Play Dei —彼が神を殺すまで—
第零話 こうして彼の冒険が始まる。
普通の家に生まれ、普通に育ち、普通に義務教育を終え、普通の高校に入学した。
この春、高校生となった俺の人生を簡潔に語ると、三十七文字で充分だということが、たった今、判明してしまった。
「なんだろう……」
物凄く悲しかった。
だが、本当にこれだけで済んでしまうので、微妙な驚きもある。
なんと形容し難い心持ちであろうか。
九死に一生を得るような体験がしたいとは言わないが、むしろしたくないし、ある意味では幸運な人生なのだろうが、それでも、なんだかなあ……と、思ってしまうものだ。
生まれてこのかた大怪我などしたこともなし。スポーツをやっても、勉強をしても、中の上程度で天井が見えてしまう人生に嫌気がさしてきた。
それもこれも、今日学校で配られた「自分の人生を振り返って」と、「高校卒業後の人生設計」などというプリントのせいである。
間違いない。
それにしても、「自分の人生を振り返って」は、まだわかるが、「高校卒業後の人生設計」を、高校入学して半月も経ていない高校生に書かせるというのは、なんともおかしな話だ。
高校生は大人と子供の中間、と、若くして頭の寂しくなった担任が仰られていたのを思い出し、世知辛い世の中になったなあ、と、感慨にひたる俺であった。
ちなみに、仰られていた、なんて言葉を使ったのは現代文の教科書を読む以外では今が初めてだったりする。
俺なりの皮肉だ。
どこを皮肉ってるのかは、残念ながら俺にもわからない。
なんて、どうでもいいことを考えながら一人寂しく帰路を歩いていた。
と、友達がいないわけじゃない。
単純に家が同じ方向の友達がいないだけだ。
つまり、一緒に帰る友達がいないだけで、クラスメイトとはそれなりに仲良く……仲良くやっている、はず。
まあ、実際問題、小、中学校、いや、幼稚園を含めても、平凡な俺はいじめの標的になることもなかったし、ついでに言えばいじめっ子になることもなかったのだが。
だから、本当に、友達がいないわけじゃない。
ただ、少ないかもしれないが。
よし、なにがよしなのか自分でもよくわからないが、とりあえず、この友達がどうとかいう話はよしとすることとする。
話は戻り、「自分の人生を振り返って」についてだ。
俺は、自分でもよく努力していると思う。
ただ、その努力は実ることも、報われることもなかったし、むしろ、裏切られることの方が多かったような気がしないでもない。
でも、それでも、平凡な俺としては、やはり、「全国模試一位」だとか、「全国大会優勝」だとかに憧れていた。
憧れていた、だ。
今となっては、もう憧れてはいない。
夢を見るのは小学生まで。
だが、無駄な努力は無い、とは思う。
才能が無いのに頑張っても無駄だとか、お前には向いていないとか。
そんなことを言われることも、よくとは言わないまでも、そこそこあったが、逆に聞きたい。
——お前らは、それを言える程に大した人物なのか?
と。
違うだろう。
そういうことを言う奴は、大抵、たかが顧問やら、教師やら、親ごときなんだから。
その程度の分際で、と思う。
自分を棚に上げているわけではない。
なにをやってもダメダメというわけではなく、なにをやっても中堅並みな俺だが、「諦めろ」なんて言われて諦める程に中途半端ではない。
ただ、それだけのことだ。
諦めは肝心では無い。
諦めるのは最後の手段であり、諦めるのは最期のときだけでいい。
だからと言って、死ぬ間際も俺は諦めないかもしれないけど。
と、そんな屁理屈ばかりをこねて、なんの才能も持ち合わせていない俺に転機が訪れたのは、自宅まで後数メートルになったときだった。
眩い光が辺りを包み込んだ。
「えっ⁉︎」
光は一瞬で消え去り、先程まで見ていた景色が視界に映る。
ほとんどなにも変わっていない。
——夜になっていた。
夜、という表現が適切なのかはわからない。
日の光は閉ざされており、春にしては冷たい風が頬を撫でる。
瞬間、数メートル先、ほぼ俺の家の目の前に光源が現れた。
正確に言えば、俺の家の目の前の上空。
目が急な変化に追いつかず、しっかりとは認識出来ないが、光は何かを包み込んでいるようだった。
それは、ゆっくりと下降し、地面から三メートル程のところでピタリと止まる。
徐々に目が慣れていき、光の内部を正確に捉えることが出来た。
煌びやかに靡く銀色の髪。
透き通るような白い肌。
髪と同色の長いまつげは艶やかな雰囲気を醸し出し、ぱっちりとしたまぶたの奥には、今や日本人でも珍しい漆黒の瞳。
赤く染まった唇に、鼻筋の通った端正な顔立ちのそれは、まるで、神の如き神々しさであった。
薄紫の豪華絢爛な着物を身に纏い、自身のフォルムを惜しげも無く晒す。
ああ、貴女が神か。
まさか夢で女神降臨に立ち会うことになろうとは、正に夢にも思わなかった。
良い夢見たなあ……。
にしても、どこから夢だったんだろうか。
普通に考えれば、光が現れてからだが、そうなると住宅街で俺の身に何が起こったのかと、少々不安を覚える。
そんな感じで、女神様の姿を目に焼き付けながらも、思考を練っていると、女神様が口を開いた。
「御機嫌よう。諸君」
どうやら女神様はステレオタイプらしかった。
四方八方から声が響く。
「今日、このときを以って、この世界……いや、この宇宙は妾の管轄下となった」
ほう。一体今までは誰が……?
元から女神様でよかったと思います。
前神は俺に才能をくれなかったし。
「この声が聞こえている知恵ある全ての者よ。前神を討ち、この宇宙を我が手中に収めた妾は——改革を宣言する」
改革……?
あれ? ていうか、向こうにも女神様が……。
あっちにも、こっちにも……。
え? これ夢だよね?
「なあに。そう不安がるな、うい奴め。改革、と言っても大したものでは無い。ゲームのようなものだ」
ゲーム……?
いまいち現状が把握できん。
これ、現実なの?
俺の目の前にいるのは、神を自称する電波ちゃんなの?
いや、でも、実際浮いてるしなあ。
自称ってわけでもないのか。
「この世界の理を科学から魔法へと変える。ファンタジー、と言った方がいいか? それだけのことだ」
そっか、そっか。
なあんだ、それだけか……。
「って、えぇぇぇぇぇえ⁉︎」
魔法? 魔法って言ったの今?
まじか。嬉しいとかそういう次元じゃないぞ、これ。
ていうか、俺の声と混じって色んな人の悲鳴が聞こえる……割とまじでリアルな奴ですか。
「はっはっはっ。慌てるでない。しっかりと詳細は説明してやる。まあ、まずは動機からかの。正直言って、神ってのも暇でな……他の神から世界を奪うくらいしかやることがないのだ。つまり、所謂キルタイム、という奴だな」
暇つぶしっすか……。
流石っす。
まじリスペクトっす。
なんでこんな冷静なんだろ、俺。
自分の冷静さが怖い。
「さて、では、お待ちかね、詳細説明といこうか。メモの準備は良いか?」
メモ⁉︎ ノートとか家用と学校用で分けてあるからねえよ。
糞っ、真面目ぶるとこうなるのか!
暗記だ。
暗記するしか無い。
「一、諸君の目標は妾。妾の元まで辿り着き、妾を打倒した、若しくは、妾に認められた者には、妾の叶えられる範囲で全ての願いを叶えよう」
全ての願い……。
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
こんな目茶苦茶なことを可能にする女神様に叶えられないことがあるとは思えないが。
「ニ、全ての法的機関、治安維持組織を撤廃。妾の建てたギルドが管理するものとする」
法的機関、治安維持組織を撤廃……?
そんなことをしたら……。
「三、何時如何なるときも個人の権利を尊重すること。よって、殺人罪を含む全ての罪は永久に失われる。このルール説明が終わり、準備が整い次第、宇宙は一部の特例を除き、無法地帯とする」
は……?
人殺しもなんでもおーけーのパラダイス?
待て待て待て待て、それはまずいだろう。
「四、全人類の寿命を二百年前後まで伸ばす。まあ、その際に少し体内構造がおかしくなるが、どの道、魔法を行使するためには必要なことだ。それに、今の寿命では到底、妾に勝つなど不可能だからな。奇跡でも起きれば、或いはと言ったところか」
寿命を伸ばすって……。
そんなことまで可能になのか。
ていうか、そんなに強いの女神様。
まあ、神だから当然か。
「加えて、現時点で病気にかかっている者は全て完治。更に、老化のメカニズムを変更し、現時点で老化してしまっている者は適正値まで若返らせる。せっかくだから歳も全員十歳くらい若返らせるか。最低値は五歳。それ以下にはしない」
全員十歳若返らせる⁉︎
そしたら俺六歳……なんだけど……。
いや、むしろ好都合、か?
女神様を倒すには並大抵の努力じゃ足りないだろう。
十歳若返る、ということは、寿命が十歳伸びるってことだ。
十年はでかい。
ここは、感謝しておくべきだろう。
「長くなったが、五、現時点での通貨を全て共通の通貨へと変更させてもらう。単位はG。わかりやすいだろう?」
いや、確かにわかりやすいけども。
「六、殺人を行った者には、殺した者の所持品を自分の物とする権利を与える。尚、銀行に成り代わる建造物は妾が作る。そこに預けていた者に関しては、事前に遺書を書いていた場合に限り、相続権が発生する。書いていなかった場合は、こちらで有効利用させてもらう」
まじかよ……。
殺人を推し進めるようなことを平気で……。
「ま、取り返したければ、殺り返せということだな」
やべえ……女神様がやべえ。
これから起きることを考えると、じっとりとした汗が身体にまとわりついてきた。
「七、魔物を解放する。魔物という生物の説明に関しては省かせてもらおう。ニュアンスでわかれ」
魔物って……生態系崩れるんじゃねぇのか、それ。
「八、金銭を得る手段についてだが、魔物を倒せば手に入る。妾が作る建造物に証拠を持ってくればよい」
証拠って……死体とかをか?
「九、全人類にクリスタルを内蔵する。いつでも取り出し自由だ。念じれば出てくる。このクリスタルの性能についてだが、財布としての機能や収納、その他諸々がついている。魔物を倒したときにはクリスタルにも刻まれるから、それを証拠とすればよい」
おお、ここにきて随分とご都合主義なアイテムが出てきたな。
便利そうだが。
「十、もう面倒だからこれで最後にしようと思う」
おい。
「この宇宙で生きとし生けるものに、レベルをつける。能力を数値化するということだ。これは、努力すれば努力するほど上昇する。魔物を倒せば経験値が入る。ちなみに人を殺しても入らない。そして、当然、極めれば銃弾を跳ね返したり、避けるくらいのことは造作もなくなるだろう。妾は努力は報われるべきであると思う。精進せよ」
……へえ。
それは、それだけは、俺にとってはこれ以上ないほど嬉しい内容だ。
「あ、あと重要なことを忘れていた。妾は言ってみればラスボス。当然、憎まれなければつまらない。そういうわけで定期的に配下……そうだな、魔王軍を組織し、人類を襲わせようと思う。簡単に死なないようにな!」
憎まれなければつまらない。
そんな言葉を吐く神がいるとは……。
信仰されてなんぼじゃないのか、神って。
「さて、こんなところだ。ちなみに、頑張ってメモを取った諸君に残念なお知らせがある。実は詳しい内容は全て、クリスタルに書かれている。ごめんねっ?」
顔の前で手を合わせ、首を傾げながら、満面の笑みでそう告げる女神様。
許す。
俺メモ取ってないし。
可愛いは正義だと思う。
「今のはサービス。キルタイムに付き合ってもらうのでな。これで妾からの話は終わりだ。今から三時間後に全ての準備を完了させる。では、またいつか、な。諸君らの健闘を祈る」
再び、光が視界を埋める。
眩しさに目を閉じ、開いたときには既に女神様の姿は無く、平日夕方のいつも通りの住宅街が俺の目の前に広がっていた。
この世界が終了し、新しい世界に書き換えられるまで三時間、か。
正直言って、いまだに夢見心地だが、辺りで騒いでる人達を見る限り、全て現実なのだろう。
受け入れるしかないのだ。
高校卒業後の人生設計、女神様を倒す。
なかなかインパクトのある人生だ。
高校卒業出来てないが。
俺は必ず女神様の元へ辿り着いて見せる。
努力が報われる世界なら、きっと俺でも一番になれるはずだ。
と、そう信じて——
第一話 家族は常に良き理解者である。
女神様降臨から二時間。
俺は自室でクリスタルを操作していた。
クリスタルを出せるようになったのは、詳細説明が終わってすぐだった。
なんで書いてあることをだらだらと話していたのかと思ったが、きっとその最中にでも人類の体内構造とやらを弄っていたのだろう。
クリスタルの形状はヴォーゲルワンド。
断面が正十二角形になっており、上から下にかけて細くなっている。
クリスタルからは淡い青色の光が漏れており、神秘的な雰囲気を醸し出している。
パワーストーンの素材になるだけのことはある。
操作方法は割と簡単だった。
手で触れればメニューウィンドウが展開され、それをタップして操作する。
ちなみに、クリスタルを出さなくても、念じればメニューウィンドウの展開、操作が可能らしい。
クリスタルの機能だが、だいたいなんでもできる。
いや、なんでもできるというのは、語弊があるか。
いろいろできる。
万能ではないが、多能であると言える。
例えるなら、数十年前に存在したフューチャーフォンみたいな。
既に銀行、警察、刑務所、裁判所等々の機関は消滅している。
文字通り、消滅。
まるで、元々無かったかのように、中に居た人を残して跡形も無く消え去っていた。
加えて、街中の至る所に、空いたスペースを埋めるようにして、謎の建造物が出現している。
実はこの建造物、正体は判明している。
ギルド。
女神様が造り出した、消滅した機関の代わりとなる建物だ。
そして、極めつけに魔物の出現だ。
窓を開けて、外を眺めれば、大量の魔物が目に入る。
空にはドラゴンや怪鳥。
地面には巨大な狼の群れや怪人が蔓延っていた。
外の様子は女神様降臨の後、家に入らずに街中を探索したから完全に把握している。
余談だが、各ギルドの場所や地形等々は、クリスタル機能の地図で調べられる。
もうここまでくれば、疑いの余地は無い。
まあ、はなから疑ってもいなかったが。
女神様の言っていたことは全て事実で、一時間後、この世界はゲーム会場となるのだ。
そこまで考えてクリスタルを消すと、光が左胸、心臓の辺りから発せられた。
光は球形となって、俺の胸から飛び出す。
電気などの生活機能は停止しているため、暗い部屋。
当然、それに馴染んでいた目ではその光が内包しているなにかを直ぐに捉えることは出来ない。
だが、おおよその察しはつく。
徐々に目が暗闇に慣れていき、光の内側を捉える。
そのなにかは予想通り、つい二時間程前、俺の人生に波乱をもたらした張本人——女神様だった。
先程と変わらず神々しい姿だが、これは見る人によって変わるらしい。
ある女性の証言では、金髪蒼眼の美形青年。
あるオタクの証言では、炎髪灼眼の少女。
女神様、女神様、と言ってはいるが、実際に女かどうかは微妙ってことだ。
あるいは、無性かも知れない。
事実は、女神のみぞ知る。
あくまで、俺のスタンスは女神様だが。
ついでに言えば、聞こえてる言語も、場所によって様々なんだとか。
某巨大掲示板での情報だが。
ま、そんなことは置いといて、今はその女神様が何の用なのだろうか、ということに、気を向けるべきだろう。
「ご機嫌よう。諸君。久方ぶりだな」
いや、先程ぶりですね。
まだ二時間しか経ってないよ。
それとも、神の基準では、二時間は久々なんですか。
「改革、いや、ゲームのサービス開始まで、一時間をきった。既に気づいている者も多いとは思うが、ギルド等の施設は徐々に設置している。準備は完了したか? まだ動いていない者は、早急に動くように。死にたくなければな」
それなら魔物の出現は後にするべきだったろう。
あんな魔物がうろついてる場所、普通は通りたくない。
「さて、前置きはここまでにしよう。本題に入る。ルールに、一つ、変更点がある」
この直前で変更って……完全に勢いで進めてるなこの人。
ネット小説の作家みてえ。
「ゲームのサービス開始時刻である、本日、二○五二年四月十八日から、同年、四月二十四日午後十一時五十九分までの一週間をチュートリアル期間とする」
チュートリアル期間……?
ソーシャルゲームかよ。
「何故そんな期間を設けるのか。まあ、よく考えてみて欲しい。急に三時間後にスタートとか言われて、練習も無しにレベル1スタートでどうやって魔物を倒すのだ?」
確かにそれはそうだけど。
それをあんたが言ったらお終いでしょうよ……。
「と、いうわけでだ。チュートリアル期間を設けて、まずは慣れることから始めてみようではないか」
なるほど。
それは、最初から考えておくべき事だったはずだ。
「では、早速、チュートリアル期間の説明に入ろう。説明と言っても大したものではない。チュートリアル期間中、プレイヤーである全人類に特殊な防御膜を張らせてもらう。上空一万メートルから落下しようが、摂氏五千度の熱を浴びようが、擦り傷一つつかん。安心して魔物と戦い、経験値を得るがいい」
なんだそのチート。
ていうか、上空一万メートルから落下とか、摂氏五千度の熱を浴びるとか、そんな機会ねえよ。
……ねえよな?
「攻撃力は上がらんから、格上に挑むのは程々にな。特に龍の類はレベル1の攻撃なんかではノーダメージだ。無駄なことはやめておけ。チュートリアル期間、尽力し、レベル上げに努めるように。ついでに言っておくが、無論、対人に対しても効果は作用する。殺人がしたくてしたくてたまらなくとも、一週間は我慢するように」
そんな奴いんのかよ。
それ、一種の病気だろ。
病気は完治させるんじゃねえのかよ。
「では、またな。一週間後、諸君らが『一狩り行こうぜ!』くらい言えるようになっていることを、期待している」
どこのハンティングアクションゲームだよ。
と、内心でツッコミを入れている間に光は薄れ、女神様の姿は消えていた。
女神様ツッコミどころあり過ぎ。
それにしても、チュートリアル期間、ね。
ここで出来る限りレベルを上げれば、後々楽になるってわけか。
このチャンスは逃せない。
スタートダッシュは肝心だ。
さて、そろそろ行くか。
ベッドから起き上がり、階段を降りて行く。
……一応、後何回会えるかもわからないし、親にも挨拶しとくか。
そう思い、暗いリビングに顔を出すと、陰鬱な顔をした男女が視界に映った。
言うまでもないとは思うが、我が両親である。
なんて顔してんだよ。
話しかけるのすら躊躇われるが、なんとか声を出す。
「……父さん、母さん」
俺の声に反応して、ゆっくりと顔をあげる二人。
なんだこれ……怖い。
ホラー映画かよ。
ていうか、電気くらい点けろよ。
あ、もう点かねえのか、そういえば。
「ああ、雪か……」
「父さん……世界が終わるみてえな顔してんぞ」
「……まあ、終わるしな……」
「はあ? 世界は始まるんだろ、もうすぐ」
そう、始まるのだ。
女神様の手によって新しい世界が始まる。
努力が報われる世界。
最高じゃねえか。
「何言ってるのよ、あんた。あんな化け物がうろついてるのに……」
呆れたような目で俺を一瞥する母さん。
化け物っつってもなあ……そういうゲームだし。
まあ、死んだらやり直せないけど。
これが普通の反応ってことか……?
「いや、でも、父さんと母さんにとっても悪いことばっかじゃなくね?」
そんな俺の発言に、意味がわからないといったような顔をする二人。
「どういうことだ?」
「え、だってさ、父さんは毎日毎日、口から愚痴しか出てこないような会社を辞めて、魔物倒すだけで暮らせるし、母さんなんて十歳も若返るんだぜ? そしたら……えっと、二十七歳? めっちゃお得じゃん」
「いや、お前……そりゃそうだけどな? どうやって倒すんだよ、あんなの」
ああ、やっぱ辞められんのは嬉しいんだ。
「そりゃあ……剣とか、魔法とか?」
「はあ……」
なんだよ、そのため息。
ファンタジーっつったら、剣と魔法の世界だろうが。
ちなみに、母さんは割と嬉しそうだった。
やっぱ血繋がってんだなあ……。
いや、女性なら誰しも若返るのは嬉しいことなのか?
「ま、もう元の生活には戻れないんだし、諦めるしかねえよ。父さんも母さんも死なないようにな。んじゃ、行ってきまーす」
適当に言葉を並べ、踵を返すと、父さんが抑止をかける。
「え⁉︎ ちょっと待て! お前、どこ行く気だ!」
「どこって……外だけど?」
「外には化け物がうろついてるだろ!」
「あー、大丈夫、大丈夫。つーか、ちゃんと説明詳細見た? 魔物が人間を襲うのは、ゲームが始まってから。それに、チュートリアル期間は攻撃無効ってさっき言ってたじゃん」
「お前……でもなあ……。はあ、ちゃんと帰ってこいよ」
「え? なんで? ていうか、どこに?」
「この家に決まってるだろっ!」
「……父さん、まじで一回ちゃんと説明見直しなよ。ゲーム始まったら人工建造物も襲われる。だから、家にいようが外にいようが安全なんて無い。安全なのは、唯一、ギルドとか女神様が造った建物周辺くらいだよ」
「……は? この家……いくらしたと思ってるんだ……? まだローンも終わってないんだぞ!」
いや、そんなこと俺に言われても……。
ていうか、本当に心配になってきた。
チュートリアル期間はいいとしても、チュートリアル終わったら速攻で死ぬんじゃないか……?
「はあ……。まあいいや、俺はもう行くからっ……と、大事なこと忘れてた。二人ともクリスタル出して」
「え?」
「連絡先。登録しとく」
「ああ、そんな機能までついてるのか、これ」
なにやら、構造がどうとかブツブツと呟きながら、クリスタルを出す二人。
ファンタジーで構造なんて考えたって意味ねえよ。
「んじゃ、送るから」
それだけを言い、メニューウィンドウを操作して、二人に登録申請を送る。
クリスタルの機能の一つ。
念話通信。
登録しておけば、脳内で思い浮かべた相手といつでもどこでも話ができる。
登録は、半径三メートル以内でクリスタルを出している者に登録申請を送り、許可されれば完了となる。
「許可する、を押せばいいのか?」
「そう」
「できたぞ」
「できたわよ」
「おっけー。それで、『念話』、『俺の顔とか名前』、『伝えたい言葉』の順に思い浮かべれば俺に届くから、なんかあったら連絡して」
「わ、わかった……」
怪しい……。
「本当にわかってるー? ちょっとやってみて」
「ん? お、おう」
父さんが口を閉ざして、数秒、俺の脳内でポンッという音が鳴り、直後に父さんの声が響いた。
《雪夜? で、できてるか?》
《おー、おっけー、おっけー。ばっちりだ》
初めて使ったが、ポンッという音は通知音だろうか。
まあ、急に話しかけられたらびびるしな。
ふう、と疲れたように息を吐く父さん。
このくらいで疲れてたらやってけないぞ……。
「よし、後は特に無いな。じゃ、今度こそ行ってくるから。父さん、母さん、またね」
「……ああ、またな」
「ええ、また……」
「あれ? 引き止めないんだ? 珍しい……」
「引き止めたって、どうせ行くんだろ?」
「引き止めたって、どうせ行くんでしょ?」
見事にハモった二人のセリフは、見事に正鵠を得ており、やっぱり俺の親なんだなあ、と苦笑してしまう。
今まで、諦めろと言っても一回も聞かなかった息子は、今更何を言おうと止まらないということを、よく分かっている。
そんな俺の苦笑を見て、二人も微かに笑みを宿した。
親ごとき。
そんな言葉を使いはしたが、やはり血の繋がった両親というのは、そうそう憎めるものでは無いらしい。
いや、元々感謝はしているのだが。
諦めの悪い息子のために、「諦めろ」と言いつつも、いろんなことに挑戦させてくれた両親は、俺にとって掛け替えのないものである。
出来れば、生き残って欲しい。
そんな感傷的な想いは胸の奥に隠し、両親に言葉を告げる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
行ってらっしゃいと言われたら、ただいまを言いたくなるだろう。
もし会いたくなったら、これを理由にしようかな、などと考えつつ、俺は両親に背を向け、自宅を後にしたのだった。
第二話 なにもしなくても、ゲームは始まる。
外に出ると、日暮れ前に探索したときとは違った雰囲気があった。
我が物顔で街中を跋扈する魔物達は、夜行性なのか、瞳が怪しく光っている。
加えて、いつもは家々の明かりで照らされている道は、街灯と月の光のみに頼っているために、知らない道のように感じられた。
人通りは無い。
俺と魔物のみが、存在していた。
「まあ……普通は出ないよな」
普通は出ないだろう。
いくら襲ってこないと言っても、化け物が歩く道に好き好んで出て行く奴なんて——どうかしてる。
だから、俺もどうかしてるんだと思う。
でも、俺は動く。
自分から動かなきゃ何も始まらない。
だいたい、今はいいが、後三、四十分もすれば、この魔物達は人を襲い、民家を破壊するのだ。
利口な奴なら、家に籠ってないで必要な物を揃えるために動くだろう。
誰かと遭遇するのも、時間の問題だろう。
そんなことを考えながら、俺は魔物の横を平然と通り過ぎる。
ここまで凶暴そうな面構えをした連中がなにもしてこないというのは、違和感があった。
まるで、見えていないかのような態度に、自分は透明にでもなってるのかと錯覚してしまいそうだ。
そして、そのまま歩くこと二十分程が経ち、俺はある建物の前で足を止める。
周りに魔物はいない。
なんでも、ここら一帯には主要施設が固まっているため、セーフティゾーンになってるとか。
主要施設とは、女神様が新たに作り出した施設である。
ギルド、武器屋、防具屋、鍛冶屋、宿、飲食店等々、ゲームにありがちな施設だ。
と、言っても、今のところその主要施設はギルドと、武器屋、防具屋しか見当たらない。
街の外観にそぐわない中世風の建物だ。
元々、大型量販店があったはずだが、昼間見たときには既に変わっていた。
隣は民家だ。
一体、どこに宿屋、その他諸々を造るのか。
それは、既に説明書に書かれていたのを読んだので、大した問題ではない。
ちなみに俺が立ち止まったのは、武器屋だ。
いくらなんでも素手で戦うわけにはいかない。
そういうわけで、俺は武器屋のドアを開け、店内に入った。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると同時に、明るい声が耳に届いた。
すっかり暗闇に慣れてしまっていた目を、明るい店内の照明に慣れさせ、その声の主を捉える。
耳が生えていた。
「おお……」
ゲーム感が増した。
耳、耳だ。
人間のではなく、犬っぽい茶色い耳。
ボブカットの髪は、耳と同じ茶色。
顔は整っていると思う。
女神様の手下か……?
ていうか、犬耳ってどうなってんだろ。
人間から犬耳が生えるって……。
割と違和感無いけど、人間の耳もあんのかな?
こういうのって、人間の耳が生える部分見えないこと多いよね。
いや、そういうこと考えるのはよそう。
ファンタジーに理由なんて求めちゃいけない。
「あー、武器欲しいんですけど……どれがいいんですかね?」
いろいろな武器が陳列されているが、正直、どれがいいのか全くわからん。
「えっと……そうですねえ……。失礼ですが、お客様、ご年齢は?」
「へ? 十六ですけど」
「十六歳……。ちなみに、十歳の若返りはお受けになるんでしょうか? 六歳で扱える武器と十六歳で扱える武器では、かなり違ってきてしまいますので」
ああ、確かに。
「受けます。ん? ていうか、強制じゃないんですか?」
「はい。強制ではありませんよ! ゲームスタートと同時に、若返るかどうか選択できます!」
女神様……適当過ぎるよ。
「六歳、となりますと……こちらのエストックやあちらにあるショートソード。他にはレイピア、ダガーの辺りが妥当ですかね! 刀なんかも使えないことは無いかと。こちらは近接用の武具ですが、遠距離用の武具も置いてありますよ!」
へー。
意外と選択肢があるんだな。
「遠距離はなにがあるんですか?」
「遠距離ですと、弓、銃器ですね。杖もありますが、まだ魔法は覚えていらっしゃないと思いますので」
銃器か……。
遠くから安全に戦えるから便利そうだが……即興で使いこなせる物では無いだろう。
弓も同様だな。
杖は魔法使えないから、論外、と。
「んー……近接にします。特徴とかありますか?」
「特徴としては、エストックは鎧をつけた魔物に効果的です。対人戦でも重宝すると思いますよ! ショートソードは可もなく不可もなくと言ったところですが、六歳には重いので最初は少し苦労するかと思います。レイピアは貫通性が高く、軽いのでオススメです! ダガーは取り回しが容易く、利便性が高いので一本は持っておくといいかもしれませんね!」
それぞれに特徴があるわけか。
持ち手がレベル1だからなあ……。
なるべく攻撃力の高いものがいい。
「攻撃力は?」
「攻撃力は、同じ価格帯で比べると、ショートソード、レイピア、エストック、ダガーとなっていますっ!」
「あれ? ていうか刀は?」
「刀は攻撃力はトップクラスですね! ただ、お値段が少々高めに設定されているので……。お客様、予算はどの程度ありますか?」
「予算、予算か……」
現状、俺のクリスタルに入っている金は、十万G。
元々は一万円だ。
円はGより価値が高いらしい。
「一応、財産は十万くらいはありますけど……」
「十万ですか。宿泊費や食料費、防具を考えると……予算五万くらいですかね……」
防具か……。
いや、でも、チュートリアル期間中に金も貯まるか……?
「防具代は考えなくて大丈夫です。チュートリアル中に稼ぐんで。宿泊費と食料費ってどのくらいなんですか?」
「そうですか! 宿泊費と食料費は……、朝夜二食、風呂トイレ付きの宿で、一泊五百Gくらいだったはずです!」
五百……五百?
安っ!
「え? そんなに安くて大丈夫なんですか?」
「はいっ! 人類の皆様にはいろいろと準備金が必要だと思いますので! 流石にずっと五百Gというわけでは無く、チュートリアル期間中だけですが……。チュートリアル期間が終わると、同じ条件で五万G程度だったと思いますよ!」
そうなんだ……五万G、円なら五千円。
妥当だな。
にしても、一泊五百Gか。
一週間で三千五百G。
余裕を持って一万残しても九万Gは使える。
チュートリアル期間で稼げるだけ稼げば問題無いだろう。
「よし、九万くらいでなるべく攻撃力が高いやつをお願いします」
「かしこましましたっ! 九万……九万ですと、現状のランクで使えて、一番高い刀が八万Gとなります!」
現状のランクで……か。
そういえばランクとかあったな。
AからZまで、レベルに応じてランクが変わり、ランクが上がれば上がる程、良い待遇が得られる。
ま、そういう仕組みにしないと、金に物言わせる奴とか出てくるだろうしな。
「じゃあ、それと……あと、ダガーってどのくらいしますか?」
「ダガーは安い物なら五百Gから取り扱っております」
五百Gか……。
予備に持っておこう。
「そのダガーもください」
「はいっ! ありがとうございます。では、こちら、ランクA『普通の刀』と、同じくランクA『粗悪なダガー』です」
普通の刀って……。
一番高くてそれか。
そして、粗悪なダガーを満面の笑みで渡してくる店員に戦慄。
粗悪品かよ。
安っぽく鈍い光沢を放つ黒い鞘に収められた刀と、一見普通なダガーを受け取る。
と、同時に、俺の胸から光の玉が飛び出した。
それは、真っ直ぐ店員の胸に飛んで行き、そのままスッと入っていく。
そして、脳裏に数字が浮かび上がる。
-80500G
残金 19500G
「八万五百G。確かにお受け取り致しました。ありがとうございます!」
ああ。自動清算なのか。
楽でいいな。
「そして、こちら、初めてのお客様なので、ランクA『普通のダガー』をおまけさしていただきますっ!」
「え? いいんですか?」
「もちろんですっ!」
へー。そういうのあるんだ。
完全にプログラムで動いてて、おまけとか無いと思ってた。
ていうか初めてだったんだ。
「じゃ、ありがたく貰っときます」
そう言って、普通のダガーを受け取る。
ふむ、確かに、粗悪のダガーの方が若干だが質が悪い……ような気がする。
「それじゃ、また」
「はいっ! またお越しくださいませーっ!」
刀とダガー二つをクリスタルに収納し、店を出る。
現在時刻は……と念じると、目の前にウィンドウが現れた。
ウィンドウは、六時五十分をデジタル時計式に示していた。
左上部に西暦と日付も出ている。
「あと、十分くらいか……」
女神様降臨は、おおよそ四時前後。
そこから三時間後だから、七時前後にゲームスタートとなる。
準備は万全。
「……行くか」
足を動かし、セーフティゾーンの外へと向かう。
五分程度で辿り着き、ギリギリのラインで地面に座り込んだ。
セーフティゾーンはわかりやすい。
出るときは赤い線、入るときは緑の線が境界に見える。
「はあ……」
あと、五分。
心臓がうるさい。
緊張はする。
武器を持ったのなんて生まれて初めてだし、今から化け物を殺すんだ。
風は心地いいのに、じっとりとした汗が手に滲む。
落ち着かないと……。
なるべく手早く狩って、効率よくレベルを上げなきゃいけない。
武器とステータスでも確認するか。
そう思い、ステータス画面を表示する。
《基本情報》
名前 月見里 雪
性別 男
年齢 16
Lv 1 (Rank A)
HP 100/100
MP 100/100
《装備》
武器 右手 無し
左手 無し
防具 頭 無し
胴 無し
脚 無し
手 無し
足 無し
装飾品 無し
《ステータス》
物攻 10
物防 10
魔攻 10
魔防 10
体力 10
敏捷 10
《耐性》
無し
《魔法》
無し
《アビリティ》
無し
《武器熟練度》
『刀Lv.1』『短剣Lv.1』
おお、最初に見たときには武器熟練度も無しだったのに。
手に入れるとつくわけか。
ちなみに武器熟練度が上がると、その装備をつけているときに熟練度に応じてステータス補正がかかる。
確かレベル1につき、0.001パーセントだから、現状は正直意味無いが。
次は武器。
普通の刀[刀]Rank A
物攻 240 魔攻 80
普通のダガー[短剣]Rank A
物攻 15 魔攻 5
粗悪なダガー[短剣]Rank A
物攻 1 魔攻 1
粗悪なダガーいらねえ……完全にいらない子だよ。
ていうか、魔攻も上がるんだな。
魔法使えないから、全部物攻に回して欲しい。
魔力が宿って無いとダメージが与えられないから、そういうわけにもいかないんだろうけど。
そんなことをしていると、少し落ち着いてきた。
これはゲームだ。
焦ることは何も無い。
どうせ相手の攻撃は無効なんだ。
そうこうしているうちに時間は経ち、七時まで残り二分を切っていた。
そのまま、ひたすらジッと待っていると、胸から光が飛び出してきた。
「……またかよ」
眩しくてよく見えないが、女神様だろう。
「ご機嫌! 諸君!」
当たりだ。
「さてさて、ゲーム開始まで残すところあと一分となった!」
七時丁度だったのか。
七時丁度なのは日本だけだが。
「諸君らに一つ、注意事項がある」
また今更……。
「ゲーム開始直後は、十秒程揺れが起きるため、気をつけるようにな! あと、これはついでだが、殺人に条件を追加しておいた。後ほど読んでみてくれ」
揺れ……は書いてあった気がするんだが。
条件……?
まあ、あとででいいか。
俺は殺人しねえし。
「さて、では、カウントダウンといこうか!」
元気だな、女神様。
「十! 九! 八! 七! 六! 五! 四!」
ちょっとくらい、のるか。
楽しそうだし。
「三」
「三!」
「二」
「二!」
「一」
「一!」
「零」
「零ーっ!」
それじゃ——
「それでは——」
ゲームスタート。
「ゲームスタートッ!」
直後、激しい揺れが身体を襲う。
体感にして十秒程度。
地面は振動しているのに、建物が全く被害を受けていないのは女神様の力だろうか。
ま、それはいいとして、これで——繋がったわけだ。
朝日が降り注ぎ、住宅街が明るく照らされる。
視界の端には、見慣れない山脈。
瞬間、辺りが再び闇に覆われた。
上を見ると、巨大な龍が悠然と上空を飛んでいた。
すげえ……。
「さて、では改めて自己紹介をしよう。妾はこの世界を統べる神。人知の及ばぬ程の力を有する、この世界の天辺。世界樹の頂上にて諸君を待つ。〝全人類〟よ、今こそ立ち上がれ。自らを研鑽し、妾を倒すのだ。君に出会える日を楽しみしている——」
エコーを残して、女神様の姿は消えていった。
全人類……か。
この広い宇宙、人類が存在しているのは地球だけでは無いのだ。
先の揺れで、人類の存在していた全ての星が繋がった。
更に、地形の変化。
ここは、もう既に地球では無い。
広大なファンタジー世界だ。
デジタル時計に目をやると、時刻は四月十八日午前八時まで遡っていた。
暦も変わっており、ユグドラシル歴元年。
現在の人口が何百億人かは知らないが、やってやろうじゃねえか。
——新世界の始まりだ。
第三話 出陣とランクアップ。
「さて、行くか」
そう思い立ち上がると、目の前にウィンドウが現れた。
若返りを受けますか?
はい/いいえ 残り23:59:12
若返り……受けるが、今では無い。
よくよく考えると、今、六歳になったら服がぶかぶかになる。
今日一日選べるようだし、とりあえずは今の姿のまま頑張ろう。
そう判断し、はい/いいえの下にあった、あとで決める、をタップする。
セーフティゾーンから魔物が跋扈するエリアに踏み出す。
一番近くにいたのは、緑色の体色をした、醜悪な小人だった。
正面に一体、左右後方にそれぞれ一体。計三体。
認識すると同時に、脳に情報が流れてくる。
ゴブリン[悪魔族]Lv.1
ゴブリン……。
どこの世界でも雑魚キャラなんだな。
そんなことを思いながら、刀を鞘から抜き、鞘だけをしまってゴブリンに向かって駆け出す。
残り五メートル程まで近づくと、ゴブリンが俺を認識したらしく、気色悪い鳴き声をあげて、駆け寄ってくる。
「ギャッ! ギャッ!」
「キモいっ‼︎」
刀を上段に構え、ゴブリンの頭に振り下ろす。
そうやすやすと殺されるつもりは無いのか、ゴブリンは左手を頭の上にあげた。
刀がゴブリンの左手に到達する。
「……え?」
刀はスッと、ゴブリンの左手を擦り抜け、そのまま頭から股関節まで、なんの手応えもなく擦り抜けた。
一瞬の間を置き、ゴブリンの手がポトリ、と地面に落ち、身体がズレる。
うわ……エグい。
ていうか、ゴブリンの防御力ェ……。
なんか特殊能力で避けられたのかと思った。
少しの間、呆然としていると、ゴブリンの死体が光の粒子となり、俺の体内に入っていった。
余り、いい気分では無い。
それと同時に、一つの情報が脳内に伝わる。
Level UP 1→2
おお……ゴブリン、よくやった。
君のことは忘れない。
気を取り直して、残り奥に佇む二体のゴブリンに目を向ける。
距離は目測三メートル程。
振り下ろした姿勢から左足を一歩踏み出し、刀を右手のみで持つ。
近づいてきた右のゴブリンの右脇下から刀を入れ、左肩まで切り裂く。
生死の確認は行わず、残った左のゴブリンに視線を合わせる。
「うわっ!」
ゴブリンが俺に向かって跳ねた。
予測していなかった動きに戸惑うが、俺も後ろに飛び退き、着地と同時に刀を両手で握りしめる。
そのまま、ゴブリンの首の高さで刀を薙ぐ。
ゴブリンの首が飛ぶ。
ゴトッと地面に落ちたそれは、光の粒子となり、俺の体内に吸収された。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ビビったー……」
跳ぶとか聞いてねえから。
……まあ、いいか、倒せたし。
初戦闘で高揚する感情を落ち着かせ、ステータスを確認する。
《基本情報》
名前 月見里 雪
性別 男
年齢 16
Lv 2 (Rank A)
HP 150/150
MP 110/110
《装備》
武器 右手 普通の刀[刀]Rank A
物攻 240 魔攻 80
左手 無し
防具 頭 無し
胴 無し
脚 無し
手 無し
足 無し
装飾品 無し
《ステータス》
SP 6
物攻 10
物防 10
魔攻 10
魔防 10
体力 10
敏捷 10
《耐性》
無し
《魔法》
無し
《アビリティ》
『索敵Lv.1』『鑑定Lv.1』
《武器熟練度》
『刀Lv.1』『短剣Lv.1』
HP、MP、SPが増加。
アビリティ、索敵Lv.1を取得。
アビリティをタップし、詳細を見る。
索敵 Lv.1
気配を察知し、敵を見つける。
レベルが上がるごとに効果範囲、精度上昇。
鑑定 Lv.1
魔物の詳細ステータス、アイテム等々のステータスを計る。
レベルが上がるごとに細部表示。
敵を探したから索敵、魔物の名前を確認したから鑑定を得たってことでいいのか?
なかなか便利そうなアビリティだ。
さて、と。
SPを振り分けよう。
SP——Status Pointだ。
レベルアップにつき六ポイント。
振り分けることで基礎値を上げる。
振り直しは出来る。
一回だけだが。
どこに振るか……。
攻撃力は申し分ない。
レベル上げ効率を優先するから、持久力が上がる体力とスピードが上がる敏捷だな。
と、体力に三、敏捷に三を振る。
にしても、一々振るのは効率悪いな。
三程度上げてもたいして変わらないだろうし、次からステ振りは寝る前にしよう。
クリスタル機能の一つ、レベルアップ通知をオフにする。
よし、狩り続行だ。
刀を持ったまま地を蹴り、視界の端に映る影に向かう。
第二戦は、灰色の肌のボロ布を纏った人型モンスターだった。
数は一。
腐った目が俺を捉える。
グール[悪魔族]Lv.3
そのまま駆け寄り、刀を横に薙ぐ。
グールの右腹から入った刀は、左腹へ抜ける。
微かな手応えはあったが、ゴブリンと大差無い。
光の粒子になっていくグールを横目に、少し奥にいた人の大きさ程もある四体の猪に向かう。
前に一体、その右奥に二体、左奥に一体だ。
パイア[獣族]Lv.4
一番距離の近い一体を袈裟斬りで切り伏せ、刀を持ちかえながら右斜め前に一歩踏み出し、右奥にいた一体に逆袈裟斬り。
さらに、右に半歩ずれ、そこにいた一体の首に刀を振り下ろす。
と、同時に宙に浮く感覚が身体を襲う。
そのまま地面に打ちつけられるが、全く痛みは無い。
上半身を起こすと、残りの一体が飛び込んでくるのが目に映り、慌てて横に転がり、ギリギリで突進を躱し、立ち上がる。
刀を上段で構え、背中を向けてガラ空きになっている猪に振り下ろした。
下半身が切り裂かれた猪は倒れ、光の粒子に変化する。
「…………」
無言で立ち尽くし、攻撃を受けてしまったことを少し悔やむ。
確かにダメージは無効だが、なるべく相手の攻撃は避けるようにやるべきだ。
ゴブリンとグールが拍子抜け過ぎて、気が抜けていた。
チュートリアルが終わればダメージはくらう。
チュートリアルだからと言って防御無視で突っ込んでいたら、チュートリアルが終わった直後に死ぬだろう。
もう少し、集中してやろう。
気を張り直し、俺は再び魔物討伐へと向かった。
****
ゲームスタートから六時間が経過し、俺は山の中にいた。
辺りは木々に覆われており、目の前には、三種類の魔物。
足が山羊になっている半人半獣、パーンが二体。
尻から溶岩のような糞を撒き散らす牛、ボナコンが三体。
身体中が焦げ茶色の毛に覆われた三メートル程度の巨人、トロールが一体だ。
パーン[獣人族]Lv.2
ボナコン[獣族]Lv.9
トロール[巨人族]Lv.21
なんか一体だけ桁が違う……。
が、さっき倒した魔物である。
完全に格上だったが、二回斬りつけたら倒せた。
武器は太い腕のみ。
動きがとろいため、たいした敵ではない。
まず、一番近くにいるパーンを狙う。
刀を上段に構え、動く前に袈裟斬り。
もう一体は、後方にいるため、右横にいるボナコンを一太刀で切り伏せる。
そのまま、尻を向けて糞を飛ばしてくるもう一体の下半身を切り裂き、さらに横から飛んでくる糞を避けて、ボナコンを両断。
トロールが腕を振り上げたタイミングで後ろに下がり、振り下ろしたタイミングでトロールの後ろから跳躍してきたパーンを躱す。
着地した瞬間、刀を横に薙ぎ、上半身と下半身が分離したパーンを一瞥して、トロールに向き直る。
のそのそと歩いてくるトロールの背後に周り、一太刀浴びせ離れる。
もう一度それを繰り返しすと、光の粒子になった。
「ふう……」
思わず息を吐く。
現座時刻は午後二時。
本当なら午前一時である。
いい加減眠いし、一旦休もう。
遭遇した魔物は、一応倒しつつ、山を下る。
そこまで高くまでは登っていないため、すぐに下りることが出来た。
ちなみに、山は上に行くほど強くなるらしい。
レベル三十越えが出てきたときは、流石に戻った。
そんなことを考えながら歩き、セーフティゾーンに入る。
見慣れた街の姿は残っていない。
大半は女神様運営の宿と商店、ギルドだ。
そんな街を歩き、まずはギルドへ向かう。
やはり皆、寝ているのか、人通りはまばらで、ギルド内もかなり静かだった。
受付に近寄り、係員に声をかける。
「すいません。魔物討伐の報酬を貰いたいんですけど」
「はい! ではクリスタルを見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
予想以上に元気な声で応対する受付のお姉さんに戸惑いつつ、クリスタルを取り出し、お姉さんに差し出す。
「確認させていただきます!」
お姉さんがクリスタルに手をかざすと、一瞬、クリスタルの淡い青色の光が濃くなり、すぐに元に戻る。
「確認完了致しました! レベル一が三十二体で三百二十G、レベル二が四十五体で八百五十G、レベル三が七十九体で二千三白七十G、レベル四が——」
「あー、内訳はいいです」
「かしこまりました! では、計七百四十二体で、八万八千五百八十Gになります!」
お姉さんがそう告げた直後、お姉さんの左胸から光の玉が飛び出し、クリスタルに飛び込む。
+88500G
持ち金 108000G
「続きまして、ランクアップ報酬がありますのでお受け取りください! ランクB昇格報酬、十万Gと基本属性魔法になります!」
再び、光の玉がクリスタルに飛び込む。
+100000G
持ち金 208000G
魔法習得 『炎属性Lv.1』『水属性Lv.1』『土属性Lv.1』『風属性Lv.1』
おお、魔法が使えるのか。
レベルを上げると、使用できる魔法の種類が増える、といったところだろうか。
ていうか、ランクアップしてたのか。
ひたすら狩っていたから全く気づかなかった。
「最後にもう一つ、お知らせがあります! ランクBに昇格されましたので、ギルドからの討伐ミッションが受けられます! 討伐ミッション内容は、クリスタルのメインメニューに追加されておりますので、随時、ご確認くださいませ!」
討伐ミッション……?
「ミッションの方が多く稼げるんですか?」
「そういうわけでもありません! もちろん、報奨金は出ますが、討伐ミッションの目玉はアイテムとなっております!」
「アイテム?」
「はい! 魔法を閉じ込めた魔法石や、魔力を閉じ込め、生活用品に組み込む魔力核石。精霊を召喚する召喚魔石等々、市場では手に入らない貴重な物品が報酬になっております! と言っても、序盤のミッションは、回復薬や毒消しなどのアイテムで占められておりますが……」
やっといて損は無い、ということか。
「暇ができたらやってみます」
「はい! それでは、本日は当ギルドをご利用頂きまして、誠にありがとうございます! またのご利用を心からお待ちしております!」
「ありがとうございましたー」
軽く頭を下げ、ギルドを出る。
それにしても、だいぶ懐が温まったな。
報酬は、レベル×10×討伐数か。
討伐ミッションに魔法アイテム。
気になるものも増えた。
魔法も使ってみたいが、とりあえず、武器を買い直して、防具を揃えるか。
隣接している武器屋は、六時間と少し前に普通の刀を買った場所だ。
武器屋に入ると、犬耳が視界に映った。
数時間前なのに、随分と久しぶりな気がする。
「いらっしゃいませ!」
「ランクBで一番高い刀が欲しいんですけど」
「ランクアップされたのですね! ランクBで一番高い刀は、こちらの『無銘の名刀』になります!」
無銘の名刀……苦笑するしか無い。
見た目ほとんど変わってないし。
「えっと、値段は?」
「お値段は、十四万三千Gとなります!」
高っ……。
六歳用の防具も買わないとなんだよな……。
それに、蓄えも欲しい。
今回は諦めるか。
「今回は止めておきます……」
「そうですか……」
耳を伏せて心底残念そうな顔をする店員。
なんか悪いことでもしてるかのような気分だ。
「えっと、またすぐ来るんで」
「かしこまりました! またのご来店お待ちしております!」
パタパタと動く耳と尻尾。
めちゃくちゃわかりやすい。
それともこれも作戦のうちなのか。
まあ、どうでもいいか。
第四話 六歳から始める冒険もアリ。
武器屋を出て、防具屋に入る。
防具屋にいたのは、猫耳だった。
猫耳、灰色、豹柄。
灰色の髪なんてのは、日本ではビジュアル系バンドくらいしかいないわけで、更に言わせてもらうと、あいつらがやると違和感しか無いわけだ。
だが、なかなかどうして目の前の黄色人種のお姉さんには灰色の髪も、耳も、豹柄も、見事にマッチしていた。
「いらっしゃいませ」
綺麗なお辞儀をする灰色。
ポニーテールにされた長い灰色と、肌色の双子山が垂れ下がる。
ゴクリ、と唾を飲み込むまではいかなくとも、自然と目が谷に向かってしまう。
不可抗力である。
僕は悪くない。
まあ、そんな冗談はさて置き、お姉さんが顔を上げたのを見計らって、さっさっと本題に入る。
「十歳の若返り受ける予定なんですけど、六歳でも着れる防具ってありますか? チュートリアル終了と同時に買い替える予定なんで、なるべく安いのでいいです」
「そうですね……。一番安いものが、こちらの『ボロ布のローブ』と『ボロ布のズボン』、『ボロ革の靴』で、それぞれ千Gになります」
お姉さんが取り出した物は、見るからにボロそうなローブとズボン。
それはいい。
どうせ粗悪品だろうとは、覚悟していた。
「大きくないですか?」
どう見ても六歳児用ではない。
成人男性用だ。
しかも、成人男性の中でも大きめの。
そんな疑問に、予想外の答えが返ってきた。
「え? あ、防具は魔法がかかっているため、装備すれば体格に合わせて伸び縮みします。流石に元のサイズ以上大きくはなりませんが」
ああ、そういう設計なんだ。
魔法便利だな。
元のサイズより大きくならないのは素材の都合だろうか?
ていうか、武器もそういう仕組みにすればいいのに。
「ちなみに、武器は形状の問題で伸び縮みはしません。例えば、大剣を子供が買ったら大剣では無くなってしまいます。刀はあの形状がベストですし、ダガーは変わる必要性がありません」
考えを読まれたかのような回答だった。
まあ、いい。
「ありがとうございます。えっと、じゃあ、そのローブとズボンをください」
「はい。ありがとうございます。こちら二点で、計三千Gとなります」
差し出されたローブとズボンを受け取り、光の玉が俺の左胸からお姉さんの左胸に飛び込む。
-3000G
残金 205000G
「ありがとうございます。またお越しくださいませー」
「ありがとうございましたー」
軽く会釈し、踵を返したところで、再び振り向く。
「あのー、服屋とかって近くにありますか?」
六歳児の服は持っていない。
まさか、肌の上からローブを着るわけにも行かないし、ノーパンでズボンを履くのも嫌だ。
「衣類でしたら、そういう事態も見越して、ここでも取り扱っております。お客様から見て右手側の奥にありますので、ご自由にお選びください」
「りょーかいです」
まさか、防具屋に普通の服が売っているとは思わなかったが、手間が省けた。
言われた通りの方向へ進むと、小学生以下が着用できそうなサイズの衣類が陳列されていた。
十歳若返って困るのはこの年代くらいってことか。
適当にティーシャツと下着を選び、お姉さんの元へ持っていく。
「はい。こちら、ティーシャツが四点、下着が四点の計八点で六千Gになります」
-6000G
残金 199000G
「確かにお受け取り致しました。ありがとうございます。またお越しくださいませ」
「ありがとうございました」
衣類をクリスタルにしまって、今度こそ防具屋を出る。
次に向かうのは、飲食店だ。
飲食店は道中にあったため、少し引き返し、飲食店へと入る。
「いらっしゃいませ! 一名様でよろしいでしょうか?」
今度は獣耳では無かった。
普通の人間だ。
ただ、髪が赤いが。
「はい」
「かしこまりました! 現在空席がかなりありますので、お好きな席へどうぞ」
店内はファミレスのような設計だ。
木製のファミレス。
適当な席に座り、メニュー板を眺める。
「なん……だと……」
メニューに載っている料理は見たことのある物がほとんどだったが、その名称に目を疑う。
よく、○○産○○牛のサーロインステーキとか、産地や品種が書いてあるメニューがあるが、これもその一つだった。
「ボナコンのフィレステーキ……って一体……」
あんな糞を撒き散らす牛の肉を食うのか。
というか、それ以前に魔物って食えるのか。
あ、アイテムに魔物の素材が入っていたが、これはこういう利用の仕方をするのか。
必死に普通の料理を探すが、メニュー板は全て原材料が魔物だった。
これはもう、食べてみるしか無い。
覚悟を決め、呼び鈴を鳴らす。
「はい! ご注文をお伺い致します!」
「えっと……ボナコンのフィレステーキを一つと、濃厚卵プリンを一つ」
「ご注文を確認させて頂きます! ボナコンのフィレステーキを一つ、濃厚卵プリンを一つ。以上でよろしいでしょうか?」
「……はい」
「デザートは食後でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
去って行くウェイトレスの背中を眺めながら、不安を募らせる。
調子に乗ってプリンまで頼んだが、プリンも当然、魔物が原材料である。
カラドウリウスというAランクの白い鳥の卵を使ったプリンだ。
まあ、カラドウリウスは、ボナコンより抵抗が無い。
人間の病気を吸い取って治してくれる。
卵には状態異常を治す効果があるとか。
カラドウリウスに逃げているうちにも時間は経過し、ウェイトレスがブツを持ってきた。
「お待たせしました! こちら、ボナコンのフィレステーキになります」
「あ、ありがとうございます……」
「では、失礼しました」
目の前に置かれた料理を見る。
見た目は普通のフィレステーキである。
匂いも悪くない。
ボナコンの、と書かれていなければがっついていただろう。
フォークとナイフを持ち、フォークで押さえながらナイフを入れる。
あんな糞牛から取れた肉とは思えない程、スッと切れた。
肉は柔らかいらしい。
いや、ナイフの攻撃力が高いのだきっと。
そうに違いない。
ナイフに攻撃力あんのかよ。
と、自分のわけわからない思考に突っ込みつつ、肉を口に入れる。
「なん……だと……」
この短時間で二回も同じネタをやることになろうとは。
思わずフォークとナイフを落としそうになるが、グッと堪える。
旨い。
なんだこれ、旨い。
焼き加減はミディアムレア。
柔らかく、さっぱりとした肉の旨味が口内を蹂躙する。
これは、ひれ伏す程の旨さだ。
フィレだけに。
寒い。自重、自重。
二口目からは、脇に添えられていたソースをかけて味わった。
ぶっちゃけ、全然気づかなかった。
そして、これまた旨い。
にんにく醤油がベースだろうか。
手が止まらない。
この旨さで千G。
この品質のフィレステーキとしては、破格のお値段である。
ボナコン、よくやった。
きっと、ボナコンが弱いから簡単に取れるということでこの値段なんだろう。
いや、チュートリアル期間だからだろうか?
なんにしても、満足だ。
ステーキを食べ終わり少し経つと、プリンが運ばれてきた。
白いプリンカップに入っており、上から中を覗くとカスタードクリームのように濃いクリーム色をしたプリンが見えた。
スプーンでプリンの上部を掬い、口に入れる。
……やはり、旨い。
滑らかな舌触りと濃縮された卵の味が絶品の一品です。
少し深目にスプーンを刺し、下に溜まっているカラメルソースと一緒に食べると、また違った味わいが感じられた。
最高だ。
来てよかった。
プリンを食べ終わり、一息吐いたところで会計を済まして店を出る。
現在時刻は午後三時。
欠伸が止まらない。
早足で宿に向かう。
「いらっしゃいませ!」
「一泊、夜朝二食付き、一人お願いします」
「はい! 五百Gになります! お部屋は三○三号室、夕食は午後六時から九時、朝食は午前六時から九時。共に一階食堂にてご提供させて頂いております!」
説明を聞きつつ渡された鍵を受け取ると、同時に自動清算された。
-500G
残金 197000G
左奥にある階段を登り、三階へ辿り着く。
どうやら、三階が最上階のようだ。
そのまま三○三号室を探し、部屋に入る。
殺風景な部屋だ。
ポツリと置かれたベッドに腰を降ろす。
「さて……」
ステ振りと若返り、どっちからやろうか。
どっちでもいいことだった。
ステ振りを先にやろうと決め、ステータス画面を開く。
《基本情報》
名前 月見里雪
性別 男
年齢 16
Lv 25 (Rank B)
HP 1300/1300
MP 340/340
《装備》
武器 右手 無し
左手 無し
防具 頭 無し
胴 無し
脚 無し
手 無し
足 無し
装飾品 無し
《ステータス》
SP 144
物攻 10
物防 10
魔攻 10
魔防 10
体力 13
敏捷 13
《耐性》
無し
《魔法》
『炎属性Lv.1』 『水属性Lv.1』
『土属性Lv.1』 『風属性Lv.1』
《アビリティ》
『索敵Lv.1』『鑑定Lv.1』
《武器熟練度》
『刀Lv.2』『短剣Lv.1』
「おお……」
予想以上にレベルアップしていた。
六時間でこんなに上がるものなのか?
いや、ゲームをやったらこんなものなのかも知れない。
バランス的にどうすればいいか。
体力と敏捷は武器と防具で補えないから増やすべきだが、攻撃と防御だって武器で全部補えるわけではない。
現状、防御は必要無いが、チュートリアル終了時点で初期値はまずいだろう。
魔攻と物攻で比べると、魔攻の方が少なくてもいいような気はする。
メインは刀でいい。
そうなると……物攻:物防:魔攻:魔防:体力:敏捷=3:1:2:1:2:3、という感じが、チュートリアル中は好ましいだろう。
十二なら六で割り切れるからちょうどいい。
そうしてステータスを振り分け、確認する。
物攻 46
物防 22
魔攻 34
魔防 22
体力 34
敏捷 46
うん、悪くない。
続いて、若返りだ。
念じて、選択画面を呼び出す。
若返りを受けますか?
はい/いいえ 残り16:48:03
迷わず、はいを押す。
瞬間、クリスタルから眩い光が漏れ出し、思わず目をつむった。
徐々に身体が小さくなっていくのが感じられた。
数秒後、恐る恐る目を開ける。
手は小さくなり、足は短く、身長も当然のように縮んでいるため、部屋の内部は変わっていないのに、初めて見る部屋のような気分に陥った。
本当に六歳になったのか……。
精神年齢十六歳の六歳児。
気味が悪いな。
明日はこの身体に慣れるところから始める必要がありそうだ。
ぶかぶかになった衣類を脱ぎ捨て、買ってきた六歳児用の衣類を着る。
少し大きいくらいだった。
まあ、実際に六歳児用と書かれていたわけではないから、誤差は仕方なし。
このまま寝てもいいが、一応装備品のズボンを取り出し、履いてみる。
ぶかぶかどころでは無かったが、履くと同時にズボンが縮み、ぴったりのサイズになった。
魔法便利過ぎ。
ローブは……寝るときはいいだろう。
ちなみに、ズボンは物魔共に防御力一。
安定の粗悪品である。
恐らく、ローブも靴も一だろう。
千Gだったため期待したのだが、魔法加工の加工代金も含まれていたのだろうか。
考えてもわからないか。
そこでようやくベッドに横になる。
起きるのは、四時間後。
七時に起き、夕飯を食べ、一時くらいまで狩りをし、宿に戻る。
そして、翌日は、朝六時に起き、朝食を食べ、夜七時まで狩りをして、夕飯を食べ、また一時まで狩りをして、宿に戻って寝る。
この世界のリズムに合わせるのだ。
考えを巡らせていると、まぶたが重くなってきた。
抵抗せずにまぶたを閉じる。
俺の意識が途切れたのは、すぐだった。
第五話 魔法は意外に難しい。
アラームが鳴ったわけでもなく、誰かに起こされたわけでもなく、自然と目が覚めた。
時刻を確認すると、時計は午後七時十二分を示していた。
ほとんど差異なく、寝てから四時間だ。
珍しいな、と思った。
何時に寝て、何時に起きる。
そんなタイムスケジュールを作ってはいたが、それほど起きることに自信があるわけではないのだ。
寝坊するときは寝坊する。
まあ、珍しいが、損をしたわけではないので、そんな話は置いておくことにしよう。
ベッドから降り、自身の身体に驚く。
ああ、若返ったんだったか。
小さな足で洗面台に赴き、顔を洗う。
クリスタルからローブを出し、装備して一階へ下りた。
適当に夕食を済ませ、宿を出る。
もうとっくに日が落ちているため、風が冷たい。
空を仰ぐ。
すると、元の世界とは違う、と改めて認識させられた。
「赤い……」
赤い月。
元々地球にあった月は存命。
つまり、月が二つだ。
頑張ろう……。
俺は小走りで山へと向かった。
****
時刻は午前零時過ぎ。
目の前には四種類の魔物がいる。
赤い毛皮、コウモリのような皮膜の翼、サソリのような毒針が無数に生えた節のある長い尾、そして3列に並ぶ鋭い牙を持つ人面のライオンの形態をした怪物、マンティコアが一体。
爪が鋭く、先程から大岩を軽々と投げている大きな青黒いビーバーの姿をしている怪物、アーヴァンクが一体。
身長五十センチメートル程で、毛のまばらなジャックウサギに似て渋面を浮かべている怪物、グレムリンが四体。
黒、赤銅色の顔をし小柄であり、身長は五十センチメートルくらいで、鉱夫の格好をしている小人、ゴブラナイが三体。
マンティコア[獣族]Lv.6
アーヴァンク[獣族]Lv.5
グレムリン[悪魔族]Lv.31
ゴブラナイ[悪魔族]Lv.10
グレムリンが従えているといった雰囲気だ。
ただ、一つ言いたい。
ゴブラナイってなんだ。
レベル的にも顔立ち的にもゴブリンの上位互換なんだろうが……。
ゴブるとかゴブらないとかあんのかよ。
お前ゴブってんじゃねぇよー、みたいな。
ゴブりたくないな。
気をつけよう。
余談だが、ゴブラナイ以外は初見ではない。
とりあえず、少し距離を取る。
そろそろ魔法を使ってみようじゃないか。
呪文を詠唱する。
「我、求むるは火——」
呟いた直後、身体からスッとなにかが抜け出て行ったような感覚があり、瞬間、目の前、宙空に微かな火が宿る。
「我、求むるは彼の者を——」
正にファンタジーな光景に興奮しつつも、更に詠唱を続けると、またしてもなにかが抜け出ていったような感覚に襲われた。
それと同時に、火が一瞬大きくなって九つに分裂し、火から魔物達へ薄っすらと線が伸びていく。
直線だったため、幾つかの線は交わっていたり、魔物が前後に重なっていたために、前衛の魔物に二本繋がっていたりした。
「焼灼せし球——」
そのまま詠唱を続けると、それぞれがバスケットボール程の大きさの渦巻く火の玉へと変貌を遂げる。
もちろん、なにかが抜け出て行く感覚もあった。
まあ、なんにせよ、これで、火属性最初の魔法、『火球』が出来上がったわけだ。
「——火球」
最後に魔法名を唱えると、見えていた線が消え、火球が先程まで線があった場所を沿うように凄まじいスピードで発射された。
線が交差していた火球は、ギリギリですれ違ったり、ぶつかり、どちらかの火球に吸収されて魔物に突っ込んで行く。
そのまま直撃し、前衛のマンティコア、アーヴァンク、ゴブラナイが吹き飛び、火に包まれ、光の粒子となって消えた。
その隙間から身体が見えていたグレムリン一体にも当たったが、少し後ずさり、火が消えるまで耐え切った。
流石に一撃死はしないようだ。
線が二本繋がっていた魔物は、片方の火球がすり抜けるなんてことはなく、二発くらって他の魔物より大きく飛ばされていた。
ちなみに、二発が交じった火球をくらった魔物も同程度だ。
どう考えてもオーバーキルである。
恐らく、俺は今、火球三発の分の魔力を無駄にした。
いや、恐らくではないな。
確実に、だ。
どこでミスったのか……。
これは多分、火球から魔物に線が伸びたところだろう。
きっと、あの段階で軌道を操作するのだ。
まあ、直線にしか飛ばないという可能性も無きにしも非ず、なのだが。
怒り、発狂しながら近づいてくるグレムリンから離れつつ、再び魔法を詠唱してみる。
「我、求むるは火——」
なにかが抜け出て行く感覚。
これはきっと、MPだろう。
微かな火が出現。
「我、求むるは彼の者を——」
再び訪れるMPが抜け出て行く感覚。
微かな火が一瞬大きくなり、四つに分裂する。
これも疑問だ。
俺自身は四つとは考えていない。
なのに四つに分かれて、その分の魔力を奪われる。
どういうことなのか。
敵を指定しなければいけない、とか?
今現在、俺は四体のグレムリンそれぞれに意識を向けている。
だから、四つ。
となると、だ。
中央にいるグレムリン一体に意識を集める。
すると、三つの火が消え、なにかが身体に入ってくる感覚があった。
予想的中。
どちらにせよ、四体に攻撃する予定なので、再び四体それぞれに意識を向け、火を増やす。
先程と同じように線が伸びていく。
ここが肝心だ。
火とグレムリンと線を見て、脳内に軌道を思い描く。
これもビンゴ。
線は俺が思ったのと全く同じ軌道を描いている。
「焼灼せし球——」
ここで再び奪われるMP。
このフレーズで形状、効果を指定しているわけだ。
「——火球」
最後の魔法名が発動キー。
それぞれが俺の示した道を沿っていき、グレムリンに直撃した。
よし、だいたいのメカニズムは理解した。
まあ、レベルが上がると詠唱が簡略化されるらしいから、一概にこうとは言い切れないのだが。
念じれば数が増えるという可能性もある。
と、見てみるとまだ四匹残っていた。
意外としぶとい……刀なら二回切れば倒れたのに。
再び詠唱する。
「我、求むるは火。我、求むるは彼の者を——」
ここで、火が七つになるように念じる。
と、思い通りの結果になる。
念じても数の指定はできる、と。
次いで、軌道を修正し詠唱を続ける。
「焼灼せし球——火球」
二発くらっている一体に一発、一発しかくらっていない三体に二発当たる。
燃え上がる火の中でグレムリンが光の粒子となった。
三発か。
詠唱の手間とかを考えるとかなりタイムロスだが、これは安全だな……。
MPだけは使い切るようにしよう。
そのまま魔法で狩りを続ける。
三戦目の最中、四つ出していた火が、焼灼せし球と唱えると、二つの火球になった。
球形にしたときの消費MP量が幾分か少なかったようにも思えた。
MPが足りません、というやつか。
そのまま二つを飛ばし、刀を構える。
敵は残り三体。
見た目は巨大な狼であり、胸元には渇いた血が付いている魔物、ガルムが二体。
黄褐色のアンテロープのような体で、大きさはウマくらい。多彩色の斑点を持ち、ゾウの尾と大きな牙を生やした怪物、エアレーが一体だ。
ガルム[獣族]Lv.12
エアレー[獣族]Lv.14
近づくと、エアレーが地を蹴り上げ、突進してきた。
勢いは大したものではないため、軽く避け、エアレーの横腹を切る。
既にガルムも動き出しており、左右から走り込んできた。
右のガルムに向かって駆け、肩を切り裂く。
即座に振り向き、跳んできたもう一体をその下に滑り込むようにして躱し、真下から首を切り落とした。
「ふう……」
六歳の身体というのは、案外使いやすいかもしれない。
小回りが効くため、基本的にでかい魔物達を上手く避けることができる。
そんなことを思いつつMP残量を確認してみる。
MP 2/460
二、か。
火球の消費MPが十。
自動回復しているということか……。
しばらくすると、三に増えた。
時刻が変わるのとほぼ同時に見えたが、一分で一回復なのか?
ここら辺の詳しいことは説明には書いてなかったな。
じーっとウィンドウに表示されているMPと時刻を見つめる。
すると、また四に増えた。
時計が一分進むのと同時だった。
一分に一回復、全回復まで四百三十六分。
七時間十六分だ。
そんなことが分かったところで、という話だが。
いや、そんなことが分かったところで考えるべきことがあった。
どの属性を育てるか。
どうやって育てるか、だ。
全てを均等に育てるのか。
戦闘しながら使うものだけ育てるのか。
後者は育てるというよりかは、勝手に育つ、だな。
後者を選んだ場合。
現状、防御手段が無いため土属性の土壁を使う頻度が増えそうだ。
増えそう、だ。
あくまで予想に過ぎない。
詠唱があるし。
そうなると、前者か。
だが、刀の熟練度上げ効率が下がりそうだ。
だからと言って魔法を覚えないわけにもいかない。
咄嗟に魔法を使えるのと、使えないのとでは生存率が大きく違うだろう。
どうするか……。
均等に育てておくべきか。
弱点属性、とかがあるかもしれないし。
よし、均等にだ。
次に考えるのは、日替わりで属性を変えるか、心持ち均等になるように使うかだ。
日替わりで使えば、おおよそ均等になるだろう。
だが、戦術を使えない。
心持ち均等になるようにすれば、魔法を組み込んだ戦術に慣れることができるだろう。
だが、多少のバラつきが出そうだ。
ゲームなら均等にすればいい。
リアル、生死を分ける戦いで生き残るには戦術を増やす方がいいな。
心持ち均等になるように使おう。
さて、そろそろ宿に戻ろう。
時刻は零時半を回っている。
山から降り、昼と同じようにまずはギルドへ向かう。
報奨金は十万四千五百Gだった。
これで、持ち金三十万千五百Gだ。
ランクBの刀が買えるが、このペースでレベル上げをすれば恐らく、近いうちにまたランクが上がるし、やめておくか……。
ワンランク上で劇的に変わるとも思えない。
いや、やはり買っておこう。
値段が倍近いから性能も倍近くになっていると考えた方が自然だ。
五百Gのダガーが物魔合わせて二。
八万Gの刀が物魔合わせて三百二十。
この時点で、
武器攻撃力=値段÷500G×2
という式が成り立つ。
つまり、十四万三千Gの刀は、物魔合わせて五百七十二という計算になる。
これは、大幅な戦力アップだ。
買わないわけにはいかないだろう。
攻撃力が上がれば、殲滅力が上がる。
それだけレベルアップ効率が増す。
チュートリアルの目的はレベルアップだ。
そうして、ギルドから武器屋へ歩を進める。
武器屋に着くと深夜にも関わらず、いつもの犬耳店員さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! あ、お客様っ! 本当にすぐ来て頂いてありがとうございますっ! ご用件はランクBの刀『無銘の名刀』でよろしいでしょうか?」
覚えてるんだな……。
「はい」
「ありがとうございますっ! では、こちら『無銘の名刀』です! 十四万三千Gとなります!」
刀を受け取り、自動清算を済ませながら、少し質問をしてみる。
「あの、客数ってどのくらい来ました?」
そう聞くと、店員は少し難しい顔をして口を開く。
「そうですねぇ……。おおよそ、三百人前後はいらっしゃったかと」
「そうですか……」
三百人前後……。
武器屋自体、店舗は複数あるからそんなものなのか?
まあ、まだ一日目だしな。
「ちなみに、ランクBに上がっていたお客様は、二人ですよっ!」
「それは、俺を含めて?」
「はいっ! お客様と同じく、若返りをお受けになられておりました! 流石に見た目や性別はお教えできませんが……」
二人、二人しかいないのか。
ランクBまで上がるのはたいして難しくない。
なのに二人というのは、いまだ二の足を踏んでいる奴等が多いということだろう。
チュートリアル期間なんて一週間しかないのだから、即断即決が肝だと思うのだが。
そんな奴等を置いて、俺と同じくランクBに昇格している奴はどんな奴なのか……。
この近くでレベル上げをしているなら、そのうち出会いそうだな。
「いやいや、ありがとうございました。じゃ、俺はこれで」
「はいっ! ありがとうございます! またお越しくださいませっ!」
武器屋を出て、宿に戻る。
もうすぐ一時だ。
部屋に入り、シャワーを浴びて、着替えを済ませる。
ズボンは一回クリスタルにしまうと、綺麗になって出てきた。
便利なものだ。
そのまま、ベッドに倒れこみ、泥に沈むように眠った。
第六話 深窓の殺人者は嘘を吐く。
目が覚めたのは、午前六時丁度だった。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
俺はいつからこんなに寝起きの良い身体になったのだろうか。
考えられるとすれば、女神様が姿を見せたときか、六歳児に変化したときだな。
ふむ……どうでもいいか。
考えても分からないことは分からないままでいい。
考えるだけ時間の無駄だ。
そう結論付け、ベッドを降り、顔を洗ってローブを着る。
そういえば、ステ振りをしてなかったな。
ステータス画面を開き、決めていた割合でSPを振り分ける。
「ん……?」
MPが全快している。
まだ五時間半程度しか経ってない。
全快しているのはおかしいはずなのだが……。
寝ると回復速度が上がる……とか?
それとも、ある決められた時刻になるとMP全快とか?
……まあ、どっちでもいいか。
そのうち分かることだ。
ちなみに、レベルは37まで上がっていた。
新しい魔法も一つ習得している。
現在使える魔法は六つ。
火球[火Lv.1]消費MP10
水刃[水Lv.1]消費MP10
土壁[土Lv.1]消費MP10
風針[風Lv.1]消費MP10
火刃[火Lv.2]消費MP10
どの曲面でどれを使うか、判断を謝らないようにしなければならない。
まあ、土壁以外は似たようなものだが。
ついでに刀のステータスも確認してみる。
無銘の名刀[刀]Rank B
物攻 430 魔攻 142
五百七十二。
予想通りだ。
大幅な戦力アップを喜びつつ、刀をしまい、食堂へ向かう。
バイキング形式だった。
日本食もどきがあったため、それを選び空いているテーブルに座る。
焼き鮭っぽい焼きナルス。
ナルスってなに。
まだ見たことの無い水棲生物。
他は白米にほうれん草の和え物と、大根と豆腐の味噌汁だ。
ここら辺は変わらないらしい。
味は良かった。
ボナコンのフィレには及ばないものの、俺が今まで食ってきた鮭よりは美味かった。
牛と魚を比べるのはナンセンスか。
そんな感じで朝食を食べ終え、山に向かう。
昨日までの狩場につき、考える。
攻撃力が倍近く上がったのだ、今日はもう少し上に行ってもいいだろう。
そうして魔物を倒しつつ、昨日よりも上に進む。
だいたいここら辺でいいか、と思うと同時に魔物の大群が姿を表した。
数は一、二、三……二十九体。
頭から二本の角を生やし、金棒を振り回している二メートル越えの巨人、オーガが五体
鳥の胴体と翼、オスのシカの頭と脚を持った姿をしているペリュトンが四体。
上半身が人間、両脚が蛇の姿をした六メートル近い怪物、ギガースが四体。
ハンマーを持った単眼の巨人、キュクロープスが三体
ライオンの頭を持つワシ、ズーが四体。
全身から毛を生やした巨人、アルビオンが三体
トロールが六体。
オーガ[巨人族]Lv.25
ペリュトン[鳥獣族]Lv.23
ギガース[巨人族]Lv.26
キュクロープス[巨人族]Lv.27
ズー[鳥獣族]Lv.34
アルビオン[巨人族]Lv.24
トロール[巨人族]Lv.21
既にペリュトン、ズーに背後に回られてしまった。
逃げなくとも勝てるが、全ての攻撃を避けるのは無理そうだ。
いや、魔法を使えばいけるか。
MPはまだ消費していない。
即座に魔法を詠唱。
「我、求むるは水。我、求むるは彼の者を裁断せし刃——水刃」
現在の限界数である四十六の水の刃がトロールを除いた魔物に向かって飛んでいく。
一体につき、二発。
ほとんど距離が無かったため、全てが命中した。
同時に光の粒子となって魔物が消えていく。
耐え切られたら、と思ったが杞憂だったようだ。
残りはトロール。
トロールはうすのろの雑魚だ。
敵ではない。
地を蹴り、俺を囲むようにゆっくりと動いてるトロール達に近づく。
最初に狙うのは、右側にいるトロールだ。
一体目、棍棒を振り下ろす前に袈裟斬り。
一太刀で死んだのを確認し、脇を抜け、二体目に逆袈裟斬り。
俺が元居た場所を回るようにして、三体目の腹を切り裂く。
四体目は棍棒を振り下ろすタイミングが速かったため、背後に回り、斬りつける。
五、六体目はそれを見て背中合わせになっていたため、棍棒が振り下ろされる前に懐に入り、二体まとめて刀を突き刺し、下に圧し切った。
「ふう……」
これで、数時間は魔法を組み込んだ戦術の練習が出来ない。
まあ、魔法はMPにより使用に制限がかかるから、補助だ。
いざというときに使えなくても、刀一つでどうにかできるだけの技量は磨いておこう。
とりあえずスピードだな。
刀の才能なんて無い。
それは、戦って技量を磨くしかないのだ。
そこからは、ひたすら刀で戦闘を続けた。
****
レベル上げを始めて五時間程が経過した頃。
銃声が耳に届いた。
距離はそう遠くない。
数メートルとまではいかないが、二百メートル程度だろうか。
予測だ。
流石に、音で距離を判断する能力は持ち合わせていない。
この近辺ということは、もう一人のランクBの可能性が高い。
そろそろと、物音を立てないように、発生源と思われる方向に目を凝らしつつ足を進める。
別に隠れる必要無いよな、と気づいたのは、視界に六歳程度の黒髪の少女が映ったときだった。
少女は魔物と対峙していた。
まだ距離は空いている。
目測五十メートル程離れた位置から目を細め、魔物の種類を判別する。
目と腕と足が一個ずつしかなく、一本腕が胸の前から出ている、禿げた人型の魔物、ファハンが三体。
顔と胴体は美しい青年で耳と足が鹿に似ているフォーンが二体。
顔が山猫に似ている大型犬、グーロが四体。
灰色のあごひげを生やした毛深い老人、ドモヴォーイが四体。
ファハン[亜人族]Lv.28
フォーン[獣人族]Lv.29
グーロ[獣族]Lv.22
ドモヴォーイ[亜人族]Lv.33
計十三体だ。
ドモヴォーイは一見人に見えるな。
ホームレスって感じだ。
ここは助けるべきか、否か。
この山は登れば登る程、魔物が強くなる。
急に物凄く強い魔物が現れたりはしない。
ここまで来たということは戦えるということである。
つまり、助ける必要は無い……多分。
ふと、少女に目をやると、少女がこちらを向いたので、手を振ってみる。
気づいた。
少女は左手を胸の高さまで挙げ、こちらに手のひらを見せた。
来なくていい、ということか。
さっさと狩りに戻ろうかとも思ったが、少し気になったので見て行くことにした。
少女が手に持つのは拳銃。
両手に一丁ずつ。
既に魔物は少女を囲むように陣取っている。
緊迫した雰囲気が辺りを包む。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
——刹那。
痺れを切らしたのか、少女の正面にいたグーロ二体が跳躍し、少女に飛びかかる。
乾いた音が二回。
爆発でも受けたかのようにグーロの頭が消し飛ぶ。
そのまま、少女は腕と指だけを動かし、次々に襲ってくる魔物の頭を消滅させていく。
最後の一体はドモヴォーイだった。
よたよたと走り迫るドモヴォーイに、一切の躊躇をせずに引き鉄を引いた。
そこに残ったのは——
まだ六歳程度の幼い女、ただ一人。
異様な光景だった。
何を感じるわけでも無く、ただ機械的に魔物を殺すその姿に畏怖の念を抱いた。
****
俺も端から見ればあんな感じなのだろうか。
光の粒子になる魔物達を一瞥し、そんなことを思った。
まだ、先の少女発見から十分程度しか経っていない。
魔物を嬉々として殺すのも怖いが、無表情で殺すのもそれはそれで怖いものがある。
じゃあ俺は魔物を殺すときに何かを感じているのかと思えば、そんなことはないのだが。
精々、こいつら経験値いくつ貰えるんだろう。
とか、そんなもんだ。
——やっぱ同類だな。
そう結論を導き出し、歩き出そうとすると、何処からか視線を感じた。
ハッとなって辺りを見回すと、草木の隙間から、少女が俺に向けて拳銃を構えているのが見えた。
俺と目が合い、ニヤリ、と口元を吊り上げる少女。
咄嗟に左に跳ぶと、銃声が鳴り響いた。
銃弾は俺に当たることなく、木に直撃し、文字通り木端微塵にした。
着地して数秒。
別に避ける必要無かったな、と思った。
「どういうつもりだ?」
歩み寄ってくる少女に声を掛ける。
よく見てみれば、かなり端正な顔立ちをしていた。
透き通るような白い肌。
それを強調する長い黒髪。
女性らしい、触れれば折れてしまいそうな華奢な体躯。
一言で表すなら、深窓の令嬢という言葉が一番しっくりくる。
実体は、随分と物騒な令嬢だが。
「避けるのね」
質問に答えず、素知らぬ顔でそう言う。
「避けるもなにも、そもそも狙ってなかっただろ?」
そう。
俺が跳んだとき、銃弾は確実に俺の頭があった場所を通らない弾道を描いていた。
まあ、例え直撃したとしても、チュートリアル期間中は無傷なわけだが。
つまり、どちらにせよ、避ける必要は無かったわけだ。
「まあ、ね。弾道、見えたのね」
「普通、見えないのか?」
「……普通は見えないわよ。亜音速だもの」
へえ、亜音速って見えないのかと思うと同時に「銃を向けられて、脳が瞬間的に活性化したのかも」と、少女は付け加えた。
「で、結局何がしたかったんだ?」
「まあ、避けたのは正解よ。恐怖で何もせずに突っ立ってるような人なら声は掛けなかったわ。そういう人はこの世界では死ぬから」
人の話を聞かないタイプ……か。
こういうタイプは、予想していなかった質問をされると意外と話を聞いたりするんだ。
そして俺は、同類だと感じたときに決めたことを口に出す。
「なあ。俺とチームを組まないか?」
「……え? どういうこと?」
予想通り、俺の発言に意識を向けた少女に理由を述べる。
「俺はこの世界で一番になるつもりだ。だが、例え一番になったって一人じゃ女神は倒せないだろう。なら、どうするか。仲間を作るんだ」
「ふうん。一番、ね。なれると?」
「なるんだ」
そう答えると、少女は先程と同じような笑みを見せた。
「あなた、名前は?」
「月見里雪、だ」
「やまなし、ゆき。やまなしって、月が見える方の?」
「そ、月が見える方の奴」
「そう。私は、雪里見月、よ。雪の里。見える。月」
「……それ、今考えたろ」
「あら、なんで分かったの?」
「偶然でこんなことがあるかよ」
月見里雪と雪里見月が偶然出会うとかどんな確率だよ。
「でも、見月は本当よ。姓は無いの。いえ、姓はあるけれど、名乗りたく無いの」
「名乗りたく無い……?」
「ええ。あ、嘘をついたらアビリティが増えたわ。隠匿、詐称ですって!」
愉快そうにくつくつと笑う見月。
「で、俺とチームを組むか?」
「そうね……。私、嘘を吐くわよ?」
「嘘なんて誰だって吐く」
「私、嘘を吐くのが得意なの。あなたを騙すかも知れないわ」
「なら見破ればいい。嘘を吐くと言っている奴の嘘を見抜くことが難しいとは思わない」
「そう? 人間の脳というのは、言われたことを信じやすいように出来ているのよ。それこそ、疑心暗鬼にでもならない限り、騙されないのは不可能よ」
「へえ……」
「嘘よ」
「なっ……‼︎」
再び愉快そうに笑う見月を睨む。
「ふふ、どう? それでもチームを組みたい?」
「はっ、ああ、俄然興味が沸いたね。なら、俺はお前を信じることにする」
「信じる? 騙されまくるということでいいの?」
「違うよ。お前が言ったことを信じる。信じるだけだ。俺はお前が言ったことに左右されず行動する」
「つまり?」
「つまり、お前が人参が嫌いだと言っても俺は人参を食事に出すし、お前が海が好きだと言っても俺は必要無ければ海には行かない、ということだ。それが嘘だろうと事実だろうと関係無い」
「む……。それは困る……」
口をへの字に曲げ、暫し沈黙する見月。
「チームを組んだら、あなたには嘘を吐かないことにするわ」
「それも嘘かも知れない」
「疑心暗鬼になってしまったようね……」
「お前のせいでな」
「まあ、嘘を吐く吐かないは問題無いにしても——」
と、そこで一旦間を起き、俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「私、人を殺したことがあるの」
第七話 彼と彼女は惹かれ合う。
その言葉に一瞬驚き、少し考え結論を出す。
だって、それも——
「嘘では無いわ。これだけは、絶対に」
そう、俺の思考を読み取ったかのように告げた。
「だとしても、俺とチームを組め」
「いいの? あなたを殺すかも知れないわよ?」
「日本の殺人事件被害者は一日平均三、四人。年なら約千二百人だ。つまり、お前が生まれてから二万近い殺人事件が起きてるわけ」
「だから何よ。それが人殺しを認可する理由にはならないと思うのだけれど」
「別に認可なんてしてないさ。ていうか、既に神によって認可されてるしな。ただ、お前が人を殺してたっておかしくないって話。お前が雪里見月という名前だということの方がよっぽどおかしい。だいたい、チームメンバーへの攻撃は無効だ」
「人を殺してたっておかしくない……そんな言葉が日本人から聞ける日が来るとは思ってもみなかったわ」
「こんな世界になることの方が思ってもみなかったさ。……魔物には人型だっている。そういうのは、正直もう吹っ切れた」
さっきのセリフは自分へ向けたものである可能性も、少しはあるかも知れなかった。
「それは、吹っ切れてはいけないものね」
「でも、吹っ切らなければ生きていけない世界だ」
くすくすと笑い、「そうね」と呟いた見月に改めて聞く。
「さて、俺とチームを組む準備は整ったか?」
「あら、まだチームを組むとは言ってないわよ?」
「何を今更。そのつもりで話し掛けて来たんだろ?」
「知ってて聞いてたの? いい性格してるわね」
「お前には負けるよ」
「それは、誇ってもいいこと?」
「ああ、胸を張って高らかに吹聴するといい」
「私はあの月見里雪を凌ぐほどいい性格してますよって? 茶の間の話題にもならなそうね」
「話題にしたければ、俺達が話題にすればいい」
「ふふっ、そうね」
「ああ、そうだ」
「分かったわ。でも、私が言おうと思ってたことだから、言わせて頂戴。あなた、私とチームを組まない?」
「——喜んで」
そこで少し笑い合い、「まるでプロポーズね。口説き文句を女に言わせるなんて」と自分の言った言葉を忘れるかのような見月の言葉に再び笑う。
「さて、じゃあチーム登録申請を送ってもらえるか?」
「ええ。あ、あなたが送って」
「え? 別にいいけど、なんで?」
「あなたのことが気に入ったわ。あなたがリーダーよ。それ以外は認めない。私があなた、いいえ、雪を——天辺まで押し上げる」
「ははっ、そりゃどうも。んじゃ、登録申請出すよ。あ、チーム名はどうする?」
「なんでもいいわ、雪とかどうかしら?」
「安直だな、おい。それは流石に……」
「んー……じゃあ延期ってことで」
「りょーかい」
ウィンドウを操作し、雪里見月に登録申請を送る。
暫くして、許可されましたと表示された。
「それじゃ、よろしくな。見月」
「ええ、よろしくね。雪」
ん……?
「あれ? 見月、苗字……」
「え? ああ、さっき変えたの。名前は自由に変えられるみたいよ」
「へえ。じゃ、本当に月見里雪と雪里見月になったわけだ」
「そういうこと。ねえ、雪」
「ん? なんだ?」
「私、お腹が空いたわ」
「ははっ、そうか。じゃあ、飯にしよう」
「ええ、エスコートをお願い。リーダー」
「はいはい、任されました。お手をどうぞ」
そう言ってスッと手を差し出すと、見月は満足そうな顔をして「ふふ、悪いわね」と、俺の手を取ったのだった。
****
レストランへと移動し、各々好きなものを食べ、現在午後一時過ぎである。
「つまり、チーム登録のメリットは三つ。強い魔物と安全に戦える。リーダー権限であるメンバーのステータス閲覧で綿密な作戦をたてられる。メンバー間でのダメージ無効、脱退にはリーダーの許可が必要だから裏切りは防げるというところだな」
「そうね。だいたいそんな感じ。人数を増やせば各種イベントに参加して報酬を分け合うことだってできる。パーティという小分割もできるわ。デメリットである経験値、報奨金の分割は正直、強い魔物と戦えば変わらないし」
イベント。
ゲームならイベントがある。
実際、ヘルプにも定期的にイベントを開催すると書いてあった。
全世界で様々なイベントが開催されるが、俺一人では手に負えない。
そこで、チームが役立つというわけだ。
「前衛が俺、後衛が見月でいいよな?」
「ええ、構わないわ」
「魔物はどのくらいの層を狙う?」
「そうね……一発で倒せる程度が一番効率いいから、四十から五十くらいでいいんじゃない?」
「五十は厳しく無いか?」
「五十以上は二発必要だけど、五十までなら一撃よ。雪の攻撃力なら」
「そうなのか?」
「ええ、魔物のHPはレベル×十なのよ。まあ、耐性や防御力で多少変わってくるとは思うけれど……あの山なら問題無いでしょう」
「そうなのか……見月が言うなら、そうなんだろうな」
「私の言葉に左右されないんじゃなかったの?」
「俺に嘘は吐かないんだろう?」
「ええ、雪に嘘は吐かないわ。神に誓ってあげる」
神、ね。
女神様か。
「あの神に誓ってもなあ……」
「確かに」
「そういえば、見月には神はどんな姿に見えた?」
「どんな姿……と言われてもね……。はっきりしない、全身モザイクみたいな感じだったわ」
「全身モザイク? 一説には、あの神は見た人の好みに合わせて姿を変えるって話だったけど」
「そうなの? なら次はきっと、雪の姿で出てくるわね! 楽しみだわ!」
「本当に嬉しそうだな」
「本当に嬉しいもの。あのモザイクみたいな姿、正直不快だったの。あ、でも二回目の途中からは銀髪の女だったわよ」
「変わったのか?」
「ええ、『妾がこんな姿で映るとは……面白い娘だな。しかし、こんな姿で映るのは少々気分が悪い』とかなんとか言って変身してたわよ?」
「……それ、二回目っていつだ? いつ頃出てきた?」
「いつ頃……? 一回目が終わってすぐだったわよ? もしかして私だけだったの? 薄々は感じていたけれど」
「確実に見月だけだよ」
「そう。特別扱いなのね。ラッキー」
冷静な顔でラッキーとか言っても、全然嬉しそうに見えないんだけど。
「今度は全然嬉しそうじゃないぞ」
「全然嬉しくないもの。神様なんて元々好きじゃないし。こんな世界を作って、雪と出会わせてくれた神様に感謝はしているのだけれど……ね」
「へえ」
「なんかあったの? とか、聞かないの?」
「言いたいなら言えばいい。聞いて欲しければ聞く。そういうタイミングってあるだろ?」
「紳士なのね」
「ああ、英国紳士と言われても信じてしまう、と言われたことすらある。ベストもシルクハットも被ったことのない平凡な日本人なのにな」
「それは嘘? 冗談?」
「嘘と言いたいが冗談にしておく。俺だって嘘は吐かないと言ってくれてる相手に嘘を吐きたくは無い」
「嘘と冗談の違いってなんだと思う?」
「さあ」
「私は騙す気があるか、無いかだと思うわ」
「それは確かにそうかも知れないな……。まあ、いい。そろそろレベル上げに戻ろうか」
「ええ、分かったわ」
話を打ち切り、会計を済まして店を出る。
合計三千三百Gだった。
聞いたことも無い魔物が使われていたので、少々高級な店だったのかも知れない。
雰囲気は高級だった。
ちなみにギルドに寄ってきたため、持ち金はある。
残金、三十五万六百Gだ。
歩きながら今一度、見月のステータスを確認する。
《基本情報》
名前 雪里 見月
性別 女
年齢 6
Lv 47 (Rank B)
HP 2350/2350
MP 82/560
《装備》
武器 右手 ベレッタ92F[銃]Rank B
物攻 400 魔攻 120
左手 ベレッタ92F[銃]Rank B
物攻 400 魔攻 120
防具 頭 無し
胴 ボロ布のローブ Rank A
物防 1 魔防 1
脚 ボロ布のズボン Rank A
物防 1 魔防 1
手 無し
足 ボロ革の靴 Rank A
物防 1 魔防 1
装飾品 無し
《ステータス》
SP 0
物攻 90
物防 30
魔攻 50
魔防 30
体力 30
敏捷 56
《耐性》
無し
《魔法》
『炎属性Lv.2』 『水属性Lv.1』
『土属性Lv.1』 『風属性Lv.1』
《アビリティ》
『索敵Lv.2』『鑑定Lv.3』
『隠密Lv.2』『遠見Lv.3』
『詐称Lv.1』『隠匿Lv.1』
《武器熟練度》
『銃Lv.4』
だいたい似たようなものか。
ステ振りは違うが武器の能力値は似通っており、防具はまんま一緒だ。
魔法は均等なのか?
『隠密』『遠見』は、俺にもあった。
恐らく、彼女を探したときに手に入れたのだろう。
ベレッタ92Fはイタリアの自動拳銃だったか。
口径は九ミリ、射程は五十メートル。
まあ、本当にベレッタ92Fの性能であるとは思えないが。
頭が爆散はしなかったと気がするし。
そもそも魔攻とか無いし、そのものでは無いのだろう。
銃の熟練度が高いのは二丁拳銃だからか?
俺も二刀流にすればいいのだろうか?
と、一瞬思ったが、刀では銃のように二体を同時に攻撃したりは出来ないから変わらないだろうと思い直した。
そもそも二刀流なんてやろうと思って出来ることでもないし。
そうして、歩みを進めていると、見月が口を開いた。
「ねえ。雪はどうして世界一を目指すの?」
「……平凡だったから。器用貧乏って奴でね、何をやっても中堅止まりだったわけ。努力が報われる世界なら頑張ろうと思った」
「そう。それだけ?」
「ああ」
「そう……」
少し考えるような素振りを見せた見月に問う。
「なんだ?」
「いえ、別に」
「言いたいことがあるなら言え。隠してばかりじゃ、やってけないだろ」
「……嘘を吐かれるのは、余りいい気分では無いわね、と思って」
「……嘘を吐く奴は、嘘を見抜くのがうまいって話を聞いたことがあるが、本当だったんだな」
「私ではなくても、今のは見抜けると思うわ。平凡だったから、なんて、動機としては弱いもの」
「そうか?」
「そうよ。世の中、平凡な人の方が多いんだから。半分以上は平凡と言ってもいいわ。雪の動機がそれだけなら、魔物を狩っている人間はもっと増えているはずよ」
「それも……そうだ、な。それで、俺の動機は聞きたいか?」
そう聞くと、見月は首を振って、俺に笑顔を向けた。
「言いたいなら言えばいい。聞いて欲しければ聞く。そういうタイミングってあるでしょ?」
「淑女なんだな」
「ええ、深窓の令嬢、なんて言われたことがあるわ」
「それは、俺も思ったよ」
「実際はどうだった?」
「物騒な令嬢だった」
「ふふっ、物騒なのは嫌い?」
「ははっ、いいや。そのくらいが丁度いいさ」
と、そう応えたとき、丁度セーフティゾーンの境界に着き、立ち止まる。
「さて、道中の魔物はどうする? 無視するか?」
「いえ、どうせ一撃だろうし、倒しながら行きましょう」
「りょーかい。ここからはひたすら狩りだ。体力はあるか?」
「一時間全力でダッシュとかじゃなければ」
「そんなのは俺も無理だ。小走りで行こう」
「了解」
「んじゃ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
****
狩りを始めて五時間半程度が経過した。
現在、午後七時前。
そろそろ夕食の時間である。
「次で一旦終了して夕飯を食べに行こうと思う。いいか?」
「ええ、勿論よ。丁度お腹が空いて、お腹と背中がくっつきそうだったの」
「そりゃ、重症だ。早く終わらせて早く行こう。それとも今すぐ行くか?」
「いいえ、もう一回やってからで大丈夫。お腹と背中がくっついても腕は鈍らないから安心してくれて結構よ」
「そういう心配はしてねえよ」
「あら、そうなの? そういう心配も必要よ」
「ははっ、覚えとくよ」
そこで軽口を叩くのは止め、小走りで少し進み、魔物と遭遇した。
数は二十一。
翼の先が青銅で出来ている鳥、ステュムパーリデスの鳥が十体。
くちばしを持ち全身が毛で覆われて丸っこいカモノハシのような姿をした魔物、ハギスが一体。
二枚の翼のような大きな耳で羽ばたく人間の頭から尻尾が生えている怪鳥、チョンチョンが三体。
顔は狼、白鳥のようなくちばしがあり、胴体は熊、足が鶏、尾はボルゾイの合成獣、キキーモラが八体。
ステュムパーリデスの鳥[鳥獣族]Lv.36
ハギス[獣族]Lv.37
チョンチョン[鳥獣族]Lv.44
キキーモラ[獣族]Lv.48
即座に駆け出す。
近づいている間に次々と鳥獣類が撃ち落とされていく。
三体のキキーモラが走り込んできた。
先頭の一体を切り伏せ、右に跳びながらもう一体を斬りつける、更に方向転換した残り一体を正面から両断。
前右左から襲ってきた五体を見て、後ろに下がり、集まって向かってきたところで刀を横に薙ぐ。
そこまで終えたときには既に鳥獣類は全滅。
残りはハギス一体。
よたよたと逃げているハギスの首を刎ねた。
「よし、お疲れ」
「お疲れ様」
「飯は宿にするか、外食にするか。どっちがいい?」
「そうね……どっちでもいいけれど、強いて言うなら外食がいいわ。お刺身が食べたい気分」
「りょーかい。じゃあ、海鮮料理屋に行こうか。あるよな?」
「あるわよ。昨日見かけたもの」
「そっか。んじゃ、今回は案内よろしく」
「はい、任されました」
第八話 そして、彼は土地を手にする。
夕飯を食べ終え、狩りを再開。
そのまま午前一時前まで続け、ギルドで換金し、宿に向かう。
「宿はどこがいい?」
「どこでもいいわ」
「じゃあ俺が使っていたところでいいか」
「ええ」
「朝食と夕食はついてくるがどうする?」
「ついてくるならそこで食べるわ」
「りょーかい」
少し歩き、宿屋へ入る。
「いらっしゃいませ!」
「一泊、二食付き、二人お願いします」
「一泊でいいの? 面倒だから一週間くらい取っておきましょう」
「そうか。じゃあ、六泊七日で」
「はい! 二部屋でよろしいですか?」
「は——」
「一部屋、ダブルで」
「おい!」
「いいじゃない別に。それとも雪は六歳に欲情するのかしら?」
「しねえ、しねえけど……」
「しょうがないわね。じゃあツインで」
「二名様、六泊七日、ツインベッドルームを一部屋でよろしいですね?」
「はい」
「はい……」
「五千八百Gになります! お部屋は五○七号室、こちらが鍵です!」
鍵を受け取り、清算を済ませる。
「五階へはそちらにある魔法陣をご利用ください!」
フロントマンが指し示す場所の床には淡い青色の光を漏らす魔法陣が書かれていた。
「ありがとうございます」
「ほら、行きましょ」
「ああ……」
見月に手を引かれ、魔法陣に足を乗せると、視界が暗くなった。
次の瞬間には目に映る光景が、フロントから通路へと変わっていた。
魔法陣……。
なかなか便利な魔法だ。
機会があったら覚えたいな、と考えつつ、部屋へと足を進める。
部屋は代わり映えのしない殺風景なものだった。
一人から二人になっただけだし、そんなものだろう。
「先、風呂入るか?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
にやけた面でそう答える見月。
「さっきから随分と機嫌が良さそうだな」
実際、魔物と戦っているとき以外、彼女は高確率で笑っている。
それこそ、最初に見かけたときの無表情が嘘かのように。
「そう? でも、確かに機嫌は良いわ! 今日は今までの人生で一番機嫌が良い日よ」
「そうか。そりゃ良かったな」
「今日は特別な日。雪と出会えた幸運の日。ユグドラシル歴元年四月十九日は誕生日よりも大切な日よ」
そう告げた彼女の表情はこれ以上無い程に輝く、満面の笑みだった。
「ははっ、流石にそこまで言われると照れるな。でも、それは言い過ぎじゃないか? 俺がいるってことは、世界を探せば俺と同じような奴だっているってことだぜ?」
「でも——出会わなかった。十六年間、ただ一人として私を受け入れるような人は現れなかった」
「現れてたら?」
「ふふっ、意地悪なことを聞くのね。現れてたら、そのときはその人を慕っていたかも知れないわ。でも、それは架空のお話。それに、元の世界なら雪だって私を受け入れたかは分からないでしょ?」
「そうだな」
「遠慮が無いのね。そこは、そんなことないって言うところよ」
「それを言って信じるのか?」
「ふふっ、いいえ。絶対信じないわね」
「だろう? なら正直に答えればいい」
「そうね……。ねえ、やっぱり、私、世界が変わった後の雪以外は慕ってなかったと思うわ」
「どうして?」
「雪と似ている人はいるかも知れないけれど、雪は雪ただ一人だもの。雪には分かるかしら? 波長が合うって感覚。この人と私は同じだって感覚」
それを聞いた瞬間、つい笑い出してしまった。
まさか、ここまで思考が重なるとは……。
「なに笑っているのよ」
「ははっ。いや、俺も分かるからさ。見月を見つけて、十分程度で同類だなって思った」
「あら、そうなの?」
「ああ、そうだよ。類は友を呼ぶってことわざは案外、実体験を元に作られたのかもな」
「ふふっ、かもね。さて、と。とりあえずシャワーを浴びてくるわ」
「ああ」
見月は俺に背を向け、風呂場へと歩き出す。
風呂場のドアを開けて、ツンとした表情でこちらに顔を向けた。
「覗いてもいいのよ?」
「覗かねえよ。さっさと入ってこい」
「はーい」
見月が風呂に入っている間にステータスを振り、入れ替わるようにして俺もシャワーを浴びた。
隣り合ったベッドへそれぞれ寝転ぶ。
「なあ」
恐らく魔法道具である照明を消し、暗くなった部屋で見月に声を掛ける。
「なに?」
「見月はパーティ登録はしない方が効率いいんじゃないか?」
「……どうして?」
「だってお前……見月は百発百中だろ。俺が足を引っ張ってる気がしてならない」
そう、彼女の命中率は間違いなく百パーセントである。
それはもう、天才的な精度で魔物を撃ち殺す。
これで銃を使ったのは初めてだと言うのだから紛れもなく天才だろう。
「そんなことないわ。雪がいるから、私は安全なところから援護できるのだから」
「そう……なのか?」
「ええ、そうよ」
「でも、運動神経も良いだろ? キキーモラを避けたときの動き、スタントマン並みだったぜ?」
「それでも、当たらないとは限らないわ。それに、銃を使う以上、囲まれない、近づかれないのが最善なのよ」
「そう、か」
「そうよ。だから、そんな心配はいらないわ。それに、私が雪と一緒に戦いたいの。だから、そんなの関係無いわ」
「……ははっ、そうか。そうだな、一緒に戦おう」
「ええ、一緒に」
「それじゃ、寝ようか」
「そうね。おやすみ、雪」
「ああ、おやすみ。見月」
****
チュートリアル三日目、四月二十日は九十六万二千百Gの収入だった。
計百九十六万三百G。
隠密を上げようと思い、コソコソと行動したが、経験値効率は然程変わらず、レベルは九十九。
明日には百を越えるだろう。
「なあ。ランクアップは百かな?」
ベッドに横になり、見月に聞いてみる。
見月はものをよく知っている。
興味の無いことはダメらしいが。
あ、ちなみに、詐称と隠匿も育てるためにわざと嘘を吐いたりもしている。
「さあ、多分そうじゃない?」
「報酬はなんだろうな……」
「お金は正直もういいわね」
「確かに。すぐ稼げるしな。そういえば、ミッションはどうする? やるか?」
「ミッション……。チュートリアルが終わってからでいいと思うわ。今は出来るだけレベル上げを優先した方がいいでしょう」
「だよなあ」
「ねえ、魔法はどうするの?」
「どうするってなにがだ?」
「このまま、全属性均等に上げるか、どれかに絞るか」
「ああ」
どうしようか。
なにか一つに絞った方がいいのだろうか?
しかし、そうなると攻撃パターンが狭まる。
「じゃあ、こういうのはどうかしら? 私が水と風、雪が火と土。団体戦なら完全に問題無いし、個人戦でも対応できる。……正直、もう代わり映えしない初級は飽きたの。早く次の中級魔法を覚えたいわ」
それが本音か。
まあ、確かに代わり映えしない。
と、言っても、まだそれ程覚えたわけではないが。
「でも、魔法の種類がこれだけとは限らないだろ?」
「そのときのことは、そのとき考えればいいわよ」
「ははっ、それもそうだな」
「そうよ。じゃあ、そういうことで。そろそろ寝ましょう」
「りょーかい。おやすみ、見月」
「おやすみ、雪」
****
翌日昼前、目の前には二種類の魔物。
グールをそのまま大きくしたような魔物、グールキングが八体。
トロールを大きくした魔物、トローイが六体。
グールキング[不死族]Lv.60
トローイ[巨人族]Lv.64
走りながら呪文を詠唱する。
「我、求むるは土。我、求むるは彼の者を殴打せし球——土球」
七つの土の玉がそれぞれグールキングに衝突する。
同時に、残りのグールキングとトローイには針状の水が突き刺さる。
見月だろう。
グールキングが仰け反ったところを切り伏せる。
顔を上げてみれば、既に他の魔物も消滅していた。
レベル六十越えは一撃では倒せないから、魔法を育てるなら丁度良いだろうと思い、今日はいつもより上に進んだ。
だが、結局、たいして手間は変わらなかったので、経験値効率のアップになった。
「さて、と。そろそろ昼飯を食べに行くか」
「ええ、ついでにギルドと武器屋にも寄りましょう」
「りょーかい」
セーフティゾーンへ戻り、先にギルドへ向かう。
受付に向かうと、もう分かっているといったような顔で係員が口を開いた。
「こんにちは! 討伐報酬ですね! クリスタルを見せて頂いてもよろしいでしょうか」
毎回同じギルドを利用しているから、顔を覚えられたのだろうか。
素直に従い、クリスタルを差し出す。
「確認完了致しました! 計百万八千Gになります! 全てパーティ討伐ですので五十万四千Gずつお渡ししますね!」
「はい。ありがとうございます」
+504,000G
持ち金 2,460,300G
「続きまして、ランクアップ報酬がありますのでお受け取りください! ランクC昇格報酬、召喚、契約魔法と、百万Gです」
魔法習得 『召喚・契約魔法』
+1,000,000G
持ち金 3,460,300G
「召喚、契約? 魔物を召喚できるってことですか?」
「はい! その通りでございます! 召喚は魔物の召喚。契約は召喚した魔物やフィールドに存在する魔物を使役できます! 成功率はレベル依存となっております!」
「へえ……。ありがとうございます」
「もう一つ、ランクアップ報酬があります! ランクCからは、土地の売買が可能になりますので、ランクC昇格報酬として先着100名様までお好きな土地を四百平方メートルお選び頂けます!」
「土地……? どこでもいいんですか?」
「はいっ!」
「へー。どうする見月?」
「どこでも。というか、土地を貰ってどうすればいいの? セーフティゾーンとして扱えるの?」
「はいっ! セーフティゾーンとして扱える土地も勿論ありますよ!」
「ふうん。じゃあ、街の近くでいいんじゃない? あ、ねえ、それ、移動手段とかあるの?」
「はいっ! 所有する土地へはいつでも戻れるようになっております!」
「それなら別に近くである必要もないわね。セーフティゾーンに成り得る土地がなるべく多く集まっている場所がいいわ」
「どうしてだ?」
「大きな拠点があった方がいいでしょ? 今、適当に貰って後々別の場所を買うことになったらもったいないもの」
「へえ。一応、考えてるんだな」
「当たり前よ。雪が一番なら雪のチームも一番でなければ嫌じゃない。一番って生半可なことじゃないわよ」
「なるべく多くというと、ここら辺ですね! 三十平方キロメートル程固まっていますよ!」
「なんだ、割りと近くじゃないか。というか、ここを中心に三十平方キロメートルってここも入ってないか?」
「そうですね! ここのセーフティゾーンも売買可能ですので」
「へー」
「そうね。じゃあ、この辺りを中心に四百平方メートル。二人だから八百平方メートルになるの?」
「はい! そうなります! 縦幅、横幅はご自由に決められますので、10×80、20×40等々にも出来ますよ?」
「20×40でいいわ」
「所有権はどうなさいますか?」
「全て雪にして頂戴」
「かしこまりました!」
「ねえ。一平方メートルあたりいくらなの?」
「セーフティゾーンに成り得る土地は、一平方メートル十万G。それ以外は一平方メートル辺り五万Gとなっております」
「一律なの? 例えば、出現する魔物のレベルで左右されるとかは無いわけ?」
「一切、御座いません! 個人間でのやり取りの場合は個人間で交渉して頂くことになります! ちなみに、日本のセーフティゾーンは最高五万平方キロメートルです」
「そう、分かったわ。ありがとう。雪、行きましょう」
「え、ああ。ありがとうございました」
「ありがとうございます! またお越しくださいませ!」
店を出て歩きながら見月に声を掛ける。
「なあ。なんであそこを選んだんだ?」
見月が選んだのは、セーフティゾーン内の丘陵地帯だ。
平地もあるのに何故そこを選んだのか。
「なんとなくよ」
そう答えた見月の顔はにやついていた。
どうやら、今は教えてもらえないらしい。
「さあ! さっさと武器屋に行って装備を強くしましょっ! 案内して頂戴、リーダー」
なんだか随分とご機嫌である。
まあ、いいか。
気にしたってしょうがないことだ。
「はいはい。こちらですよお嬢様」
「あ。私、お腹が空いたわ」
我儘なお嬢様である。
「はあ……。なにが食べたい?」
「そうね……今はイタリアンな気分よ」
「イタリアン……。イタリアンもどきならあると思うが」
「もどきでいいわ」
「りょーかい。じゃあ、探そうか」
「ふふっ、ありがとう」
「いえいえ」
第九話 なにはともあれ、最終日。
無事に昼飯を食べ終え、武器屋に向かう。
ランクCの武器はどんなものだろうか。
レベル百を一撃で倒せるとか。
いや、流石にそれはつまんないな。
生きるか死ぬかでつまんないも糞も無いが。
そんな予想を立てているうちに、武器屋へ辿り着いた。
「あら、ここなの? ここなら、私も使ってたわ」
「あ、そうなんだ。そういや、Bランクがもう一人来たって言ってたな」
と、言葉を交わしつつ扉を開けると、いつも通り犬耳が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! あ、こんにちは! 出会われたのですね! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
どうやら、武器屋にも顔を覚えられているらしかった。
「ランクCの刀と」
「ランクCの銃が欲しいのだけれど」
「あ、一番高いやつで」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
店員が銃と刀が置かれている場所からそれぞれの希望品を持ってくる。
「こちらの刀、大倶利伽羅が二十二万九千G。そして、こちらの銃、デザートイーグル.50AEが二十万八千Gとなっております!」
「銃は二丁お願い。これ、今まで使ってたのは買い取れる?」
「はい! 武器の買い取りも行っております!」
「へー」
「じゃあ、この……やっぱり、止めておくわ」
「なんでだ?」
「予備よ。……そのうち、必ず路頭に迷う人が出てくるわ。そういう人に譲ることもできるし。買い取り価格はどうせ半額程度なんでしょ?」
「はい……そうなりますね」
「だったら、ちょっと高く他の人に売ることだってできるわ。これ、クリスタルに仕舞えば新品同様で出てくるし」
「それがいいかと!」
「あんたが言うのか……」
「はい! 売り上げがなくても店は潰れませんので! それに、武器は威力は落ちませんが壊れますので、全く売れなくなるということは無いですし」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。銃二丁と刀一振り、頂くわね」
「はいっ! ありがとうございます!」
俺は大倶利伽羅を、見月はデザートイーグル.50AE二丁をそれぞれ手にする。
自動精算を済ませ、店を出る。
歩きながら、大倶利伽羅のステータスを確認。
大倶利伽羅[刀]Rank C
物攻 690 魔攻 226
少し鞘から抜いてみると、刀身に倶利伽羅龍が掘られていた。
おお、かっこいい……。
見月の拳銃も攻撃力は似たようなものだろうか……。
そのまま少し歩き、ふと思ったことを口に出す。
「それ、銃弾とか買わなくていいのか?」
「え? ああ、いいのよ。弾は無限だから」
「無限……?」
「ええ。と言っても、実際は、えっと、この拳銃の装弾数は六発だから六発ごとにリロードのタイムロスがあるの。二丁拳銃はそれを埋める目的もあるわ」
「へえー。銃最強じゃないか? 勝てる気がしないぜ」
「そんなことないわよ。雪ならそのうち銃弾避けそうだし。というか、斬りそう」
なんだその妄想。
女神様は容易いとか言ってたけど、亜音速を超えるスピードで動く人間って、もう人外だよな。
走るだけで衝撃波みたいな。
「敏捷に極振りすればいけるかもな。さて、それじゃ狩りを再開するぞ」
「ええ、行きましょう」
****
午前零時過ぎ。
レベル百以上の魔物は防御力が上がるらしく、武器込みの物攻魔攻合わせて千を超えているにも関わらず魔法一発と一太刀では倒せなかった。
何回か同じ魔物を狙い、見月がダメージ計算をしたが、どうにも個体差があるらしいとのことだ。
ちなみに今は、狩りを切り上げて今日手に入れた土地に来ている。
「へえ。八百平方メートルって意外と広いな」
「そうね、意外と。ねえ、雪」
「なに?」
「クリスタルメニューに土地の管理とか無い?」
その言葉にメニューウィンドウを開く。
「えっと……お、あったあった。『土地管理』だってさ。まんまだな」
《土地管理》
所有面積 800㎡
人口 2人
分類 村
《管理設定》
・規則管理
・税管理
・施設管理
・住居管理
「税まで取れるらしい」
「ふうん。人数を増やして、税を徴収して、敷地を増やしていくって感じかしら」
「多分な。ギルドとかの施設は一千万から、家も一千万からだ」
「建てるのって、どうすればいいのかしら……勝手に建つの? 間取りとか好みがあるじゃない」
「間取りとか外装は、自由に想像でって書いてある。照明、火、水道は魔石が必要らしい。増築・外装はそこまでしないな。ていうか魔法すげーな」
超便利。
現状覚えている魔法で家は建てられそうにないが、そういう魔法もあるのだろうか。
「……家、欲しいわね」
「ん? 欲しいのか?」
「ええ」
「んー。今日は一日で百十万程稼いだし、そのうち買えないこともないと思うが」
「二千万溜まったら買いましょう? 千五百万くらいの家を」
「それ五百万しか残らないぞ? ていうか魔石無いから火も水も光も無しだし。それに、家具も必要だろう?」
「む……。それも、そうね。魔石はミッションだったかしら?」
「確かな」
「チュートリアルが終わったら少し魔石集めしてもいい? レベル上げが遅くなってしまうけれど……駄目、かしら?」
不安そうな顔でこちらを見る見月。
そんな顔をされたら駄目とは言えないだろう。
「駄目」
「そう……そうよね」
「ははっ、冗談だよ。こういうときは見抜けないんだな」
「……いじわる」
「ごめん、ごめん。いいさ、魔石集めしよう? 見月のそんな顔は初めて見たし、どうしても欲しいんだろ?」
「ど、どうしてもってわけでは——」
「嘘、つかないんだろ?」
「う……。どうしても、欲しいわ……。マイホームって憧れるの。大好きな人達とだけの空間。暖かくて、優しくて、素敵なお城」
「ははっ、そっか。じゃあ絶対買わないとな」
「ええっ! 雪との二人暮らし……楽しみだわ」
「え? 一緒に住むのか?」
「え? 当たり前じゃない」
当たり前なのか。
そんな当たり前初耳なんだけど。
「まあ、いいか。正直、今更だな。既に二人暮らしみたいなもんだし」
「そうよ。私から逃げられるとは思わないことね」
「逃げるつもりなんてないさ」
「本当?」
「ああ。本当だ」
「そう……ありがとう」
微かに頬を染めた彼女の顔を見て、こっちまで照れ臭くなってしまう。
そんな感情は伏せ、おどけた調子で言葉を返す。
「お礼なんていらねえよ。こんな綺麗なお嬢様と同棲なんてこっちこそありがとう、だ」
「ふふっ、どういたしまして!」
「ああ。それじゃ、今日はもう戻ろうか」
「ええ、そうしましょっ」
言うと同時に俺の腕にしがみつく見月。
「ちょっ、帰りは転移じゃないから魔物と戦うんだぞ! 危ねえ」
「大丈夫よ」
拳銃を取り出して、「ここら辺の魔物なんて見つけた瞬間撃ち殺してあげるわ」と、物騒なことを言う彼女に苦笑する。
「ほら、行きましょう」
「はあ……はいはい。頼りにしてますよ」
****
そこからは特に何事も無く、あっと言う間にチュートリアル最終日になった。
四月二十四日である。
現在時刻は七時前、目の前には八体の魔物がいる。
人影が立体化したような魔物、イビルが四体。
人骨が骨を持っている魔物、ボーンが四体だ。
イビル[悪魔族]Lv.100
ボーン[不死族]Lv.101
「俺はイビルをやる」
「了解」
魔法を詠唱しながら駆け出す。
同時に見月の声も耳に届いた。
「我、求むるは火。我、求むるは彼の者を刻みし剣——火剣」
「我、求むるは水。我、求むるは彼の者を貫きし槍——水槍」
作り出した剣は八つ。
イビル四体に向かって飛んで行く。
同時に水でできた槍がボーンに向かって飛んで行く。
魔法は命中。
怯んだ隙に懐へ入り、一体目の脇を斬る。
そのまま背後へ周り、今度は背中を斬りつけた。
光の粒子となるイビルに目もくれず、隣にいた二体目の背中を斬りつける。
三体目と四体目が振り向いたのを見て、二体目にさらに一太刀浴びせ、三体目の殴打を屈んで避ける。
その腕を斬り落とし、刀を突き刺す。
そのとき既に四体目が横から拳を振り上げていたため、咄嗟に腕を交差させると、発砲音と共にイビルの腕が消し飛んだ。
見月だ。
援護に感謝しつつ、四体目の身体から大倶利伽羅を引き抜き、そのまま、最後の一体の腹を斬り、殴打を避けるために後ろに飛び退く。
空振りをした四体目に刀を振り下ろした。
「ふう……。おつかれー、助かった」
「お疲れ様。お礼はいいわ。それが私の役目だもの」
「はいはい。にしても、中々二撃で倒せるようにならないな。九十台に下げるか?」
「そうね……その方が効率がいいわ。でも、魔法、物理計二回の攻撃で倒せてしまうと、連携を取る練習にならないのよね……」
「それもそうだな……。じゃあ、朝はレベル百以上、昼夜は九十台ってことにするか」
「それがいいわね」
「おっけー。んじゃ、晩飯を食べに行こう」
「ええ、行きましょう」
山を降り、宿屋へ向かう。
今日の晩飯は洋食もどきにした。
と言ってもバイキング形式なため、汁物を洋食、メインを和食とかにもできるのだが。
献立は、ライスに何の肉か定かでは無いハンバーグ。
それに、フライドポテトとサラダだ。
味は問題無かった。
むしろ、家で食べていたハンバーグより上手く感じた。
やはり、魔物は美味なのだろうか。
晩飯を食べ終わり、いつもなら「さあ、狩りに戻ろう」というところだが、今日は前々から考えていた予定がある。
見月に話すのが直前になってしまったが、まあいいだろう。
「なあ」
そう声を掛けると、いつも通り笑顔で「ん? なに?」と聞いてくる見月。
「今日、この後は狩りは止めて、行きたいところがあるんだが、いいか?」
「え? 別にいいけれど……どこに行くの?」
「行き先はいつも通り山だが、その山の頂上に向かう」
そう言うと、彼女の顔つきが険しくなった。
「頂上って、危ないわよ」
「危ないからこそ、チュートリアル期間中に行くんだ。今なら、頂上まで一切ダメージを喰らわずに辿り着ける」
「……頂上まで行って何をするつもりなの?」
「魔物と契約する」
「無茶よ! レベル依存だって言ってたじゃない!」
「でもそれは普通の契約だ。魔物を強制で従える契約。もう一つあったろ?」
「なに? 魔物と話し合いでもするつもり?」
「その通り。無理なら帰ればいいさ。今夜の十一時五十九分までチュートリアル期間。時間はある」
俺の言葉に押し黙る見月。
行かせてもらえないだろうか……。
正直、レベル依存の通常契約では自分より弱い魔物を従えることになるからメリットが無い。
だが、もう一つの契約方法『血盟契約』であれば、強い魔物と契約できる。
それをやるなら、今しか無いのだ。
そのまま一分程時間が過ぎ、大きなため息を吐いて見月が顔を上げた。
「……分かったわ、行きましょう。でも、本当に日付けが変わる前には降りるわよ? 約束して」
「ああ、約束する。俺も死にたくは無い。じゃあ、行こうか」
「……ええ」
****
一時間後。
俺達は近隣の魔物を避けつつ、早足で山を登っていた。
もうすぐ頂上だ。
周りのレベルは九百後半から千付近で、今の俺達では敵いそうも無い。
そんな危険地帯を歩くこと数分。
「さて、ここら辺がてっぺんか?」
「……そうね。だいたいこの辺りじゃないかしら? どの魔物と契約するの? さっき龍みたいなのがいたけど……」
「そうだなー……。なるべくなら知能がある奴がいいんだけど」
「知能は……ありそうでは無かったわね」
「んー……ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんかあそこに洞窟っぽいのが」
「……いかにもって感じね」
「だな」
そのまま、洞窟へと向かう。
入り口は割りと大きく、洞窟内は暗い。
「入るの……?」
「え? ああ。ここにこの山で一番強いのが居そうだしな」
「そう……」
「待ってるか?」
「え、いえ、私も行くわ」
「じゃあ、行こうか」
「ええ、気をつけて……」
暗闇へと足を踏み入れ、どんどんと先に進んでいく。
幸い、罠のようなものはなく、魔物もいなかった。
この洞窟の主のテリトリーということだろうか。
そうして五分程歩いた頃だっただろうか。
突如、背筋に悪寒が走った。
——殺気だ。
「怒ってる?」
「さあ……どうかしらね」
無意識に震える手足。
身体が訴えている。
これ以上——近づいてはいけない、と。
だが、そんな警告を無視し、足を更に前へと進める。
一歩、また一歩、ゆっくりと、確実にその殺気の源へ。
大倶利伽羅は仕舞った。
一応、攻撃意思は無いということを示すためである。
こちらは攻撃されても問題無いし。
見月にもデザートイーグルは仕舞うように頼んだ。
そして再び五分程度が経過し、洞窟の形状が変わった。
「広いな……」
そこは大広間になっており、中心部は天井が無く、そこだけは月の光によって淡く照らされている。
その奥、暗闇の中。
——蒼い眼が光った。
第十話 契約魔法は中二病。
光の反射で少しだけ光った蒼い眼を視界に捉えたとき、本当にその瞬間、その刹那。
——宙に浮いていた。
殴り飛ばされたのだ。
体長三メートルを超える狼のような影が俺の元居た場所に佇んでいるのが窺えた。
なんて速さだ。
気づいたときには攻撃を食らっている。
下手をしたら銃弾よりも——と、そこまで考えて、見月の安否が気になった。
ダメージ無効だから大丈夫だとは思うが……。
壁に叩きつけられる身体。
痛みは無い。
そのまま地面に落ちた身体を起こし、辺りを見回す。
警戒しても無駄だと、頭では理解していた。
どうしようもないのか、帰った方がいいのかと思った。
だが、それと同時にダメージ無効なら、とも思った。
刀を取り出す。
それにしても、クリスタルから取り出すと少々タイムロスがある。
今度、刀帯を買おう。
さて、それはいいとして、今は目先の戦いに集中しよう。
ダメージ無効なら、今の状態なら、少しはやれるかもしれない。
死なないのであれば、臆することは無いのだ。
俺も男の子である。
やられっぱなしでは立つ瀬が無い。
そんな思考を知ってか知らずか、息を潜めていた魔物が大広間の中心、光の下にその姿をみせた。
月の光で輝く白銀の体毛。
蒼く澄んだ瞳。
その身に漂わせる風格は、彼がこの山の王者であると音も無く語っていた。
フローズヴィトニル[獣族]Lv.1400
レベル千四百……。
想像以上だ。
視線が交わる。
前脚がピクリと動いた。
瞬間、刀を振りそうになったが、脚を元の位置に戻したのを見て堪えた。
ただ、ひたすら、その一挙一動に目を光らせる。
目線。
息遣い。
相手の筋肉の動きまで見通す程、集中力を高める。
更には、重心。
見月に百発百中の秘訣を聞いたが、「魔物の筋肉の動き、重心位置、目線を見て、次にどこに来るかを予想してるだけよ。まあ、距離とかも考慮するけれど。いつどこに来るのかが分かっていれば、難しいことではないわ」と、言われた。
さも当然だと言った風な口調だったが、難しいことだと思う。
こうして、実際にやってみればその難しさがよくわかる。
一瞬足りとも目が離せない。
瞬きなんてしようものなら、次の瞬間には宙に浮いてるだろう。
ピリピリと肌を刺す殺気。
重苦しい雰囲気。
集中力は持続している。
少しでも動けば——斬る。
そんな時間が永遠にも感じられた。
瞬間——彼を中心として、地面が凍りつく。
一瞬で冷え込み、口から白い吐息が漏れた。
彼の頭上には夥しい程の数の氷柱。
魔法まで使うのか……。
チュートリアル期間で無ければ絶対絶命のシーン。
だからこそ、一本一本に神経を張り巡らせる。
一撃でも当たれば、後は為す術も無く蹂躙される。
それが分かっているからこそ、全てを避け、或いは斬り落とすイメージを固める。
更にその間、相手が動くことも考慮し、氷柱、フローズヴィトニル双方に全精力を注いだ。
——いける。
と、そう思った。
過剰と言ってもいい程の自信。
それはきっと、一週間昼夜問わず戦いに明け暮れたからこそ持てる自信だっただろう。
だが、それが真に過剰か否かは明らかになることは無かった。
彼はそれを俺に向かわせず、口を開いたのだ。
「人間。お前、私と殺し合いに来たのか?」
綺麗な声だった。
女だったのか。
いや、今はそれよりも、だ。
そんなことを言われ、今更ながらに自分の放っていた殺気に気づいた。
何を考えていたのか。
俺は彼女と、話し合いに来たはずだったのに。
刀を仕舞い、言葉を返す。
「いや、話し合いに来た。戦ってみたいと言う気持ちもあるにはあるけどな。ていうか、お前にも否があると思うんだが」
「警告を無視してずけずけと入り込んで来たのは誰だ?」
まさかの正論である。
反撃の余地が無い。
手を挙げ、攻撃意思が無いことを示す。
「いや、そうだな。俺だ、俺が悪かった。一発はノーカンにしよう。どうせダメージ無効だ」
「ふんっ。それで? 話し合いというのはどういうことだ?」
「俺と契約しよう、フローズヴィトニル。お前の力が必要だ」
そう告げると、彼女は、そんなことだろうと思った、というような顔をした。
そんな雰囲気だった。
狼の表情変化をそこまで詳しく見分ける能力は持ち合わせていない。
というか、なんかこいつの雰囲気……似てるな。
もしかしたら、そんな細かな感情を分析できるのも、そのせいかも知れなかった。
「断る、と言ったら?」
「それなら素直に引き下がるさ。かなり惜しいけどな。言い方が悪いかも知れないが、早い奴ってのは足になる。この広い世界を渡ることを考えると、重要なポストだ」
「……私を足に使うと? 笑わせてくれる。一体、私を誰だと思っている。そもそも、私にメリットが無い」
「メリット、ねえ……。メリットならあるな」
「……なんだ?」
興味深そうな声色でそう尋ねるフローズヴィトニルに、なるべく平静を装い応えた。
「——願いをなんでも叶えてやる」
「お前にそんな力があるとは思えないが……そのふざけた面を見るに、全くの嘘と言うわけでも無さそうだ」
ふむ。ポーカーフェイスは無理か。
まあ、いい。
「叶えるのは俺じゃなくて、神様だからな。お前、神に恨みはあるか?」
「神……? どの神だ?」
「どの神って……位置的には創世神になるのか?」
「創世神……あいつか。まあ、恨みと言える程でも無いが、わだかまりはあるな」
「へえ。なら話は早い。俺と契約して神を倒そうぜ」
「神を……倒す? ……ああ、なるほど。今度はそういうゲームか」
今度はって……前にもあったのか。
「まあ、そういうことだ。どうする? お前にとっても悪い話じゃ無いと思うが」
「むう……」
悩むような声を出す彼女。
そこに、長い間大人しくしていた相棒が薄っすらと見える程の位置まで出て来て口を挟んだ。
「何を悩む必要があるのよ。雪が頼んでるのよ? 二つ返事で了承しなさい!」
随分と横暴な了見だった。
「お前……私を躱したからと言って、余り調子に乗るなよ?」
躱したのか。
ていうか、殺気漏れてるし。
「おい、殺気を抑えろ。見月には着いて来てもらっただけだ」
そんな俺の言葉にフローズヴィトニルが少し震えた。
「いいのよ、雪。雪の仲間になるってことは、私の仲間にもなるってことだもの。私にも関係あるわ」
「でもな」
「いいの。で、話を戻すけれど……あなた」
フローズヴィトニルを指差す見月。
「なんだ?」
「あなた、正直に言いなさいよ。雪の殺気にびびったって」
「は? そうなのか?」
「そんなことはないっ! 私は——」
「では、なぜ話を聞いたの? あれだけ殺気立っていたのに、不法侵入してきた相手の話を、あなたは、なぜ、聞いたの?」
「……それは——」
攻撃意思が無いからじゃないのか……?
「もしかして、攻撃意思が無いなら話を聞く、なんてことを言うつもりではないわよね? まさか、とは思うけれど」
「それは、理由としては充分だろ?」
「いいえ、不十分なのよ。ねえ、あなた、高々レベル千四百なのよ? 人間が見えるレベルというのは、恐らく、危険度的意味合いなのだろうけれど、そのレベルでそんなことをしていれば、いつか死ぬもの」
「な——」
「死ぬわよ。あなたが幾ら速かろうと、人間が何人もいれば死ぬわ。それこそ、数人でも『攻撃意思は無い』とか口先だけ並べた奴らに殺される。そんなこと、考えればわかるでしょう? だから、足りないのよ、それでは足りない」
「違うっ!」
「違わないわ。あなたは雪の殺気に臆したの。雪と対峙して、右前脚が動いたとき。あのとき、あなたは確実に動こうとしていた。分からないとでも思っていたの? あなたの攻撃を避けたのは誰だったのか、もう忘れた?」
「…………」
「確実に動こうとしていたのに、動かなかった。正確には——動けなかった、かしら? 行ったら斬られてたわね、あれは。まあ、斬られていたとしても、そこまでの負傷は負わなかったでしょうけど」
「くっ! だが——」
「『だが、その後に魔法を使っただろう』と? なら、魔法に切り替えたのはなぜ? 答えは、近づけなかったから。そして、近づけなかったから魔法を使ったのに、それにも関わらず、あなたには見えてしまった」
「……なにが、なにが言いたい」
「言わずともわかるでしょう? 雪に魔法を対処された挙句に、その間に近づいた自分が斬られる未来が、よ。だから、話し掛けた。相手にダメージが無いことを最初の一撃で知っているあなたは、勝ち目が無いことを悟った。あなたのスピードは大したものだけれど、来る場所が分かっている攻撃なんて避けるのは造作も無いわ。前方には雪、後方には私。絶体絶命の窮地だったってわけね」
「そんなことは……」
見月の言葉責めに狼狽の色を見せるフローズヴィトニル。
当たってるのか?
それにしても、殺気……ねえ。
集中はしていたが、そこまでの効果があったとは、世の中なにがあるか分からないものである。
「まだ、否定するの? 認めなさいよ。正直に、びびったって。あれは、しょうがないと思うわ。私も一瞬驚いたもの。向けられているのはあなたなのに、洞窟内全てが、雪の殺気に包まれていた。一歩でも動けば死ぬのではないか、とすら思える程に。だから、しょうがないわ。あれは、無理よ」
なんだ、随分と高評価だな。
あれは見月の真似事だったのだが……。
実は俺の才能は殺気だったのだろうか?
うわあ……嫌だ。
「プライドが許さないかしら? まあ、別に認めなくてもいいけれど、仲間になりなさい。まだレベルは低いけれど、必ずあなたを超える人よ」
「見月、もういいだろう。嫌ならいいんだ。その辺で止めとけよ。だいたい、さっきから恥ずかしいんだよ」
「でも——」
「そうだな、じゃあ、もう一つだけ、見月も思っただろう?」
「え? ああ……そうね」
少しアイコンタクトを取り、同じ気持ちだと確信が持てたところで口を開く。
「——お前、俺と同じだろ?」
「——あなた、私と同じでしょう?」
「だから、俺の仲間になれよ」
「だから、私の仲間になりなさい」
そんな俺達の言葉にきょとんとするフローズヴィトニル。
「どういうことだ?」
「そんなの、分かってるんでしょう? あなたが話を聞いた理由には、これも含まれると思うのだけれど? 私達は——あなたの全てを受け入れるわ。ねえ? 雪」
「ああ、勿論だ」
やはり、なにか思うところがあったのだろうか。
おずおずといったような調子で、フローズヴィトニルが口を開く。
「それは……全てというのは……なんだ?」
「全ては全てよ。あなたがこの世界に来る前に、私達と出会う前にしたことも、これからすることも、それを隠していることでさえも含めて、全て」
「私は裏切るかも知れないぞ?」
「はっ、裏切りが怖くて仲間なんてやってられっかよ。だいたい、『血盟契約』なら、そんな七面倒な心配も要らねえ」
「『血盟契約』をするのか……?」
「なんだ? 通常契約の方がいいのか?」
「いや、そういうわけでは無いが……その、いいのか?」
「いや、むしろいいのか? って話なんだけど。これ、契約したら死んでも解けないし」
「だが、主従関係は無いぞ?」
「そんなの要らねえよ。嫌になったら逃げればいい。ただ、契約しないとセーフティゾーンに入れないからするだけだ」
「そう……か」
「ああ、そうだ。それで? 契約してくれるのか?」
「……分かった。お前と契約しよう。断ったら、そこの女に何を言われるか分からんしな」
「はいはい。そういうことにしておきましょうね」
「この——」
「二人とも、やめろ。さっさと契約しよう」
「はーい」
「了解した」
フローズヴィトニルに歩み寄りつつ、刀を取り出し、指先を軽く切る。
「詠唱は覚えているか?」
「勿論だ」
「では、詠唱を始める」
軽く深呼吸をし、フローズヴィトニルに目配せをしてタイミングを合わせて詠唱を唱える。
「我、月見里雪の名のもとに——」
「我、ルク・ウラヌスの名のもとに——」
「血盟契約を執行する」
声を揃えてそう唱えた直後、俺とフローズヴィトニルを囲むように地面に魔法陣が浮かび上がった。
再びタイミングを合わせて血を落とす。
これ以下は一字一句全て同じだ。
「我、汝の剣となる者。汝、我が盾と成る者」
「一つ、二つ、三つ。我等を結ぶものは三つ」
「血。魂。力。
此れ混ぜしとき、未来永劫契約の破却は認可されず」
「我、此処に汝と血を混ぜ、
我、此処に汝と魂を重ね、
我、此処に汝と力を合わすことを誓う」
「——————CONSOCIUS!」
「————CONSOCIUS!」
「——CONSOCIUS!」
「刻まれし紋様——
其れは眷属の証。其れは血族の証。其れは仲間の証」
「我は汝の為に——生涯を捧ごう」
「我等共に天道を歩む者。
契約紋によりてその結束を固めよ——血盟契約!」
と、仰々しい契約詠唱が済む。
同時にいつの間にか洞窟内を照らす程発せられていた光が終息していく。
俺の右手の甲には、刺青のように紋章が刻まれていた。
両脇に狼の頭部、上部に氷の結晶、下部に逆さ十字、背景に薄っすらと大きな結晶が描かれている。
いかにも、中二病が喜びそうな柄だ。
中二全開、結構結構。
ファンタジーだしな。
なにはともあれ、契約は無事成功し、チュートリアル最終日は満足な結果に終わった。
と、俺はそう確信していたのだった——。
第十一話 さらに仲間は増加する。
それは、チュートリアル終了まで残り三時間を切った頃だった。
フローズヴィトニルのルクと契約し、その背に乗って移動中の俺達の耳に悲鳴が届いた。
一つでは無い。
複数。
それも、子供のものだ。
「ルクッ! 発声源に向かって!」
「雪……」
「いいさ、向かってくれ」
「……了解した」
セーフティゾーンはもう目前だったが、切り替えす。
凄まじいスピードでの急な方向転換に、背から振り落とされそうになるが、必死にしがみつく。
数秒、いや、一秒にも満たなかったかも知れない。
それほどに短い時間で、ルクは立ち止まった。
ルクは最高速度で秒速七百メートルは出るらしい。
にわかには信じがたい速さだ。
見月に聞いた話ではマッハ二を超えているとか。
まあ、さすがに俺達が耐えられないため、そこまで全力は出していないと思うが。
立ち止まった場所の少し先で、ゴブリンやパーンらしき魔物が光の粒子になっていく。
周囲には子供が七、八人。
十歳くらいか?
俺たちより身体は大きい。
怯えたような目でこちらを見る子供達に声をかける。
「お前ら、何をしてたんだ?」
「……魔物を倒して、お金を稼ごうと思って……」
「……素手でか?」
全員、手ぶらだ。
ゴブリンくらいならいけそうな気もするが……。
「武器、買うお金無いから……」
「いや、だからってなあ……」
でも、そうか。
武器が無くても戦わなければいけないのだ。
この世界で生きるというのは、そういうことである。
「見月、どうするんだ?」
ここは、見月に判断を任せよう。
ここに来ると言ったのも見月だし。
「そうね……チームに入れるというのは、どうかしら?」
「いや、戦力外だろ」
「戦力にすればいいのよ。私達だって一週間で二百超えたわけだし。チームに入れて、村に入れて、税金を取る。そして、領土を拡げる。どうかしら? 悪い策では無いと思うのだけれど」
「ふむ……そうだな。見月がそれでいいと言うのならいいのだろう」
「適当なのね」
「信頼と言ってくれ」
と、その結論が出た辺りで、見月がルクから飛び降りた。
「ねえ。あなた達、親は?」
「……いない」
「そう。孤児院の子供達かしら? 悪いことを聞いたわね。さっさと本題に入るけれど、あなた達、私達と仲間になる気は無いかしら?」
「……仲間?」
「ええ、仲間よ。正確にはチーム。私達、こうみえてそこそこ強いのよ? それこそ、ここら辺にいる魔物なら一撃で葬れるくらいには」
「そんなにっ⁉︎ どうして? どうしてそんなに強いの?」
「どうして、と言われてもね……。頑張ったからかしら? この世界は努力すればした分だけ強くなれるのよ。そう、だから、頑張った私達は強い。あなた達を守ることだってできるわ」
その言葉に子供達の表情が明るくなる。
だが、見月は「でも」と、言葉を続ける。
「甘えないで頂戴。チームを組む以上はあなた達には強くなってもらう。でも、無茶をさせるわけではないわ。武器は与える。最初は私達がついててあげる。。まあ、後々それ以上にして返してもらうけれどね。当面の食事、宿代は問題無いわ。どうせ、戦えばお金は手に入るから」
へえ、そこまでするのか。
家を建てるのが遅くなるが、いいのだろうか。
「どうかしら? 悪い話では無いでしょう? どちらにせよ、強くならなければこの世界では生きていけないのだし」
「…………」
「悩んでいる暇は無いわ。チュートリアルももう時間が無いし、その間に少しでも戦闘を経験させておきたい。今、ここで、答えて。イエスか、ノーか。選択肢は二つよ」
鬼のような奴だ。
選択肢を与えているように思えて、全く与えてない。
明日を生きられない子供達にノーを選ぶことは出来ないのだから。
武器屋で売らなかったのもこのためか。
あのときは譲る、なんて言葉も口にしていたが、ただで譲る気など毛頭無かったのだろう。
そのときだった。
グールとゴブリンが群れを成して現れたのだ。
「ルク」と、言い掛けて、口を噤む。
連続で鳴り響く発砲音。
魔物達は瞬く間に殲滅され、その攻撃の主、見月が出会ったときと同じような表情で子供達に向き直る。
「早くして頂戴。私、待つのは嫌いよ」
そんな急かすような言葉に、何人かの子が目に涙を浮かべていた。
だが、関係無い、といった風にセリフを浴びせる。
「私、泣けばいいと思ってる女が一番嫌いなの。泣いても死ぬときは死ぬわ、覚悟を決めなさい」
流石にどうなんだろうか……。
俺達はまだいい。
元々十六歳だから、びびってても仕方ないということが理解できる。
でも、こいつらは子供だ。
まだ、中学にも上がってない子供。
いや、それもこいつらを思ってのことか。
早いうちに一人で生きていけるようになっておいた方がいい。
どんなに嫌だろうと、いずれやらなければいけないことだ。
そう考えると、見月は嫌われ役を買って出てくれているのか……申し訳ないな。
「はあ……そうやって黙っていても、誰も助けてくれないわよ。今は皆、自分のことで精一杯なんだから」
「でも……怖いよ……」
「そうね。魔物と戦うのは、怖いかも知れない。嫌かも知れない。出来れば安全な場所でじっとしていたいかも知れない。まだ子供なのにって世界を恨むかも知れない。でも——あなた達は強くならなければいけない。あなた達が望んでいなくても、世界がそれを強制しているのよ」
その通りである。
そんな考えを持っている奴は決して少なくない人数いるだろうが、だからといって戦わなくてもいいという理由にはならない。
戦ったら死ぬかも知れない。
でも、戦わなければ、かも知れないでは済まないのだ。
金が無ければ、宿に泊まれず、飯が食えず、確実に死ぬ。
「私は、あなた達に生きていて欲しいわ。ただ、無条件で助ける程に私達も余裕があるわけでは無いのよ。そこにいる男の子はこの世界の頂点を目指している。その過程で仲間を集めなければならない。それを述べた上で、改めて言わせてもらうわ。私達の仲間にならない? あなたの力が必要よ」
それでもいまだ、渋るような態度を取る子供達。
それを見て、見月は諦めた。
「……分かったわ。ごめんなさいね、無茶を言って。それじゃ、私達はもう行くから……もし、その気になったら、セーフティゾーンの一番端にある宿に来て。でも、そのときにはもうチュートリアルは終わっているから……多少の傷は覚悟しておきなさい。また、ね」
またね、その言葉からは、見月が心から子供達に生きていて欲しいと思っているということが、伝わってきた。
ここは、俺がなにか言うべきだろうか?
無駄金を使いたくは無いが、この程度の人数なら養えないことは無い。
そもそも見殺しにするというのは、些か気分が良くない。
うん。そうだな。
「な——」
「待って! 戦う……戦うから、行かないで。私達を仲間にして」
「いいの?」
「よくは……無いよ。でも、戦わなきゃ駄目なんでしょ?」
「そうよ。分かってくれてよかった。私の名前は雪里見月。私達はあなた達を歓迎するわ。ね、雪!」
「ああ、当然だ。俺の名前は月見里雪。見た目は六歳だが、中身は十六歳だ。これから、よろしくな」
「うん……よろしく、お願いします」
「お願いしますは要らねえよ、もう仲間だ。さあ、時間が無い。それぞれの自己紹介は後ででいい。早いとこレベル上げを始めよう」
「そうね。とりあえず武器を用意しないと」
「ああ、そうか。じゃあ武器屋へ向かおう」
そんな感じで予定を立てていると、仲間になると告げた少女がおずおずと口を開いた。
「ね、ねえ……」
「ん? なんだ?」
「街にも、まだ子供達がいるんだけど……」
「そうなのか? 何人いる?」
「に、三十人くらい……」
三十人、相当だな。
まあ、いいか。
「最低年齢は幾つだ?」
「まだ、二歳……」
「二歳⁉︎」
流石に二歳を連れ回すわけにはいくまい。
どうするか……。
「何人かは残すしか無いわね。とりあえず、動ける人だけ連れて行きましょう」
「そうだな。さて、それじゃ、さっさと戻るぞ」
「ええ、行きましょう」
****
現在時刻は午前零時少し前。
「そろそろ、切り上げるぞー」
セーフティゾーンへ向かう。
周囲には、十人の子供達。
幸い、五歳以下はそれ程おらず、三十人近い戦闘員が手に入った。
まあ、二人程はお守りをしているが。
ちなみに、流石に三十人でぞろぞろと行動しては話にならないため、十人ごとのグループにわけて、俺、見月、ルクがそれぞれを担当している。
俺とパーティを組んで、俺が敵を薙ぎ倒し、その経験値を受け取る、なんてことができればいいのだが、残念ながらできなかった。
どう見分けているのか、知らないが、「戦闘参加メンバー」しか、経験値は貰えないようだ。
攻撃の有無で判断してるようでも無さそうだし……心の持ちようの問題だろうか……。
ああ、あと、待っていた子供達の聞き分けはよかった。
あの少女がリーダーなのか、多少の不安の色は見せたが、文句を垂れることは無かった。
自分達だけが、安全な場所にいることに罪悪感でもあったのだろうか。
なんにせよ、楽でいい。
レベルは二十三まで上がった。
もうBランクだ。
俺の初日より効率がいいのは、一撃で倒せるギリギリの魔物を狙ったからだろう。
約二百万の出費が二時間で無駄になるのは痛いが、仕様がないことだ。
どうせ戻ってくるしな。
そんな感じでセーフティゾーンに辿り着いた。
見月とルクは既に到着していた。
「おつかれー」
「お疲れ様」
「レベルはどの程度上がった? こっちは二十三だ」
「私もそのくらいよ」
「私もだ」
ふむ、似たようなもんか。
「Bランクに上がったわけだが、武器はどうする? 変えるか? 四百万は超えるが」
「いえ、先に防具を買いましょう。私達の分も含めて」
防具か。
確かに、優先順位はそちらの方が高いだろう。
「分かった。防具を買いに行こう。行くぞ」
「ええ、行きましょう」
「了解した」
子供達が頷いたのも確認して、ルクを引き連れて防具屋へ向かう。
武器屋には何回か行っているが、防具屋に行くのはこれで二回目だな。
「いらっしゃいませ」
ルクを店の前に待たせて防具屋に入ると、猫耳が出迎えてくれた。
「あら。随分とお仲間が増えたのですね」
おお、覚えてるのか。
店員は総じて記憶力がいいな。
「まあ、ちょっと色々あったんです。今日は防具を買いに来ました。チュートリアルも終わるので」
「そうですか。ランクはお幾つでしょうか?」
「俺とこいつはC。後はBランクです」
「なにか、ご要望はありますか?」
「そうですね、刀に合うようなのをお願いします。見月はなんかあるか?」
「そうね……動きやすい格好がいいわ」
「部位はどう致しましょうか?」
「部位……か。ん、地肌に攻撃が当たった場合はどうなるんですか?」
「そうですね。防具は身につけることで着用者の防御力に全ての防具の防御力を上乗せするという設定になっております。防具と身体は一時的に同化すると言えば分かりやすいでしょうか? そのため、もし地肌に攻撃を受けたとしても、被ダメージは基礎の防御力に全防具の防御力をプラスした総防御力を元に計算されます」
へえ……どういう仕組みなんだ?
いや、どうせ魔法だろう。
「ちなみに武器は両手装備しても、基礎の攻撃力に使用した武器の攻撃力のみしかプラスされません。まあ、同じ武器を空いている手で持つだけで攻撃力が二倍になるなんてことを、あの神がするはずはありませんしね」
それは確かに。
そこまで楽をさせるタイプには思えない。
「えっと、じゃあ、頭以外で」
「頭防具以外ですね、かしこまりました。予算はどの程度ありますか?」
「予算は……」
残金が俺と見月でだいたい千六百万程度か……。
今日の分の宿代は稼いであるし、明日は更に余裕ができるだろう。
「千五百万はあります」
「そんなにあるんですか」
「いや、俺一人じゃないですよ? あ、ていうか、見月。聞いて無かったけど大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「そうか。ありがとな」
「私が仲間にしたいって言い出したんですもの。当然の義務よ」
「でも、俺がリーダーなら俺が出すべきだろう? やっぱ、ありがとうだよ」
「……気にしないで」
「はいはい。で、千五百万あれば足りますかね?」
「ええ、充分だと思います。お連れの方達の装備は何かご要望はありますか?」
「いや、無いです。適当に見繕って貰えますか?」
「はい、かしこまりました。では、先にお二方の防具から」
「お願いします」
第十二話 ようやくチュートリアルは終了する。
宿に戻った頃には既に零時を回っていた。
まあ、テッペンをこえるのはいつものことなのだが。
ただ、いつもと少し違う点がある。
いつもなら帰宅、風呂、就寝、と帰宅から寝るまで三十分程度だった。
だが、今日は俺も見月もゆっくりと浴槽に浸かり、更には現在、照明を点けたまま他愛も無い会話を楽しんでいる。
何故か。
それは単純に、防具を購入してそのまま宿に戻ったために、時間が余ったからである。
時間が余ったなら、その分睡眠を取るべきだ。
と、思うかも知れないが、ぶっちゃけ四、五時間の睡眠でも毎朝疲れは感じていないので、ちょっと話でもしようかという気分になった。
「それでそれで?」
「それはもう言わずとも分かるだろ? 当然、負けたよ。凡人が秀才に勝てる道理なんて無かったんだ」
目下の話題は、俺が今までの人生で如何にして天才、秀才共に蹴散らされてきたか、というものである。
つい先日までは思い出したくも無い思い出だったのだが、今となっては多少苦いくらいの自虐ネタだ。
俺にはもう際限無い成長と才能がある。
頑張れば、天才を抜かすことだって可能なのだから。
「見月はなんか印象的な思い出とか無いのか?」
「思い出……ね」
少し上を向き、物憂げな表情を浮かべる彼女。
風呂上がりで火照った頬と、まだ湿っぽさが残る艶やかな黒髪が、彼女の白い肌を強調する。
だが、興奮はしない。
いくら美少女とは言え、六歳である。
当然、六歳の顔立ちだし、身体にだってほんの少しの色気も無い。
そんな失礼なことを考えていると、ふ、と自嘲するような笑みを零し、彼女は口を開いた。
「そうね、私、小さい頃からなんでも出来たの。世間から見ると雪が嫌う『天才』って奴だった」
「嫌うって……別に嫌っちゃいねえよ。俺の向上心は天才の存在が無ければ生まれて無かったからな。ていうか、『天才』を嫌っていたとしても、『見月』は好きだよ」
「それは、愛の告白だと思ってもいいのかしら?」
「いいさ。見月がそう思うなら」
「むう……非常に残念だけれど、思わないわ」
「ははっ、だろうな」
こういうときでさえ嘘を吐かない彼女のことは、本当に信頼している。
隠し事はあるとは思うし、それに関して悟られないように嘘を吐くのはノーカンだ。
誰にだって知られたく無いことの一つや二つある。
彼女は自分の欲求が叶うような状態でも、「嘘は吐かない」という発言を律儀に守っているのだ。
信頼しないはずが無い。
たとえ彼女が——人を殺していたとしても、だ。
まあ、だが、それは現状では恋愛感情には発展していない。
彼女が成長すれば、発展する可能性は多いにあるだろう。
なにせ、ここまでの美少女だ。
その上、信頼できる。
彼女が、見月が仲間で良かったと思えることなど一週間で何度あったか分からない。
見月の好意には無論気付いている。
それでも、やはり、俺の心は十六歳なため、どうしようもないというのが本音だ。
そうだな……これから先、見月に恋愛感情を抱いたならば、そのときは俺から告げようじゃないか。
まあ、ここまでアピールされて今更俺からもクソもあったもんじゃ無いが。
しかし、見月が俺から好意を移すという事態も可能性としてはあり得るわけだし、その辺りは大目に見てもらおう。
「雪は私の何が気に入らないのかしら……。はあ……まあ、それは置いておいて話を戻すけれど、天才っていうのも中々にして生き辛い生物なのよ」
「まるで、人間では無いかのような言い回しだな」
「そういうことを言われたことがあるの。世界は世界からはみ出してしまったものを、異端者と糾弾する……それこそ、化け物でも扱うかのように」
「それこそ異端だな……。同じ世界に生まれた同じ人間なのに」
「ありがとう。雪はそういう人よね。だから私は雪のことが好きなの」
「そういう奴って意外と多いと思うけど……」
「かも知れないわね。でも、人間というのは集団で生活する生き物なのよ。決して、思ったこと全てを口にしたりはしない。集団心理という奴ね。流されて、流されて、挙げ句の果てには『皆と同じは嫌だ』なんて、『皆と同じセリフ』を吐く」
「悲しい生態だな」
「全くよ。私、人間であることが恥ずかしいわ」
「ははっ、そこまで言うか」
「言うわよ。私だって愚痴の一つ二つあるわ。天才に生まれたせいで私には友達が少なかった。勘弁してほしいわよ」
「いつでも聞くよ。聞くだけしか、出来ないけどな」
「ありがとう、充分よ。さて、私の印象的な思い出はこんなところよ」
「そうか……なんか、悪いこと聞いたな」
「いえ、気にしないで。今は雪がいるし。ルクも、子供達もいる」
「そうだな。これから更に増えるだろうし」
「そうね。楽しみだわ」
「まあ、でも、当面の目標は家を建てることだな」
そう言って笑いかけると、彼女は一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに笑顔を返してくれた。
「そうねっ!」
「あ、そういえば、防具の性能は確認したか?」
「いえ、値段でだいたい予想できてしまうから完全に忘れてたわ」
「まあ、そうだよな。一応確認しとくか」
「ええ」
五つ紋の黒紋付羽織・長着 Rank C
物防 176 魔防 60
五つ紋の黒紋付袴 Rank C
物防 160 魔防 62
鉄の籠手 Rank C
物防 110 魔防 34
鉄下駄 Rank C
物防 102 魔防 44
俺の装備は礼装と呼ばれるものらしい。
見た目的に防御力があるとは思えないが、値段の分だけの能力はあるらしい。
ちなみに羽織袴の紋はパターンがあり、俺は山雪紋を選んだ。
見月の装備もついでに見せてもらう。
レザージャケット Rank C
物防 167 魔防 46
レザーパンツ Rank C
物防 163 魔防 50
レザーグローブ Rank C
物防 120 魔防 48
レザーブーツ Rank C
物防 118 魔防 40
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ動きにくそう。
いや、まあ、それは俺の装備にも言えるのだが。
だが、その点に置いては心配は無用らしい。
店員曰く、動きを制限する装備など無いとか。
やはり、魔法すげーということである。
そんなことより、頭防具も買えばよかったかな。
子供達のも全部合わせて四百万程度だったため、そのくらいの余裕はあった。
確認し終わり、装備を仕舞っていると「あ、そうだ」と言うセリフが聞こえた。
なにかと思って見月を見ると、光の玉が俺の胸に飛び込んできた。
+6,385,580G
持ち金 12,749,675G
「……どういうつもりだ?」
「まとめておいた方が楽でしょ。宿泊料金も、お昼代も雪が払うから、私にお金は必要無いもの」
「欲しいものは無いのか?」
「そのときは雪に買ってもらうわ」
「用事があったらどうする?」
「日を改めればいいじゃない」
どうやら、受け取る以外の選択肢は無いようだ。
「はあ……分かったよ。でも、なんかあったらすぐ言えよ?」
「ええ、もちろんよ。これで、雪とデートする口実ができたんですもの」
それが狙いかよ……。
「別にこんなことしなくたって、そのくらい付き合うぜ?」
「そう? でも、いいの。もしも私が殺されても、雪にお金を預けとけば、多少の力にはなれるでしょう?」
「縁起でもねえこと言うなよ。そもそも、預けてても、預けてなくても、見月を殺した奴は必ず殺すから一緒だ」
「あら、随分と物騒なのね」
「なんだ? そういう愛情表現は嫌いか?」
「ふふっ、いいえ。でも、雪には手を汚して欲しくないの。その名前通り、出来ればずっと、真っ白でいて」
「……もう、手遅れかも知れねえけど」
「ふふっ、それでも、よ。それならそれ以上、その手を紅く染めることが無いように願うだけだわ」
「こんな世界で、そんな甘いこと言ってられねえだろ」
「そうね。だから、これは希望よ」
希望……ね。
「そっか。ああ、そういや、いまだに新ルールを確認してなかったな」
「あら、そうだったの? 明日から、というかもう今日からだけれど、ダメージ有効、つまり殺人可能になるわけなのだから確認しておいた方がいいわよ」
「そうだよな。うん」
改めてウィンドウを開き、久々に説明詳細を開く。
【殺人について:追加】
・十五歳以下の傷害行為を禁ずる。
・十六歳以上の十五歳以下への傷害行為を禁ずる。
これだけか……。
なんていうか、十六歳狩りとか起きそうだな。
若返り受けといてよかった。
「なんでこんなルールを……」
「一応、若い芽が潰されないようにという配慮ではないからしら?」
若い芽が潰されないように……?
そういう配慮ができるタイプには思えなかったが。
そんな俺の心中を察したように、見月が答える。
「若い芽が潰されてしまうと人類の戦力が下がる。つまり、それだけ、神のところへ辿り着くのが遅くなる可能性が高くなるじゃない? つまり、あまり待ちたく無いのよ、あの神は」
待ちたく無いって……まさかそんな理由で。
「暇とか、嫌いそうだもの」
そんな理由な気がしてきた……。
確かに、暇とか嫌いそうだ。
何回も姿を見せるくらいだし。
「あ、あと、詳細説明に書かれたルールは日増しに増えていってるから、こまめに確認した方がいいと思うわ」
「そうなのか?」
「ええ、なんというか、知りたかったことがどんどん増えていってる」
「へえ」
意外と仕事するじゃん、女神様。
「というか、よく顔を見せなかったわよね。私としてはそっちの方がよっぽど不思議なのだけれど」
確かに、ことあるごとに出てきていたのに、チュートリアル終了と共に現れなかったのは、少々怪しい。
「なにか余計なことを企んでいなければいいのだけれど……」
「そういうのフラグって言うんだぜ。魔王の進軍が始まった! とか言い出したりしてな」
「最初のイベントが魔王とか飛ばし過ぎじゃないかしら」
「あり得る」
「……あり得るわね」
「はあ……そろそろ寝ようか。明日からミッションか?」
「そうね……いえ、念のために明日は子供達についてましょう。魔石は明後日からでいいわ」
「そうか……子供、好きなのか?」
そう聞くと、見月は不思議そうな顔を浮かべた。
「え? どうして?」
「いや、どうしてってお前……子供を助けて、子供の安全を第一に考えるとかしてれば、誰だってそう思うだろ」
「そう……かしら。分からないわ」
「分からない、ねえ。自分に子供が出来たとき、過保護になり過ぎはよくないぞ」
「分かってるわ。ふふっ、雪と私の子供なら、元から強そうね」
……そんな恥ずかしいことをよくさらりと言えるもんだ。
「はいはい。そうだな」
「雪は絶対、私のものになるのよ」
「決定事項ですか」
「決定事項よ。……嫌?」
「別に嫌じゃねえけど……ほら、人の心は変わりやすいって言うだろ?」
「私はずっと、雪のことが好きよ。あ、でも、雪がハーレムがいいと言うのなら、それはそれで構わないわ」
いや、そこまで好色じゃねえよ。
……じゃねえよな?
ていうか、日本で一夫多妻は……もう日本とか関係無いか。
ハーレムねえ……うん、もう少しイケメンに生まれてれば考えたかも知れない。
ハーレム可能(但しイケメンに限る)
みたいな。
「……恐らくその心配は無い。俺はそんなにモテる方じゃ無いからな」
「あら、そうなの?」
じーっと、値踏みするように俺の顔を見る見月。
「なんだよ」
「モテない方にも見えないけれど……」
「まあ、基本が地味だからな。サッカーで言えばリザーブ的な……いや、違うな。試合にはスタメンで出るけど前半で交代させられるタイプ。あれだ、地味メン」
「謙虚なのね」
「その程度の実力なんだ」
「でも、今は違う」
「そりゃあ、そうだけどな……力が強いのと、モテるのは比例しないんだ。いくら力が強くなったところで、俺はブサイクにもイケメンにもならないし、俺の性格が変わるわけじゃない」
「雪は性格はイケメンよ。そのままでいて」
「なんか複雑……」
性格イケメン(ソースは見月)、能力上がる予定、顔地味。
あ、なんだこれ……悲しくなってきた。
「とにかく、だ。そんな事態にはならないから」
「なったらどうするのよ」
「なったら……分かんねえ。その状況が想像できねえ。ていうか、そもそも、これだけのレベルの美少女に好かれてそんなことが許されるのか……?」
と、そんな言葉がつい口から零れた。
考えてることが口に出るなんてことはそうそう無かったんだが、余りに突飛な話に余裕が無くなっていたのかも知れない。
いや、元々余裕なんて無いけどな。
「……聞こえた?」
「ええ、ばっちり。雪のお眼鏡にかなっていたようで安心したわ」
冗談で言うことはあっても、本心として言ったことは無かった。
別に恋愛対象として見ているわけでは無いがかなり恥ずかしい……美人って六歳だぞ。
「ふふっ、私自身、そこまで自分の容姿に自信があるわけでは無いのだけれどね」
「それは人前では口にしない方がいい。敵が増える」
「雪が味方ならそれでいいわ」
「ああ……そうですか……」
「そうよ。ほら、早く寝ましょう」
「そうだな。うん、寝よう」
そうして俺は、現実から目を背けるように夢の世界へと意識を沈めていったのだった。
ステータス一覧
《基本情報》
名前 月見里 雪
性別 男
年齢 6
Lv 219 (Rank C)
HP 11000/11000
MP 2290/2290
《装備》
武器 右手 大倶利伽羅[刀]Rank C
物攻 690 魔攻 226
左手 無し
防具 頭 無し
胴 五つ紋の黒紋付羽織・長着 Rank C
物防 176 魔防 60
脚 五つ紋の黒紋付袴 Rank C
物防 160 魔防 62
手 鉄の籠手 Rank C
物防 110 魔防 34
足 鉄下駄 Rank C
物防 102 魔防 44
装飾品 無し
《ステータス》
SP
物攻 288
物防 200
魔攻 210
魔防 200
体力 210
敏捷 260
《耐性》
無し
《魔法》
『炎属性Lv.3』 『水属性Lv.13』
『土属性Lv.2』 『風属性Lv.12』
『召喚・契約』
《アビリティ》
『索敵Lv.9』『鑑定Lv.11』
『隠密Lv.8』『遠見Lv.10』
『詐称Lv.8』『隠匿Lv.9』
『夜目Lv.4』『殺気Lv.1』
《武器熟練度》
『刀Lv.7』『短剣Lv.1』
《基本情報》
名前 雪里 見月
性別 女
年齢 6
Lv 219 (Rank C)
HP 11000/11000
MP 2290/2290
《装備》
武器 右手 デザートイーグル.50AE[銃]Rank C
物攻 630 魔攻 202
左手 デザートイーグル.50AE[銃]Rank C
物攻 630 魔攻 202
防具 頭 無し
胴 レザージャケット Rank C
物防 167 魔防 46
脚 レザーパンツ Rank C
物防 163 魔防 50
手 レザーグローブ Rank C
物防 120 魔防 48
足 レザーブーツ Rank C
物防 118 魔防 40
装飾品 無し
《ステータス》
SP
物攻 300
物防 168
魔攻 250
魔防 280
体力 270
敏捷 280
《耐性》
無し
《魔法》
『炎属性Lv.13』 『水属性Lv.2』
『土属性Lv.13』 『風属性Lv.3』
『召喚・契約』
《アビリティ》
『索敵Lv.10』『鑑定Lv.11』
『隠密Lv.10』『遠見Lv.9』
『詐称Lv.7』『隠匿Lv.8』
『夜目Lv.5』
《武器熟練度》
『銃Lv.9』
《基本情報》
名前 ルク・ウラヌス
種族 フローズヴィトニル
性別 女
Lv 1
HP 14000/14000
MP 14000/14000
《ステータス》
物攻 1400
物防 1400
魔攻 1400
魔防 1400
体力 14000
敏捷 140000
《耐性》
『凍結Lv.14000』『毒Lv.140』
『麻痺Lv.140』『睡眠Lv.140』
『石化Lv.140』『沈黙Lv.140』
『盲目Lv.140』
《魔法》
『水属性Lv.14000』
《アビリティ》
『索敵Lv.1400』『遠見Lv.1400』
『夜目Lv.1400』『殺気Lv.140』
第十三話 なぜか神が召喚される。
翌日、四月二十五日朝八時少し前。
俺は今まで通り山で狩りを行っていた。
今朝はとりあえず、俺と見月とルクだけで来ている。
子供達にもそのうち馴れてもらう予定だ。
装備は店員の言う通り、動きに制限がかかることは無かった。
ただ、見た目的に不釣り合いなため、俺は何処かのいいとこの坊ちゃんの七五三、見月はかっこつけたがりで少々気の強い女の子という感じになってしまうのが、残念。
ルクの異常なステータスに驚きはしたが、それはそれだ。
強いなら強いに越したことはない。
なんでも、魔物は野生だとレベルというものが存在しないらしい。
魔物は魔物を攻撃しない。
大気中に散らばる魔素と呼ばれる物質を一定量取り込むことで、ステータスが上がるとか。
つまり長生きした分だけ強くなるわけだが、そもそも基礎のステータスが人間とは違うため、元々強い個体も多い。
ちなみに、この魔素だが、人間は口から取り込むことが出来ない。
ならどうするか。
魔物を倒すのだ。
なんでも、魔物自体が魔素の塊で、倒してクリスタル経由で魔物を体内に吸収することで、経験値という形で自身の力に変換するということだ。
そして、新たな発見がもう一つ。
ルクと俺の経験値の分割である。
血盟契約とは詠唱呪文にある通り、血と魂と力を混ぜ合わせて人間と魔物を一心同体にする契約だったのだ。
つまり、俺より速くて強いルクが山の頂上付近で魔物を狩ると、その半分の経験値が俺に入る。
逆に、俺が山の麓で魔物を狩った経験値の半分はルクに入る。
俺が圧倒的に得である。
これは、そのうちルクになにか御礼をする必要がありそうだ。
まあ、そんなわけで、俺のレベルはうなぎ登り。
ルクの攻撃力はそこまでの高さでは無いが、なにしろ敏捷が異常なため、俺達とほとんど変わらないスピードで頂上付近の魔物を駆逐している。
ちなみに、金銭類は全て俺に送られてくる。
ルク様様である。
「そろそろ帰るかー」
「ええ、そうね」
そろそろ子供達も起きるだろうと思い、ルクに念話を送る。
《ルク、帰るぞ》
《了解した》
そんなやり取りをした数秒後、ルクが姿を現す。
相変わらずの速さだ。
ルクの元へ歩み寄りながら、見月に声を掛ける。
「にしても、早いうちに見月の契約相手も探した方がいいな」
「そうね……雪が強くなるのは嬉しいのだけれど、どんどん離されてしまうわ」
「いっそのこと血盟召喚でもやってみるか? 一か八かの運試しって感じだが」
「あれもレベル依存ではないものね。私は構わないわ」
「よし、それなら、子供達を連れてきたらとりあえず召喚をしようか」
「わかったわ」
そこで話を止め、ルクの背中にしがみつく。
下手に話をすれば舌を噛むし、動けば振り落とされるからな。
「じゃ、よろしく」
「了解した」
一瞬で流れる景色。
たった十秒程度でセーフティゾーンへと到着し、背中から飛び降りる。
そのままセーフティゾーンに足を踏み入れると、視線が突き刺さった。
ルクは魔物である。
セーフティゾーンに魔物が入ってくるというのは、心穏やかではいられないのだろう。
そんな視線を無視して歩いていると、脳内にポンっと音が響いた。
《も、もしもし? 雪か?》
……父さんか。
《はいはい。雪だけど、なに?》
《おお……時間はあるか? 一度顔が見たい》
《あー……》
「なんか、親に呼ばれちまったんだけど、見月達はどうする? 俺は一応会いに行ってくる。森で待ってるか?」
「親……? そうね……私も行くわ。雪のご両親に挨拶しときたいし」
なんの挨拶だよ。
《おっけー。今からだよね?》
《いや、昼頃で大丈夫だ。生きてるのも確認できたしな。一緒に昼飯でも食いながら話そう》
《ん? そうなの? んじゃ、昼頃……十二時でいい?》
《ああ、いいぞ。十二時だな》
《じゃ、そのときまた連絡する》
《わかった。後でな》
《うん、また後で》
念話を終了し、見月達に予定を伝える。
「会うのは昼頃になった。とりあえず、子供達を起こしてレベル上げしよう」
「了解した」
「了解」
と、一歩踏み出したとき、俺の胸から淡い光を纏った光の玉が飛び出し、俺の少し前で見月の光と合わさった。
「女神様か」
「神ね」
「神だな」
ようやくお出ましだ。
光は徐々に霞んでいき、銀髪ロングの女神様が姿を現す。
横で見月が満足そうにしていたので、少し質問をしてみた。
「なあ、どんな姿に見える?」
「え? 雪に見えるわ」
「まじかよ……ちなみにルクは?」
「光しか見えないな」
「へえ……」
魔物だとそうなるのか。
「ご機嫌よう、皆の衆。折角与えたチュートリアル期間を無駄に終わらせた阿呆が大半のようだな。チュートリアル期間、尽力した者達はご苦労であった。これからも精進せよ」
随分と辛辣である。
まあ、確かに先のことを考えられないのは阿呆のすることだ。
「さて、そのような者達でもこれからは戦わざるを得ないわけだが、二週間後、つまり五月九日からリリースを記念して全世界共通イベントを開催する」
全世界共通イベント……?
「イベント名は『ソルヴィーテ大量発生』。五月九日零時から全世界にソルヴィーテという名のドラゴンが大量発生する。レベルは千。くくっ、ほんの僅かな確率ではあるが、一定の確率でセーフティゾーンにも侵入する。今まで通り籠っていようなどという考えは……身を滅ぼすぞ」
鬼か。
籠っていた奴らにいきなりレベル千をぶつけるなんて正気の沙汰ではない。
大量の死者が出ることを覚悟した方がいいかも知れない。
「まあ、深夜帯は侵入確率零パーセントだ。寝るのは困らないから安心するといい」
そこらへんは考えてあるのか……ていうか本当に意図的になんだな。
最悪だなこいつ。
「そんなことより、イベント内容詳細だが、ソルヴィーテの討伐だ。とどめをさすと討伐数がカウントされ、その討伐数でランキングを競うという形になっている。当然、上位入賞すれば、報酬もあるぞ」
ランキング、上位入賞、一番を目指すなら避けては通れない道である。
やるしかない……か。
「個人報酬と、チーム報酬があるが、チームはチーム内上位十名を合算とさせてもらう。多ければ多いほど有利ではつまらんからな。こんなところだ。報酬内容はクリスタルに事細かに記しておく。ちなみに今後、妾が姿を見せるのは午前八時に統一する。それでは、また会おう」
周囲にエコーを響かせながら、消えていく女神様。
レベル千。
二週間もあれば、倒せるレベルになれるだろう。
ルクの協力有りで、だが。
しかし十名までの合算でチームランキングが決まるとなれば、俺だけが頑張ったところで高が知れている。
見月に召喚してもらうのは既に取り決めてあるからいいとしても、子供達にも手伝って貰わないと無理だろう。
うん、とこれからのことを話そうと口を開いたが、見月がそれを遮る。
「これは……子供達にも手伝って貰う他無いわね。召喚、させるけれど、いいかしら?」
「ははっ、俺もそう思っていたところだ」
「じゃあ決まりね。子供達が素直に頷いてくれればいいのだけれど……」
そこが問題なんだよなあ……。
まだ十歳。
巻き込むのは少々心が傷むが、強くなるためには仕方のないことである。
「まあ、とりあえず行こうか」
「そうね……」
****
現在俺達はセーフティゾーンから少し出た平野に固まっている。
「さて、まずは誰からやる?」
結論から言えば、子供達は皆乗り気だった。
なんでも、男の子達はルクみたいなかっこいい狼に憧れるらしく、女の子達はルクみたいなかわいい狼なら大歓迎だとか。
どっちだよ。
まあ、ここは、かっこかわいいということにしておこう。
それにしても大歓迎……とは。
恐らくそれは、こいつが現状味方だから出るセリフであり、あの洞窟でルクと対峙したらそんなセリフは口が裂けても言えないだろう。
「はい! 私やるっ!」
俺の思考を打ち切るように元気な声をあげたのは、出会ったときにリーダー的雰囲気を放っていた少女だ。
確か名前は……。
「唯。本当にいいの?」
そう、唯だ。
如月唯、十歳。
黒髪、ボブカットのなかなか美人に育ちそうな顔立ちをしているが、ぶっちゃけ急に三十人以上の名前を覚えろと言われても無理。
あれだ。
高校入学二日目でクラスメイトの名前全把握とか無理なのと一緒。
見月はそれに当てはまらないようだが。
「うんっ! 私ももっと強くなりたいもん!」
健気なやつだ。
名前くらい覚えようと胸に誓った瞬間であった。
唯、唯だな。
ちなみに、名字は全員同じらしい。
つまり、困ったら如月と呼べばいい、うん。
「おーけー、唯。まずはお前からだ」
「はい!」
なんで俺には敬語なんだろう。
なんか疎外感……。
「じゃ、皆ちょっと離れて」
唯の言葉に従い、少し離れ、一応刀の柄に手を置く。
どうなるのか分からないが、小説とかの知識では戦闘になることもあったし。
俺達が離れたのを確認して、唯が指の腹を軽く切り血を落とす。
「我、如月唯の名のもとに——眷属の召喚を為す」
煌々と地に浮かび上がる魔法陣に続けて血を垂らす。
「我、呼びしは三の条に応えし者。
一つ、我が血に惹かれし者。
二つ、我が魂に惹かれし者。
三つ、我が力に惹かれし者」
「三項に当たりし汝に誓う。
我、汝に血を捧ぐことを——
我、汝に魂を捧ぐことを——
我、汝に力を捧ぐことを誓わん」
「誓いに応えし汝よ——
なれば、我が剣と成り、我が盾と成り、我歩みし道を切り開け。
我もまた、汝の剣と成り、汝の盾と成り、汝歩みし道を切り開こう」
「——————CONSOCIUS!」
「————CONSOCIUS!」
「——CONSOCIUS!」
「道は天道!
険しき道なれど、我、汝と繋がりて共に天辺に上り詰める者也!」
「血の盟約に従い、此処に来たれ、我が眷属となる者よ——血盟召喚」
血盟契約と似たような、中二呪文が終わり、眩い光が目に飛び込む。
目が、目がぁぁぁあ!
とか、やってる暇も無いため、目を薄く開いて神経を尖らせる。
瞬間、嫌な予感がして身体を後退させると、目の前を巨大な剣が通過した。
本当に目の前、鼻につくかと言うほどの何ミリと無い距離である。
その数秒後には、俺の膝は地面に着いていた。
光の内から発せられる強大な圧力。
ルクが放ったものとは比べものにならない殺気。
徐々に光は薄れ、その殺気の主が姿を現した。
「くくっ、我に殺気を向けるとは、いい度胸をしてるな人間! その上、我が攻撃を避けるとは……中々にして面白い奴だ」
そんな言葉を発したのは、片腕が義手のような化け物の腕になった——幼女だった。
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れる。
目を擦り、再び確認する。
地べたについている紅いマント。
ワンピースをモチーフにしたような可愛らしい鎧。
身の丈を優に越える巨大な剣。
幼いながらに整った顔立ち。
顔を覆うのは、金色の長い髪。
テュール[神族]Lv.2200
「我が名はテュール。軍神テュールである!」
煌めく髪を靡かせ、声高らかにそう名乗りを挙げたのは、やはり、間違いなく——金髪幼女であった。
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
落ち着け、俺。
軍神テュールってあの北欧神話のか?
幼女が?
俺や見月と大差無いぞ。
ていうか、そもそも、召喚で軍神とか出しちゃっていいのか。
ていうか軍神の割りにレベルそこまでだな。
「そりゃあ、そうであろう。召喚者のレベルが低いのだ。我がそれに合わせねばならぬ」
そういうもんなのか……。
「ていうか、心読むなよっ!」
「あ?」
「あ、さーせん」
なにこの幼女、怖い……。
「それで……我を召喚したのは其方か?」
唯に向き直り、ニヤリと笑う幼女、もといテュール。
「え、あ、はい!」
「よいよい、そう畏るな。強制的に呼ばれたわけではなく、我が其方の呼びかけに応えたのだ。我と其方は眷属。もはや家族も同然! 共に戦おうぞ」
そんなことを言いながら握手を求めるテュール。
「えっ、と、うん!」
握手を交わし、微笑む二人。
似てないけど、姉と妹って感じ。
「さて、と。して其処にいるのはルクか?」
「テュール……奇遇だな」
こいつら知り合いなのかよ……。
「くくっ、お前は相変わらず礼儀というものを知らんな。あいつはどうした?」
「私はフェンリルの名を継ぐものだ。私とお前は対等であろう? ……母上とはもう別れた」
「ふむ、対等なあ……。それは成長してから言うべき言葉だな、お前はまだまだだ。……そうか、励めよ」
「ふんっ、言われずとも分かっている!」
「そうか、そうか。お前、主は?」
「俺だ」
「ほう」
品定めするような目つきで俺を見るテュール。
「なんだ? 俺じゃ役不足とでも?」
「くくっ、いいや、お前のような奴なら……だいたい、役不足かどうかなんてものは他人が決めるものでもなかろう? そんなことを言う奴こそ高が知れている」
「ははっ、同感だ」
「ふむ。面白いっ! 召喚に応えた甲斐があった! リーダーもお前か?」
「ああ」
「お前は何を目指す?」
「この世界の天辺。俺は神を倒す」
「くくっ、よくぞ言った! なれば、この力、存分に発揮することを誓おう! お前、名はなんと言う」
「雪、月見里雪だ」
「そうか。では雪、よろしくな」
「ああ、よろしく」
握手を交わし、「よし」と、意気込むテュール。
「今から何をするのだ?」
「今は全員の召喚の最中だ。テュール、お前が一人目」
「そうかそうか! それは時間を取らせてすまんかったな! 続けてくれ」
「はいはい。んじゃ、次に召喚したい奴いるかー?」
Play Dei —彼が神を殺すまで—