道を譲る

夕暮れ時。
川沿いの道を歩いていると、向こうから黒いラブラドールを連れたおじさんがやってきた。


私は特に犬が怖いということはないので、そういう人とすれ違っても何とも思わないんだけれど、
おじさんは少し手前で犬を道の端へ寄せた。


道の端は、ひざより少し上くらいの高さのコンクリートの壁が、川に沿ってずっと続いている。
犬はおじさんに上半身を抱き上げられて、コンクリートの壁に両前足を乗せるような格好にさせられた。
されるがままという感じで、素直におとなしくしている。


そうしてさらに、おじさんは後ろから犬に覆いかぶさるようにして、
犬の下半身を自分の両足でしっかりと挟み込んだ。


おじさんの準備が出来上がったちょうどそのタイミングで、私はその横を通り過ぎた。


私が通り過ぎる間に犬がちょっともぞもぞと動いて、おじさんがそれをたしなめながら笑っている。
ふたりして遊んでいるようにも見えるので、私のために道を譲ってくれたのかどうか確信が持てず、
おじさんの背中を見ながら結局そのまま通り過ぎてしまった。


すれ違ってしばらくしてから振り向くと、おじさんと犬はまた元のように普通に歩き出していた。


やはり、道を譲ってくれていたのだった。


その道は決して狭いわけでもなく、大抵の犬連れの人はちょっとリードを引っ張るくらいで簡単にすれ違ってゆく。
時々は、まるで自分の道のように犬を自由にさせたままの人もいる。


そのラブラドールは、人に飛びつきやすい性格だったのかもしれない。
これまでにもそのせいで、迷惑をかけてきたのかもしれない。
分からないけれど、そんなに丁寧に道を譲られたのは初めてだったので、少し感動した。
お礼を言えなかったことが、大変悔やまれる。


心遣いって、素敵だ。
もしかしたら、そういう小さなことが重なっていくと、ちゃんとした平和な世界が出来上がるのかもしれない。


実は、とても単純なことなのだ。

道を譲る

道を譲る

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-05

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