土着神

ある男が、大金と引き換えに実験的な手術を受けさせられた。それは政府が主導する研究の一環だった。
その手術は、人間の体を、放射能に完全に適応させるというものだった。
つまり、来るべき放射能地獄の将来に向けて、放射能に平気でいられる新人類を産み出そうとしているのだ。
その実験体に、男はなった。

施術はひと段落し、いよいよその効果を確かめると、結果は研究者たちの予想以上に成功した。つまり、男は多量の放射能を浴びてもビクともしない身体になったのだ。甲状腺に異常はない、遺伝子の変化もない。

男は、さっそく使命を与えられた。
それはかつて臨界した原子力発電所の炉の内部に侵入して、写真を撮ったり数値を測定するというものだ。報酬は多量だ。男はさっそく機材を背負い、立ち入り禁止区域に足を踏み込んだ。

薄暗い通路。かつて多くの職員が歩き回ったであろう施設内は、不気味なほど無音だった。男の持つ電灯だけが動いていた。
埃まみれの廃墟の中で、男はついに炉を見つけた。教えられた通りに入り口を開き、ついに侵入した。



男は目を見張った。そこは、想像していたような暗闇ではなかったのである。
夕暮れの太陽のような色をした光が頭上にあり、冷めきった炉心を照らしていた。
無音でありながら、金属が直接音波になって、空気中を満たしているようでもあった。光は神々しく、その空間すべてを支配し、炉心はそこに、飼い慣らされた猛獣のように鎮座していた。空間は、幻想の中の寺院でもあるし、悪夢の中の地獄でもあった。
男は圧倒された。あれが何の光かはわからない。しかし明確な物理現象であるはずのあの光が、これほどまでにドラマティックで心を揺さぶる演出をするとは、とうてい予測できなかった。男は圧倒された。信じ難かった。しかし、空間が男をひざまずかせた。空間が男を支配した。自らの内部から湧き上がる、敬虔な念にうたれて。

(その光の正体は、メルトダウンの高熱にさらされた金属がプラズマ化し、空間の上方へ登ると、そこでレフ=ブルーノア現象を引き起こした。
それによりその瞬間のダークマターが永続的に顕在化し、多量の金属との兼ね合いによって、橙色の光を放ち続けることになった。)

放射能の働きは、今現在の我々が持っている物理法則では到底考えられない動きをすることがある。
それは、見る人が見るならば、明らかに何者かの意志を持って操作された動きであり、完全に精神の介入であった。
男の肉体は、量子レベルで細かく震え始めた。その速度は光速に近づき、一般相対性理論の働きで、男の体の時間が、極端に遅く流れ始めた。つまり、男が一秒過ごす間に、外では何年もの時間が経過しているのだ。
空間は男を支配している。願わくば永遠に彼をこの場所に留めようとしているのだ。

男は光に見惚れ、荘厳さに圧倒され、ひざまずき、手を組んで祈りを捧げた。不気味な神体に向けて。
そして写真をとり、数値を測定して施設の外に出る頃には、外では2万年もの月日が流れていた。



地球は幾万回目の氷河期に突入していた。あたりには南下し押し迫った氷河に囲まれていた。
一面の白銀世界。あるいは、氷による、クリスタルの洞窟。


そして男は出会う。新しい地上の支配者に。



彼らは、奇妙な成りをしていた。


その身体は、ちょうど空想上の河童の身体とほぼ同じだった。緑色でツヤがあり、細く手足指が長い。河童と違うのは、極端に猫背で、水かきがないことくらいだった。
極端に猫背のため、ときおり四足歩行になった。

首から上はまったく河童とは似ていない。
猫背になった彼らの背中から、植物の茎のような首が伸びる。緑色でツヤがあり、関節はなく、かなりの長さだ。上方にいくに連れ徐々に細くなり、その先に着いた頭の重みによって、釣竿のようにしなり前傾している。

頭は、楕円の球を押しつぶし平たくしたような形で、口や目、鼻、耳などは一切ない。若干の灰色で、ツヤがある。
平たい面が前後に向けられ、前方には紋様、後方のやや下部には首の付け根が繋がっている。
紋様は、個体によってそれぞれ同じ物はなく、黒色のシンプルなデザインである。筆で書かれたかのような、太い線のバリエーションだ。
例えば、十字の交差する中心を消した、放射状の四本の線。
大きな二重丸が書かれているようなもの。筆記体のxのような文様や、古代中国の甲骨文字を連想させるようなものもある。

紋様に意味はなかった。いや、あるいはあったのかもしれない。しかし、カオス理論の完璧な計算式がなければ、その意味など意味とは認められないだろう。


彼らは、それぞれの紋様と紋様を触れ合わせた。ちょうど人の接吻のように。
それがコミュニケーションであり、スキンシップであり、性行為であった。
そして、食事であり睡眠であり、医療であり娯楽であった。



男は、激しい雪ぼこりの風の中に、その異様な生命体を見つけた。

一人の「それ」が男に近づいて来た。男は驚きで呆然として、動けなかった。

「それ」は、男に接吻を試みる。

そのとき、ようやく男の理性が目を覚ました。男は反射的に、暖かく安全な原子炉の神殿に戻っていった。
なにもわからない。わかることは、怖くて、怯えて、震えが止まらないということ。

男は夕暮れ色の光に向かって唱えた。
安全な原子炉の揺り籠のなかで唱えた。
人類の唯一の暖かな遺産にひざまずいて唱えた。


神様、どうか神様、神様……

土着神

土着神

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-01

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