愛しの都市伝説(14)
十四 伝説の復活
商店街の真ん中辺りでは、シンバルの音が聞こえる。中上が会長たちに目配せをする。会長たちは頷く。
「シンバルサルの伝説だ!」
今は閉店中のスーパーの前のおもちゃ屋は、人だかりだ。その人の隙間から除くと、伝説のサルがシンバルを叩き、時に、自慢するかのように、キーキーと唸り声を上げている。
伝説のサルは、その場で空中に一回転したり、柱に登ったり、観客の頭の上に登ったり走り回っている。サルのサービス精神旺盛な行動に、観客からは拍手喝采の嵐が吹きまくる。観客の笑い声に誘われて、道行く人も、何事かと、人垣の中を覗こうとする。
どこからか威勢のいい声がする。
「わっしょい。わっしょい。神輿だ、わっしょい」
商店街の入り口から、お神輿がやってきた。神輿は宙に浮いている。神輿の上には、キツネが立って、うちわを扇いでいる。
「私たちも祭りに参加しましょう」
中上は、会長や役員たちに声を掛けると、神輿を担いだ。神輿は軽かった。神輿も伝説なのだ。役員たちも神輿を担ぎ、声をあげる。
「わっしょい。わっしょい。神輿だ、わっしょい」
四つの伝説が一同に現れたものだから、商店街は人で溢れ返り、肩で風を切ると、隣同士がぶつかるほど混雑した。
「こら、痛いだろが。あやまれ」
「そっちがぶつかってきたんだろ。そっちこそ、あやまれ」
商店街の通りには、あちこちで怒声が起こりだした。怒りが爆発しそうだった。そこに、
「はい、みなさん、楽しんでいますか。すごい、人ですね。こんなにたくさんの人がいたら、ぶつかるんは当り前ですよね。でも、できるかぎり、お互いに気をつけましょう。肩同士がぶつかりそうになったら、少し、斜めに肩をずらしましょう。そう、必殺わざ、肩すかしです。こうすれば、お互いの肩はぶつからないし、心もぶつからない。一石二鳥です。すらすらとこの人通りを抜けられますよ」
交通整理をしているのは、伝説のDJガードマンだった。装飾された箱の上から、身振り手振りで、人々を誘導している。
「はい、そうです。みなさん、大成功です。お互いがお互いのことをほんの、ちょっとでも意識すれば、すべてうまくいくのです。みなさんのおかげで、私も、本当に嬉しいです。
ああ、こどもが泣いていますね。あっ、起こしてあげてくださった方、どうもありがとうございます。そうです。ほんの、ささいなことで、地球は上手く回るのです。折角、上手く回った世間です。波風立てずに、流れに身をまかせましょう。慌てることはありません。ゆっくりでいいのです。あんまり早いと、目が回りますよ」
伝説のDJガードマンのしゃべりに、多くの人が頷き、手を叩き、笑った。通りは騒然とした雰囲気から和やかな様子に変わった
商店街に伝説の五人?が現れた。伝説を見るため、多くの人々が集まって来た。多くの人に認識され、伝説は、より一層、姿が鮮明になる。
「大成功だな」
会長がぽつりとつぶやいた。
「ええ、でも、これからですよ。これからが大変ですよ」
中上は五人の伝説を眺めていた。街は元気を取り戻し、伝説も元気を取り戻した。
煌煌と明るい場所で、伝説たちが集まっていた。はっきりした形がだんだんと薄れてきていた。
「こうも明るいんじゃ、なんだか自分の居り場がないよな」
パフェを食べながら、サラリーマンが呟く。
「確かに、私も少し疲れました。肩が凝って仕方がありません。あんまり繁盛しすぎて、店主は、私にまんじゅうばかり作らせて、それに売らせて、自分はと言えば、仕事はせずに、奥の方で、新聞を読むか、飽きると、電話をして、近くのパフェ屋さんやおもちゃ屋さんたちの店主と、マージャンばかり。一体、誰のために働いているのか、わからなくなりますよ。ほんと、やってられません。みなさん、いかがですか」
幸福まんじゅうマンは、熱いお茶と一緒に、「どうぞ、お茶菓子」にと、幸福まんじゅうを他の伝説たちに配る。
「ありがとう。幸福マンさん。でも、あんた、少し気を使い過ぎなんだよ。だから、肩も凝るんだよ。キーキー。適当にやればいいんだよ。でも、俺も気合が入り過ぎて、シンバルを思い切り叩くものだから、指が膨れ上がって、シンバルから手が抜けなくなっちゃったよ。キーキー」
伝説のサルは、外せなくなったシンバルでまんじゅうを器用に挟むと、口の中に放り込んだ。
「うん、うまい。でも、餡は小豆だけでなく、バナナ味もあったら、もっと味のバリエーションが広がって、売れると思うよ。キーキー」
伝説のサルは、文句を言いながらも、もう一個、シンバルにはさんで、口の中に放り込んだ。
「うん、伝説のサルさんの言うとおり、おいなりさん味もあった方がいいね。オイラは、おいなりさんが大好物なんだ。コンコン」
伝説のキツネは、ゾウの鼻のように、九つの尻尾を使ってまんじゅうを掴むと、口の中に放り込む。
「みんなの言うとおり、オイラだって疲れたよ。一見、神輿に乗っているかのようにみえるけれど、自分の尻尾を使って、支えているだけなんだから。最初は、街の人も、神輿を担ぐのを手伝ってくれたけど、今じゃ、神輿が通ったら、邪魔だと言わんばかりに、押し返されてしまう。おかげで、隅っこの方を通らないといけなくなってしまったよ。コンコン。これじゃあ、何のために、街おこしを始めたのかわからないよ。コンコン」
伝説のキツネは、ぐったりとし、ソファーに掛ける毛布のように、地面に寝そべった。
「まあ、本当に、皆さん、大変ですね。私も一緒ですよ。最初は、私の言うことも聞いてくれましたが、今は、BGMのように、右の耳から左の耳に抜けて、混雑が解消されません。以前のままです。無視するならばまだ、ましですが、伝説のキツネさんと同じように、交通整理がやかましいとか、お前が道の真ん中に立っているから、混雑するんだとか、いわれのない誹謗中傷を受けて、全く、やってられません。何とかみんなをなだめようと、腰を低くしたものだから、猫背になってしまって。これも職業病ですかねえ」
伝説のガードマンは、腰を伸ばすため、地面に寝転がった。
「あれ?」
伝説のサラリーマンが叫んだ。
「幸福まんじゅうマンが見えない」
「お前だって、消えているぞ」
伝説のサルが言う。
「嘘。本当だ」
伝説のサラリーマンは、驚き、パフェを落とした。プラスチックの容器だけが通路に転がっていく。
「街を汚したら、いけませんよ」
伝説のガードマンが、容器を取りに立ち上がろうとしたが、自分の姿も消えかかっていることに気づく。
「もう、終わりだな。コンコン」
九尾のキツネは、まだ、消えずに残っている尻尾を振った。
「人間たち、俺たちを待ち望んでいたくせに、今では、うっとおしがり、しまいには、無視するようになったんだ。もう、俺たちの存在は必要とないということだ。コンコン」
「それじゃあ、このまま消えてしまうんですかね。キーキー」
「俺たちにとっては、いい休憩時間じゃないかな。何しろ、俺たちは伝説だ。キツネさんのように、何百年単位で生きている伝説もいるんだから、しばらくは、休憩タイムといきませんか」
伝説のサラリーマンが提案する。
「サラリーマンさんは、これまでもパフェ屋さんの片隅で、ずっと休憩していたんじゃないですか」
幸福まんじゅうマンが言う。
「あんただって、これまで、物かげから、透明の姿で、まんじゅう屋を眺めていたんだろ。でも、それがあんたにとっては幸福だったんだろ。キーキー」
「まあ、それはそうですけどね」
まんじゅうマンは頷く。
「じゃあ、当分の間、休憩しよう。コンコン」
「当分の間って、いつまで」
「人間たちが、俺たちを思い出すまで」
「思い出さなかったら」
「それでも、思い出すまで」
「それじゃそれまで」
「お幸せに」
「キーキー」
「コンコン」
「お疲れさまでした」
さっきまで、車座に座っていた伝説たちの姿は、今は、もう見えない。人間たちの記憶と一緒に、伝説も消えてしまったのだ。商店街は、一時の賑わいを取り戻したが、伝説たちが消えるとともに、次第に、客足が減り、元の寂れた商店街に戻っていった。
愛しの都市伝説(14)