セレウデリア王国史 2

 セレウデリア王国史 2
 Ⅰ沿海諸国会議
 ⅱ船上会議

 「……何ですと?」
カルカラ国王、ハザン・ヴォールスにより語られた沿海諸国会議開催の理由……それを聞いてドライグは目を丸くした。隣のレイファも同様にして、じっと国王を見つめている。
「セレウデリア王子ミアエルと思わしき者を、ガルヴァ自由都市のライオハルト公爵が保護したのだそうだ」
繰り返したハザン王。その顔は、この先巻き起こるであろう様々な問題を既に察しているようで険しい。カルカラ王国では、国王も陸軍ではなく海軍の司令官として戦場に立つ事が多いため、船乗りのような荒っぽさは無いものの良く日に焼けた明るい顔立ちと陸の戦士とは幾分異なった海の戦士らしい逞しき体つきをしている。もう40に近いが王としてはまだまだ若いハザン王は、英明で通っている。まつりごとだけではなく、商事にも関わり、国の発展に大いに力を注いでいて宮廷内から末端の人々まで幅広い人気を博している人だ。その、海の人の典型のような男らしい美しさも人気の一因だろう。
「どういう事です? ミアエル王子、その人だけ?」
「そうだ」
レイファに頷くハザン。カルカラで誰よりも武勇を持つドライグは、誰よりも王の信頼を得ているしその右腕で、戦時には作戦参謀に早変わりするある意味で奇妙な女、レイファもハザンは軽視していない。こうした話し合いの場には必ず彼女も呼ぶし、質問や意見も忌憚なく受け付ける。それは三大帆船どの船長、副船長相手であっても同じ事。今ここには、国王と3人の船長、それぞれの副船長が揃っているのだ。動かされているのはカルカラの王室用船、コルヴィナ号。その最も大きな船室に集まって、会議が行われているのだった。
「ライオハルト公爵の言葉によれば……ミアエル王子は今は亡きセレウデリア王妃の魔法によって、無作為に転送された結果一人、ガルヴァに降って湧いたように現れたそうだ」
「魔法ですと?」
顔をしかめたのは、アルダニア号の船長ロルートゥスである。三大帆船の中、陸上での戦いも得意とする希有な軍の指導者である彼は筋肉の盛り上がった身体を持ち、縦も横も大きい。日に焼けた顔は厳めしく、ただでさえ体格が持っている恐ろしい印象を更に強めている。そんな彼は、50年の長きに渡ってカルカラ王国の海の男として真っ直ぐに生きてきたため、魔法などといった怪しげな、よく解らぬものが嫌いだ。
「そんなら、何故、もっと安全な……セレウデリアの同盟国にでも送り込まなかったんでしょうかね。それに、王子と思わしき……ってことは身の証を立てるものを1つも持っていないんでしょう? ほいほいと信用できるものですかね」
できない、と断定したような口調で不信感をぶちまけたロルートゥスである。彼に心酔している副船長のガドーも大きく頷いた。ガドーはロルートゥスより少し年下くらいの男。多少、船長よりは小柄だが充分に迫力のある面構えをしている。戦闘の中で付けられた傷が左目に縦線を描いていて、さらに凶悪に見えるものだ。
「場所を特定できなかった事に関しては、その魔法が未完成だったからでしょう」
「……何だって?」
淡々と、恐れげもなく発言したレイファをガドーがじっと見た。
「現在の魔法技術では、生物の転送など出来ないのです。しかし、セレウデリア王妃……エレトゥシル王妃様は非常に優秀な魔法研究家でもありましたから、一般には知られぬ魔法技術を編み出していても驚くことではありません。恐らく、彼女は途中まで、生物移転の魔法を作っていたが、完成前にアルファレーゼの手に掛かって亡き人となった。しかし、亡くなる前に最後の望み、殺されるよりはとミアエル王子殿下を不完全な魔法で転移させた結果、今回の事になったのではないかと」
面白がるように聞いているハザン、自慢の娘を見るようなドライグ。ロルートゥスは無言で考え込んでいるだけだが、まるで自分の船長が小娘に莫迦にされたように感じたガドーは不機嫌そうに言い返す。
「例え、それが可能だったとしても、王子が本物である証明は出来ない。王妃がそのような魔法を使ったという事実も確かめようが無いのだからな」
「それはそうだが、ミアエル王子を名乗ってガルヴァに入り込むような事をして得となる者がいるとは俺には思えん。沿海諸国を引っかき回したいのであれば、他にもっと良いやりようはあるはずだ。それと、未だにミアエル王子の首級が上がっていないのもどうやら事実らしいぞ。魔法技術が最も発展した国だ、セレウデリアは。俺達、海の者に理解しがたい事をやってのけたって不思議はねえさ」
ここで可愛い副船長が言い返そうものなら、ガドーの頭には更に血が昇るとみて、素早くドライグは自説を披露した。これには、アルダニア号の2人も黙るしかなかった。
「それで、ライオハルト公爵は何を決定したいというんですか? 王子の真偽、その扱い?」
「恐らく、どちらもだろうな」
ルミリア号の船長、ガルトファーンにハザンは短く答える。ルミリア号は、戦時には軍艦として力を発揮するものの平時は貿易船として使用され、そちらでの活躍の方が大きい船である。ガルトファーン本人も、戦事よりも商人としてのやり取りを好むたちであって声に表れる緊張感は他の者のそれと随分種類が違う。ほっそりした顔立ちの、3人の船長の中では最も若輩であるためかこの場では貴重な好青年の座を得ている。くるくるとよく動く大きな目は少年めいた馴染みやすさで、身体はしっかりしているものの大柄とはいえない。寧ろ、船長めいているのがルミリア号の場合は副船長の方なのだ。さっきから沈黙を守っているルミリア号副船長は、痩身ながら背が高く強面、伸ばした黒髪を細く束ねている。40代に入ったばかりという年頃で、かなり武力に長けた人物だ。
「参加国は、いつもどおりで?」
そんな副船長、ラグラスの問いかけにハザンは頷く。
「我らカルカラ王国、渦中のガルヴァ自由都市、モルード公国、アルグレッサ王国、それからヨーフェリア王国」
「モルードとヨーフェリアは、アルファレーゼとの交易を重視していますね」
ガルトファーンの呟き。
「そう、何か問題の火種になるとすればそれだ。連中は、アルファレーゼと親密な関係を築く事で低い軍事力を補っている。今回証明されたわけだが、アルファレーゼの軍事力は凄まじい。協定を破って、奇襲をかけたとはいえ、大国としての位置を占めるセレウデリアをあっさり攻略したのだからな。内陸部の上、土地に恵まれていないアルファレーゼはこの2国との通商で国民を食わせているといってもいいほどだ……もしも、2国が敵に回る事となれば国境モルードとヨーフェリアがセレウデリアの二の舞となる可能性も高いだろう。それを恐れて、アルファレーゼの機嫌を取りたがるかもしれん」
ハザンが言い終わると、誰もが頭を抱えたい気持ちになってきた。一体、今回の会議は何日続くやらという心境である。互いに均衡を保ち、時に助け合って良好な関係を築いているように傍目からはみえる沿海諸国であるが、内情は少し違う。それぞれ、懇意にする国が違えば軍事・経済の事情も違う。カルカラ王国やアルグレッサ王国に関しては、他国との戦を神経質に恐れるような事はない。海軍力はどの国にも負けぬ自信を持っているし、それに比べれば劣るものの陸軍も決して弱いわけではない。だが、ハザンが懸念しているように沿海諸国の中でも比較的西に近いモルードとヨーフェリアは軍事力が非常に低い国でありアルファレーゼの後ろ盾をいつでも頼りにしているようなもの。今はもう無いに等しきセレウデリアを庇って、アルファレーゼの怒りを買う道理はない。
「というか、我々カルカラにだってミアエル王子を庇う理由は無いでしょう?」
ガルトファーンが言った。
「だから、偽物と斬り捨てるか? しかし、ガルトファーン。我が陸の同盟国、アルドラドを忘れていないか。アルドラドとセレウデリアは縁戚関係だ。もし、カルカラ王国が……ミアエル王子が本物だった場合、それを庇わなかったとなると関係にヒビが入る。我が国の海産資源は豊かだが、人間の生活は海産資源だけで成り立つわけではない」
「それは解っています。すみません、私としたことが」
本気で恥じ入るようにガルトファーンは言う。彼は、まだ若いのだ。ハザンはしかし、そういうところに苛立ったり、とがめ立てするような性格ではない。相手が理解した事に頷くと続ける。
「つまり、我々はミアエル王子の処遇について冷徹な態度を取るわけにはいかない。これが、正式な戦ならともかく卑劣な奇襲を受けてセレウデリアが攻略されたという事実も大きく響いてくる。また、ガルヴァ自体もセレウデリアとの関係が深かった国。ライオハルト公爵はあれで、なかなか人情に厚い人でもある。寛大な措置を提案するとみて間違いない。一番、出方が解らないのがアルグレッサだな」
ハザンは言いながら、答えが出てくるという期待を半ば込めてか何と無しにテロスポリス号の2人を見た。
「アルグレッサのカルローダ王は、待つと思いますよ」
「……待つ?」
興味を引かれたように、ハザンはレイファを見た。
「彼の国にとって、セレウデリアとアルファレーゼの価値は同等。ですから、アルグレッサにとって今回の問題は沿海諸国の問題にまで引き下ろされるわけです。
何かを働きかけた方に、傾くでしょう。アルグレッサの今後、有利になるような条件を提示して自分の側につくよう取り入った側につくと考えていいと思います」
「となると、よりこっち側は不利だな」
頷きつつドライグは断定した。
「こっちの側にあるのが、今や踏みにじられてその存在を消そうとしているセレウデリア。向こうが、その反対。どこよりも勢いを持った、最高レベルの軍事力を持つ新興国家アルファレーゼ……。利益を追求するなら、セレウデリアを庇う道理は無え」
「目先の利益、なら」
ちょっと微笑んで、レイファは口を挟む。
「ん? どういうことだ」
「アルファレーゼは……いえ、世界中が魔法国家を舐めていますよ。もうじき、三千年を迎える歴史を持った国です、セレウデリアは。今まで、ここまで大きな敗北を喫した事は確かにありませんでしたがミアエル王子さえいればセレウデリアはどうとでも再生できると私は考えます。それを考えると、アルファレーゼは長期的な利益をもたらす国でしょうか? 軍事力だけの国ですよ、あそこは。もし、諍いが起こって沿海諸国とアルファレーゼが対立したとしても他国は長年培ってきた同盟の歴史によって、多くが沿海諸国側につく。いかに、素晴らしい武将がいようと多勢に無勢という言葉がありますし連中から海と川を奪ってしまえば、どうにも立ち回れなくなるでしょう。潰される事になれば、簡単に潰れる国だと思います。ただ、侵略の面白味がないからどこの国も敢えてそんな気を起こさないだけで……。長期的な利益を考えると、セレウデリアの再生に助力したほうがよっぽど良い。あの国の農作物は豊かですし、絹や毛織物工業も盛ん。それも、沿海諸国では真似できない物産ですよ。そして何より、この先、再生できればセレウデリアの歴史はそう簡単に途切れないでしょう。いざ、真っ向から対決するとなれば……つまり、“正規の”戦を行えばセレウデリアとその同盟国が敗を喫する事は有り得ないかと思います」
こうやって彼女が話すのを聞いていると、誰もがレイファがまだ20になっていない娘だという事を忘れる。そして、海と武勇の国カルカラの者だという事まで失念しそうになるのであった。その、美しい唇から流れるように政治論があふれ出る様は知恵の女神イールを思い起こさせた。
「つまり、アルグレッサの説得は可能か」
ハザンが満足そうに頷いた。
「ああ、それと」
一同を見渡した。
「今回の会議も、通常通り3名ずつの参加が認められる。いつものように、私とテロスポリス号の2人で異論はないか」
余程の事が無い限り、英明で大らかなこの王相手であっても彼の決定に異論を唱えることは考えられない。そしてまた、ドライグ以上に王の安全を任せる適任者はいない事、レイファ以上に弁が立つ者がいない事も誰もが承知しているところである。あっさりと全員が同意を示した。

セレウデリア王国史 2

セレウデリア王国史 2

『セレウデリア王国史 1』の続きです。しばらくは、こんな話し合いばかりですがあしからず。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-01-26

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