名のない龍

父は娘の背中に龍の刺青を施した。
少女は全裸で布団の上にうつ伏せになって眠っている。
完成した和彫りの青い筋の龍が
少女の右肩から左尻にかけてを覆っている。
父は部屋の隅、換気扇の下で
背もたれのない丸い座面のパイプ椅子に
脚を組んで座り煙草をふかしていた。

冷たいコンクリート壁に囲まれたこの空間には、
時計すらなかったから、
本当に動いているのは煙草から立ち昇る煙だけだった。
少女は死んだように眠っているし、
父は彫像のように固まっている。
布団の周り、畳の上には、
木の柄の先端に針を束ねた道具や青色が滲んだ古いガーゼ、
塗料の入った瓶が散らかっていた。
照明は不自然に明るく、
少女の褐色の肌を均一に照らしだしている。
その人工的な光に抗うように、
龍はどんよりと少女の肌に沈んでいる。
細胞のひとつひとつに注ぎ込まれた青色。
龍の胴体は腸のように幾重にもくねり、
両爪が肉に喰い込み、瞳が立体的に浮かび上がる。

束の間、龍が蠕動した。
少女が目を覚まし、軽く体をひねったのだ。
少女は虚ろな瞳を持ち上げて、
漠然と目の前にあるコンクリート壁を見つめた。
そして、そばにあった白いシーツを手繰り寄せて胸元を隠した。
「ねえ、お父さん」と少女が言う。
「私、とても長いこと夢の中にいたの。
砂漠の真ん中を延々と歩く夢。
そこには本当に何もないのよ、ただ灰色の砂があるだけ。
喉が渇いて熱くて何度も死にそうになったわ。
そうしたら、きまって上で鳥が鳴いてね、私を連れ戻すの、
まだ頑張るんだって。どこへ向かっているか全然わからなかったけれど、
ただひたすら歩いたわ。
ねえ、お父さん、私はいったいどこへ向かっていたの?」

名のない龍

名のない龍

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-02

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