脱出

ここは一体何処だ?


「どうしましょうか?」
「何がだい?」
「え?」
「何をどうしたいんだい?隅で膝抱えているお嬢さんか?それともこの殺風景な部屋に閉じ込められた俺達かい?まさかそこのドアで感電死している哀れな男の事かい?」
「あの、取り合えず全部です」
「そうか、じゃあ答えてやる」
「はい」
「そりゃ俺が訊きたい」
「ですよね。あ、あの」
「ん?」
「できたらタバコは遠慮した方が」
「ここ禁煙かい?」
「そうじゃなくて。ここ、窓がないですよね?」
「そうだな。一面コンクリートで唯一のドアには感電死した死体。ロケーションは最悪だ」
「ええ。ですから空気が流れません」
「換気ができないって事かい?」
「というか酸素が足りなくなるかも」
「最悪だな」
「ええ、最悪です」
「死体が臭くてかなわんのだが」
「ぼくもです」
「タバコの匂いで中和してみようと思ったんだが」
「やめておいた方が良いと思います。特に火を使う事は」
「やっぱりそう思うかい?」
「はい」
「俺もそう思う」
「良かった」
「取り合えず自己紹介するか。俺は藤田。お前は?」
「ぼくは飯塚と言います。二十二歳。大学生です」
「そうか。俺より一回りも下か。おおい、お嬢さん名前は何て言うんだ?」
「ダメですね。相当ショックだったみたいです」
「俺だってそうだよ、しょうがねえな。なあ飯塚君、君はどうやってここに連れて来られた?」
「わかりません。気づいたらここにいたんです」
「俺と一緒か。そっちのお嬢さんは?」
「ダメですね。反応がありません」
「やれやれ。それでここに連れて来られる前、どこにいたか覚えているか?」
「ええ。自宅にいました。というか寝てました。藤田さんは?」
「俺はバーにいた」
「じゃあ酔っていたんじゃ?」
「いや、俺は下戸だ」
「でもバーに?」
「大人の付き合いってヤツだ。だから酔ってない。退屈で少し眠気がさしたがね。それで気づいたらここだ」
「なるほど」
「俺達は自分の意志でここに来ていない。という事は誰かの意志だろ?」
「その通りです」
「ところがその意志の痕跡がまったく感じられない。理由も」
「ええ、不気味です」
「はっきり言って俺は恐いね。そこの死体よりはるかに」
「そうは見えませんけど」
「見せていないだけさ。君も社会に出れば自然に身につく。ところでケータイ、持っているかい?」
「いえ、こんな格好ですので」
「パジャマか。そうか、寝てたって言ってたもんな」
「じゃあ藤田さん、ケータイ持ってないんですね」
「ああ。正確に言うと盗られたよ、ご丁寧に二台ともね」
「彼女はどうだろう?」
「持っていたら今頃電話で泣き叫んでいるだろ」
「じゃあ電話で助けを呼べませんね」
「だったら自分達で出るしかないな」
「あそこのドアから?」
「ここに出入り口はあそこだけだからそうなるな」
「さっき男性がドアノブ握った途端に感電して死んじゃいましたけど」
「ドアを開けてみてくれないか?」
「イヤです」
「だよな。俺だってイヤだ。死体がもうひとつ増える事もな」
「困りました」
「ああ、困ったよ。本当に困った。女房が出てった時だってこんなに困りはしなかった」
「奥さんがいるんですか?」
「いた、だよ。過去形だ。色々あってな」
「そうなんですか」
「とにかくジッとしてても物事は解決しない。アイディアをしぼって現状を打破するしかない。ここから力を合わせて脱出するんだ」
「でもどうやって?」
「それを考えるんだよ。俺達三つの頭をレモンみたいにしぼって知恵を出すんだ。時間がない」
「時間が?」
「飯塚君、今何時だい?」
「わかりませんよ、時計持ってませんもん」
「俺もだ。腕時計も盗られた。ケータイもない。あるのは腹時計だけだ」
「余裕ありますね、藤田さんは」
「こんな時にパニックは厳禁だって身を持って知っているのさ。無理矢理だがね」
「ここでは昼なのか夜なのかもわかりませんね。蛍光灯がついているだけですし」
「その通り。更に今何日で何曜日かもな。知る手段が俺達にはない。という事はだ」
「という事は?」
「俺達はじきに狂う」
「ええ?」
「時間感覚を奪われると人間は精神に異常をきたすんだ」
「だから時間がないと?」
「それに俺達には水も食料もない。そうなるとタイムリミットは多くて七十二時間だ」
「災害救助とかでよく言いますよね」
「この状況下じゃもっと少ないだろうな」
「確かに時間がないですね」
「さて、どうするか。所持品はタバコ以外あらかた盗られちまっているし」
「あの、どうしてタバコは残しておいたんでしょう?」
「さあな。ニコチンの禁断症状を憐れんでいるとか?」
「それはないでしょ」
「だな」
「早くここから出ないと」
「そうだな。事態は深刻になりつつある」
「もう、ですか?」
「ああ。トイレに行きたくなってきた」
「ええっ?」
「心配するな。頭がまともな内は漏らさんよ」
「深刻ですね」
「実にな。さて、アイディアを練ろう。俺が我慢できる内にな。まず脱出方法を決めよう」
「と言っても限られていますよ」
「そうだな。普通に考えるにふたつかな。ひとつはあのドアから、もうひとつは別のドアからだ」
「あるんですか?別のドアが?」
「入口と出口があるかもしれない」
「見たところあとはコンクリートの壁ですけど」
「俺にもそう見える」
「現実的じゃないですね、それは」
「非現実的な現状と一緒だ。君は?」
「う~ん、やっぱりあのドアから出るしかないと思うんですけど」
「なるほど。じゃああのドアを開ける方法を考えないとな」
「ドアをノックしてみるとか」
「なるほどな。でも感電しないかい?」
「靴か何かでやれば感電しないかも」
「他のトラップが仕掛けてあるかもしれんぞ?」
「その可能性はありますけど。でも自分達で開けられないなら誰かに開けてもらわないと」
「一理はあるな」
「試してみます?」
「俺はやらない。君がやればいい」
「ぼくもそんな度胸はありません」
「実効性に乏しいアイディアだな」
「すいません。それじゃあ別のアイディアは?」
「鍵を解除しよう」
「鍵?」
「そう、鍵だよ。通常だと監禁する空間には施錠するのが一般的だ」
「そうですね」
「とすると出るには鍵を見つけて解除すればいい」
「鍵をかけた部屋にその鍵がありますかね?普通」
「普通はないな。でも鍵は何も鍵の形をしているとは限らない」
「そうか。この場合はドアのトラップですね」
「そう。そこの男が不用心だったおかげで俺達はトラップを知ることができた。それで俺達はドアがあるのに出るに出れない、目の前のごちそうにありつけない飢えたハイエナみたいになっているがね」
「それが鍵だと?」
「俺はそう思う」
「でもどうやって解除するんですか?何の道具も工具もないですよ」
「蹴破る」
「蹴破る?」
「そう。往年のアクションスターみたいにバーンとね」
「ぼく達が?」
「まさか。黒焦げはごめんだよ。そこの彼に手伝ってもらう」
「冗談でしょ?」
「本気だよ。俺と君でこいつの手足を持ってだな、除夜の鐘突きの要領でドアに投げる」
「ええっ?」
「ドアは普通外側に開く。このドアもそういう構造だ。彼は見たところ俺と背格好が似ていてがっちりしている。何回かぶつければドアが悲鳴をあげるさ」
「その前にぼくがあげそうです」
「まあ見た目はかなりグロいからな。でも顔を見なけりゃ平気だろ?」
「ほ、本当にやるんですか?」
「やろうぜ。ほら、立てよ。君は足の方にしてやるから」
「で、でも。何か別のアイディアが浮かぶかもしれないから少し様子を見ませんか?彼女の考えも聞きたいし」
「アイディアが出たら実行に移す主義なんだ、俺は」
「藤田さん」
「様子を見て一体何が見えるというんだい?飯塚君。それで状況が改善されるのか?俺達は助かるのか?俺はそうは思えないね。何もしなかったら遅かれ早かれ俺達は彼のように動かなくなる。こんなところでくたばるなんて俺はごめんだ。徹底的に抵抗してやる」
「だけどドアを開ける事ができてもぼく達を閉じ込めたヤツらが来てヒドイ目にあうんじゃないですか?」
「それはそれで何かしらの理由がわかるからいいだろ?」
「理由って監禁の、ですか?」
「そうだよ。待っていたんじゃそれすらわからず終いだ。俺はそれが一番我慢ならん」
「それはそうですけど」
「さあ、足を持ってくれよ、飯塚君。先に進むには足を出さなきゃ進まないんだよ」
「まさに、ですね。わかりましたよ、やりますよ。ううう、吐き気がする。気持ち悪い」
「しっかりしてくれよ、飯塚君。ほら、くるぶし持って。顔を見るなよ。目玉が飛び出ているから」
「ひええええ。本当だ」
「見るなって言っただろ」
「ヤメロ」
「ん?何か言ったか?飯塚君」
「いえ、ぼくは何も」
「やめろって言っているだろ。オジサン」
「わああっ」
「びっくりした。なんだ、お嬢さんか」
「なんだ、はないでしょ。レディに向かって失礼な」
「もう大丈夫なんですか?」
「最初から大丈夫よ。何にも知らないオジサン達がバカな事しようとしているから注意しようと思って」
「オジサン達ってぼくも入っているの?」
「当たり前でしょ。他に誰がいるのよ」
「やれやれ。これはとんだじゃじゃ馬だな」
「うるさいわね。どうせ私は午年のさそり座よ。文句ある?」
「オジサンかあ」
「落ち込むなよ、飯塚君。男はいずれそうなるんだから」
「いずれと今は違いますよ」
「なあ君。名前は何て言うんだい?」
「そっちから名乗んなさいよ。失礼ね」
「こりゃどうも。俺は藤田。こっちは飯塚。君は?」
「私は大川よ。大川めぐみ」
「なんか財を成しそうな名前」
「まあ実際金持ちだけど。お金で苦労した事ないし」
「一度は言ってみたいセリフですね」
「大川さん。質問があるんだ」
「何よ」
「君、さっき言ったよね。何にも知らないオジサン達って。という事は君何か知っているのかい?」
「知っているわよ」
「え?何を?」
「だいたい全部」
「だいたい?」
「おおよそって事よ」
「それはぼくも知っているよ」
「じゃあ大川さん、教えてくれ。ここはどこなんだ?」
「戦士の隠れ家」
「は?」
「戦士?何の?」
「怪物と戦っているのよ」
「は?」
「何で俺達はここに閉じ込められている?」
「じゃなくてかくまってくれているの。ドアの向こうの怪物から」
「は?」
「すまないが大川さん、説明してくれないか?オジサンにもわかるようにな。はっきり言ってサッパリわからん」
「オジサンじゃないけど、ぼくも」
「しょうがないわね」


「あなた達、ここに来る前の事覚えてるわよね?」
「ああ。俺はバーにいた」
「ぼくはうちにいた」
「寝てたでしょ?」
「そういえばうとうとしてたな」
「ぼくにいたってはパジャマですから」
「その時、あなた達連れ去られたのよ。怪物に」
「そんなバカな」
「黙って聞きな、坊や」
「今度は坊やか」
「良かったな、飯塚君。若返ったじゃないか」
「あんまり嬉しくない」
「さて大川さん、君の言う怪物とは何だ?」
「知らないの?夢喰い」
「夢喰い?何だそれは」
「あ、それネットで見た事ある」
「専用サイトがあるからね。夢喰いってのは満月の夜に夢に現れる人喰いよ。夢の中でそいつを喰うの。それで朝になってみると胴体ががらんどうの死体があるってわけ」
「よくある怪談話に思えるが」
「ところがね。実際の死体がネットにアップされちゃったのよ。もう騒然よ」
「ネタ元は?」
「警視庁の鑑識官よ」
「それが夢喰いの仕業だとどうして言える?」
「何にもないからよ」
「何にもない?」
「形跡、痕跡。人間がこんな死体をつくる上で起きる、そう言ったものが何にもないのよ」
「たとえば?」
「その流出したケースだと、現場は自宅の寝室だったんだけど、発見した時はちゃんとパジャマを着てて、脱がせたら臓器が抜き取られていたの。猛獣に食べられたみたいにね。だけど寝室はおろか、パジャマにも血がついていなかったんだって」
「殺害現場は別ではないのか?」
「その可能性はほとんどないって。どこでもドアがあれば話しは別だけど」
「ミステリーだな」
「じゃなくて夢喰いの仕業なの。ミステリーじゃない」
「それこそミステリーだと思うがね」
「藤田さん、オカルトじゃない?」
「それもそうか」
「マジメに聞きなさいよ、あんた達」
「それでその夢喰いに連れ去られた俺達がどうして戦士の隠れ家でかくまわれている?」
「私達が夢喰いにラチられた時に戦士が見つけて私達を助けてくれたのよ。戦士は夢喰いと戦わなきゃならないからその戦っている間この隠れ家にかくまってくれているの」
「俺達を助けてくれるつもりなら何であの男は黒焦げになったんだ?」
「そうだよ、おかしいよ」
「あのねえ、夢喰いとの戦いは熾烈なの。夢喰いから私達を守るためにドアに電流流すくらい当たり前でしょ。私は開けちゃダメって言ったのにあの男が開けようとするからあんな風になったのよ。戦士が出てくればその内夢喰いは諦めて逃げて行くのよ。だからしばらくジッとしていればドアは自然に開くわ。私達は騒がず静かにしてればいいのよ」
「大川さん何でそんなに詳しいの?」
「だってネットに書いてあったもん」
「ネットね」
「そうよ。ここなんてネットで見たそのまんまだもん。だから私、ピンときたの。私は夢喰いにラチられたけど戦士が助けてくれるって。だからあんた達も黙って座っていればその内家に帰れるわよ」
「なるほど。要約すると大川さん、今の俺達は夢の中にいて怪物から追われているという訳だ」
「まあ今はね。すぐに戦士が助けてくれるけど」
「飯塚君」
「はい?」
「俺は今から君を殴る」
「はい?」
「すまん」
「イテエエッ」
「キャアアアッ」
「な、何するんですか藤田さん。しかもグーで。口の中切っちゃいましたよ」
「何やってんのよ」
「痛いか」
「痛いですよ。当たり前でしょ」
「血の味はするか?」
「しますよ、ウゲッ」
「じゃあ夢じゃないな」
「はあ?何なのこのオヤジ」
「それ自分で試してくださいよ、藤田さん」
「すまんな、飯塚君。自分以外の感覚を知りたかったんだ。やっぱりここは夢じゃない。現実だよ。この周りの質感は現実でなければあり得ない。間違いない」
「違う。ここは夢の中よ」
「大川さん。君の話しを信じていないわけじゃない。きっとこの国のどこかでそんな悲惨な事件が起きているんだろう。夢喰いという怪物もいるかもしれない。戦士の隠れ家もどこかにあるんだろう。世の中には俺達の知らない事がたくさんある。だけどここじゃない。俺達は今、何者かに監禁されているんだ。力を貸してくれ、大川さん。一緒にここから出よう」
「違う違う違う違う違う全然違う」
「大川さん」
「目をしっかりあけて見てくれ、大川さん。ちゃんと見るんだ。ここは夢じゃない。待っていても戦士は現れない」
「そっちこそちゃんと見なさいよ、バカ。現実なら何で急にこんなとこにいるのよ。何でここまでの記憶がないのよ。夢喰いの仕業に決まっているでしょ」
「それは俺達の頭を操作すれば充分可能だ。わかるだろ?」
「わかってないのはあんたの方よ」
「もういい。飯塚君、さっきの続きだ、やろう」
「やっぱりやるんですか?」
「やめろ、バカ。私が言っただろ、何にもするなって。戦士が開ける前にドアを開けるな。夢喰いに見つかる。夢喰いが入ってきたら私達は喰われる。絶対ダメだ」
「ここに夢喰いはいない。いるのは悪人だ」
「やめろやめろやめろ。この野郎」
「ちょっと大川さん、落ち着いて」
「触るなこの野郎」
「イタッ。ひっかかないで」
「飯塚君」
「何ですか、もう。踏んだり蹴ったりだよ」
「痛いか?」
「痛いですよ、そりゃ」
「じゃあやっぱり夢じゃないな」
「それさっきも言いましたよ」
「見ろよ」
「あれっ。ちょっと藤田さん。死体は?」
「ない」
「え?え?え?何で?え?」
「わからん。ちょっと目を離したら消えていた」
「死んだのよ」
「元々死体だったぞ」
「まだ息があったのよ。生きていたのね」
「それが消えた事と何の関係がある?」
「わからない?ここ、夢の中よ。夢を見れる人しかいられない。夢を見れなくなったから消えたのよ」
「藤田さん、ぼく気絶しそうです」
「俺もだよ、飯塚君」
「どう?わかった?私の言っている事が正しいって。わかったらおとなしくしてなさいよ」
「藤田さん、ぼく何だか悔しいです」
「俺もだよ、飯塚君」
「わあああっ。今度は何?」
「派手なノックだな」
「え?何?」
「わああっ。また」
「キャアアアッ」
「大川さん。戦士が開けてくれるんだよな?何でノックをするんだ?そんなに戦士は紳士なのか?」
「これノックじゃなくて殴ってますよ」
「大川さん、どうなんだ?」
「ヒイイイッ」
「大川さん」
「せ、戦士はノックしない。自然に開くって書いてあった」
「じゃあ向こうにいるのは何?こんなのとても人じゃないよ」
「あ、あ、あ。ドアがひしゃげてきた」
「ウワアアア。な、何か覗いたっ」
「な、何あれ」
「離れろ。ドアが破られるぞ」
「ウワアッ」
「キャアアアッ」
「ふ、藤田さん何ですか?あれ」
「飯塚君」
「は、はい」
「やっぱりタバコは憐れんで残してくれたんだな」
「藤田さん」
「最期の一服だ。飯塚君、もう吸ってもいいだろ?」


おわり

脱出

読んでくださりありがとうございました。
ご意見、ご感想など随時受け付けております。
待ってま~す。

脱出

閉じ込められた三人の男女。 窓のない部屋にはひとつのドア、そしてひとつの死体。 彼等は無事脱出できるか?

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted