嘘吐き君のピエロ面

高校一年生の時に初めて書いた小説です。
文芸同好会で出した小説で、途中で諦めた小説でもあります。

「死神さんとピエロ君」


家から自転車で十分足らずのところに、所々塗装が剥がれたボロ校舎がある。私はその校舎に土、日曜日以外は毎日通い、平凡でつまらない生活を送っている。

駐輪場に自転車を止め、銀色の籠の中から手提げバックを取り出すと、教科書を詰めたそれはずっしりと重さを主張した。手の平から伝わるその重みに、溜息一つ吐き出しながら靴箱に向かって歩いていると、靴箱の方から人の笑い声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、スポーツバックを片手に談笑する男子と目が合った。特に気にすることなく、自分の靴箱へ行くと、先ほどまで明るく談笑していた男子の声が小さくなり、こそこそと話し始めた。

「おい、あいつ」
「あぁ、噂の。」
「やべぇ、俺、はじめて見た」

ごくりと息を飲んだ音がした。次の瞬間、私の頭の中でサイレンが鳴り響き、直観が逃げろと騒ぎ出した。急いで上履きに履き替え走り出そうとしたが、時既に遅く、がしりと力強く腕をつかまれ、走り出そうとした脚は勢いよく止まった。
本日二度目の溜息を吐き出し後ろを振り返ると、そこには予想通り先ほど談笑していた男子の一人が満面の笑みでこちらを見ていた。

「あんた、死神さんだろ?」

あぁ、やっぱりそれか。聞き慣れてしまった言葉に嫌気を起こしながらも、自分が死神さんであることを頷いて認めた。
それを見た他の男子もこちらにやってきて嬉しそうに話し出した。

「すぐにわかったよ!目が隠れるくらいに長い前髪とそこからのぞく死んだような瞳!」
「あと、生きているとは思えないほどの白い肌!」

酷い言われようだが、どこかで納得する私がいた。
確かに前髪は目を覆ってしまうくらい伸びているし、(切るのが面倒なだけ)瞳は本当に死んでいるように見える。(ぼうっとしているだけ)肌はちょっと白いかなー。程度に考えたりはしたが、まさか死んでいるように白いとは思わなかった。(単に日の下にあまり出ないだけ)意識してこのような容姿を作ったわけではないが、我ながらみごとな死人似だな、と考えては少しだけ落ち込み、そして、自傷の笑みを浮かべた。
それに気づかず、いまだに私の話をしては笑って、盛り上がっている男子を見ていると、呆れも、何も感じない。
彼らが私に向かって言っている死神さんとは、もちろんお話の中に出てくる人の魂を狩るあの神様ではなく、ただのあだ名だ。先ほど説明したように、私の外見は死人のようだからこのあだ名がついた。まぁ、それだけじゃないような気もするけど。
いまだに駄弁っている男子を置いて、靴箱を後にした。
まだ早朝なため、廊下には誰もいないが、外からは運動部の掛け声やホイッスルの音が聞こえてくる。それらはすべて私の耳に入り、中で心地よく響いた。不規則なリズムにまるで合わせるかのように歩みを速めていると、向かい側から誰かがやってきた。その人物は学校に来ると必ず顔合わせする先生だとすぐにわかった。

「おはようございます。」

敬意の気持ちをかねて低くお辞儀すると、先生は手を振りながら笑顔を返してくれた。
この先生はいつも皺くちゃの白衣を着ており、おそらく何日か風呂に入っていないであろう頭にはふけが沸いている。そして、極め付けには剃られていない無精髭などがあり、不潔所が満載だが、目尻にできた皺が優しそうな雰囲気を醸し出し、さらには気さくな性格をしているため生徒からの信頼度が高い。ちなみに、受持っている教科は科学で私の担任だ。

「瑞穂じゃねぇか。お前、いつもこんな時間に学校に来ているのか?」

潰れたカエルのような声でそう言うと、私のところまで歩み寄ってきた。距離が近くなって、さっきまで何も臭わなかったはずの廊下に腐敗臭が漂い始めた。その臭いの元凶が先生だなんてことは考えればすぐにわかるが、知らないふりをした。

「あ、はい。私はいつも4時に起床し、6時30分には学校についています。家にいても特にやることがないので。」
「そうなのか。まぁ確かに早起きはいいことだな、その調子でこれからも頑張ってくれ。」

先生はそう言ってかえしてくれた。不潔でなければ、本当にいい先生だ。と、内心失礼なことを考えつつ、微笑した。そうすれば、先生もつられてほほ笑んだ。
なんて平和な時間なのだ、そう考えていると、笑みを浮かべていた先生は急に顔を引き締め、何かを考え始めた。

「先生、どうしたんですか?」
「あぁ、教頭先生に呼び出されていたことを思い出したんだ。悪いけど、そろそろ行くな。」

そう言うと、私がここまで来た方向へと急ぎ足で歩いて行った。朝から教頭先生に呼び出しをくらうなんて、先生は何か悪い事でもしたのかな。と、あらぬことを考えながら歩みを再開させると、私の教室はもうそこだったようで、すぐに着いた。
取手に手をかけ、何のためらいもなく教室のスライド式ドアを開けると、まだ人がきていない教室にその音だけがやけに大きく響いた。
机と椅子が自分たちの主がくるのを待つだけの空虚な空間を、私は一人たたずんで眺めた。別に綺麗だとか、美しいだとかは一切感じないのだが、なぜかこのまま、永遠にこの景色を見ていたいと思った。
だが、教室の中に一歩足を踏み入れると、もうその思いはどこかに消えていた。まるで、さっきのことが嘘だったかのような、はたまた夢だったかのような錯覚に陥る。
自分の席に着くと、椅子は待っていましたと言わんばかりに軋む音を鳴らした。そのまま暫くぼうっとして、特に何をするわけでもなく、顔を机に伏せて目を閉じた。意識が手放される前に、ドアの開閉の音と、おはようという声が聞こえたような気がした。



「死神さんっ死神さん起きて!!」
甘いハスキーボイスと共に身体を揺すられて、渋々重たい瞼を持ち上げた。まだ眠たいと訴える虚ろな瞳で辺りを見渡すと、私しかいなかった教室は人であふれていた。さらに、教卓の前では、朝会話していた先生が腕を組みながらこちらを見て笑っていた。どうして笑っているのか分からず、覚醒しきっていない脳をフル回転させると、クラスメイト全員が立っていることに気付いた。

「死神さん。いつまで座ってるの?これじゃ、朝礼始まんないじゃん」

先ほど起してくれた声が教えてくれ、そこでやっと今の状況が分かった。だが、同時に羞恥心が私を襲い身体が燃えるような熱を帯びた。
素早くたつと、紅くなった顔を隠すために前髪をできるだけ手で伸ばし、先生のほうに向きなおった。

「すみません。寝ていました」
「見てりゃ分かる。次からは気をつけろよ」

笑いを必死に耐えているのか、肩を震わしながらそう言う先生に、もう思いっきり笑ってくれ、と言いたくなった。とりあえず、返事をしないわけにもいかないので、はい。と言うと、それを合図のように日直が号令をかけた。



「村崎君、起こしてくれてありがとう」

朝礼が終わって、弾けるようにクラスメイトが話し始める中、私は隣の席に座る村崎悠斗(むらざき ゆうと)に礼を言った。
彼は、今から友達のところに行こうとしていたのか、椅子から腰を浮かしたままこちらを横目で見ていた。
スラリと伸びた手足に白く透き通った肌の色。少しパーマがかかり、うねりをあげている髪の毛に甘いフェイス。そして、モデル顔負けのスタイルを持つ彼はどこにいても目立って見える。まるでそこだけ、濡れた夜のようなしんとした美しさがあり、いろんな人を虜にするのだ。
ぼうっと見とれていると、彼は、鼻を鳴らしながら私のほうに向きなおった。

「こっちは早く朝礼始めたいんだから、起こすのは当たり前。」

そう吐き捨て、男女混合の群れの中へと歩いて行った。なんだ、あの態度は。と、彼の言動に内心イラつきながらもそれを表には出さず、静かに一時限目の支度を出した。机の上に置かれた教科書の表紙を憂鬱な気持で見つめていると、笑い声があちらこちらから聞こえてきた。
正直、息が詰まる学園生活にもう飽き飽きしていて、帰りたいと強く願うが、事はそう簡単に動かず、私は今、ここにいる。私は死神だから、心を許せる友達ができないのだ。そう理由をつけて過ごさなければ、いつか壊れてしまいそうで怖い。だからなのか、私は、友達がいっぱいいる村崎悠斗が羨ましく感じ、それと同時に激しい憎悪にかられた。私は、そんな醜い感情を持っている自分が嫌いで、この身を投げ捨てたくなる。でも、投げ捨てたいからと言っても死にたくはない。
一体何がしたいのか、自分で自分のことが分からず、もうすべてが嫌になる。何もできずに、脳がドロドロに腐っていくのを、ただただ他人事のように眺めることしかできないマリオネットのようだ。
いつか私は、醜い感情を浄化することができるのだろうか。腐らずに綺麗に生きていけるのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。答えはきっと否なのだろうけど、いつかそんな日がくるといいな。という夢くらいは抱いても問題はないだろう。
暫くの間、鬱状態に入っていると、隣の席に村崎悠斗が帰ってきた。その顔は疲れと憂いを帯びていたので、どうかしたのだろうかと、少しだけ気になり尋ねてみようと試みるが、彼を取り巻くオーラが話しかけるなと言っているようで聞こうにも聞けなかった。
こんな時はどうすればいいのだろうか、思い悩んでいると、一時限目の先生が教室の中に入ってきた。そのことについてはまたあとで考えればいいかと、一度シャットダウンすると授業集中モードに切り替えた。
日直の号令がかかったときに、村崎悠斗の方をもう一度見ると目に映った村崎悠斗の顔は今にも泣きだしそうだった。



4時限目の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡った。その瞬間、やったー飯だー!という雄叫びにも似た声がどこからともなく聞こえきた。
あれから、特にこれといった出来事は起きなかった。私は授業に励んでいたし、クラスメイトもふざけながら授業を受けていた。そして、様子がおかしかった村崎悠斗もいつもと変わらず授業中寝ていた。強いて言うのであれば、科学の授業の時、腐敗臭ではなくジャスミンの香りが担任の方からしてきて、クラスメイトが感動していたくらいだ。
どうでもいいことを思い出しながら弁当箱を取り出そうとしたその時、突然背後から誰かに肩を掴まれた。吃驚して肩を揺らしてしまったが、何事もなかったように冷静を取り繕い後ろを振り返った。

「な、なに?」

そこには村崎悠斗がいた。どこか暗い表情をしている彼は、私の腕をとると何も言わずに突然歩きだした。私はどういう状況なのか理解できず、反射的に弁当箱を片手に持つと彼にひかれるまま歩き出した。





村崎悠斗に腕をひかれてやってきたのは屋上だった。普段は立ち入り禁止で、鍵もかかっているはずなのだが、彼はそんなもの、元からなかったのだという風に普通に扉を開けて入って行った。
初めて屋上に足を踏み入れたが、空は曇っているし、フェンスの錆が目立って見え、あまりいい景色とは言えなかった。それに、肌寒い風が私の髪の毛を乱し、最悪だ。
入口から少し離れたところまで歩き、ようやく手は離れた。痛くはなかったが、思っていたよりも強く握られていたようで、青紫に変色していた。その腕をいたわるようにさすりながら、村崎悠斗の顔を盗み見すると、何かを考えている様子だった。そういえば、私をここに連れてきた目的は一体何なのだろう。疑問に思い尋ねてみようとするが、私よりも先に村崎悠斗が口を開き、喋りはじめていた。

「いきなりで悪いんだけど、1カ月間俺と付き合って。」
「は?」

いきなりこんな所に連れてきて何だと思ったら、仲良くもない私につまらないジョークを披露するためだったのか。なら、答えは決まっている。

「…丁重にお断りします。」

彼は、見かけにはよらず面白くもなんともないジョークが好きなのかな、私はもう少し面白い方が好きなのだけど。
村崎悠斗の告白をジョークと見なし、そのまま屋上を去ろうとしたが手首を強く握られた。

「  何?」

少し不機嫌面で村崎悠斗を見ると、彼は俯きながら何かを考えているようだった。

「  あのさ、もしかして、勘違いしてる?」
「何を?」
「俺の告白のこと」

勘違い?何のことだ?あの告白に勘違いするようなことでもあったかな。真剣にそう悩んでいると、溜息を吐く音が聞こえた。

「絶対勘違いしていたね。あれ、本気だから。」
「そうだったんだ。てっきりアメリカンジョークだと思ったのだけれど、村崎君、私のこと好きだったの?」

たいして驚きもせず、淡々と言ってのけた。彼はさっきの告白を本気と言ったが、それは嘘だろう。朝礼後のあの態度は、絶対好きな子に向けるようなものではないはずだ。それとも、あれか。好きな子には素直になれなくて、生意気な態度をとっちゃうみたいな。
小学生か!!

「いや、別に好きじゃない。むしろ嫌い」
「ふーん。じゃ、なんで告白したの?」

私も村崎悠斗のことは好きではないが、嫌いと言われると地味に傷つく。だからなのか、口調が先ほどより冷たくなり、拗ねているようになってしまった。義務教育を卒業しても私はまだまだ子供だな。なんてのんきに考えていると、村崎悠斗は爆弾発言をしてきた。

「じゃんけんで負けたから。」
「は?」

じゃんけんで負けた。それとさっきの告白と何か繋がりでもあるのだろうか。意味が分からなくて思考をフル回転させると、ある予想が頭の中に浮かんだ。この予想はあまりよいものではないため、当たらないでほしいが、これ以外に考えられない。
震える唇を動かし、勇気を振り絞って村崎悠斗を見据えた。

「まさかだと思うけどさ、じゃんけんで負けたら誰かに告白する罰ゲームだったりとかする?んで、その罰ゲームの相手に私が選ばれた」
「よくわかったな、その通りだ。ちなみに不細工じゃないといけないという追加ルールもある」

やっぱり。そうでもないと、嫌いな相手に普通は告白なんてしない。でも、不細工という追加ルールは教えてくれなくても良かったな。たとえそうであっても、目の前で言われれば私だって多少は傷つく。いや、罰ゲーム相手に選ばれた時点でもう傷ついたか。

「ちなみに、この罰ゲームの相手に選ばれた死神さんに拒否権はないよ。おとなしく俺の彼女になってもらうから。ま、一カ月間だけだしいいでしょ?」
「不本意だけど、別に付き合ってやってもいいかな。なんか面白そうだし。でも、彼女って具体的に何をすればいいの?」
「そばにいるだけでいいんじゃない?俺もよく知らない。」

そう言うと、その場に寝転んだ。目を閉じて眠りにつこうとしている彼の隣に、静かに私も座ると、曇り空を見上げた。どこまでも続く灰色の空は、今にも雨が降り出してきそうだった。
暫くそうしていると、隣から腹の虫のうなり声が聞こえてきた。その音があまりにも大きく聞こえたので、反射的に横を見ると、顔を真っ赤に染めながら、タヌキ寝入りをしている村崎悠斗がいた。私は、そういえばお昼ご飯をまだ食べていなかったなと思い、あの時反射的に手に取った弁当箱を両手に持ち、彼に恐る恐る話しかけた。


「あの、私の弁当食べる?」
「   食う」

顔を真っ赤に染めながら言うものだから、思わず吹き出しそうになる。だが、ここで笑ってしまったら面倒くさそうなので必死に耐えた。
肩を震わせながら弁当箱を彼に渡すと、ひったくるように私の手から取っていった。少しイラついたが、赤面した彼を見れたから別にいいかと、抑えた。
彼は弁当箱のフタを素早くとると、勢いよく食べ始めた。
その食べっぷりを横から眺めていると、ご飯を口の端につけた彼と目があった。

「俺が言うのもなんだけど、死神さんは食べなくていいの?」
「気にしないで、私はあまりお腹すいてないから。」

スカートをはたきながら立ち上がった。身体を伸ばし欠伸をすると、村崎悠斗に向きなおった。

「じゃ、私そろそろ教室に戻るから、またあとで。その弁当箱は今日中に返してくれればいいから」

そう言うと、屋上を後にした。出て行く前に、村崎悠斗が何かを言いかけていたような気がするが、今さら戻るわけにもいかず、そのまま教室に行った。



教室に着くと、真っ先に自分の席に座った。その途中、まだご飯を食べているクラスメイトを見つけて、お腹を鳴らしてしまったが、弁当を村崎悠斗にあげてしまったため我慢だ。
村崎悠斗にはお腹はすいていないと言ったが、本当はそんな話、嘘だ。私だって人間だからお腹すくし、お昼食べないと午後はやっていけない。なぜあの時、あんな嘘をついたのか、そして、なぜ弁当箱を彼に渡してしまったのか、私も不思議でしょうがない。ただ単に、お腹のすいている彼がかわいそうに見えたからあげたのだろうか。
それにしても、村崎悠斗の恋人役か。面白そうだから引き受けてみたものの、本当にこれでよかったのだろうか。なんか、クラスメイトの思い通りになっているようで嫌だな。
そう考えていると、隣の席に誰かが座ってきた。隣は村崎悠斗の席なので、もうご飯を食べ終わって帰ってきたのかなと、まだ少ししか経っていない時間に驚きながら、そちらに顔を向けるとそこにいたのは村崎悠斗ではなく、知らない男子だった。その男子は私の顔を見るなり、にやにやと薄気味の悪い笑みを見せた。

「なぁ、さっき悠斗に告られたか?」

そう言うと、彼は私に椅子ごと近付いてきた。ゴムが床に擦れて、鈍い音を出す中、なんでそのことを知っているのだと、一瞬思った。だが、それはすぐに解決された。なぜなら、それを知っているのは私と村崎悠斗と不細工に告白という変なルールがあるじゃんけんに参加したものだけだから。
おそらく、この男子はそのじゃんけんに参加していた者の一人なのだろう。

「はい、告白されましたよ。ですが、このような他人を巻き込むゲームは今後、二度としないでください。ターゲットになった人はいい迷惑ですから。」

赤の他人や知らない人にはついつい敬語になってしまうのが私の癖だが、さすがに同級生相手にはおかしかったかな。と、少し不安になりながら自分の意見を言うと、目の前の男子は驚いたといった感じで、顔をきょとんとさせ、私を見た。

「あれ。なんでゲームって分かったのさ。もしかして、悠斗が言ったの?」

敬語に関しては何もツッコマないのね。

「確かに村崎君は言ってくれましたが、彼の態度で明らかにわかります。それに、私のことを嫌いと言っていましたし。」

嫌いと言われたことをまだ根に持ちながらそう言うと、目の前の彼は暫く呆けて、次には顔をくしゃくしゃにし笑いだした。

「なぜ、笑うのですか。」

少しむっとして言うと、彼は乱れた息を整え私に向きなおった。

「いや、あいつが人のことを嫌いとか言うなんて、初めてだなって。」

確かに、私以外の人には村崎悠斗は誰にでも優しくしている。これが八方美人(私以外の人)と言われるものなのだろうか。私にはまったく優しくしてくれない彼に、これはいじめなのかと、考えてしまうほど差がすごいのだ。
別に自分が村崎悠斗を嫌っているぶんには問題はないのだが、相手から嫌われるのはなんだか気に食わない。少し難のある性格って嫌だな。
そう思っていると、まだ隣に座る男子が笑っているのに気付き、そういえば。と話を切り出した。

「あなたと村崎君の関係ってなんですか。」

さっきの会話からは、それなりの親しみのある者が言いそうな言葉だと、不思議に思って尋ねてみた。

「あぁ、俺と悠斗は幼馴染なんだよ。けっこうみんな知っているから、死神さんも知っているかと思ったんだけど知らなかったのか。」
「ごめんなさい、知らないです。自分以外に興味がないので、そういうのはうといんです。」
「正直だね、あと、その敬語やめれ。俺達同い年じゃんか。もっと仲良くしよーぜ」


にかっと笑ってみせると、そのまま手を前に出してきた。これにはどう対応していいのかわからず、戸惑う。暫くすると、目の前の男子は戸惑いを見せる私の手を無理やり取って、握手してきた。

「あまり話したことないけど、よろしくなー。」
「よろしくする前に、私、あなたの名前知らない。」

知らない男子から知り合いの男子に昇格したため敬語はやめて、名前を聞くと、目の前の男子は分かりやすく落ち込んだ。なぜ落ち込んだのかわからず、慌てだすと、それを見た男子は口を開いた。

「クラスメイトの名前くらい覚えておいてよ。俺の名前は井上和也(いのうえ かずや)。まだぴっちぴちの17歳!!今を生きるJDだよ!!」
「へー。とりあえず、改めてよろしくね。」
「対応が冷たい。さっきの慌てようはどこに行った。」

井上和也ね。よし、多分覚えた。
彼の名前を頭の中に記憶すると、いつの間にか井上和也の背後に絶対零度を身に纏う村崎悠斗が立っていた。おかえり、そう言いたかったのだが、私は村崎悠斗の顔を見て、あまりの怖さに身体が硬直してしまった。今の彼の顔は無表情のはずなのに、とても怒っているように見えた。

「あの、どうかしたの」

私がそう尋ねると、彼は井上和也を足で椅子からけり落とし、何事もなかったかのように隣の席に着いた。
椅子から落ちた井上和也は涙目で村崎悠斗に訴えようとするが、彼が放つ不機嫌オーラが井上和也に文句を言わせなかった。
怯えた井上和也は私の所までハイハイでくると、私の耳に唇を寄せてきた。

「多分、あいつ死神さんのことそこまで嫌いとは思ってないから、恋人役頑張って」
「どういうことかよくわからないけど、応援ありがとう?」
「おう!」

そう言うと、どこかに走って行った。できれば昼休みが終わるまでここにいてほしかったのだけれど、しょうがないか。でもな。

「.........」
「.........」

これは気まずい。不機嫌オーラを放つ彼は、ファンタジーゲームに登場してくる魔王同然の威力を持つのか。というか、井上和也は絶対これから逃れるために他の所にいったな。そうしか考えられない。私も、面倒くさいが図書室に行って昼休みを過ごそう。ここにいるよりはまだマシだ。
席を立ってそのまま教室を出ようとしたが、腕を村崎悠斗に掴まれた。今日はよく腕を掴まれるな、なんてのんきに考えていると目の前の彼は不機嫌面のまま私の顔を睨みつけてきた。

「どこに行くの?」
「は?」

どこだっていいでしょ。そう言いたくて口を開いたが、その怖さに何も言えなかった。まさに蛇に睨まれた蛙だ。そうして暫く黙っていると、痺れを切らした彼は掴んだ腕を強く握ってきた。その腕には屋上に行った時にできた痣があるため、通常の2倍くらい痛かった。さすがの私も顔を歪めたが、それに気づかないのか、彼は一向に力を弱めようとはしない。

「どこに行くんだって聞いてんだけど?」

むしろ、強くなっているような気がする。早く言わなきゃ私の腕が潰れてしまうような気がして、少し焦りながら口を開いた。

「図書室だけど、なんでそんなこと聞くの?村崎君には関係のないことでしょ?」

生意気に答えてしまうのは、僅かな対抗心から。弱者に見られるのは誰だって嫌でしょう。震える身体を無理に抑えながら村崎悠斗を睨むと、掴まれた腕を強制的に放させ教室を後にしようとした。

「さっきの、もう忘れたの?今日から一カ月間、死神さんは俺の彼女なんだから行く場所を知っておくのは当たり前。それについて行くのも当たり前。」

だが、放された腕をまた掴まれ、歩み出そうとした足は止まった。

「恋人同士って、そんなに面倒くさいものだったかしら。村崎君、あなたって束縛するのが好きなの?」
「うるせぇな。うだうだ言ってないで行くぞ」

そう言うと、彼は歩き出した。耳を真っ赤にしながら腕を引っ張る彼を、私は引きずられながら見た。心なしか、身体全体が痛いのだが、これは錯覚か。ズルズルと引きずられる音が自らの身体から聞こえてきて、いや、これ冗談抜きでひきずられてるわ。と気付いた。色気も糞もない私のへそがスカートとシャツの間からこんにちわしていて、誰特だよ。と激しくツッコンだ。もちろん心の中で。
赤面するのは、正直可愛いと思った。だけど、罰ゲームでも、一応恋人同士になったのだから、もう少し優しくしてくれてもいいと思うのは私だけだろうか。
溜息を吐きながら死んだ瞳で辺りを見回すと、こちらを驚いた顔で見ているギャラリー達に気付いた。そういえば、ここ学校の廊下だった。もしかしたら、すごく目立ってるのかもしれない。目立つのは嫌だな。もともと、目立つのはあまり好きではない性分なため、どうも視線が自分に集まると、恥しくて逃げたくなる。だが、目立たないというのはもう村崎悠斗の恋人役になった時点で、手遅れだ。彼は今の彼とは思えないほど他の人には八方美人で、しかもあの容姿だ、モテないのはおかしい。自分以外には興味ない私だって、それくらいはわかる。実際に、今も女子からの熱い視線が投げられている。あちらこちらから黄色い悲鳴じみたものまで聞こえ、動物園かと思ってしまうほどだ。悲鳴のほとんどがかっこいいだの、王子(笑)だのだが、憎しみを込めた私へのメッセージもあったりする。女子って怖いわー。

「あれ見て、村崎君と死神さんが二人で並んで歩いてるよ!」
「本当だ!!珍しいコンビだね!」
「てか、死神さんのくせに、生意気!!」

聞きたくなくても耳がその声を拾ってしまう。どうせなら、もっと小さい声で話してくれないのかな。地味に傷つくんだよね。てか、そこのお嬢さん方。話している内容が少しおかしいよ。よく見てみなさいよ、明らかに私歩いてないから。村崎悠斗にひきずられながら移動しているから、制服が廊下のホコリをとっちゃってるからね?これが歩いているように見えるのなら、精神科か眼科をおススメします。つか、死神さんのくせに生意気ってどういう意味。なら、お前が引きずられてみるか雌豚が!!
心の中で悪態を吐いていると、前方から扉の開く音が聞こえた。やっと図書室に着いたのか、と少しホッとし、村崎悠斗に腕を放してもらった。
制服についたホコリを払い落し、膝をついて立ち上がると、少し俯きがちに村崎悠斗を見た。

「もっと丁重にここまで連れてきてほしかったわ」

そう愚痴をもらすと、村崎悠斗は明らかにむっとして見せた。

「屋上に連れていった時よりは優しくしたつもりだが」
「あれのどこが優しくよ、ひきずっていただけじゃない。屋上に連れて行ってくれた時の方がまだマシだった」
「ごめん?」
「なんで疑問形なのよ。」

なんとなく、と首を傾げながら言う彼に、もう呆れしか感じられない。溜息を吐きだしながら図書室の中に足を踏み入れるとそのまま奥の方へと歩みを進めた。

「あれ、もしかして怒った?」

私のすぐ後ろにきて、そう尋ねてきた。思いのほか、彼は焦っているように見えた。

「別に怒ってない。ただ、呆れただけ。もう気にしてないからどこかにいってくれないかしら」

読書は一人で静かにしたいから、ついてこられるのは正直迷惑。そんな気持ちを込めて言ったつもりだったが彼には伝わらなかったのか、いつまでたっても背後から失せてくれない。

「俺も一緒に読書するから、ついてく。大丈夫、騒いだりしないから」
「あっそ、勝手にすれば」

隣に人がいるのは嫌だが、静かにしてくれるならいいか。そう思い、目についた単行本を手に取り、誰もいない机に着いた。単行本の表紙を暫く見つめていると、本を手にいっぱい抱えた村崎悠斗が隣の椅子に座ってきた。直ぐにパラパラとページをめくる音が聞こえてきて、何を読んでいるのか気になってチラミしてみると、そこにはファンシーなキャラクター達がいっぱい描かれていた。

「まじか」

途端、震えだす私のない腹筋は我慢が出来なくて爆発しそうになった。
さっきまで女子から王子(笑)と言われていた村崎悠斗の読書の本はまさかの絵本とか、爆笑ものでしょ。
必死に笑いを耐えていると、自然と口元がゆるくなりにやにやしていたそうで、村崎悠斗が汚物を見るかのように私を見ていた。

「なんて顔してんの」
「別に、元からこんな顔だし」
「ふーん」

まだ少しにやける顔を無理やり引き締めて、私は手に持った単行本に集中した。どうやら適当に取った単行本はラブストーリーだったらしく、最初から濃厚なシーンから始まっていた。
愛しているだとか、君しかいないだとか、くさいセリフばかりを吐きだし、ただ無意味な言葉の羅列ばかりを綴るこの小説に、女子は何故、ときめくのか分からない。感情のこもっていない瞳で文を読んでいると、突然、隣から笑い声が聞こえてきた。少し気になり、村崎悠斗の方へ顔を向けると、どうやら彼は絵本を見て笑っているようだ。どの場面で笑っているのか知りたくて、絵本をのぞこうとしたが、あともう少しというところで閉じられた。

「ごめん、うるさかった?」
「えぇ、とても。そんなに面白いところがあったの?」
「おう、これめっちゃ面白いんだ!見てみろよこのシーン!」

私の前に絵本を持ってくると、そのページを開いて見せた。

「ここなんだけどさ、いきなり主人公が裸になって自らの肉体美をクラスメイトに晒すんだよ!!」
「これのどこが面白いの」
「台詞をちゃんと読めって!」

そう言われて、文が書いてある右側のページを見ると、顔が青ざめた。

「どうだ?」

村崎悠斗が私の顔を恐る恐ると見てきた。暫く無言を貫きとうすと、村崎悠斗の顔が除所に不安を帯び始めていた。女子にはきつかったかな?と呟く彼にゆっくりと顔を向け私が満面の笑みを見せると、彼はホッとしたような安堵の表情を見せた。

「ふざけるなよ、女子にこんな汚いものを見せるな」

満面の笑顔のまま、そう吐き捨てた。



「反省はしている、だが後悔はしていない。」
「どうしよう、反省の色が見えない」

あれからすぐに図書室を去り、教室に向かった。あともう少しで午後の授業が始まるため二人ともおとなしく席についているが、ちょくちょくと村崎悠斗が絵本のことについて謝ってきていた。どれも反省しているようには聞こえない謝り方だが、彼はわざとやっているのだろうか。

「反省はしているんだから許してよ。」
「別に気にしてないけど、二度とあの絵本は見たくないな。なにが肉体美よ。ただの変態じゃない。」
「だから、ごめんって」

そんな会話を繰り返していると、当然時間は過ぎるもので、先生が教室に入ってきた。号令がかかるとともに村崎悠斗は静かになった。そういえば、今日のたった数時間で、彼とはかなり仲良くなったような気がする。彼の性格は大体分かったし、前より長く話せている。これは、初歩的な進歩だが、私にとってはすごい進歩なのだ。まともに私と話せるのは親と担任くらいしかいないから、そう思ってしまうのは当たり前だが、できれば、彼と恋人役の間だけでもいいから友達になりたいな。そう思っていると、心がふわっと軽くなり、暖かい色に包まれた。
前まで抱いていた彼への感情を忘れ、その心地いいものに揺られ酔っていると、頭に何かがぶつかった。それはくしゃくしゃに丸められた紙くずのようだった。それを投げてきた犯人を睨むと、村崎悠斗は口パクで早く読めと言っているようだった。渋々紙くずを拾い、それを広げると、そこには綺麗な字で何かが書かれていた。

『今日の放課後、恋人(期間限定の)になった記念にどっか遊びに行くから』

私に拒否権はないのか。そう思いながらも、すぐに村崎悠斗のほうへ顔を向け、目が合うと頷いた。彼はまた口パクで何かを言うと、授業に集中するためか、前を向いた。今度は何を言っているのか分からなかった。



時刻は午後4時30分。この頃日が落ちるのが早くなってきたのか、空はもう夕焼けだ。
私は、村崎悠斗との約束を果たさないで、現在図書室にいる。村崎悠斗は、どうやら先生に呼ばれていたらしく、放課後になった瞬間、私に教室で待っていろと言って職員室の方へと駆け出して行った。当然のごとく、私は教室で待っているわけはなく、今こうしている。だって、教室って、何もすることないんだもの。


哲学の本を片手に読書を開始した。それにしても、村崎悠斗には可哀想なことをした、今頃彼は私のことを探しているのだろうか、それとも呆れて先に帰ってしまっただろうか。おそらく、後者だな。
ページをめくる速度を緩めず、目をせわしなく動かしていると、誰かの手によって本を閉じられた。どうやら、後者ではなく、前者だったようだ。

「まだ帰っていなかったの」
「約束したろ、てか教室でまってろよ。いなくて吃驚した」

そう言うと私から本を奪いそのまま出口へと歩き出した。一瞬見えた彼の横顔には汗が伝っており、少しだけ息が乱れていた。もしかしなくても、探してくれたのかな。

「ありがとう」
「何が」
「別に、なんとなく言ってみただけだから気にしないで。それよりも、遊びに行くんでしょ?早くしないと暗くなる」
「 あぁ」

その言葉を聞いて、素早く図書室から出た彼の後姿に笑顔を浮かべながら、置いていかれないように小走りでついて行った。


「そういえば、どこに遊びに行くの?」

靴箱についた時に、彼に聞いた。すると彼は、明らかにびくりと身体を震わし、顔色を悪くさせた。

「まさか、決めてないとかだったり」
「げ、ゲーセンとかカラオケとかで遊ぼうと思っていたところだ。別に決まっていないわけではない」
「絶対に今考えたよね。まぁ、いいけど。それと悪いけど、カラオケは却下するわ。私の家の門限が7時までだから、そんなに遊べないの」

そうなのか、と呟く彼は、さっさとローファーに履き替えると、外に出た。

「あ、ちょっと待って。私自転車通学だから自転車持ってこないと」
「じゃ、ここら辺で待ってるから、早くとってこい」

そういうと腕を組んで壁に寄り掛かった。背中に彼の視線を浴びながら、私は急いで駐輪場に行くと、自転車の鍵を外し、籠の中にバックを投げ入れた。スタンドを足でけり上げると、自転車を引きながら村崎悠斗の待つ場所へと速足で急いだ。それにしても、村崎悠斗のあの命令口調は正直、やめてほしい。彼にその気はなくても、自分が下に見られているようで、腹が立つ。
曲がり角から顔を出し、村崎悠斗を見つけた。そのまま彼のところまで走って、文句の一つでも言おうとしていたが、村崎悠斗の隣に彼以外のもう一つの小さな影を見つけた。

「誰だろう」

素早く曲がり角に身体を隠すと、その陰をジッと見つめた。髪の毛が腰まであり、下にいくほど緩くウェーブがかかった、可愛らしい女の子だった。
暫く観察していると、笑い声がここまで聞こえてきた。親しげに話しているところを見て、もし二人が恋人同士だったらお似合いだな、と考え、胸に棘がささったような、ズキっとした痛みが走り、それと同時に、心にもやもやと霧がかかった。痛む胸を押さえて、この感情は何だろうと首をかしげた。



その感情の意味を知るのは、恋愛にもうとい私にとってはまだまだ先の話になるだろう。



続く

嘘吐き君のピエロ面

御機嫌よう酸化ナトリウム、中村刹子ざますよ。
さて、今回のこの作品は、高校一年生の時に書いた小説です。
アレンジを加えないで、そのままを書きましたが、これ、いろいろと酷いですね。
設定があやふやなのと、中村の中二病発揮。
続きは書く予定ですが、最後まで書けるか不安ですね。
では、また次回作で会いましょう。ばーい。

嘘吐き君のピエロ面

あだ名が死神さんの恋物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-21

Copyrighted
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