ロシアン・ルーレット

人生を賭ける事は命を賭ける事だ


「お待たせして申し訳ありません。西川様でいらっしゃいますね?」
「あ、そうです」
「どうぞそのままお掛けになっていてください。大変失礼しました。会議が長くなってしまって」
「そんな事ないです。時間ピッタリですよ」
「いいえ、いけません。先方をお待たせしたら遅刻と同じです」
「大丈夫ですよ、大して待っていませんから」
「気遣っていただいて恐縮です。申し遅れました、私吉田と申します」
「これはご丁寧に。すいません、私は名刺は持ち合わせていなくて」
「お気になさらないでください。あら、素敵なメガネですね」
「いやあ、老眼鏡ですよ。普段はかけていないんですが文字を読む時はどうしても。最近特に小さい文字が見えなくて」
「そんなお年には見えませんよ」
「いやいや。もうお年の中年男性です。すっかり頭も薄くなってしまってます。お腹もほら、ご覧の通りの太鼓腹で」
「チャーミングですよ。そうだ、注文はもうお済みですか?」
「ええ、私はコーヒーを」
「そうですか。では私も同じものを」
「雨が上がりましたね」
「ええ、ついさっき」
「まいったな」
「何がですか?」
「今日は一日雨の予報だったので長靴を履いてきてしまったんです」
「あら本当。でもどうしてお困りなんですか?」
「私、水虫なんです。通気性の悪い長靴なんか履くともう痒くて痒くて」
「でも雨に備えて長靴を履いてこられた。堅実な方なんですね」
「気が小さいだけですよ」
「西川様」
「はい」
「改めまして当社への会員登録ありがとうございました。事務手続きと審査が完了しましたので西川様は当社の会員という事になります」
「はい」
「西川様」
「なんでしょうか」
「当社は会員様への動画配信を主としております。ご存知のように多少刺激が強いものです。西川様はギャラリーではなくプレイヤーとして会員登録をされています。プレイヤーはギャラが大きい分リスクもそれに比例します。今でしたらまだ変更、もしくは脱退が可能です。本当によろしいのですね?」
「はい。私はどうしても会員になりたいんです」
「存じております。プレイヤーの皆さんがそうおっしゃいます。西川様の自発的なお考えという事を確認したかったのです」
「ええ。私がなりたくてなったのです」
「わかりました。ありがとうございます。プレイヤーの規約には御同意いただいておりますのでプレイに関していくつかの注意事項を申し上げます」
「はい」
「ひとつは当社の指定したゲーム及びアトラクションをプレイしていただきます。それに関するいかなる異議も認めません。棄権も不可です。よろしいですね?」
「は、はい。それであの、吉田さん。ギャラの方は」
「ご心配には及びません。プレイ終了時にその場でお支払いします」
「あ、ありがとうございます」
「では西川様。コーヒーもきた事ですし。早速始めましょう」
「はい?」
「どうかしましたか?」
「あ、あの吉田さん。今からですか?」
「ええ」
「ここで、ですか?」
「ええ。何か問題でも?」
「ここ、ファミレスですよ」
「存じております」
「結構お客さんが入っている。その中には小さな子供も」
「そのようですね」
「吉田さん」
「西川様。もうカメラは回っています。すでに配信されているんです。もうギャラが発生している事をお忘れなく」
「わ、わかりました」
「結構です。では始めましょう」


「それでは内容を発表します。西川様にはこれからロシアンルーレットをしていただきます」
「ロシアンルーレット?」
「ええ。ご存知ですよね?」
「よくバラエティ番組でやっているあれですか?激辛大福がひとつ混ざっていて食べたら負けとかいう」
「たとえるなら、そうですね。それを西川様には拳銃でやってもらいます」
「はい?」
「どうしました?」
「それってまさにロシアンルーレットですよね?」
「私はロシアンルーレットと言いましたけど」
「拳銃をこみかめに当てて引き金をカチリと」
「それがロシアンルーレットですから」
「冗談ですよね?」
「何かおもしろいですか?」
「全然」
「ですよね。私は冗談を言いにここに座っているわけではありません。はっきり申し上げて私は多忙の身です」
「すいません」
「言葉が過ぎました。失礼しました。先を続けます。当方でリボルバータイプの拳銃を用意しました。それと六つの弾とサイコロ。サイコロを振っていただいて出た目の数だけ弾を装填して弾装を回転して引き金を引いていただきます」
「自分の命運をサイコロで」
「それほど肩を落とす事はありません。人生の決断は時に何かに委ねる事も必要です。それに西川様は賭け事に長けていらっしゃる。不慣れではございません」
「それでにっちもさっちもいかなくなってしまいましたけど」
「起死回生の一撃というものを望んでいるとおっしゃいましたよね、西川様は。今回のアクトは西川様の要望を勘案し、性格を考慮した結果です」
「それは確かに言いましたけど」
「そんなに怯えると幸運に逃げられてしまいますよ、西川様。物は考えようです。弾が発射されるとは限らないのですから」
「だけど六が出る事もありますよね?」
「逆転にリスクはつきものです」
「吉田さん」
「何でしょうか」
「まさか本物ではないでしょうね?」
「当社の動画は徹底したリアリティで会員様に好評をいただいております」
「吉田さん、それは本物の拳銃という事ですか?」
「心苦しいのですが私にはお答えしかねます。私が手配をしているわけではありませんので」
「そうですか」
「ただ、参考までにお伝えしますとギャラはサイコロの目の数に百万円を乗じた額です」
「えっ」
「更に動画再生回数を円に換算します。当社監修の動画再生回数は平均しますと数百万回になります」
「という事は」
「ええ。一回のアクションにつき最低でも数百万円をお支払いします」
「スゴいですね」
「それ相応の対価ですから」
「じゃあやっぱり本物ですか?」
「そこは何とも。更にオプションとして三以上の数ですと西川様の債権放棄がつきます」
「債権放棄」
「平たく言えば西川様の借金をチャラにします」
「そこまで」
「これも相応の対価です」
「じゃあやっぱり本物だ」
「どうでしょうか。私としてはそのつもりで挑んでいただいて迫力のある画を期待しております」
「ロシアンルーレットをファミレスでするんですか?何てこった。手汗がすごい。喉もカラカラです。飲み物注文してもいいですか?」
「どうぞ。もうひとつ西川様にとって重要な点をお伝えします」
「な、なんですか?」
「サイコロで六が出た場合はペナルティが課せられますので御了承ください。結末の知れたサスペンスに意味はありませんから」
「ペナルティ?どのような?」
「引き金を引けばお分かりになりますよ、西川様」
「それって最近私が加入した生命保険と関係あるんですか?」
「どうでしょう」
「あるんですね」
「では西川様。私はここまでです。これより当社のディーラー中村が担当します。到着までしばらくお待ちください。ああ、その中村から電話です。失礼して席を外させていただきます」

「ちょっと。今どこにいるのよ、バカ。あたしを待たせるなんていい度胸してるじゃないの」
「まあまあ。そんな怒んなよ。もうすぐ着くからさあ」
「早くしなさいよ。おかげでこっちは飲みたくもないマズイコーヒー飲まされているんだから」
「そう?そこのコーヒー結構イケるけど」
「どこの店と勘違いしてんの。こんなの単なる黒い液体じゃない」
「そうかなあ」
「それで何で遅れてんの。言い訳ぐらい聞いてやるわよ。遅刻なんて珍しいから」
「サトシがいなくなったんだよ」
「あたしは遅刻の言い訳を聞いてんの。何の話しよ」
「だからサトシだよ。うちらが小道具を発注してるだろ?」
「ああ、あの子か。コワモテのオジサンと一緒にいるよね」
「高城さんだよ」
「何が?」
「そのコワモテのオジサンの名前」
「何でもいいわよ、そんなの。そのサトシ君がいなくなったのと遅刻とどう関係があるのよ」
「サトシにいつも通り頼んでいたんだよ。小道具を。今回はチャカね。ところがサトシがいなくなって頼んでおいたチャカが手に入らなくなったんだよ」
「は?ちょっと待って。何でそうなるのよ。サトシ君じゃなくてもコワモテのオジサンに訊けばいいじゃない」
「高城さんね」
「何でもいいって言ったでしょ」
「俺もそう思ったよ。でもその高城さんもいなくなったんだよ」
「は?何それ?」
「俺が聞きたいよ。だからいつものルートじゃチャカが手に入らなくなったの」
「なったの、じゃないわよ。どうすんのよ。もう上にはロシアンルーレットって言っちゃったし動画予告もそうなってんのよ。今さら出来ませんじゃ済まないわよ?あたしもあんたもヤバい事になるじゃない」
「そんな事はわかっているよ。ヤバい事になった奴等いっぱい見てきたし。だから俺、焦ってマイクに相談したんだよ」
「今度は誰よ。マイクって」
「在日アメリカ軍所属の軍人。今は元だけど。サトシはソイツから買ってるって聞いた事あったから、急いで連絡つけたんだ」
「で?どうなったのよ」
「手に入れたよ、そりゃ。高くついたけどね」
「ああ、良かった。で、それが遅刻の理由?」
「あのねえ、チャカを手に入れるってそんな簡単な事じゃないんだよ?」
「知っているわよ」
「コンビニで売ってるわけじゃないし」
「そりゃそうよね」
「段取りとかだってしなくちゃなんないし」
「当然よね」
「色々面倒事が多いんだよ」
「そんな事わかっているわよ。そう言うのをね、釈迦に説法って言うのよ」
「何それ?」
「わかんなきゃいいわよ、別に。だけどそんなのは業者任せのあんたの責任よ。今夜何か奢んなさいよ」
「もうすぐ着くから勘弁してよ。俺金ねえの知ってるじゃん」
「ふん。まあ、急にいなくなったサトシ君にも責任あるか。でもどこ行っちゃったんだろ?結構仕事はマジメにやってたのに」
「いや、それがアケミちゃんが言うには」
「あのねえ、あたしはあんたの友達の名前まで覚えてられないの。誰それ」
「サトシの妹。二中で有名だよ?かわいくて」
「知るかそんなの。だいたい二中って何?」
「第二中学」
「まともに答えるな。で?そのアケミちゃんが何だって?」
「どうもカマイタチにやられたんじゃねえかって」
「カマイタチ?つむじ風に?」
「それ、冗談だよな?」
「何であんたに冗談言うのよ」
「お釈迦様でもわからねえ事あるんだ」
「この野郎。釈迦に説法わかっていたんじゃねえか」
「茶目っ気だよ」
「そんでカマイタチって何?」
「殺し屋だよ。ゴルゴみたいに強力な。もはや伝説の。本当に知らねえの?」
「知らないわよ。そんなディープな話し。だいたい殺し屋なんて本当にいるの?」
「いや、アケミちゃんが言うにはカマイタチが来るって言ってから連絡途絶えたって言うから。俺、そうかなって。アケミちゃん、ピザ屋の服部さんが怪しいって言ってて」
「ああもうわけわかんない。取り合えず早く来てよ。オジサン待っているんだから」
「え?叔父さん?親戚の?」
「バカ。何で親戚呼ぶのよ。オジサンってギャンブルにハマって借金まみれになった西川よ。あたし達のカモの」
「は?」
「何?」
「何言ってんの?」
「事実よ」
「じゃあ俺の隣にいるのは誰?」
「は?」
「あ、どうも」
「わああ。誰だお前は?」
「お世話になってます。プレイヤーの西川です。今日はよろしくお願いします」
「お世話してねえわ、お前なんか。早くお前の隣の男を出せ」
「おおい、中村君。何かかなり怒っているよ、このオバサン」
「聞こえているぞ、この野郎」
「どうなってんの?」
「それはこっちのセリフだ」
「ここにいるのは西川さんだよ。自宅から連れて来たから間違いないよ。自宅って言っても公園だけど」
「て言うか内輪の話し部外者に聞かせてどうすんのよ。このバカ」
「いいじゃん別に。西川さんは部外者じゃないし。さっき説明したし。西川さんノリノリだよ」
「ええ。ギャラを聞いてがぜんやる気がみなぎりまして」
「うるさい、オヤジ。しゃしゃり出てくんな」
「ねえ、どうなってんの?」
「知らないわよ。だいたい何であんたが連れて来るのよ。待ち合わせをここにしたじゃない」
「違うよ。俺が西川さん連れて来いって指示じゃん」
「誰の?」
「会社の」
「何言ってんの。全然違う」
「まあまあ。落ち着いて」
「うるさい。お前は出てくんな、オヤジ」
「西川です。プレイヤーの」
「おい、ソイツを黙らせろ」
「西川さん、シーね。」
「何であんたに会社から指示が来るのよ。あたしじゃなくて」
「俺はてっきり聞いているかと思ってたけど」
「あたしは直接指示を受ける側よ。何言ってんの」
「メールでだろ?」
「あたしは多忙だからね」
「本当に会社から?」
「当たり前でしょ。さっさと自分の非を認めてその変なオヤジどっかに捨てて早く来なさい。もう始めるわよ」
「俺、専務に直接会って言われたんだけど」
「ええ?どういう事?」
「おそらく私が推測するに」
「うるさい。出てくんなって言っただろ」
「ねえ何か俺、ものスゴくイヤな予感がするんだけど。今、そっちの西川さんは近くにいないんだよね?だったらそのまま店出なよ。本当にもう着くから」
「何ビビってんの。あんな水虫持ちのハゲオヤジに何が出来んのよ。あたしをみくびんなって」
「違うよ、そうじゃなくて相手が悪いかもしれないんだよ」
「何それ」
「カマイタチだよ」
「プッ。バカバカしい。何でその伝説の殺し屋さんがあたしを狙うのよ」
「わかんないけど。でもこれどうも普通じゃないよ。サトシにしたって、高城さんにしたって。俺らカマイタチに狙われちゃったんじゃない?」
「俺らって?」
「会社が」
「ププッ。それこそバカバカしいって。殺し屋さんならあたし達の恐ろしさ知らないわけないじゃん」
「そうだけど。あ、そうだ。カマイタチなら予告状が来てるはずだ。メールきてた?」
「あのねえ。毎日あたしんとこに何通メールが来てると思ってんのよ。わけわかんないアドレスは速効削除に決まってんでしょ」
「迷惑メールばっかりでしょ、どうせ」
「キレイな花には変な虫も寄ってくんのよ」
「まあいいや。店出ててよ。とにかくこっちが本物の西川さんだから。ね?」
「そうですよ。奇しくも吉田と中村と西川で私の夢がドリカムなんですから」
「西川さん、ドリカムって二人だよ」
「いやいや。結成当時は三人だったんですよ。中村さんはお若いからご存知ないかなぁ」
「ヘエ、そうだったんだ」
「もううるさい。つべこべ言わずとっとと来い。もうまとめて面倒みてやる」

「専務。今回の動画はすごぶる好評でした。新規会員も増加しましたし」
「だろうな。何と言ってもあのカマイタチを配信したんだからな」
「最後までどちらがカマイタチかわからない展開もスリリングでした」
「演出をしたのは君だ。自画自賛だな」
「それもカマイタチとコンタクトをとった専務のお力です。ひとつ確認なんですが」
「何かね」
「本人、だったんですよね?」
「別人なら私は今君と会話できていない」
「安心しました。しかし私は意外でした。あんな中年男がカマイタチだったとは」
「違うな」
「と言いますと?」
「君は彼の手を見たかい?」
「手、ですか?」
「正確には手の甲だ。あれは中年のそれではなかった。ごまかしようがない若さが出ていたんだよ。私が失った若さがね」
「では変装をしていたんですか?私にはまったくわかりませんでしたが」
「君に見抜かれる変装はしないだろうね、カマイタチは。どんなに高度な技術も時間にはあがらえない。そう言う事だよ」
「手袋、という方法があったと思うんですが」
「それではキャラクターとの整合性がとれなかった」
「それで敢えて手袋をはめなかったと?」
「違うかな?」
「私はそんなリスクを冒せません」
「そうかな?カマイタチを配信した結果として社員を失った」
「ハイリターンの代償、あるいは対価です。それにカマイタチへの生け贄ではありませんでした。そうならない選択肢を用意しましたし、きっかけも作りました。結果としてこうなったのは本人の危機管理不足です」
「危機の前兆には異常な現象が起きる、というわけだ」
「おっしゃる通りです。それを感受できないようではどのみち私達の業種では長く生きられませんでした」
「そうかもしれんが」
「おや、専務。着信音をドリカムにしているんですか?」
「ああ、年甲斐もなく、な」
「そんな事ないです。良い曲です」
「ブレーキランプのサイン、マネをしたものだよ」
「専務、出られなくてよろしいのですか?」
「構わん。この着信音はメールだよ。ん?何だ。知らんアドレスだ。どうせろくでもない迷惑メールだろう。削除だ」
「専務、読まなくて本当によろしいんですか?」


おわり

ロシアン・ルーレット

読んでくださりありがとうございました。
何か二番煎じで己の力量不足を痛感します。
それでもご意見ご感想をお待ちしております。
ではまた。

ロシアン・ルーレット

サイコロの出た目だけ弾を込めろ。 そして引き金を引け。 生き延びたお前はそれまでと違う景色が見えるはずだ。 さあ、ゲームの始まりだ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-21

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