SS36 僕のすべて

街を彷徨った石上は意を決して店を敷居を跨いだ。

 ”お売り下さい。何でも買います!”顔を上げると、その派手な看板が目についた。
「高価買取……か」石上は店の前を通り過ぎてから、足を止めて考えた。
 手持ちの金は底を突いた。頼れる友人もいない。借金取りから逃げ惑う生活にも疲れ果てた。
 このままじゃ遅かれ早かれ野垂れ死ぬのは確実だ。
 それが嫌なら、いや、新たな人生を切り拓こうとするならば、ある程度纏まった金が必要だ。
 彼は悩んだ末に覚悟を決めた。
 そしてくるりと向きを変え、今来た道を戻り始めた。

「いらっしゃいませ」
 にこやかに声を掛けた店員は、カウンターの前に置かれた些末な椅子を勧めた。
「本日はどうのような物を?」
「実は……」石上は身を乗り出して彼の耳元で囁いた。
「ははぁ……」石上の身体を上から下まで眺めた彼は、なぜか納得したように頷いた。「ここではなんですから奥の方へいらして下さい」
 店員のあとについてドアを潜ると、狭い小部屋に案内される。
「それで何をお売り頂けるんですか?」
 店員と向かい合った小さなテーブルには人体図が置かれていた。
「できれば二つあるものがいいんですけど……」
「なら、腎臓はどうです? 今なら十万円で買い取りますよ」
「たったの十万?」
「皆さんそうおっしゃられるんですが、入院、検査費用、手術代なんかは全部こちら持ちなんです。その分を差し引いたら、どうしてもこのくらいになってしまうんですよ」
「じゃあ、肝臓はどうです?」
「あなたも乱暴な方ですねぇ。仮に半分もらうとして、やっぱり十万円てとこでしょうか」
「もう少し何とかならないんですか?」
「二つ同時ってことでしたら、それぞれ五割増しにしますけど」
「ちなみに心臓はいくらなんです?」
「それは生きてる人からは買えないんで、値段の付けようがないですね」
 石上は絶望的な気分で天を仰いだ。
 痛い思いをしても、せいぜいふた月三月食い繋げる程度の金にしかならないのか……。
 最後の手段を使ってこれでは、未来に展望は開けなかった。
 がっくりと肩を落とした石上の心にはしかし、じわりと怒りが込み上げた。
 なんで俺一人がこんな悲惨な目に遭わなくちゃならないんだ。
 なんで? なんで? なんで?
 自棄になった石上はテーブルを叩いて立ち上がる。
「じゃあ、全部買ってくれ!」
「全部?」
「俺を丸ごと買ってくれ!」
「いや、それは……」
「いくらになるんだ!!」
 店員は声を荒げる石上の剣幕に押されて身を引いた。
「さ、三百円です」
 石上は椅子ごと床に転がった。
 三百円? 今の俺の価値はたったそれっぽっちかよ。

SS36 僕のすべて

SS36 僕のすべて

街を彷徨った石上は意を決して店を敷居を跨いだ。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-22

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