メカニカルハート・フォーユー§1
プロローグ
大災害から100年。この星は人が住むには厳しい環境になりました。
人類は、巨大シェルター船『13』に活動の拠点を縮小しました。
僕達は人の形をしたロボットでした。不老不死の身体を手に入れたはずなのに、
僕の口からは依然ため息が出るのです。何故なのでしょうね?
1-1. 青の瞳
「エク兄、エク兄。すごい!これなーに?!」
「無意味に走るんじゃないです。オイルの無駄ですよ」
呼び止められた少女は振り向き、無邪気な瞳をキラキラさせています。
「これはオートメーション通路、動く歩道と言えば通じませんか?」
キラキラが横に揺れます。
「さいですか。第3階層と違って、ここ第2階層はハイテクなのです」
歩道の進行方向先を指差します。道が二股に分かれ、分岐点に電光掲示板が立っています。
「オイル屋に行きたいと念じて下さい」
少女も振り向き掲示板の方を向きます。彼女の事ですから目を瞑って神頼みでもしているのでしょう。
軽快な電子音。掲示板に『行き先、右オイルショップ』の表示。
右分岐の歩道が階段状に変形します。
「え、エク兄……す、す」エクスカレーター状になった歩道で呟きます。
どうです。ハイテクでしょう。
実際の所は、僕が公共信号を送って道を分岐させただけなのですけど。
少女は微動だにしません。よほどビックリしたのでしょうね。
……ビックリ?
そう思ったのと、少女が倒れたのは同時でした。
――しまった。
歩道を全力ダッシュで駆け上ります。ああ、オイルがもったいない!
寸での所で少女の身体をキャッチします。そのまま公共区画のベンチまでおんぶします。
肩から下ろすと、少女はだらりとなります。まるで寝ているようです。
ごめんと思いつつも、閉じた瞳を親指と人差し指でくぱぁします。
「ああ、どうしましょう。キュー子、ね、起きてくださいってば」
起きない事は僕が一番よく分かっていました。
それは、彼女の瞳が青く発光していたからです。
「ブルースクリーンですか……」
やっちまいましたよ。
1-2. オイルショップ前にて
「困りましたね」
微動だにしない少女、もといキュー子を横に僕はうなだれていました。
この子が95規格だという事を忘れていた訳ではないのです。しかし、あまりにもショックに弱すぎます。
それとも、これはこの子の性格、個体差なのでしょうか。いえ、そんなことより解決策を取る事が先です。
辺りを見渡します。人通りは疎ら。オイルショップの方も大丈夫。
「キュー子。失敬しますよ」
横にした身体を起こし、僕の肩に寄りかかるようにします。
さらりとした黒髪の感触。その顔は『すごい』のすの字のまま眠っているようです。
行動は迅速でした。僕の手はキュー子の太ももからスカート、下着の中へ滑り込みます。
押し返す温かな感触をできるだけ無視し、まさぐり探します。目標を探しているんです!
コリっと固い感触。これです。中指で強く押し上げます。
キュー子の瞳がブラックアウトします。指を一旦戻し、一呼吸します。
実際は呼吸なんてしなくてもいいのですけど、こういうのは儀礼なのです。はい、深呼吸。
傍から見れば真昼間から公共区画で情事に励む二人。うう、アホウです。
中指を再度押し上げます。
「んあっ……」
キュー子の口から甘い声ががが……、顔が赤くなるのを感じます。
「キュー子、起きて。ウェイカップですよ」
真っ暗だった瞳に白目が戻りかけてきました。
が、すぐに真っ暗になります。起動失敗です。電源ユニットが古すぎるのです。
「うぬぅ……、ままよー!」
僕の中指がピストン運動を始めます。指の動きに合わせてキュー子が揺れます。
「あっあっ……、ふぁっ!」
パチンとキュー子の両目に白目と黒目が戻ります。
「あ……れ。エク兄、あたし……」
「おはようございます。ご機嫌麗しゅう」
虚ろな瞳が宙を彷徨い、混乱を収めようとします。
「エク兄。顔赤い。大丈夫?」
もたれかかったまま手を伸ばし、僕の顔に手を当てます。
「僕の髪は白いから相対的にそう見えるのですよ」
「うそだぁ。だって……」顔を近づけた瞬間、とうとうキュー子が異変に気づきます。
「……?!」
身体がピクンと跳ねましたので、中指をさらに押し上げます。古いユニットはこういう方が安定するのです。
「エっク、兄?えっ、えっ?」
状況が把握できないキュー子は身じろぎします。
中指を離せない僕と混乱するキュー子の間で化学反応が起きました。
結果として僕の指は彼女の電源ボタンを連打していました。
「あっ、あぅぅぅ。ひぃいーん!」
キュー子は僕に抱きつき、電気の刺激に打ち震えます。
そうです。僕達ユニットの電源ボタンは人間で言う秘部でもあるのです。
キュー子の混乱が収まった頃、オイルショップの店員は訝しげな目でこちらを見ていました。
ああ、僕のクリーンなイメージが崩れてしまいます……。
1-3. サービスオイル/VSフラッシュ
「エクス。やるじゃないか」
オイルショップの兄ちゃんに肩をバシバシやられました。
「あの、別にそーゆーのでは……」
「彼女さんにサービスで一つ、ほら」
上物のドリンクオイルがカウンターから出され、店員さんは値段のラベルを剥がします。
「何なんですかぁ。恩を売るつもりですね?」
「俺とお前の仲だ。気にするな」
笑顔の店員さんはバンダナを外します。これは、もう今日は商売をやる気が無いという事なのです。
視線をガラスドアの向こうにやり、首を傾げます。
「可愛らしいが、若すぎないか?」
「だーかーらー」
本来の用事を済ませます。安物のオイルドリンクや加工オイルを買い込みます。
「はい、おつり。毎度どうも」
「税金なんとかなりませんかねぇ。最近値上がりしすぎですよ」
「それは貴族階層の奴等に聞いてくれ。ハチ公とか仲良いだろ」
「むぅ。ハチさんですか」
その名前を聞くと、少し気分がブルーになります。
「ま、気が向いたらでいい。じゃな」
それでは、と僕は外へ出ます。
キュー子の顔に笑顔が咲きます。「おかえり!エク兄!」
「それでは第3階層に帰りましょうか」
随分と軽くなった財布で足取りも軽やかに出発でございますよ。
「もう分かってますね?」
「うん!」
超電磁ワイヤーの柵に触れないように注意して、第3階層から第2階層に抜けるゲート区画を戻ります。行きと同じくキュー子はアイセンサー認証に手間取ります。
「フラッシュにびびらない。こう眉間に皺を寄せてクワッとですね……」
2人して眉間に梅干しを作ります。そのままキュー子の肩を叩きアイセンサーの前まで行くよう促します。
「うー、うー……、わっ!」
僕は梅干し顔のまま、やれやれのポーズを取ります。
1-4. 赤の湖
ハッチを閉じて気密確認。垂直ラッタルを降りるとキュー子が背を向けて立っています。
「2層はどうでしたか。すみません、ああいう小綺麗な場所に僕ら住めないのですよ」
「ううん。あたしこっちの方が好き」
キュー子が両手を目一杯広げます。
「エク兄のいるこの場所が一番好き!」
ヤジロベエのようなキュー子の眼前に広がるは赤黒い湖。
「住みよい場所では無いんですけどね。そう言ってくれると嬉しいです」
凪いだ湖を見つめながら僕は少し笑います。キュー子の腕に手を乗せゆっくりと折りたたみます。キュー子は何故かクスクスして背を向けたまま僕たちの家に向けて歩いて行きます。
さて、今日は賑やかな一日になりそうです。
1-5. レッツ・パーティー!
パァン――――。
破裂音とキラキラした紙片が宙に舞います。頭に紙片を乗せてキュー子が目を瞬かせています。
「メイちゃん?それに皆も……」テーブルには我が家のメンバーが全員揃っていました。
僕は空かさずメイにアイコンタクトを送信します。ぴぴぴ。
メイが膝元に隠しておいた巻物を脇に座る一人の子どもに渡します。メイは高く上げられた巻物を横に引き出します。
『熱烈歓迎・ようこそキュー子』
「キュー子(ちゃん)(さん)、3階層へようこそ!」
僕も含めて皆がキュー子にハモります。拍手の雨。
肝心のキュー子は……。よかった、ブルースクリーンにはなっていません。
ですが、大粒の涙を流して口をへの字に曲げています。
「み゙、み゙んな゙、あぎがと~~……!」顔を覆ってその場にへたり込んでしまいました。
メイが慌ててキュー子に駆け寄ります。
「ちょっと、大丈夫?」
「メイ、この子が感情豊かなだけですよ」
泣きべそをかいているキュー子の肩に手を添え、今日の主役の席に案内します。
「す、すごい。なにこれ……」
目の前にはオイルを加工したケーキやらお菓子やらがわんさかとあります。
「メイ達が頑張って作ったんですよ。良い出来でしょう」
「ボクはお皿に盛り付けただけだけど、コホッ」「ビスケ、あんた無理して出てこなくても良いのに」
メイの両脇に居る子どもたちがキュー子に話しかけます。
「ボクたちの事、家族だと思って」
「そうそう。なんでも言ってくれていいんだからね!」
キュー子は鼻水を啜りながら訳の分からない呪文を唱えています。多分ありがとうと言いたいのでしょう。
そうして、僕らは和気藹々と歓迎会を過ごしました。
キュー子は終始ご機嫌で、我が家に照明が一つ増えたかのようなニコニコでしたよ。
1-6. みかん箱でお手伝い/グッドナイト
パーティーが済み、メイはアニスとビスケを寝かせに行きました。
僕は洗い物を済ませます。
「あたしも手伝う!」キュー子が隣に立ちます。
「大丈夫ですよ。それに今日の主役は貴女です。ふんぞり返って休むくらいが丁度いいのですよ」
「うー、じゃあそうする」
椅子に戻り足をバタバタさせ始めました。僕は作業を再開します。
再開したはいいのですが、少し遠くから「あー」だとか「うー」とかソワソワした声が頻繁に聞こえてくるものですから、
結局僕はキュー子に皿拭き大臣を任命しました。
「はいはいさー!」みかん箱に立ったキュー子が元気に敬礼を返します。
「アニス達が寝てますから、もうちょっと静かに……」
なんだかんだ、キュー子に手伝ってもらったお陰で洗い物はすぐに終わりました。
* * *
ゆっくりと、子ども達の寝室を覗きます。
「……」
アニスとビスケは二段ベッドで、メイはソファーで寝ています。
パーティーの間は元気に振舞っていましたがメイも疲れているようです。
起こさぬようドアを閉め、キュー子を案内します。
「隣の部屋がキュー子の部屋になります。物置を改装したのでちょっと狭めですけどね」
小さなベッドと木製の机が置かれた簡素な部屋です。
「ううん。皆、本当にありがとう」囁くように言い、机の脇の窓に立ちます。
窓の外は昼と変わらず、赤黒い湖が視界の大半を占めます。
「貴女は平気かと思うかもしれませんが、もう、あの湖には入らないでくださいよ」
「うん」
僕は音も無く歩き、キュー子の後ろに立ち、
「ひゃっ」
驚かせてやりましたよ。キンキンに冷えた例の上物のオイルドリンクをキュー子の頬に当てました。
「これはプレゼントです。皆には内緒ですよ」
「あ、りがとう」
ベッドに座りドリンクをコキュコキュする姿を僕は椅子から見ます。
「ふぁぁ……。エク兄、なんかいー気分」
「でしょう?頻繁に買ってあげられはしませんが、いいオイルドリンクを飲めば物凄く調子良く過ごせるんですよ」
ドリンクを飲み干したキュー子は、しかし、ビンを落としてしまいました。
「どうしました?」ビンを拾い上げ、うな垂れたキュー子に駆け寄ります。
「ふぁあ、エクに~~~」
急に抱きつかれました。ぎゅーっとやられるものですから反射で振り払ってしまいました。
「エク兄、ぎゅってして……」真っ赤な顔で手を差し出して来ます。
僕は混乱してしまいます。これはもしかして……、
拾い上げたビンの裏を見ます。そこにはお酒の印字が刻まれています。
――、やられました。確かにこれも上物ですが、調子を良くするものじゃなくて……。
「ぎゅーー」
判断中枢機関を麻痺させて一種の酩酊状態にさせる類の物です。
呑んだくれの相手は大変です。
それから小一時間、僕はキュー子が眠りに就くまで、添い寝ハグゲームに付き合わされました。
メカニカルハート・フォーユー§1