ほらあな

雨降って

長年の感でいつか降るとは思っていたけれどここまで強くなるとは思っていなかった。
芦屋がなにか喚いていたが雨の音と走るのに忙しいと言う理由で全聞き取れない。あいつに聞こえるようテキトーに相槌をしてやった。
しかしなんだって急にここまで降るのだろうか。山の天気は変わりやすいとは聞くけどこれではあまりに気まぐれすぎる。
走るたびに泥が跳ねて足がぬかるむ。ぺっ、芦屋の跳ね上げた泥が口に入った。
「あっち見てみろよ!なんか地面がこんもりしてる!」
今それどころじゃないだろうに、何を盛り上がってんだか。
でもやっぱり見ろと言われれば見てしまう。そんなものはもはや動物の本能だ。しかもその時はなぜか走るのもそこまで苦に感じることはなく、素直に見ろと言われた場所を見てしまった。
確かにこんもりと1ヶ所だけ盛り上がっている。しかもなんでかこの時、おれは早く山を下りて雨宿りするよりも今すぐあのこんもりの正体を突き止める方が大事に思えてならないでいた。あれが何か見に行こうぜ!と芦屋が叫んでいるのが聞こえる。いつもならふざけるな、と言ってやるところだけど今はなぜかそれが妙に名案に感じる。
「行ってみよう」とおれが応じる前から芦屋はそこに向かっていた。おれが拒否したらどうしてたんだろう。
「うわ、なんだこれ、高いなー」
こんもりの上にたってみると段差ができていた。それも結構高い。人間一人分くらいはあるかな。上からだと良く分からないや。
隣で芦屋が足を滑らせうおっ!といってこんもりの下に落ちた。
「大丈夫か?」
「平坂!お前もおりて来いよ!」
「何をそんな興奮してんの?」
「洞穴だ!洞穴があったんだ!ここで雨が止むまでまとう!」
こういうのを不幸中の幸いっていうんだろう。早くこの激しく打ち付けてきて痛い雨水から逃げ出したかったからすがるような思いで洞穴に入ることにきめた。即決即断!おれには世界一似合わない言葉。

土蜘蛛

洞穴に入ってみると先客がいる。一人は経験豊富そうな40~50歳くらいのおじさんと、もう一人は明らかに素人だとわかるような軽装備者。普段山に登る男ならこんな格好では来ない。
一応、雨宿りさせてもらうことを二人に断ると、登山なれしてそうなおじさんは、お互い大変だな。といって薄い布団を一枚分けてくれた。おじさん曰くおれと芦屋で使いなさい、とのこと。
先にいた軽装備には布団は渡していないようだ。
「ありがとうございます」といって芦屋は勢い良くお辞儀して二人で良い場所をみつけようと、おれの腕を引っ張った。おかげでお辞儀もできないので軽く会釈をしておじさんの元を離れた。
洞穴は割と広くて、四人入ってもまだまだ行けそうだった。おれの部屋より多分広い。
おまけに天井が高いので普通にたって歩ける。これはとてもたすかるんだ。
「いいとこあったかー?」
背中越しに芦屋が話しかけてくる。これだけ広くても楽な姿勢を取れる良いポジションというのはなかなかないらしい。
「無いよ」と答えてまた探す。土蜘蛛が歩いていたから捕まえて、芦屋の前にひょいっと放り投げてやると、どわあっ!と物凄い大きな声を出した。そんなことがたまらなく面白い。
こいつは、虫は苦手じゃないけど蜘蛛は苦手というやつだった。
「あー、びっくりした。蜘蛛降ってきたよ。」
どうやらおれが投げたことに気づいてないらしい。そのこともまた、おれを喜ばせた。
さて、おふざけはここまで。良いポジションを探していると小さい穴を見つけた。小さいと言っても腰をかがめるだけで入れるくらいはあるんだけど。
なんだか良く分からないから相談しよう、そうしよう。
「芦屋、この穴何かな?」
「どれ?」と芦屋は肩越しに覗いてきた。
「これなんだけどさ」
「ああ、なんだろ。これちょっと入れそうだな」
入ってみろよ、と芦屋が言うので腰をかがめて入ってみた。けどなんにも見えない。
芦屋にライトを貰って照らしてみるとなかは結構広い、しかも奥に続いているようでさきがみえない。

土の森

疲れたー!と芦屋が騒ぎ出すのも無理はない。
この穴は一体どこまで深いんだろうか。ただでさえ雨に降られて走ってきたから疲れているというのに穴の中はいつまで経ってもおわりがみえない。
おれも疲れてきた。
芦屋を励ますつもりでもっと奥に行くと鍾乳洞とかあるかもよ?とふざけてみたが、洞窟じゃないんだからあるわけ無いだろ。と半笑いで返されてしまった。なんか馬鹿にされてるみたいだ。
でもまあここに鍾乳洞はないかな、絶対…多分…
だってここはさっきからどれだけ歩いても頭の上も足の下も土!土!!土!!!
たまに気の根っことかが
飛び出してるけど本当にそんなもの。
本当にどれだけ歩いたんだろう。
「なあ、ここって昔…戦争してた頃の名残なんじゃないか?」
と、不意に芦屋は言い出した。
「防空壕ってこと?」
「そう、防空壕。土の中だし可能性はあるよな。人もいっぱい死んでそう」
「やめろよ、幽霊とかいやだぞ」
こういう話は本当に苦手だ。しかもこういう時に限って神経が敏感になってるから普段気に止めないような音も気になって余計怖い。
ん?今なんか聞こえなかったか?と、芦屋は言うが怖いので無視した。
それにおれには本当に何も聞こえていなかったんだからしょうがない。
あれ?そもそもここ周りに土しかないから変な音なんて立ちようもないじゃないか。
芦屋にはそう教えてやればいいんだ。
「おい、芦屋、よく考えろ。どこも土で覆われてるんだから変な音なんて立つはず無いだろ」
まったく、芦屋はおっちょこちょいだな。(やれやれ)
「や、でもさっき声みたいのが…」
「黙らっしゃい!」
音が立つはずもないのに芦屋はまだなにか聞こえたという。多分空耳だ。お前の記憶の中の音がこのタイミングでたまたま漏れただけだ。
そう諭すと芦屋はひょっとこみたいに口をすぼめて黙った。こいつはなにか考えるとすぐこういう顔をする。
それからは芦屋も何も言ってこず二人で黙って歩いた。
もうだいぶ奥まで進んだはずだが未だに終わりは見えてこない。
でも、なんだか奥の方がさっきより少しだけ明るい気がする。ほんの少しだけど。
このまま行くと山の反対側に出るんだったりして。
と思っていると、またなんか聞こえた!と芦屋が騒ぎ出した、が、今度はおれにも聞こえた気がする。
多分この奥からだろう。
「なあ、本当に幽霊かもな」
ふざけたことを言う芦屋を置いてスタスタ歩を早める。
今はとにかく外に出たい気分だった。
多分ちょっと明るく見えたのは外に繋がってるからだ。奇妙な音の正体も雨が止んで登山客がわいわい喋りながら山登りしてる音だ。
そう信じて歩を早めた…が…そこは出口なんかではなかった。
頑張って歩いて、やっと見えた希望の明かりは勘違い。
歩いた先にあったのは、何人もの大男が焚火を取り囲む姿だった。

火種

「〜ー~ーー〜-」
大男の一人が突然奇声を発すると他の大男も騒ぎ出した。
これはまずい、何かわからないけどとにかく何かがまずい。
そう思う。けれど動けない。
怖かった。
自分より一回り大きい男達が洞穴の中で火をたいていることが、そいつらが突然奇声を発したことが。
人間はい来ていれば誰でも、少なくとも三回は未知と遭遇すると言われている。
おれの初めての未知との遭遇はとんでもなく恐ろしいものだった。
「何やってんだ!早く逃げるんだよ!」
そう言って手を引っ張って貰っていなかったら今頃、ただ大男達を眺めているしかなかったろう。
走る。ただ走る。
なりふりなんて構っていられない。フォームを気にしてる余裕もない。
今はただ、全力で土を蹴って前に進むことしか考えられない。
芦屋も走る。
おれは足が遅くいつも置いていかれがちな子供だった。
だけど今回は違った。
おいていかれたくなかった。置いていかれたら死ぬと思った。
奴らも追ってきている。
この穴は広いから、奴らが自由に動き回れるだけのスペースがある。
結果、奴らはすぐに追いついた。
当然だ、自分たちより歩幅の大きい奴に走って勝てるはずがない。
走る早さに大事なのは足の回転だと言うけれど、歩幅だってそれなりに重要だ。
奴らはすぐ後ろにいる。
ドタドタとめちゃくちゃな走り方ですぐ後ろに迫っている。怖い
「遅い!もっと早く走れ!」
芦屋は言うが運度能力の差だ。こればっかりは仕方がない。生まれ持ったものなのだ。
「無理だよ!待って…置いていかないで!」
「置いていかないから早く来い!」
「置いていかないで!お願いだから!おれほ置いていかないで!」
必死で叫んだ。必死に走った。
芦屋は持ってきていたさっきおじさんに貰った布団を奴らに投げつける。
布団は奴らの前でぶわっと広がり魚を捕まえる網のように奴らの一人に絡みつく。
するとどうだろう。他の奴らは絡みついたやつが前でもたつくから一緒になってもたついていた。
その隙に逃げる。走って走って奴らが見えないところまで来ると少しだけ心に余裕ができた。
「もう、大丈夫なのか?」
おれは尋ねるとそんなわけないだろ、と怒られた。
今はすごく芦屋が頼もしく感じる。けれどなぜか、そんなところに少しだけ怒りを覚える。
火の粉が着けば後は簡単だ。風が吹くだけですぐ燃え上がる。
「大体!お前がこの洞穴に行こうとか言わなきゃこんなことになってないんだ!」
自分でも何に怒っているのか、なぜ怒っているのかわからない。
「この穴を見つけた時も、お前が興味本位で入ろうなんて言ってなきゃこんなことになってないんだ!」
良く分からないまま流されるのを感じた。
「大体昨日も!なんで冷蔵庫のプリン勝手に食べるんだよ!」
でも、止められない。
「ごめん」
そう言って芦屋はおれの後ろに回って背中をグンッと押す。
さっきより早く走れた。
「本当にごめん。それでも、置いていくわけにはいかないから」
あぁ、おれが女だったら良かったのに。
そしたら、芦屋と…。芦屋…
おい!もう少し自分で走れ!と後ろで芦屋が叫んでる。
尋常ではない慌てぶりだったので少しだけ振り返ってみると大男がもう見える位置にまで近づいていた。
現実は無情だ。簡単に自分の世界に行かせてはくれない。でも今はそんな現実に、少しだけ感謝したりもする。

大きな手のひら。小さな手のひら。

どんだけ走っても歩幅が違いすぎるんだ。奴らはぐんぐん追いついてくる。おれらはどんどん追いつかれてる。
それでも希望はないわけじゃない。
向こう側が少しだけ明るくなっている。出口だ。
おれたちはあそこから入ってまっすぐに進んできた。だからあれが出口じゃないはずがない。
希望が見えたから、少しだけ足も軽くなる。
ぐんとスピードを上げておれと芦屋は光に向かって全力で走る。
走る。走るけど、やはり大男にはかなわない。
なんたってもう、すぐ後ろにいるんだ。
手を伸ばしているのか、なかなかその距離は縮まらなかったが、それも時間の問題だろう。
走る度にどんどん周りが明るくなる。
もう少し、もう少しでゴール出来る!
高揚感だけがそこにあり、恐怖はない。勝てる、と本気でそう思っていたけど、甘かった。
おれの服が微かに後ろに引かれた。
そして、もう一度、ちょいって感じで服がひかれる。
大男がすぐそこまで迫っている。
触られてるんだ!もうその程度の差しかないんだ!
血の気がひいていくのがわかる。
もうだいぶゴールは見えている。すぐそこだ。もう少しペースを上げれればなんとかなるかもしれない。
「ー~-~‐~~‐~ー-ー」
大男がなにか叫んでいる。怖い!本当に怖い!
さっきの高揚感はなんだ!夢か!
大男がついに指をフックのようにして服に引っ掛けた。が、その時おれは一瞬バランスを崩したおかげで大男の指が外れて助かった。
でも、もう次はない。次は多分掴まれる。
大きい手のひらで掴まれる。
速く!速く!速く!
速く逃げなきゃ!二人とも死んじゃう!多分そういう奴らだ!おれたちを捕まえて食おうとするに決まっているんだ!
だから、逃げなきゃ。そんなのは嫌だから、逃げなきゃ!
必死になって走っていたとき。おれは、光の中から伸びる手を見つけた。
すがる思いでその差し出された手を握る。
次の瞬間、一気にグイッと穴から引っ張りだされていた。
「〜~ーーー〜~~-~--」
大男は奇声を発しながら穴の中から手を伸ばしてきたが、どうやらそこは、奴らには狭くて通れないらしい。
「おれたち、助かったんだよね?」
はぁはぁと肩で息をしながら芦屋がたずねてくるからおれも、あぁ、助かった。と短く答えた。
二人はしばらく動けずに、そこに座り込んだまま息を整えていた。

地固まる

「そうなんですよ。生徒たちに危険があるといけないからって無理やり」
「そりゃ、あんたも大変だな、まあいつもはこんなことにならねーし、この山は比較的穏やかだから心配いらねーさ」
「そうなんですか、実は危ないかなーと思ってたんですけどそれなら大丈夫そうですね」
「おう、この時期は紅葉も綺麗だから生徒さんたちも喜ぶだろ」
と、さっきは何も話さずにいたおじさんと軽装備が仲良く話している。ちょっと見ない間に何があったのだろう。
軽装備はおじさんから貰ったであろう布団に身をくるんでいた。
おれたちもその二人に加わり今あったことを話したが
「なあにが大男だよ、おめー。そんな伝説この山にはねーよ」
とおじさんに笑い飛ばされてしまった。
あっ!と突然芦屋が声をあげて謝り出した。
「すみません、布団、どこかにやっちゃったみたいで、今度弁償しますんで…」
「いや、いいよ、あんな安物にそこまでしてくれる必要はねえ」
軽々突っぱねるおじさんを見て男らしい人だと思った。
こういう人は大抵、少し融通の利かないところがあるもんだがこの人はどうなんだろう。
「その穴、どんな感じ何ですか?見せてください」
軽装備は興味津々でらんらんと目を輝かせていた。こういうことが好きな人なんだろう。幽霊や宇宙人肯定派だな、と心の中できめつけてやる。
ここですよ、あれ?と芦屋が首をひねている。
そしておれも同じ疑問を持った。
なぜだかわからないがさっきの穴がぽっかりとなくなって、ただの土壁になってる。
「やっぱりそんなもんねーじゃねーか」
と笑い飛ばすおじさん。
「ですね、夢でも見ていたんですよ」
と諭す軽装備。
でも、二人で同じ夢を?

*

雨が止み、四人で山を降りて駅で別れた。
おれと芦屋は二人とは帰る方向が違うらしい。
なあ、どういうことなのかな…と、不意に芦屋は呟いて、それにわからない、とだけ答えた。
本当にわからないあれは本当に現実だったのか。
夢だとしたらどこからが夢でどこからが現実なのか。
なぜ二人で同じ夢を見たのか。
わからないから、二人だけの秘密にしようと決めた。誰かに話したところであれこれ聞かれて結局わからないと言われるのが落ちだろうから。
それに、二人で秘密を共有することで少しだけ、さらに仲良くなれた気がした。
多分おれにとっての芦屋は、人間が一生に一度出会えるかどうかわからない心友というそれなんだろうな。と感じていた。

ほらあな

ほらあな

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-30

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 雨降って
  2. 土蜘蛛
  3. 土の森
  4. 火種
  5. 大きな手のひら。小さな手のひら。
  6. 地固まる