僅か10分

 僕は、窓の外をじっと眺めた。
 限りなく黒に近い煙のような何かが、外のあらゆるものを覆っている。ジジジジジ……という、ゼンマイを巻くような奇妙な音がしている。
 エネルギーの消費だとか、人間の日々生み出す情報が記憶媒体に収まりきらなくなり大気中に盛大に放出されたとか、色々な原因が積み重なり混ざり化学反応を起こして、今日があるらしい。
 生身で外に出ると、外に出た事を一生後悔する事になる為、外出する時は必ず特殊な防護服を着る。主に週一回学校に通う時。週の残りは、通信学習をして過ごす。
 現実の景色というものを、僕は生まれてから、一度も見たことが無い。
 物心ついた頃から、外は真っ黒な大気で覆われていて当然のものだと思っていた。その為、世界がまだ綺麗だった頃の記録映像を目にした時、当惑したのを覚えている。防護服を着る事無く、外を歩くことが出来た時代が存在したらしい。青空の下でジョギングをしている映像も見たが、とてもにわかには信じがたい話だ。
 僕は窓を離れ、10分ほど通信授業を受講したのち、腕を簡易機械にかざした。すると小型モニターに、僕の進むべき将来の詳細が表示された。昨日とそれほど変化はない。
 遥か昔は、自分の進路を、機械では無く自分で決めなければならなかったのだと、歴史の授業で聞いた覚えがある。それは、ひどく大変なことのように感じる。どんなポテンシャルがあるかも分からないまま、学力テストや体力測定という人間の一部分を断片的に数値化したものを見比べながら、おそらくこれが自分に一番適しているだろう、という未来に向かってえいやと進まなければならなかった先人は偉大だと思う。僕がそんな時代にタイムスリップしても、恐らく何も決められずその場に立ち尽くしてしまう気がする。
 今は機械が本人のポテンシャル、環境要因を分析し未来を照らしてくれる。その道しるべに向かって進めば、99.9%、小型モニターに表示された通りの未来がやってくる。人間は、どこか進み過ぎてしまったのかもしれない。
 そんな時、近所の人が、「空の大掃除をするぞ!!」と大声を出した。
 ??
 僕は言っている事の意味が分からなかった。
 程なくして、急に窓の外から黒さが薄れた。
「外に出ろ!! 今出なかったら、一生後悔するぞ!! 防護服なんか着るなよ!!」
 近所の人が叫ぶ声がした。
 窓の外には、蒼い空と、白く輝く何かが浮かんでいた。
 僕は、眩しさに目がくらんだ。
 数分後、僕は心臓がどくどく波打っているのを感じた。
 そして、玄関のドアを恐る恐る開けた。
 そこには、記録映像で見た世界があった。
 周辺の住人も、おっかなびっくり外に出始め、きょとん、としていた。
 皮膚の上をなめらかな気体がすべっていくことに喜びを禁じ得ないのは、祖先から伝わった遠い記憶が呼び起こされているからなのだろうか。
 そんなことを思っていると、「空の大掃除をする」と叫んだ人が、
「急いで家に戻れ!! もうおしまいだ!!」 
 そんな事をわめいていたので、僕は訳も分からないまま急いで家に戻った。
 すると、あれほど蒼かった世界はあっという間に濁っていき、最終的にはどんよりとした黒色に戻っていた。それは時間にして僅か10分足らずの出来事。

 その時が、恐らく、僕が本当の地球の色を感じた、最初で最後の瞬間だったと記憶している。
 あの大声で叫んだ近所の人は、あれから行方が分からなくなってしまった。
 一体あの出来事は、本当に起こった出来事だったのだろうか? 願望が作りだした妄想だったのだろうか? 
 今となっては知る由もなく、僕は今日も通信授業を受け、機械に腕をかざし、モニターに表示される将来をぼんやり眺めるのだった。

僅か10分

僅か10分

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted