愛しの都市伝説(12)
十二 伝説たちの集合
ここは荒れ果てたビルの一室。以前は、スーパーがあり、多くの客で賑わっていたが、今では閉鎖され、誰もいない。所有者は、取り壊すのにも費用がかかるため、今でもほったらかしのままだ。ある時期、鳴り物入りで、数十軒の飲食店が入った飲食市場がオープンしたが、一年足らずで閉店して、また、元の寂しいビルに戻った。
そんなビルの一室に、伝説たちが集まって相談していた。背広姿のサラリーマン、幸福まんじゅうマン、DJガードマン、シンバルを叩くサル、七尾のキツネだった。
「一体、俺たちに、今さら、何をしろって言うんだ」
最初に口火を切ったのは、サラリーマンだった。口元には、白いアイスクリームがついたままだ。これを見かねて
「どうそ、これで、口を拭いてください」
幸福まんじゅうマンは、幸福まんのチラシが入った宣伝用のティッシュをサラリーマンに渡した。
「ああ、すいませんね。幸福まんじゅうマンさんは、よく気がつきますねえ」
サラリーマンは器用に、舌で、アイスクリームを舐めた後、「これ、もらっておきますよ」とポケットの中にティッシュを押しこんだ。
「ええ、いいですよ。もう、二十年以上も前のティッシュですから。皆さんも、もし、よかったら、使いますか。いつか、使える日がくると思って、しまっていたんです」
幸福まんじゅうマンは、自分のポケットから、数袋のティッシュを取り出し、ガードマンやサル、キツネに渡した。
「ありがとうございます。汗をかいた後。これ役に立つんですよ」
DJガードマンは手を伸ばして、ティッシュの袋を破ると、額の汗を拭いた。
「最近、オレも、眼やにが出て、困るんだ」
サルもティッシュで眼を拭いた。
九尾のキツネは、「オイラも最近、咳が出て、止まらないんだ」コンコンと口に押し当てた。
「そんなことよりも、これからどうすんだ。今さら、人間のために、何かしてやるのか」
サラリーマンは仲間たちを見回した。
「これまで、俺たちをさんざんほっおっておいて、何が、今さら、街おこしだ。寂れたこの街が、今さら、賑わうことなんかないぜ」
いきり立つサラリーマン。
「パフェで買収されたくせに、よくもそんなこと言うよ。キーキー」
サルが突っ込む。
「お前だってバナナを貰っただろ」
「ああ、貰ったよ。だから、こうして、何かをしてやらないかと集まったんだろ。キーキー」
「まあまあ、仲間同士、喧嘩しないで」
「何が仲間だ。俺は人間の伝説だ。まんじゅうやサルの伝説と一緒にしないでくれ」
「ああ、こちらこそ、不純な動機で生まれたサラリーマンを仲間だと思っていないよ。キーキー」
「誰だ、不純だ」
「不純じゃなければ、欲望丸出しだ」
「何を。エテ公が」
「何を。セクハラサラリーマンが」
サラリーマンは手に空になったパフェの容器を、サルはシンバルを持ち、対峙した。今にも、一触即発の雰囲気になった。その二人?に間に入ったのが、伝説のガードマン。
「まあ、まあ。久しぶりに、こうしてお会いしたんだから、いがみあわないでもいいじゃないですか。みんな、それぞれの立場もあり、由来もあります。まずは、互いに理解し合いましょう」
「お前だって、人間に買収されているじゃないか」
サラリーマンの怒りは収まらない。
「あっ、わかりました?」
ガードマンは、モールや折り紙で装飾された箱の上に立っていた。
「まあ、みんなの気持ちはよくわかるけれど、人間たちの気持ちもわかってあげようぜ。コンコン」
九尾のキツネが口を開いた。口の悪いサラリーマンも、伝説の重さが違うキツネに対しては、さすがに、何も言わなかった。
「それじゃあ、人間に協力してやるんですね。僕は、賛成です。でも、僕に出来ることは、踊りくらいですけど。それ、パパンが、パン。パパンがパン」と手拍子を打ちながら、幸福まんじゅうマンは幸福まんじゅう音頭を踊りだした。サルがシンバルで、拍子をとる。
「はい、お客様。今から、ショーが始まります。ご覧になりたい方は、どうぞ、こちらのステージの方にお越しください」
ガードマンが案内する。サラリーマンは、ガードマンに導かれるまま、催し物広場の椅子に座った。キツネは、お神輿に化けると、幸福まんじゅうマンと一緒に、ステージの上で踊った。
「これだよ。これ。これで、この街を元気にするんだ。オイラたちも目覚めて、街おこしをやるんだ。コンコン」
ステージの下から眺めていたサラリーマンも舞台に上がると、みんなで一緒になって踊り始めた。
愛しの都市伝説(12)