チキンスープ
はい、まずタマネギは半月切り。
--トン、トン、トン。
ニンジンとカブは一口サイズ。
--ザクッ、トン、トン。
セロリは茎を、ニンニクは2片。
…潰すのは……いいか。
鼻がじゅるじゅるする、目もしぱしぱすると、身体に文句を言いながら、火にかけてある鍋を開けると、ほわっと、まるく白い湯気がのぼる。
真っ白なホーローの鍋の中には、うっすら油の浮いた透明なスープと骨付きのチキン。ふつふつと煮立ったスープの中、たぷたぷと美味しそうに浮いている。温かい湯気にあたると、また鼻水がでそうだった。
匂いに反応して猫が鳴く。…君のじゃないよと言いながら、綺麗に切りそろえた野菜を、スープの中にポチャン、ポチャンと一つずつ丁寧に入れ、ブイヨン、塩、胡椒、そしてローリエの葉を入れて、コトンと、蓋を置いた。
三日前、風邪を引いた。
そんな時、決まって作るのは、チキンスープだ。
それも…少し前に居なくなった彼がよく作ってくれたスープ…
猫がぐふぅぐふぅと喉を鳴らしている。我慢できず顔を猫の身体にうずめる。丸々と太った猫の腹に顔をうずめるのは、なんとも気持ちの良いことか。まどろみながら、ブランケットにくるまり、目を瞑り、スープが煮えるのを待った。
…どうして、いなくなったの…どうして…
少し前に、彼がいなくなった。
大切だ、大事だ、なんて良く言ってくれた彼なのに『運命のあの子が来たから』と、私の前から居なくなってしまった。
…私のことなんて、ホントは遊びだったんだ…
…私のことなんて、ホントは大切なんかじゃなくって、
どうでもよかったんだね…
と、悲しい気持ちが、身体じゅう、いっぱいに広がる。つらい。
そんなことを考えていると、また鼻水がでてくる。
…風邪をひく度、チキンスープが効くんだって彼は作ってくれた。風邪には御粥でしょう…?と私はげげんな顔をして、ぶつぶつ文句を言いながらスープをすすっていた。それでも不思議とそのスープは効いた。身体がぽかぽかして、ぐっすり眠れる、、温かいスープ。
……。
身体が…ぽかぽか…?
目を開け、鍋を開け、味見をする。
これは、彼のスープの味じゃない。彼から聞いていた、本に書いてあった通りのレシピなのに。
……。
そうか、しょうが…。
急いですりおろし、スープにぽとりと落とす。
スプーンでスープをすくい、口にした。
ああ、そうか……。
目から涙まで出てきた…。もう…鼻も、口も、顔面は崩壊だ。
もうやだ。もう、私のばか。
彼が、自分のことを本当に大切に思ってくれていたことに気付いた。
しょうがは、身体を温める野菜。レシピには乗っていない野菜。
私のことを、考えて、加えてくれた愛情。
いつも元気になりますようにって、口に運んでくれた。
…男ってホント、バカ、単純。運命なんて、あるわけないのに。
ぐすっと袖で顔をこする。
…ばーか。しあわせになれ。
スープをかきまぜ、スープをボウルに入れる。木のトレーにおいて、お気に入りの木のスプーン、彼が買ってくれた、胡桃の木のスプーンを添えて。
さぁ、おなかをすかせた私、風邪をひきの私の身体へお届けしましょう。
あつあつのスープを。大好きだった彼―いや、最愛の友人が、私のために作ってくれた愛のあるスープを--。
チキンスープ
風邪にはチキンスープだそうです。アメリカのおばあちゃんの知恵袋。失恋って涙も鼻水もでますよね。打ち込みながら聴いたのはBGMはunmoさんのmusasabi (arranged by beef)。サウンドクラウドで無料で聴けるので聴きながら読むと気持ちがいいかも。主人公の名前は胡桃にしようと思っていたのに、入れ忘れました。