怪力少女・近江兼伝・第11部「エピローグ」
いよいよここで『怪力少女・近江兼伝』は一応の幕を下ろすことになりますが、
実は最終章からこのエピローグの間の空白部分も実は書き進めています。
最終章の続きは「NAGISA」という題名で18・19才の近江兼を書いていて連載中です。
少なくても3箇所で同時連載しているので、もし興味ある方は検索してお読み下さい。
キーワードは「NAGISA」「深庄渚」「小さな警護員」などで見つけられると思います。
では、エピローグをご覧下さい。m(--)m
私の名は木村宣雄。遺伝子学で博士号をとったばかりだ。
今、その道の権威だった魚住教授の研究を調べている。
私は魚住教授の家を捜していた。引退してから田舎に引っ込んで中央から姿を消した。
彼の論文は随分読んだが、どうしても抜けている箇所があるような気がしてやって来たのだ。
本人にそのことを聞くのが一番良いからだ。
だが、雨上がりの田舎道はぬかるみが多く、とうとう車がはまってしまって脱出できなくなってしまった。
私は人家を捜した。一軒の農家がすぐ見つかった。
そこに事情を話して助けてもらおう。そう思って戸を叩いた。
小柄な老婆が出て来た。事情を話すと老婆は奥の方に声をかけた。
「千草!車がはまったそうだから、行ってあげて。すぐその先だそうだよ」
すると奥の方からまだ幼い感じの少女の声が聞こえた。
「はい、婆ちゃん。その後、美代の所に行って遊んできても良い?」
「いいよ。お昼までには帰っておいでよ。」
裏口からでも出たのだろう。少女の足音が外に遠ざかって行った。
「お孫さんはお幾つですか?」
私が訪ねると、老婆はにっこり笑った。
「7つですよ。」
「偉いですね。もうお使いができるから」
「はい。お茶でも飲みますか?」
「どうも。」
私は、7つの子でも近所に行って、はまった車を動かすように頼んで来てくれるのだと感心した。
きっと、何度も同じことがあって慣れているのだろう。
「こちらには何の用事でいらしたんですか?」
老婆の質問に私は用件を思い出した。
「実は魚住博士の家を捜しているんですが、ご存知ありませんか?」
「あら・・魚住なら、ここですよ」
私は驚いた。するとこの老婆は魚住夫人?
「博士はおられますか?」
「夫は今年で13回忌です。」
「亡くなられたんですか?!存じませんでした。大変失礼致しました」
「いえ、宜しいんですよ。主人とは知り合いだったんですか?そうは見えないのですが」
「ええ、違いますが、私はご主人の研究を調べている者です。すみません。
お線香をあげさせてもらっても宜しいでしょうか?」
仏壇の前で線香をあげて手を合わせた私は、遺影に向かって話しかけた。
「博士。あなたは私たちの目標でした。
もし生きておられたらお聞きしたいことがあったのですが、残念でなりません。」
居間に戻ると夫人は私に聞いた。
「どんなことを調べているんですか?」
「実は博士の研究を調べていくうちに、当然研究の流れの上であるべき研究が見当たらないのです。
そのことをお聞きしようと思って来たのですが・・」
すると夫人は奥に行って、なにやらノートのような物を数冊持って来た。
「主人はこう言う物を書き残していましたが・・・」
「拝見しても宜しいでしょうか?」
私はその大学ノートにびっしり書き込まれた文章を読んだ。
その内容は以下の通りだった。
(前略)
私は遺伝子学について研究し数々の論文を発表して来た。
しかし注意深く私の論文の総てに目を通した者なら、必ず気づくことがあるはずである。
ジグソーパズルの一つのピースが足りないということを。
そして、ここにこれから書き残すのが、そのワンピースである。
(中略)
私の研究のきっかけは妻の特異体質だった。異常な筋力としなやかで丈夫な骨格。
そして驚異的な運動能力。
神は何故このような創造物をお創りになられたのか?私には謎だった。
そしてその謎を研究して行くうちに遺伝子の研究に生涯を費やすこととなった。
私がこのワンピースを発表しなかったのは、妻の個人的な遺伝情報に関したことだからである。
そして、また若いうちに私はある物質を発見した。
それは遺伝子を作為的に選んで劣勢化させる媒体である。
私は生まれつき虚弱な体質で、特に妻との結婚によって私の虚弱な遺伝子が子孫に受け継がれて行く事を恐れた。
私は自分の遺伝子の中の体の健康を維持する面での要素のみを選んで劣勢化するさせる方法を考案した。
そしてその方法を使って3人の子供を設けた。二人の息子とひとりの娘である。
息子の方は二人とも普通の健康体だった。
娘については妻と同じような体質が僅かに見られた。
いずれにしても私の虚弱な体質は受け継がれなかったので成功だと言える。
そして、妻に内緒で3人の子供たちにも私の遺伝子が孫の代に発現しないように、その薬物を密かに服用させた。
その結果、消えかかっていた私の劣勢遺伝子は孫の世代には完全に消滅することになると思う。
それが私にできる子供たちへの唯一のプレゼントである。
その物質の化学式と生成方法は巻末に記してある。
また、その遺伝子の特定方法と処理の仕方については敢えて伏せておきたい。
この研究が広まると神の領域を侵す恐れがあるからだ。
しかし、私は妻の遺伝子が私の虚弱な遺伝子によって薄められ弱められることなく、後世に受け継がれて行く事を望む。
そして妻という存在がこの世に意味があって生まれてきたものである以上、2世代3世代後にも、その体質を伝えて行きたいと願うものである。
本来人間の原型は女性であったと言われる。聖書のアダムの肋骨からイブが創られたというのは逆であると考える。
女性は子孫繁栄の為に男性を作り出した。男性は改良された女性なのだ。
ただ、手を加えられた分、生物的・構造的には女性より弱い存在である。
その大きな体格や強い骨格・筋力・運動能力にも拘らずにである。
何かの能力に特化すると、目に見えない部分で弱くなるのだ。
だが、妻のような女性が新たに生まれた。
女性並みに、いや通常の女性よりも小さな体格にも拘らず、男性よりも筋力があり、高い運動能力があり、骨や筋繊維の修復能力が優れている。
何故、このような個体が誕生したのか?その意味は一体何なのか?私にはわからない。
それは来るべき地球環境の危機に臨むため、人類が自らを強い生命体に進化させた、その尖兵なのか?
もしそうだとすれば、それは現人類とどんな関係を持っていくのだろうか?
ネアンデルタール人を滅ぼしたクロマニオ人のように、現人類を脅かす存在なのか?
または人類と言う大きな生命体の中で人類の弱点を補完していく1細胞としての役割を果たそうとしているのか?
そうでないとすれば、単なる偶然の突然変異であり、やがては消えて行く運命にあるのか?
私は、愛した妻が私にではなく妻に似た子孫をこの世に残すことを望んでこの研究をして来た。
最後のワンピースが不完全に半分のみだけが伝えられるのは以上の理由である。
愛ゆえにである。
(後略)
私はノートを閉じた。巻末の化学式や生成法は敢えて見なかった。
私は横に座っていた魚住夫人にノートを返した。
「ありがとうございました。このノートは日記のようなものでもありますから大事に取っておかれると良いでしょう。
でも、疑問に思っていたことがこれで解決しました。」
魚住夫人は私をじっと見た。
」
「よろしいんですか?このノートをお持ちになっていかなくても?」
「いえ、確かにこのノートに書かれていることは、大変画期的な研究です。
でもそれを役に立てるには、まだ時代が早すぎるような気がします。
後の世でいつかは必ず必要なときが来ると思います。」
「そうですか。やはりあなたに見せて良かったですね。
主人は生前にもしあなたのような人が尋ねてきたらこれを出して見せなさいと言ってました。」
「私のような・・人?」
「そう・・・最後のワンピースを捜しに来たあなたのような人のことです。」
私は窓の外の広い畑を見た。
「広い畑ですね。博士が引退したときに買ったのですか?」
「いえ、私が22才になったときに、結婚祝いに相良さんと言う人が贈ってくれた土地です。
いつか老後に畑仕事をしたくなったらと・・。それまでは人に貸してました。」
私は何気なく壁の状差しを見た。手紙の宛名が違っている。
「間違えて配達されたのですか?奥さんは確か魚住・・・」
「魚住兼(かね)です。でも、若いときは色々名乗ってましたから、面倒なのでそのときの名前でお手紙のやり取りを色々な方としているのです。良かったらご覧下さい」
魚住夫人は状差しから葉書や手紙の束を抜き取って私に見せてくれた。
多かったのは木島茜という宛名だった。
差出人は、花山芳江・竹内(元木)京子・武井工務店・野沢英子・味岡(長内)由紀、そして漆原克己・栄子。
深庄渚という宛名では五十嵐綾芽・SARON・九条ゆかり・小沢(相良)芽衣という名前があった。
その他に佐野原逸香というのと、本名の魚住兼というのが僅か一通ずつあった。
「本名は教えてあるんですけれどね。そっちの方が良いらしくて。
仕方なしに郵便局に全部の名前を届けておいてるんですよ」
魚住夫人はそう言って穏やかに笑った。
この小柄なお婆さんが人並み外れた筋力と運動能力があったとは信じられなかった。
「奥さんは今でも、ノートに書いてあったように人並み外れた力があるのですか?」
するとまた、夫人は笑った。
「もう結婚してからは一度も力を使ったことがないですからね。
長い間封印しているうちに錆付いたと思いますよ。」
私は夫人に礼を言って、魚住家を後にした。車はぬかるみから脱出していた。
どのように脱出させたのだろう?タイヤの跡が繋がっていないのだ。
クレーンで持ち上げたのだろうか?
すると前方から乱暴な運転で数台の車とショベルカーがやって来た。
私はわき道によけて、やり過ごしたが嫌な予感がした。
車に乗っていた男達はいかにも筋者のような雰囲気で魚住家を目指していたからだ。
私は車から降りてそっと藪を伝って魚住家に近づいて様子を窺った。
玄関前に魚住夫人が応対しているが、男達の言動は明らかに乱暴で無法である。
「おい、婆あ!さっさとこの土地から出て行け。
この近くに道路ができればここはドライブイン用の地所になるんだからよ。
畑なんか潰して、老人ホームにでも行くんだな。」
「帰って下さい。ここは売りません。」
「聞き分けのない婆あだな。おい!ユンボ持って来い!」
すると、ショベルカーが動き出し、家を壊そうと長いアームを伸ばして家の壁に近づけた。
老夫人は壁の前に手を広げて立ちはだかった。
「どけ!!婆あっ!!死ぬぞ!!」
老婦人はショベル部分を掴むと押し返そうとした。
「帰って!!」
すると驚いたことにアームごと本体が少し後退した。
運転していた男はアクセルを全開し、夫人を押し返した。
どんどん押されて壁に迫って行く。このままでは潰される。
「いっそ、死んでみろ!!」
男達はげらげら笑った。すると大きな影が横切って、男の体が3人地面に落ちて来た。
「婆ちゃん!!」
私は見た。180cmほどの巨大な少女を。
顔はあどけなく7才くらいだが、体は大きい。
少女は周りにいる男をひょいひょい摘まみあげると道端に投げ飛ばした。
そして夫人のところに行くと、ショベルカーの先端を掴んでぐいっと捻った。
大きな音を立ててショベルカーが横転して、運転手が放り出された。
「婆ちゃん、無茶しちゃ駄目だよ。婆ちゃんは弱いんだから」
孫の千草は、祖母の兼をひょいと抱っこすると、まだ立っている男達に言った。
「婆ちゃんを虐めると、千草が許さないからね!!!」
男達は先を争うようにして逃げ出した。
私は、車をぬかるみから出してくれたのが千草という女の子だとそのとき知ったのだ。
それ以来私は、その場所には行っていない。
それからあの夫人と孫娘がどうなったか私にはわからない。
きっと新しい別の物語が続いているのかもしれない。
(怪力少女・近江兼伝 完結)
怪力少女・近江兼伝・第11部「エピローグ」
一般に女性は男性に比べ、筋肉量が少ない。
そして特に少女なら通常期待される以上の筋力を示すことはありえないという。
けれどもまだ、みかけは普通の体格の少女が異常なほどの怪力を持っている例がある。
過去にも小柄な少女が大男を2人背負って笑っている写真などが紹介されていたことがある。いわゆる世界びっくりニュースという類だ。
また、日本でも近江のお兼という怪力の娘がいたと伝えられている。暴れ馬を掴まえて大人しくさせたり、荒くれ男を2人ひょいひょいと投げ飛ばしたという話が残っていて、歌舞伎の演目にもなっている。
最近ではウクライナのバーバラ・アクロバという女の子が怪力の少女として知られている。
この子は4歳にして100kgのものを持ち上げたという。さらに13歳のときには200kgを持ち上げたのだ。
それなら見かけはさぞ筋肉隆々のボディビラーのような巨大な体を想像しがちだが、実は小鹿のように小柄ですらりとした体格なのだから驚く。
これはインターネットにも画像が見られるが、彼女は全く可憐な美少女で怪力があるとはとても信じられない。
同じ年齢のちょっとすらりとした少女と全く見た目は変らないのだ。
筋トレしなくても、どんどん筋肉がつくという体質には「ミオスタチン異常」というのがある。
オーストラリアの少女モーン・ウェルハムは、10歳にして大人のボディビル大会に出て賞を取ったという。
筋肉の発達を抑制するミオスタチンという成分が何らかの理由で不足すると筋肉は一人歩きの発達をしてしまう。モーン・ウェルハムという少女の場合がそうなのだと思う。
だが、そういう場合はっきり筋肉の異常な発達が目視できるものだ。
彼女の場合は、服を着れば全くスマートな少女なのだが、脱ぐと筋肉と筋肉の境目がくっきりと浮かび上がる、ボディビル体形になっている。
しかし、彼女が怪力かどうかはわからない。
つまり筋肉が発達していると言っても、相当な体格がなければそれに見合った筋力は得られないだろうということだ。
100kgや200kgの重量を持ち上げるなら、成人男子並みの身長で筋肉隆々の体格が少なくても必要だと考えられる。
だが、バーバラの場合は特にそれだけの筋力があるとは、見かけだけでは誰もわからない。
もし、その少女が相撲取りかプロレスラーのような巨体をしていたなら分かるが、ごく普通の体格の少女なのだから不思議である。
私もかなり前に9歳の女の子が体重80kg近い成人男性を背負って走るのを見たことがある。彼女は身長は学年でも一番小さく、おまけにほっそりとした体つきなのだが筋力だけでなく心肺機能も発達していて小学校のマラソン大会でもトップでゴールするのだ。バーバラほどではないが、小さな女の子が80kgの重りを背負って走るなどは不思議な現象と言わねばならない。
人間に比べて体の小さいチンパンジーが実は成人男子以上の力があると聞いたことがある。また他にも自然界では人間の基準では想像がつかないほど強い筋力を持った動物がいる。
だから少女の怪力には、通常のものとは質的に違う筋肉が原因するのかとも考えた。同じ長さ太さでも、筋肉繊維が何倍も多く密度が高いとか、より柔軟で丈夫な繊維でできているとかである。
または筋肉を支える腱とか靭帯、骨格そのものが耐久性が高いというのもあるかもしれない。
火事場の馬鹿力で重いものを持ち上げた女性がその直後に全身骨折したという話もあるので、骨が丈夫であることも条件になるに違いない。
また、人間は自分自身の体を守るために筋力を100パーセント使わないように無意識に制限しているというが、その制限を日常的に外すことができる体質なのかもしれない。ただし、その場合制御のリミッターを外しても耐えうる体の構造であることが必須条件になる。
また別の観点からいえば、野球などのスポーツでは投げたり打ったりするのは手の力だけではなく足腰など全身の筋肉が連携して最大限の力を発揮するのだが、怪力は全ての筋肉を有効に最大限に合力して使うために生まれるという推測もありうる。
この点で、たとえば30kgの少女と70kgの成人男子が体当たりした場合、後ろに飛ぶのは少女の方である。これは少女がいくら怪力でも体重がないから弾き返されるのだ。
けれども、少女が衝突したときに地面を強く踏み込むなど、地球と自分を一体化するテクニックを身に付けたなら、後ろに飛ぶのは大男の方である。これも、筋肉を最大限に使う方法だと考える。
生理学や遺伝学などの研究が進めば、この謎もいずれ解明されるだろう。
また、怪力少女に比べて怪力少年の話をあまり聞かないのは、少年より少女の方がインパクトが強いからなのか、それとも、女性のみに怪力遺伝子が伝わりやすいのか定かではない。
また、怪力少女は見世物的な道を選ばないとしたら、どのような人生を過ごすのだろうか私は極めて興味がある。
けれども実例は見つけることはできない。なぜなら怪力の存在を知られた時点で好奇の目で見られるから見世物的な人生を避けられない運命にあるからだ。
仮に能力を隠して生きるとしたらどんな人生になるのかとか、能力を最大限に生かすとしたらどのような生き方があるのかということを私は関心を持っている。
そしてこの作品を書くことにより、いくらか私の中の疑問点が整理されたように思える。
なお、前書きにも書いたが、この続編の『NGISA』がネット上のどこか3箇所に同時掲載されている。
もしよければそちらの方もご愛読いただければ幸いである。