わをん その壱
「僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は――――」
18日目 教室
「おはよん、あーくん。調子はどうだい?」
「てめぇの嫌な笑顔を朝から見たせいで最近の中で一番最悪な気分だぜ。いくと」
「失礼だな、えへへ。全く全く全く。あーくんは口が悪いね、もっと丁寧できれいな言葉で喋ったらどうなのさ。性格悪いよ、それに馬鹿に見えるよ。あ、すでに馬鹿だったねごめん」
「………………おはよんいくと君。朝から君の性悪そうな笑顔を朝から見ることができて、僕の気分はとても悪いよ。たまには黙ってみればどうかな?少しは良くなると、僕は思うよ。だから黙りなよ。今日一日。出来ればずっと」
「…………」
「うんうんその調子。がんばって、いくと君」
「……………………………………………あーくんにとって丁寧できれいな言葉それなのかい?それが、まわりから聞けば丁寧できれいではない、むしろ暴言だって分からないのかな。だから馬鹿なんだよ」
「黙りなよいくと。僕の言葉は充分に十二分に丁寧じゃないか」
「………………あー、きれいではないことは認めるんだね、うん」
「いいから、黙れよクソが」
「…………………………………………………」
「そのまま永遠に黙ってろ、口を開くな舌を動かすな」
「…………………………………………………」
「…………………………………………」
木々が赤く変色し始め、落下し始めた10月は終り、11月。神無月へと回った。マフラーが活躍し始める月。先月に僕は無口な女の子、むーちゃんと出会った。しかし僕は何も変わらなかったはずだった。今も変わりたくない。変わったら自分を見失う。作ったキャラが崩れさる。けれど。
変わらざるをえないことが、やって来た。
「さあ、二度目だよあーくん。作戦会議を始め、ましょう」
季節外れの風鈴のような声を響かせ潤んだ瞳を彼女は僕に向ける。
水槽の底にある苔のような汚いものではない。
頼むから。
頼むから。
頼むからそんな瞳を、僕に、向けないでくれ。
止めてくれ。
嫌だ。
僕に助けを、求めないでくれ。
こんな僕に、僕なんかに助けを求めないでくれ。
だって。
そんな瞳を向けられたら。
僕は。
僕は。
君を。
むーちゃんを。
渡部くちはを。
タスケズニハ。
イラレ――――
18日目 川原
「まずは、先手必勝。生徒たちにアンケートを行うの」
「すでに先手必勝ではないけどね。むしろ後手後手だね。遅すぎ。手遅れ…………嫌だな止めてよ。痛っ。め、目潰ししてこないでよっ。はいはい、ごめんなさいっ。ちょっ、ご、ごめんなさいって。ごめんなさいって言ってんだろっ。聞けよこのクソがっっ!!」
場所は川原。彼女のお気に入りであるいつものベンチ。彼女はそこに浅く腰かけながら隣にいる僕を見つめる。なんだか不服そうだ。どうしてだろう、気になる。胸がザワツク。うん。むーちゃんは僕をじっと見つめながら詰め寄ってきた。…………あえて一人分の場所を開けていたのにどうして詰めるのだろう?狭いじゃん。
「あ、あのっ。こ、これは、さ、寒いからっでっ、べ別に…………えっと……」
顔を赤らめながら何の言い訳をしているんだろう?
「なら、川原じゃなくともいいじゃん。むしろ寒いなら、どこか別の場所にすれば?例えば、家とか」
「…………わ、私の家はだ、ダメだよ」
「別にむーちゃんの家じゃなくても…………」
「じゃ、じゃあ、どこなの?私には分からない、お、教えて」
「?」
「……………えっと………」
何を期待しているんだコイツ?
また距離が近いし。
「じゃあ、ここでいいよ。別に」
川原がいいならそれでも。
僕が言うと彼女はまた不服そうな顔をする。
?
分からない。
よく見ると、やはりむーちゃんは寒いようで、軽くカタカタと震えている。なんだか可愛らしい。クスリと僕は笑う。久しぶりに笑う。
?
可愛らしい?
………えっと、ともかく彼女のそんな動きが、何だか小動物に見えた。例えば、主人にだけなつく柴犬のように。
「寒いならこうすれば?」
僕は持っていたマフラーを首に掛けた。全部渡すと今度は僕が寒いから、半分ほどいてむーちゃんの首に巻く。
「ぅらっっ!!!!!??」
うら?
なにそれ。
むーちゃんは酷く驚いた。僕が掛けたマフラーを振り払い、ベンチから降りて立つ。顔を真っ赤にして手で口を抑え僕を見下した。見下すというよりは、驚き、僕を上からまともに視点の合わない両目で僕を見ている、といった方が正しいのかもしれない。目線は揺れているけれど。
「えっ……………と、あーきゅんらっっ」
呂律が全く回っていない。
むーちゃんは絆創膏の貼られた両手で真っ赤な顔を覆い隠した。隠せてないけれど。相変わらずむーちゃんは驚き興奮しているようだ。肩で息をしている。
可愛い。
――――――――可愛い?なんだよそれ
18日目 川原2
かくして、僕らは図らずとも僕の家に向かうことになった。むーちゃんに関しては図っていたのかもしれないけれど。彼女はずっと震えていた。なんだか僕はかわいそうに思え仕方なしに僕が提案した。何故かすごくむーちゃんは喜んでいた。なぜなのだろう、分からない。それを見ていた僕も少しだけ嬉しくなったことの方が不思議なのだけれど。不思議、は、怖い。そんなこんなで僕らは向かう。川原でも、薫の家でもない僕の家へ。
もう僕には時間に遅れることはない。彼女に、母親に、怒られる心配はない。だってもう僕の前に――――――――母親がいないのだから。
嬉しい、と思った。
うん。
今も思ってる、絶対に。
――――――――嬉しい?違ぇだろ、じゃあ、今なんで僕はそんな――――――――
18日目 僕の家
「お、おじゃましま……す」
彼女は玄関に座りながら靴を脱ぎ、か細い声で言った。
「気にしなくていいよ、別に。誰もいないし」
「ぅうん」
「んじゃ、こっち」
僕はむーちゃんを引き連れ自室へと案内した。勿論、鍵なんて掛けられてはいない自室。自由というには浅はか過ぎる気もするが、けれど自由といっても差し支えない。これは僕にとってソレなのだから
「か、鍵」
「うん?」
何か言ったかい?
僕が振り向きそう言うと、むーちゃんは首をふるふると振り、喋る。
「鍵、外に付いてるんだね。め、珍しいなと思って………と」
「……ふぅん?普通はこうなんじゃないの?悪いことをした子供を閉じ込める用にさ。ほら、叱れない親の為に。使えない親の為にさ」
――――――――だから、普通ってなんだよ
「普通は、中に、付いてるんだけど。へぇ、か変わってるんだねあーくんの家」
「…………」
「あ…………と。珍しいって感じ」
「…………?」
ガチャリと僕はドアノブを引き、開ける。空気は腐っていない。<当たり前>。そう、これが当たり前なんだ、僕にとっての<普通>。なにもおかしくはない。おかしくてたまるか。
「ところでアンケートって、なんの?」
「んあっ」
むーちゃんは僕が出したジュースを飲むのを止め、考えるように口元に人差し指をおく。今回は絆創膏は貼られていない。綺麗な手だ。だが、僕の母親と違う意味で。彼女は何もしていないから綺麗だった。前はむーちゃんと同じ意味で綺麗だったのに。
「アンケートの内容、は。<学校は好きですか>っていうアンケート」
は?
なんだそれ。
むーちゃんは体育座りからあぐらへと座り方を直す。いや、直すではないか。
「今、学校が無くなりかけてる、から。もう一度、認識してもらうの。この学校というものを、改めて、改まって。存在意義を確認してもらいたいの。もう一度」
――――――――僕がむーちゃんに会ったのはあのHR。僕は始めて彼女を<認識>した。
「けれど、そんなんじゃ」
そんなんじゃ変わらない。
だって、多分、あいつらは、彼らはこの学校を。
何とも思ってないのだろうから。
僕のように。
僕だったように。
――――――――あの学校は、僕を変えては、くれなかった。今日も僕は変わらない。
「うん、分かってる」
むーちゃんは力強く頷く。
「大丈夫。切り札は、ある。私にとっての最後の切り札」
「…………」
「もしこれが駄目だったら、次のがあるの。最後、だけれど」
「………………」
ならいいけど。
僕は別にこの学校の為に君に協力しているんじゃないのだから――――――――君の為に、君だからこそ協力しているんだから。
―――――――え?
「けれどこの切り札は使えるか分からないの、効くか分からないの。だって、その切り札さえも、その切り札に対してもみんなが無関心、だったら」
無関心。
興味が無い。
昔の僕のように。
今の僕の母親のように。
昔の記憶が僕を繋ぐ。
鎖のように、じゃらじゃらと、足枷に手枷に。
うんっ、とむーちゃんは両頬をパチンっと叩いた。
「これで、作戦会議終りっ。疲れたぁ。ところであーくん。話を話題を変える、変えさせてもらうね」
むーちゃんのおかっぱが揺れる。
てか、何もしてないだろ。むーちゃん。
「――――あのね、あーくん。何か辛いこと、あった?」
「…………………………………………………………………………………………………えっ?」
不意討ち過ぎて何も言えねぇ。なんだそれ。
「え…………と」
何かを考えるようにむーちゃんは僕の後ろの方を見つめる。
僕はむーちゃんを待つ。待つのは嫌いだ、でもむーちゃんなら
――――――――何を言ってる何を言ってる何を言ってる
「あーくん、何だか、元気なさそう、だから。一年前みたいに」
「一年前?」
何かあったっけ?
つーか、むーちゃんとそのときに出会ってたんだ。知らないけど。
うん。とむーちゃんは頷く。おかっぱは揺れた。
「…………なんだか、疲れてる、みたいな」
「何か、ぁあった?」
「……………」
別に何もない気がする。思い出せない知らない。
「そ、相談にのるの」
はっ、僕は笑う。だけれど笑ったのは口だけだったと思う。目は笑わない。嘲笑。あざけたわらい。
「むーちゃんが?はんっ、僕のどうして?」
そんな義理は君には無いだろ。
僕の言葉をむーちゃんは否定する。強く首を振り、反対する。
「義理はあるの。だって私はあーくんが、好きなのだから」
「………………………………はっ?」
「ぅらっ!?」
僕とむーちゃんは同時に驚いた。嫌々、おかしいだろっ。
「ち、違うの違うの違うの違うの違うの違うのっ!! 」
「そ、そそそそそそんなんじゃなくて。す、好きっていうのは、人間的にじゃなくて生物的にじゃなくて……………友達っ。そう、友達ととしてっ、みたいなっ」
?
何を言ってるのだろう?
色々と分からない。
むーちゃんは顔を赤らめ、隠す。うーんうーんとうなだれて考えているようだが話は多分まとまらないんじゃないか?座り方をあぐらから正座、正座から体育座り、体育座りから、とコロコロ変え落ち着かない。
「だ、だから。私、は。友達としてあーくんがす、好きだから相談にのるの。助けるの。手を差し出すの。当たり前」
むーちゃんは続ける。
「好きな人を助けたいのは――――当たり前っ」
「え…………?」
むーちゃんは綺麗な二つの瞳で僕を見つめる。揺るぎ無い瞳。僕は持っていない、無くした。今はどこにあるのだろうか。…………母親が持っていってしまったのだろうか。
――――――――あぁ。
「だから」
――――――――分かった。
「相談に、のるの」
――――――――分かったよ、いくと。
「助けるのに」
――――――――分かったよ、薫。
「理由なんかいらないの」
――――――――僕は。
「私は」
「むーちゃん」
うん?
と首を傾げる。
「――――――――好きだ」
わをん その壱
「わをん」では完結できなかったので、その壱、その弐と「わをん」の名前で話を続けさせていただきます。次も見ていただけると嬉しいです
それでは「わをん その弐」へと続きます。
水色