IMMORTALITY
文芸同好会で無料散布した小説です。
楽しんでいただければ、中村はとてもうれしいです。
「歌の力」
序章
『光のベールが 世界を包み 十二色の橋を掲げて 闇を裂く』
煌びやかな調度品に囲まれて、少女は窓から見える星空に向かって歌う。
小鳥のさえずりのごとく可憐で美しく、そして神秘的で、誰もがうっとりと聞き惚れてしまう声を辺りに響かせると、部屋の雰囲気にそぐわない鉄格子から何十もの手が伸びた。その手は少女を求めるように動き、手に入らないとわかっていながらも必死に伸ばす。
ぼとりとかつて腕にあった塊を落とし、白が薄く見える手を振り回すと、こびりついた悪臭を撒き散らす。
近くにある悪夢に気づいていないのか、はたまた気づいていながらもあまりの悲惨な現実に目を背けているのか、少女は鉄格子の存在を無視し歌い続けた。
『天を仰ぐ影法師たちは 永い眠りから覚め
闇はまた眠りにつく
おやすみなさい おやすみなさい 愛し子よ
目覚めるその時まで しばしのお別れ
おやすみなさい おやすみなさい
また会うその時まで』
歌が終わると、騒々しかった鉄格子の音がはたと止んだ。
少女はためらいもなく鉄格子に近づくと、膝をついて懐からしおれた花を取り出し、静かに置いた。
少女に怯えている様子はなかったが、今にも泣きそうな顔をしている。
「ごめんなさい」
一言告げると、塊に向かって手を合わせた。
一章「歌の力」
立ちこめる深い霧。
そこにぽつりとある馬車の中に、少女はいた。
一.
頭上からぺらっと本をめくる音が聞こえてきて眠っていた意識が戻る。
少女―エレヴィア・パース・ラック―はそっと目を開けると、気づかれないように本をめくる主を見上げた。
そこには端正な顔立ちの青年がいて、エレヴィアはやっぱり…。と溜息をついた。
「僕の顔を見るなり、溜息をつかないでくれるかな。エレヴィア」
ぱたんと本を閉じると、青年は膝の上にいるエレヴェアを見下ろした。
青色の双眸は黒に近く、空というよりは底が深い海を連想させる。エレヴィアは青年の瞳をじっと見つめた後、また大きな溜息をついた。
「気づかれないように起きたのに、よくわかったわね」
「僕のお姫様が目を覚ましたのに、気づかないわけがないだろう?寝顔、可愛かったよ。膝枕をしたかいがあった」
「さすがラガード。今日も清々しいくらいの変態っぷりね。」
そう言って、エレヴィアはゆっくりと起き上がると、青年―ラガード―の横に移動し、悪態をつきながらもその頭を肩にあずけた。
かすかに揺れた拍子に頬を撫でた銀の髪をラガードはすくい、指を絡ませると、そこに唇を落とした。
「どうしたの、エレヴィア。具合でも悪いの?寄りかさってくるなんてめずらしいじゃないか」
手から零れ落ちた髪はエレヴィアの元に戻る。
ラガードは小さな肩を抱くと、自分のほうへと引き寄せた。
実のところ、頭が少しだけ痛かったりする。しかし、それを正直に心配症のラガードに伝えると、めんどくさいことになるのが目に見えているため、なんて言おうかとエレヴィアは考える。結果、思いついたのは
「ううん、違うの。ただ甘えたかっただけ」
と、いいながらラガードの手に頬ずりをすることだった。
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえ、やりすぎたか?と不安になりながらラガードの様子を窺おうとした瞬間、強引に顎を掴まれ上を向かされる。
そこには鼻息を荒くしたラガードがいて、ぎらついた瞳でエレヴィアを見ていた。
(あ、やばい)
やはり頬ずりはやりすぎたかもしれない。と反省して、
身の危険を感じ逃げようと試みるが、顎を掴む手がそれを許さない。
せめてこの変態から距離をとろうと両手を使いラガードの胸板を押すが、離れるどころか逆に縮まっていっているような気がする。ついにはその手さえも掴まれ抵抗ができなくなった。
「ああもう、可愛いこと言わないでよ。僕がエレヴィアのこと好きなの知ってるでしょ?今の状況、襲われても文句は言えないんだからね。」
「確かに今のは私が悪い。だけど何度も言っているけど、私にとってラガードはお兄ちゃんみたいな存在。そんな色欲は持たないでほしい。それに、本気で好きならもう少し理性というものを身につけて。」
「そんなの無理だよ。エレヴィアが無防備にすりよってくるから理性なんてもの、すぐになくなっちゃうんだ。というわけで、もう我慢できません。」
そう言うと、興奮気味に唇を突きだした。
ラガードは目を瞑ってゆっくりと距離を詰めると、エレヴィアも呆れたように目を閉じる。心臓の音がまるでカウントダウンのように脈打ち、冷や汗が背筋を伝った。
こうして襲われることは何も今が初めてではない。過去にも数えられないくらい襲われ、とうの昔にファーストキスは奪われている。もちろんラガードにだ。
(だけど、何回やられても慣れないからこの行為は嫌い)
そうは思っても、ラガード自身を嫌いになることはできなかった。なぜなら、エレヴィアもラガードのことが好きだからだ。好き、とはいってもラガードのそれとは違い、家族愛からくるものだが。
(酷いことを言っているのは分かっている。色欲をもたないでなんて、好きな女の子から言われたら傷つく。でも‥)
それでも、ラガードを一人の男として意識できない。
お兄ちゃんという認識が強いせいか、恋愛感情までに発達しないのだ。だから必要以上に求められても恥ずかしくないので―気持ち悪いとは思っているが―、エレヴィア自身も答えてしまう。
(‥そういえば、遅いな)
何十秒、もしくは何分の時が過ぎたのだろうか、訪れる柔らかいものはいつまで経っても落ちてこず、かわりに近くでうめき声があがった。
いつの間にか捉えられていた顎と腕は解放されていて、エレヴィアは目を閉じたままなぜと疑問に思う。
「‥‥」
恐る恐る目を開くと、そこには深緑の髪をぱっつんに切りそろえた少年が、ラガードの頭を踏みつけながら不思議な形をした武器をハンカチで拭いていた。
「‥ザク」
エレヴィアがそう呼んだ少年―ザク・ベルヴェット・アイ―はこちらに顔を向けると、ラガードの腹を蹴りエレヴィアの目線になるように長椅子の上から下りた。
「何、」
「助けてくれたことには感謝するけど、暴力はなるべくひかえて」
「御意、とでも言うと?俺、雑草好き。雑草、血、好き。やめられない」
ちゃきっと、目の前に武器を持ってくると、エレヴィアの視界に入れた。
訳すと、『御意、なんて言うと思ったー?ざんねーん。俺、雑草のことがすきだから雑草が好物である血を与えなきゃいけないの!だからやめられないぜ!』ということだ。
雑草とは、ザクが持っている武器≪チャクラム≫の名前である。投擲(とうてき)武器の一種で、斬ることを目的として作られたものだ。真中に穴のあいた円盤は、黒く光り、その名にふさわしい葉っぱの模様が描かれていた。外側には刃がつけられていて、触れただけでも指が切れてしまいそうだ。
(血痕‥?)
その刃に血がついていることに気付きラガードの方を見たが、痛いなあと呟きながら頭をさすっているだけだった。その手には血が付いていて、そういうことかと納得。
「ザク、ラガードはその武器で攻撃しては駄目。」
「殴っただけ、血、頭にかすってついた。ただの事故。故意、否定」
「嘘ね、顔が笑ってる。」
「ひ、否定!俺、嘘嫌い!!」
「って言いつつ笑ってるわよ」
ザクは嘘をつくとき、必ず笑う。それはここにいるエレヴィアとラガードが知っていることで、ザク自身も自覚している。癖になっているようで、直せないそうだ。
(嘘をつけない身体って、難儀ね)
泥棒とかして捕まった時、いろいろと困りそう。そう思っていると、ラガードが起き上った。
「ザク?僕が禿げになったらどうしてくれるの」
頭をさすりながら起き上ったラガードは、苦笑しながら長椅子に座りなおした。
ちゃっかりエレヴィアの肩に腕をまわすと、エレヴィアもまんざらでもない顔をしているため、ザクは溜息をついた。
「エレヴィア、襲われる原因、それ。自覚もって。ラガードは禿げろ」
「え?私からすりよってないのに、駄目なの?」
「いいんだよ、エレヴィア。ザクの言うことは気にしないで。ね?僕たちは今のままの関係でいようね。」
「わかったわ」
「…はぁ」
ザクがまた溜息をついたその時だった。
動いていないはずの馬車がぐらりと揺れ、馬が鳴く声が聞こえた。続くうなり声。断末魔は何かがちぎれる音によってすぐに止み、静寂がそこに訪れ緊迫した空気が部屋を包む。
明らかにおかしい状況に、三人は静かになると、ザクはチャクラムを両手に構え、ラガードは横に立てかけていた―サファイアのような刃をもつ―スピアを手に取った。
エレヴィアは長椅子の下に隠しておいた短剣を取り出すと、白い鞘を抜いた。
S字状に湾曲した刀身をもつ短剣、≪クファンジャル≫。またの名を≪肉切りナイフ≫というそれは、かつて王族や貴族階級が護身用として使っていたものであった。もちろんエレヴィアは貴族ではない。これは拾ったものだ。
エレヴィアがクファンジャルを構えると、三人は顔を合わせて静かに頷いた。
ラガードが外へとつながる扉をあけると、三人は一斉に飛び出した。外は霧が濃く、前がほとんど見えない。ぴちゃぴちゃと聞こえる水音を頼りに、ゆっくりとした足取りで進む。
音が近くなると、馬車の陰に隠れて顔だけをだした。
水音をたてる正体が何かを知るために目を凝らすが、影が動いているのが分かるだけで、もっと近づかないと何がいるのかがわからない。
危険を承知でエレヴィアが動こうとした瞬間、風が吹き、霧が少し晴れた。
「‥っ!」
そこにあったものは、あまりにも悲惨なものだった。
人間のような形をした怪物が、横たわった馬をむさぼり食っていたのだ。
よく聞くと、水音の他にも骨を砕く音が聞こえてくる。
すぐに霧に隠れてしまったが、脳裏に焼きついた馬の無残な姿は隠れてはくれない。
腹の底から酸っぱいものが込みあがってくる。手で口を押さえて我慢をすると、出てきたものを飲み込んだ。
のどが焼けるように熱くなり、思わずせき込む。
「だ、大丈夫?」
「心配しないで、ちょっと気分が悪くなっただけだから」
かなりの音を出してしまったから、気付かれたかもしれない。そう思いまた顔を出すと、まだ同じところにいた。どうやら気付かれていないらしい。
「何、見た?」
そう尋ねてくるザクは、チャクラムを構えたまま辺りに注意を払う。エレヴィアは呼吸を整えると、ザクの方に身体を向けた。そして、
「屍(デット)が、‥いた」
というと、ザクとラガードは息をのんだ。
屍―デット―とは、東にある国、ウィッチブルームが生み出した実験体。
ウィッチブルームはどの国よりも科学が発達しており、不老不死について研究をしていた。その失敗作が屍である。屍は身体が腐っていて、長くても3週間と生きられない。しかし、握力が強く、打撃が効かないためよくウィッチブルームは戦争に使っている。難点は知識がないため仲間を認識できないということ。屍同士の共食いもよくある。
だが‥
「屍(デット)?否、いるはずない」
そう、ここにはいるはずがないのだ。
ここはウィッチブルームがある東の国とは逆の方向にある西の国、グーウェン。屍は普段、ウィッチブルームの研究所に隔離されているはずなのだ。
そんな屍がここにいる可能性があるとしたら
「屍がいるということは、近々戦争がおこるということかな」
そういうことになる。
ウィッチブルームとグーウェンは長い間戦争をしていたのだが、3年前に行われたユーノミア戦での被害がお互い酷かったので今は休戦協定を結んでいる。
だが戦争開始まであと二年も期限があるのにもかかわらず、こうして屍がグーウェンをうろついているということは、ウィッチブルームがグーウェンを裏切るつもりなのか、それともあと二年の間に敵地に屍を送り、戦争に向けての準備をしているのか。の二つになる。
(どちらにしても‥。)
屍が近くにいる。考えている暇はない。
「運ばれている途中で一匹脱走したのかも。屍は頭が悪いからそう遠くには行けない。多分、ウィッチブルーム人の隠れ家が近くにあるはず。」
「探して潰すのかい?」
「ええ、それが一番ね。ザク、ちょっと行ってきてくれるかしら」
「御意」
霧の中に消えるように走っていったザク。それを目で見送った後、ラガードの方に顔を向けた。
「ラガード、私たちはあの屍を倒すわよ」
「仰せのままに、僕のお姫様」
そう言って、エレヴィアの手をとり口づけを落とす。まるで、胡散臭い貴族を見ているようで、ふふ、と笑ってしまう。
そしていよいよ屍に戦いを挑もうとしたその時、あることに気づいてしまった。
さっきまでなっていたはずの水音が聞こえないということに。
「…どうしたの?エレヴィア」
それは屍が移動したことを示していた。敵から目を離したことを後悔すると、すぐに辺りを見回した。
霧が濃すぎて周りが見えないが、必死に探す。見つけられなかったら、不意打ちを仕掛けられて屍にやられてしまう。
(どこ、どこにいるの)
事の重大さにラガードも気付くと、黙って辺りを見回す。
静かな時が過ぎるなか神経を研ぎ澄ますと、冷や汗が流れた。緊張して息が荒くなってきて、落ち着こうと深呼吸をした時、近くで異臭がした。
「エレヴィア!伏せろ!!」
ラガードが叫び、エレヴィアは反射的にしゃがんだ。
頭上を、美しい刃が通る。
「‥っつ!」
ラガードは、素早くエレヴィアに覆いかぶさると、
「く、ああああああああ!」
と、声をあげた。
「ら、ラガード?」
ずぶり、と嫌な音が聞こえ、ラガードの後ろを見ると、目を見開いた。
そこには、さっき見た屍が、何かをくわえながらにやりと笑っていた。
「このっ!!」
屍に向かってクファンジャルを投げつける。
それは見事に屍にささったが、痛くも痒くもないのか、動じることはなかった。
ここはいったん逃げようと、ラガードを持ち上げようとしたがエレヴィアの細い腕では高身長のラガードは持ち上がらなかった。ぬるりとしたものが手についたが、気にしていられない。
「ラガード、体重を軽くして」
「無茶言わないでよ。僕は死なないからエレヴィアは逃げて」
「その方が無茶よ、ラガードを置いていくなんてできるはずがないでしょ。死なないとか、ふざけたこと言わないで」
「‥本当なんだけどな。まあしょうがないか」
そう言うと、ラガードは立ち上がった。
「‥立てるんならさっさと立てばよかったじゃない」
「あはは、僕にもいろいろあるんだよ。っと、喋ってる暇はないみたいだね」
屍がゆっくりと動き出す。
エレヴィアの武器は屍に刺さったままで、ラガードのスピアはよく見ると屍の横にある。‥おそらく外したのだろう。
‥絶体絶命だ。
逃げようとラガードの服の裾をひっぱると、ラガードはそのつもりがないのか、エレヴィアの前に一歩でた。
「どういうつもり?」
「ん?時間稼ぎをするんだよ」
「私だけを逃がすつもりなの」
「いいや、違うよ。」
「?」
意味が分からず、首をかしげると、ラガードはほほ笑んだ。
「エレヴィアはあの歌を歌うんだ。≪ホープソング≫をね」
二.
エレヴィアは昔、東の国ウィッチブルームに住んでいた。
王都から少し離れたところに集落があり、いろんな肌の色をした者たちが仲良く暮らしているここは、戦争で荒んでいる王都とは違い平和だった。比較的孤児が多く、エレヴィアも孤児だったが、みんな家族同然で、かけがえのない宝物だった。
「いつもすまんな、わしらが動けたらお前に苦労をかけることはなかったのに」
「気にしないで、おじいちゃん。それに意外とこの仕事楽しいし、私は好きでやってるよ」
「そうか?ならいいのだが‥」
「ふふ、それじゃ、行ってきます」
十三歳のエレヴィアはそういって、背負い籠をせおうといつも通り薬草を採りに森に出掛けた。
エレヴィアが住んでいる家は薬屋だった。―薬屋といっても売っているわけではない。困った人たちにわけている―そこにはお爺さんとおばあさんが二人と、エレヴィアを含めて二人の少女が住んでいた。
お爺さんとおばあさんは身体が不自由で、こうしてエレヴィアが薬草を採りに行くことが日課になっている。おばあさんはトイレに一人で行けないくらい身体が弱ってしまい、そちらのお世話はもう一人の少女がやっている。
(そういえば、朝はいなかったけどどこにいっているのかな)
少し探していこう。と思った矢先、家を出て角を曲がったところでその少女は見つかった。
家に帰る途中なのか、こちらに向かってきている。
「おはよう!お姉ちゃん!!」
呼び掛けようとしたその時、さきに少女がエレヴィアに話しかけてきた。
「おはよう、ミレディア。どこに行っていたの?」
「えへへ、近所のお店からお花をもらいに行ってたの」
少女―ミレディア―はそう言うと、花束をエレヴィアに見せつけた。
ミレディアは孤児のエレヴィアと一緒に籠の中に入れられ捨てられた唯一の肉親。
一卵性の双子なのか、顔も瞳の色も同じで、身長も同じ。見た目で違うのは、髪の色だけだった。
エレヴィアの髪は白銀だが、ミレディアの髪は黒紫だった。
まるで毒を含んだようなその髪は、触れたら犯されてしまいそうで、バラの棘のような感じがした。
エレヴィアの髪はその逆で、触れてしまったら消えてしまいそうな儚さがそこにあった。
二人は相容れない髪をもち、笑いあう。
「あのね、お店の人に今日も可愛いねって言われちゃった!」
「そう、よかったわね」
「うん!すごく嬉しかった。あ、お姉ちゃんのことも可愛いって言ってたよ!」
「ふふ、私にも言ってくれたのね。ありがたいわ」
そう言って笑うと、エレヴィアは思い出したように話を切り出した。
「ミレディア、私今から薬草を採りに行くから、またあとで話しましょう?」
「えー、もう行っちゃうの?ミレディアはまだお姉ちゃんとお喋りしたい!」
「あなたはおばあちゃんのお世話があるでしょ。ほら、行きなさい」
「むー」
そう言ってうなると、渋々といった風に頷いた。それを見てほほ笑むと、エレヴィアはミレディアの頭をなでた。
「じゃ、行ってくるね」
「ま、待って!!」
「?」
呼び止められて出しかけた足を戻し、ミレディアを見ながらなんだろうと首をかしげる。
「なに?」
「あ、あのね。お姉ちゃんの歌が聴きたいな」
「え、歌?」
「うん、お姉ちゃんの歌が無性に聴きたい気分なの。お願い!」
「‥‥」
「駄目、かな?」
「‥しょーがないなあ」
苦笑すると、ミレディアがぱぁっと明るくなったのがわかった。まるで犬のようだと思うと、尻尾を振るミレディアを想像してしまう。
(可愛い)
そう思っていると、ミレディアに早く、と急かされてしまった。
辺りに人がいないことを確認すると、すぅっと息を吸い込む。
この歌は、エレヴィアが集落にきてから7年が過ぎたあたりに自然と覚えたものだ。誰かに教えてもらったのか、それとも自分で作ったのかは覚えていない。おそらく後者だろうが、いかんせん幼かったから正確にはわからない。
だが、一つだけわかることがある。
この歌は人を癒す力があり、エレヴィア以外のものが歌ってもその効果が現れないということだ。
まさに不思議な歌。双子のミレディアでさえもこの歌の効果を引き出すことができなかった。
『光のベールが 世界を包み 十二色の橋を掲げて闇を裂く』
だからエレヴィアは歌う。
自分だけしか扱えない歌に、少しの優越感を抱きながら。
『天を仰ぐ影法師たちは 永い眠りから覚め
闇はまた眠りにつく
おやすみなさい おやすみなさい 愛し子よ
目覚めるその時まで しばしのお別れ
おやすみなさい おやすみなさい
また会う時まで』
短い歌が終わると、ミレディアはうっとりとした顔で拍手をした。
「やっぱお姉ちゃんの歌は癒される。綺麗な声だし、聴いていてすごく気持ちいい!」
「ふふ、ありがとう。それじゃもう行くわね」
「うん、気をつけてね!」
そう言って手を振りながら、ミレディアは上機嫌に角を曲がっていった。それを見て、エレヴィアも森に向かって歩き出す。
途中でいろんな人に話しかけられ、森についたころにはもうお昼になっていた。
森の中にはシカや鳥、他にもいろんな生き物たちが仲良く暮らしている。比較的人間を襲う動物は少ないが、この時期は子連れのイノシシがいるため会わないように気をつけなければならない。
(お爺ちゃんが銃を貸してくれれば怯える心配はないんだけどな‥っと、川だ)
木漏れ日を反射する川の水が上から下へと流れ、その水をシカが飲んでいた。それに近づこうとすると、耳を少しだけ動かし、すぐに逃げてしまう。
エレヴィアは川に沿って急な坂を登ると、子連れのイノシシに出くわさないように辺りに注意を払う。そして何分か登ったところで目的地の洞窟が見えてきた。
冷やりとした洞窟の中に入ると、そこにはたくさんの薬草が生えていた。
日差しの入らない洞窟は寒くて、ぶるりと身体を震わすと、必要な分だけ薬草をとりさっさと洞窟からでる。
(うーん、もっと暖かいところに生えていたら助かるのに)
そう思いながら背負い籠をせおい直すと、来た道を返す。
登りよりも険しく感じる道に汗を流すと、少し遠くにいる生き物の存在に気がついた。
エレヴィアは足を止め、目を凝らすとそこには三匹ほど小さな影をひきつれている今は出くわしたくない生き物がいた。
(イノシシ‥)
そう、そこにはイノシシがいた。しかも厄介なことに子連れだった。子連れのイノシシは子を守るために普段よりも獰猛で、危険だ。
(距離はあるから安全だけど、これじゃ帰れないな)
遠回りになるけど、別の道から行かないと。そう呟くと引き返した。
こんなこともあろうかと、お爺さんはもう一つの帰り道を教えてくれている。
エレヴィアはその道で帰ろうと思って、そこで気付く。
(‥道、覚えてない)
結局、イノシシがその場を去るまで待った。
空に浮かぶ太陽は傾き、すっかり遅くなってしまった。洞窟の近くにある開けた場所でいつの間にか眠っていたエレヴィアは、赤と青のコントラストを視界に入れた後、焦って起き上った。そして急いで背負い籠をせおうと森を駆け抜ける。
昼ごはんを食べていないせいでお腹はすいているし、何よりもお爺さんとおばあさん、そしてミレディアが心配しているだろう。
(家に帰ったら、遅くなったことを謝ろう。)
そう思って、スピードを速くする。背負い籠の中から薬草が零れおちていないか心配になったが、それを気にしている暇はない。
夜になったら森を抜けることは困難になる。まだ夕方だから道は見えるが今に見えなくなる。
徐々に気温は下がっていき、空も暗くなりはじめているような気がした。
(急がないと)
家に帰ったら、きっとミレディアが暖かい料理を作って待ってくれているだろう。
そう考えると、途端に暖かいものが恋しくなってくる。
「はぁ、はぁ」
息を乱しながらやっとのことで森を抜けると、あとは人工的につくられた一直線の道を歩くだけだった。
日はもう完全に沈んでいて、夜になる前に抜けられたことに安堵すると、その場で膝に手をつき息を整えた。
そして我が家に向かって一歩を踏み出した時、目の前の異変に気がついた。
「‥え?」
夜のはずなのに空が赤い。そこだけ、まだ日が留まっているかのように。赤い。
(そっちには家があって、家族がいて‥)
気付いた時には走っていた。足の感覚が分からなくて、呼吸の仕方も忘れたかのように苦しくなってくる。
転んでも、がむしゃらに走った。足から血が出ても、気にせずに走った。麻痺しているのか、不思議と痛みを感じなかったのだ。
そして集落についた時、エレヴィアの思考は止まる。
ぱちぱちと燃え盛る木の家々。空へと火の粉は上がり、ごみを辺りに散らす。
(熱い)
感想はそれだけだった。
歩きながら家へと向かう途中、住民を探すが、どこにもいない。いるのは腐敗した人間のようなものだけだった。
(朝あいさつをしたみんなはどこへ?)
いない。いない。いない。いない。
みんなはどこへいったの?
(‥私、捨てられた?)
違う!!
頭を押さえてその場にうずくまった。そこで、冷静に考える。
どう考えてもこれは襲われたとしか言いようがないだろう。そして、どこかに連れていかれたのだ。
「っ!!」
勢いよく立ちあがると、急いでお爺さんとおばあさん、そしてミレディアのいる家に走った。
(どうか無事でいて)
その願いを胸に抱いて走る。腐敗した人間が襲いかかろうとしてきたが、それを避けて走る。
しかし、願いは脆くも崩れ落ちた。
エレヴィアがたどり着いた先にあったのは、炭と化した木片だけだった。
「あ、ああ‥あ」
そこでやっと表情を歪めた。
転んだ時の足がじわりと痛くなってくる。
エレヴィアは信じたくなくて、現実を受け止めたくなくて、立ちすくむ。
(そうだ、歌。歌を歌ったらミレディアなら出てきてくるかも)
すぅ、と息を吸い込むと、声を張り上げて歌いだした。
『光のベールが 世界を包み 十二色の橋を掲げて 闇を裂く
天を仰ぐ影法師たちは 永い眠りから覚め
闇はまた眠りにつく
おやすみなさい おやすみなさい 愛し子よ
目覚めるその時まで しばしのお別れ
おやすみなさい おやすみなさい
また会うその時まで』
涙を流しながら、もうここには誰もいないと知っていながらも歌う。
そして三回歌った時、いつの間にか腐敗した人間たちに囲まれていた。その臭いに眉を寄せると、エレヴィアは怒鳴りつける。
「さっきからずっと邪魔して、あんたたち、私に何か用でもあるの!?」
理不尽だ。しかし、その理不尽さに腐敗した人間たちは怒らず、ただエレヴィアを見つめた。
そして、何かを求めるようにエレヴィアに手をのばす。
「な、なに」
そう言った瞬間、伸びた手は不自然におちた。すると、それが合図だったように次から次へとパーツが落ちていく。
それらはすべて、地面につく前に灰へと変わり、風にさらわれ消えていった。
いつの間にか周りにいたものはいなくなっていた。すべて灰に変わってしまったのだろう。
「なんだったの」
消えていった灰の中で、エレヴィアは幻覚でも見たのかと不思議に思う。
(幻覚でもなんでももういいか)
とりあえず、家族を連れ去ったのは誰か、と思考を巡らす。
(どこかに手掛かりがあるはず、探そう)
腐敗した人間のおかげでエレヴィアは冷静さを取り戻していた。
うろうろと家の周りを歩いていると、白い鞘の中に入った短剣をみつけた。それを拾い上げると、鞘から短剣を抜く。
S字状に湾曲した短剣を眺めると、はっと、気がつく。
(これは、王族や貴族階級しか持っていないもの‥だったわね)
ということは、その二つのどちらかの人間が連れ去ったと考えられる。
短剣に家紋がないか探すが、どこにもない。
(‥一つ一つ探すしかないか。)
エレヴィアの瞳には、少なからず希望の光が宿っていた。
それからいろいろな経路をたどって、仲間を集めるために旅に出た。風のうわさで、集落を襲ったのがウィッチブルームの実験体“屍”であることがわかり、ウィッチブルームの人間は頼れないと、敵対しているグーウェンに移動してきた。
そして、現在にいたる。
三
『光のベールが 世界を包み 十二色の橋を掲げて 闇を裂く』
歌っている間、屍がエレヴィアに襲いかからないようにラガードが注意をひく。
体術でなんとか戦っているが、屍の握力はライオンが噛んできたときと同じくらいの強さがある。捕まってしまえばそれでおしまいだ。一瞬で砕けてしまう。
『天を仰ぐ影法師たちは 永い眠りから覚め
闇はまた眠りにつく』
掴みかかろうとしてくる屍の手をしゃがんで避けると、ラガードは地面に手をつけ、その勢いで身体をひねって足払いをした。
あまり効いてはいないが、バランスを崩す屍。
『おやすみなさい おやすみなさい 愛し子よ
目覚めるその時まで しばしのお別れ』
その隙を見逃さず、ラガードは急いで立ち上がると、足の力だけを利用し、屍の背後をとった。
ラガードは突き刺さったスピアを手にとると、数秒で腐った体を貫く。
やはり攻撃はきかないのか、にたりと笑いながらゆっくりと振り返り、屍は手を伸ばしてくる。
やばい、避けれない!!
そう思い、ぎゅっとかたく目を閉じた時だった。
『おやすみなさい おやすみなさい
また会うその時まで』
あと数センチで触れ合ってしまうという距離で、エレヴィアの歌が終わった。
屍の手はぴたりと止まり、ラガードを見つめながら灰へと変わっていった。
ぎりぎりだった。もう少し歌い終わるのが遅かったら、ラガードは死んでいたのかもしれない。
緊張の糸が切れ、力が抜けてエレヴィアは地べたに座り込んでしまう。震えが止まらない。
「エレヴィア、大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくるラガードに、エレヴィアは安堵するが、それでも身体の震えは止まらない。
「大丈夫よ。ただ、少し疲れただけ。」
「そう、ならいいんだけど」
気付かれないように体を押さえつけ、立ち上がる。
「それよりも、ラガードの怪我の方が心配。」
確か、私をかばった時に怪我を負ったわよね。そういうと、ラガードは焦ったように背中を隠した。
「僕は大丈夫だよ!怪我とか全然痛くないし、ね?ほら、ザクがくるまで馬車の中にいよう?馬がいなくなった以上、これからは徒歩になるわけだし。体力を回復しとかないとね。」
「確かにそうね。でもその前に怪我の具合だけでも見せてくれないかしら。」
「嫌だよ、エレヴィアは男の背中が見たいの?好きなの?変態なの?」
「違うわよ、ラガードと一緒にしないで。いいから、見せなさい!!」
頑なに背中を見せようとしないため、エレヴィアは強行手段にでると嫌がるラガードを無理やり抑え、背中を見た。
そこには血痕はついているものの綺麗な背中があるだけで、怪我などどこにもなかった。
「あ、あれ?」
エレヴィアは不思議に思い、ぺたぺたと背中を触る。結構な量の血が出ていたはずと思って、探すがやはりどこにも怪我はない。見間違いだったか?と思うが、服が破れていたためそれはないだろうと考える。
ラガードを見ると、なにやら青ざめていた。
「ラガード?」
呼び掛けると、びくりと肩を大きく震わした。
「な、なに?」
いつもは胡散臭いくらいのさわやかな笑みを浮かべているのに、今は引きつった笑みをしている。何か、困ることでもあったのだろうかと思い、なぜ背中に怪我がないのかと聞こうとした。
「どうして背中に」
「ただいま帰った。」
その時、タイミングよくザクが帰ってきた。
ラガードは逃げるようにザクの方へ走り寄ると、ザクに抱きついた。
「ザク、いいところに帰ってきてくれたね!!命の恩人、イケメン!!」
「な、きもい。離せ、ラガード」
心底嫌そうにザクはラガードの頬を殴ると、自分の身体から離した。触られたところをまるでごみを落とすように手でぱっぱと払う。
ラガードは頬をさすると、その場にしゃがんでいじけだした。それをエレヴィアは一瞥すると、溜息をついた後ザクに真剣な面持ちで話しかけた。
「で、どうだったのザク。何かあった?」
ザクは払う手をとめ、ゆっくりとエレヴィアの方を向いた。
「エレヴィア、思った通り。ウィッチブルーム人の隠れ屋、あった」
「そう、やっぱり」
「どうする。掃除、するか?」
「ええ、当り前よ」
そう言うと、エレヴィアはラガードの首根っこを掴んで無理やり立たせた。
「いつまでいじけてんのよ。いくわよ」
「背中のこと聞かないのかい?」
「あとでゆっくり聞いてあげるわ。それよりも、ウィッチブルームの殲滅(せんめつ)が先よ」
エレヴィアは濃い霧の中を歩き出した。そのあとに続くようにザクが歩き、ラガードは呆然と二人の後ろ姿を見つめた。
霧にのまれ影になった二人を見て、我に返ったラガードは地面を蹴って置いてかれないように走り出した。
「待ってよ!!」
その唇は、何が嬉しいのか、三日月の形に弧を描き、ふふ、と笑みをこぼしていた。
三人は隠れ屋に向かった。
そこに何が待ち受けているか、うすうす感づきながらも。それでも隠れ屋に向かう。
―少女と少年、そして青年は、動き出してしまった物語のレールに沿って、ゆっくりと歩みだした。
続く
IMMORTALITY
御機嫌よう酸化ナトリウム。中村刹子ざますよ。
さて、あとがきですが・・この作品は高校二年生の時に書きました。
文章があれ?や、これどういうこと?というのは、見逃していただきたいです。
ははは、バカなもので、自分も何を書いているのかわかりません。
国語の成績もあまりよくはなかったので、しょうがないという目でみていただければ嬉しいのですが・・
ずうずうしくも自分の小説の駄目だし(アドバイス)をしていただければ、もっと嬉しいという自分がいます。
多少辛口でもかまいませんので、よろしければ駄目出しをください。
よろしくお願いします。