再び…
時空を超えて…
ここは吉原。
親に売られた女子や、咎人が体を売る遊郭が並ぶ町。
そんな町のある遊郭から聞こえてくる声…
「だから、俺は…!」
「いつまでそんなこと言ってんだい?あんたは7つの時から遊女なんだよ!いい加減にしな。」
「だから、姐さん言ったじゃないですか…」
「…。」
「仕置き部屋に連れてお行き。」
なんでこんなことになってんだ?
頭が追いつかない。
確かにあの時俺は稽古場に…
「随分大きな装置だな~」
「だって今回は箱が大きいからなー」
「でも、学生も出すんだろ?危なくないか?」
そう。今回の舞台は学生、及び卒業生だけで構成されている。俺は卒業生の枠だ。SF物だから、かなり装置が大掛かりみたいだ。
「まぁ、大道具はプロがやってくれるんだし問題ないだろ-。心配しすぎだって、優人。」
「まぁ、そうだけどさ…」
「まぁ、注意もちゃんとしてくれると思うから大丈夫だろー」
「…そうだな。」
いやな予感が拭えない…
何か…何か、大変なことが起きそうで…
「おはようございますー!」
みんながそろって稽古が始まる直前…
「っ…」
「今日はもう部屋に戻りな。夕食は抜きだよ。」
痛みで目が覚めるとそこはやっぱり遊郭のような場所…。
あの時…あの後何があったのか思い出せないままだ。
部屋に戻ってからも考えたけどどうしても思い出せない…。
「…ん…。…えさん…。…姐さんっ!」
「…んっ…」
「もう、朝食のお時間でござりゃんす。」
どうやらあのまま眠ってしまったみたいだ。
昨日の鞭打ちの痕が痛む。
「おかみさーん!菖蒲の旦那がいらっしゃりましたよー」
「姐さん!菖蒲の旦那ですって!一目見にいきやしょう?」
「菖蒲の旦那?」
「いつも差し入れしてくださる方でやんすよー」
どうやら菖蒲の旦那とは遊女を買わず差し入れだけくださる昔からのお客らしい。なんと刀を持ち歩かない武士なのだそうで、この辺では有名らしい。美代があまりに騒ぐもんで入り口まで見に行くこととなった。
「あら、遊…ちゃんと反省したのかい?」
「あっ…。昨日は取り乱して…」
「分かってんならもういいよ。そうだ、菖蒲の旦那、この子がさっき話した…あれ?」
「おかみさん、菖蒲の旦那なら急ぎの用が出来たと言ってお帰りになりやした。よっぽどお急ぎだったようで、おかみによろしくと…」
「珍しいこともあるもんだねあの菖蒲の旦那が…」
ちらりとだけ見えたあの人が菖蒲の旦那か…。どこかで見たことあるような気がするんだよな…。
「さて、遊。いい加減仕事に戻ってもらうよ?」
「…は、い…」
正直まだ頭の中の整理もついてないし…なにより遊郭ってことは少なからず男との…駄目だ、考えたくない…
「遊~?お客だよ-!」
手が…足が…声が震える。何とか「はい…」とだけ答えたけど怖くて怖くてしょうがない…。
「どうも、私は瑞樹。初めましてかな?」
「…は、い…」
「緊張してるのか?ふっ…ならその緊張忘れさせてあげよう。」
「っ…」
そのあとは…瑞樹の旦那にされるがまま…。瑞樹の旦那にはただの不慣れな遊女に見えただろう…。あぁ、思い出したくもない。脱がされて、辱められて…自分が女であると言うこと…遊女であると言うことを再認識させられて…誰もいない部屋で静かに涙を流した。それから、遊女として男に欲望のまま抱かれる日々が続いた。その中でも瑞樹の旦那は毎日俺を指名した。さすがに俺もだんだんこの生活に慣れてきて瑞樹の旦那との行為に悦びを見出し始めた頃…。
「廊の外へ?」
「そうだ。おいしい団子屋があってね…遊に食べさせてやりたくてな。」
「へぇ…。」
「夕食までには帰ってこれるから、女将に内緒で出掛けないかい?」
なぜこのときついて行ってしまったのか…なぜ疑わなかったのか…この後あんなことになるとはこの時の俺は思ってもなかったんだ…。
「あの…瑞樹の旦那?こっちって団子屋ありそうもな…っ!」
「廊を出てまで優しくしてやる男がどこに居るんだ。お前はこれからこの部屋に閉じこめられて一生、私の相手だけしてりゃいいんだ!」
「いっ…」
暗い部屋に投げ出され、抵抗するまもなく縛られた…。痛みと恐怖しか感じないその行為に自然と涙が流れた。
「廊の外に出ることがどんなことか思い知っただろう?まぁ、思い知ったところでお前は二度と帰ることは無いけどな。」
真っ暗な部屋の中は寒くて…俺の身体をただただ冷やしていく。まるで掟を破った俺を嘲笑うように…。あれからどれくらい経ったのか…瑞樹の旦那と何度身体を重ねたかも判らなくなってきた頃だった…
「何をしている」
「なぜここに…。」
誰かが真っ暗な部屋の扉を開けて光を差し入れた…。
「私がなぜここに居るのかは、瑞樹の旦那…あなたが一番よく判ってるんじゃないかい?」
「な…何のことだか…大体、あんたが動いてるなんて珍しいじゃないか。」
「今回の件はただの失踪事件じゃないからな。あそこの女将に頼まれたからには断るわけには行かないだろう?」
「…あのアマ…。」
「まぁ、手を出すしまを間違えたなぁ、瑞樹。」
「こうなったらっ!」
意識の薄れゆく中で瑞樹の旦那に首を絞められた。その影響でか光が差してるからなのか…瞬間、視界が開けた。
「しょ、ぶの…だん、なっ?」
そう、目の前に居たのは廊で見かけた菖蒲の旦那だった。この前の優しい雰囲気とは違う…殺気を隠してるような…そんな雰囲気に鳥肌が立った。
「やはり、あの時の…」
「おい、菖蒲!こいつを傷つけられたくなきゃ消えな。」
「口の利き方には気をつけた方がいい…」
「さぁ、どうすんだ?」
「その子を返してもらおうじゃないか。私を甘く見てもらっては困るな。」
「はっ、刀も持たずにこの私に勝てるとでも?」
そういえば菖蒲の旦那は刀を持ち歩かない方だ。それじゃあ…。
「っ…だ、め…だ。しょ、ぶの…だん、なっ…にげ、て…。」
「おまえは黙ってろ!」
そう言って瑞樹の旦那は俺を壁に投げつけた。背中に痛みを感じた瞬間、目の前が暗く…。
「大丈夫かい?」
目が覚めると見たことのない部屋…。
「っ…」
少しでも動かすと痛みが走る身体。それはあの悪夢が現実であったことを俺に突きつけているようで…。
「身体が痛むのか?あまり無理はしない方がいい。女将には私から事情を話しておくよ。」
ようやく目の前に居たのが菖蒲の旦那だということが理解できた頃にはこの部屋に俺だけひとりになっていた。
何があったのか…きちんと訊くことが出来なかったけど、とにかく今は忘れて眠りたかった。だから、菖蒲の旦那の配慮に感謝した。そうして俺はまた目を閉じた…。
真っ暗な部屋に俺はいた。身体はきつく縛られ、少し苦しい…。誰かがそばに居た。その誰かは身動きのとれない俺を…。
「…っぁぁぁあ!」
目が覚めるとそこは真っ暗なんかじゃなかった。
「はぁ…はぁ…っ…」
「大丈夫かい?だいぶ魘されていたようだけど…。」
「ぁ…。」
「一人にしてすまなかったね…。」
申しわけなさそうな菖蒲の旦那の表情にこちらまで申しわけなくなった。
「身体はまだ痛むかい?」
「…まだ、少し…。」
「そうか…。良くなるまではうちにいるといい。女将にはもう話をつけてあるからね。」
「…ありがとう…ございます…。」
菖蒲の旦那はふわりと微笑んだ。もう、あの時のような殺気を含んではいなくてすごく安心した。
「そういえば…」
「ん?なんだい?」
「菖蒲の旦那…怪我してないですか?」
「心配ないよ。」
「なら、よかった」
そのあとは菖蒲の旦那の面白い話をいくつか聞かせてもらった。この世界に来てからはじめて心から笑えた気がする。
「じゃあ、私は夜廻りがあるから少し離れるが…」
「じゃあ、帰ってくるまで待ってます。一人で寝るのは…まだ怖いから…」
「できるだけ早く帰ってくるよ。」
そう言って菖蒲の旦那は行ってしまった…。途端に静かになり、少し怖くなった…。静寂がこんなに怖いなんて…
夜廻りをしながらいろいろかんがえる。やはりあの遊女は…。いや、まだ決めつけるのは早計なんじゃないか?もう少し…見守るべきだろう…。
でも…あの人なんだとしたら?私に出来ることがあるのだろうか…?
にしても、まさか瑞樹があんなに強いとは思わなかった…あの人にはバレなかっただろうか…。派手に斬られてしまった上に取り逃すとは…。失敗にもほどがある。もう少し…殺陣の稽古頑張るんだったなぁ…。
さすがに夜廻りするときには刀を持ち歩くようにしているが…やっぱりこっちに来てからすぐに流れたあの記憶は私の…いや、菖蒲という一人の人間が歩いた軌跡なんだろう。刀を持つと、まるで自分のことのように思い返されるあまりに鮮明すぎる記憶…友紀という人間にはなかったはずの記憶…。今の自分は菖蒲だからこんなにも切ないのだろうか?あの時…菖蒲ではなく、自分ならあの少女を救えたのだろうか…?否、おそらく出来なかっただろう。菖蒲と私は似ているから…。
「ただいま戻った。」
「菖蒲の旦那!」
「どうした?」
「遊、お嬢さまがっ」
部屋に戻ってみると悲惨だった。荒れ果て、まるで物盗りでも入ったのかと疑うほど…。その中で放心状態の遊が座り込んでいた。
「ただいま」
「菖、蒲の…旦那…」
「どうした?」
「怖くて…怖くて…。」
「うん」
「ごめんな、さい…。」
「ゆっくり話を聞かせてくれるな?」
そうして遊はようやく自分が背負っていたことを語り始めた…。それはやはり私が想像していたもので…避けたかった事実。やはりあの時先輩も巻き込んでしまったんだ…。でも、私は自分のことは言えなかった。それは遊が私という人間を思い出せていないことと、何より今必要とされてるのは菖蒲だから…。
「そうか…それはつらいな…。」
「ごめん…急にこんなこと言われても困るよな…。」
「いや、私が力になれることがあるなら、何でも協力しよう。ただ、口調だけは気をつけようか?」
「あ…ごめんなさい。」
「私は構わないんだが誰が聞いてるか分からないからな。」
そのあと、遊の痛みがひくまではうちで預かっていた。どのみちしばらく仕事はできないからうちでのんびりさせてあげたかった。
「ほんとに明日で大丈夫なのかい?」
「いい加減戻らないと女将に殺されそうだから…。」
「そうか…」
「また…会える?」
「毎日差し入れに行くよ。」
「よかった…。」
そう言って遊は微笑んだ。
それから私は毎日差し入れに行き、必ず遊を指名した。女将も私が来るとすぐに遊の部屋に通してくれるようになっていた。そんなある日…。
「きゃぁぁぁぁあ!」
遊郭に響き渡る悲鳴。
「何事だ!?」
遊と団子屋に行っていて、ちょうど戻ってきたところだった。私達は悲鳴の元凶を探した。
「よお、菖蒲の旦那ぁ…」
「…瑞樹。」
見つけたのは血に塗れた部屋に横たわる少女と血で赤く染まった刀を持った瑞樹だった。
「…み、よ…?」
「遊っ」
「…ぃ、ゃ…いや……いやぁぁぁあ」
私は遊をきつく抱き締めた。抱きしめるしか出来なかった…。部屋に横たわる少女は遊のお付きの子であった美代。もう、誰がどう見ても絶命している…。身体中切り刻まれかろうじて人であったことが分かる程度だった。ただ、顔だけは空虚にこちらを見つめていた…。
「本当はさ、遊、お前を迎えに来たんだよ。」
「…じゃあ、何故美代ちゃんを?」
「居場所をなかなか吐かないんで腹が立ってな」
「…そんな、ことでっ…。」
瑞樹はニヤニヤと笑いながら話していた。遊はずっと泣いている…。
「ま、でもこれで遊も連れて行けばそんなやつどうでもいいんだよな。」
「連れて行かせるわけには行かないな。」
「この前、俺に負けたくせに威勢が良いなぁ。この前の傷はもう治ったのか?」
「…。」
「あんだけざっくりいってれば治ってるわけないよなぁ」
「何の問題もないさ。」
刀さえあれば…でもそんな悠長なことはいってられない。遊は…傷つけさせるわけにはいかない…。
「じゃあここで死んでもらいますかー」
「できるものならやってみろ」
私は泣いてる遊に、助けを呼ぶように頼み、瑞樹に向き直った。
「私とてお前を無事に帰すわけにはいかないからね…。」
「上等だ…。受けて立とう。」
最初は互角だった。…だが次第に斬られた左腕が言うことをきかなくなってきた…。
「…っぁあ…」
「どうした菖蒲ーそろそろ降参か?」
「っ…腕いっぽん、使えないくらい…どうってことないさっ…」
「粘るなぁ…ま、ならさっくり死んでもらうだけだからな」
「くっ…」
「なにをしている!」
「ちっ…新撰組か…」
間一髪…新撰組が来てくれたおかげで致命傷は避けられた。もう少し遅かったらと思うとぞっとする…
「菖蒲の旦那!」
「遊か…無事だったかい?」
「そんな大怪我で何言ってんのさ!早く止血しなくちゃ…」
遊に手当をしてもらいながらいろいろ考えた。
どうしたら先輩だけでも元に戻らすことが出来るのか…。そのまま意識がだんだん遠のいていった…。
変な夢を見た。血まみれの誰かを誰かが抱き締めていた…。そして“贄を捧げしこの身を元の世に…”と…
「菖蒲の旦那?」
「っ…」
「よかった…よかったっ」
目を開くと泣きじゃくったような顔の遊が私に抱きついていた。
「っく…ひっく…死んじゃったかと思ったっ…」
「…すまな、かったな…心配かけて…」
まだ、左腕はうまく動かないから右腕で抱き締める。先に口火を切ったのは遊だった。
「菖蒲の旦那…何で…なんで刀、持ち歩かないの?」
「…。」
「こんなに危ない思いしてまで…何で刀持ち歩かないんだよっ!」
「…。」
「っ…」
遊はそう言って走り去ってしまった…。
そろそろ…きちんと言うべきか…。
「っ…」
少し動かすのも億劫な身体を叱咤し、何とか立ち上がる。まだふらつくが何とか歩き出す…
「言い過ぎたかな…」
俺を庇うためにあんな怪我して…何で…何で俺のためなんかに…。
「遊!無事だったのかい…」
「女将…」
「菖蒲の旦那も無事かい?」
「…菖蒲の旦那は…私のために…大怪我して…。」
「…そうか…」
「…何で…菖蒲の旦那は刀を持ち歩かないんですか?」
「それは…。」
女将は気まずそうに話し出した…。昔、菖蒲の旦那には身請けを約束した遊女が居たんだそうで…その子が俺の時みたいにある男に襲われた。その男は菖蒲の旦那に恨みがあってその子をおそったらしい。もちろん、菖蒲の旦那はその子を守るために刀を抜いた。ただ、刀を持った菖蒲の旦那は人がかわったようにその男に斬りかかった…。その姿があまりに恐ろしくてその遊女は菖蒲の旦那を拒んだ…そして、その男の仲間に斬り殺されたのだ…菖蒲の旦那の目の前で…。それから菖蒲の旦那は刀を持ち歩かなくなったんだと…。
「そんな…ことが…」
「あぁ、このことは聞かなかったことにしてくれ?菖蒲の旦那はこの話を他の人に話たくないだろうからね…特に遊、あんたには、ね。」
「…?」
「それより、大怪我した菖蒲の旦那を一人にしてきちまって大丈夫なのかい?」
「あ…」
そこに居たのは申しわけなさそうな菖蒲の旦那だった。
「ほら、早くそばに行ってきな。立ってるのだってまだつらいんじゃないのかい?」
「っ…菖蒲の旦那!」
「遊…」
「ごめんなさいっ」
「私こそ…隠し事していてすまなかった…」
そのあとは俺の部屋に菖蒲の旦那を連れて行ってちゃんと話をした。今までのこと、これからのこと…。そして、菖蒲の旦那は俺の目を見て…
「遊を…身請けしたいと思ってる。」
「えっ…」
「実はもう女将には話してあるんだ…。私では役不足かい?」
「…」
「どうした?」
「ほんとに…ほんとにいいの?迷惑かけるよ?」
「良くなきゃ命かけてまで助けようなんて思わないさ。」
菖蒲の旦那目は真剣で本気なんだってすぐに分かった。でも…実は菖蒲の旦那とはまだ一度も身体を重ねたこともないし、すごく不安だった…。
「私は遊を遊女としてでなく、一人の女子として好きなんだ。一生守ってやりたい、この命に代えても。」
「菖蒲の旦那…」
なぜか、菖蒲の旦那から言われて喜んでいる自分がいる。男となんて…っと思っていたのだけど、菖蒲の旦那となら…。
「よ、よろしく…お願いしますっ」
「…よかった…。断られるかと思ったよ…。」
「菖蒲の旦那のこと…私も好きだから…。」
「ありがとう」
そのあと、俺は初めて自分から誘った。
「本当にいいのかい?嫌なんじゃ?…。」
「菖蒲の旦那だから…いいの…。」
「そうか…じゃあ、遠慮したら失礼かな?」
「あっ…菖蒲の、旦那っ」
すごく…すごく恥ずかしかったけど…今までで一番幸せだった。この時が永遠に続けばいいのに…なんて思ってしまうくらい心地の良い時間だった。そうして数日が過ぎ、菖蒲の旦那に身請けされ、廊を出る…その日だった…
この幸せが壊れてしまったのは…。
「久しぶりだなぁ…菖蒲」
「瑞樹…何の用だ?」
「分かってるだろう?決着をつけに来たのさ」
「…。」
「お前だけは殺さなくては気が済まないんだよ。」
「菖蒲の…旦那…?」
菖蒲の旦那はずっと黙っていた。いくら普通にしていてもまだ、傷だって完治したわけじゃない…。
「今回は力を貸してくれる仲間も連れてきたんだよ。これならさすがの菖蒲の旦那だって女を守りながらは難しいんじゃないか?」
瑞樹がそう言うと後ろから何人もの武器を持った農民が出てきた。
「!?…金で雇ったのか…。」
「だってあんた今日は刀持ってんだろ?その女守りたけりゃ道は一つしかないだろう?殺鬼の菖蒲さん?」
「…。」
「やれ」
数十人は居るであろう農民達が多種多様な武器を振り上げこちらに襲いかかる…。
「菖蒲の旦那…っ」
菖蒲の旦那は無言で刀を抜いた。その目からは色が消え失せ表情すら消え失せた…。それを見た瞬間、底知れぬ恐怖が腹の底から這い上がってきた…先ほどまでの優しい雰囲気など一片も残っていなかった。
「私を敵に回したこと…後悔するがいい。」
そして菖蒲の旦那は数十人の農民の中に走って行った。菖蒲の旦那が通った後には立っているものは誰一人としていなかった…。
「っ…」
瑞樹の旦那にたどり着くまであっという間だった。数十人居たはずの農民達は皆地面に伏していた…。
「これで満足か?」
「化け物か…。」
「そうなのかもしれないなぁ」
菖蒲の旦那はほぼ無傷だった。そうして2人になったかと思った矢先…。
「っあ!」
「遊!?」
俺の身体を誰かが後ろから拘束している。首が絞められているからか、息が出来ない…。
「こうなるかと思って後ろにも隠れててもらったんだよ。どうだ?菖蒲、これでも私に手が出せるか?」
「っ…。」
「私に手を出せば遊は確実に殺すぞ?」
「…何が目的だ?」
「お前だけは殺さなくては気が済まないって言っただろう?」
「…抵抗せずに殺られろと?」
「さあなぁ?」
「ぐっ…。」
「無様だなぁ?たかが女一人のためにあの菖蒲の旦那が地べたに伏せてるとはっ」
「かはっ…。」
腹を蹴られ一瞬、意識が飛びかけたが、遊が苦しそうにもがいている姿が目に入って…何とか立て直した。
「私がどうなろうと…構わないが…遊はっ」
「死なせはしないさ。ただ、あんたに苦しんでもらうにはこのくらいしないとなぁ?」
「しょ、ぶの…だん、な…っ!?」
「あ″っ…ぐっ…」
腹に刀が刺され、遊に返事も出来ない…何とか…何とかしなくては…
「はっ、所詮こんなもんか。」
「ぐぁっ」
刀が勢いよく抜かれ、自分の血が散ったのが見えた。意識が朦朧とし始めたが、ここで意識を手放してしまっては…遊は…。
「くっ…うっ…。」
「まだ立てるのかよ…化け物が。」
「なめら、れた…もんだなっ…これく、らいで…倒れてちゃ…女一人っ…守れないだろっ…」
立ってるのもやっとな自分の身体を何とか動かし、遊を拘束した者の傍まで走り、そいつの両腕を切り落とす。
「ぁぁぁぁあっ」
「恨むなら…金に目がくらんだ、自分を、恨むんだなっ…」
「けほっ、はぁ、はぁ…菖蒲、の旦那っ…」
ふらつく私の身体を倒れる前に間一髪、遊が抱きとめてくれた。
「ありが、とう…。」
「菖蒲の旦那っ、もう、無理しちゃ…。」
心配する遊を優しく撫でて、体勢を立て直して、瑞樹に向き直る。自分がどうなっても遊は…必ず元の世界にっ…。
「っ…お前は殺さなくちゃ…死ねないなっ…」
「はっ、その傷でどうする気だよ?」
「っ…こうするのさっ…」
私は瑞樹に向かって走り、そのまま刀を振りあげた…
「かはっ…」
「見切れてんだよ。」
瑞樹が持っていた刀が私の胸を貫いた。幸い心臓は避けたみたいで息だけが詰まっていく。鈍く大きな痛みで身体が思うように動かない…
「これであんたも終わりだなっ…」
私は何とか腕を動かし、瑞樹の左胸を後ろから自分ごと刀で貫いた…
「な、んで…」
瑞樹はそのまま絶命し、瑞樹が倒れるのに従って私の身体も共に地面に伏した。
「菖蒲の旦那っ!!」
「…ゆ、ぅ…」
肺がイカれたようでうまく、話せない…まだ、伝えなきゃならないことがたくさんあるのに…あの日以来毎日見てきたあの夢を…。
「喋っちゃダメだ!いま手当するからっ!」
「…ゆ、ぅ…き、いて…?」
「やだよ…治ったら…ちゃんと聞くから今は」
「…贄を…捧げ、し…この身、を…元、の…世に…」
「…え?」
「…言っ、て?…」
「なんでっ贄って何!?元の世にって!?」
「早く…言うん、だ…」
「…やだよ…」
「…私の…最後、の…お願、い…なん、だ…」
「最後なんて…言わないでよ!!お願い…だからっ…」
「今まで…ありがと、う…頼んだ、よ?…」
「嫌だ…嫌だっ!ねぇ!目を開けてっ、菖蒲の旦那っ!死んじゃ…嫌だよ…ねぇっ」
「…。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
菖蒲の旦那は血まみれで…死んでしまったという事実を受け入れざるを得なくて…。俺はまだ少しだけぬくもりの残る菖蒲の旦那を抱き締めて泣いた…。俺の涙が菖蒲の旦那の頬を伝い、まるで菖蒲の旦那も一緒に泣いてるみたいだった。そんな俺を冷やすように雨が降り出した…。
「っく…ひっく…」
気がつけば新撰組やら廊の人間やらが集まり始めた…
「っ…贄を…捧げし、この身を…元の世にっ…」
菖蒲の旦那に言われた言葉を呟いた瞬間、俺たちは光に包まれた…。
「っ…」
「優人先輩っ…」
誰かが俺を呼んでいる…
「先生!!優人先輩が目をっ」
「城崎君?分かるかな?」
「っ…こ、こは…?」
「覚えてないんですか!?先輩、稽古場で大道具の下敷きになって病院に…」
その瞬間、全ての記憶が走馬燈のように頭を巡った…。
「おはようございます-!」
「おはようっ…」
「優人っ!危ねぇ!!」
「優人先輩っ!」
あの時…俺は大道具に下敷きになった。しかも本来なら死んでしまうはずだったんだ…あんな鋭利な装置の真下に居たのだから…。でも、傍に居た新田さんが俺を突き飛ばした…
「そうだっ、新田さんは?」
ピーーーーーーーーーーーー…。
急に鳴り響いた音…騒がしくなる病室。
音の鳴る方を見ると…。
「新田…さん?」
その顔を見てすごく懐かしくなった…。何で…
こんなにも涙が止まらないのだろう?すごく…すごく大切なことを忘れてる気がする…。
「しょう、ぶ…の…」
今し方自分の腕の中で看取った菖蒲の旦那が誰に似ていたのか分かった…。
「先輩?どうしたんです?」
彼女の身体にはたくさんのチューブがつながり、痛々しく包帯が人身に巻かれてた…。その傷全てが菖蒲の旦那が受けた傷と一致していた。
「俺…新田さんにまだ言わなきゃいけないことたくさんあるのに…」
「優人先輩…大丈夫ですよ!信じましょ?」
その望みが薄いことは俺が一番分かっていた…でも…叶うならもう一度きちんとあって話をしたい…。
神様…居るならお願いします。どうか彼女を助けてください…
その時、菖蒲の旦那の声が聞こえた気がした…
「大丈夫…」
ピーーーーーーーーーーーー…ピッ…ピッ…
息を吹き返したぞ!処置室に運べ!
そんな声が聞こえて…
「先輩っ!」
俺はまた意識を手放した…。
夢を見た。私が男で先輩が女で…先輩を助けるために捨てた命のはずだった…。でも…なぜか目の前には美代ちゃんが居た。
「菖蒲の旦那…姐さんを頼みます。わっちにできるんはこのくらいなんで…」
「なんで…」
「いや、もう旦那は旦那じゃなくなったんだ…友紀姐さん、優人はんのこと頼んます。きっと姐さんが居らんと壊れてしまうから…。あの時、わっちの大切な人を守ってくれてありがとう。またいつか…」
「ちょっと!」
目覚めた世界は白く、アルコールの匂いが充満していた。
「新田さん…いや、菖蒲の旦那…。」
「優人先輩…無事だったんですね…」
「っ…どれだけ…どれだけ願ったことか…」
「ごめんなさい…」
「ありがとう。この世界でも、あの世界でも…ずっと守ってもらいっぱなしだったから…」
「…守れてたのかイマイチ自信ないですけど…」
彼女とたくさん話をして、二人で考えたけど…美代の存在は謎のままだった…
再び…
拙い文章の上、いまだに完成と言って良いのか分かりませんがとりあえず完結です。