黄金色の雫

2012/01/14 (2012/01/26修正)

 白日の光が窓から差し込んでいる。光の粒に当たると、冷たい指先は幾分かの暖かみを受け取ったようだ。晴れ渡る青空も虚しく冷え込むこの頃では、暖炉に火を灯さない日はない。それでも手足が冷えるのだから、どうしたのものかと悩んでしまう。
 暖炉の側に寄って手を暖めていると、火にかけていたケットルが小さく笛を吹いた。お湯が沸いたようだ。戸棚からカップをふたつ取り出し、湯を通す。白い湯気が羽衣のように立ち上って消えてゆくのを眺めながら、茶葉をポットに分けてそちらにも湯を通す。途端に広がる花の香りに、口元が綻ぶ。
 暖まったカップからお湯を捨てていると、玄関から物音が聞こえた。彼が帰ってきたのだろう。まるで図ったような素晴らしいタイミングだ。いや、図ったのではなかろうか。お湯が沸いてお茶を入れるのを、どこからか見ていたのではなかろうか。そんなことを考えていると、彼は冷たい空気を纏ったまま部屋に入ってきた。
「今日は冷えるな」
 そう言いながら上着を脱ぐと、寒さで赤くなった彼の頬が露になる。如何ほど寒かったろうと、少し申し訳なく思う。
「おかえりなさい。寒かったでしょう。丁度、お茶を入れるところなんです」
 言葉の間に、ただいまという応答が挟まった。彼は居候だというのに、ここがまるで家のようだと可笑しくなってしまう。そして少し嬉しくも思ってしまう気持ちには、気付かない振りをしよう。
「水のお礼にと頂いた。貴女は本当に大切にされているな」
 彼の手には小さな瓶が握られていた。それは日の光に照らされて、虹色に輝いた。お礼と言われても受け取って良いものか悩んでしまう。手を伸ばして瓶を受け取ると、氷の様な冷たさに驚いた。
「礼とは言っていたが、子どもたちは貴女が元気になるようにと言っていた。困った顔をせずに、ありがたく受け取っておけ」
 その優しい声には、はい、と返事をしておいた。思わず笑みが零れてしまう。
 小瓶を湯煎して、緩くなった液体のひと匙分をカップに注ぎ、ポットの茶も注ぐ。重なったふたつの黄金色が溶けてひとつになった。小瓶は布で拭いて、戸棚に仕舞う。隣りの戸棚から焼き菓子を出して皿に盛ると、彼はもう椅子に落ち着いて、冷えた手をティーカップで暖めていた。カップの中に匙を入れながら声をかける。
「よく混ぜてくださいね」
 そう言いながら勝手に混ぜてしまった。彼は黙って見ている。
「不思議なものだな」
 持ち上げたカップには日の光が降り注ぎ、美しい影を作っていた。
「黄金色に黄金色が溶けていった。消えてしまった」
 寂しそうな仕草は子どものようだと、いつも思う。人恋しいときには、誰でも子どものようになるのだろうか。
「消えてはいないのだと思いますよ」
 カップに口を付けて、香りと味を含んだ。釣られて彼も茶に口を付ける。
「溶けてひとつになるのです」
「…甘い」
「暖まるでしょう」
 思わず、頭を撫でそうになった。
「蜂蜜は紅茶に入れるものなのだな」
 そうなのだろうか。よく分からなくて、続きを促すように小さく首を傾げた。
「同じ色だから綺麗に混ざるものだ。消えてしまったような気がしたんだ」
 彼は光に透けた黄金色の影を見ていた。

 よく晴れた、冬の午後だった。

黄金色の雫

続きません。

いつか物語になればと思います。

黄金色の雫

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-26

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