泥棒

能ある鷹は爪を隠す


「ちょっと、これどういう事よ」
「どういう事ってこういう事だよ」
「こういう事じゃわかんないわよ。ちゃんと説明しなさいよ」
「ちょっと、そこ。口のきき方に気をつけなさいよ。立場わかってんの?」
「そっちこそ何よ。泥棒のくせに偉そうな口きかないでよ」
「何ですって?」
「ちょっとハニー。近づいちゃダメだよ。顔、隠していないんだから」
「うるさい。このアバズレに立場ってもんを教えてやる」
「ふん。こそ泥にものを教えてもらう程落ちぶれちゃいないわ」
「わわっ。二人とも落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか」
「同時に言わないで」
「それもこれもあんたの段取りにオチがあるからこんな事になるんじゃない」
「面目ない」
「この宝石店、今日伊豆に社員旅行って言ってたじゃない」
「それは確かだよ。メイちゃんが言ってたもん」
「誰よ。メイちゃんって」
「ここの店員」
「この女たらし」
「ちょっと。メイちゃんに手ェ出したの?」
「お互いの同意だもんね」
「節操ないわね。そっちをハニーなんて呼んでおきながら」
「あ、誤解だよ。このヒトをハニーって呼んでいるのはね」
「こら。コイツに説明する義理があるのか」
「コイツって何よ。失礼ね」
「うるさい。黙んなさい」
「でもマジな話し、何でいるの?」
「自分の職場にいて何が悪いのよ」
「だってメイちゃん、社員旅行は強制参加だって言ってたよ?」
「若いコはそうなのよ」
「オバサンは留守番でもしてろってか。ハン、いい気味だ」
「何言ってんの。あんただって似たようなもんじゃない」
「違うわよ。一緒にしないでよ」
「よく言うわよ。オバサン丸出しの声張り上げておいて」
「ちょっと。このババアを黙らせなさいよ」
「ババアですって?」
「黙らせるってどうやって?」
「そのくらい自分で考えなさいよ。男でしょ?」
「ああ、そう言う事 。でもハニー、俺今マスクかぶっているからキスはうまくできないよ」
「そう言う意味の口をふさぐって事じゃないわ。このスケベ。手足のように口もガムテープでぐるぐる巻きにしろって事」
「キスのどこがスケベなのさ?」
「スケベじゃないの」
「そうよ。宝石だけじゃなくて私の唇まで奪う気?」
「あ、オバサン同士気が合うね」
「オバサンじゃないわよ」
「同時に言わないで。耳がキンキンする」
「この坊やをちゃんと教育しておきなさいよ」
「あんたに言われる筋合いじゃない」
「でもハニー、どうすんの?宝石盗ったら俺達の仕業ってこの人にばれちゃうよ」
「構やしないわよ。どうせ私のメッセージカード置いていくんだし」
「でもハニー。先にわかるのと後でわかるのとじゃビックリ度に差が出ない?」
「プッ。何よ、ビックリ度って」
「うるさい、あんたは関係ないの」
「夜の間に宝石全部盗んでさ、で、朝従業員が来てビックリしてさ、で、誰の仕業だってなった時にメッセージカード見て二度ビックリしてさ、で、あいつらの仕業かぁってガックリするの。これがビックリ度」
「説明すんなよ、いちいち」
「最後はガックリって言ってたけど」
「まあ、細かい事は気にしないで」
「けどそれもそうよね。これじゃ私の美学に反するわ」
「何が美学よ。全身黒タイツでしょ?それ」
「ジャンピングスーツよ、よく見なさいよ」
「わああ、ハニー。近づいちゃダメだってば。顔がバレる」
「ああもう。もどかしい。いっそのことこの事務所の電気つけてやろうかしら」
「そりゃもっとダメだよハニー」
「ふん。よほど顔に自信がないのね」
「あんたが言うな」
「あれ?でもどうして電気つけてなかったの?自分の会社なのに」
「私は忘れ物を取りに来ただけよ。別に電気をつけるまでもないもの。非常灯があるから真っ暗じゃないしそれに机の上にあるのはわかっていたしね。そしたらあんた達が出てきた」
「プッ。物忘れはオバサンの証拠よ」
「うるさい。急いでいたのよ」
「忘れ物って?」
「それよ。机の上にあるでしょ」
「ああ、ケータイ」
「今日娘と食事の約束をしているのよ」
「でもわざわざ取りに来る事ないじゃん。一緒に行けばいいのに」
「できないの。娘と住んでいないもの」
「え?」
「親権は私にないの」
「シンケン?」
「うるさい、バカは黙ってろ」
「今度は俺?」
「今日は月に一度の娘と会える日なの。だから焦って取りに来たの」
「・・・お子さん、いくつ?」
「来年小学生よ」
「食事はレストラン?予約はしてあるのね?旦那が一緒にいるの?」
「そうよ。でも夫はもういないわ。だから向こうの親が一緒よ」
「そう。間に合う?」
「何とか」
「だったら早く行きなさい。ほら、テープ取ってやって。ぼさっとすんな」
「??どういう事?」
「うるさい。女が社会に出るって事は色んな事を犠牲にしてるって事よ。それを子供に強いちゃダメ。もう私達も行くわよ」
「えーっ。やっぱり俺達も行くの?」
「そうよ。あんたさっき言ったじゃない。これじゃ私の美学に反するわ。今夜はやめよ」
「下調べにスゲー時間と手間かけたのになぁ。ちょっとだけもらっていこうよ」
「うるさい。往生際が悪いぞ」
「私を解放するの?」
「当たり前でしょ。私達はテロリストじゃない」
「あなた達を見たのに?」
「あのねえ。私を誰だと思ってんのよ。私よ?女の体にキズをつけるようなゲスじゃないの」
「同じ女じゃん」
「うるさい。さっさとやれ。私は先に行っているからね」
「わあ、ちょっと待ってよハニー。もう、せっかちだなぁ。あ、ゴメンね。今取るよ、面倒だからナイフ使うね」

「このままあんたもおとなしく帰んな」
「な、何よ、急に耳元で。声色まで変えて」
「俺は敵には男も女も等しく対応する」
「な、何よ、それ」
「同業だろ?」
「え?」
「それとも俺達を消しに来たのか?」
「な、何の事よ」
「ハニーの性格逆手にとったつもりだろうがあいにく俺にそんなウソは通用しない」
「ウソだなんて」
「ここにメイなんて言う従業員はいないんだ」
「えっ?」
「そもそもね、あんたここの従業員じゃない。すぐわかったよ」
「なっ」
「下調べに時間かけたって言っただろ?あんたも俺達をハメようとするなら従業員の名前くらいは調べるべきだったな」
「・・・食えない男ね」
「あんたが何者でも興味はない。今はね。でもこの先少しでもあんたの存在を感じたら俺はあんたに興味を引く。どういう事か、わかるね」
「ナイフを首筋に当てられて言われたらいやでもわかるわ」
「俺はあんたの顔を覚えた。太陽が顔を出す頃にはあんたがどこの誰か調べられる」
「大した自信ね」
「仕事に自信の持てない男に女はついてこない」
「あなたがついて行っているように見えるけど?」
「そう見える方が都合がいいんだ」
「わかったわ。あなたのしたたかさもね。どうやら私はとんでもない思い違いをしてたようね」
「結構だ。じゃあ俺は行く。ハニーを待たせると後が怖いんでね」
「ちょっと。テープ切ってよ」
「自分で何とかするんだな。朝までまだ時間がある。俺はそこまでお人好しじゃない」
「待ちなさいよ」
「何だ?自業自得だろ。俺に文句を言うのはお門違いだ」
「違うわよ、聞きたい事があるの」
「何を?」
「何で彼女をハニーって呼んでいるの?」
「知りたいか?」
「ええ」
「華子」
「は?」
「彼女の名前さ。だからハニー」
「冗談でしょ?」
「どう思ってもいいよ。ただ、俺は信用できるヤツしかものを教えないんだ」

「ちょっと。遅いじゃない。あれ?彼女は?」
「電話してる。何か声が震えていたから先に出てきた」
「そっか。でも楽しい食事ができるといいね」
「そうだね、ハニー」
「あー、何かお腹空いちゃった」
「じゃあ何か食べに行こうよ。何にする?」
「何よ、何か作ってよ」
「えーっ。今から?」
「私はあんたが作ったゴハンを食べたいの」「・・・うう、ハニーィ」
「大の男が泣くんじゃない」
「だって」
「でもあんた、今度はちゃんとしてよね。手ぶらで帰るのはもうコリゴリだからね」
「うん、大丈夫。こういう事はもうないから」
「どうだか」
「ねえ、ハニー」
「ん?」
「そろそろ華子って呼んでいい?」



おわり

泥棒

読んでくださり、ありがとうございました。
私達夫婦の関係もおおむねこんな感じなのです。
ご意見ご感想、お待ちしております。
ではまた。

泥棒

闇夜にまぎれて忍び込み、宝石だけを狙う二人組の泥棒。 ところが侵入した先で見つかってしまう。果たして。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-01

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