コードを持った仲間を区別して知らせてくれる。オーシャン戦でも全員持っていたが、どのマシンも
「危険が接近していm・・・」
という具合だったので、まったく役に立たなかった。だが、今度はただの軍隊を相手にするのだから、大丈夫なはずだ。
さて、望遠鏡をのぞけばそろそろ敵の軍艦が・・・いない。チボーンは病弱な連中ばかりだから、科学の力をより強く見せ占める海上での戦いになるはずだ。そうじゃなければ、チボーンは上陸して地上戦をせざるを得ない。マウントの准将は、チボーンの戦力では海上しか自分たちを叩く手段が無いはずだから、
わざわざ海上八卦陣を考案したのだ。なのになぜチボーンは船を使ってこないのか・・・。
准将が怪訝そうにしていると、後方から津波が押し寄せてくる。まるまる飲まれるだろう。自動ガードシステムが悲鳴をあげる。「津波警報。距離200メーt・・・」あっさり飲まれてしまった。船がほとんど大破し、生き残る船もあるが、ほとんどが泳ぎによる上陸になってしまった。陸はまだ遠い。
だが、今度は渦潮になってしまう。スカイヤから観測する海上保安の職員は口をそろえて、海の状態がもっとも穏やかな日を提唱したが、いきなりの大荒れである。空から一人の男がゆっくり降ってきた。
「ようこそ、マウントの諸君。チボーンの海水浴はスリリングだろう?ああん?」
嫌味たっぷりのチボーンの頭脳にして最強の男、チャッピーである。
「この赤目でおめーらの八卦陣を見た。俺達が切った張ったが苦手だから、舟同士でぶつかり合う作戦を立てるとおめーらは踏んだわけだ。そこで、俺達はもうひとつの自慢である魔法を使うことにしたのさ。ビッグウェーブに渦潮はたのしんでくれてるか?」
仕組まれた。完全に兵士達は戦えなくなっている。チャッピーは指でくいと自分のほうに何かを寄せる仕草を取った。小刻みな早い波がマウント軍を押し流し、どんどんチボーンの陸に引き寄せていく。
チャッピーが杖を一振りすれば、全員がバリアに包まれて、溺れる者も出ない。
全員かろうじて命を持ったまま岸辺に押し流されてきたが、動けない兵士を拘束するぐらいなら、白兵戦に不慣れのチボーン軍でもできる。
さらにチャッピーは傷ついたマウント軍を回復魔法で一気に回復。拘束も、軟禁に切り替えて、食事と酒でマウント軍を出迎えてしまった。
チボーンの大将はいい顔をしない。チャッピーは呪文を唱えた。
「遥かかなたにわが意思を届けよ!落々ホーン!」
これは、チボーンが生み出した通信魔法だが、使いこなせるのはチャッピーだけだ。素人が使うと、伝えたい言葉が、魔法が届く範囲全ての生き物に伝わってしまう。研究者の一人が実験で使ったら、外に出たとたん、熊に襲われたそうだ。
襲われるといっても、怪我をさせられるとかではなく、連れ去られたらしい。
なんでも恋人に秘密のメッセージを送ったが、付近住民に筒抜けだったらしい。

チャッピーが使うと完璧なので、目標の相手にしか伝わらない。チャッピーが言う。
「敵をわざわざかわいがったりはしねぇさ。ありゃ人質だ。」
こういわれると大将も納得せざるを得ない。おおかたマウントの皇帝に脅迫状でも送ったのだろう。
果たしてマウントでは、緊急会議が開かれていた。
「チボーン侵略作戦の軍隊が全員チボーンに寝返ったなど信じられん。」
「だが、陛下が聞いたのは確かに、大佐以上が知る情報をつかんだ脅迫だ。」
マウントに届いた脅迫とはこうだ。

"マウント軍が全員チボーンに寝返った。そっちは10万人失ったが、こちらは10万人増えたので、20万差が動いた。このままお宅らをつぶしてもいいが、弱っているヤヘイを手に入れてからそちらに向かう。ヤヘイの格闘集団と、チボーンの科学と魔法を一挙に受け止める自信があるのなら、首を洗って待っているといい。それが嫌なら相応の礼儀をつくしてもらいたい。"

問題は、チボーンが本当にヤヘイを丸呑みして攻めてくるという裏づけだ。マウントの皇帝が聞いたのはこの一文だけである。信憑性が少なすぎる。なにより、いきなり頭に現れたセリフなので、合点がいかないのもある。すると、全身汗みずくで走ってくる使者が現れた。
「こ・・・この手紙を・・・水・・・水!」
手紙の内容はこうだ。

"お集まりの諸君。会議は進んでいるかな?この手紙は君たちの求める裏づけを満載した手紙だ。神棚に飾って100回お辞儀してから読め!冗談はさておき、マウントさんの准将以下10万名の命を軟禁している。証拠写真もちゃんと添えてある。一人一人の顔がふっくらしているのは、わが国が誇る美味珍味を毎日押し込んでいるせいだ。彼らはマウント出身のチボーン国民になったのだ。さて、顔写真で一人残らず無事であること、わが国に所属してしまったという証拠はこのとおりである。自動ガードシステム・・・といったか?あのプラモデルもわが国の科学で、改良を重ねて全兵力に搭載した。われわれはヤヘイ経由の陸路で貴殿らを取りに行く。そうだな・・・3ヶ月ばかりかかる。さてさて、我々は無傷でヤヘイを手なづけるので、3ヵ月後に50万人ほどでおじゃまするよ。歓迎しきれないのなら、うまいこと断るがいい。
チボーン参謀課 チャッピー"
「ああ、陛下が聞いた名前に相違ない。なんというタイミングの良さだ。我々はこの者一人に完全に踊らされている。」
「今は国家の安泰を最優先するべきだ。おとなしく賠償を払うべきである。」
「いや、スカイヤ駐在軍と、オーシャン戦線を使えば・・・」
マウント内の会議は難航を極めるが、結局、オーシャンに平和協定を申し出て、ヤヘイに戦力を集結させることになった。
降伏はしない、ヤヘイから来るならばご自由に。これがマウントの意思だ。ヤヘイ併合を果たしたチボーンと戦うからには、国中の戦力をヤヘイに集中させているだろう。
チャッピーは単身オーシャンに向かった。何のことは無い。オーシャン側を今叩けばマウントは瓦解する。単純な方程式である。オーシャンは幸いにも海賊と交戦しており、国境の警備も海賊に気が集中している。すんなりと抜けられるのだ。
 オーシャンは海賊による襲撃のせいで、国力が低下していた。だが、住民は返って今のほうが過ごしやすいという。オーシャン住民の税金は大きく、住民は一切贅沢ができない状態だった。
海賊は不思議と女子供に手を出さないという紳士協定で、時折わざと食料などを落としていくらしい。なんでも船長がつまなくていい荷物の中に食料を含めるらしい。
オーシャン軍の軍服を着た人間だけがそこかしこに転がっている。チャッピーが怪我を治療して話を聞くと・・・
「あの戦争を破壊する、海のリナが海賊を始めたんだ!国家転覆を狙っているに違いない!!」
最近外交でも変なことばかりを言うオーシャンだが、よもや海賊に嘗められるようでは救いようが無い。


これなら、オーシャンを併合しても・・・いや、ヤヘイのサルを手なづけたほうがやはり迫力に勝る。
しかし、腐っても国家を守護する軍隊を相手に圧倒する海賊とはどんなものであろうか?チャッピーはそれが気になる。
町を歩くと、暗く廃れ気味な町とは裏腹なこぎれいで派手な店がある。
"ガーデニングショップ仁義商会連合後見結社瑠奈" と書いてある。チャッピーはどうしても、るなをカタカナにして、小難しい漢字を消すべきだと思った。ショップの中から、スキンヘッドで筋肉質な中年の男性と、顔中が傷だらけで角刈りのサングラスが出てきた。
「いらっしゃいませ。今の時期ですと、スイートピーなどがお勧めです。種から育てる育成セットがお安くなっております。」
野太い声で言われてもげんなりする。こいつらは間違いなく商売を間違えている。チャッピーはたずねた。
「この国の情勢ってわかるか?」
一応店を構えているのだからなんとなくはわかっているのだろう。
「はい、役所に申告した売り上げの6割が税金になります。住民達はそれで大変な生活を強いられています。ワタクシどもは、ルナ社長の友人であるリナ社長からいくらかしのぎをいただいておりまして、経営に損傷はありません。そうでなくても、売り上げを詐称していますから、リナ社長にはなるべく迷惑をかけないようにしているのです。」
リナ社長とはどういう人物だろうか?チャッピーは確認の意味を含めてたずねた。
「今日もこの国の軍隊を痛めつけている海賊の船長です。ワタクシどもは、密かに住民の生活のバックアップもしております。」
チャッピーは興味を持った。海賊でありながら、政治システムの隙間を通って住民の生活に影響を与えるメカニズムだ。仕組みはこうだ。
独裁国家など、政治が乱れている国家を見つける。海賊リナが軍隊を破壊、行政機関の意識を海賊に向ける。その間に、起業の申請を通しておき、店を構える。
付近住民から、不満を持つ要素などを聞き出し、国の悪い部分を掌握、脅しの道具に使う。
いずれ、住民をバックアップして仁商連の立会いの下、革命を起こす。革命後、仁商連は、新国家の直参として権力を掌握、実質上の政治団体に変貌する。

手の込んだ国家転覆のプランである。確かに海賊だ。確かに仁義系だ。だが、ダミーの商売だとしても、ガーデニングショップはありえないとチャッピーは確信していた。事実、客も近づかないし、うっかり店に入っても客が飛び出してくる。追ってきたサングラスとスキンヘッドは涙ながらに引き止めるのが精一杯だ。

チャッピーは面白い国に入り込んだので、少し寄り道をすることにした。
海賊の国家転覆、独裁国家、暗躍するやくz・・・組織。主導権を自分に持ってくるにはどうするか・・・。
まずは、一番気になる海賊を見ることにした。

海賊といえば海であろう。海に向かうが、途中に差し掛かる山で、山賊が現れた。
「ここは新島のシマですたい。通行料をはらってもらいましょう。」
しかし、チャッピーは黄色眼で言い返した。
「主ゃなんば言いよっとや?」
新島の幹部もしていた、かつてリナの道案内をした、構成員はあの黄色眼を見て腰を抜かしてしまった。
「ぬしゃおっどんらの言葉が話せると?そん黄色眼は・・・??」
チャッピーの学問と黄色眼の勝利である。

 チャッピーはそのまま拠点のある方向を尋ねると、北を指差した。チャッピーは赤目を開いて、杖を振りかざすと、先端から何本もの光が出てみるみる拠点に吸い込まれていく。
新島の事務所は、立て直しからわずか3年足らずで再び壊滅してしまった。

年が明けて、チャッピーが宣言した期間が迫りつつある。マウントのヤヘイ側は緊迫状態になっている。
そうでなくても、オーシャン付近とスカイヤ付近に兵力を置くと、海賊に襲われる。最近うわさの海賊は、もっぱら軍隊ばかりを付けねらっているのだ。陸の中心のヤヘイ側が軍隊にとっては最も安全なのだ。
だが、各国の海軍はことごとく海賊によって打撃を受けている。特にスカイヤなど、中心の首都に軍事力を集中しないと餌食になるので、首都が一時的に基地となっている。

どこの国も強力な海賊のせいで、身動きが取れず、事実上の平和がもたらされていた。
緊迫した平和の中で、仁商連が着実に勢力を伸ばしている。
"暗いニュースはガーデニングで。戦争で廃れた心もガーデニング。仁商連のガーデニングショップ"
このようなチラシを電話ボックスや公衆トイレなどに貼り付けてある。
また、貼り付けているのはソリの入ったリーゼントだ。ルナはこの会社のトップでありながら、社員教育をあまりしていないようだ。

さて、チャッピーはひとまず、マウントに脅迫した手前、計略を実行することにした。
オーシャンとマウントの国境。やはり手薄になっている。空を飛んで門番の頭上を通り過ぎ、着地する。
そのままスタスタとマウントの中央へ入っていく。
本拠地までもがギリギリの戦力でしかない。赤目を開くと、ざっと数百人しかいない。旗の数は、せめてものブラフといったところだ。今度は赤目に覇気を込める。すると、目に映る人間がパタリと倒れた。
黄色眼系の能力は、訓練で身につく覇気などの力を増幅する。赤目の殺気は人によっては死んでしまうので、覇気で十分である。

そして、マウントの中枢の城にどうどうと入るが、門番も全員気絶している。マウントの国王だけは、気絶させていない。だが、国王も異変に気がつくもどうすればいいかがわからない。そのまま国王の部屋に入り込む。
「お久しぶりです。国王陛下。約束どおり。マウントを頂戴しに参りました・・・チャッピーだ!」
国王はまだ状況が飲めていない。


「俺の声は聞き覚えあるよな?その2日後にタイミングよく手紙が届いたろう?全部俺の仕掛けだ。まさかおめーら本当にヤヘイに釘付けになるとか、のんきだなぁ?海賊もいるけどよ。本国を手薄にするのはどうかと思うぜ?国王さんよぉ??」
どう考えてもチンピラだが、全てを仕組んだ張本人を目の前に国王はどうしようもない。
「私の首を取ったところで、マウント軍の中核にいるものが必ずや、貴様を打ち滅ぼすであろう。」

国王が観念して言うが、チャッピーはなお続ける
「そうは言っても、5大国の一つ、武装のマウントがよもや、ヤヘイに戦線を傾けすぎて、本国が取られたんじゃ、情けなさ過ぎる。ひとつ提案なんだけどよ・・・」
チャッピーの目が赤く変わる。

「ヤヘイはまだ力を取り戻してねぇ。このままヤヘイをぶん取れ。俺がおまえの参謀として、責任持ってマウント軍を預かるからよ。給料は、生活できる分だけでかまわねぇ。その代わり、マウント軍で、今話題の海賊を鎮圧する。」
マウント国王はチャッピーの言い分もわからないでもない。何より言葉乱暴に、わがままを言っているようだが、律儀に雇用の値段を設定させてくれたり、部下として動くと言っているあたり、マウントに敵意があるわけではなさそうだ。
「いいだろう。私が戦線に早馬を出してヤヘイ攻略を指示するのだな?くれぐれも国民には手を出すなよ。わしとてマウントの国王なれば・・・」
国王は、覇気と殺気と闘気を同時に放出した。二つ以上を同時に扱うのは至難の技だが、さすがは皇帝だけある。チャッピーの赤目を見ても正常でいられるほどなので、普通の人ならば、ひれ伏してしまうか逃げ出すであろう。
チャッピーは契約成立と見るや、言葉も丁寧に
「見事です。陛下。早馬は私にお任せください。チボーン出身の身なば、陛下にお伝えしたように、戦線の責任者に連絡をいたします。・・・落々ホーン!」

所変わって、ヤヘイ側国境沿いのマウント軍中央拠点。総大将を努める、先の准将、現在の少将に連絡が入った。
"国王に謁見したチャッピーである。陛下のお達しにより、チボーンにおける私の権力の元、チボーンからの侵攻は無い。逆にチボーンに先んじて、ヤヘイの戦力を吸収せよ。わが国の武装とヤヘイの身体能力の合併は、天下統一をも現実に引き寄せ、問題の海賊を退治する力ともなる。平和を勝ち取る勇者達よ。マウント国王の名において、正義の力でヤヘイを平定せよ。"
少将が聞き取ったセリフである。どうにも納得が行かないが、本国で何かしらの動きがあったらしい。
だが、国王の声も聞こえる。
「少将、私だ。優秀な魔術師がわが国の参謀として賛同してくれた。ついては、先の指示は私の意志である。早急にヤヘイを叩け。」

これではしたがわざるを得ない。マウント軍はついにヤヘイを襲撃することになったが、ヤヘイには恐ろしい男がいた。先のスカイヤ戦線では、昼寝していて乗り遅れたという、男である。
闘技場に入っても、優勝賞金を押し付けられて門前払いを食らう。時々勘弁してくださいと何ももらえずに追い返される場合もある。
その男の名はゼル。唯一チャッピーの誤算を引き起こした男である。


マウント軍が得意の長蛇陣で攻めかかると、ゼルは一人仁王立ちになり、ストレートを打ちはなった。
覇気と赤目を組み合わせるという離れ業で、繰り出された一撃は、将棋倒しのようにマウント軍をなぎ払った。かかと落としのようなフォームを取れば確かにかかと落としなのだろう。地面が陥没する。
鋭い真空の刃が現れてまたしてもマウント軍をなぎ払っていく。
マウント軍は再び、たった一人の戦士による壊滅を果たすことになった。
ゼルは最後に地面に拳を打ち込むと、半径数キロメートルが地割れを引き起こしていく。
マウント軍は落とし穴にはまったように、身動きが取れなくなった。

 マウント国王がこの敗戦の結果を聞くより早くチャッピーは海賊討伐に向かった。

天才と呼ばれるマウント国王に、落落ホーンを伝授したらすんなり覚えてしまった。
チャッピーも圧倒的な軍事力と、弱りきった格闘集団では、勝負が見えていると楽観していたが、
国王からメッセージが来た。
「チャッピー、どういうことだ。ヤヘイに赤目使いが現れて敗北したというではないか。日付からして、貴様がやったわけではないのはわかるが、どう責任を取るつもりだ。」
チャッピーは足を止める。始めてみせるあせりの表情である。
「チャッピー元帥、いかがされましたか?」
チャッピーは考え込んだままだが、
「しばらく考えさせてもらう。マウントがたった今負けたという。おまえ達は今すぐ本国を守りに行け。」


いつものチンピラ口調じゃないチャッピーは不気味だが、海賊討伐の3万人が急いで本国を固めにいった。もう一人の赤目とはなにものか?自分も赤目だが、ヤヘイにいる赤目なら、おそらく格闘タイプ。
おそらく、魔法を使う余裕が無い。タイマンだけは避けるべきだ。そうなると、リナにはただ会うのではなく、コンビを組んでもらう必要がある。黄色眼と赤目のコンビなら、アシストが赤目でも十分対抗できる。
「落落ホーン!」
チャッピーは国王にメッセージを送った。
「ヤヘイの赤目の戦士を倒します。リナを倒せないまでも、おとなしくするよう、説得するつもりでしたが、協力を仰ぐ形にします。赤目を使う私と、黄色眼にしてオーシャンの英雄リナの協力があれば、その赤目の戦士は撃退できます。なお、私が借りた3万人は、早急に本国に帰還するよう命じたので、この3万人で凌いでください。」
受信した国王は一瞬戸惑った。落ち着いたトーンで、理路整然とした話し方はチンピラなチャッピーのそれとは違う。だが、言ってることはチャッピーにしか言えないことだ。リナを倒すのではなく、話し合うという形にして兵士を本国に全部返すあたり、思い切っている。
マウント国王は今しばらく、チャッピーを信用してもいい気分になっていた。
チャッピーは計画もなにも無い。そのゼルという男に台無しにされたのだ。マウントを海賊討伐の英雄に仕立て上げて、弱ったヤヘイも合併。平和協定のスカイヤをさらに外交交渉で抱き込んで、大国にし、チボーン共和国を降伏に追い込む、マウントをベースにした世界統合計画である。
世界統合の後は、全世界の国力でリナを叩けばよかった。
リナは海賊という形で、国の間違いを叩いている。
ルナは、巨大組織を動かして、住民を守ろうとしている。チャッピーはチャッピーで世界を無理やりまとめようとしていた。後の四天王の一人、チャッピーもまた、戦争だらけの世界をナントカしようと動いていたのだ。

遠くに、メルヘンチックな巨大軍艦を見つけた。赤目で見ると果たして、船首にリナがいる。険しい表情の黄色眼だ。敵意の無い赤目すらも見えれば怖いようだ。
またしても、落落ホーンの出番である。リナに話し合いをさせてもらうように要請したのだ。
 さて、久々のリナである。23歳にして始めて黄色眼でも押し負けてしまう恐ろしいやつに出会ってしまった。かつて一度だけ勝てなかった勝負を思い出す。今逆らえば、船もろとも自分も何もできないままやられるだろう。今は従うしかない。チャッピーが空を軽やかに飛んでくる。
「よう、黄色眼のねーちゃん。赤いのは初めてかい?」
黄色眼は使いすぎると赤みがかってくる。力加減で対抗できるかもしれない。リナは黄色眼に様々な力を込めてみた。果たしてオレンジ色の目になった。
「おー、もうちょっともうちょっと。こりゃ、近々、赤目コンビになれそうだぜ。」
眉毛をぴくぴくさせながら、リナは言う。
「コンビ・・・?どういうこと・・・っ!!」
「あーあー力じゃねぇよ。目に覇気を込めるんだ。目と覇気じゃなくて、目に覇気を込める。力抜けよ。やりにくいぜ?コンビってのはまぁあれだ、おめーも思うところがあって、海賊やってんだろ?」
そういう間にもリナの目はどんどん赤くなっていく。カッと赤い光が船中を照らす。乗組員がばたばたと倒れた。
「思うところというと?」
赤い目でリラックスしたリナが言う。
「うへぇ・・・俺のときより派手。みんなのびてらぁ・・・。おめーの海賊がやりかたってのはよ、いけすかねぇ国のいけすかねぇ連中が目下の狙いだ。軍隊とか戦争の原因になるものばかり襲って、それでいて、裏では、ルナと組んで一般市民を守っている。ちがうか?」
リナは驚きの余りまた目に力が入ってしまった。一瞬黒い目が見え隠れしてもとの赤目にもどった。
「いてぇっ!赤目開いて早々に死神開花かよ。やめてくれや。交渉にならなくなっちまうぜ。まぁ図星のようだな。」
リナは上を向いて、ひたすらさっきのをもう一度やろうとしている。
「ついさっきまで俺のほうが圧倒してたのに、一瞬で俺が完璧におべっかじゃねぇか・・・。こいつ・・・ヘタしたら・・・」
また、さっきの衝撃がチャッピーを襲った。

単発ではない、断続的にだ。おぞましい恐怖。赤目で対抗してすら、全身をバラバラにされる寸前の痛みの一瞬前の感覚が全身を支配する。
まぶたが重い。目をこじ開けてリナの目を見ると、眼球が漆黒で、赤い瞳がこちらを見ている。
程なくリナは倒れてしまう。

「・・・なんてこった・・・。体力消費が激しいってところまで本当とは・・・。剣聖ムサシのジョークはジョークじゃねぇってこった。・・・かの者に大地の力を!」
チャッピーの使う体力回復の魔術である。赤目で使うと、落命寸前から、絶命直後の常態から蘇生も可能だ。リナはすんなり目を覚ました。
今は、普通の目でこちらを見ている。瞬きすると黄色眼、もういちどで赤目、次は・・・死神だ。
「いてぇっ!つか人のほくろ見てんじゃねぇ!」
次はまた普通の目に戻っている。なるほど、見られた人間は強力な恐怖とともに直視されている箇所に痛みを感じるらしい。
「そろそろこたえてくれねぇか?おめーが海賊やってる理由をよ。」
チャッピーがたずねると、
「あなたが言うとおり、ボクは海賊で国を敵に回しながら、戦争ができないように芽を摘んでいた。ヤヘイに信じられない人がいるのは知らなかったけど、ボクは次はマウントを狙うつもりだった。」
だからこそ、マウントの海岸、ヤヘイ方面に船がある。
「俺はよ、マウントの軍師やってんだ。俺のプランでは、マウントを操れば世界は一つになる。・・・はずだったんだが、ヤヘイの野郎が邪魔しやがってご破算だ。だが、俺は世界征服して無理やり戦争を無くすつもりだった。とりあえず、ヤヘイの邪魔をぶっ潰す。それから、世界征服をするんだ。おめーはもう海賊なんてやめて、仁商連にもどれよ。ルナの持ってる軍事力なら、適当に国をぶんどってそっからどうにかできる。」
たしかに、リナも海を渡って、一番強い国を叩いているだけでは戦争の完全な沈静は難しいと思い始めていた。そして、赤目を使うゼルという人物が気になる。藤田に命令して、一路ヤヘイに向かった。リナは海にイタズラを施した。
「ボクの財宝か?欲しけりゃくれてやる。探せぇ?」
どこかの海賊王みたいなセリフを残して海賊を辞めた。もはやどこの海に行ってもリナの傘下だったが一気にリナの手を離れたために一斉に独立してしまった。
「おい、この船以外の海賊達は独立しちまったみたいだぞ?」
ヤヘイの宿で、キムチバーガーを食べながら、チャッピーが言う。
「大丈夫。海にはボクより強いのはいないし、藤田が頑張ってるから、荒れないと思う。」
キムチスパゲティを箸ですすりながら、リナが言う。
リナが言うならまぁいいだろう。チャッピーはマウントに落落ホーンを使った。リナと合流成功、ゼル討伐に乗り出すという連絡を飛ばした。明日、闘技場に乗り込むが、これから戦うであろうゼルとは何者であろうか?マウントをたった一人でねじ伏せる男のプロローグがこれから語られる。

 1年さかのぼる。ゼルは生活費がそこをついていた。いつもどおりに闘技場に向かう。
1回戦目の参加は無料、2回戦目は一回戦で得た賞金を全額払って出場する。勝った数だけ、報酬が入る仕組みだ。ゼルは、迷うことなく、最上級のランクに署名した。仮面をかぶり、0と書いた。
ゼルと書けば直ちに出場を断られてしまう。
一回戦は、ヤヘイの名門道場の師範である。が、ゼルはその場から一歩も動かずに、拳をちょいと前に出して叩き伏せた。何のことはない。相手の襲ってくる力の全てを拳一点に集中して返しただけである。
二回戦は、闘技場の元チャンプ。柔道をベースにした、格闘術で、投げ技を繰り出す。
突進してこないあたりやりにくいが、伸ばした手が、自らの左腕を捕まえて引きずり込んで足をかけるというのを物語っていた。そのためには、いったん止まらねばならない。こちらが前に出ようとすると、その力をそのまま流される。
左足を放り出した。つま先が相手の膝の関節を直撃する。そのまま相手は倒れこんでしまった。
三回戦、これに勝てば最高額が手に入る。果たして相手は、闘技場のチンピラである。
ちょっと強いからとチャンピオンの特別手当で食事をしている。
3回連続優勝で、チャンピオンとして、毎回三回戦目に出場となり、負けても二回戦を勝ち抜いた金額をもらえる。だが、ゼルが何度も倒したチンピラなので、スタイルはわかっている。ボクシングベースで、けん制ジャブ2発の後のストレートがお約束だ。ゼルの読みどおり、目の前をかすめるジャブを二発、ストレートが飛んでくるが、今回は、つかんで一本背負いを放つことにした。
同じ勝ち方をすると、名前がばれてしまう。
あっさり優勝したゼルはしばらく、荒稼ぎするため、不動明王ゼロと名乗ることにした。
自分からは動かず、一歩も動かずに相手を叩き伏せるところからちょうどいい名前だと思った。
だが、会場アナウンスはひどいものだった。
「仮面のイカサマ戦士ゼロの登場だ!常にどこかにわなを仕掛けて、自分は何もせずにのうのうとかったつもりでいる!さぁ!このイカサマあんちゃんをぶちのめすのは誰だーっ!」
冗談ではない。相手が間抜けなだけだ。
「もうちょっと苦しんだフリをしないと怪しまれるぞ。難しいぞ。でもがんばるぞ!」
シード権で、3回戦に勝ち進んできたのは、棍棒を使う中年の男だった。
「今はゼロか・・・紛らわしいな。少しは加減してくれよ?」
この男には仮面の下がわかっているらしい。仮面のしたから、片目を閉じて、片方の目だけで赤目を使う。一つの目で一人だけを見る場合、赤目の力は分散されない。両方の目で立体的に世界を見る中の一つを見るから、威力は抜群だが、それだと、力がもれてしまう。とどのつまり、ゼルの正体がばれてしまうのだ。棍棒の男がひるむ。ゼルはゆっくりと走って、気の抜けたパンチを当てる。
男は、何メートルか転がって気絶する。パフォーマンスとして、男を持ち上げ、くるくると回ってみせる。勝っているのだからこれ以上いたぶっては格闘技の精神に反するので、そっと寝かせるとその場を後にした。それでも鋭いものはなんとなく気がついているようだ。
「あの仮面野郎・・・この前にいた、めちゃくちゃ強い黄色眼コンビみたいな戦い方だな。黄色眼ごときじゃひるむやつはいないから、おそらく・・・」
「まさか赤目がそうそういてたまるもんかい。あの仮面はやっぱりインチキしてるのさ。インチキを打ち破る正統派勇者の登場を待つってのが、今の闘技場の暗黙のルールってもんだぜ。」
まるでプロレスだ。プロレスもある程度物語性を出すため、仲のいい選手が対立してみたりする。
残念ながら今のこの覆面ゼルを倒せるものはいない。
闘技場もこのでたらめな強さをインチキという設定で通してきたものの、戦いが面白くない。
一口10円のトトくじにおいても、ゼロの倍率は1.0倍。勝負にならないという胴元の悲鳴である。
ゼロの倍率をせめて1.1にできるよう、チャンピオンのトライロードなる、企画を立ち上げた。
徒手空拳のゼロに対し、武器を使用可能にすることと、団体戦チーム、タッグチームも全てがそのままゼロと対決可能という条件で、ゼロに10連戦をさせる。ゼロの10連勝の倍率は5.0と定められた。
ゼロにこの企画を闘技場は提示した。ゼロは仮面を取った。
「お客さんの前でも同じようにさせてもらうよ。さすがにハンデマッチを10連戦じゃぁ僕だってきつい。こういう試合を待ってたんだ。」
ゼルは仮面を取ってリングに上った。


「インチキ格闘家の正体は、ヤヘイの皇帝ゼル!共和国国王と並んでヤヘイが誇る究極のファイターだ。この男にインチキは無い。仮面をかぶって正体を隠していた!さぁ、ゼルが挑むのは過酷なハンディキャップマッチ10連戦。最初の5戦は、武器の使用を認められているタッグコンビ5チーム。残る5戦はやはり、武器の使用が認められる5人団体5チーム。合計35人とバトルだ!ゼルとわかった今!ゼロの10連勝くじは一気に売り切れる!チケットショップに急げ!!」
ゼロが仮面を取って捨てた時点でほとんどの観客がチケットの売店に詰め掛けていた。ゼル=無敗という約束はハンデも連戦も関係ないのだ。ファイトマネーは常に、配当金の最高金額を上乗せする。ゴングが鳴った。
まず、現れたのは、槍と剣士のコンビ。もともと二人とも棍棒によるスタイルだが、相手がゼルでは、そう甘いことはいえない。これでも勝てる見込みは薄いのだ。
槍で猛烈に突くが、ゼルは見もせずにかわしていく。ハエを手でつかむよりも難しいほどの身のこなしである。剣の男がその隙を突こうとするが、特殊なグローブをはめた手で掴み取られてしまう。
ゼルは剣を殴りつけた。剣はあっさり割れてしまう。先ほどからみもせずによけている槍もつかんでへし折ってしまう。
ガガンと鈍い音が2度続いて聞こえると、すでに二人が倒れてしまっている。
ゴングが鳴るとともに次のチームが殴りこんでくる。ゼルは飛び上がり、照明の逆光の位置を取り、武器など関係なしに次のチームを撃破。
今度は覇気をみなぎらせた二人組みだ。覇気や殺気などの能力は全部で6つある。これらのうち一つあれば、黄色眼に対抗できる。二つあれば黄色眼に勝てる場合がある。4つあれば伝説の赤目に対抗できるという。

5つ以上は使いこなせたものがいない。よってどうなるかはわからないが、これらの能力は同時に使うと足し算ではなく、掛け算のように増大する。
さて、覇気を二人相手にするのは少々大変だ。ゼルは赤目を開いた。二人の動きが止まる。
足払いからすばやくフォール。そのまま3秒たつと、ゴング。
次の二人組みは、現タッグ王者の二人だ。ヌンチャクと槍の組み合わせだ。
ヌンチャクがゼルを釘付けにする。今までの連中とは確かにわけがちがう。ヌンチャクはスピーディーで、素手で受けると、骨折の恐れがある。ゼルの場合はヌンチャクといえば捕まえるもの。
すばやく二本のヌンチャクを捕まえて、奪うと同時に槍をよける。
さて、槍が相手ではヌンチャクは少々厳しい。長さの違いと、ヌンチャクの弱点である、接点が簡単につらぬかれるためだ。
槍の柄の部分を巧みに足でさばき、グッと踏み込んだところにヌンチャクの猛ラッシュ。一瞬で顔面がぼこぼこにはれ上がる。チャンピオンコンビもゼルの前では子供あつかいだ。


次の二人は、ヤヘイ軍総監督の二人だ。実践の力を見せしめるという割には、筋肉だけが頼りの二人である。ゼルは飛び上がり、二人の頭に足をかけてパタンと閉じて、二人の頭をぶつけあってゴング。
次の二人が入ってくると、目の前で手をパチンと叩いた。足払いのあと、片足でフォール。もう一人がフォールをはずそうとするが、拳の先から衝撃波をくり出して近づけない。一人が倒れた後すかさず、
後ろに回り、延髄をピシャリ。これでタッグチームは全滅だ。


団体5人が一斉に襲い掛かる。剣士3人、アーチャー二人。まぁお約束といえばお約束の配列だ。
先ほどのヌンチャクで3人の剣をがしがし裁く。飛んでくる弓も弾き飛ばしていく。
その間に足で一人ずつ、気絶させる。のこったアーチャーはゼルの動きも見えないうちに倒れる。
ゼルは面倒になったので、赤目を開いて入り口をにらみつけた。
会場全体に険悪な空気が渦巻いて、ほどなく、残りのチームが全部棄権したというアナウンスが入った。
ゼルの6連勝にして、4不戦勝。結果10連勝を達成したことになる。
賞金を持ち帰り、家で寝ていたが、目が覚めると、ポストに新聞が入っている。
「マウント、つかれきったヤヘイに鉄槌宣言。」
ヤヘイは、ゼルにとっては家である。家を荒らすやつは容赦しない。
ヤヘイ側の軍に従軍したまま年が明けた。
果たしてマウントは攻撃をしてきた。だが、ゼルはちぎっては投げ、銃弾をつかんでは投げ返す暴れぶり。数で圧倒するマウントに無類の強さを見せ付けて撃退。
味方にマッスルポージングを披露して、闘技場にもどった。

一人の剣士が、ゼルに勝るとも劣らない勢いで勝利を重ねているという。
ゼルは、その剣士と戦ってみたくなった。
赤い目をした少女剣士。ルナというらしい。長い髪が、かわいらしいが、剣筋は相当鋭い。
赤目を使っていれば当然であろう。観客席からふわりと闘技場に着地したゼルは、ルナに言う。
「一つ手合わせ願いたい。ボクは格闘がメインだから、このままで大丈夫。さぁ、どこからでもどうぞ。」

ゼルは滅多に見せないが、構えを取った。アナウンスが響く。
「ゼルが身構えています!!乱入したゼルが身構えたのは、国王との試合以来!やはりこの少女は只者ではないっ!!!」

闘技場側は、このルナという少女の力で闘技場のバランスが保てると考えた。
赤目同士の対決なので、中継はスクリーンによる撮影になる。赤目は直視すると、気を失う可能性があるためだ。カメラマンはいない。観客席にそびえ立つ、無人カメラが二人をとらえていく・・・。

ルナは様子を見る感じで、スッと剣を振りおろすが、気づけば、ゼルは30メートル右側に、ルナは20メートル離れた場所から、ゼルがもといた位置にいる。
1秒を数えない間になにがおきたのか?

まず、ルナが剣を振ると、大きな衝撃波が3個も現れた。
ゼルは臆することなく、それらを裁いた。
ルナはかけよって、ゼルに二刀流を繰り出すが、ゼルはすっと右側によけて、刃物を通さぬ拳で猛攻。
ルナはそれを裁きつつ、時折足技で、ゼルに報いるが、ゼルはそれらを弾いていく。ゼルにすれば、捕まえる余裕などまるでない、信じられない速さであるが、自分の基準に近いもので、落ち着いて向き合えばかわせなくもない。
ゼルは、気合を込めた拳で、ルナの剣もろともルナを攻撃するが、ルナはそれを見切り、よけて切りつける。ゼルは、距離を取るが、力加減を間違えて、30メートルほど飛んでしまった。
一部の黄色眼の観客が一部始終を見切れたが、自分には到底真似できない。

それは、フェイシングの試合を初心者が見たところで何が起きたかわからぬうちに、終わってしまう感覚に近い。黄色眼で見てもこのレベルである。赤目同士の激突とは、こういうことなのだ。
「今の私に敵はないと思っていたのに、あなたのような人がいたのね。」
ルナが感心したように言うが、表情は余裕にあふれている。対するゼルは
「虚勢を張っても無駄さ。僕を相手に本当はけっこう頑張ってるんじゃないかい?」
少なくともゼルはもう本気を出していた。
「あなたがもし、これで本気ならば、私の勝ちは見えているわ。私はあのリナより2段も上にいったのよ。」
ルナの表情が真剣になり、カッと目を見開くと、黒い眼球に赤い瞳があらわれた。死神である。


ゼルの全身に激痛が走る。実際、ルナは目の前にいるが、腕が見えない。身体には絶え間なくなにかが、触れているようだが、感覚がない。ただ、後ろに何かあるだけだ。その何かとは壁だが、それもなくなったら、闘技場の外にいた。
「僕は闘技場にいて、赤目の剣士と戦っていて・・・」
ゼルは死神状態のルナに何をされたのかわかっていない。
ルナ視点で話をすると、こうだ。
死神を開いた状態で、ゼルがその場で立ちすくんでしまった。無防備なゼルに歩み寄り、徒手空拳による、ラッシュを加えた。闘技場の壁に打ち付けられるが構わずに殴り続けていると、闘技場の壁がどんどん削れて、とうとう吹き飛んでいってしまった。それだけである。


なお、スクリーンの映像では、ルナの姿からただならぬオーラを感じ取ったが、一瞬でゼルを押し込んで壁に穴を開けたとだけ認識できた。

ゼルは、思い出せない。だが、遠く闘技場から聞こえる声を聞くと、自分は負けたようだ。
赤目で対抗できない力。それがゼルの現実であった。後ろから話しかけられた。
「どうかしら?死神の威力。正直言って、今殴りかかられたら負けちゃうわ。あれ、疲れるのよ。」
ゼルの後ろにルナがいた。闘技場から実に数百メートル吹き飛んでいる間に、後ろをしっかり取られている。
「僕は一瞬とは言え気を失っていた。君の勝ちだ。完敗だよ。」
ゼルは負けを認めた。ルナの力は興味深い。そこで、ゼルはたずねた。

「君はなにか目的があって闘技場に来たのかい?」
ルナは答える。
「暇つぶし。タッグ戦の賞金を稼ぎたくてパートナーを探してたの。あなたなら十分合格ね。赤目だし。」
なるほど、死神は長時間使えないだけに、赤目のパートナーがいれば、自分が死神で食い止めて赤目のパートナーに片付けてもらえるという公算だ。そしてなにより、死神の能力は、伝説の剣豪がさらに伝説として言い残したもの。そうそう気楽にホイホイ使えるはずがない。
ゼルはルナのパートナーとして闘技場を牛耳ることにした。

さて、リナ達はヤヘイにたどり着き、情報を集めることにした。
ヤヘイは今闘技場が大変なことになっているらしい。
なんでも、信じられない能力の二人組みが頂点に君臨し、誰も挑むことすらできずに、いるらしい。
目隠しをした上で、手足を縛るというハンデをつけてさえ、誰もかなわないという。
死神の能力にある程度慣れてきたリナでもそういう戦いはできなくもないが、本当にやれば、死神を使うであろう。目隠しごときでは防げない力だ。
「二人組みのうちの一人はゼルだ。赤目なら、多少のハンデは楽勝だ。どいつもこいつも大げさなんだよ。俺たちで軽くひねってやれ。」
チャッピーがあきれて言う。なるほど、チャッピーの場合は口さえ無事なら魔法で戦える。
だが、闘技場に到着してうわさの二人組みと戦いたいといえば、受付で笑われてしまう。


「化け物ですよ。あれは。たかが参加費5万円しか取れないとわかりきってるんです。それで彼らに莫大なファイトマネーを出すんですから、赤字なんですよ赤字!あんたらみたいな赤目とはちがう・・・赤目???」
二人はすでに、どす黒い赤目で受付の頭上の時計を見ている。目を合わせると、受付が倒れてしまうからにすぎない。
「誰と違うってんだ?俺たち首が疲れたからそろそろ、上向くのをやめたいんだが・・・試合は当然・・・」
チャッピーが、淡々と言うが受付は大慌てで
「出場登録しておきましたっ!控え室はあちらなので時間をおまちくだざ・・・・」
リナがうっかり頭を下ろしてしまった。受付はその場で伸びてしまった。丸太のような腕の筋肉のおじさんだった。今のリナは赤目と死神の中間的な強さの赤目を使う。腹筋が割れてようが、鉄板のような胸板だろうが、リナの前ではどうにもできないのだ。
「さぁ、赤いカラーコンタクトで、ゼルの真似をしたがるアベックが本当に闘技場に立った!黄色眼のリナのナイトは貧弱な魔術師。なんという無謀。お出迎えは、闘技場の番兵、浜崎と松尾のダウンコンビだ。」
全身にワセリンを塗った変態が現れた。しかも二人だ。手に持ったダンベルで殴りつけるのだろうか?
リナもチャッピーもあきれるばかりだ。リナはウィンクをプレゼントした。死神でウインクなので、文字通り突き刺さる。確かに二人のマッチョはめろめろになった。(肉体的に、精神的に倒れた)

予想外である。ダウンコンビは現在唯一ゼルとルナに対抗しうるとされている超人だが、まさかウィンクで倒されるなど、誰も予想しない。片目による、点の攻撃なので、周りには死神どころか、黄色眼系の技であることすら、わからない。
トリックでもなんでも、闘技場史上最大のファイトマネーをがつがつむさぼる二人を排除できるなら、あのルナのライバルであるリナともう一人をぶつけてもいいかもしれないと闘技場は判断した。

「さぁ、次はお待ちかね・・・でもないよ。ゼルとルナのコンビの登場だ。トトはやめとけ。金の無駄だ。でも買って欲しいのがうちらの本音。対抗するのは、ルナのライバルリナだ。リナルナの疾風の快進撃が今度はぶつかりいになった!リナのナイトは杖を使う、ヘナチョコ戦士だ!!」
失礼な実況がはいる。
「うるせーな。燃やしてやろうか?ああ?ラクラクホーン」
チャッピーがボソッとつぶやくと、実況の声が裏返った。
「魔性の魔術、冴え渡る頭脳が離れ業を制するチャッピー!現在の注目のファイターだ!!」
声どころか、言ってることまで裏返っている。この実況、実を言うと、昇り龍の刺青を彫った筋肉で、全身に傷がある。が、背中にだけは一切の傷がない。
"刺青を守るのと、逃げない証拠に背中には一切傷がないのだぁ?"

リナは嫌みたらしいアナウンスなどどうでもよかった。ルナがあのルナである場合、いくら赤目とその上の死神をもっているとはいえ、激戦は免れない。ゼルも含め、赤目と黄色眼のコンビは苦しい。
こちらは、赤目と死神のコンビだが、後方支援だ。
はたして、花道からは、セミロングヘアの格闘家とロングヘアの美女の剣士だ。
ゼルとルナである。こちらは、ショートヘアのリナと、角刈りのチャッピーである。
先にリナが口を開いた。

「仁商連はどうなったの?こんなところで遊んでる場合?」
これにたいし、ルナは
「ゼルに代表をやらせてるの。私に負けたのだから、当然ね。ヤヘイにも支部を置いて責任者もついて、仁商連はちゃんと機能しているわ。」
黄色眼で言うルナにリナも黄色眼でにらみ返す。
男衆も舌戦をしている。
「おめーか。マウントをボコってくれちゃった赤目野郎ってのはよぉ?」
「そういう君こそ、チボーンの頭脳からマウントの頭脳になってるらしいじゃないか。僕と同じ目でね。」
赤目どうしのにらみ合いである。今回は、赤目4人の戦いということで、スクリーン投影をさらに撮影する方式がとられた。


今、世界最強のタッグ戦のゴングが鳴った。4カ国から出てきた、軍隊を圧殺する超人4人が入り乱れて戦う。頂上決戦である。
ゼルが、リナに赤目で殴りかかる。だが、チャッピーがそれを妨害する。
杖で、ゼルの攻撃をさばく。だが、チャッピーは正確に言えばさばくふりをしている。
ゼルもそれを一瞬で見破っており、確実に入っているのに、弾かれているのがわかる。
「チボーンは魔法が得意というけど、そのぶよぶよしているのも、魔法なのかい?」
「ぶよぶよ?おめーは、銃弾みてぇなパンチしてたのかよ?へぇ?」
余裕をかます、チャッピーだが、内心は舌をまいている。どう頑張っても、全力で殴れば、拳の方がつぶれるはずで、バリアの弾力などわかるはずがないのだ。そもそも、このバリアをはっているうちは思うように動けない。実質チャッピーはゼルに釘付けにされている。

リナとルナは、いつかの戦争と同じように技の応酬をする。闘技場で強化した、厚さ50センチの鉄の壁を衝撃波で削っていく。技の応酬は、体力の無駄と、感じた二人は距離を開ける。
「私も強くなったつもりだけど、やっぱりあなたは強いわね。いいものを見せてあげるわ。」
ルナはすたすたと歩く。リナとすれ違う瞬間、一瞬だけ死神をあけて、リナの剣に自分の剣をぶつけた。リナの剣がバラバラになった。
「ルナらしい技だね。じゃぁボクも見せてあげるよ。」
とはいえ、ルナはすでに見ている。リナの剣は、カチンと言う間に、自分のもう片方の剣を1000回刺した。ルナの剣もバラバラになる。お互いに残った一本で、技をぶつけ合うと・・・
この世のものとは思えない音が聞こえた。二人の間で炸裂が生じ、お互いの剣が溶けてしまっている。
二人の死神は、二重のスクリーン越しでも、見るものを圧倒した。その衝撃が、打ち合いのゼルとチャッピーにも向かう。
「チッ、ケリカンよぉ、こいつぁ試合中止だ。特注の壁が跡形もねぇよ。二人分とはいえ、俺のバリアが破られるくらいだからな。」
衝撃は、闘技場を木っ端微塵に粉砕した。チャッピーの特殊なバリアがなければ、消し飛んでいただろう。それですら、ゼルもチャッピーも傷だらけだ。
誰もがこんな戦いを見たことはない。だが、闘技場の実況だけは生きていた。
「こ、・・・こんなアホな闘いがあるかっ!変な赤目の二人の少女に闘技場が破壊されたぁ?っ」
ヤヘイのテレビ局が急いでニュース番組に切り替える。全てのカメラが故障したのだ。
世界最強の四人組がここに現れたのだ。


 リナは27歳になった。この間、ずっと4人で行動していた。この間に、リナとチャッピー、ゼルとルナの組み合わせで世界を漫遊していた。
リナはチャッピーといい加減仲良くなっていた。
「チャッピー♪ボクを見て・・・」
子供っぽいくせに、色目を使おうとするリナだが、チャッピーは冷たく言う。
「で、俺がおまえのめん玉見たら死神するんだろ?」
「あー、ずるい?。ボクのこと疑ってる。チャッピーのバカ。」
何のことはない、宿でチャッピーを起こすときも、いい雰囲気のときも平然といきなり死神を開けてちくりとやるのが、リナ流の愛情表現なのだ。
今度はリナが目をつぶって、チャッピーに迫る。チャッピーはこれが一番苦手だ。
引き寄せられていくと・・・抱きつかれた。頭をすーっとなぞられる。朝でも、人前でも、どこでもやるから手に負えない。
そんな二人が、スカイヤのとある地区の新島の事務所で、まじめに花屋の経営を話し合っていると、組員が飛び込んできた。
「スカイヤ国がつぶれますたい!!」
組員の冗談かとも思ったが、会議の後にブチックホテルなる、宿に立ち寄ったときに買って来た。
新聞を見ると、スカイヤは全面降伏宣言をしたとある。記者の記述には、これでスカイヤの土地をめぐって4カ国の総当たり戦が、予想されると書いてある。
チャッピーは即座に考えた。闘技場を破壊した4人全員が4カ国にちらばり、戦力のバランスを取る。スカイヤの地でにらみ合ったところに四人が出る。あとは四人で、全軍をつぶす。もちろん命はとらない。自分たちがいるかぎり、戦争を許さないということを世界に示すのである。
リナが大変涼しい格好で、チャッピーの膝によだれを垂れ流して寝ているところに、チャッピーはラクラクホーンを使った。
リナがむっくり起き上がってチャッピーに抱きつくが、ゆっくりリナを引き離して先の作戦と、実際の情報とを説明した。リナは離れたくないといいつつも、オーシャンに行くことになった。チャッピーはチボーンに向かう。
外はまだ暗い。リナとチャッピーは、これを最後にしばらくは訪れない機会を、十分に満喫した。

 ルナは途中ガーデニングショップをしているときに、アイラと名乗る少女に会っていた。子供ながらに槍を構えるが、いかんせん大きすぎる。少女が持つには重過ぎる。ゼルは武器を持つこと自体が邪道だと言うが、ゼルはこの店ではただの掃除屋にすぎないので無視された。

少女はどうしても、自分の道場に花を添えるのだと、ルナのガーデニングショップに立ち寄ったのだ。店長と腕試しをすれば無料になるという張り紙を見てやってきた。
店長は負けてしまった。ルナは興味を持った。あの重たい槍でどうやって店長を倒したのか?
一応黄色眼に驚かない程度の耐性はつけているが・・・。アイラのこれからは、後にしっかり語られる。
ラクラクホーンが、届いた。スカイヤが、4国同盟によって、降服を強いられたという。
これは重大である。スカイヤが消滅したということは、領土を狙って4国が入り乱れて戦うことになる。
ルナは、ゼルと抱き合った。
「私はマウント、あなたはヤヘイ。今はもう、お互いに戦力を均衡にして、ぎりぎりで全部を消すしかなくなったわ。あなたと戦いたくない。」
これにたいして、ゼルはたくましく言う。
「僕より強いくせにずるいよ。大丈夫。どんなに激しい戦争でも、君だけは守るよ。裏切り者にだってなってやるさ。君のためだから。」
そっと、顔だけ重ねあってお互いに、地元に向かった。
オーシャン軍、総勢300万人。マウント国総勢250万人、チボーン共和国総勢400万人、ヤヘイ180万人がスカイヤに集結した。それぞれの国がそれぞれに主張しあう。
「わがオーシャンには、世界を恐怖に陥れし海賊にして、伝説の戦争請負人リナを擁している。貴様らに勝ち目はない!」
「わがマウントには生ける伝説ルナがいる。ルナは新たな力をやどしており、世界を滅することも不可能ではない。世界を滅する、すなわち、ここにいる全ての敵をいっそうできるのだ!」
「当チボーンが誇る、頭脳チャッピーの力をみよや。赤目の魔法攻撃は、貴様らのような野蛮人をきれいに洗い流すであろう。
われらの魔法があれば、貴様ら蛮族恐れるにいたらず!」
「我らヤヘイの最強集団は筆頭にゼルがいる。ゼルは先の戦でマウントを一瞬で滅ぼした。世界最強の戦士である。伝説云々ごときが最強たるヤヘイの最強の戦士にかなうものか。」

スカイヤの陸に800万、残り330万が海軍である。オーシャンの300万人は全軍海兵なので、海で静観して、3国が弱ったところに上陸するというプランのようだ。
そうはさせじと、チボーンの魔術部隊がオーシャン艦隊に猛攻をけしかける。
火の玉や氷の雨といった攻撃だが、ここはリナが抑え込む。リナは赤目を開いて、剣を一薙ぎすると、衝撃波が実に100発も現れた。次々とチボーンの魔術隊が吹き飛んでいく。リナの攻撃は一薙ぎで100発だから、猛烈に剣を振り回せば、その破壊力は凄まじい。
さて、チボーンにはチャッピーがいる。
なるほど、空中を飛んでくる衝撃波は人を吹き飛ばすには最適だ。バリアをつければ問題はない。
衝撃波の威力からバリアの厚さを推し量り、薄く延ばして広げるとすれば・・・50メートルはカバーできるだろう。
「魔術隊は長蛇陣を展開。前衛はバリアを張れ。リナの攻撃に瞬発力はあまりない。中列は、他の2国の動きにあわせて迎撃。しっかり守っておけ。」
チャッピーは今回、チボーンを生かすことにした。チボーンは最大兵力だが、単体での戦争は向いていない。巨大な補助魔法集団であるがゆえに、白兵戦だけは絶対にできないのだ。チボーンをベースにした世界を作れば、戦争を奨励しきれない。

さて、ルナはチャッピーの思惑を見切れなかった。当初の目的どおり、全てを破壊する。

リナ対チャッピーで、オーシャンとチボーンが消えるので、自分はヤヘイと戦えばいい。
だが、ヤヘイは動かない。筋肉と装備による血の宴にするはずなのに、ゼルは何をしているのか?
ゼルのほうもやはりチャッピーのプランをわかっていない。ヤヘイの読みは、オーシャンとチボーンの混乱をさらに深めていくというものである。どうやら、バトルロイヤルは、4者がぐちゃぐちゃに戦うところに美学があるらしい。そういわんばかりだ。
ヤヘイが、飛び道具の応酬をする、オーシャンとチボーンに殴りかかる。
チボーンはチャッピーのいいつけどおり、守りを固めていく。ヤヘイの戦士が近寄れぬように、魔術で妨害する。
それでも、無傷ではいられない。残ったマウントも静観ではなく、一挙に締めくくるべく、飛びいってきた。

チャッピーはチボーンベースの世界の構築プランをラクラクホーンで伝えていなかった。
リナたちの集中攻撃はチャッピーでも防ぎきれるものではない。自分が言い忘れていることに気づく前に、反撃をせざるをえなかった。味方を引き込んでしまうが、もともと全世界の国々から戦争をするエネルギーを奪うのが目的だ。死者も免れないが、チャッピーは一番残酷な魔法を使った。
「ツァー・リボン・バー」
半径数十キロメートルを上空に吹き飛ばす魔法である。中心から爆風が広がるように全てを吹き飛ばしていく。チャッピーは赤目を使わずに使ったが、スカイヤの一部は確実に世界地図上で訂正を余儀なくされる形になっている。

真っ先に異論を唱えたのは、ルナだ。乗り込もうとした矢先に、爆風が自分たちを襲ってきたのだ。
当初の計画通り、マウント軍は大混乱している。ルナは死神を開き、全精力をつぎ込む巨大な衝撃波を放った。豪の一声を発して、戦線の中心部に打ち込む。深さ数十メートル、幅は数百メートルという溝が生まれた。
スカイヤの中心部の湖から水が流れ込む。後にこれは、ルナ川と呼ばれる。
さて、これで、かなりの大軍が、瓦解するが一人だけこの攻撃を受けて立ち上がるものがある。
ヤヘイの筆頭ゼルである。ルナの仕業というのはわかっている。自分ならかわしきれると踏んだのもわかる。が・・・痛い。

痛いが格好がつかないので、自分も技を披露することにした。
赤目を開いて上空に飛び上がる。出来立てのルナ河は遠くに見える。ゼルは前方回転しながら、かかとを地面に叩きつける。スカイヤ地方は巨大な地震が起きた。
それもそのはずである。世界中の地形がこれで、変わってしまうのだ。地盤が均衡を崩して世界地図の訂正がより大きくなる。
その衝撃はスカイヤの外側の大船団も直撃する。ここにリナが呼び寄せた、藤田率いる、仁商連の特殊武装商船団がさしせまる。海軍側も戦争が始まった。

さて、リナが死神を開いた。閃と気合をこめるとリナの姿が消えた。半径数キロメートル内に立つ者が次々と倒れていく。将棋倒しのようなスピード感で倒れていくが、問題は、順番が不規則なのだ。
北で人が倒れれば、西で倒れる。まだ数百万人が、戦っている中、信じられない速さで走り回っているのだ。リナは剣を収めて、走っているだけだが、風を切る衝撃だけで倒れてしまうのだ。
4カ国が混乱する中、駆け回るリナ。その姿が見えているのは、3人だけだ。
下手に近づいてぶつかれば命はなく、そのまま見ているしかできない。
総死者数は実に300万人。リナたちは誰一人命を奪わないが、自分たちで殺しあってしまっている分がある。負傷者は400万人を越える。戦争は下火になってきていた。

海のほうは、中島一家を中心に仁商連が暴れて、全国の海軍を蹴散らしていた。商船だが、武器もあれば、ミサイル防衛システムまで積んである。なにより、リナ達の社員訓練のおかげで構成員はヤヘイでも通用するだけの力がある。仁商連も無傷ではないが、先のゼルの引き起こした地盤変動によって、海が荒れたときの影響で混乱している海軍はほとんど抵抗ができない。リナが暴れているので、リナの死神に対抗できるルナが残り、ゼルとチャッピーが海軍を叩きに来た。
ゼルがヒュンと跳ねて船に降り立つ。チャッピーは空から攻撃する。
今は渦潮や津波などを使えば、仁商連まで巻き込んでしまう。海には今、仁商連500万と4国の海軍300万がいる。800万人分の潜水バリアは赤目のチャッピーでも無理だ。
ゼルが船を一隻のっとると、その船から拳で繰り出す衝撃波をそこかしこに打ちはなった。
科学都市チボーンの武装船も拳サイズの風穴が開くというゼルのオリジナルの技である。
これによって、4国の兵力1300万のうち実に1000万人が負傷した。残り300万は海を泳いで逃げるばかりだ。

河になるような衝撃波を放つルナ、巨大地震を引き起こすゼル、半径数十キロメートルを蒸発させるチャッピー、最後に、数キロ四方をソニックブームで駆け抜けたリナの四人は四天王と呼ばれるようになる。
リナはこのとき27歳であった。
さて、デタラメな攻撃の数々で戦場で起き上がれるものはほとんど居ない。
そんな中で、二人だけ四天王の前に立ちふさがった。
「俺の名はライ。確かスカイヤがオーシャンに攻め入られたとき、ゲンライさんを連れて逃げていた人ですよね?私にその強さを分けてもらえませんか?」
リナはなんとなく覚えていた。道案内をしてくれた少年だ。声も変わっているし、自分よりも背が高くなっているからわかりにくいが、確かにそのときもライと名乗っていたが、偶然だろうか?どちらにしろ、自分が剣をレクチャーするのは初めての体験だ。
「私はアイラ。ガーデニングショップのお姉さんがまさかこんなに強いなんて思いませんでした。私ももっと強くなりたいです。教えてください。」
あのガーデニングショップの店長を打ち負かした少女だ。数年で多少大きくなっているが、槍の大きさは相変わらずギャップだ。

リナはライに、ルナはアイラにそれぞれ技を授けることにした。ゼル、チャッピーは仁商連の役員としてこれから事業をおこしていく。四天王の活躍はこれ以降目立つことはないが、世界で知らぬものがないほどの強さで新しい時代を作っていく。

 10年さかのぼる。ライはあどけないリナが悲しい黄色眼でオーシャンを撃退、スカイヤの憧れゲンライをつれて逃げている。道案内をしてあげたら、二人とも喜んでくれた。さて、ライはいいことをした後で、気分良く道場に引き返した。オーシャン軍はリナの恐ろしさにびびって逃げてしまったようだ。
現在12歳のライは、剣道の道場ですでに敵はいなかった。休憩時間でおちゃらけで、3対1のハンデ戦をやって勝ってしまうほどである。師範は喜びたいところだが、このままでは自らも超えてしまう。そうなると、指導には苦労する。
はたして、ライはやってきた。
「先生、一手お願いします。」
師範はライの放つ異様な気を感じ取り、敗れることを悟りながらも、竹刀を構えた。
正しく構えて、まっすぐに見据える目。恐怖を感じると同時に、体がこわばる。覇気の能力と闘気の能力を合わせたような雰囲気である。実際ライは、理論上でしか証明されていない六気を使うことができる。
六気とは、相手をびびらせる"覇気"、相手をひるませる"闘気"、恐怖に陥れる"殺気"、銃弾を見切る"見切り"、機関銃による乱射を全段防ぎきれる"鉄壁"、銃による攻撃を本能的に察知して、打ち返す"切り替えし"である。
通常、どれか一つを覚えただけで十分に強いとされており、2つ以上持っている場合天才と呼ばれる。
二つ組み合わせれば世界が取れるとすら言われている。

ライは弱いながらも六気をすべて使いこなし、同時に使えるのだ。
師範もそれは知っているが、まさか目の前の少年が六気を駆使しているなどとは思っていない。
師範からしかけた。突きである。教科書どおりに後ろに飛ぶと思えば、かちりと竹刀をあわせてしまった。
「先生、俺はこれを針でもできるようになったんです。実践ではそうはいかないなんてこともないです。」
針でもできる以上、剣や槍でもできることを意味する。間違いない、切り替えしの能力も持っている。
今度はライが仕掛ける。師範は背筋が凍りついて動けない。そのままライに一本を許してしまった。
「君の才能は想像以上だ。軍隊の訓練所を見学して見るかい?」

師範の申し出にライは二つ返事で答え、早速訓練所に向かった。
訓練所では、兵士達が訓練に明け暮れている。ライは早くも訓練所の乱取りに参加した。
柔術の稽古で、自由に技をかけあう乱取り稽古であるが、ライは、次々と倒していく。
わずか12歳の少年に、鍛えられた兵士達が次々に挑んでは投げ飛ばされていく。
拳法の稽古でも同じように負傷者が山積みになっていった。ライの快挙は止まらない。

さて、剣術の訓練が始まる。道場でやっているように、素振りをするが、テンポも速く、回数も多い。
時間も長時間に及ぶが、ライは汗一つかかない。兵士達がもろ肌で息を切らして居る中、ライは、倍速で
素振りを続けていた。試合形式の訓練になると、誰も歯が立たない。それどころか、ライは、その場から動かない。
体勢を変えるために足を前後させるだけである。
「ものは試しで、スリーマンセルでやらせてください。」
スリーマンセルとは3人1組の意で、3対1のハンデ戦を意味する。兵士達があまりにもふがいないために言うが、
「子供相手に俺達が三人がかりというのもなぁ・・・」
兵士達は渋い顔をする。スカイヤの兵士は、戦争以外の場合不公平を嫌う。なので、たとえ、大将と兵卒の身分差でも、
片方が敬礼したからには敬礼で返す。兵卒が、カレーなら大将もカレーを食べる。
それでもライは食い下がる。仕方なく、兵士達は冗談で実行する事にした。
結局、3人1組100チームがライの竹刀に打ちのめされた。やはりライはその場から動くことなく勝利した。

スカイヤ軍の大将の間にこの話が入った。スカイヤの大将は5人。総勢300万の兵力を誇る中のわずか5人である。
スカイヤの階級は単純で強いだけが昇級の基準である。
「12歳で300人抜き。我が軍に入れば間違いなく大将になれる器だ。」
「我々も300人は不可能では無いが、無傷は難しい。」
「こと実戦においては、訓練のようにもいかぬ。剣道と戦争は違う。」
「なら、この子、味見してみようかしらん?」
「児童ポルノ法に違反しますよ??」
思い思いに考えているが、結局"味見"することになった。
訓練所に大将が5人そろって入ってくるのは数年ぶりである。一同が一斉に直立不動の敬礼で向かえるが、
大将達も同じ姿勢になる。そのまま30分が経過する。
「諸君らがその敬礼を止めない限り、我々もやめられない。」
「大将殿より先に礼をとくわけには参りません!」
「ではこうしよう!せーので全員敬礼やめ!せーの」
やっと敬礼が終わる。スカイヤ軍特有の挨拶である。

さて、ライのもとにやってきた5人の大将はライに告げた。
「私達と戦ってもらう。私達は、この国でもっとも強い5人だ。他の兵士達が君に歯が立たないと聞いて、君の力を見たくなったのだよ。」
ライは無言で構えると、全力で六気をぶつけた。そしてひとこと。
「子供と思って見くびっている。あの兵士さんたちは、一切手を抜いていない。」

大将のうち、一番若い大将がすでに膝を突いてしまっている。他の大将達も、竹刀を持ちあげられずにいる。
足が前に出ないのは、覇気の影響。竹刀を持ち上げると、危険だと思い込んでしまうのは闘気。自分が殺されるビジョンが止まらないのは殺気。
切りかかってもあたらない気がするのは、見切り。どんな武器を使っても当てる自信が湧かないのは鉄壁。殴ればそのまま投げられてしまうという
ビジョンは、切り返しの能力。
つまり、5人の大将は全員、100%勝つ見込みがないと気後れしてしまった。膝を突いた一人は、殺されるビジョンに"殺された"に他ならない。
「ウソん?普通は六気なんて一個しかないはずよん?」
ロングヘアーで化粧をした、髭の大将がありえないと否定する。
「我らとて六気を使うが、全て使う者など見た事がない・・・」
七三分けでメガネの大将が言う。
無口の紅一点で美人の大将が切りかかった。だが、ライは大将の竹刀を持つ手をチョコンとつついて竹刀を落としてしまう。
大将が子ども扱いである。この日、スカイヤ軍に一人の大将が誕生した。そして、5人の大将は格下げで準大将という中途半端な地位を与えられた。

 ライが大将に就任して2年。14歳になって、正式に入隊が許可されたが、相変わらず扱いは大将のままである。この世界に大将より上を指すとすれば、皇帝しかいないのだ。スカイヤ軍の個室でテレビを見ていると、ニュースが流れていた。
「マウントが、先日未明にオーシャンを攻撃しましたが、たった二人の戦士により、戦争は引き分け、もとい両軍全滅で終了しました。」
画面が、戦場に切り替わる。現地リポーターが話し始める。
「昨日未明、ちょうどこの場所で戦争がおきたわけですが、オーシャンとマウントにいる黄色眼の二人の少女によって、両軍が壊滅しました。ちょうど、戦争を知る兵隊さんにお話を伺えるので聞いて見ます。えー、武運長久お祝い申し上げます。さて、両軍全滅という珍しい結果になったのですが、当時の状況を教えていただけませんか?」
兵士が戦慄の表情で答える。
「遠くから何か飛んできて、俺達ほうに向かってきて、うちのルナが弾き返して、オーシャンが見えて、とんでもない衝撃波がたくさん飛んできて、ルナが打ち返して知らないうちにみんな倒れてたんだ!!」
映像が切り替わる。
「では、次のニュースです。スカイヤ名物天空神輿の最高記録が出ました。記録は・・・」
衝撃波、黄色眼、二人であっという間に壊滅。ライにとってはどれも興味深いし、自分の知らないものだ。
まずは、衝撃波から調べることにした。

例の5人のうちのオカマが、衝撃波の名手と言われているので、気持ち悪いが習うことにした。
「ライちゃんには内緒にしたいわねぇ?教えちゃったらますますたくましくなっちゃうじゃな?い。」
せめてヒゲを顔に押し付けてくるのは本当に止めて欲しい。
「まずはぁ?、剣に力を流し込むのよ。ゆっくりそっと優しくよぉ??」
そういう割りには竹刀に力が流れ込んで行き、触ったら怪我をするんじゃないかと思うように光っている。
「まだ、触っても大丈夫よん。うぶなのねぇ。ライちゃんは。これを放り投げてあげるのよん」
果たして、放り投げるように竹刀を振るうと、衝撃波が飛んで言った。
ライは、実行した。剣に覇気や殺気などの六気を集中させる・・・竹刀は粉々になってしまった。
「ライちゃん!激しすぎるわ!もっとやさしくしてあげて!!でもライちゃんの場合剣で覚えたほうがいいかしらん?」
はたして、剣を持って力を込めると、剣がどんどん光を増していく。放り投げると・・・
訓練所の壁をぶち抜いて飛んで言ってしまった。遠くには、将校らの詰め所がある。仕方がない。オカマの仕業にしておこう。
「黄色眼?知ってるわよぉ?。なんでも聞いてね。黄色眼はね、生まれつきなの。あたしたちにはできないわね。残念。ライちゃんの黄色眼はきっとかわいいわよぉ??。」
精神的に相当なダメージになりそうなのでライは礼を述べてその場を後にした。

あとは、あの二人を探すしかないようだ。どちらかでも見つかればなにかわかるかもしれない。まずは、オーシャンとマウントが戦ったという戦場に行く事にした。皇帝陛下に頼んで休暇をもらった。スカイヤに危険があった場合に必ず参ずることを条件にしてある。

さて、スカイヤの首都を離れて小さな村に立ち入ったときのことである。
大型の猛獣が村の畑や店の食料を奪ってしまい、姿を見てもすばやくて捕まえられないという。なにより、10人がかりで立ち向かってもやられてしまうという。ライはスカイヤ軍将校の最高位である事を示す、軍服で出てきてしまったため、付近住民はライに追いすがる。
「大将様!怪物を退治してくだせぇ。オラ達の生活を守ってくんろ。」
もみくちゃにされたライは、仕方がないので怪物が現れるのを待った。
果たして夜中にダミーの餌を置いておくと、現れた。見上げるような高さの位置に頭がある。体長にして5メートルは下らない。こんなにでかいのが、腹を満たそうとするなら、付近住民ごと食ってしまいそうなものだ。
詮索はいい。とにかくこの化け物を倒さねばならない。ライは六気をぶつけた。
怪物はただならぬ気配に殺気を強くした。怪物が前足ですばやくなぎ払う。ネコ科の動物が良くやる攻撃に近い。サイズがサイズなので食らったら死ぬだろう。しかし、ライは足の裏を当てて押し返す。化け物の前足をササッと上って化け物の背中に飛び乗る。体毛をわしづかみにして、ウマにでも乗るように操ると、果たして化け物は言う事を聞いた。
「村人の言うことはちゃんと聞くように。また、村人も少しでもこいつになにか食わせてやって欲しい。こいつは意外に話がわかる。」
ライはそう言い残すと、そのまま化け物を操っていってしまった。
さて、獣道を進むが、さすがに巨大な化け物を乗り回しているため、狼などの猛獣は襲ってこない。
そのまま化け物を乗り回して無事に山脈を越えると村にたどり着いた。付近の村では、最近分裂した新島組の残党、新興会社新島が暴れ回っているらしい。ライは、スカイヤ軍大将として、放っておくわけにもいかず、新島を懲らしめる事にした。

 新島の事務所にたどり着くと、新興会社新島という看板が目に付く。規模はさほどでもないが、中からはガラの悪い声が聞こえる。
化け物は自分が思った通り、門をぶち壊してくれた。中から山賊が出てくる。
「誰じゃ!わしらのシマで何さらし……」
山賊はライが乗る化け物を見て腰を抜かした。
ライは言い放つ。
「この近くの村で略奪などを働いているという話を聞いた。俺はスカイヤ軍の大将、ライ。」
化け物を操っているとは言え、たかが一人。
スカイヤ軍の重役とはいえ、たった一人。
新島はライを倒すことにした。
構成員達が、化け物に切りかかるが化け物はことごとくそれらを跳ね除ける。接近戦は厳しいと、銃による攻撃を図るが、ライは銃弾を的確に打ち返すし、化け物は銃弾では痛くもないようだ。
結局ライが化け物の上から、衝撃波を繰り出すなどの一方的な攻撃で、新島は壊滅した。
組織の責任者、新島カツノリを逮捕し、村の治安局に連行した。そろそろ化け物と言うのも味気ないので、適当に化け物にカツノリという名前を与えた。

 さて、大将としての仕事を忘れないながらも、スカイヤの国境までたどり着き、海に出るが、カツノリを乗せてくれる船がない。
なにより、カツノリ以前に海の化け物がことごとく船を沈めてしまうという。
海の化け物のせいで、船が出せないならば、スカイヤの大将として無視するわけにはいかない。まずはその海の化け物を見るため、海岸沿いに張り込む事にした。
適当に魚などを放り込んでいると、カツノリよりもはるかに巨大な化け物が現れた。
イルカのような風体だが、なかなか凶暴な感じだ。カツノリが陸上で戦えば互角になるだろうと言う体格だが、海で戦えばカツノリといえども人たまりもない。カツノリから降りて、化け物に衝撃波をぶち込んだ。
化け物は逃げてしまうが、単身船を出して追いかけていく。すると、海から飛び跳ねて襲い掛かって来た。あごのあたりに拳をたたきこみ、六気をぶつける。すると、腹を出してプカプカと浮き上がってきて、死んだわけではない。六気は動物的本能をじかに攻撃するため、野生の動物であれば耐えられない。体格の違いと肉食動物ならではの度胸があればこそ、カツノリだけはライに襲い掛かる事ができた。
さて、船にはなんとかカツノリも乗ったし、船にロープでくくりつけた海の化け物、ローラに船を引っ張ってもらうことで、オーシャンに向かった。

 ライは16歳になった。オーシャンの戦場を見に行った時はすでに片付いており、戦闘の形跡は見つからない。戦争をでたらめにした二人の情報も手に入らない。しかも、着ている服はスカイヤの軍服なので、戦争をして2年しかたたぬ今見つかれば、襲われてしまうだろう。ライは着替える事にした。
髪型は後ろで縛って前髪をたらし、目立たぬ色合いで動きやすい服を選んだ。
これで道を堂々と歩くことができる。
オーシャンはなんといっても食べ物がうまい事が特徴であり、頭脳派の者はホワイトメニューなる、ホワイトカラー向けの肩こりや脳の疲労を軽減する食材を中心にしたメニューを好む。
肉体派はブルーメニューと呼ばれるたんぱく質やビタミンなど肉体疲労を補うメニューが多い。
オーシャンをそのまま通過していくと、チボーンにさしかかった。チボーンは現在マウントとにらみ合っている。チボーンでは、義勇兵の募集をしていた。ライは、スカイヤの大将が他国ではどういう位置になるのかを知りたくなって、参加することにした。
任されたのは陸軍少尉である。剣術テストでは実力を隠すために、適当に剣を振り回していたが、それでも攻撃は当たってしまう。
大げさに怖がりながらよけているが、なんとなくにじみ出る威厳というか、上級者ならではの動きの鋭さがある。試験管に本気を出せととがめられるほどであった。
一等兵以下を希望したのに少尉である。ちょっと暴れれば昇級してしまうだろう。
ライはスカイヤの軍隊に遊びにいってそのまま大将にされてしまったのだ。
マウントから進軍して来ているという知らせが入った。いやおう無しに集合する。
集合すると演説が始まった。
「諸君、我々は強力な科学と、魔法という力に支えられており、中途半端な装備のマウントとは持っている力が違いすぎている。我らの高等なる力を見せつけてやろうではないか。」
実にやる気の出ない演説だ。”われら”が強いのではなく、”精鋭たる諸君ら”強くなければやる気はおきない。七三分けの元大将が演説のやりかたを教えてくれたのでよくわかる。自分も少尉なので、曹長以下の部下に鼓舞をしなければならない。
「俺達は、他の少尉たちが率いる隊とはわけがちがう。俺達は、先頭きって活躍できると同時に、仲間を守る力がある。俺はそう信じている。一人残らず生きて返って祝杯あげるぞ!いいな。勝利の宴、ここにいる全員が参加するとここに記録しておく。欠席するやつはゆるさねぇぞ!」
ライ大将ならではの鼓舞だが、部下達は思いのほか盛り上がっている。部下達に鋭気を促した手前、怪我人を出させるわけにはいかない。それが上に立つものの責任だと、十六歳ながらに知っているのだからライは大したものである。元5大将の教育も優れていたといえよう。

 さて、出陣して戦場にやってきた。敵は海からやってくるという。全員が剣ではなく魔術を使い、船や兵器を使って戦うということで、ライはこれはこれで勉強になりそうだと考えていたが、上層部からの命令はひたすら待機である。承服しかねるままに時間だけが過ぎていく。すると、空を飛んで行く影が見えた。名前はチャッピー。今回の戦闘における総大将である。自ら海の方へ飛んでいくと、津波が襲ってきた。このままでは部下達が飲まれてしまう。ライは身をよじり竜巻を作り出して正面に打ちつけた。
津波が左右に割れて襲ってくる。後方は絶壁、正面の津波はまだ勢いがある。
「俺の近くに来い。できるやつは自分の技で津波をよけろ。おまえ達の訓練にあったはずだ。信じろ。やれ!!」
全員が津波に向かって障壁を展開する。
「少尉!後ろの絶壁によって、海水はッ!!」
そんな声を無視してライは絶壁に向かって走った。恐ろしいスピードで掘り進めて行くと、運良く洞穴を掘り当てた。今度は衝撃波を打ちつける。穴は広がっていく。そこに水流がぶつかり巨大な穴になって水を吸い込んで行く。部下達は、しっかり自分を障壁でかばいきったようだ。津波が収まり、一息つくと、マウントの軍服を着た兵士達がどんどん流されてきた。誰がやったか、潜水用のバリアを使っている。やとわれ少尉のライには不思議きわまり無いが、とにかく敵兵なので、縛りあげる。部下達もそれに習うと同時に自分の管轄外の味方を救出する。
結局、総大将チャッピーの魔法で戦争は片付いた。チボーン軍で最も活躍したのはライ少尉率いる師団で、敵兵捕縛、味方兵救助などの功績がたたえられ、またその指導力を評価されて、少佐の称号をもらえる事になった。しかし、ライの部下達がそろって異論を唱えた。
「ライ少尉は、たった一人で俺達をかばって、俺達に正しい指示をくれた。なにより、洪水の逃げ道を作るのはこの国の大将にだって真似はできない!少佐なんて小さすぎる!」
唯一ライ率いる師団のメンバーだけが、軍人としての誇りを持っていた。ライの指導力はただごとではないとした、チボーン軍は、あらためて、ライを大佐に引き上げた。
ライは戸惑った。大佐ともなれば、次は将軍職である。スカイヤで大将、チボーンで大佐は難しい。スカイヤのチボーン側の海沿いに事務所を構えなければならない……。

チボーン軍の祝宴が佳境にさしかかってきて、ライのもとにチボーン軍の中将が現れた。ライのもとにくると直立不動の最敬礼の姿勢をとった。
「この度は我がチボーンにご協力いただきありがとうございます。スカイヤ帝国国軍、大将ライ殿」
なぜか素性がばれてしまった。だが、いい機会だ。ライは敬礼の姿勢のまま申し出た。
「我がスカイヤには貴国と友好を深める用意がございます。有事の際は私がスカイヤ大将の名に懸けて貴国をお手伝いさせていただきます。」
スカイヤは4国に囲まれている。どこの国とも仲良くなっておくに越した事はない。皇帝の口癖を実践するように、挨拶をした。
中将は新聞を持ってきてライに見せた。
新聞の記事は、スカイヤの急を告げるものであり、まさに飛ぶようにスカイヤに帰国することになった。
 スカイヤにたどり着くと、5人の準大将が出迎えた。今はオカダが陣頭指揮を取っているらしい。にらみ合っているヤヘイがいきなり勢力を増してきて、危険な状態らしい。
「我が方は、オカダが何をしたかは知りませぬが、山賊上がりの兵士が550万、正規兵4万で554万。敵方は30万程度なれど、ヤヘイが相手とあっては油断はできませぬ。オカダ中将の他にもその…ヒメコが現在総大将補佐についていまする。」
ヒメコは大将の一人で、ライに衝撃波をレクチャーしたオカマの大将である。そして報告しているのは紅一点のミレーヌ大将である。
「経験上、俺の判断よりも準大将5人で話し合った上での決定をなるべく優先したい。ヒメコを呼び戻せ。議論はすばやく行う。常に議論を展開し、俺が残した二つの選択肢を多数決で決める方式を取る。オカダなら滅多な間違いはしない。それより、ヤヘイに黄色眼はいるのか?そっちの方が重要だ。」
ライの意見は的を得ていた。世の中はもっぱら黄色眼ブームである。うわさでは554万の中に黄色眼が混ざっているというのもあるが、そうそう簡単に黄色眼がいれば苦労はしない。5大将の元筆頭グレンのような逸材は滅多にいないだろう。今は自分がグレンの代わりにならねばならない。
「ラ、ライ様、そんなことより、他の準大将も戦線に繰り出すべきです。そのっ…私めがライ様の護衛を引き受けますれば。」
頬を赤らめながらミレーヌ大将は提案した。
ライは自分よりはるかに先輩であるミレーヌが言うなら、それも戦略であろうとそれにしたがった。ミレーヌは訓練所でライに切りかかり、あっさり敗れて以来すっかりその男気にほれていた。

 まんまと二人きりになったミレーヌはライが演説する時も片隅にいた。ライの後姿に見とれているのが、バレバレだった。
「ヤヘイ軍は最強集団である。だが、我らは果たしてそれらに屈するであろうか?否。
我らにはこの六気のライがついている。550万の頼もしき味方がいる!準大将5人がいる!20人を越える中将がいる。毎日この日のために腕を磨いた諸君らがいる!誰一人、ヤヘイの化け物に劣るものはない!違うか!」
ライの演説は決してウソは言わない。ウソを言わずに気力だけは負けない演説である。
演説が終わり、作戦会議の会場に移動する。
ミレーヌが秘書ぶってまとわりついてくるが、ライはさっぱりわからない。美人だけど目が釣りあがっているし、顔を赤くしてブスッとした表情なので、機嫌が悪いくらいにしか見えない。
作戦会議ではオカダが真っ先に口を開いた。
「我が軍は、オーシャンの英雄にして我が娘、リナとマウントの生ける伝説ルナが参軍しました。今こそ我らがヤヘイを蹴散らす機会と存じます。」
その言葉が終わらないうちに、伝令が会議室に飛び込んできた。
「ヤヘイ軍一斉に瓦解!リナ、ルナの両名によってヤヘイ軍30万戦闘不能!」
時計は5時を回っていた。9時には現場での会議があって、3時から開催される将軍職の会議の最中であった。
朝に襲撃したとしても知らせが届くはずだ。軍隊が動くのだから。聞けば、朝の会議中に二人がこっそり抜け出したらしい。いつもは昼過ぎまで陣中で素振りをしているはずが見つからなかったそうだ。どこに言ったのかと思ったら、ヤヘイから降伏するという表明が届いたのである。
信じられない強さの二人にどうしても会いたいところだが、軍の最高責任者として、ヤヘイの残党の始末をしなければならない。
スカイヤはとかく敵を作らないことが信条であるため、戦争後に手を取り合う選択をしなければならない。
ライはヤヘイの負傷者を全員スカイヤに収納し、治療を施した。死傷者はゼロ。聞けばその日の祝宴で飲みつぶれて翌日には二人とも出ていってしまったそうだ。
ヤヘイの連中は治療が済み次第、交通費を渡して自らの足で帰国させる。降伏の条件にしっかり交通費も請求してあったのはスカイヤなりのやり方と言うものだ。

 さて、ライはリナかルナを追って旅に出た。
マウントやヤヘイなどに足を運ぶが、一向に見つからない。1年かけて歩き回り、スカイヤに戻ってきてしまった。もう18歳になる。
「最近俺、ちっとも戦ってない。ヤヘイ闘技場あたりで遊んでくれば良かったかな…。」
そんな事を考えていると、遠くで化け物が出たと騒いでいる。ここはスカイヤだ。そうなると、スカイヤ軍の最高責任者であるライはナントカしなければならない。

暴れているのは、なんとカツノリだ。カツノリはケンカを売らなければおとなしいやつだ。
カツノリの背中に飛び乗り、たてがみをつかんでなだめるとあっさりおとなしくなった。
「この化け物は争いを好まぬが、おまえ達はこの化け物を退治しようとしたのだな?」
付近住民は背中に書かれた大の文字を見ておののいてしまう。
「大将様のペットとはいざ知らず…申し訳ございません。」
住民の謝罪はここでは不条理な謝罪だ。謝るべきは自分である。ライはカツノリの背中から降りて敬礼を取った。
「私はペットの管理および、監督がしっかり届いていなかった。謝罪するべきは私の方である。付近住民にかけた迷惑は多大であった。これはスカイヤ軍の責務そのものであり、このたびの不始末は住民の判断による処罰を仰ぎたい。」

肩書きの重さがわかってないようでも潔すぎる軍のトップの敬礼は付近住民の心を動かした。
「では、カツノリ様の飼育は我々にお任せください。村をあげての飼育ならばこのサイズでもしっかりできるはずです。」
スカイヤの国民は本当に気のいい者達であった。住民の一人が経営するレストランに招かれ、伝説のメニュー、キムチスパゲティをご馳走になった。水っぽいキムチがただでさえ太いスパゲティにあうはずがない。スパゲティのソースは普通オリーブオイルをベースに濃厚な味のものを選ぶはずだ。
心温かいスカイヤ国民の味覚の異常は国を挙げて改善しするべきだと思った。
「帰ったら、陛下にオーシャンの料理人を積極的に売り出すように提案しよう。」
ライの大将としての責任が少しだけ重く感じられた。

執務室に戻ると、書類がタワーになっていた。
「私はこの塔にかかんに足を踏み入れる。生きて帰るぞ……おい、5将どもを呼べ!」
準大将5人がやってくる。留守中彼らはリナ、ルナの恐ろしい働きに触発されて、修行をしていたそうだ。そのために、5人で手分けして行う仕事も貯まり、ライの方にまわされていたのだ。
「ライちゃん、あたしたち、スカイヤ軍主催の武術大会をするのよ。あたし達はあなたを倒すわ。他の子たちは、いい成績が出るように頑張るらしいわ。賞金はトップエイトまで出るのよん。」
武術大会。ライにとっては久々に全力で暴れる事ができるかもしれない機会だ。ここは一つ、皇帝陛下にタワーをクリアしてもらうことにして、ライもまた、武術大会に出場することになった。

 
武術大会には、ライを含め、準大将5人、中将20人、それ以下の階級の者も無差別に参加し、参加者は500人を越えた。
ライは主催者に予選から最もたくさん戦うシードを要求した。だが、進行委員会は示しがつかないことと、六気で本戦まで武器も使わずに進んでしまうという理由で拒否された。
スカイヤ市民にわずか500円の入場料で観戦し放題にしており、見るものを楽しませたり、スカイヤ軍の入隊希望者の増加が狙いだそうだ。5将もまた、ずいぶん面白い企画を考えたものである。
結局、シードで本戦まで運ばれてしまったので、ひとまず、観戦に入る。ポップコーンを頼むと、アサリ味とキムチ味しかなかった。
リナがキムチを好むのと、ルナがあさりを好むことが理由らしい。ライはポップコーンは塩バターしか食べないので、断った!

 
予選は訓練場全体を使ったサバイバルマッチである。スカイヤ軍の軍服がほとんどだが、老人がいる。ライは目を疑った。
いつぞや、オーシャンの襲撃の際、あどけない少女と一緒に逃げていた老人、ゲンライである。とっくに引退した伝説の軍曹である。
軍曹でありながら、鍛えた後輩をことごとく将軍職に押し上げ、教え子の将軍達に身分違いながらも常にアドバイスを続けた。
そのゲンライが竹刀を持ってたたずんでいる。
老人だと舐めてかかる兵士達があっさりと沈んで行く。老いてなおその力はすさまじい。
ゲンライのいるブロックは、ゲンライの一人天下だ。本戦にひとり強豪が増えた。

 別の方に目を向けると、ツインテールでスカートにスパッツをはいた……男がいた。
ハイキックを見舞うたびにスカートを隠している。

階級を意識して戦いの邪魔にならぬよう、将軍職の者は階級がばれないように提案をした覚えはあるが、女装しろと指示した覚えはない。とはいえ動きのキレからして中将クラスの人間だろう。上司の顔が見て見たいと思った。右隣の下座には、ヒメコがいた。
「ナイスキック!恥ずかしがっちゃダメよ?」
ライは軽く頭が痛くなった。
左側にはミレーヌがクールに戦闘を見ていた。
しかし、やけに距離が近い。と思ったら、平均して2メートル感覚で設けられている、大将席でミレーヌの席だけ自分に密着している。
男二人がかりで運ぶようなイスをどうやってずらしたのだろうか?
「ライ様私との試合になったら、棄権してくださいませ。私はあなたが倒れる姿は見たくありませんので。」
ライに軽くあしらわれていたわりには、強がる。ライはそんな強がりを聞いて、

「全力でぶつかってきな。俺が倒せれば自慢できるだろう?しっかり受け止めてやるよ。」
ミレーヌはなぜか真っ赤になってうつむく。
「そのお言葉常々お忘れなきよう…。」
そんな事をしているうちに、予選のサバイバルが終了した。

 さて、本戦の一回戦は準大将のヒメコとゲンライ師範の戦いである。組み合わせが決まってからいつもと調子が違うヒメコだが、ライはそんなに気に止めていなかった。変なのはいつものことだ。
「ラ、ライちゃん…私の骨、拾っといてくれや。お…おーその・・・多分死ぬわ…」
いつものオカマ口調が乱れているあたり、緊張でもしているのだろうか?ゲンライはそんなにまで強いのだろうか?
ヒメコが最敬礼でリングにあがる。ゲンライはリングに上りながら片手をそっと挙げる。
ヒメコががくがく震えながら、挨拶をした。
ゴングが鳴った。ゲンライは、竹刀をつきたてたままだ。
ヒメコが切りかかる。普段はふざけたオカマだが、いざ戦えばかなり強い。が、ゲンライは微動だにせず、竹刀をバンと地面にたたきつけると、ヒメコが足を取られてしまった。
ライにはトリックがわかった。覇気を込めて地面をたたくことで瞬発的な地震を引き起こしたのだ。ヒメコは半ば読んでいたのか、とっさに横によける。ゲンライは恐ろしい形相で目だけでそれを追う。
ヒメコが衝撃波を飛ばしてゲンライの防御を待つが、片手で弾き飛ばしてしまった。
ヒメコの読みは、ゲンライが守りの体勢に入ってくるところにその虚を突くところにあったが、片手で弾かれるのは予測できずに、余裕のあるゲンライに飛び込んだ。
ゲンライの竹刀が大きな弧を描くと、傍らにヒメコが顔面を腫らして倒れている。勝負アリだ。
5将の一人がいとも簡単に打ちのめされた。
これがかつて将軍クラスを陰で操っていた者の実力である。

 本戦の二回戦は、七三分けメガネのタクヤ大将だ。対する相手は、スカイヤの兵長である。現在スカイヤのうわさの兵長として、有名になっており、将来的には将軍クラスを狙える実力を持っていると称される。
いまいちパッとしないが、試合が開始される。
タクヤは竹刀を地面に放り投げ、片手をポケットに突っ込んでタバコをふかし始めた。
「有名な兵長さん……一発当てられたら棄権してあげよう。」
タクヤは空を見上げてタバコをふかしている。
兵長は脅しの衝撃波を3発繰り出して襲い掛かる。兵長の目の前からふっとタクヤの姿が消えた。後ろからポンと肩をたたかれ、
「一回死んだなぁ……」

堂々と背を向けて距離を取り直すタクヤ。
相変わらずタバコをふかし続けている。
兵長は、いずれもすばやくよけられている事を考えた。逃がさないためには、周囲から囲むようにして飛ぶ瞬間を捕まえればいいと考えた。
両手ですばやく二発の衝撃波をV字に放ち、正面から切り込む左右には逃げられない。後ろに引いても届くように衝撃波入りの切りを浴びせるつもりだ。だが、兵長の目の前には足の裏が現れた。ぶつかるがグーっと止められる。頭をポンポンとたたきながらタクヤは言う。
「タバコ終わり。次で最後にしよう。」
兵長は全て攻撃が読んでかわされている事を考えた上で、上空から堂々と切りかかった。
一寸の見切りでゼロ距離で衝撃波を打ちはなつ。剣はタクヤの顔面数センチを掠めた。
タクヤは空中を捕まえるはずが、数センチ届かない。衝撃波がタクヤの顔面をたたいた。
ムクリと起き上がってたタクヤは言い放った。
「君は今日から大将を名乗っていいよ。どうです?大将ライ殿。」
いきなり振られた。ライは少し考えて承諾した。たった3本のうち2本をあっさり取られても、読みの裏をかく攻撃を仕掛けたのは評価するべきだ。音無しのタクヤに攻撃を当てることも確かに難しい。中将クラスでも、至難の技だ。
兵長改め新大将は準大将を下して勝ち抜いた。
 
次はオカダ対ミレーヌである。
こちらはいきなり激戦だ。竹刀がぶつかり合う音が信じられない早さで鳴り響く。
ミレーヌは手数を重視する短剣の二刀流である。オカダは普通のサイズの剣だ。
オカダはこれでも、準大将と渡りあう力がある。ただ、リナがでたらめすぎただけだ。
オカダの剣裁きは無駄が一切ない、ミレーヌはしいて言うなら見え切っている攻撃が無駄。
とはいえ、防がなければならない攻撃で、相手の守る根気をそいで行く。実に3分、信じられない次元の剣術が続いた。よもや、竹刀でボクシングや空手のようなスピードで打ちあうことなど、まず考えられることではない。
ミレーヌが距離を取るとオカダが直ちに詰める。一刀流でも信じられない手数で今度はミレーヌを圧倒する。
ミレーヌの弱点は、猛攻撃の後の逆襲である。
オカダのように、打ち込んでくると、裁きにくい。オカダは着実にミレーヌを追い込み、
とうとう一本をせしめた。
オカダはリナと別れの際の手合わせで少しでもリナの父として恥ずかしくないように修行を欠かさなかった。ミレーヌはライを追いかけていただけに過ぎない。
ここに違いが生まれたのであった。

 準決勝である。ゲンライと新大将の戦いである。ゲンライも先ほどの試合を見ている。
侮ってはならないと相変わらず恐ろしい形相だ。さて、早速ゲンライが身をよじってつむじ風を引き起こした。人を吹き飛ばす程度の力ならばある。大将は身をよじると同じ技で対抗した。こちらは、竜巻である。大きさも強さも大きく違う。
だが、竜巻がゲンライの攻撃を飲み込んで当たるかと思えば、ゲンライはそこにいない。
大将がその場で一瞬硬直するが、肩越しに剣を後ろの上方向にあげた。
手ごたえアリ。ゲンライの肘をたたいていた。
日がちょうど天に昇るころ、大将は自らの影のゆらめきを見て空中のゲンライに対応したのだ。剣をもつ腕に入った一撃のもと、ゲンライは竹刀を落としてしまう。振り向きざまに大将は足払いをかけた。ゲンライが足を取られたところに竹刀をつきつけた。
「ありがとうございます。ゲンライ先生。」
大将は挨拶とともに竹刀を下げた。

ゲンライはそのまま棄権である。無名の大将に伝説の軍曹が敗れ去った。

次はついにライの出番である。強いオカダではあるが、ライが相手では分がわるい。
ゴングが鳴り響いた。オカダが隙を作るべく、なにかを仕掛けてくる。突きだ。落ち着いて身を引く。オカダはバネのように竹刀を引き戻し、構える。
今度は衝撃波だ。小刻みな動きで隙を作ろうとする。ライは、衝撃波を手で弾いた。続く衝撃波も同じ手でさばくと、オカダは距離をとった。ライは地面を打ちすえた。
激しい揺れが、リングを支配する。オカダは膝を突いてしまう。オカダの目の前に竹刀の先端が現れた。ライはみようみまねでゲンライの技を盗み取ったのである。
ゴングが鳴ると同時に、中将がリングに上がる。ライは一切の容赦を許さない。

 決勝戦が開始された。
ライは衝撃波を早速飛ばした。大将は冷静に同じぐらいの衝撃波をぶつけて防御する。
ライはすばやく切りかかり、猛烈にきりつけた。中将はそれらをよく受け、確かに裁いていく。ときおり、切り替えしてはライをひやりとさせる。なるほど、本戦出場から何歩も一気に成長しているようである。
ライは距離をとり、六気を放出した。
中将はなんと黄色眼で対抗して来た。
今まで黄色眼抜きでここまで勝ち上がってきたのだ。
「その強さ、黄色眼…グレンという男の名を聞いた事があるが?」
ライはなんとなく気になったのでたずねた。
「その名前はやめてください。黄色眼におぼれた間抜けな男の死んだ名前です。」
グレンはリナを逃がした後、付近住民に救出されて、黄色眼におぼれていた自らを恥じて、黄色眼を使わずに、軍隊で功績を上げると、
そうすることで、黄色眼を今まで以上に活かしてやれるし、リナに追いつけるかもしれないと考えていた。リナが黄色眼に目覚め、有名になっても追いかけず、スカイヤで黙々と己を磨いていた。
「黄色眼を使った貴殿を倒せれば俺は本当の意味でスカイヤのトップになれるというわけだな。」
六気をさらに強くしてライは言う。
六気と黄色眼の戦いが今幕をあけた。
グレンの衝撃波が津波のように押し迫る。
ライはまた地面をたたきつけて、まとめてかき消す。接近戦はすれ違うようにお互いの位置が変わるが、竹刀は両者ともひどくささくれてしまっている。剣道と格闘技をあわせた大会なので、徒手空拳による戦いも認められている。ライは六気を手のひらに集中して掌底による攻撃を繰り出す。黄色眼で肉体能力が上がっている分、グレンに分がある。

グレンの攻撃を見切るのは、防御系の六気で、グレンの黄色眼をかいくぐって攻撃できるのは攻撃系の六気である。結局の所、現在はライが優勢になっている。六気を込めた掌底は触るだけでも相手にダメージをあたえる。
グレンは全身を躍動させ、衝撃波を嵐の如く繰り出していく。その動きにリンクするように、ライはそれらをかわし、弾く。ライはグレンの攻撃をさばきながら、素手で打ちつける衝撃波を真似することにした。これができねば、ジリ貧で追い込まれてしまう。
ライは六気の他に通常の衝撃波と同じように拳に力を込めた。正拳で打ち出すと、グレンの衝撃波を砕きながらグレンに向かっていく。
グレンの腹部に直撃し、グレンが膝をつく。次の瞬間にライは詰め寄った。グレンの額に六気を込めて光る拳が構えている。グレンはこれにてギブアップになった。
ライの優勝がここに決定した。

 優勝商品は、勇者の弁当と名打たれたキムチスパゲティだった。
ライはスカイヤがあるいみ病んでいることは大将として少し頭がいたかった。
グレンは妹が好きだからと言う理由でライがいらないと譲った1年分を大喜びで持って言ってしまった。

 さて、グレン含む国内会議で皇帝自ら悲惨な報告をうけた。
「わが国は今全ての国との同盟が切れ、なおかつ、4国がわが国をめぐって争いを起こそうとしている。わが国は4国と戦いスカイヤを守るべきか。はたまた、4国の下で中立を図るか?諸氏の見解を述べよ。」
このとき21歳になるライは、自分とグレン、5将もいるのだから、問題ないと考えていた。なおかつ、元海賊のリナや、フリーランスのマウントの英雄もいる。ライが最初に口を開いた。
「我が軍は、決して戦力的に劣っているわけではありません。5大将やグレンもいるのだから、これだけでも十分にやりあえます。加えて、元海賊のリナ、現在フリーのマウントの英雄を高い報酬で呼び込めればさらに戦いは楽になります。何もせずに屈することはありません。」
グレンが続けていう。
「リナは私が呼んで来ます。リナがいれば世界が救われるのです!」
「はいはい、グレンはリナ担当。陛下、あきらめてはなりません。」
ライは慣れたように続ける。
グレンがリナの話しになったときだけバカになるのは、周知の事実である。
文官達は降伏するべきだと主張した。理由は簡単だ。住民命である。実際スカイヤ国の行政官は全員背中に”国民命”と刺繍した服を着用している。ライやグレンが着ているのは”国民死守”である。
結果としてスカイヤは全面降伏になった。スカイヤが世界を敵に戦争をする場合何をしても被害を受けるのは国民である。ライがグレンが暴れて解決するのは当然として、敵味方の被害を考えればおとなしくするべきである。
スカイヤは自治区として世界の架け橋になる事に落ち着いた。国家は名乗らなくても住民にとって最善の選択をするのが皇帝である。
最後の仕事を終えた皇帝は引退、4国の話し合いの議長としてスカイ会議議長に就任したのだった。
第一次スカイ会議の論点はやはりスカイヤ区域の統治権をめぐっての議論になった。議長の護衛はライとグレンの二人である。
「我がマウントがスカイヤ区域を治める事が世界のバランスを保ち、平和を得るであろう。」
「マウントが治めれば、スカイヤを足場に3国のどこかに目をつけるであろう。戦争の意思がない我らチボーンがスカイヤに新たなる科学を持って発展を得るべきだ。」
「我らオーシャンが治めればスカイヤを中心に世界中にわが国の誇る食料が供給できる。」
「ヤヘイの属国になってこそ、世界は健康な肉体を得る。」 
どこの国も譲らない。当然だ。世界の中心部のスカイヤは4国に囲まれているからこそおとなしかっただけで、その気になれば4国を一手にたたける位置である。4国のうちいずれかが取りたいのは山々だが、ヘタに手を出せば他国の介入があるために手が出せなかったに過ぎない。
「このスカイヤは今や世界の中立都市。4国が取り合う必要はない。中立として武器を捨て、4国に平等に橋渡しをすることで納得は行かないだろうか?」
議長の提案だが、誰も呑まない。いずれも、世界を制圧する腹積もりである。
結局会議は破綻した。戦争は余儀なくされていた。ライの意見が正しいと気がついた時にはすでに手遅れだった。

 さて、場所はいったん変わり、時間も4年ほどさかのぼる。スカイヤでは武道大会が開催されていた。このたびの主人公アイラは年齢的な問題で出場はできなかったが、出場したら大切な槍で優勝しようと考えていた。
ライという軍隊の偉い人が強く、他の選手が弱く見える。だが決して弱いわけではない。ライと言う男が強すぎるのだ。
だが、準決勝で怖いおじいさんを倒したカッコいい戦士もかなりできるだろう。
決勝は結果がわからなかった。結果はライの勝利。負けた男の黄色眼は、なにか迫力を感じた。アイラは12歳にして六気を持っていた。六気のうちの覇気がアンバランスに大きな槍を振り回す原動力になる。
この会場にいる誰もが、同じ場所に六気使いが二人も同席していたことに気づく余地もなかった。


アイラは、父が使っていた槍をイタズラで触っていたが、ある日しっかりと持って使いこなすようになった。アイラの身体に合ったサイズの槍を持たせようとしたが、アイラは拒み、巨大な槍を愛用するようになった。
アイラは父の真似をしてグルグルまわすと、竜巻が発生した。地面にたたき着けると地面が割れた。現在、アイラは道場のホープである。
「アイラ、今日こそは普通の槍を使ってもらうよ。腕試しで、真剣勝負じゃないんだ。練習試合なのだから、負けてもいいのだから。」
師範がなんとかさとしてアイラに言う。
アイラはしぶしぶ普通の練習用の槍を使う。
なるほど拒むわけだ。細い木の枝でもふりまわすように、軽々と扱う。
間合いも大きな槍で慣れ切っているためにいまいち踏み込みなどが浅くなる。
それでも、持ち前のセンスでいい試合をする。

結局アイラは道場内で負ける事は無かった。
アイラは軽い槍を使って一つの技を考え出した。隙を見たらばそこに何発もの突きを繰り出し、敵を圧倒していく。
師範に相手をするよう申し入れ、その技を披露した。師範でも裁ききれない。実に軽快な技である。アイラは12歳で恐るべき技を身に着けた。
だがアイラの快挙はこれにとどまらない。
今度は槍を回転し、風圧を渦巻いて竜巻を作った。これは重いほうの槍で使うと危険だ。師範に披露した際、きつく止められた。

 13歳になったある日、スカイヤ国に改め、スカイヤ地方では、武術大会が開かれることになった。スカイヤ闘技会学生の部である。少年の部を受けたものの、極端に強いあまり、16歳以上の青年の部にうつった。


「アイラ、竜巻と無限突きは禁止だよ。絶対に使ってはいけない。あと、重い槍も禁止。青年の部でお兄さん達だけど・・・。」
アイラは別に問題にしていない。軽い槍でも、普通に戦っても十分に戦える。
さて、試合を開始したが、青年達の大きめの槍による攻撃も簡単にさばいて、まともに構えることすらせずに、あしらって言ってしまう。決勝戦ではわざわざ槍を短くしてしり持ちを突いた相手に手を差し伸べ三度も仕切り直しをすることで勝機をゆずったが、とうとう青年は降参してしまった。観戦者達もそれを見ており、感嘆の声をあげるばかりだ。
午後からの大人の部に飛び入りで参加することが決定した。どうせ、先端がゴムの練習用の槍なので問題は無い。
大人の部では、師範も出場する。アイラは言いつけを守らないことにした。


父の大きな槍の穂先をしっかりとカバーして、殺傷力を皆無にし、全ての奥義を持ち出して戦うことにした。一回戦目はその師範とあたる。
「アイラ、いくらそんなことをしても、あなたがを持てば勝負にならないのです……」
師範の狙いは、槍の正しい裁き方である。
長くて有利でも、扱いが難しい槍はできるだけ正しいフォームで扱うべきである。それを教えたいがための禁止令である。
「これ以上の上がないなら、わたしはめいっぱいやりたいです。」
アイラのいい分である。アイラはなんとなく6種類の戦う気分を練りこんでみた。
師範の全身が視界いっぱいに見える。今、後ろの方の観客が、自分を見た事を感じた。
師範はこれに対し、異常な恐ろしさを全身でうけていた。わずか13歳の子供が恐ろしく見える。

まるで、弱い自分が強いものに肩をつかまれて抵抗する気力を失せてしまうかのような感覚である。これがアイラの本気だとすれば、いままでの訓練はなんだったのだろうか?一切の恐怖感も無く、ただ優秀な槍使いとして、巨大な槍で無双に強いというだけのアイラはどこにいったのか?
無常にゴングが鳴り響いた。
会場は静寂に包まれている。師範が力無く槍を落としてしまう。
アイラは大きな槍を片手にぶらさげ、もう片方の手を師範の肩にのせた。
それ以降もデタラメな強さであっさりと大人の部も快勝。現在アイラとマトモに戦えるものはいない。アイラはこのあと、道場に戻り、道場をのっとってしまった。

 14歳になった。アイラは今日も道場で見学者達に大技を見せ突ける。見学者達は腰をぬかす。
アイラの技はそうそう真似できるものではない。ある日自らの道場に花を飾ろうと、出かける事にした。
街角のあとある花屋、看板には仁義商会連合直参後見結社瑠奈と書いてあった。
”店長と腕試しをして勝てた人は全品無料”
と書いてある。アイラはさっそく店長を呼んだ。店員達がいぶかしげな目線を向けてくる。無理も無い、アイラはまだ14歳の少女だ。
対する店長は、社長にずいぶん鍛えられた猛者である。しかし、アイラは店長を一瞬で倒してしまう。そんなとき、ルナが現れた。
特殊な力は使ってい無いが身のこなしでその恐ろしさが伝わってくる。自分が戦えばまず勝てまい。アイラはもはや、手合わせをしてほしいとすら言えずにその場を後にした。
数日は道場で門下生をあしらいながら、考えていた。結局挑まなければ強くはなれぬだろうと。アイラは花屋でバイトをすることを決意した。
アルバイトはまず清掃から始まった。清掃を教えてくれるお兄さんはやはり身のこなしからしてただものではなかった。
社長は今日も今日とて出かけている。なかなか姿を現さない。ひとまず、掃除のお兄さんと手合わせすることにした。
「僕は武器を使わない。その自慢の槍がどれくらい使えるかは知らないけど、遠慮はいらないよ。」
そう構えるお兄さんの目は黄色かった。六気をぶつけてようやく対等になれる。アイラの六気はまだ発達していない。赤目にも対抗しうる六気も今はまだ黄色眼で手いっぱいだ。

大きな穂先でなぎ払うようにアイラが槍を繰り出す。掃除のお兄さんことゼルは、刃ごと殴り飛ばしてしまう。次の攻撃は見えている。
ゼルの目線は自分の目を見るが、すばやく防御しきれない顔面を狙い、かわしたときの担保はおそらく下腹部である。
果たして読みどおりである。槍をすばやく手放して後方へ身を翻すと、ゼルはソバットを先ほどの自分のいる場所に放っていた。
紙一重の見切り、六気は少しばかり磨かれていたようだ。無駄が消えている。
アイラはひとまず降参をした。徒手空拳でこの男に勝つのはまず無理だ。槍を手放す以上、逃げの一手に限る。
「もう一度やれば勝負はわからない。ここでギブアップされたら、僕はとうとう一撃もキミに見舞えない事になる。いい判断だよ。」
身長2メートルを越える父が厳しい修行の果てに使いこなした重い槍なのに、ゼルは棒切れでも扱うように拾い、アイラに手渡す。
黄色い目をした超人のうわさは聞いていたが、ウソではないらしい。

 あのとき以来、ゼルは姿を見せない。掃除係りから出世して組織の取締役になった。
ルナと共にどこかにいるようだ。
15歳のアイラは、いつもどおり花屋でバイトをしていると道行く人々がうわさをしている。
「4国がそうあたりの戦争をするそうだ。」
「マウントのルナにヤヘイのゼル、リナとチャッピーも参戦するらしい。惨状は目に見えているが、スカイヤが蒸発したりしてな。」
「するんじゃないか?だって、あの4人は…」
ルナ、ゼルの単語にアイラは興味を持った。
このスカイヤ地方を舞台にあの二人と戦えるかもしれない。
しばらくすると、慣れない緊張した空気が漂ってくる。戦争が近いと対象の国はどことなく緊張する。
すると、北東の海域にマウントが来襲、上陸を始めたらしい。
北西にはオーシャン国の大艦隊が詰めかけた。
南東からは、屈強なヤヘイの兵団が、南西は、チボーンの科学部隊がいる。たちまちスカイヤを中心に極限状態になった。
アイラは南東側に走った。
あのゼルに味方をしてやれば、他の大物3人と戦える。死んでしまえばそれまでだが、自分が強くなるにはそれぐらいの覚悟が必要だ。そして、ゼルに並ぶほどの実力者達と戦うことで磨きをかけるしかないのだ。
中心部では、現在各国の舌戦が繰り広げられている。やがて、遠くで戦闘が始まった。
これをうけてゼル達はそれらに飛び込んで行くようだ。アイラは女で槍を持っているだけ。誰も気に止めず攻撃をしかける。
敵は魔術で防御を展開する。アイラは難なく突き破るが普通の人はずいぶんしんどいようだ。
中にはバリアを抜けてチボーンを攻撃するが、どうにも難攻不落の場所をたたき始めてしまったようだ。中心部では一人で3国と戦っているようだが、どこの無謀だろうか?
気にしているヒマは無い。まずは、この硬い守りを落とすことだ!
 グレンはオーシャンについていた。リナがオーシャンに参戦しているためだ。遠くに猛烈な衝撃波でチボーンに攻撃を浴びせる少女が見える。リナだ。だが、近寄れない。巻き添えを食うだろう。
グレンはひとまず、静観を決めているマウントに向かった。リナにくっついているのがどんな”野郎”かは知らないが、リナはグレンのものであるという理由からである。
二刀流の女性が立ちふさがる。なんと、赤い目でにらみつけられてしまった。グレンはこれはかなわぬと退却せざるを得ないが最後にたずねた。
「リナと行動を共にしていた野郎はだれだ?そいつと戦わせろ。そいつだけは許さない。」
すると、相手の女は笑いながら言う。
「リナなら、禁断の愛に目覚めてしまったわ。そして私も…あなたの出番はもう終わったのよ。そして、私を倒せるかしら?」
グレンはこれを聞いて卒倒してしまった。
スカイヤ地方中心部、ヤヘイとチボーンのぶつかり合いとオーシャンの飛び道具が行きかう危険区域にライはいた。ついに止まらなかった戦争。もはや自分で消すしかない。
三国を相手に奮闘するライ。六気でチボーンのバリアは簡単に抜けるが、オーシャン側の飛び道具は面倒だ。ヤヘイ側に向かえば飛び道具を気にせずに戦える。とりあえずはヤヘイをつぶすことにした。
六気をみなぎらせて駆け抜ければそのほとんどが道を開ける。一人ばかり、道を開けない者がいる。車を運転して飛び出してきた人間にクラクションを鳴らすように衝撃波を見舞うとその者は気合い一声のもとにかき消してしまう。ライがぶつかると、巨大な槍でがっしりとうけられてしまった。
「あなたはだれ?私はアイラ。あなたの強さでも怪我をする。」
確かに怪我をしそうだ。自分の六気が薄くなっているのがわかる。
ライはこの女と戦って見たくなった。
よく見ると少しかわいいが、これだけ強ければ殺しても死なないだろうし、殺すつもりで無ければころされてしまう。六気をさらに高め、対峙する。アイラも負けてはいない。
黄色眼のゼルほどではない以上負けるはずは無い。どこか紳士的なライは来いと言わんばかり。槍で見えないほど早く、雨のような突きを繰り出す。重みがあるのでただの剣で受ければ剣が折れるだろう。しかしライはそれら全てを受け切る。続けてその場で竜巻を引き起こすと、ライもまたそれに習って竜巻を繰り出す。竜巻がぶつかり合ったころどこからか巨大な爆発が襲ってきた。六気の力で爆風を察知、急所をかばうが吹き飛ばされる。
アイラの方に巨大な衝撃波が迫る。アイラはにらみつけるが身体が言うことを利かない。
何ものかにドンと押されてよけるが、ドンと押したのはライだ。衝撃波は吹き飛ばすことすらせずライを切り刻む。
この男、なおも息がある。
「ど、どこかの道場で…出会えば…いいライバルに…なれたはず。」
細い声でも話している。良く見ればさほど深くないキズばかりで、全身の鈍痛で身体が硬直しているようだ。しばらくは動けない。だが、今度は巨大な地震が襲ってくる。
そこかしこの地面が割れてしまう。アイラはライを抱えて地割れから逃げ出す。
地震が収まると、立ち上がったものが次々と血を吐いて倒れていく、あるものは腹部、あるものは顔面に衝撃を覚えているようだ。
アイラが六気で探ると、かすかに何ものかが走り回っているのが見える。
アイラはライの剣を引き抜いて、ライをまたいで剣を構えた。アイラが右に剣を振ると動いている何かがそれをよける。今度は腰をひねって後方に衝撃波を繰り出す。ぎこちないが、これすらも何ものかがかわしていく。

しばらくするとライは起き上がり自らも防御をしはじめた。
さっきまでいろんな建造物もあった場所だが今は何も無い。やがて、その攻撃も収まる。
「アイラ、見えてるんだな?俺にはかすかにしか見えないが、どうだ?」
ライがようやく声を出す。
「私にもかすかにしか…。一つ言えるのはこれで生きてられるのは私達くらいなものね。」
お互いに背中を預けて言う。
遠くに4人の人影がいる。おそらくこの信じられない攻撃の数々は彼らの仕業だ。
「知り合い?」
声が重なる。確かに知っている。
「お花屋さんと掃除の人。」
「いつぞやの逃げるお姉さんとひどい水攻めをしてきた男だ。」
二人を見て4人は驚きの声をあげる。


「私のあれから逃げ切るなんてね。」
「その前によく俺の攻撃を耐えたな。」
「僕の地震攻撃も抜けてきて…」
「ボクの動きを邪魔してたんだ。」
驚く4人にライは言う。
「俺の名はライ。確かスカイヤがオーシャンに攻め入られたとき、ゲンライさんを連れて逃げていた人ですよね?私にその強さを分けてもらえませんか?」
続けてアイラも言う。
「私はアイラ。ガーデニングショップのお姉さんがまさかこんなに強いなんて思いませんでした。私ももっと強くなりたいです。教えてください。」

全世界から軍事力が姿を消した。これからは己を磨く時代になる。誰もがそう信じて疑わなかった。


 ライはリナに剣の指導を受ける事になった。
まず、リナが教えたのは無限突きである。
二本の剣を高速で繰り出し相手に付け入る隙を与えない。ライの突き技はやや無駄が合ったのでこれによって無駄を無くすことがリナの狙いである。
さて、応えるライは始めこそ突きを連打しているようにしか見えなかったが、徐々にキレが現れて並みの剣士では、付け入る事ができないほどになった。
早速リナを相手取って実践してみた。
ライは構えるリナの隙を見て打ち込む。
リナは襲いくるライの剣をことごとく裁く。
「遅いよ。ライ。」
言うだけの事はある。リナは片方の剣を使っていない。程なく、リナの剣がライを捕らえる。ライの技は簡単に打ち砕かれた。
次にリナがライに与えたのは衝撃波を幾度も放つものだ。ライはこれもどうにか習得。覚える早さはリナも目を見張る。
 さて、アイラである。現在ルナに教えを請うているが、ルナの恐ろしい突き技を修行している。同時に破壊力の高い衝撃波も修行している。槍で繰り出すという離れ業だ。大きく、重い槍で繰り出すだけに、破壊力はルナのそれを上回る。
「次は最強の突き技よ。できるかしら?」
そう言いながらルナは剣で鉄板を貫いてみせた。一瞬の瞬間に全精力を込める突き技であり、相手の剣をも打ち砕く。
アイラの槍によるものであれば破壊力はさらに増すであろう。
アイラは練習用の針の先端に槍をあてる訓練から始めた。当然当たらないが、少しずつカチカチとあたるようになってきて、やがては針を折るようになった。次に剣を相手に技を繰り出す。アイラは練習用の槍でルナにその技を披露する。だが、ルナの剣ではなく、アイラの槍が砕けた。とはいえ、ここまでやるアイラにルナは驚くばかりであった。
リナは29歳になった。スカイヤ崩壊後の世界は戦争こそなくなっても、言葉による戦争は続いていた。スカイヤ城で行われる4カ国によるスカイ会議は常に荒れていた。
しかし、4カ国が一切争わずに決まった決まりごともある。リナ達にとっては実に苦しいが。仁商連が世界共通の指定暴力団に決定された。仁義商会連合総従業員数500万人。戦闘可能要員は9割以上。危険な組織として脚光を浴びた。
ゼル、チャッピーは指定暴力団にされた仁商連の運営の為にライ達の訓練には同席していなかった。リナ、ルナの二人が付いているのだから問題はないだろう。

さて、ライとアイラにはあらたに課題が現れた。二人でリナと闘うことである。立会人はルナ。2対1のハンデ戦になる。


先に切りかかったのはライである。以前にも増した六気を駆使して切りかかる。
だが、目を黄色くしたリナに簡単に流された上に、攻撃の勢いをいなされ、反撃を食らってしまった。ほどなく、アイラにリナが切りかかる。アイラが懸命にリナの攻撃をさばくも、攻撃が当たって倒されるのは時間の問題だ。後ろからライが立ち上がり、襲いかかる。
リナはスッとよけてアイラを盾にした。
ライが寸止めするが、アイラは驚くばかり。
ライがあわてて剣を戻した時にはアイラとライの首筋に竹刀が宛てられていた。
「二人ともバラバラだから、簡単になっちゃうんだよ。息をそろえて掛ってくるようにね。」
そうは言っても実力差がまだまだ大きい。
おそらく、リナに閃を喰らえば二人とも立ち往生してやられるのは目に見えている。
次にライが習ったのはリナの持つ究極の突き技である。同じ個所を一瞬で何発も突くことで削り落していく技だ。
ライ、アイラが途方もない修業を繰り返す中、世界は大きなうねりを見せた。
議長を務める、スカイヤの元国王が4カ国の仲裁役として権力を自らに集中させてしまったのだ。これによって世界は実質上一人の皇帝が支配する世界になってしまった。
その名はスカイヤ連邦国家。この大国は後に二分化して、世界をまたにかけて延々と争うことになる。

さて、こんな世界の動きにも関係なくライとアイラは次の課題に入った。
次の課題はルナを倒すことである。
「ルナはボクとは違ってすばしっこくないけど、まともにやりあえば力で簡単にやられる。ルナと戦うときはどうやってそのパワーをいなすかだよ。それと、二人が息を合わせること。大丈夫だね?」
リナの指導が入る。とはいえ、ルナもまたそうたやすく勝てる相手ではない。
アイラが大きな槍できりかかった。
パワーでまずは勝負を挑む。しかし、ルナは軽々とそれを受け止め足で衝撃波をライに向けてはなった。
ライは実はそこにはいなかった。リナから譲り受けた高速移動を駆使したのだ。
実体は現在アイラの攻撃を軽々と受けている剣の反対側の位置である。一点の隙を逃がさない高速の突きをうちはなった。
「あらあら、リナの技を見よう見まねでいきなり私に使うなんてね。」
そんな声がライの背後からする。ライが振り向こうとするが、
「動かない。あなたは負けたわ。」
ルナに言われてもライは叫んだ。
「やれ!アイラ!」
アイラはライを渾身の力で突いた!
槍の重心を整える、反対側の重りの部分である。ライはそれを剣で受け止め、力に変えて後ろ向きでルナに押し迫る。
二人の健闘は実に空しい結果に終わった。
「仲間を串刺しなんてナンセンスね。あなたのパワーは仲間ごと貫くんじゃなくて、仲間を守るために使いなさい。」
突きの姿勢を変えられないアイラの首元にはルナの竹刀が宛てられていた。
ライはアイラの攻撃で勝負上で敗北、アイラは完全に一本を取られて敗北した。
「前よりも数段よくなっている。もう少し頑張ればボク達とちゃんと戦えるね。」
リナはそういうが、二人にとっては2対1で勝てないのはもちろん、1対1で勝てる見込みが現時点で一向に見受けられないことが悔しかった。

年が明け、ライ、アイラの両名はリナ、ルナの持っている技を全て習得した。
……師匠達の隠し技を除いては……。


リナはついに三十路を迎えた。
この年の始めごろに、スカイヤ連邦に異変が起きた。
チボーン、ヤヘイの二国が同盟し、対抗勢力としてパンゲイヤ連合を設立した。
これにより、世界の勢力は二分化された。
現時点で軍事力による競合は見受けられないが、水面下では着々と準備が整えられている。
貨幣の統一や言語の共通化も幾分勧められており、パンゲイヤとスカイヤはこぞって徴兵の募集をおこなっており、報酬は月給にして100万を越えるという内容である。
待遇の良さを全面に押し出して全世界から、一人でも多くの兵士を動員しようと二国は張り合っている。
スカイヤ側のマウントと、パンゲイヤ側のチボーンは技術を交流していたため、軍事兵器の開発も白熱している。
こんな話を新聞で聞いているチャッピーやゼルは衝撃の計画を打ちたてていた。
 さて、技を習得し磨きを欠けているライ、アイラに新しい課題が出た。
ライ、アイラが直接戦うのである。
パワーを磨きぬいたアイラとスピードを磨きぬいたライの一騎打ちである。
「俺はおまえを女と思った事はいっちども無い!だから手加減しない!」
ライが毒づく。
「何それ!二度と剣なんか持てないようにしたげるから!!」
アイラも負けてはいない。言葉だけ見れば恐ろしいやりとりに見えるが両者とも毎日のようにニヤけながらこんなやり取りをしているものだから、師匠であるリナやルナもかなわない。
「本当はキミ達をちゃんと戦わせてお互いをライバルにして強くなって欲しかったけど、君達の場合はもうボク達を直接狙った方が強くなると思った。今のレベルならお互いを意識しても大丈夫だよ。」
リナ達の見解は、二人がお互いをライバル視するようなレベルではなかったという。
二人が弟子入りして初めてお互いに武器を向けあう。

先手はアイラである。巨大な槍だが穂先は軽やかで実に早い。技を繰り出さないのは、隙のないライを撹乱するためである。
しかし、ライはまだまだ余裕をもってアイラの攻撃をさばいていく。足技を繰り出してはアイラの攻撃を鈍らせていく。
アイラの攻撃は鈍ってなおも破壊力があり、一撃必殺はまぬがれない。
ライの剣は何本にも見える残像を出しながらアイラに反撃を加えていく。
アイラはライの目線が自分の槍を持っているほうの腕の肩の辺りを指したのを見て、自らは肩を後ろに引き、背中で槍を持ち替えて、やや大ぶりながらライに斬撃を見舞う。

ライは直感で気づき、両腕を使って槍を食い止めるがあまりの重さに吹き飛ぶ。

一瞬で距離が離れるも、ライは宙返りを打って、振り向きざまに衝撃波を打ち込んだ。

一振りで15発。リナの飛ばす数には遠く及ばない。だがアイラの場合はこれでもいちいちさばくのは難しい。
アイラはやはり槍を横に構えて強くなぎ払った。
すると巨大で横に長い衝撃波が現れ、ライの放った衝撃波を次々と粉砕していく。
ライは高く飛び上がり上空から切りかかる。
槍を使うアイラにとっては絶好の形であり、よけられない空中の相手をはたき落とすだけでよい。

槍の射程よりまだ高いうちにライは突きより繰り出す針状の衝撃波を打ち出した。
アイラは直感で受けるすべがないと感づいて身をかわす。
ライはそれを見越して剣を繰り出さず、力をためたまま着地して、一気に剣をアイラに浴びせるが、アイラはその剣を叩き落とした。

一瞬とは言え槍を真横に持つポーズになったアイラは現在一切の警戒が解けている。
ライはここに猛烈な体術を打ち込んだ。
アイラは槍を落とすが後ろに身を翻した瞬間には軽やかなフットワークを伴う体術の構えを見せた。

アイラは一瞬でライとの距離を縮め、全身を使って、怒涛の連撃を浴びせる。ルナが密かに伝授した体術は、普段はパワーで圧倒するが、パワーでは崩せない場合に用いる目的で、体術は早さに特化した技を選ぶ。ライはその逆である。

アイラの攻撃をさばくのは難しいのでライは後ろに引き、片膝をつくようにしつつ力をため、片手をついて一気にアイラに飛び込んだ。
ショルダータックルがアイラに直撃した。
アイラはよろけつつも拳に力をためて、ついに六気を全開にした。
ライは応じてやはり六気をぶつけ返す。
ついにアイラは信じられない早さでライに詰め寄り、空を切る音が出るほどの速度をもってライを攻めていく。

ライはよけつつ、防ぎつつ隙を伺うがなかなかどうして難しい。研ぎ澄まされた六気をもってしてもアイラの攻撃の速さが大きく上回っており、急所を守るのが精一杯だ。
距離を取れば、その距離を力に変えてくるのがわかる。

ライはそんな中ついに、アイラの隙を作り出した。
アイラの拳を胸部で受け、その腕を捕らえる。
その腕を引き出し、投げ飛ばした。だが腕は放さない。かがんで正拳を打ち込む時間すらないので、腕を引きつつ蹴りを入れざるを得ない。
ライの力でもアイラが相手では紳士的には戦えない。
アイラは肩を砕かれるが、まだその瞳は力を失わない。
ライが一撃を見舞って優位になったかという一瞬の、実に小さな油断を見逃さず、六気のうち殺気を強力にライにぶつけた。
とっさの強力な殺気にひるんだライは一撃が浅く入るもとどめを刺すにはいたらない。
だが、ここでストップが言い渡された。
「あなたたちはこれ以上やり合うと命に関わるわ。ほとんど互角だけど、少しだけうまく戦った結果が今のライとアイラの状態。よって、今回の勝者はライ。」

ルナの判定はアイラも納得せざるをえない。だが、ライは強く異を唱えた。
「アイラがとっさに六気が一つ、殺気を強めて俺の一撃を鈍らせた。これは見事と言う他にない防御だ。アイラならこの後に必ず足をバネにしたまま足を使ってくるから、俺は身を引くはずだった。これで仕切り直しだ。第二戦を要求したい。」
ライはまだ勝った気ではいないようだ。
リナがさらに言う。
「じゃあ、高いレベルで互角に体力を削りあって、その後にどうなるかは知ってる?いや、知らなくても君たちはわかるよね?」
巧者による戦いは一見地味に見えても高度な次元でしのぎを削り合うため、どちらかが知らぬ間に命を落とす場合が多い。
ライもアイラもそれはわかっていたが、命よりもお互いの強さの結果がしりたかったのだ。


「ライ。私たちは多分ルールという制限の中で剣道や空手で技術を比べあわなきゃいつか死んでしまう。私もあなたと同じ気持ちだけど、戦闘の技術であなたの勝ち。今回は我慢して。」
アイラはライより年下の割りにはじつに冷静である。
 さて、さらに月日は流れ、最後の課題が申し渡された。
それは、ライ、アイラのコンビとリナ、ルナのコンビで勝負し、勝つことである。

リナやルナはそもそも一人で二人を簡単にあしらうほどに強い。その二人を同時に倒すとなればライやアイラと言えどもただ事ではない。

それでも今までの修行があれば決して夢ではないというのがリナ、ルナの言うところである。
なにはともあれ、ライ、アイラ対リナ、ルナのツー・オン・ツーの戦いが始まった。

リナもルナも黄色眼を開いて一切の容赦を許さない構えである。ライ達には黄色眼自体は大したものでは無いが相手が途方もなく強いからこそ恐怖の対象に他ならない。
ライもアイラも最初から六気を全開にして、目にも留まらぬ体裁きでまずはリナに狙いを定める。しかし、先読みしたルナがまっさきにアイラの槍を足で蹴り飛ばした。ライ、アイラはこんなものを見たことがない。剣でアイラの槍をさばくだけでも信じらんないのに足でさばくとは驚く他にない。
ライはと言えば横目に見ながらもリナに向けた注意はほどかない。素早く衝撃波を飛ばしながら接近し、何本にも見える突きを打ちはなった。
リナは糸口も見えない怒涛の攻撃を踊るようにかわし、反撃を放つ。
リナの攻撃は現在のライにはしっかりと見えた。
加えて、ライの攻撃を切り返すが、せめてもの牽制が関の山だった。
アイラの槍を裁いたかに見えたルナもまた、圧倒まではかなわず、アイラとは鍔迫り合いを展開している。
ライはリナの攻撃を見切り、リナを見つつも放った衝撃波はルナを狙った。
ルナは鍔迫り合いが互角であるために高く飛んでライの攻撃をかわし、アイラと
の鍔迫り合いも回避した。
上空からは地面をえぐるような巨大な衝撃波を繰り出す。
ライもアイラも当然それは避けるが、逃げ道を閉ざすようにリナの凄まじい数の
衝撃波が二人を攻める。
アイラは槍を地面に叩きつけ、大地を砕いて衝撃波を打ち消し、余力でリナを狙う。

ライは確かに裁きながらも、ルナの衝撃波に当たらぬようにルナを拾うように撃ち落とそうとする。
ライとルナが一騎打ちになるが、ライはひたすらルナの攻撃を直接防ごうとせずに間隙を縫って攻撃を打ち込んで行く。
アイラとリナの一騎打ちではアイラにすれば、リナを見失わないことが最優先である。
死力を尽くして戦う二人。どうにか五分五分と思うが、ライもアイラもなぜか自分達よりもリナやルナ達が押しているように感じていた。

徐々に戦況がリナ達に向いていく。ライがついに膝をついてしまう。なかなか立ち上がれない。アイラもまた、槍を地面につけたまま持ち上げられない。
とうとう立ち往生した二人は敗北を喫した。


「キミ達は1対1ならばもうボク達より上だよ。赤目ならわからないかな?これがボクからのヒント!」
リナが言う。続けてルナが
「あなた達と私達の違いはリナが言う通り、1対1なら…ってところね。」
ライは申し出た。
「俺とアイラで少し訓練したい。命に関わるようなことはしない。」
リナもルナもこれを承諾した。
「1対1で先生達に匹敵するのに2対2では勝てない。それはコンビネーションでは無いだろうか?アイラはどう考える?」
ライの指摘は鋭く、アイラも大きくうなずいた。ライが考案した訓練の第一項目は、分担である。実に無数に的を用意し、たちどころに的を叩くが、二人でかかれば三倍になるにはどうすればよいか?これがキーになる。
ライが気合いを集中し、剣を振りぬくと今までに無いほどの衝撃波がでるが、的に当たる程度で破壊力が一歩足りない。
アイラが横なぎに大きく振るっても強い風が辺り一帯を扇ぐだけである。
まずはこれを混ぜ合わせることにした。アイラの強風にライの衝撃波を乗せる。するとどうか、的がついにすべて同時に粉々になった。
たった一回、二人がわずかな時間で考え出して早速結果が期待以上に現れた。さらに、集中攻撃のコンビネーションやお互いを守るコンビネーションも瞬く間に終わらせた。
「なんか俺らはすごいな。」
ライは無意識に言ってしまう。
「タイプが全然違うのに不思議。」
アイラもこれには驚いていたようだ。

二人のコンビネーションは極めて短時間のうちに洗練され、技の複合や組み合わせ、攻守を兼ねたコンビネーションも固めたのだった。ライ、アイラはリナ、ルナに二戦目を申し込んだ。
やはりリナ達は黄色眼を開けて構えてきた。かなり迫力が強く、赤目にも近いような恐ろしさがある。
まずはライが二人に飛びかかった。リナを力でいったん牽制したあとルナには目にも止まらぬ速さと手数でルナを押さえこんだ。リナはこのときライを見てはいなかった。
「ルナ!」
この一声でルナはすべてを悟る。アイラが溜めに溜めた力を解放するように、衝撃波を打ち出した。
ライはよけようともせずルナを捕まえた。
「ライ!死ぬ気!?」
ルナやライでもこんなものを食らえばひとたまりもない。だが、巨大な衝撃波は容赦なくせまる。
衝撃波はルナを確かに捉えたが、ライはその衝撃波の上に乗っかってしまった。
ルナは打撃系の衝撃波を受けたので無傷だが、いくらかたたらを踏む。
リナは攻撃のあとの硬直から立ち直るアイラの一瞬を見逃さなかった。今のアイラは自分の攻撃を相殺ではなく、圧倒してくるだろう。もはやアイラの単発の攻撃力はルナをも凌駕している。リナは直接アイラを叩くことにした。
しかし、アイラは大きくなぎ払ってはリナを近づけさせず、背後に回ったライがリナを攻撃した。ルナはまだダメージが抜けきらない。
リナは背後からの攻撃を見切れず、一本を許してしまった。
今1対2で戦って勝てるほど、ライとアイラは弱くない。ルナもまた降参した。
とうとう、ライとアイラは四天王のうち2名を越えたのだった。だか、ここに来て待ったが入る。二人に待ったをかけたのは死神を開けたリナである。ルナも死神を開けてこちらを見据える。
「これは単にボクたちがやってみたいだけ。」
いつものトーンで語るリナだが、にじみ出る気迫がまるで違う。あんなに強いリナが、こんなにも本気というのは、目をあわせる事すら恐れ多く思う。ライ、アイラは壁の大きさをとにかく強く驚嘆するばかりである。

連戦になるが、ダメージはあちらの方が大きい。ここでこの二人を倒せたなら、ライもアイラも四天王を越えたといえよう。黄色眼の時とはもはやなにもかも違う死神の眼力は見られるだけでも全身に痛みがはしる。
武器を持つ腕がやけに重い。それでいて、リナもルナもたった一瞬で自分達を引き裂いてしまうような雰囲気である。

「閃!!」
リナが消えた。いや、消えたように見えるが、影が猛スピードで動き回っているのが見える。

いつか見た時のように直感だけではない。確かに見えている。ライは剣を両手で構えて力強くリナを押し返す。剣が削れてしまうが、なんとかリナを止めた。リナは再びすぐに消えるようにみえるが、後方に離れていく。それとすれ違うように巨大な衝撃波が見える。
おそらく、ライ、アイラの二人がかりで止めようとしても簡単に吹き飛ばされるであろう。
ライ、アイラは左右にかわし、一気にルナに迫る。アイラの実に重い一撃をルナは簡単に受け止めては裁く。ライの攻撃など簡単に弾いてしまう。二人は立て直しながら距離を取ると、ライは振り向きざまにリナを警戒。案の定、リナはやや鈍いアイラを狙う。ライの衝撃波に気がついてリナは足を止める。アイラはそんなやりとりを見ずにルナに切りかかる。死神の力を使うルナと対等に切り結んでいく。ライもまた死神を駆使したリナを相手に引くことなく、善戦している。

リナの閃が出ても確かに打ち返すあたりライはリナを越えているのだろうか?
アイラもまたルナを相手に押し気味になっている。ルナの早くとも重圧の強い攻撃をパワーで対抗し、押し切っていく。
アイラの槍はついにルナを捕らえた。穂先を強く打ち据えてルナの剣を押さえこみ、足で腹部を蹴り上げて、ルナが前屈みになったところに穂先をルナの額にかざした。ルナが負けを認めると、そのまま振りかざしてライ達が切り結ぶ方向に振り下ろす。巨大な衝撃波がリナをめがけていく。ライはそれの気配だけでとっさにリナを固めた。リナはその直後に身に迫る危機を感じとったが、完全にライ
に自由を奪われて直撃した。
ついにリナ、ルナの本気の強さをも越えた瞬間だった。

 リナ、ルナの強さを越えたライ、アイラは2人で旅に出た。
世界中を回って様々な街に立ち寄っては己の力を試すべく、武道会に参加する。
しかし決勝ではほとんどライとアイラの戦いになり、大抵ジャンケンで勝った方が勝ってにルールを定めて勝負する形式である。
無論、自分に有利な条件で戦う。時々決勝前にぶつかるにしても、ほとんど本気を出さずにやりあう。何よりお互いにぶつかったところでどちらも本気が出せなくなっていた。

さて、武術家の集まる最高峰のリング、ヤヘイ闘技場である。ライとアイラのタッグによる勝ち抜きだが、ライ達は最も厳しい条件の試合に出た。100チームを撃破して、日本円にして2000万円という大きな試合である。試合開始から10分。70チーム目のあたりである。
「アイラっ!」
「ライっ」

大量の衝撃波と巨大な衝撃波が両者の間でぶつかりあう。それ以上に凄絶なのは、その間におかれる2人だ。
それからさらに10分かけて最後の100チーム目になった。ヤヘイ闘技場で負け知らずのコンビらしい。
相手が2人でこちらに襲い来るがアイラが槍を地面に叩きつければ振動で相手がこける。なおも切りかかるとライに上着を刻まれて裸にされた。

 ヤヘイ闘技場の最難関もこの2人にかかれば遊びにすらならない。だが、優勝の賞品はペアリングであった。二人は少々赤面しながら、指輪を受け取った。
その日の夜、宿で二人は自分の指に指輪をはめた。奇しくも大きさはジャストフィットである。


チボーンでは魔術の研究が盛んである。魔術といっても、六気のうちのいずれかを具現化して打ち放つものである。
チャッピーほどの使い手はめったにいないが、ライ達に取っては魔術は初めてのものだ。
チボーン軍の演習に参加することにした。
まずは六気のうち覇気を炎に変える方法から。六気を同時に打ち出したライとアイラは最初から禁呪文である、ツァー・リボン・バーを打ち出してしまった。爆発の規模こそ微々たるものだが、講師に見いだされてしまった。

 逃げるように、チボーンをあとにすると次はオーシャンに向かった。オーシャンはリナの故郷と聞いた。だがオーシャンには特に腕自慢がいるわけでもない。とりあえず食事をするため、パスタ専門店をたずねた。
「パスタはお箸で食べるんだよ。」
二人はリナの教え通りにパスタをすすった。ナポリタンとミートソースなので、
その後の二人の衣服がどうなったかは推して知るべし。
次に立ち寄ったのはジュエリーショップである。大人のフリをしているのか、アイラはそっけない顔をしている。しかし、ライは確かにアイラがそっけなく横目で様々なものに目を奪われているのがわかった。
『アイラのやつ、赤いのとヒモが長いのを特に気にしてる。素直にはしゃげばかわいい…か、かわいいだと!?いやいやいや、こんなの女じゃないやっ…女…の子…?』
ライはとりあえず言ってみた。
「この長いヒモで赤いのがついてるヤツ…欲しいのか?」
アイラは慌てて答える。
「バッ、バカ言わないでっ!お子さまじゃないんだからっ!」
『こんなのにプレゼントされたって…プレゼントされたら…?…同じの…』
アイラも内心穏やかでないようだ。
「まあ…その…賞金もあるし?余裕もあるし?なんていうか大人ぶる必要もないし?ちょうど2つあるし?取り合い?にはならんじゃんですか?」
もはや挙動不審のライ。
『買ってやったらどんな顔するんだ?…そ、そうさ。似合わない!似合うわけないんだ。似合わないのを笑ってやる。買ってやる。』
「オッサン、この500万の首飾りをくれ。」
「おや、若いのに羽振りがいいねぇ。そいつは高級ブランドの傑作のペアのネックレスだ。ダイヤモンドを織り込んでプラチナで編み上げたチェーンにさらにダイヤモンド10個使用のニューブリリアントのトップだ。一個500万だが、ペアなら750万だ。本当に買うのかね?」
『ラ、ライっ?自分だけかっこつけてっ!』

「ペアって2つ買えば一つ半額か?じゃあ2個。アイラは250万のおまけのほうな。」
「ライ。子供ね…。」
『ライっ!ウソ…。どうしよう!?こんなにキレイなのを私に…!?で、でもでもライはいいのかな?』
「ライ、私のと同じデザインでもいいの?」
アイラは照れるのを必死に隠して聞いてみる。
「別に…同じにすりゃ取り合いにならないし?」
『ア…あ…あ?…アイラ…その顔は反則だ。いつもみたいにふくれろよっ!?なんだよそのもじもじぃッ!』
ライは意外なアイラの顔を見てしまった。とうとう不覚にも、
『かわいい…かわいい…かわいい…いやいやいや、かわいくなんか…かわいくなんか…あるな。かわいい…かわいい…』
「オッサン!裏に俺らの名前を書いてくれ!」
ライはついそう叫んだ。
「はいはい彫り込みね。ところでお金は……はぁ?い。早速お彫りいたしますですはい。今すぐに。」
ライはお金は…のところで1000万をボンと出した。なぜかオッサンの態度が変わってしまった。
『ライ…そう。私のことを本当は…不器用なところがなんだかかわいい…え?ええっ!?かわいいだなんて…』

アイラは相変わらずもじもじしていたため、オッサンに名前を10回聞かれたのに気がつかなかった。
『アイラ…かわいい女の子。本当はイヤなのかな?』
「な、なんだよアイラ。いらんのんですたいか?」
アイラはビクンと顔をあげプルプルと首を振る。
「わっわ…私っお金…ライにおごってもらって…高くてそのっ私も出すよ。うん半分ね。5000千円!?」
アイラもライも少しおかしくなっている。
「バカ。アイラはたかだか250万のほうで…いや、俺が安いほうでいいから!」
ライもかなりきているようだ。ジュエリーショップのオッサンは微笑ましいのを通り越して呆れた。

 アイラのネックレスにはライの名前が刻まれ、ライのネックレスにはアイラの名前が刻まれていた。店員が言うにはそうしなければならないらしい。二人はなんだか、お互いを自分の胸元にぶらさげているようでなんだかヘンな気分であった。
二人はその日、宿屋にてお互いに背中を向けながら、ネックレスを眺めたり磨いたりしていた……。

「でっかいめくま!パンダみたいね(だ)!」
お互いを指差してひとしきり笑うがなんだかぎこちない。眠い目をこすりながらなんとなく次の街にむかった。
マウント地方に近い街であり、途中に山賊や海賊などに襲われたが、睡眠不足であろうと、四天王すら越えた二人の前では相手にならない。
街行く人に道を尋ねると道案内のついでに、
「服が汚れてるじゃないか。ちょうどいい、この街は洋服の開発が特に進んでいる。見ていくといい。」
こんな具合に二人は洋服屋に向かった。香水臭いオバサンに出迎えられた。
「いらっしゃいませザマス。かわいい坊やにお嬢様!このたびはぬぁ?にをお探しザマスか?」
お面のような化粧をした顔をつきつけられたライは気分が悪くなった。
「か、彼女にピッタリな服を……お、俺はどうだっていいんだ。か、彼女を……。」
ライは虫の息である。無理も無い。もうほとんど歌舞伎役者になっている顔に吐き気を催すような香水である。
「おっじょ?ちゃんはど?んなのがいいかしら??ん?」
アイラも真っ青な顔でなんとか答える。
「う、動きやすいのを……ッ」
オバサンは返事をすると、ドスンドスンと地響きを立てて店内に戻り、やがて地響きと共に戻ってきた。
持ってきたのはワインレッドのショートスパッツに太ももまである長いソックス。上着はタートルネックの黒いシャツである。アイラは以外にもかわいらしいと考え、これでよしとした。
「彼のも選んであげてください。やっぱり動きやすいものを。」
オバサンは先ほどのように地響きをあげてくる。今度はライトグレーのスーツを持ってきた。
「見た目はピッシリザマスけども動きやすい伸縮性のある生地を使っているザマス!!かっこよさと動きやすさのハーモニーザマス!」
ライの汚れた服をビリビリ破って無理やり着させる。はだけた胸元がやけに挑発的だ。
アイラはライの姿をみて、なんとなく胸が熱くなった。
勘定は日本円にして5000円ほどだった。ライを担いで店を出て、公園でライを寝かせた。ほどなくライは目を覚ました。
「……!!?」
ライは驚いた顔のまま固まってしまった。マヌケだがなんとなくかわいいとアイラは思ってしまった。
「あーその……きれいなお方。なにやら俺を助けてくれたみたいで…その…」
赤面し、キョロキョロしながらもじもじしているライの姿は面白くかわいらしく見える。アイラは素直に言って見た。
「見直した?私よ。アイラ。かわいい?あなたも似合ってるよ。」
ライはポカンとしている。

「アイ…ラ?うん、かわいいアハハハ…。」
ライは何気なくアイラの手を取り、さすった。
アイラはダマって目を閉じる。ライは目を閉じている意味がわからない。だが見とれてしまう顔だ。
ライはそっとアイラの後頭部を手にして近づけ、やがて二人の顔がかさなった。
「ご、ごめん。つい……」
ライは唇を離すと申し訳なさそうにもじもじする。今度はアイラがライの頭をガッシリつかんでライを奪う。
「おあいこ」
アイラが言えるせいいっぱいである。ついに二人は自分に正直になれた。

 時は流れ、3年過ぎた。この3年の間に世の中はずいぶん様変わりした。スカイヤ、パンゲイヤの対立は深刻化し、水面下では軍事拡大を競っていた。また、仁商連も成績を伸ばし、四天王はそれぞれに切り盛りしている。
あの二人はというと……。
「ライラ!この子はライラだ!俺たちの子供だからライラしかない!」
おとこが絶叫する。
「あーあ、単純。でもいい名前だわ。」
女は呆れながらも承諾した。
「ライとアイラの子供なんだからライラ!どんな子になるんだ?」
絶叫する男こそライである。呆れているのはアイラだ。世界の情勢は緊張が続くが、そんな中こうしてのんきにしていられるのはこの最凶夫婦か四天王くらいなものであろう。最凶夫婦とは、旅の途中にいつのまにかついた、ふたりのとおり名である。
このライラこそ本策における真の主人公にして最強の戦士に成長する。誕生から6年の間にはスカイヤとパンゲイヤの対立はもちろん、仁義商会連合もリナ総長の新事業の他、ルナ会長、チャッピー組長、ゼル組長がそれぞれ新事業を興し、勢力は莫大になっていた。
この企業だけは唯一国家を相手に渡り合える企業であった。

 さて、6歳になったライラは10人の少年にいじめを受けていた。10人対1人では、10人の方が勝つはずだが、ライラは木の枝一本でいじめっ子10人をあっさり撃破してしまった。しかも、その木の枝で衝撃波を打ち出すなど、年齢的にありえないが血筋を考えればあるいはそれもあるのかもしれない。
さらに、ライがおもちゃのハンマーを買い与えたところ、そのおもちゃで衝撃波を打ち出した。ライは突然過ぎて防御が間に合わずケガをしてしまった。
今度はアイラがゴムボールを買って与えた。すると、やわらかいゴムボールで大木を叩き割ってしまった。アイラはこれを見てさすがに普通の教育を施すのは困難であると考えた。
すると、また10人のいじめられっこがライラから逃げていく。
今度はモデルガンでうった弾をすべて投げ返して10人のいじめっこたちがのほうが投げじかえされた弾で負傷したようだ。ライラに一泡吹かせようという腹づもりだが、おそらく今のライラを止められるとすれば、アイラ達夫婦か四天王であろう。
このままではやたら強いだけでコミュニケーション能力がなくなってしまう。
とはいえ、自分やライが本気で相手をしたら、らいらといえども命は危ないし、そこまでの手加減は難しい。なにより六気なんかで脅してしまえばそれまでだ。ならば世界最強の師匠をお願いすればよいとアイラは考えた。

 ある日ライの家の玄関で声が上がり、ノックする音が聞こえた。
「リナです。誰かいる?」
ライラがお出迎えをした。
「こんにちわライラです、ママを呼んできます。パパは病気で寝ています。いってきます。」
リナはこのしたったらずの小さな少年をかわいらしくおもった。リナはこのときすでに40歳であった。
奥から奥さんが出てくる。
「先生お久しぶりです。この子はとっても手ごわい子です。私たちではうまく指導ができないので、先生にお願いしたいのです。」
そんなに手ごわいならば実際に戦ったほうが早い。リナはそう判断してライラと手合わせすることにした。
「ライラ君、おばちゃんとチャンバラしよ?」
ライラはチャンバラは好きだが面白い相手がおらず、あまりしていなかった。その前にライの見舞いをすることにした。
「こんなときにライってばなにしてるの?」
リナがぴしゃりと言う。
「いや、息子に怪我をさせられまして・・・」
痛々しい包帯を足に巻いたライ。実に親の威厳は……ない。改めてライラを相手にリナは竹刀を構えた。
「おいで」
リナの一言でライラは動いた。
かなりの距離があるのにライラが地面を蹴ると一瞬で間をつめ、竹刀ががきぃとぶつかり合う。つばぜり合いはリナのほうが押されている。
リナは黄色眼を開いてたちまちに裁いた。
基本フォームすらできない状態でリナに黄色眼を開かせるほどのライラである。末恐ろしい子だが、やさしい子になるように道徳教育と剣術をリナが面倒を見ることにした。
「振り下ろしは雑巾をしぼるように!」
教えたのはいいが、ライラが振り下ろす瞬間は赤目を開かないと見えない。慣れない動きやぎこちなさを残すが、これでも乱取り訓練ではリナが赤目を開かないと相手にならないのだ。
なるほど、死神を開いたリナ達を超えたとはいえ、わが子を相手に六気は使えまい。手を焼くのも無理はない。
だが、幸いにして7歳になってもぐれることはなく、リナとの剣術の訓練を終えた後、やっと怪我から立ち直ったライの前で死神の上位修羅を覚醒して見せた。とっさに六気を最大にして身構えるライ。それでも、全身をなめまわすようなおどろしい殺気や殺されるビジョンが頭から離れない。
ライもアイラも黄色眼系の扱い方はわからない。そもそも目が真っ黒に染まるということは死神でもないようだ。ライ、アイラはそれぞれの師匠に電話した。
「ルナ先生、私達の子供が先生達の死神みたいな目になっています。でも、先生達の目よりも怖い目です。私たちでは手に負えないので、来てくれませんか?」
「リナ先生!我々の子が黄色眼系の恐ろしいのを開眼したみたいで、いますぐ先生の力を貸してほしいのです!」


リナはきびすを返してライの家に、ルナはやや離れた位置からであるが急行した。
リナ、ルナは走りながらも電話でチャッピーとゼルを呼び出した。
四天王が久しぶりに集結することになる。
「パパ?ママ?僕悪いことしたの??」
ライラは何もしていないが、おそらく凡人なら目が合っただけで気を失うであろう。最凶夫婦、四天王の6人がかりで対処を試みた。
「こいつぁ、修羅だな。リナの死神でも太刀打ちできねぇほど強烈だ。おめーらよく、耐えたな。」
チャッピーが二人に言う。ルナはとりあえず目を落ち着かせるようにレクチャーを始めた。
「目を閉じて。リラックスリラックス。うんいい子ね。」
ライラの頭をなでながらルナがあやすように落ち着かせる。
それでも目がオレンジ色になっている。赤目になりかけの黄色眼だ。
「リナ、こんなすごい子に剣術教えてたの?」
ルナが問いかけると、
「いや、ボクもこんなのははじめてだよ。死神でにらみつけて負けたことなんてはじめてだもん・・・。」

ライラはいくらか落ち着きを取り戻し、目は黄色眼のままだ。
「ねえねえ、遊びたい!」
ライラが無邪気に言う。これにはゼルが応じることにした。
「僕と組み手だよ。剣を落としちゃったときの戦い方はリナにもならってないだろ?」
ゼルがこぶしをもう片方の手のひらにパチンとうちながら応じる。
念のために赤目を開いておいた。
果たして用心するものである。ライラは黄色眼のままにもかかわらず赤目のゼルと渡りあっている。格闘術を知らないゆえに読めない行動があるというわけではない。
ライラの黄色眼は強すぎるのだ。赤目になればゼルは負けるかもしれない。いい大人、しかも世界的に有名な四天王が子供に負けたのでは格好がつかない。ゼルはおふざけのフリをして戦いを中止した。

さて世界の情勢はあまり芳しく無い。スカイヤとパンゲイヤが小競り合いを起こした。戦場はオーシャン地区の南側である。南北に真っ二つにわかれたのでお互いに攻める先は決まってくるのだ。
とある企業がこの小競り合いを受けて、スカイヤとパンゲイヤに損害賠償を請求し、半分脅してだが、損害賠償をせしめた。
他ならぬ、仁商連である。仁商連は力を付けすぎて2大国にも引けを取らない勢力になっている。仁商連はますます力をつけていた。

 さて、ライラはと言うと、今日もリナ、ルナによる教育を受けていた。
ライラはまず最初に黄色眼、赤目、死神を体得し、コントロールができるようになっていた。力が入り過ぎて修羅を開けてしまうが、リナとルナの二人がかりならなんとか抑えられる。ちなみに、剣術の稽古にライが飛び入りで参加したが、全身をライラに打ち据えられてまた寝込んでいる。
ライラの教育は順調だが、外食をする際、リナの真似をして箸でスパゲティを食べたり、ルナの真似をしてもフォークに大量に巻きつけてしまう。
ライラはスパゲティはあまり食べやすくないと思っていた。また、ライラの両親もスパゲティの時は箸を使う。
ライラの教育の唯一の問題はスパゲティの食べ方ぐらいなものだろう。そして、このあと一週間にわたり、リナ、ルナは修行すると言うことで寝込んでいるライに代わり、アイラがライラの稽古を見ることになった。

「自分の子供相手にイヤだろうけど、いつも六気を出してないとライラに飲まれるよ。」
リナからのアドバイスである。果たしてライラに六気をぶつけて見たが、ライラはキョトンとしている。
「今日は母さんが見てあげるわ。しっかりやりなさい。」
そう言って、アイラはカバーをつけた巨大な槍を構えた。
すると、どうだろうか、黄色眼は使わないが目の前のライラからやけに恐ろしさを覚えた。ちょうどライの六気をぶつけられた時に近い。殺気は無い。だが槍がやけに重く、前に突き出すのがだるく感じられる。どうやら、アイラの六気を打ち破って今は闘気だけが抜けてくる。ライラは今六気を使い、特に闘気をぶつけてきているようだ。この子が本気になればリナ、ルナをも圧倒するだろう。あの二人は今後さらに強くなるであろうライラに負けないために修行しているのだ。
さて、ライラが動いた。普段より数倍重く感じる槍でアイラは攻撃をさばく。しかし、ライラはさばけるような相手ではない。パワーで吹き飛ばして間合いを取ることにした。
アイラの渾身の一撃をライラは槍の柄を掴んで止めた。パワーも信じがたい強さになっている。しばらく槍の引っ張り合いをしているとライラはグッと押し込み、アイラにたたらを踏ませて、左手の竹刀でアイラの右肩を素早く打ち据えた。
「ありがとうございます。」
ライラは早々と礼をした。
黄色眼も使わずに、死神を開いたリナを倒した張本人を倒してしまった。
ライラは8歳になった。四天王やライ、アイラの情操教育が功を奏し、今はとても穏やかな少年である。
さて、そんなライラだがお散歩でヤヘイ闘技場にいた。たかがお散歩だが、母の槍を携えて行った。
闘技場は少年の部はあるものの、学校が主催する場合がほとんどなので、単身で来ても入れない。だがライラは確かに出場者としてリングにいる。

実況もアドリブによるフォローをせざるを得ない。
「おおっと、小さな少年が飛び入りだ。ケガをするまえに帰りなさ?い!」
だが、出場者は予期せぬトラブルに腹を立てたし、警備員がつまみ出そうとするが、ライラは右足一つで警備員5人をのしてしまった。
情けない警備員に腹を立て、ついに出場者がライラをつまみ出しにかかる。しかし、赤目で睨みつけただけで逃げ出してしまった。次の者は赤目に怯まずに挑んで来るが死神を開いてやはり撃退。チャンピオンが意地で殴りかかったが、これは槍の柄で一突きしたら、終わった。

さて、アイラの槍が無くなり、ライラが居なくなったライの家では夫婦でニュースを見てヤヘイ闘技場の荒らし屋を見て、ライラが見つかったと早速向かった。この間、四天王は会社を放り出して修行に明け暮れた。ゼルやチャッピーがすでに太刀打ちできないほど力をつけたライラを教育するにあたり、このままでは誰も上に立てなくなるからである。

さて、ライラの行方を知った、ライ夫妻は仮面戦士として出場、ライラとの戦闘を希望した。受付がやはり侮ったような態度で言う。
「あのね、あの坊やは化け物なんだよ最凶夫婦だってあれがあいt…まじっすか?」
仮面を外した最凶夫婦を目の前に受付は直ちに手続きをした。
さて、リングに上がると実況がしゃべる。
「さあ、仮面付きのカップルが登場だ。対するは闘技場を荒らしまくるライラ!せいぜい頑張ってくれたまえ。」
二人はこのタイミングを見て仮面を投げ捨てた。
「げえっ、最凶夫婦っ!?」
実況から裏がえった声が聞こえる。ライもアイラも実況の変貌ぶりを見たいがために覆面戦士として登録したのだった。
「すると、あれか?!闘技場を巻き込んでの史上最大規模の親子喧嘩だ?!マジ怖っ」
「あ、パパとママ。勝てないよぉ…」
ライラはしょげるが武器は構えている。
「ライラ、お前は家出をするような子ではないが、旅は早すぎる。もう少し、俺たちのそばにいなさい。」
久々のセリフはライ。ライラの誕生以来ほとんど寝たきりだったライが本領を発揮する。

ライラは修羅を開き、六気を前回にして、まずは父にかかった。しかし容赦なく母に叩きつけられた。素早く転がり込んで間合いを取り、槍を地面に叩きつけた。
一瞬大地が踊るがこの技はもともとアイラの技だ。アイラはもちろん、アイラと結婚する前からライも知っている。
二人は高く飛んで地響きを交わし、空中から無数に衝撃波を見舞った。砂埃でわからないが恐らく、衝撃波をかわしきれずに…いや、ライたちの真下で槍を肩に担いでいる。飛んでくれば2対1の空中戦で終わるが、ライラは飛ばずに槍のキャップを取り、巨大な衝撃波を両親めがけて撃ちはなった。ここはアイラが新しい槍を叩きつけて軌道を変える。ライは空中から剣術による攻撃を加えた。ライラは衝撃波を放った体制のままだ。槍を手放して体だけ逃げ出した。アイラはゆっくりとライラが持っていた、愛用の槍を拾う。
「やっぱりこのズッシリが私には似合うわね。ライラ、今回ばかりは本気でお仕置きするからね。」
アイラはさらに六気を強くし、七番目として開発した、威厳を加えた七気を叩きつけた。ライも同じようにして身構える。
ライラはリナゆかりの剣を背中から二本取り出した。リナ流剣術を展開してくる。

ライ達がかつて死神を開いたリナ、ルナと対峙したときよりも巨大な殺意を全身に浴びた。
「アイラ、これは手を抜けない。本気を出すしか無いぞ。」
「死んでしまうかもしれないけどね…ライ、私たちの子供よ?」
「そうでなければこの子に俺達がのされる。大丈夫。死んだりしないさ。」
ライは姿を消した。見よう見まねの閃である。本家には遠く及ばないが、バドミントンの羽根のような速さでライラを襲う。
ライラは二本の剣で全てあしらう。しかしアイラにまで意識が向かない。多分母は特大の衝撃波を準備しているはずだ。


そろそろ牽制しなければならないので、ライを力で遠ざけてアイラに衝撃波を見舞うがもう遅い。逃げようとしたがライに押さえ込まれた。
直撃してライラは敗北。ライにおんぶされて家に帰った。

 あれから年が明け、ライラは9歳になった。専任教師はリナである。まだ小さいからどんな技でもスイスイ覚える。その証拠には黄色眼を使わずにリナと渡りあうだけでなく、リナの持つ技を全て体得していた。

リナが教えることができる技を全て与えたので、次はルナが技を伝授する。リナのスピード重視の技だけでなく、10歳になった今ではルナのパワー系の技もやはり体得した。
ライラは現在、一瞬で千回突く技と一瞬に全ての力を込めて突くという、二大貫通技を体得していた。
「ライラ君、リナの技も私の技も人を傷つけてしまうもの。だから、実戦では自分より強い人にだけ使ってもいいってことにするよ。おばちゃんと約束できる?」
年齢は43歳にもなる、ルナは女性としては誠によくできた女性であった。
「うん。約束するよ。ルナ先生。リナ先生と同じこと言うんだね。僕はいるだけで怖いのかな?」
10歳の少年が言うと非常に心が痛む。
「あなたは才能に恵まれすぎてるだけ。あなたはいい子よ。私が保証してあげる。」

ルナ先生が立ち去ると、今度は少し凄みのあるオジサンが現れた。
「よう。今度は俺の魔法を教えてやるよ。厳しい修行になるから覚悟しろよ。」
オジサンの正体はチャッピー、四天王の一人だ。

「リナ、ルナとの訓練では黄色眼禁止だったと思うが、今回からは使ってもいいぜ?」
実際、魔術には黄色眼はあまり関係ないがツァー・リボン・バーさえ教えなければ大丈夫なはずだ。

ライラが11歳になるころにはラクラクホーンはもちろん。全ての魔術を体得していた。四天王が1年ごとに一人ずつライラに適わなくなる。ライラの才能はまさに究極である。


「チャッピー先生、僕は本当は存在するだけでも危険なんじゃないですか?学校に行ってもみんな僕を怖がる…。」
チャッピーにも少年のこんな憂いは心に痛かった。
「お前の力をいいことに使えばいい。それだけだ。心配すんな。お前なら平気だ。」
チャッピーが言えるのはここまでだった。

「あと、次のゼル先生は黄色眼と六気は禁止な。」
チャッピーはそう言い残して、空を飛んでいった。

 ほどなくゼル先生が到着した。
「今回はキミに格闘術をレクチャーする。トレーニングのために黄色眼や六気は禁止だよ。」
たしかにチャッピーが言ったとおりだった。
ゼルに様々な体裁きを習い、奥義も習得した。
ライラは現在12歳。黄色眼も六気も使わずとも十分に強くなっていた。だが、軍隊に入れても無駄だろう。ライは少なくともこんなに強くなる前に軍隊に行き、不動のトップをせしめている。ライラをさらに強くすることはもう誰にもできない。本人の努力しだいだ。だが、その本人はいまだに悩んでいた。
「ゼル先生は闘技場で最強だったんですよね?」

突然の質問にゼルは驚くが、
「ルナが現れるまではね。確かにボクは顔パスで賞金がもらえるほどだった。試合なんてやらせてくれなかったよ。大丈夫。キミは確かに今は世界最強と呼ばれる人たちより強いかもしれない。でもどこかにライバルっているもんなんだよ。」
ゼルはあらかじめルナやチャッピーからライラの葛藤を聞いている。ライラはゼルの言葉で少し安心したようだ。
さて、そのどこかにいるライバルとは嘘ではない。
ライの家がある、スカイヤ地方。そしてライラがお散歩で行ったヤヘイ闘技場。ライが帰ってからも闘技場は新しい年少チャンプに悩まされていたのだ。名前はシン。漢字では、”透”と書く。年のころはライラとほとんど変わらない。
さて、ライラが闘技場から連れ戻された後、君臨したのはやはり8歳の少女だった。
透は長細い特殊な剣を使う。長細いといっても普通の剣が2倍ぐらい伸びたようなもので、たたき折るのは難しい。
やはりライラと同じくつまみ出されかけたが、ライラと同様に修羅まで開き、六気をぶつけ武器を使わずにチャンピオンに君臨してしまった。母親のメグが結局は連れ戻すが、透はライラにまったく引けを取らない有望な才能を持っていた。
透が剣を使った時のことである。振り下ろしからたちどころに振り上げる動作をした。
するとどうだ?
相手の武器が細切れになり、服がビリビリになってしまった。2ストロークの間に何百、何千と剣を振ったに違いない。
透は少女でありながらかつてのアイラを遥かに凌ぐ強さを持っている。
透はその後は賞金を一律、日本円にして10000円という約束で闘技場にしばしば出演するようになった。
 時と場所は戻ってライラの方は教師がいなくなったため、旅に出た。六気と修羅を同時に使う体力をつけるべくそのまま歩いているとすれ違う生き物という生き物が倒れてしまう。
そんな調子でヤヘイに入った。最近闘技場を騒がせている少女がすこし気になったので、ライラはとりあえず闘技場に向かった。
ライラが闘技場に入るとやはりズレている実況が入った。
「あのデタラメ少年が帰ってきた!闘技場は今や子供にのっとられている!対戦相手は注目の透(しん)だ。」
透が入場した。ライラはゼルの言葉がウソでは無いことを実感した。
『この子…強そうだ。よーし』
ライラは黄色眼を開けた。
透も黄色眼で睨み返した。
「へえ、目が変わるんだー?これできる?」
ライラは赤目を開いた。
「できるもん!」
透も赤目を開いた。
こんなやり取りでついに二人で修羅を開いてしまった。
「これ以上は無いもんね。君はもっとできるの?」
ライラの問いかけに透は、
「これより上は知らないよ。」
だがもう闘技場である意味最強の実況が伸びてしまっている。修羅とは黄色眼系でも最強クラスのものなので最低でも赤目や死神ぐらいできないと、到底対峙することさえかなわない。
誰もが気絶した中、修羅を開いた二人が武器を構える。巨大な槍と巨大な剣だ。迫力はバツグンだ。しかし、二人の修羅のせいで誰もそれが見えない。

ライラは槍を構え突撃した。10メートル程度の間合いなら一秒を数えない間に詰める。
カキカキィと二合に見えたがこの一瞬で50勝50敗ほどの打ち合いをした。
ライラはこの間に六気も全開にしていたが透もやはり六気をつかう。勝負は平行線をたどるばかりだ。
「僕、ライラ。これ以上戦うとケガしちゃうから、もう辞めたいんだけど。」
「アタシは透(しん)。アタシもそれでいいよ。」
結果は引き分けである。今度からはお互いに黄色眼禁止という暗黙のルールで闘技場は実に四年間この二人に牛耳られる。

ライラと透が13歳を迎えるころ仁商連がヤヘイ地区とマウント地区を取った。四天王がついに世界の統合に乗り出した。
ライ、アイラも現在は仁商連の幹部をやっており、四天王と最凶夫婦による運営体制になっていた。

一年後に変化が起きた。スカイヤがチボーン地区を侵攻した。パンゲイヤは全精力をヤヘイに集中し、隙があった仁商連のヤヘイ地区を奪還した。さらに2年後になると、スカイヤとパンゲイヤは手を結び、仁商連をつぶしにかかる。
二大連合軍の総攻撃は仁商連の四天王らが参入しても引き分けるのがせいぜいだ。
凄惨な戦争は16歳のライラには腹立たしく思えた。なぜこんなに殺し合わなくてはならないのか…。ライラはすこし危険な思想を持ち始めた。
しかし、隣には一人だけこれを危険視しない人物がいた。同じく16歳の透(しん)である。これより、無敵最強絶対不敗伝説が幕を開ける。

ライラ達は真っ先に騒ぎの元凶になった仁商連を叩きにかかった。仁商連に乗り込んだライラはもう有名人。
ライとアイラが止めに入った。
「ライラ、なぜ父さんたちの邪魔をする?」
ライは最近さらに開発した八気をたたきつけてライラに言う。これにたいし
「大量殺戮をする企業など、僕がつぶす。父さんたちも止めないつもりなら、僕は覚悟を決める。」
ライラの反発だ。もう16歳にもなる。パワーや若さは最高潮に達する年齢だ。
ライ、アイラが同時にライラに斬りかかった。しかし、ライラは槍を一なぎして衝撃で二人を止め、間に入って両方の手で二人の腹部に拳を宛てた。
「父さんも母さんもこれで一回死んだ。道をあけてよ。」
ライはここぞとばかりにライラの後頭部に肘うちをした。剣を握った手なので重みがある。
しかし、ライラはこれを見事にかわし、剣を抜き、ライの後ろ側からライの喉もとに剣を突きつけた。
「父さん、二回死んでいる。本当に死んでほしくはないんだけど。」
ライラの強さはもはや、最凶夫婦をも凌いでしまっている。
アイラはというと、別の人物にやはり圧倒されていた。圧倒していたのは透(しん)。
「あなたがお母さん?そのうち私はあなたの娘になります。よろしくお願いします。」
いつもの長い剣を喉元に突きつけながら言うセリフではない。
最凶夫婦が簡単に攻略され、仁商連は一気に瓦解していく。さらに立ちはだかるのは四天王だ。
先鋒はゼル。ライラは透に雑魚兵士の掃除を頼むとゼルと対峙した。
「ゼル先生も大量殺戮が世界を救うと信じているのですか?」
ライラの問いかけに、
「その殺戮や殺し合いをなくすために今は仕方が無いんだ。」
赤目の上位、死神をゼルは開眼した。
「力の違いはテクニックでフォローするよ。手加減はしないよ。ライラ。」
ライラはとっておきを用意したが、あえて修羅でもとっておきでもない、赤目で対抗した。
ゼルの拳をライラがガードすると、地面が揺れた。
ライラもゼルも軌道すら見えない打ち合いを演じている。唯一このやり取りが見えているのは透だけだ。
『ライラ、武器を持たないあなたもカッコイイ。』
見とれながら、1秒に兵士を3人倒しているという離れ業を透は見せている。
裏拳がゼルのみぞおちをズバリ直撃した。
そこから一気に畳み掛ける。0点何秒の速さで90ヒットは下らない猛撃を見せた。
ゼルがここに撃沈した……。


次の相手はチャッピーだ。空を飛んで空中から魔術の詠唱をしているあたり、言うことはかわらないのだろう。
「ツァー・リボン……」
『バァァァァッ!!』
ライラはバーの部分だけ唱えた。
すると、巨大な爆発は起きない。その代わりチャッピーが空中から猛烈な重力で落ち、地面にたたきつけられた。
「チャッピー先生、死神を開いても、修羅を開いた僕にかかればその術も無意味です。」
ライラはそれだけ一方的に述べるとその場を立ち去った。透と合流し、仁商連1790万人を恐ろしい速さで圧倒していく。
仁商連にはまだリナとルナがいる。あの二人よりも強敵だ。おそらく取って置きを使わざるを得まい。果たして遠くから巨大な衝撃波が飛んできた。透がさらりと跳ね返す。
修羅を開いている二人にはルナの豪ですら容易に跳ね返せるのだ。
数十キロ先に見えるルナは今度はめを閉じて開くと漆黒の眼球と瞳、修羅を開眼していた。
ピュンと姿を消したルナは一瞬でライラの目の前に迫った。重い一撃を槍で受け止める。
ルナはライラだけではなく、透をも警戒して二本の剣から二本の衝撃波を繰り出した。後に双子ルナ河と呼ばれるようになる。
目の力が同じでは、経験豊富なルナを攻略するのは困難だ。
ライラは漆黒の眼球に青い瞳、黄色眼系最強の魔王を開眼した。
それに習って透も魔王を開いた。
こうなると、もはや1790万の雑兵が何億いようと関係無い。1790万の中には元スカイヤ5将軍やグレンもいたが、この二人の前ではまるで意味を成さない。
そこに颯爽とリナが現れた。とはいっても閃を繰り出したまま突っ込んできているので、姿は見えない。修羅を開いているルナにすら見えないあたり、リナも修羅を開いている。
四方八方からの見えない攻撃であるが、ライラは膝を突き出すと、リナが腹部を蹴られて止まった。
やはりリナも修羅を開いていたが、ライラはなんなく片付けてしまう。
ルナもまた、透の剣裁きを見切れずに満身創痍になっていた。
仁商連は四天王と最凶夫婦の陥落を受けて完全に崩壊した。
仁商連を破った勢いでスカイヤの本国、スカイヤ城ものっとった。スカイヤ城で、らくらくホーンを応用した魔術で全世界に放送した。
「わが名はライラ。来る日も来る日も戦争にあけくれ、穏やかな暮らしが無い。僕はこの世界を破壊する。スカイヤもパンゲイヤもすべてを。異論のある者は私がいるスカイヤ城までくるがいい。何を持ち込もうが、誰を連れてこようが構わない。すべてを破壊する。」
隣で見ていた透はそんなライラの姿にも見とれていた。
演説の後、数ヶ月が過ぎ、ライラは17歳になった。透もやはり17歳になっていた。
「ライラ、このお城のキッチン大きすぎるよ。ハイ、あなたの好きなマーボースパゲティ。」
何のことはないマーボー豆腐を乗せたスパゲティだ。ライラはこのスパゲティだけは苦手なのだが、最近透(しん)の言うことには反発しづらくなっている。なぜか透と一緒に食べるとなんでもおいしく感じるので、文句を言わずに食べた。
「なぁ、透。僕はすしのイカが大好物なんだ。たまには食べさせてよ。」
ライラは程なく後悔した。顔をプックリ膨らませた透ほど怖いものは無い。
「き、きょうのスパゲティ最高だった!やっぱりあれ食べたい!ね?透っ☆」
幸い透の顔色はもとに戻った。
「じゃぁ、ライラのリクエストは明日にしたげるね。お昼あまっちゃったから、夜はミートスパゲティね。」
やはりスパゲティ……。ライラはなんとなく落胆した。
この日の夜、ライラと透はついに男女を意識していることを実感した……。

世界を破壊するという演説の後、そんな目的を忘れるほどにライラと透はホクホクな生活を送っていた。
だが、ついに反発者がスカイヤ城に現れた。
リナ、ルナ、チャッピー、ゼル、ライ、アイラの6名である。
「ライラ、お前の思想はやりすぎだ。俺たち6人総出でお前たちを止める。」
ライが切り出した。
「仁商連が無くなったせいでパンゲイヤとスカイヤは戦争し放題になったんだよ。どうやって責任取るのさ?」
リナが続く。
ライラ、透は久々に魔王を開いて6人を一瞥して言った。
「そのスカイヤとパンゲイヤも壊せばいい。」
ライラが言う。
「私は最後までライラに従うだけ。四天王でも最凶夫婦でもお相手します!」
透がさらに続けた。
2対6の頂上決戦が幕を下ろした。
ライ、アイラ、ゼルの3人がライラと透を止めにかかる。チャッピーはその間に詠唱する。
5人が入り乱れて戦う中、リナは閃を使い適切に二人を狙う。ルナはチャッピーのガード役だが、軽い衝撃波で二人を阻んでくる。
「離れろ!ツァー・リボン・バー!」
スカイヤ城が跡形も無く蒸発した。全員生き残っている。ライラに至っては玉座に座ったまま身を守ったらしい。玉座の傍らに透が立つ。
「すこし話をしよう。」
ライラがパチンと指を鳴らすとリナ達6人の動きが固まった。
相変わらず魔王を開いたままだ。
「僕が壊すのはあくまでも戦争しかないこの世界。戦争を繰り返してみんなで心中するくらいなら、僕がみんな壊す。」
ライラの話はあいかわらずむちゃくちゃだ。
「私たちは大量殺戮が目的じゃないんです。世の中から戦争を消したいだけ。だから、世界最強になった私たちが世界の中心部に居座って皆殺しだと脅しながら戦争ができなくさせているんです。」
透が口ぞえをする。
「だったらおまえら、俺たちに毎日ビビリながら暮らせってのか?」
チャッピーの問いには、
「いずれ本当に実行する。今まで準備していただけだ。」
ライラは少しだけウソを言った。
その瞬間だ。チャッピーが死神を開いてツァーリボンバーを再び打ち出した。
スカイヤ城跡地が今度は谷になってしまうが、ライラも透もまったく無傷である。
「闇雲に爆発させても僕たちには効かない。チャッピー先生、無理です。」
相変わらず玉座にドカンと構えるライラは姿勢ひとつ崩さない。
「豪!」
ルナとアイラ、二人がかりの巨大衝撃波である。
「うるさいな」
ライラはその一言とともに足を組みかえる途中で足で衝撃波を出し、打ち消してしまった。
「閃!」
リナとライが二人して姿を消した。玉座ごときり刻みに来る。ライラは足を突き出し、父のライを、透はリナを止めてしまった。
四天王と最凶夫婦、どちらも打ち止めになってしまった。その様子はヤヘイ闘技場の実況が遠くから見ており、全世界に実況していた。
「じょーだんじゃない!最近闘技場を食い物にしていた二人の少年と少女がまさか四天王や最凶夫婦を倒すなんて!」
実況の魂の叫びが世界に伝わった。
ライは透を抱いて空を飛び、実況のところにやってきた。
「借りるぞ。」
マイクをぶん取ったライラは全世界に向けてメッセージを飛ばした。
「ご覧のとおり、老衰した四天王や最凶夫婦では、私を倒すことはできない。まだ反対したいものがいるならば、引き続きスカイヤ城にて待つ。しかし、私はキミらが武器を捨て、私に忠誠を誓うならば、今までに無い穏やかな生活を約束しよう。」
全世界が武器を放棄した。ライラはスカイヤ城の建て直しを命じ、自らは皇帝陛下を名乗ることにした。
「め、名目上でかまわない。皇后になってくれないか?透・・・」
ライラは真っ赤になって透(しん)に頼んだ。
透は逆に素直になって言う。

「本当になるよ。皇后に。あなたの奥さんになる。だからそんなに照れないで。それとも一生私を見て照れ続けるの?」
満身創痍のライとアイラは、こんなときだがライラがすばらしい奥さんを手に入れたことを素直に喜んだ。
「先生、父さん、母さん。僕はこうなることを望んでいた。戦争はこれで無くなる。僕は皇帝としてこの世界を笑顔に変える。これで戦争だらけの世界は壊れた。」
世界を征服した皇帝ライラ。真っ先に発令したのが、全世界の非武装化であった。
十数年かけてライラは世界を変えていった。
治安の範囲を数百のブロックに分け、ブロックごとに統治者を置く。統治者は付近住民が投票で選ぶ方式を取った。
統治者が定期的にスカイヤ城にあつまり、出来具合を報告する。
ライラはそういう形で全世界の治安をおさめていた。
ライラは現在30歳になる。ライラはさらに世界中の財産を管理する部門や、住民の生活をよく考えた政治部門を設け、各国の元文官を招いて文部省や厚生労働省などの政治部門を構築した。

 ライラが43歳の誕生日と同時に皇帝の座を降りた。君主制度の撤廃をしてみせたのだ。
世界はすべてが完全民主主義になった。
そして、皇帝の座を降りたライラは透と、わが娘、あやを連れてスカイヤを離れた。
住居は相変わらず食にはうるさい、オーシャン地方の津波市に住居を構えた。
その後ライラは剣術道場を構築。ちびっ子達に剣と精神を教え込んでいる。
透は時折講師になるが、基本的には事務を担当している。
ライラが教えるのは、四天王や両親にならった武術だけではなく、戦争を起こさない考え方をよくよく指導した。
さらにライラは副業で企業を立ち上げた。
しかし、程なく指定暴力団になってしまった。
元皇帝の権威で法人化するが、この会社の前身となった仁商連の流れは変わらない。
ひとつ違うのはむやみに戦争を起こす集団ではなくなっていたことであろう。
ライラは50歳の誕生日に国民栄誉賞を提案し、見事提案が通って、四天王および、最凶夫婦が最初の栄誉賞に輝いた。

 ライラは現在86歳である。四天王も最凶夫婦も世を去り、透とともに老後を送っている。公園で杖を置いてベンチに座っていると、竹刀をかついだ少年がやってくる。
「おじいちゃんが戦争に詳しいって聞いたよ。ねぇねぇ、戦争ってどんなの?」
ライラは答えた。
「絶対にあってはいけないものだよ。みんながみんなの為を考える世界。これが一番いい。」

子供はさらに続ける。
「戦争って人同士が殺し合いするってホント?」
ライラは渋い顔をつくり、
「ホントだよ。だからあってはいけない。」
子供はなんとなく理解に苦しみながらだが、ライラのそばを離れない。
「ねぇ、ライラおじいちゃん。本当は強いってホント?」
ライラは遠い目をして話した。
「今はぜんぜん強くなんか無い。でも今でも強いと言えばこれかな?」
取り出したのは将棋の盤と駒である。
ライラは将棋をレクチャーした。子供は目を輝かせて覚える。
ちょっと駒が見えにくい。升目も見えにくい。
それでも、まだまだ覚えたての子供に負けたりはしない。
ライラの老後は実に穏やかであった。
透が隣に座った。
「晩御飯を呼びに来たけどホネだから……」
夕焼けが幾分引いて、紺色の空の下、ライラと透は静かに座っていた。

無敵最強絶対不敗伝説

とうとうここまで読んでくれる人に出会えた。ありがとう。
どんな感想でも良いので感想を聞かせていただければと思う。
私が小説のレクチャーを受ける上でこなせていない部分もしばしばあるが、
迫力だけは自信がある。いかがであったか?

無敵最強絶対不敗伝説

主人公の名前はリナ。3世代にわたって活躍するスーパーヒロイン! 今日もスパゲティを箸で食べたせいで服が大変なことに・・・。 だが、それを注意するのは少し危ない。この子は怒らせると軍隊をも叩き潰してしまうほどに 強い。強いのさらに強いとはなにか? ひたすら迫力とアクションを追求した一作!

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-12-10

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